聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

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聖剣の狩人たち

 

 

 

「仕留めたぞ!」

 

「こっちも殺った! あと2匹!」

 

「くそ、このドブ鼠が!」

 

 

夜の闇を照らす月明かりと、燃え盛る炎の明かり。

フォルセナ王都は今や、血風吹き荒ぶ狩り場と化していた。

剣に炎を宿した騎士たちが犇めく獣どもに刃を突き立て、獣どもの牙と爪が騎士たちと住民の肉を引き裂き喰らう。

人間と獣の双方が獲物であり、また狩人でもある異常な戦場で、聖剣を求める一行もまた多くの騎士たちと共に激闘を繰り広げていた。

 

 

「犬が出た! ホークアイ、頼む!」

 

「リース、退がれ! 其処の角、獣いる!」

 

「ホーリーボール、行くわよ! デュラン、其処で巻き込まれても知らないからね!」

 

「くそッ、こいつ毒を……1人やられた! モント、解毒剤を!」

 

 

矢継ぎ早に繰り出される剣が、槍が、ダガーが、獣肉断ちが、際限なくが如く現れる獣どもを次から次へと躯に変えてゆく。

獣の肉体を裂く度に、その傷口から皮下の肉までを焼き焦がす炎を吹き上げる、各々の獲物。

火のマナの加護を得た武器は、獣どもの命を容赦なく狩り取ってゆく。

あの漆黒の獣でさえ、対処法を学び炎の加護を得た騎士たちに掛かれば、今や僅か3名ばかりで20秒と掛からぬ内に始末できるまでになっていた。

其処へアンジェラの魔法による援護が入り、更には負傷したとしてもたちどころにシャルロットが傷を癒してしまう。

現れる獣の種類は増し、その数も際限が無いと思われる程であったが、着実に其々への対処法を編み出してゆく一同の前に斃されていった。

だが、そんな一同の中でも抜きん出た戦果を上げているのは2人の狩人、モントと『ルドウイーク』と呼ばれた男だ。

彼等の戦いは、正に別次元ともいうべきものだった。

 

 

「おい、見たか今の?」

 

「あれが人間の動き……?」

 

 

そんな呟きが、其処彼処から零れ出る。

人間を超越した身体能力を持つケヴィンや、神速と言って差し支えない速さを有するホークアイでさえ、立ち回りの合間に2人の動きを盗み見る程だ。

それ程までに、狩人たちの立ち回りは卓越し、また異常であった。

 

 

「ッ! また消え……!」

 

 

獣の爪がモント、或いはルドウイークを引き裂く寸前、彼等の姿はぶれる様にしてその場から消え失せる。

否、実際には端からすれば消えたかに見える程の速さで、僅かに数歩の距離を跳ねる様に移動しているだけだ。

動作自体は何の事はない、子供でも出来る簡単なそれ。

問題は、その数歩分の距離を移動するだけの動きが、ケヴィンやホークアイの目を以てしても捉え切れない程に速く、それ以外の面々からすればそれこそ消えた様にしか見えないという点だ。

 

獣が爪を振り下ろした瞬間には、彼等は既にその側面に位置し、挙げ句に自らの獲物を振り抜いている。

その骨肉を噛み砕かんと飛び掛かれば、開かれた顎が閉じるより早く、背後に回った狩人の得物が背を切り裂く。

そして虚を突いて別の獣が襲い掛かったところで、今度は彼等の左手に握られた銃が火を噴き、迫り来る獣の頭部を撃ち抜くか、或いは完全に粉砕してしまうのだ。

彼等の右手、其処に握られた獣狩りの武器も凄まじい。

分厚い毛皮を物ともせずに血肉を削り引き裂くノコギリ槍、鋼の暴風そのものと化し獣の肉体を叩き斬る長剣。

狩人たちが歩を進めた跡に残されるは、盛大な破壊の痕跡と獣どもの躯の山。

全身を返り血に赤く染め上げ、それを意に介する素振りさえなく得物を振るい続ける彼らの背に、その場の皆が薄ら寒いものさえ覚えていた。

 

 

「成る程、まさに狩人って訳だ。動きが活き活きしてやがる」

 

「……狩人というのは、獣の側へと無闇に近付いたりしないもの、と思っていたのですが」

 

 

感嘆混じりのホークアイの言葉に、何とも納得し難い様子のリースが応える。

彼等の視線の先では今まさにモントの右手が、獣の臓腑を胴体から抜き取っているところだった。

大量の血飛沫が爆ぜ、赤い液体の花火となって周囲を染め上げる。

 

