F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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20.キヲテラエ

 ハイパーセンサーが捉えるのは人人人人、観客席にいる途方もなく人ばかり。偉そうな髭生やしたおっさんや髪の寂しい初老のおっさん。少し大胆に胸元開いたドレスらしき服を着た金髪美人に、何故かスーツを着込んだちっさな女の子までいる。

 観客席眺めてるだけで半日は時間が潰せそうだな。拍手されまくってるんで適当に手を振っておく。

 

 アリーナの対角線上には対戦相手の鈴と更識簪さんが既に立っている。鈴の甲龍は、たぶんクラス代表対抗戦のときから大きな変化ないだろ。

 

「問題は更識簪さんの方なんだよなぁ」

「不足があるとは言え、十分に情報は集まっていたのではないか?」

「そうなんだが、未完成でも特殊兵装は知っときたかったって高望みがな」

 

 更識簪、日本の代表候補生。諸事情により専用機が未完成って情報はあるし、なら第三世代の目玉ともいえる特殊兵装は出来上がっていないと山を張っている。てか他に情報を集めようとしたわけだが、妙に集めにくさを感じた。

 なんだろうな、自室の外で調べ物しようとすれば、のほほんさんもとい布仏さんにお菓子食べようよと誘われた。毎度タイミング良く来るんだ、顔見て判断しようにもフワッとした雰囲気以外読めねぇ。あの細い目開いたら隠されて力が解放されるんじゃねぇかと俺は思ってる、なんてのは戯言として捨て置くとしてだ。

 

 わかったことと言えば、専用機の名前が打鉄弐式ということと、武装については薙刀があることくらいしかわかっていない。他は未完成だからか詳細がなかった。

 これ全部打鉄がネットワークから拾ってきた情報なんだがレーゲンのときといい、ここまでしてくれるって専用機って優秀すぎないだろうか。とシャルロットに伝えたら信じられない目で見られた、なんでだよ。

 あと特筆することとしては打鉄が防御性能を重視しているのに対して、打鉄弐式は機動性に重きを置いているってな具合か。

 この点に関しては箒さんと話し合った結果、機動性は考慮しないことにした。少し汚い考えになるが、未完成と言われているということは、恐らく機動性も半端なままだろう。

 

 実際、今初めて見た打鉄弐式は未完成そうで安心した。腕部の装甲は元来の打鉄のまま、それに比べ脚部の装甲はカラーリングが水色を主体としたものになっている。しかし、脚部か。

 

「変わってるのは見かけ倒しか、それとも機動性も変化しているのか」

「そーなんだよなぁ……ま、実際に戦い始めりゃわかんだろ」

「ふっ、開き直ったか」

「ここまで来りゃな」

 

 会話もそこそこに、適当に手を前に突き出して構える。各々も武装を構え、思い思いの臨戦態勢へと移行。

 ザワついていたアリーナに束の間の静寂、ブザーが三つ刻まれ──開始、突っ切る!

 

 

 ブザーが鳴り終わらぬ間に倒れるように、スラスターを点火しながら極度に前傾姿勢。龍咆から放たれた衝撃波が頭上ですれ違った。冷や汗をかいたが瞬時加速による、力業の縮地で既に眼前には鈴。手に呼び出した武装を突撃の勢いそのまま、非固定浮遊部位(アンロックユニット)に振り下ろす!

 ベゴンッ、と金属がひしゃげる音と共に火を噴き出す。もう片方も、とはいかない。無事な龍咆から放たれる、射角無制限の不可視の衝撃波に顔面を叩かれ後ろに転がって行くハメになった。くっそ、欲張るもんじゃねぇ。

 

「やっられた……! 一夏ならともかく、アンタが開幕に突っ込んで来るなんて──ってかそれ! ISで()()()使う奴とか始めてみたわよ!?」

「ハッハッハ! 格上相手にまともな戦い方出来るかっての! あとメイスいいぞ、めっちゃ威力あるし扱いやすい!」

 

 柄に槌頭を別につけた、複合素材で作られたメイス。俺が使ってるのは金属プレートを放射状に並べた柄頭を持つ、金属性のイカしたやつだ。

 元々メイスは聖職者が剣とか返り血を浴びちゃうし使えない、なら撲殺するしかないかって発想から生まれたイカれたやつだ。実際に鎧を凹ませ中身も凹ませ殺っちまうレベルにイカれたやつだ。

