聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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古狩人たち

 

 

 

「おや、見慣れない客人だ。済まないな、この様な有り様で」

 

 

漸く到達した玉座の間は、燦々たる有様であった。

真紅の絨毯は千切れ飛び、同じく見事な赤に染め上げられた幾枚もの垂幕は、その悉くが微塵と化すか燃え墜ちている。

歴代の王の甲冑は吹き飛ばされ、酷いものでは拉げているものさえあった。

大理石の柱には幾つもの斬撃の跡が刻まれ、幾本かは粉々に砕けている。

元は優美かつ壮麗な意匠が凝らされていたであろうステンドグラスも、今や完全に粉砕されて細かなガラス片と化していた。

元の様相が解らない程に荒れ果てた玉座の間。

その半ば崩壊した玉座の前、彼は紫電を纏う長剣、鮮血に塗れたそれを手に佇んでいた。

この草原の国、剣と武に拠って立つ国を統べる王。

 

 

「此方こそ申し訳ない。遅れ馳せながら、この様な状況とはいえ帯剣したままの謁見をお許し願いたい」

 

「構わぬよ。私も錆び付いているとはいえ武人の端くれ、この状況下では当然の事だ」

 

 

異国の礼を取るルドウイークに自然体で言葉を返しながら、彼は玉座に置かれていた王冠を手に取った。

そして、幾分ぞんざいな扱いでそれを自らの頭上に乗せると、呆然と自身を見つめる騎士達へ指示を飛ばす。

 

 

「ディート、王都の現状を報告せよ」

 

「……ッ、はっ! 現在、王都にて展開していたアルテナの軍勢は、その殆どを討ち取ってございます。しかしながら、王都には故知れぬ『獣』が溢れ、民にも兵士にも甚大なる被害が出ております」

 

「『獣』……して、討伐の状況は?」

 

「各方面にて戦闘中でありますが、此方の……ルドウイーク殿を始めとする『狩人』の面々が王都に来援、獣狩りに尽力を頂いております」

 

「狩人……」

 

 

フォルセナ最高指導者、リチャード王。

12年前、世界を支配せんと戦いを挑んできた異種族の王『竜帝』を討ち取り『英雄王』として讃えられる人物は、再びルドウイークへと視線を移した。

リチャード王の衣装は破れ、常から身に付けているのだろうか、破れた生地の下からは無骨な鎧が覗いている。

真紅に染まった、元は見事なものであったろう白髪と白髭。

同じく赤に塗れた、一見して実用性重視と分かる装飾に乏しい具足。

額から顎に掛けての赤は、英雄王の額からの出血によるものだ。

しかし全身のそれは、量からしても明らかに他者の血。

彼が手にしている長剣と同様、何者かを斬った事により浴びた返り血だ。

 

 

「オークラング村の西に現れた集落……その住民の事かね」

 

「はっ、その通りで御座います!」

 

「……御存知でしたか」

 

「国内の事ならば仔細漏らさず耳に入る、と言いたいところだが……この有様では、そう大きな顔はできないな。ベルゲン!」

 

「は!」

 

 

英雄王の声に、傍らの騎士が応える。

彼を含め、英雄王の傍らには6名の騎士が控えていた。

その鎧は他の兵士達とは大きく異なり、青地に黄金の装飾が施された、独特の軽量化を施された物を着用している。

兜は頭部を完全に覆うものではなく、額から頬に掛けてを防護する黄金色の頬当てのみ。

余程に個々の実力に自信があるのだろう、防刃性能よりも装着者の動きを妨げない事を優先しているらしい。

彼等こそがフォルセナが誇る上級騎士、その中でも最精鋭に当たる近衛騎士団だ。

 

しかし今、彼等は例外なく傷付き血を流していた。

鎧には無数の傷が刻まれ、肌も衣装も自身のものと返り血とに塗れている。

英雄王と同様にだ。

彼等はルドウイーク達が玉座の間へと踏み入る直前まで、自身等の主君と共に不躾な侵入者たちと戦っていたのだ。

名を呼ばれたベルゲンという男もまた、そうした満身創痍の上級騎士、その1人であった。

 

 

「ジャン、ロメオと共に市街へと向かえ。狼煙を上げ、戦況と残存戦力を把握せよ。運用法の漏洩を気にする必要はない、必要な狼煙を使え」

 

「御意」

 

「先方が敵対的な行動を取らぬ限り、此方から狩人に刃を向けてはならぬ。協力し『獣』の排除に当たれ」

 

「英雄王様。市街より脱出した民についてですが、持ち出せた食料・物資では些か心許ないかと」

 

「各区の備蓄を解放する。『獣』の排除を以って兵を輜重隊と消火隊に二分し、主要各門近辺に野営拠点を設けるのだ。野営地構築と消火作業を並行して進めよ……お前達には伝令を頼みたい。疲れているだろうが、民の為にもう一働きして貰うぞ」

 

「御意!」

 

「ああ、ラングは残れ。これまでの推移を詳しく聞きたい」

 

 

そうして騎士達が次の行動に移る様を見届け、億劫そうに玉座へと腰を下ろす英雄王。

深々と溜息を吐き、その背を半壊した背凭れへと預ける。

 

 

「やれやれ……やはり私は、王の器などではないな。こうして剣を振り回している方が、どれだけ己に向いている事か」

 

「ご謙遜を。これだけの騎士達を統率するなど、並大抵の才覚では不可能だ。況して剣を振るうだけが脳の人間には、あの様に的確な指示など出せる訳がない」

 

「そういって貰えるのは光栄だが、私にはやはり前線が似合っている。今も此処を飛び出したくて堪らん」

 

「武人の性、ですかな」

 

 

玉座に立て掛けられた血塗れの長剣を見やり、問い掛けるルドウイーク。

その言葉に、我が意を得たりとばかりに、英雄王は薄い笑みを浮かべる。

 

 

「長らく実戦を離れていたところに、極上の敵が飛び込んできたのだ。情けない事だが、未だに血の昂りが収まらん」

 

「『彼等』は私も良く知っている。纏めて相手したともなれば、血が騒ぐのも致し方ありますまい」

 

「いや、実に滾る戦いだった。彼等が居らず、私1人であれば間違いなく死んでいた」

 

「しかし、色々と試す余裕はあったとお見受けするが」

 

 

今は鳴りを潜めているが、英雄王と近衛騎士たちの剣は、つい先程まで紫電の光を纏っていた。

恐らくは騎士団長が見せたものと同じく、武器にマナの属性を付与する魔法によるものだろう。

それはつまり、敵に対する有効な属性を探っていた事になる。

 

 

「ああ……其処の連中には『サンダーセイバー』が有効の様だ。刃の通りが明らかに違った」

 

「我々も『彼等』を相手取る際には、武器に雷を宿らせる道具を用いる事が多い。最適な答えですな」

 

「間違いではなかったか……して、後ろの3人は?」

 

 

此処で初めて、英雄王はルドウイークの背後に控える3人へと言及した。

彼の視線の先では、思わぬ光景に硬直していたホークアイとリース、ケヴィンが慌てて姿勢を正す。

しかし彼等が何かしら言葉を放つより早く、英雄王がその身元を看破した。

 

 

「見たところビーストキングダム、ナバール、ローラントと……ふむ、位も高そうだ。ナバールの彼は兎も角として、其方の2人は王族かね?」

 

 

途端、身を硬くするケヴィンとリース。

何処か懐かしむかの様に、英雄王はそんな2人とホークアイを優しい目で見つめていた。

 

 

「何、2人とも良く似ている……ガウザー殿と、ミネルバ王妃にな」

 

「獣人王……」

 

「母を……ミネルバを御存知なのですか!?」

 

 

無表情に呟くケヴィンと驚きのあまり声を上げるリースに、英雄王は笑みを浮かべる。

一方で、彼の暖かい視線が自らにも向けられている事に気付いたか、訝しげに視線を返すホークアイ。

三者三様の姿に、愛おしいものを見る様な、しかしそれでいて何処か寂寥感の滲む微笑みを浮かべる英雄王。

彼は、此処には居ない誰かに語り掛けるかの様に、言葉を紡ぐ。

 

 

「顔見知りだよ、2人とも」

 

 

小さく紡がれた言葉は、誰の耳にも届かなかった。

音にもならぬそれは獣人たるケヴィンにも、狩人たるルドウイークにも届かない。

 

 

「……顔見知りだとも」

 

 

零れ出た『戦友』との言葉は。

 

 

