あ、あわわわわ。
撫子は馬鹿です。一時のテンションでとんでもないことを言ってしまいました。
つ、月火ちゃんに殺される――。
「え……僕の恋人って――」
「吸血鬼パンチ!」
「――ぐふうっ!?」
その瞬間暦お兄ちゃんが、金色に輝く、人ならざる存在に殴り飛ばされました。
暦お兄ちゃんは再び気絶してしまいました。
何事でしょうか。
「ふう……危ないところじゃった……」
暦お兄ちゃんの影に潜む、一筋の光明が姿を現します。
「え、えええ!?」
「全く、油断も隙もあったものでは無いわ。前髪娘め」
撫子のことを金色の瞳で睨み付けるその存在は、暦お兄ちゃんのロリ奴隷の吸血鬼、麦わら帽子を被った忍野忍さんでした。
「記憶は失っている我が主様に、嘘をついてその懐に潜り込もうとするとは」
「…………」
……撫子、怒られています。
「記憶は無くても、人間性は我が主様じゃ。うぬのような顔だけの人間でも既成事実があると知ったら、無理をしてでも受け入れようとするのは必定じゃろう」
「ご、ごめんなさい……」
「謝って済む話では無いわ。堂々と告白して、我が主様が自分の意思でそれを受け入れたのならともかく。その堂々をまさか堂々と嘘をつくことに使うとは」
きつく叱られました。
確かに撫子のやったことはどう考えても撫子が悪いです。
叱られるのは当然かも知れません。
「ご、ごめんなさい……」
「……相も変わらず馬鹿の一つ覚えにごめんなさいごめんなさいと……。まあ良い。二度とこんなことはせんと誓うのならな」
「はい……。それで……暦お兄ちゃんなんですけど――」
「うむ、確かにこれは良くない状況と言えるな……」
「ですよね……」
「このままでは、しばらくドーナツにありつけないではないか!」
「そっち!?」
「そっちって、そっちじゃないもう一方は何だと言うのじゃ。儂にドーナツを提供できない我が主様なぞ、中身の無い缶ジュース。もっと言えばただの変態色魔ではないか」
「…………」
酷く主人を軽んじる奴隷さんでした。
「……ドーナツ2,3個ぐらいなら撫子が奢って上げられますけど……」
「本当か!? ならば先程の暴挙は許そう! 思ったより気の利く小娘ではないか! 評価を改める!」
「そ、それは良かった。ありがとう」
数百円で機嫌を取り戻せる吸血鬼もいたものです。
「さて、ひとまず当面の問題であるドーナツを解決できた所で話を戻すが、我が主様のことじゃが、とりあえず儂はしばらく身を潜めていた方が良いかも知れぬな」
「はい。今の暦お兄ちゃんは、体は吸血鬼でも心は人間ですからね」
「まあ妙に尖った歯と、妙に高い治癒能力に目を瞑れば人間とは大差無いから、非現実的な事実さえ直面しなければ気付かぬであろうな。実際にあの妹御は吸血鬼の比ではない治癒能力を持っているが、本人は人間と思い込んで問題なく生活しておる訳だし」
撫子にはよく分からない話を引き合いに忍さんが話していますが、とにかく明かす意味も無いし、精神が安定とは保障できない暦お兄ちゃんをいらない混乱から防ぐために、彼が吸血鬼であることは伏せていくということになりました。
「さて、儂が隠れる以上、我が主様のことはうぬが見守っていくしかないができるか? ヤバくなったら儂が出てきて殴殺して防ぐが、くれぐれももう妙なことはするではないぞ?」
「は、はい」
「とりあえず病院には行くな。まずは我が主様の自宅にでも送ってやるがよい。こうなった責任の一端はうぬにもあるわけだしな。儂から言わせれば我が主様のほぼ自業自得じゃが――む、後は任せたぞ」
忍さんはその言葉だけを残し、影へと隠れていきました。
道端で今まで気絶していた暦お兄ちゃんが起きたのです。
「う……ううん……」
「だ、大丈夫……? 暦お兄ちゃん」
撫子は駆け寄ります。
先程のこと、上手く亡失してくれてたら良いのですが。
「ああ……君が僕の彼女だと告白されたと思ったら、目の眩むような金髪で肌が透けるように白い、8歳ぐらいの女の子に殴り飛ばされた気がしたが、気のせいだろうか」
「うん。全部気のせいだよ。急に暦お兄ちゃんが立ち眩みして倒れて撫子心配だった」
「……そうか。気のせいか」
暦お兄ちゃんは納得してくれたみたいです。
「それで、君って結局僕とどんな関係だったんだっけ?」
「……暦お兄ちゃんの妹さんの友達だよ。その縁で暦お兄ちゃんともよく遊ぶようになったし、仲良くなったの」
暦お兄ちゃんの影をチラッと見て、そう言いました。
「そうだったのか。というか僕って妹いたんだな」
「うん、2人いるよ。上から火憐さんと月火ちゃんて言うの」
「2人もいたのか。もしかして僕って恵まれた奴なのかも知れないな」
暦お兄ちゃんは「ハハ……」と笑って指先で軽く頬を掻いて言いました。
「でもとりあえず、今はひとまず記憶喪失てことは妹さん達には伏せた方が良いかも知れないかも」
「そうだな。余計な心配かけたく無いしな。あまり長引くようでも無ければそっちの方が良いかもな。この先病院に行くこととかを考えると親には伝えるべきだとは思うが」
「びょ、病院は必要無いんじゃないかな。それより一旦家に戻って確認してから、暦お兄ちゃんのお友達に会って記憶を少しずつ取り戻していくのが良いと思う」
「……うん、それが良いな。ありがとうな。助かるよ」
暦お兄ちゃんにお礼をされる喜びを噛みしめつつ、撫子は暦お兄ちゃんを誘って暦お兄ちゃんの家へと向かい始めました
9ヶ月ぶりの投稿……。
スローペースでもどうにか完結を目指していきます。