 見た目も歴史も殺意しか感じないこの武装。使用用途に扱い方がシンプルで俺にとってとても使いやすい。

 

「トラトラトラァ! 奇襲は成功ってな!」

「軽微とはいえ深追いしたせいでダメージを受けたな」

「サーセンっした! 欲張っちまった!」

 龍咆潰せたのは大きい。けどそれで機体に搭乗者含めた性能差が埋まるわけもない。ま、奇襲なら狙い通り叩ける可能性があるってわかったことは収穫か。

 

「まさか開幕で龍咆が片方落とされるとか不覚過ぎるわ……」

「無意識の油断、気をつけて」

 

 割りと本気で悔しそうな鈴のターゲティングが俺になった気がする。いや、なってる。打鉄がロックオンされてますって警告バシバシ飛ばしてくる。大気圧縮を確認、飛び退いて回避しようとした瞬間、箒さんに軽く蹴られよろめく。

「ちょ! なにし」

 いきなり何しやがると真意を確かめる間もなく、よろめいた俺の顔面真横を暴風が凪いでいった。鈴の舌打ちが聞こえた。

 

「正面からの弾丸を後ろに避けてどうする」

「……あっ」

 

 箒さんだけじゃなくてなんか鈴に更識簪さん、ついでに盛り上がり始めてた会場からシラケた視線を感じるのは被害妄想か。被害妄想であってくれ。

 ええい、他人の目なんざ気にしてる余裕なんざねぇ! 笑いたくば笑っておけ、その面いまに驚愕に染めてやらぁ!

 

「箒さん、そっち頼んだ!」

「承知した。落とされるなよ?」

「かつてなく善処してみらぁ!」

 

 今度は箒さんが飛び出し、向こうからは鈴が再び向かってくる。すれ違い様にブレードと青竜刀で一合、そのまま突っ切る箒さんを迎え撃つは薙刀構えた更識簪さん。

 当然、入れ違いでやってくるのは甲龍まとった鈴。

 メイスを片手持ちに、盾を展開(コール)し構える。華やかさなど捨ててきたと言わんばかりの無骨で基礎的な構えだが、剣を振るより銃を撃つより合ってるんだからしゃーねぇ。

 

 甲龍は向かってきた勢いそのままに飛び上がる。振りかぶられた双天牙月を受けようと盾を掲げるが、見えない衝撃により下に弾かれた。両肩の浮遊盾を割り込ませようとするが、隙間から刃が首に突き立てられる。絶対防御が働きシールドエネルギーが削られちまった。メイスの石突きを半ば牽制のために突き出そうとするが衝撃。

 

「遅いっての!」

 

 (ゼェン)で威力増し増しになった蹴りで顔面を穿たれ、後ろに仰け反る。スラスター噴射、仰け反った身体を戻しながらメイスを振り下ろすが軽々と避けられる。軽やかすぎてなんか腹立つ。

 初めに龍咆一個潰せたのは幸いだったが、どうにも不意に龍咆を織り混ぜて殴りにこられると駄目だな。見えないわ、射角制限ないわでどうやって躱してたんだよ一夏。打鉄からの何度目かわからない警告、ロックオン──顔を盾で守ると同時、盾から鈍い衝撃が伝わってきた。

 

「おいコラ! どんだけ顔面狙うんだよ!?」

「アタシの! 龍咆みたいにひしゃげるまで! よッ!」

「めっちゃ根に持ってるぅ!」

 

 一撃、二撃、三撃。重ねられる衝撃でノックバックしそうになるが踏ん張り、不意に()が空く。視界を塞ぐ盾を手放す。影が見えた側面に、斜にメイスを構えたと同時に双天牙月が叩きつけられる。連結され両端に備えられた刃が踊るように振るわれ、遠心力を加算しながら狙うは当然のように顔面コース。

 

 だから、()()()()()型は石突きで弾き、柄とグリップで受け流す。()()()()型には両肩の浮遊盾で受けとめようとするが、やっぱり間に合わねぇ! 突っ切られ装甲を、シールドエネルギーを持っていかれる。

 メイスだけじゃ足りない。両肩の浮遊盾もめくるめく左右入れ替わり立ち代わり、時にはメイスに重ねて弾く。弾けば身体ごと回転して逆の刃が振るわれる、のは見たことがあったが追いつけない。腕部装甲を犠牲に食い止める。覚えてても追いつけなきゃ意味がないっての……!

 けど半分以上は凌いだ、凌いでやったぞコンチクショウ!