「報告致します! アルテナの魔法陣を破壊、月が正常に……なっ!?」

 

 

駆け込んできた伝令が、絶句し立ち尽くす。

先程までの騎士達や、ホークアイ達がそうであった様に、彼もまた玉座の間に倒れ伏す『それら』の死体を目にしたのだ。

青白い肌、明らかに人間では在り得ない巨躯、漂う腐臭。

粗末な襤褸を纏うそれらに混じって、酷く傷んでなお高貴さを失わぬ紅のマント、壮麗な装束を纏う1体。

無造作に転がる棍棒、血塗れの肉引き鋸、片手持ちの単発式散弾銃、明らかに人の手に余る巨大な2振りのショーテル。

 

ヤーナムに於いて、聖杯の探索を行う医療教会の探索者たち。

彼等の間では『トゥメル』の墓守として知られる、三人一組の『守り人』。

そして『トゥメル』に於ける嘗ての権力者たち、その連綿と受け継がれてきた力の継承者たる『末裔』。

経験豊富な探索者でさえ、場合によっては為す術もなく屠られる事すらある、危険極まる存在。

それら4体の死体が、玉座の間に転がっているのだ。

 

 

「これは……ッ」

 

「気にしなくて良い、報告を」

 

 

何とはなしに報告を促す英雄王の素振りは、何処までも自然体だ。

しかし傷を負い、自身の血と返り血とに塗れたその姿が。

玉座に立て掛けられた剣にこびり付く夥しい量の血が、彼が成し遂げた事柄を何よりも雄弁に物語っている。

 

『末裔』と『守り人』

このフォルセナの指導者は、一所に現れたそれらを纏めて相手取り、あろう事か自らの手によって討ち果たしたのだ。

既に死体と化したそれらを前に、英雄王とその配下は激しい戦いがあったとは思えぬ程に悠然と構える。

この世界に於いて剣の道の頂に身を置く彼等には、正しく常人ならざる事柄を成し遂げてなお、微塵の傲りも油断もありはしなかった。

 

 

 

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「もうすぐ森を抜ける。目的地はその先だ」

 

「やっとか……獣道しか通ってないな」

 

「こんなの馬で行く場所じゃねえぞ……」

 

 

フォルセナ王都の惨劇から早5日。

聖剣の一行は、モールベアの高原の西を目指していた。

英雄王は事態の収拾と会談を並行して進め、王都に関しては騎士団に任せ一行にローラントへと向かうよう指示。

ルドウイークとフェアリーの言を受けた彼は、時間的な猶予は限られると判断。

其処で、フォルセナの内情に関しては自らと騎士団が対処し、一行は風の精霊『ジン』の協力を得る事を優先すべきと提言した。

モント達は1日を使って疲れを癒した後、用意された補給品を受け取ると同時に馬を手配され、そのまま王都を発つ事となったのだ。

 

故知れぬ『聖杯』と化したフォルセナ王都は、アンジェラによる魔法陣の破壊と同時に『夢』より醒め、現の朝を迎えた。

『獣』は騎士団と狩人たちによって狩り尽くされ、アルテナ軍もまた極僅かな生存者を残して壊滅。

何故かアルテナの空母が支援に現れる様子はなく、彼女たちは見捨てられたものと結論付けられた。

空母内からの大規模転移魔法により王都を強襲した彼女たちは、先ずフォルセナ兵からの事前の想定を遙かに上回る激しい迎撃を受け損耗、次いで王都の『聖杯』化に伴い出現した『獣』によって蹂躙されたらしい。

土地勘があり、状況への即応性に優れるフォルセナ兵は、ある程度『獣』にも対応できた。

武器に属性を付与する『セイバー』系の魔法を使える者が将官クラスに多かった事も『獣』の速やかな駆逐に繋がったのだろう。

一方、敵地である上にフォルセナ兵との戦闘で魔力が枯渇する兵が相次いでいた事もあり、アルテナ兵は最悪の状態で『獣』の群れと相対する事となったのだという。

何より『魔法』は威力は兎も角として、即応性という点に於いて剣に大きく劣る。

『獣』の俊敏性に追随できず、術式を完成させる前に無数の爪と牙の餌食となっていったらしい。

 

こうした当時の状況は、捕虜となった数少ないアルテナ兵の口より語られた。

生きたまま確保された捕虜の数は僅か60名前後、その半数以上が身体の何処かしらを欠損しており、更にその半数は数日以内に死亡すると目されている。

王都に攻め込んだ兵の総数が8,000以上であるというから、凄まじい損耗率だ。

他にも、高原各所に展開している部隊の存在が大地の裂け目で回収した指令書の内容から判明しているが、此方も空母による支援が失われた以上、活動不能になるまでそう時間は掛からないと推測されている。

尤も、物資が不足するとなれば旅人や行商人が襲われる可能性も考えられるので、暫くフォルセナ領内では敗残兵狩りに力を入れる事になるだろう。

アルテナもこれだけの戦力を送り込み、その9割以上が未帰還という甚大な損害を受けている以上、暫く大規模な軍事活動は不可能だろうというのがフォルセナ側の予測だ。

 

この間に迎撃戦力を整えるべく、フォルセナは20年近くも埃を被っていた対空兵器を引っ張り出す事となった。

このマナを用いた大砲の亜種に当たる兵器は、マナそのものの減少に伴い威力も稼働率も低下が止まらない信頼性に欠ける代物だが、無いよりはましという事だろう。

唯、火力の不足分に関しては『工房』が協力して補う事となった。

ルドウイークが中心となり取り決められたそれは、フォルセナ領内への自治区設定に向けた初事業であり、掃射可能な兵器と新型火砲および弾薬の提供を目的とするものになるらしい。

交渉や調整はルドウイークと幾人かの狩人、そして『工房』の人間が行うとの事で、モント達の出る幕は無い。

 

しかしルドウイーク、そして『工房』の人間達は、モント達に狩人の隠れ郷へと向かうよう勧めた。

一応、郷の代表者との面通しを済ませておくべきだというのだ。

この意見に英雄王が賛同し、更にはローラントへの渡航手段についても融通してくれる事となった。

ローラントの窓口となるパロに向かうにはバイゼルを経由せねばならない筈だが、其処は英雄王に何らかの腹案があるらしい。

呆然自失の状態からどうにか持ち直したフェアリーが、ウィル・オ・ウィスプを伴いフォルセナ側の人間と話をしていた事から、ホークアイ曰くマナに何らかの関わりがある移動手段ではないかとの事だが、現段階では詳細は伏せられている。

 

 

「なあ、郷というのはどの程度の規模なんだ? ルドウイークの言葉通りなら、複数の『工房』があるらしいが」

 

「……そうか、アンタは最後の『獣狩りの夜』しか覚えてないんだな。無事な『工房』を覗くのは初めてか?」

 

「ああ」

 

「ヤーナムでは、最盛期には20を越える『工房』があった。その内の幾つかが郷にある」

 

「設備があるのか」

 

「『工房』ごとこっちに来たからな」

 

「なら『仕掛け武器』の新調も可能だな」

 

「その辺はお楽しみだ」

 

 

案内役の狩人と言葉を交わしながら、一行の様子を窺うモント。

郷からは案内の為に狩人が2人、そしてフォルセナ側からは騎士団の一隊と近衛騎士2名が同行している。

フォルセナ上層部は既に郷の存在を掴んでいた事も在ってか、兵はともかく指揮官に動揺は見られない。

郷としても、いずれフォルセナ側に存在が露顕するのは織り込み済みであったらしく、狩人にも必要以上に警戒している素振りは見受けられなかった。

問題は、聖剣の旅の一行である。

 

 

「……あれから、どうだ」

 

「良くないな。デュランは感情を整理できてないし、ケヴィンも様子がおかしい……英雄王との会見からな」

 

「おとーしゃんの事が原因じゃないでちかね。えーゆーおうしゃんは顔見知りだと言ってたんでちね?」

 

「ええ、私の母の事も知っていると……でも、どうしてかまでは教えて頂けませんでした」

 

「身内の件に関してはどうしようもないな」

 

「デュランについては……まあ、家族が無事で良かった。故郷を滅茶苦茶にされた怒りは、当然あるだろう。ただ、それより……」

 

「アンジェラ、ですね」

 

 