其処から少し離れた場所では、ルドウイークの長剣が獣の群を薙ぎ払っていた。

通常の長剣よりも二周りは幅広で、しかも刀身の長さも優に1mを越えるそれを、彼は右手のみで以てまさに片手剣そのものの如く、重さを全く感じさせない勢いで振り回しているのだ。

一斉に飛び掛かった小柄な獣、身体の所々に包帯を巻いた毛むくじゃらの直立歩行するそれらが、忽ちの内に細切れの肉片となって周囲へと飛び散る。

更には、襤褸同然のローブを纏った大柄の獣、やはり直立歩行で迫り来るそれらを、正面から2体纏めて串刺しに。

挙げ句の果てに、その状態から零距離で長銃の銃口を藻掻く獣の顔面に押し当てて引き金を引き、後方の獣まで纏めて頭部を散弾で消し飛ばす始末。

もはや狩りというより、殺戮の体を為していると言っても過言ではない。

 

 

「モントしゃんもそうでちが、あの人も大概イカれた戦いっぷりでち。狩人っていうのは、そこまで獣が憎いモンでちかね?」

 

「……さあね」

 

 

シャルロットの疑問に、フェアリーは曖昧に答える事しかできない。

しかし、あながち彼女の指摘も間違いとは言い切れない、と内心では思う。

彼等の戦いはそれほどまでに無慈悲で、凄惨で、凄絶だ。

其々の得物の特性を最大限に引き出し、しかしそれだけでは説明が付かぬ程の惨たらしい死を振り撒く狩人2人。

その戦い振りからは、あまりにも明確な殺意と憎悪とが滲み出ている。

相対した獣は1匹たりとも生かしてはおかぬ、との決意が全身から発せられているかの様だ。

その気迫はモントの放った銃弾が、最後に残った獣の額を撃ち抜いた事により現となって結実する。

 

 

「……終わったか。ったく、何匹殺った?」

 

「10匹超えたとこから数えてねぇよ。くそ、コイツはもう駄目だ。刃がボロボロだ」

 

 

漸く獣の襲来が絶えた事で、溜息を吐くホークアイに、ボロボロになった剣を見て舌打ちするデュラン。

少し離れたところでは、同じ様に自身の槍を見つめるリースが、此方も物憂げに息を吐いていた。

そんな彼女へと、気遣わしげに語り掛けるアンジェラ。

 

 

「リース、その槍……刃零れしちゃったの?」

 

「ええ……やはり、あの獣を相手にするには力不足だった様です」

 

 

そう言って彼女が翳して見せた三又槍の穂先、その中央に位置する刃は半ばから折れ飛んでいた。

残る左右の刃も、先端部が欠けている。

あまりにも硬い獣の毛皮、そして強固な骨格が、この短時間で急速に槍を磨耗させたのだろう。

 

 

「これでは、あまり力になれそうもありません……済みません、こんな時に」

 

「仕方ないわよ。あんな怪物が出てくるなんて、誰も予想できなかったんだから……」

 

「斥候が戻ったぞ!」

 

 

騎士団の者が叫ぶと同時に、憔悴し切った表情の騎士が一同の元に駆け込んでくる。

彼は、仲間から差し出された水筒を受け取ると中身の水を勢い良く呷り、荒い息を吐きながら絞り出す様にして声を紡ぐ。

 

 

「駄目です……この周辺の住民は全滅しています。皆……皆、バラバラに食い散らかされて……住民も、味方も、アルテナ兵まで、無差別に……!」

 

「……そうか」

 

「アイツら……あの、獣ども……! 遊んでいた、遊んでやがった! 引き千切った腕や脚で、遊んでやがったんだ! 餌を取り合う犬みたいに!」

 

「良い。もう良い、ハズ。少し休め」

 

「畜生、ケダモノどもめ……畜生……」

 

 

涙を流しながら呪詛を呟き続ける彼を、仲間の騎士たちが肩を貸しながら無人の民家へと連れて行く。

その後ろ姿を見送りつつ、デュランは剣の柄を潰れんばかりに握り締めていた。

彼の傍らには、やはり刃零れしたダガーを無表情に見つめるホークアイ、蛇腹状にした獣肉断ちから肉片を取り除くケヴィン。

リースとアンジェラは獣に対する今後の不安について意見を交わしていたが、斥候が齎した情報を受け目に見えて顔色を青褪めさせている。

そんな中でフェアリーとシャルロットは、モントとルドウイークの会話に加わり、何とか有用な情報を引きだそうとしていた。

 