 達成感に浸る暇なく上から叩きつけられた双天牙月は受け流せず、上下関係が一目で分かる鍔競り合いに、いや鍔はねぇけど。打鉄を越える出力に甲龍の重量を加えられ押し潰されそうになる。重い重い重い!

 

「今までの模擬戦は手を抜いてたっての? 見違えた動きするじゃないの」

「んな器用じゃねぇっての……! 予習復習がキッカリ当てはまったんだよ」

 

 なんのために図書室で、ネットで映像資料漁ったと思ってんだ。戦い方をパターンとして頭に叩き込んで覚えるために決まってんだろ。

 更識簪はともかくとしてだ、鈴に関しては山ほど見る機会があった。一年で代表候補生にまで成り上がった鈴は試合の映像もそれなりにあった。それ全部見て、だいたい覚えたんだよ。

 あとはその記憶と動きが被ったときに捌けるよう、箒さんとひたすら鍛練。何せ格ゲーコマンド覚えても指が追いつかねぇ俺だからな、身体を追いつくように可能なかぎり鍛え抜かれ強化された。しんどくて死ぬかと思った。

 

「俺って単純な記憶だけは得意だからな」

 

 けど、そのお陰で対応できた、出来るようになっていた。半分近く喰らってるが完封されてた頃よか千倍はマシになった!

 

「ちょっとアンタを見くびってたわ」

「もっと見くびって慢心してくれれば俺が楽で助かる!」

「減らず口は相変わらず、ねッ!」

「文字通り減らねぇ口だからなぁ!」

 

 お喋りはここまでとばかりに更に上がる甲龍の出力、嘘だろフルパワーじゃなかったのかよ。打鉄は当然のように既に全力だってのに──よし、ヤらかすか。

 スラスターを軽く噴かせる。機体の出力だけじゃ押し返せないなら他の力を、スラスターを使えばいいって訳じゃねぇ。それで押し返せるなら大歓迎だが合わせるように甲龍もスラスターを噴かし始めた。当然押し負ける。

 んー、たまに使う度に一夏とかシャルロットに全力で止められるし怒られるんだが、まぁ些細な問題だろ。

 

 身体を少し左に傾ける。受け流そうとしていることが一瞬でバレたか、即座に甲龍のスラスターの出力が調整される。対応がいちいち早いんだよ。

 

「けど、(おせ)ぇ!」

 

 いい加減使い慣れてきた瞬時加速、で回転。早さじゃ勝てないんで速さで対抗だ。カッケー自分なら余裕で成功してみせる、骨とか折れない行ける行ける!

 柄に双天牙月の刃が走り火花が散る。曲線上に伸びた視界と妙な浮遊感が、鍔競り合いから脱したことを教えてくれる。瞬時加速での全力回転、脱しただけでは止まるはずもない回転、俺も遠心力を破壊力に乗算してメイスを甲龍へと叩きつける。

 

 狙いなんてついちゃいねぇ。けど元々目と鼻の先にいたわけで、狙わなくても振れば当たる距離。増してや掛けていた力の受け所を失ったとなりゃ体勢も悪い。一撃もらったァ!

 金属同士が衝突した形容しがたい感触と音が伝わってくる。鈴の状態を見る余裕なんてあるわけなく、叩きつけた反動で跳ね上がり二転三転し不恰好ながら着地。これ、無人機(初めて)のとき肋骨が逝ったから割りとドキドキするんだよな。

 

「信じらんないわ……直線移動のための瞬時加速で回るとか、バカじゃないの? あ、馬鹿だったわね」

「うっせー!」

 

 砂埃を払い現れた甲龍は、左腕の装甲が破裂し紫電を撒き散らしながらも、誠に信じられねぇことに他は無傷。あの至近距離で瞬時加速の不意打ちに対応するとか化物かよ。正直、俺の不意打ちの底が見え始めてきた気がする。

 盾を再展開(コール)し、もっかい構え直す。片手で扱われる双天牙月を盾で凌ぎ、不意の衝撃に姿勢を崩す。浮遊盾を使用する暇なく、数撃見舞われメイスを弾き飛ばされながら、不細工ながらもなんとか盾を構え直し、また防ぎ衝撃に崩され叩かれる。

 