そうして皆が、デュランと共に馬に乗るアンジェラの様子を窺う。

あの惨劇の夜以降、彼女は何処か上の空だ。

彼女が重傷を負いながらも敵の狩人を仕留めた事、その際に敵の魔法を習得し使い熟した事は、既に皆が聞き及んでいる。

更には敵の『仕掛け武器』を手足の様に扱い、モントをして熟練者のそれと言わしめる程の腕を有している事も。

何故そんな事が起きているのか、こればかりはモントにもルドウイークにも解らなかった。

否、ルドウイークは何かしら思うところがある様ではあったが、結局それについては触れぬままにフォルセナ側との調整に入ってしまったのだ。

しかしどういう訳か、アンジェラが彼等『狩人』に向ける視線には時折、明確な敵意が入り混じる。

其処には狩人と敵対し重傷を負わされたという以上に、何か拭い難い恐怖と怨恨が潜んでいる様に感じられる程だ。

ところが、当のアンジェラ自身も何故そんな感情を抱くのか理解できていないらしく、リースやシャルロットから気遣いを向けられても困惑するばかり。

挙句には、自身がそういった視線をモント達に向けているという自覚さえ殆ど無かったらしく、指摘を受けて途惑ってさえいた。

 

一方で、時折遭遇するモンスターとの戦闘では、見事なまでの『仕込み杖』の腕前を見せる。

モントから『神秘』を使用する様を見せて欲しいと言われた際には、これまたヤーナムの秘術である『彼方への呼びかけ』を苦もなく発動させてみせた。

モールベアの群れを周囲の地形ごと消し飛ばしたその威力には誰もが驚愕していたが、中でもモントと狩人2人に至っては呆然自失となっていた程だ。

2人は『彼方への呼びかけ』にしては余りに過大な威力に、モントは嘗て目にしたそれと比しての余りの異質さに。

 

嘗てモントは、嫌という程にその『神秘』を目にし、その身を以って威力を体感してきた。

ミコラーシュ、メンシスの狂人。

ビルゲンワースにて遭遇した女狩人、アンジェラが交戦したその人物が使うものとは一線を画す威力のそれを際限なく放つ、外法を用いて『上位者』の智慧へと触れるに至った男。

彼との戦闘に於いてモントは、幾度となくその身に件の流星を受けている。

着弾と共に炸裂する光弾は加害範囲も然る事ながら、その弾速と誘導性も相俟って厄介極まりない代物であった。

躱したと思っても、至近に着弾した流星の炸裂によって吹き飛ばされ、肉も骨も微塵に消し飛ばされること幾度か。

何とか着弾箇所の間隙を縫って回避する術を身に付け、漸く接近が叶っても今度は神秘『エーブリエタースの先触れ』が待つ。

此方もまたビルゲンワースの女狩人が用いるそれとは桁違いの威力を有し、一瞬にして全身を串刺しにされるか、縦しんば直撃を避けたとて体勢を崩され、其処を狙って胴に腕を突き込まれ内臓を掴み出されるという有様であった。

ミコラーシュ自身はメンシス派を主宰する学者であり狩人でない為か、内臓を抉る手際が驚く程に拙く、余計な苦痛を味わわされた苦い記憶がある。

その際に彼が浮かべていた愉悦に満ちた笑みは、今なお思い出すだけでモントの内にどす黒い殺意を呼び起こす程だ。

尤も、最後はカインハーストの呪われた血刀で以って散々に斬り刻み追い詰めた挙句、膝を撃ち抜いて体勢を崩したところに此方の腕を突き込み、内臓の悉くを引き摺り出してやったのだが。

兎も角モントは、幾度となく『彼方への呼びかけ』を目にしてきたのだ。

 

しかし彼女、アンジェラが発動してみせたそれは、明らかにミコラーシュの用いていたものとは異質だった。

加害範囲が広すぎる事、弾速が異常なまでに高速である事、光弾が炸裂した際の威力が桁外れな事、そもそも炸裂前の貫通力が高すぎる事。

数え上げればきりがないが、何より驚いたのはその光景に身覚えがあった事だ。

嘗てのヤーナム、医療教会の『工房』を上った先の扉。

封印されていたその先の、あの忌まわしき聖堂街上層。

其処で彼が目にした2つの流星、非道なる実験の果てに生み出されたそれと、最奥に秘められた忌むべき上位者が用いたそれ。

 

一体どういう事なのか。

問い質す事はできなかった。

アンジェラの傍には常にデュランが控え、余計な詮索が為されぬよう彼女を護っていたからだ。

その行動自体は、祖国の蛮行と多くのアルテナ兵達の末路、そして捕虜となった僅かな生存者たちを待つ過酷な尋問と無残な未来を想起し、更には被侵略国であるフォルセナの民衆の被害にまで心痛める優しき王女を気遣っての事だろう。

自身の家族が無事であった事を確認し、英雄王の勧めで早めの再会を果たしていた事も関係しているのかもしれない。

王都の兵と民衆の被害は甚大だが、理念を曲げてでも家族と再会した事で幾分かは心に余裕ができたのだろう。

それでも抑え切れないアルテナと『獣』への憤りから、これまでの旅を通して理解した少女の脆弱な心を気遣う事によって、自ら気を逸らしている面もあると思われる。

だが、アンジェラの反応はデュランの想定とは違ったものだった。

 

大地の裂け目の時とは異なり、彼女は多くの事柄に悩みながらも、しかし何処か上の空となっている時が増えた。

呆としていたかと思えば突然、自分の身体を見下ろして途惑うかの様な素振りを見せ、手足が其処に在る事を確かめるかの様に動かしてみる。

かと思えば、モントを初めとする狩人たちへと敵意に満ちた視線を向け、それに反応して返された視線に今度は酷く怯え『仕込み杖』を掻き抱く様にして身を縮こまらせる。

ところがデュランや周囲が彼女を気遣っても、当の本人が何故狩人を敵視するのか、何に怯えているのかを理解できずに途惑い始めるという有様。

現状で彼女に何が起きているのかを判断できる人間は居らず、しかしこれ以上に彼女を傷付けぬよう常にデュランが傍に着いている。

実のところモントには、アンジェラの異変に関して幾つか気に掛かっている点があるのだが、馬鹿げた妄想じみたそれを自らの口で確認するつもりなど今のところ彼にはなかった。

 

 

「アンジェラしゃん、ずっとデュランしゃんから離れないでち。というか、明らかにモントしゃんに怯えてまちよ。何やらかしたんでちか」

 

「人聞きの悪い事を言うんじゃない、心当たりなんかないぞ。というか、其処は『聖歌隊』の連中を疑うところじゃないか?」

 

「疑うも何も、アンジェラしゃんを串刺しにした後は、知っての通り自分の魔法で消し炭にされたでちよ。それ以外に何があったかなんて、シャルは知らないでち」

 

「アンジェラが狩人を敵視する理由も気になりますが……そもそも、あの魔法の発動には触媒が必要なんでしょう? そんなもの、彼女は持っていませんよね」

 

「いや、それらしいものは目にしたらしい。だがあれは、飽くまで手元に無ければ意味が無い……筈だ」

 

「なら、何故?」

 

 

誰も、答える術を持たない。

嫌な沈黙を打ち破る様に、ホークアイが別の疑問を発する。

 

 

「……フェアリーの方はどうだ? 王都を発ってから、碌に口を利いていないぞ」

 

 

そう言って視線を向ける先は、自ずから馬を操るフェアリーだ。

王都に到るまでは乗馬の技術など持たなかった筈が、今や単独で馬を意のままに操っているのだ。

ヤーナムの血を受け入れる事によって、他者の経験を己がものとする。

これは狩人の特徴だが、フェアリーもまた王都での戦闘を通じ、完全にこの特性に目覚めたらしい。

或いは、彼女が殺めた『聖歌隊』の狩人の血から、乗馬に関する技術を取り込んだのかもしれない。

 

いずれにせよ、彼女は狩人としての第一歩を踏み出したといえるだろう。

初陣で敵の狩人、それも明らかに実戦経験に富んだ遙か格上、しかも恐らくは『聖歌隊』に属しながら『メンシス派』の悪夢に単身潜入する程の猛者を相手取り、挙げ句に能動的に隙を作り出した上で内臓を抉り出して仕留めるなど、俄には信じ難い事実ではあるが。

初めての狩りが『獣』相手ではなく『狩人』である時点で規格外ではあるが、その上それを打倒して退けた狩人など、ヤーナムの歴史上でも他に例があるだろうか。

ともかく彼女は、驚くべき早さで狩人としての成長の階段を駆け上っている。

この分なら、これからも問題なく戦闘の場に立つ事ができるだろう。

尤も、それは狩人としての観点からの見方に過ぎなかったが。

 