 ぶっちゃけ問題が発生した。龍咆一機と片腕を使用不可に持ち込めたまでは順調だった。

 でも片手で戦ってる資料とか無かったんだよなぁ! 鈴に限らず図書室にあった資料じゃそんな舐めプしてた奴いなかった。(ゼェン)を併用し蹴りも混ぜられ、この至近距離での龍咆乱発も想定外だ。なんでウェイトの重い兵装を近接格闘しながら微調整できんだよ。それが難しいからこその震じゃねぇのか。

 龍咆の砲身なし射角の広さも最悪だ。威力を抑えることで速射しやがるせいで、打鉄の大気圧縮感知から発射までの誤差が殆どねぇ! 併せて、ほぼ真下の俺の脚を狙い撃ちしてくる。もう三回転けたわ。

 箒さんに幾度となく地面に転がされてなかったら既に詰んでた。這おうが転がろうがどれだけ不細工でも、倒れてからの反射的な回避行動がなんとか出来てる。お陰で首の皮一枚繋がって、あっまた脚取られた!

 

「ちょこまかと転がるなぁー! さっさと沈めぇ!」

「お断りだっての!」

 

 地を砕く甲龍の踏み潰しをゴロゴロと転がり躱す。回る視界には箒さんがチラリズム。優勢は不明だがどっちも落ちてなかった。こっちは片手使えない相手にメイン武装を弾き飛ばされ圧倒的に不利です。

 構えようとした盾をすり抜けるように刃や蹴りを顔面に穿たれるので、浮遊盾に通常展開した盾を構えて亀状態になる。二、三度殴り付けるような音が響き、チクショウ隙間に刃をブッ刺して無理矢理開いてきやがった!

 

 打鉄から龍咆が発射状態に入ったと警告。盾をこじ開けて撃つとか、なんか無人機を彷彿とさせるから止めろ!

 

「くっそ、やっぱり代表候補生強いわ……!」

「バーカ、アタシが強いのよ。だから」

 黙視可能なほどに大気の歪みが生じる龍咆に嫌な安心感を覚える。安全ピン抜く暇ないとか思ってたが、これなら抜いてなくてもイケるだろ。へへっ、出来れば使いたくなかった。けど勝ちの目を拾うにはこれっきゃねぇ……!

 

「「ブッ飛べぇ!」」

 

 衝撃が撃ち込まれる直前。鈴に開かれた盾の隙間から左腕を突き出す。その手は光輝いている。武装展開の量子変換による発光──合わせて(とお)

 

 俺と鈴の間に十、“蔵王重工”印のグレネードがまとまって出現した。

 

 思い出すのはクラス代表決定戦に咲いた炎の大輪。あの威力は魅力的だったんだよ。けど俺みたいなのが鈴に当てれる手段が思いつかなくてな? 零距離以外。

 至近距離爆破でセシリアさん落とせなかった、だからあのときの十倍の火力だぜ。一瞬で驚愕に染まる鈴に泣きそうなのを我慢して笑い返す。ハハハッ! すげぇだろ! 一緒に爆発っていうロマンを感じようぜ?

 

 アリーナにいるスーツ姿の小さい女の子が偶然目についた、というか何故か目があった気がする。『火力こそパワーなのですよー!』とか言ってそうなはしゃぎっぷり、極めて将来が心配だ。

 

 空中に呼び出したグレネードは自由落下を始めるが落ちるより龍咆が撃たれる方が速い。龍咆の停止など間に合うわけもない。

 衝撃砲がグレネードへ撃ち込まれ爆ぜる、誘爆。

 十の火種から生まれた十の爆炎がひとつの暴力となりアリーナを蹂躙した。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 動きが悪い、というのが打鉄弐式と打ち合った正直な感想であった。更識簪の動きが悪いのではなく、打鉄弐式が着いてきていない。更識簪が反応しても機体の動作が一拍から二拍ほどズレていた。それでもなんとか躱し、いなし落とされずに戦い続ける簪を見て素直に箒は思う。

 

「惜しいな、機体が万全でないことが惜しい」

「半端な状態で出場したことは悪いとは思ってる。でもこの子で出ることは譲れなかったから……!」

 

 例え理解されなくともと謝罪の上で自分の意思をハッキリと告げた簪。箒はブレードを振るいながら本気で怪訝そうな顔をした。

 

「何故謝る。私は惜しいと思っただけだ。例えお前が裸一貫で向かってこようと私は怒らん。全力で斬り伏せるだけだ」

 

 刃が薙刀の上を滑るように流れ、簪の腕部装甲まで裂く。零落白夜でも使っていれば腕が綺麗に縦に裂かれていただろう。

 箒は説明されたからと理解する気などない。そもそも理解の是非の前に簪の行動に疑問すら持っていない。

 