 

「英雄王の前じゃ毅然としてたが……ありゃかなり憔悴してるぞ。お前、何やったんだ?」

 

「だから何で俺を疑うんだ……敵を疑え、敵を」

 

「初めての殺しともなりゃ、動揺するのも無理はない。況してや相手の内臓を抉り出すなんて、普通なら在り得ない殺し方だ」

 

「聞けよ」

 

「襲われたのだから仕方がないとはいえ、ショックを受けるのは当然でしょう。それに彼女は、女神様からの使者なんです。人を殺めるなんて事、本来なら在り得ない訳ですし」

 

「それにしたって様子がおかしいでち。モントしゃんはともかく、リースしゃんやシャルとも距離を置いてる感じがしまち」

 

「おい、ホントに何した?」

 

「だから……もういい」

 

 

幾ら弁明の言葉を述べても全く信用されず、モントは諦観と共に溜息を吐く。

尤も内心では、自身にも責があると認めているのだが。

そんな彼の思考を読んでいるかの様に、シャルロットが言葉を続ける。

 

 

「大方、モントしゃんがフェアリーしゃんへのフォローを怠ったってとこでちよ。優しい言葉のひとつやふたつ、さり気なーく掛けてあげるくらいの気概はないんでちか」

 

「なあホークアイ、コイツが何を言っているか理解できるか?」

 

「愚問だな」

 

「お前に訊いた俺が馬鹿だった」

 

「……狩人は、返り血を浴びて傷を癒すのでしょう? 今回、フェアリーもそれを体験したのですよね」

 

「ああ」

 

「人の内臓を素手で抉り出すなど、獣人でもなければ不可能です。人間の手はそんな事ができる様には創られていない。狩人の場合、身体に何かしらの変化が生じるのではないですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「お前……其処はフォローしてやれよ」

 

「何をだ?」

 

 

盛大な溜息。

周囲から漏れたそれに首を傾げるモントを見て、更に深い溜息が零れる。

とはいえ、モントも彼等の言いたい事が解らない訳ではない。

フェアリーなどという神聖な存在であった彼女が、今や人血に癒しを見出し、臓腑を抉り出す事に悦びを覚える狩人と成り果てている。

おまけに、一時的とはいえ肉体が『獣』に近付くのだ。

その衝撃と絶望が常人には計り知れないものであるだろう事は、如何なモントであっても想像に難くない。

彼が首を傾げているのは、また別の理由によるものだ。

 

フェアリーはモントを敵視している。

これが、当の彼の内での基本的な認識だ。

彼女を狩人とした事は止むを得なかったとはいえ、それをフェアリー自身が納得できるかは別問題だろう。

現に、これまでも彼女は旅の一行の内で、唯一モントとは必要最低限の言葉しか交わしてはいない。

必要な情報の交換は行うが、それ以外の雑談などは極力避けていた。

それが彼女に血を与えたモントへの隔意である事は、彼の内で揺ぎない事実として確定している。

だからこそモントは、そんな自分が気遣いの言葉を掛けてどうなる、と割り切っているのだ。

余計に反感を持たれて拗れるのが関の山だと、行動に移る前に斬り捨ててしまっている。

それが解らぬ周囲ではなかろうに、何故フェアリーを気遣ってやれなどという言葉が自分に向けられるのか、其処が理解できないのだ。

自分がやるよりもリースやシャルロットが傍に着いている方が効果的ではないかと、モントは訝し気に仲間達を見やる。

 

一方で彼の仲間達は、狩人としての先達かつ旅の仲間であるモントが傍に居ずして、誰がフェアリーの苦悩を解ってやれるのだと考えていた。

フェアリーの苦悩については皆が助けを惜しまないが、これから否応なしに狩人としての特性を抱えて生きねばならない彼女、その根源的な問題に最適な助け舟を出せる人間はモントしか居ないとも。

モントとて初めから狩人であった訳ではないのだ。

右も左も解らぬ内に狩人とされ、否応なしに『獣狩りの夜』に駆り出されたという過去は、ウェンデルで皆が知り得ていた。

なればこそ似た境遇にあるフェアリーの苦悩を理解できる筈だと、旅の一行はそう考えていたのだ。

 

自分がやっても無駄だと考えるモントと、少しは気遣えと要求する仲間達。

両者とも互いの思惑の擦れ違いに薄々は気付いていたものの、かといって都合の良い解決策が浮かぶ訳でもない。

そんな彼等を余所に、当のフェアリーは終始無言で馬を駆るばかり。

受け答えはするし雑談にも応じるが、それ以上に内面へと踏み込ませる事は良しとしない。

モントのみならず他の面々とも何処か距離を置いたまま、何事かを思案し続けているのだ。

 

 

「私達だってフェアリーの悩みを聞いてあげる事はできます。でも、それが狩人となった事についてであれば、貴方以上に適切な助言ができる人は居ないんです」

 

「だが……」

 

「今はデュランもアンジェラも、ケヴィンだって自分の事で手一杯だ。ローラントに向かえば、俺達だって余裕は無くなっちまう。結果がどうであれ、お前の方から歩み寄る努力は必要だろ」

 

「口で言うほど簡単じゃ……」

 

「……どうしました?」

 

 

突然、言葉を区切って木々の間へと視線を転じるモント。

怪訝に思ったか、リースが何事かと問い掛けるも、彼は軽く首を振る。

 

 

「いや、別に」

 

 

そう言って視線を正面へと戻すモントだが、視界の端にホークアイが何らかの手振りを行っている様が映り込んだ。

周囲に気取られず、しかしモントだけが気付くよう、素早く組み替えられる指の形。

『森の奥、3方向』と理解できるそれは、ホークアイがモントと同じものに気付いた事を意味していた。

声に出さないのは、郷の人間への配慮だろう。

この分では直感に優れたケヴィンも、同様に気付いている可能性が高い。

 

森の奥、其々に異なる3方向。

此方を警戒、監視中の人影が3つ。

恐らくは長銃を手に、何時でも此方を狙える態勢だろう。

敵意は感じない事から、郷の警戒網だと推測できる。

この分では、何処か見晴らしの良い場所にガトリング銃くらいは配備されているだろう。

下手に敵対的な行動を起こせば、この場で複数方向から狙撃を受ける事となる。

郷の方面へと強行突破したところで、開けた場所へ出た瞬間にガトリング銃からの弾幕を浴びる羽目となるに違いない。

 

 

「見えた、森を抜けるぞ」

 

 

先導する狩人の声に、皆が前方を見やる。

木々の合間の先に微かに見える開けた空間、其処に並び建つ幾つもの石造りの構造物。

目的地である、狩人の隠れ郷だ。

漸くの到着に零れる、幾つもの安堵の溜息と声。

 

 

「ああ疲れた……森は気が滅入るよ」

 

「森だけで1日か。路を拓かないと物資の遣り取りができんぞ」

 

「へえ、こりゃあ……中々の規模じゃないか。なあ、モント……モント?」

 

「どうしました?」

 

 

呼び掛けにも応じないモント。

不審に思うホークアイ達を余所に、モントは前方に拡がる郷を目にしたまま言葉を失っていた。

正確には、その郷の内に存在する1本の巨木、それを目にした瞬間に、彼の身体は電に打たれたかの様に硬直していたのだ。

 

 

「馬鹿な……」

 

「アンタ、彼に会った最後の狩人なんだろう?」

 

 

唐突に語り掛けてきた案内役の狩人に、モントは虚を突かれつつも視線を向ける。

狩人は周囲から向けられる視線を意に介する事もなく、淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「行ってくれ。『彼』が待っている」

 

 

 

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夕陽に満たされたその空間へと足を踏み入れた時、先ず感じたのは既視感だった。

狩人の隠れ郷の端、切り立った崖の上。

傍に立つ巨木の枝に隠れる様にして、その『工房』は在った。

開け放たれたままの3つの扉から迷い込んだか、庭で風に揺られる開き始めたばかり月見草、その香りが仄かに鼻腔を擽る。

ほんの少しの埃の匂いと、無造作に積み重なった大量の本から香る乾いた古紙の香り。

暖炉で爆ぜる薪の音、木と灰の匂い。

そして、それら全てを以てしても隠し切れぬ鉄と火薬、微かな血の匂い。

 

 

「……変わらないな、此処は」

 

 

そう言いながら、扉の側にあったチェストの上へと荷物を置くモント。

他の面々は、物珍しげに室内を見回している。

シャルロットなどは、部屋の奥にある小さな祭壇らしきものに興味を引かれているらしい。

暖炉そばの卓上に置かれた、或いは壁に掛けられた幾つもの『仕掛け武器』を食い入る様に見つめているのは、ホークアイとケヴィンだ。

本来ならばデュランも此処に加わるのだろうが、彼はこの郷に入ってからというもの明らかに様子のおかしいアンジェラに、リースと共に掛かりきりとなっている。

 

この場所へと到るまでに、一行は郷の中を抜けてきた。

案内に当たっていた狩人曰く、建物の殆どは『ヤーナム』からそのまま『引っ張られた』ものらしい。

足りない分の家屋は建築中であるらしく、実際に郷の其処彼処では足場が組まれたまま、或いは骨組みだけの家屋が幾つも見受けられた。

どうやら郷の全ての人間が狩人という訳ではないらしく、日用品や食料等を扱う商店、養豚や農耕などで生計を立てている者も多いらしい。

しかしこの『工房』の程近く、新たに建てられたと思しき家屋が建ち並ぶ一帯には、明らかに異様と分かる雰囲気が立ち籠めていた。

 

 

「……アンタしゃん、ホント何やらかしたんでちか。外の人たち、どう見たってアンタしゃんに怯えてまちたよ」

 

「……いや、本当に心当たりは無い……と、思うんだが」

 

 

祭壇からモントへと注意を移したシャルロットが彼の脚を小突きながら問うも、問い掛けられた当人は困った様に溜息を吐くばかり。

彼女の言う通り、この『工房』の周辺に位置する家屋の住民たちは、何故か誰もが家の前を通るモントに怯えているかの様な素振りを見せ、遠巻きに此方を睨み据えていたのだ。

彼等は総じて年若く、中には年端もいかぬ幼子も居た。

しかし1人の例外もなく、一様にモントを恐れているらしい。

否、中にはモントだけでなく、案内役の狩人に対しても恐怖の視線を向けている者も多かった。

虐げられているのかとも考えたが、身に着けている衣服や窓から覗いた家屋内の様子から、そういった扱いはされていない様に思える。

 

もうひとつの違和感としては、彼等の纏う雰囲気だ。

何処か存在感が希薄とでもいうべきか、現実に目にしているにも拘らず其処に居るという実感が薄いのだ。

不自然なまでに美男美女ばかりという点も気になるが、その容貌にしても何処か作り物じみている様に感じられた。

それこそ、まるで精巧に作られた『人形』の様に。

 

 

「何も無いならああも怯えないでちよ。ヤーナムで何かしらやらかしたんじゃないでちか」

 

「覚えが無いぞ。そもそもまともな住民なぞ、片手で数えられる位しか居なかった。大多数は『獣』に成り果てていたからな」

 

「じゃあなんで……」

 

「ねえ、ちょっと」

 

 

モントとシャルロットの押し問答に割って入るフェアリー。

此方へと向けられる二対の眼に、しかし彼女は視線を合わせる事なく問い掛ける。

 

 

「結局、此処で誰に会うの? 彼等の口振りからすると、貴方の知り合いなんでしょうけど」

 

 

案内役の狩人たちは、この『工房』に立ち入らなかった。

此処に居る筈の者が所用で外出している事が分かり、一行は暫し屋内で待つ様に伝えられたのだ。

だがどうにもモントの様子から、彼は待ち人が誰なのか知っている様に思えた。

 

 

「古い知り合いだ。狩人として駆け出しだった俺の……『助言者』だった人物だよ」

 

「『助言者』……獣狩りの師という事かしら」

 

「師事した事はない。だが、俺を導いてくれた人ではある」

 

 

言いつつ、彼は祭壇の傍にあった主の居ない車椅子へと歩み寄る。

背凭れの上にある持ち手へと懐かし気に触れ、何事か思いを馳せている様だ。

皆の視線が集まる中、モントは静かな口調で言葉を続ける。

 

 

「恐らくは最高の……全ての狩人の頂点に立つ人だった」

 

「それは違うぞ、優秀なる狩人よ」

 

 

彼の言葉を遮る、男の声。

背後から聴こえたそれに、一同が開かれたままの扉へと振り返る。

其処に立つのは、草臥れた服に身を包み、同じく年月を経て擦り切れた帽子を被る長身の男性。

 

 

「私など単なる道化だよ。『月の魔物』の小間使いさ」

 

 

言いつつ、一行の間を歩みゆく男性。

ふとモントへと視線を戻せば、何故か彼は途惑う様に視線を揺らがせている。

そして、絞り出す様に声を発した。

 

 

「……アンタ、まさか」

 

「ふむ、この姿で会うのは初めてだったかね。途惑うのも無理はない」

 

「ゲールマン、なのか……?」

 

 

信じ難いといわんばかりの困惑に満ちた声。

自身の隣を通り過ぎる男、モントからゲールマンと呼ばれた彼を見やるフェアリー。

年の頃は20代の中頃から後半といったところだろうか。

木張りの床を確りと両足で踏み締めて歩むその姿に、何か感じ入るところがあったのかモントが呟く。

 

 

「足が……」

 

「これかね? 右足を無くしたのは、もう少し年経てからの事さ。その車椅子も、今や単なる椅子代わりでね」

 

 

言いつつ、モントへと歩み寄った彼は足を止め、暫しその場で佇んだ。

モントも言葉を発する事なく、その場を動く事もなかった。

沈黙のままに数秒が過ぎた頃、男性は左手で帽子を取ると、除に右手を差し出す。

 

 

「また会えて嬉しいよ……『最後の狩人』」

 

「……俺もだ、ゲールマン……『最初の狩人』」

 

 

覆面を下げ左手で帽子を取るモント。

その右手が男性、ゲールマンの差し出した右手を確りと握る。

『獣狩りの夜』か、或いは『上位者狩りの夜』か。

最後に共にあった時がいずれかは分からないが、彼等が再会を本心から喜んでいる事は口振りからも明らかだ。

一方で2人が口にした『最初の狩人』と『最後の狩人』との言葉に注意を引かれるフェアリーであったが、続く会話が彼女の思考を上塗りしてゆく。

 

 

「最後の、というのは返上だな。随分と新顔が増えた」

 

「ああ、期待の新人が多いな。喜ばしくもあるが、悲劇的でもある」

 

「悪夢だよ。終わらせたつもりが、夜はまだ続いている。こうさせない為の上位者狩りだった筈なんだが」

 

「ふむ、カインハーストの狂気は君の意志をも上回っていたか」

 

 

ゲールマンはモントと言葉を交わしながら自身が入室してきた扉へと振り返り、状況が飲み込めず手持ち無沙汰に2人の遣り取りを眺めていた一行を見回す。

 

 

「適当に寛いでくれたまえ。全員分の椅子は無いが、其処は御容赦願いたい」

 

 

その言葉に促されるまま、皆が思い思いに近くの椅子にや机に腰を下ろし、或いは壁に背を預ける。

ゲールマンもまた車椅子に腰を下ろし、モントは祭壇に寄り掛かっていた。

 

 

「改めて名乗らせて戴く。私がこの郷の取り纏め役を担わせて貰っているゲールマンだ。君たちの話は、既に使いの者から聞いているよ。聖剣の勇者たちよ、我々は君たちを歓迎する。要望があれば何なりと言ってくれたまえ。可能な限り、君たちの声に応えるとしよう」

 

 

突然の申し出に、フェアリーは面食らう。

それは他の面々も同様であるらしく、一様に疑念を表情に浮かべてゲールマンを見つめていた。

代表し、フェアリーが疑問を発する。

 

 

「フェアリーと申します。ゲールマン、貴方の申し出は私達としても非常に有り難いものです。しかし何故、初対面の私達に其処までして頂けるのですか?」

 

「フェアリー……そうか、君が……」

 

 

フェアリーの名に、ゲールマンは何事か思うところがある様だ。

訝し気に彼を見やるフェアリーだが、ゲールマンはすぐに質問に対する答えを返してきた。

 

 

「成程、その疑問も尤もだ。だが君も、予想は付いているのではないかね」

 

「贖罪、ですか」

 

「そんなところだ。本来、この世界と我々の世界には何ら関わりが無かった。だが其処にカインハーストが上位者と眷属の血を持ち込み、それらを狩る為に彼は上位者として残された力の全てを注ぎ、この世界にヤーナムの全てを喚び寄せた」