「譲れぬと言うのであれば、他人を気にせずにやれば良いだろう。他人の言動で何が変わるわけでもなかろう。()()()()()()()()()()()()

「──ッ!?」

 

 いつもと変わらぬ調子で簪にとっての暴論を常識のように語る箒。

 簪は若干の恐怖を覚えながら、またかと思う。姉といい、鈴といい何かと自分が関わる人間は、ベクトルが異なれどマイペースを貫くタイプが多い。まぁ、本人に自覚がないだけで類友なのだが。

 

 そして若干の恐怖の原因は箒の性格のことではない。

 雑談をするように会話をしながらも休まることのない剣撃。打鉄弐式とのズレを度外視しても、簪自身が段々と追いつけなくなってきている。余計な思考をしていると一気に持っていかれそうだ。

 

「篠ノ之流“紅葉狩り”から」

 

 怒濤の剣撃が転調する。一閃、また一閃と振るわれる合間、反撃を打てそうな半拍をつくられている。つくられた隙に簪は踏み込みそうになるが辛うじて止まる。

 が意識をその隙に裂いた時点で箒の姿が簪の視界から消えた。

 

「えっ……?」

「篠ノ之流“落葉”」

 

 力業でなく己の技量で縮地を行った箒が、簪の足下で腰を落とし頭上で弧を描くように刀を振るう。腋下(えきか)に滑り込ませた刃は腕を撫で落とすように、しかし絶対防御がそれを防ぎシールドエネルギーを削るに終わる。

 薙刀の石突きを箒の脳天に叩き込もうと振り下ろすが、箒は逆手持ちの柄を合わせる。ブレードは叩くための柄でないため、石突きによりひしゃげるが斬るには問題ない些事と気にも止めない。

 

 互いの刃が至近距離で錯綜する。箒が押しているがやはり簪も遅れる動作を読みでカバーして踏みとどまる。

 冷静にそろそろ桐也が追い詰められている頃かと箒は考える。機体の割りに簪が耐える、剣筋がいくらか読まれていた。技量が圧倒的な箒だが技としてではなく、敢えて奇をてらうのは得意ではなく、剣筋が正直なため幾らか読まれる。

 

「わかっていてもなんともし難いな」

読めていても(わかってても)、なんともしがたいのはこっち……!」

 

 箒はこのまま削りきるかと、簪はこのまま何とか耐えきって鈴がこちらへ来るのを待とうかと考えていた。

 順当にいけば簪の考え通り、鈴はやって来ただろう。だが、奇をてらうことに関しては人一倍得意な大馬鹿野郎がいた。

 

 ──そしてやって来たのは鈴ではなく、爆音だった。

 

 僅かに遅れて爆炎がアリーナ内全てを巻き込むように二人を飲み込んだ。

 反射的に簪は顔に腕をかざし防御体勢を取った。その行動はなにも間違っておらず、爆心地に比べればまだ軽いとはいえ視界を埋め尽くす炎。理不尽までな暴力の不意打ちとしてか例えようのない事態、普通は反射的に防ごうとする。

 

 だが箒は歩を進めた。試合前の桐也の言葉を覚えていたから爆炎に見向きもしない。派手に気を引いたなと思いもすれば、爆発で箒のシールドエネルギーも幾らか削られているがそれでもただ前へ。

 ようやく出来た隙目。箒の視界も炎一色となるが正眼に両手で刀を構える。

 

「纏めて斬り払う──!」

 

 

▽▽▽▽

 

 

 視界がハイパーセンサーが一時的に処理落ちするほどの(ヒカリ)に飲まれた。三枚の盾をものともせず紙切れのように吹き飛ばし、俺も一緒に四枚目の紙切れとして後方にブッ飛んだ。

 

 ──このグレネード作ってる企業のISの噂。その防御性能は打鉄に比べても段違いに高く、いっそ笑えるほどに硬いと聞いたことがある。熔解した左腕の装甲を見る。打鉄の浮遊盾も爆発で砕けてどっかにいった。第二世代とはいえISのなかでトップクラスの防御性能を誇る打鉄でこれだ。どんだけだよ蔵王重工。

 いや、セシリアさんのときに一発で落とせなかったし十倍ならいけるんじゃねぇかと思ったんだが、まぁ逝きかけた。

 

 何処が本来の平地だったかわからないアリーナ。盾を挟んでた俺はともかく、なんの防御もしてなかった鈴が死んでないか心配、をしたそのとき地を叩きつけるような音が聞こえた。

 

「──ラァ!」

 

 煙を振り払って現れたのは殆ど原型を留めていない甲龍。しかし何故かその右腕だけは無傷で、震によりインパクトを増幅された拳が顔面に突き刺さった。

 

「イッづぁ!?」

「痛かったのはアタシと甲龍の方だってのー! あのグレネードまとめて使うとか狂気の沙汰よ!」

「正気の沙汰で俺が鈴に敵うと思ってんのかァー!」

 

 生身の人間が戦車に勝てないレベルで開いていた実力差、並みの鍛練で埋めれるわけねぇだろ。対戦車榴弾直接殴り付けるくらいのリスク背負わなくてどうしてその差を縮めれるってんだ。

 

 間髪入れず殴り返す。たたらを踏む甲龍の脚部からは破片や紫電が散っている。だが一発殴り返されるたびに震のせいで削られるシールドエネルギーはこっちのがデカい。互いにジリ貧。どっかに飛んでいったメイスを再展開してる暇はねぇ、まぐれでもなんでも殴って落とすしかねぇ!

 

 振り抜かれた拳に合わせて拳を振るう。

 ──初めに相手を捉えたのは鈴だった。

 殴られ視界が滲む、俺の拳は寸前で届かず空を切る。ミソッカスほどしか残量のなかったシールドエネルギーが瞬く間に零になるのがわかる。涙で視界が滲んだ。

 

「クッソ……!」

「そう泣くな、よくやった。あとは私に任せろ」

「ちょ、箒……ッ!」

 

 未だにアリーナをもうもうと埋め尽くす煙をものともせず箒さんが鈴へと斬りかかった。満身創痍にもかかわらず振るわれる刀に反応する鈴、だけど機体が限界だったのか。振り向き様に膝から甲龍が崩れ、一閃。

 

 

 

『──あい終了! しょ──しゃ、篠ノ之箒、で──桐也!』

 

 ノイズにまみれた放送が勝者を告げた。スピーカーが壊れかけているが誰のせいだろうな? 戦いに必死で気づけなかったがアリーナの防壁レベルも引き上げられているようだ。原因はさっぱりわからんな、いやホントさっぱり。

 

「おっしゃあぁぁぁ……勝った、のか」

「あぁ、更識簪はお前がつくってくれた隙のお陰で落とせた。だから涙を拭くといい」

「な、泣いてねぇよ!」

 あれだ、涙が出てても爆発の粉塵とかそれらのせいで鈴に負けたのが悔しかったせいじゃない。悔しかったけど涙はそのせいじゃない、ないったらない。

 

「しかし、些か派手にやったものだな」

 箒さんが周囲を見渡す。つられて見渡す。煙がようやっと晴れたが平地がないな。特にここなんてお椀型にへこんだ中心のよう、いわばクレーターみたいだ。どう考えても防壁レベル上がったのこれのせいだな、知ってた。

 

「……蔵王重工のグレネードが悪い」

 

 そんな呟きは風に吹かれて何処へやら。

 この後の試合はアリーナ整備のため大幅に遅れ、俺は織斑センセに呼び出しを受けた。すんません、今回は割りとマジで反省してるんでグレネード専門のテスターとか勘弁してください。でっちー知ってるぜ、それって死刑宣告だって……!

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。
今話は『IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男』よりグレネードを十ほど、そして正体不明のスーツ姿の女の子をお借りしました。快くお貸しいただいた葉川柚介様、ありがとうございます。

・スーツ姿の女の子:女の子(仮)、例によってロマン様に出ておられ、こよなくグレネードを愛してるお方。是非ご一読を。
・グレネード:打つ方でなく投げる方。爆発します。蔵王重工については四話、もしくはロマン様参照。

・震:格ゲーで強攻撃を弱攻撃の速さで使われるくらいな地味な厄介さ。
・覚えのある型:身体が追いつけばマニュアル通りのように対応する。知らない型だと一応反応するけどだいたい追いつけない。単純な記憶力に物言わせた穴だらけの力業。
・凰鈴音:あと一歩を詰めさせない。


・篠ノ之流:シノノノさんちのぶっそーな流派。落葉は斬り落とされた腕と噴き出す血潮が紅葉した葉が舞い散るみた以下省略。
・狂気の沙汰:代表候補生と真面目に戦うたび正気を疑われる出路。

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