 

「狩人に獣、あの得体の知れない化け物どもか」

 

「そうとも、若き剣士よ」

 

 

デュランの言葉に応えつつ、ゲールマンは視線を扉の外の庭へと移す。

沈みつつある夕陽、その赤い光に照らし出された庭を見つめる彼の瞳は、其処には無い何かを見つめているかの様。

 

 

「蘇った狩人たちは、その全てが我々に協力的な訳ではない。主義主張の違いから袂を分かった者、狩りを放棄した者、只管に血に酔う者、そして……」

 

「医療教会、或いはカインハーストに与する者」

 

 

その声は、またも扉の側から聞こえてきた。

鈴を転がす様な、気品に満ちた若い女性の声。

しかし同時に、年経た老女の様な達観を感じさせる、僅かな掠れをも内包している。

皆が振り返った先、佇む人影がひとつ。

 

何処ぞの貴人。

その姿を目にした時、先ず脳裏に浮かんだ印象はそれだ。

胸元に留められた翡翠のブローチに白いスカーフ、縁に繊細な刺繍をふんだんに施された衣装、優雅な羽根飾りの付いた帽子。

纏う者が高貴な身分にある事を示すそれら見事な装飾品は、しかし主が戦いの中に身を置く者である事を微塵も隠せずにいた。

それらの装束はあまりにも、モントや他の狩人たちが纏う衣装との共通点が多すぎるのだ。

優美な装飾を施されながらも明らかに実用性を突き詰めていると分かる分厚い革と金属から成る衣装は、疑い様もなく『獣』の爪と牙に対する最低限の防御と、纏う者の身の熟しを妨げない事を目的としたもの。

それだけで、それを纏う者が狩人であると確信するには充分に過ぎた。

 

何より、衣装と共に彼女が身に着け、或いは手にしている代物。

その酷く傷んだマントの裾から覗く、美しい装飾の施された銃把。

即ちモントの愛銃たる『エヴェリン』そのもの。

そして彼女の右手に握られた、見た事も聞いた事もない奇妙な得物。

デュランが手にするそれに良く似た片刃の長剣、そしてホークアイの手のするそれよりも肉厚で刀身の長いダガー。

それらが柄尻で連結し、長柄の双刃と化したそれ。

尋常ならざるそれらの得物が、彼女が狩人としても特異な存在である事を声高に主張していた。

彼女は足を進めながら続ける。

 

 

「単に相容れないというだけならば良い。しかし自ら医療教会の、カインハーストの妄執に与するというのならば、万が一にも生かしておく訳にはいかない……そうだろう、若き狩人」

 

「……予想はしていたが、本当に居るとはな」

 

 

どうやらモントは、この女性とは顔見知りの様だ。

しかし、何処か警戒の素振りが見え隠れしているところから察するに、先の男性とは異なり其処まで信頼がある訳ではないらしい。

そんな彼の素振りを気にする様子もなく、彼女は続ける。

 

 

「私とてあの夜に轡を並べたのだ。此処に居たとて不思議ではないだろう」

 

 

言いつつ一同の間を抜け、ゲールマンの傍へと歩み寄る彼女。

手にした双刃の長剣を傍らの壁へと立て掛け、此方へと向き直る。

 

 

「遅れたが名乗らせて戴こう。彼と共にこの郷の纏め役を務めているマリアだ。其方の狩人とは、過去に命の遣り取りをした間柄でね」

 

 

帽子を取り、一礼。

灰色掛かった髪が、扉から吹き込んできた微風に揺れる。

人間離れしたその美貌に途惑ったか、息を呑む音が聴こえた。

そんな周囲を余所に、彼女は車椅子に腰掛けたゲールマンへと寄り添う様にして佇む。

 

 

「お帰りマリア。狩りの成果はどうだね?」

 

「巨大な土竜というのは初めてでしたが……問題ありません。援護もあったので、然程に苦労は」

 

「そうかね、それは重畳」

 

「モグラとは?」

 

 

此処でデュランが、聞き捨てならぬとばかりに割り込む。

何せフォルセナ領土内の話である。

傭兵とはいえ騎士を目指す者の端くれ、聞き逃す訳にはいかないだろう。

 

 

「高原の南で商隊を襲っていた怪物でね。言葉通りの巨大な土竜で、地中から現れては人もモンスターも問わず襲撃を繰り返していた。我々が存在を知った時点で、既に100人以上が犠牲になっていた様だ」

 

「フォルセナ側には報告を?」

 

「アルテナ側との遭遇戦が多く、こうして事後報告になってしまった。独自に事態に気付いた哨戒の部隊も居たのだろうが、王都への連絡前に襲撃を受けてしまった様だ」

 

「……消息を絶った部隊の幾つかは、そのモグラに殺られたって事か」

 

「それで、だ。仕留めた土竜から、面白い収穫があってな……」

 

 

其処まで言うや、何故かマリアは困った様に眦を下げる。

自身が入室してきた扉を見やり、溜息をひとつ。

 

 

「また居なくなったか。すぐに来るとは思うんだが」

 

「……誰?」

 

「狩りの収穫だよ。土竜の腹からこんなものが採れるとは思わなかった」

 

「こんなものとは何じゃい!?」

 

 

唐突に響く別の声。

嗄れた老人のそれは、マリアが見つめる扉の外から聞こえてきたものだ。

そうして弾む様に屋内へと飛び込んできたのは、腰下まで位の小柄で奇妙な影。

その姿に皆が目を剥く。

 

 

「まさか……精霊!?」

 

「嘘だろ!?」

 

「うひゃひゃひゃひゃ! マリアちゃん以外にもカワイ子ちゃんで一杯じゃ! こんなのは久し振りじゃのぉ!」

 

 

そう言って飛び跳ねるのは、明らかに人間とは異なる容貌の小柄な存在。

その正体に、フェアリーは直ぐに気付いた。

 

 

「もしかして、ノーム?」

 

「おお? この感じはフェアリー……って、デカ!? なんじゃこの別嬪さんは!?」

 

「信じられないかもしれないけど、私がフェアリーよ」

 

「……はぁ!? お前さんがフェアリー!?」

 

 

それまでの飄々とした振舞いが瞬時に消え去り、放たれるは驚愕に満ちた声。

フェアリーの傍へと跳び寄り、その姿をまじまじと見つめるノーム。

やがて何かに気付いたのか、マリアへと振り返る。

 

 

「もしやと思うが、嬢ちゃん……アンタ方、この娘に」

 

「この郷の連中は関係ない。俺がやった」

 

 

割り込んだモントへと向き直るノーム。

屋内の空気は、今や凍り付いたかと錯覚する程に冷たい。

次の瞬間、硬質な音と共にノームの周囲に現れる、無数の拳大の結晶。

突然の事に驚愕する面々を余所に、高速で回転するそれらの端が徐々に、徐々に鋭く尖りゆく。

『ダイヤミサイル』だ。

 

 

「ノーム、何を!?」

 

「ちょっ、落ち着くッスよノーム! 何やってんスか!」

 

「ちと黙っとれ……おい、若いの。名前は?」

 

 

この凶行に驚いたフェアリー、そして同様に狼狽した様子で彼女の内より出現したウィル・オ・ウィスプが、ノームを止めに掛かった。

しかし彼は術式を止める事なく、モントへと名を問う。

一方で名を問われたモントは、目と鼻の先で自身を狙う魔法が発動しているにも拘らず、特に動きを見せる事もなく祭壇に寄り掛かったまま答えた。

 

 

「モントだ」

 

「モント……お前さん、この娘に何をしたか解っとるのか」

 

「血を与えた、それだけだ」

 

「……それがどんな結果を招いたか、理解した上で言っとるんか」

 

 

モントは答えない。

そして遂に、回転していた全ての結晶が、切っ先をモントへと向けて止まった。

射出態勢だ。

 

 

「止めて、ノーム!」

 

「……このフェアリーが聖域外に遣わされる状況っちゅうのはな、若いの。この世界じゃ全能に近い存在である『マナの女神』でさえ手に負えん、二進も三進もいかないところまで世界が追い込まれてるっちゅう事を意味しとるんじゃ。それを打開できるのは、遣わされたフェアリーに見出された『勇者』だけ。12年前にフェアリーに見出され『竜帝』を討ち果たした英雄王リチャードの様にな」

 

 

次の瞬間、ノームの周囲に滞空していた結晶は、その全てがモントの周囲へと配置されていた。

瞬き程の間に全ての結晶が、切っ先を彼へと向けたまま。

明らかに通常の術式で発動する『ダイヤミサイル』ではない。

大地を統べる土の精霊ノーム、彼だからこそ可能な芸当だろう。

 

しかし突然の事に驚きこそしたものの、フェアリーの眼は確かに結晶が移動する瞬間、そしてそれらの軌道を捉えていた。

否、結晶の動きだけではない。

彼女と同じく結晶の動きに反応し眼で追った者、反応こそすれ眼で追うには到らない者、全く反応できずに驚愕している者。

それらの判別まで、フェアリーの眼は無意識の内に成し得ていた。

だが、彼女自身がその事実に気付く猶予を与えず、ノームの声が飛ぶ。

 

 

「お前さん方の事情はマリアの嬢ちゃんから聞いとる。『獣の病』に侵された元人間や、頭のイカレた『医療教会』とかいう狂信者どもに『カインハースト』とやらの色狂い、『上位者』とかいう『魔族』もどきを狩ろうというんじゃろう。まあ、その点に関しちゃ勝手にすりゃ良い」

 

「話が分かる様で何よりだ」

 

「だが、それとこれとは別問題じゃ。お前さん、この娘を『混じりもの』にしやがったな」

 

 

『混じりもの』

その言葉に、フェアリーは我知らず身体を震わせる。

疾うに自覚こそしていたものの、王都での一件以来は極力考える事を避けていた。

その事実を、出会って間もないノームから指摘されたのだ。

 

 

「お前さんがた『狩人』は、血によって技術を継承するそうだな。おまけにマリアの嬢ちゃんの話じゃ、お前さんは元『上位者』だそうじゃないか」

 

「……そうだ」

 

「そんな輩の血を与えたんだ、この娘が女神の遣いとしての在り方を維持できずに変容しても無理はない」

 

 

徐々に、徐々にモントの身体に近付く結晶。

それでも彼の表情には、恐怖も焦燥の色も見られない。

 

 

「なあ嬢ちゃん、その身体にフェアリーとしての力は残されているか?」

 

「……幾分かは。でも『勇者』の選定は不可能ね」

 

「『聖域』から他のフェアリーが送り込まれる可能性は?」

 

「無いわ。私が最後のフェアリーよ」

 

「つまり『勇者』が選定される可能性は、現時点で潰えたも同然って訳だ……やってくれたな、若いの」

 

 

遂に結晶の1つ、その切っ先がモントの身体に触れる。

モントは微動だにしない。

 

 

「お前さんは自分の獲物を狩れれば満足だろうが『勇者』が選ばれなければこの世界は終わりだ。お前さんはお前さんなりにフェアリーを助けようとしたんだろうが、結果的に『勇者』が選ばれる為の下地を奪っちまった」

 

「ノーム、それは……」

 

「そうだな」

 

 

不可抗力だ、と訴えようとしたフェアリーの声を遮り、他ならぬモント自身がノームの言葉を肯定する。

フェアリーとて、自身が『狩人』となってしまった事について思うところが無い訳ではない。

しかし冷静に考えれば考える程、他の手は無かったと理解せざるを得なかった。

あの時に血を与えられねば、そのまま誰に気付かれる事もなく息絶えていただろう。

フェアリーとしての使命を果たせないという結果こそ同じだが、しかし『狩人』となりこうして異変を伝える事はできたのだ。

その責任をモントに求めるのは酷だと、感情では納得せずとも理解はしていた。

ところが、当のモントがノームの言葉を認めてしまったのだ。

 

 

「彼女の使命を妨げてしまった事は、申し訳ないと思っている」

 

「思っている、で済むものか。故意ではないかもしれん。他に手段は無かったのかもしれん。しかし事実、お前さんの行為はこの世界の未来に拭い難い影を落としている。言い掛かりに近いと解っちゃいるが……どう落とし前を付けるつもりだ?」

 

 

ノームからの問い掛けにモントは無言のまま、自らに触れる結晶へと手を添え、軽く押し退ける。

その瞬間、彼の姿が掻き消えた。

 

 

「っ……!?」

 

「過ちの償いはしよう。我々のやり方でな」

 

 

ノームの目と鼻の先、発せられる声。

モントが、其処に佇んでいた。

祭壇からの距離、約4m。

一体どんな手品を使ったのか、自身を包囲する結晶の群れを掻い潜り、一瞬にしてノームとの距離を詰めたのだ。

流石のノームも驚愕したらしく、僅かだが身体を強ばらせている事が分かる。

しかし其処は大地を統べる精霊、すぐさま状況を把握したらしく冷静そのものの声で応じた。

 

 

「成程、大したモンじゃ。それが『狩人』の力の一端か。それで、お主等のやり方とは?」

 

「……ゲールマン」

 

 

モントは自ら答える事はせず、一連の出来事を無言のままに見つめていたゲールマンへと視線を寄越す。

それを受け取ったゲールマンは静かに頷くと、屋内の一同を見回した。

そして、告げる。

 

 

「我々が持つ『狩人の業』を、君たちに授けよう。この世界を救う為、我々はあらゆる支援を惜しまない」

 

 

その声は、決して大きなものではなかった。

ごく自然に、何ら力を込めずに放たれた声。

しかし、それは大きな力となって空間へと響く。

先ず、声を絞り出す事に成功したのは、ホークアイだった。

 

 

「……アンタらの力を、俺達にくれるっていうのか」

 

「そうとも」

 

「具体的に、どういう事なのですか?」

 

「我等の『工房』が生み出す『獣狩りの武器』を提供し、また叶うならば我々の業を伝えよう。獣のみならず『魔族』を狩る上でも有用な筈だ」

 

「狩人の……業?」

 

「俺達に『狩人』になれというのか」

 

「何も我等の血を受け入れよという話ではない。1人1人に適した業を伝え、それを元に『マナ』の力で己が業に昇華すれば良い。聞けば『マナ』というものは、血よりも随分と融通の利く力だというじゃないか。違うかね?」

 

 

此方へと問い掛ける声に、フェアリーは半ば混乱する思考をどうにか加速させ、やがて頷く。

ゲールマンの言葉通り『マナ』をどう用いるかは、個人の資質や状況により千差万別に変化するもので、決められた方法など在って無きが如しだ。

一般に知られる汎用術式も、先ず入口となる構成こそ決まってはいるものの、それが後にどの様に発展してゆくかは個人の資質と方向性による。

同じ様に『狩人』の業についても、それがどの様に発動するものであるかを学べれば、完全にとはいかないまでも彼等の業を再現する事も可能だろう。

 

 

「さて、どうかね?」

 

 

ゲールマンの声に、ノームは無言のまま。

しかし、未だ祭壇の周囲に展開されたまま切っ先をモントの背中へと向けていた結晶の群れが、風に流される砂の様に崩れて消えゆく様を見れば、彼の答えは明らかだった。

 

 

「納得して貰えた様で何より」

 

「いんや……済まない、アンタらを試しちまった。とんだ見当違いだったみたいだな」

 

「貴方はこの世界を統べる精霊の一柱だ、当然の事でしょう」

 

「そういう事でなくて……まあ何だ、若いの。お前さん、やろうと思えば何時でもワシを狩れたじゃろう?」

 

 

ノームの問い掛けに、モントは無言で以って返す。

それで充分だったのだろう、ノームは鼻を鳴らしフェアリーへと向き直った。

 

 

「食えん奴じゃ……さて、騒がしくしちまって済まなかったの、嬢ちゃん。老いぼれはこの辺で引っ込ませて貰うわい」

 

「え、ちょっ」

 

「うひゃひゃひゃ! オッパイでけえぇェェ!」

 

 

奇声を上げてフェアリーへと突撃、思わず顔を引き攣らせる彼女の胸を目掛け跳躍するノーム。

しかしその胸元へと飛び込む直前、頭上から放たれた一条の閃光が彼を叩き落とした。

為す術なく直撃を受け、フェアリーの足元へと叩き付けられたノームは、蛙が潰れる様な呻き声と共にその姿を薄れさせてゆく。

突然の事に目を白黒させるフェアリー、その背後から姿を現したウィスプが、深々と溜息を吐いた。

 

 

「相変わらずッスねぇ、この爺さんは……あ、お騒がせして申し訳ないッス」

 

「あ……ええ……」

 

 

愚痴りながらその姿を消しゆくウィスプ。

見兼ねた彼が、ごく低出力の『セイントビーム』でノームを撃ち落としたらしい。

ノーム共々ウィスプが自身の内に戻った事を確認し、フェアリーもまた深い溜息を吐く。

 

 

「なんつーか……賑やかな奴等だな、精霊って」

 

「この2人が変わってるだけ……の筈よ。きっとそう、そう思いたい」

 

「チョーすっぱい顔してまちよ、フェアリーしゃん」

 

 

場に満ちる微妙な空気に耐え切れず、渋面を作るフェアリー。

ゲールマン達も反応に困っていたのか、軽く咳払いをして話の軌道修正に入る。

 

 

「さて、君達はこれからローラントに向かうとの事だが、その前に色々と解き明かしておきたい疑問がある事だろう。出立までは暫く掛かる筈だから、身体を休めるついでに何なりと訊いてくれたまえ」

 

「武器に関しては『工房』を紹介しよう。見立ては……彼に任せるのが良いか」

 

「武器を見立てて頂けるのですか?」

 

「一応、其々の癖は掴んでいるつもりだが、希望があれば最大限聴き入れよう。ゲールマン、既存ではない武器の作成は可能だろうか」

 

「そういう事なら、御誂え向きの『工房』がある。話は通しておくから、何なりと言ってみると良い」

 

「『工房』の名は?」

 

「『火薬庫』だ」

 

「ゲールマン、マリア」

 

 

会話を遮り、割り込む声。

アンジェラだ。

自らへと集まる視線の中、彼女は臆する事もなく言葉を続ける。

 

 

「貴方達に訊きたい事があるの」

 

「何かね」

 

 

小首を傾げるアンジェラ。

その瞳はゲールマンとマリア、モントの方向に向けられている。

視線を真っ直ぐに彼等へと向けたまま、彼女は信じ難い言葉を放った。

 

 

「この郷、どうして『上位者』だらけなの?」

 

 

モントの目がこれでもかと見開かれ、弾かれた様にゲールマン達へと向き直る。

他の面々は訳が解らないとばかりに困惑していたが、しかしすぐに彼女の言葉の意味を理解したのだろう。

モントと同じく、この郷の長へと視線を集中させた。

フェアリーも同様だ。

ゲールマン、そしてマリアは慌てる様子もなく、無言のまま一同を見やっていた。

信じ難いと言わんばかりの様相で、モントが声を振り絞る。

 

 

「……ゲールマン?」

 

「ふむ、これに気付くとは。確認だが、王都で『神秘』を使用したアルテナの王女とは君の事かね?」

 

「アンジェラよ。ええ、それは私の事ね」

 

「先程の言葉だが……この郷に『上位者』が居ると。どうして、そう思うのかね」

 

 

その言葉に、アンジェラは再び小首を傾げた。

宛ら、何故そんな事を訊くのかとでも言いたげに。

 

 

「だって、皆こっちを見てたじゃない。私とフェアリーと……何よりモントを」

 

 

フェアリーは思い出す。

この『工房』の周辺、遠巻きに此方を窺っていた住民たち。

何処か現実感の無い、作り物めいた容貌の人々。

まさか、あの人々が。

 

 

「直接モントの手に掛かった訳ではないだろうけれど、それでも彼の為した事を考えれば恐れられて当然よね」

 

「何を言って……おい、アンジェラ?」

 

「彼等を殺したのは『ビルゲンワース』……あの老いさばらえた瞳狂いに、逆上せたその教え子。だからこそ、ヤーナムは呪いを受けた」

 

「お前、まさか……」

 

 

アンジェラが何を言っているのか、フェアリーには全く理解できない。

だがゲールマンとマリア、モントは違うのだろう。

特にモントは何かを察したのか、僅かに身を強張らせている。

 

 

「残された上位者たちは憎悪と怨念とでヤーナムを覆い、更には住民たちを利用し尽くすべく動いた。疾うに失われた『赤子』を、再び自分達の下に取り戻す為にね」

 

「ふむ……」

 

「最終的な結果はどうであれ、ゲールマン、貴方たちは永久に続く事が決した呪いをどうにかしようと足掻いた。それを叶えたのはモントだったけれど、その実現は貴方の予想を大きく裏切る形で成されてしまった……上位者の皆殺しと言う結果で」

 

「……概ねその通りだ」

 

 

肯定するゲールマン。

再び彼へと向けられるモントの目には、苛烈な感情が宿り始めている。

それに気付かぬゲールマンではなかろうに、彼は自身に向けられる視線を意にも介さず、アンジェラへと問いを投げ掛けた。

 

 

「アンジェラ王女、何故貴女がそれを知り得ているのか窺っても?」

 

 

核心だった。

誰もが胸中へと抱え、しかし状況に流され確認すること能わなかった疑問。

ゲールマンは、寸分違わずにその核心を突いた。

 

王都での戦いから此方、アンジェラの様子は明らかにおかしかった。

『仕掛け武器』を己が手足の如く自在に扱い、苦もなく狩人の秘儀『神秘』を扱うその姿。

おまけに彼女が扱う『神秘』の力は明らかに戦術級魔法のそれを超えたものであり、シャルロットが言うには敵が用いていた同様の『神秘』の威力を大幅に上回っているという。

そして、この郷に入ったばかりにも拘らず、郷の内に『上位者』が存在すると断言してのける異常性。

誰もが、その変貌の理由を知り得んと欲していた。

しかし当のアンジェラは、何ら気負う様子も見せずに自然体で言葉を返す。

 

 

「聞いたのよ、此処に着いてから」

 

「ほう、誰から?」

 

「誰と言われても……『私』からとしか言いようがないわ」

 

 

『私』から聞いた。

その理解不能な答えに、皆が訝し気にアンジェラを見詰める。

だが一方で、ゲールマンとマリアの様子を窺ったフェアリーは、彼等が異様なまでの落ち着きを見せている事に違和感を覚えた。

 

 

「あの、アンジェラ? 何を言っているのか、良く理解できないのですが……」

 

「外では誰とも話してなかったじゃないか」

 

「だって彼女も『私』だもの、態々声に出す必要もないでしょ」

 

「だから彼女って誰で……」

 

「ああ、ちょうど来たところよ」

 

 

言いつつ椅子から腰を上げると、開け放たれたままの扉へと歩き出すアンジェラ。

其処で初めてフェアリーは、扉の外に佇む人影がある事に気付いた。

他の面々も、少なくとも初めから其方を向いていたヤーナムの狩人たちを除けば、フェアリーとほぼ同時にその存在に気付いたのであろう。

驚いた様に扉の方向を見つめる皆の視線の先で、人影へと歩み寄ったアンジェラはその隣へと並び立つ。

 

何時の間にか現れたその人物。

仕立ててから然程に時間は経っていないのであろう、白を基調とした町娘の服を纏う、青みがかった灰色の長い髪を靡かせる女性。

病的なまでに白い肌と、女性にしては高い背丈、人とは思えない程に整った容姿。

そして何より、睨み据える様に此方へと向けられたまま微動だにしない、それそのものが光を発しているのではないかと錯覚する程に色鮮やかな、エメラルドの様な瞳。

そんな彼女の傍らに立ち皆へと向き直るや、視線だけを隣へと向けたまま、アンジェラはごく自然に告げる。

 

 

「彼女が教えてくれたの。ヤーナムの事、上位者の事、あの『神秘』の事。全部教えてくれた」

 

「誰でち……?」

 

「彼女の持つ記憶も経験も、全てが私と共有されてる。この力はもう、彼女の内には留めておけないものだから」

 

「だから誰なんだ?」

 

「そうね……こう言えば解るかしら」

 

 

痺れを切らしたケヴィンの問い掛けに、隣から視線を離し此方へと瞳を向けるアンジェラ。

瞬間、自らの身体が強張った事を、フェアリーは自覚した。

此方を見つめるアンジェラの瞳。

それは常の彼女の瞳に宿る月の光ではなく、隣の女性と全く同じ、エメラルドの光を湛えていたのだから。

そして、彼女は告げた。

それが持つ意味を完全に理解するには至らずとも、モントにとっては決して受け入れられぬであろうと容易に推測できる、信じ難い言葉。

 

 

 

 

 

『星の娘、エーブリエタース』

 

 

 

 




エロ書きてえ(啓蒙98)
聖剣3の純愛アブノーマルエロ書きてえ(発狂)

また2ヶ月も空けてしまい申し訳ありません。
すいません許して下さい!
何でもしますから!(リースが)


次回
お待ちかねの仕掛け武器回&ビックリドッキリメカ登場予定

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