 

「……周りは酷い事になってるみたいでち。これも『ヤーナム』ではありふれた光景だったんでちか?」

 

「『獣狩りの夜』では、そうだ。街中に獣と正気を失った暴徒が溢れ、悲鳴と銃声、獣の唸りが止む事はない。街路は血と炎に埋め尽くされ、硝煙と鉄錆の臭いに満たされていた」

 

「そんな所に良く人が住み続けていたものね」

 

「他に行き場所が無いからだ。教会の医療を受けた以上、誰であろうと血に酔わずにはいられない。恐れをなして他の地へ逃れたとて、いずれ獣となる定めは避けられぬ」

 

 

言いつつ、ルドウイークは傍に転がる獣の死体へと視線を落とす。

フェアリーの目に映る彼の瞳には、憎しみよりも哀しみが浮かんでいる様に見えた。

 

 

「なれば血に酔い、血の悦びを受け入れて、獣となるその日までを生きる他ない。何時かの『獣狩りの夜』に、狩る側から狩られる側となる、その日まで」

 

 

あまりにも救いの無い言葉に、しかしフェアリーは疑問を覚える。

何時かは狩られる側になる、とルドウイークは言った。

ならば、彼自身はどうだったのか。

 

 

「貴方も、そうなったの?」

 

 

フェアリーとしては、否定の言葉が返されるものと、半ば以上の確信を持って放った問い掛け。

しかし返答は、彼女の想像を超えるもの。

 

 

「獣となった私を狩ったのは他でもない、彼だ」

 

 

ルドウイークはモントへと視線を移し、そう言って退けた。

想像だにしなかった答えに、呆然と立ち尽くすフェアリーとシャルロット。

そんな2人を余所に、彼女たちとは別の疑問を問い掛けるモント。

 

 

「随分と若く見えるが、その歳で獣になったのか?」

 

「いいや。私もそうだが、どうやら狩人としての最盛期か、自らが最も強く望む肉体を以て此処に召された者が多いらしい。此処に来てからこれまでに会った、他の狩人たちもそうだった」

 

「他の……フォルセナ領内にか」

 

「ああ。私は高原の南に位置する集落に現れたのだが、此処に来るまでに多くの狩人と出会ったよ。彼等は高原の西、其処に築かれた隠れ里を中心に活動している」

 

「おい、初耳だぞ!?」

 

 

会話に割り込む、素っ頓狂な叫び。

デュランだ。

彼だけでなくフォルセナ兵たちの視線もまた、ルドウイークに集中している。

自国領内に未知の集落が在るなど、彼等にとっては寝耳に水も良いところだろう。

 

 

「良いのか、そんなこと喋って」

 

「いずれは知れる事だし、皆も承知している。何より、考えてみたまえ。其処に居る者はいずれも、狩人とその関係者なのだ。君の時代には滅んでいた『工房』の人間も住んでいる。そんな武力集団の存在を国家に伏せたまま活動する事が、果たして賢明な選択だと思うかね」

 

「無いな、それは」

 

「尤も、進んで明らかにするつもりも無かったが。こんな事態になった以上、何時までも消極的に振る舞っている訳にもゆくまい」

 

「アンタ以外の狩人も来ているのか」

 

「それなりの数がな。斯く言う私も、王都の外で信号弾を目にして駆け付けたのだが」

 

「じゃあ何人か、先行した狩人が居るって事……」

 

 

フェアリーの言葉が終わらぬ内、街の何処からか銃声が響く。

それも1回や2回ではなく幾度も、其々が何処か異なる音が。

小さいが確かに聞こえるそれらは、王都の其処彼処で発砲が相次いでいる事を示していた。

勿論、フォルセナ兵は銃など所持していない。

必然的に、銃声が意味するところは限られてくる。

ぽつりと呟くホークアイ。

 

 

「……大勢居るな」

 

「全てがフォルセナに現れた訳ではないが、それでも数多くの狩人がこの国には居る。情報を求めて他国に渡った者も居るが、先ずは足場を固めない事には狩りも儘ならん」

 

「好都合だ。王都内の獣は、彼等が狩り尽くしてくれるだろう。俺たちはどうする?」

 

「英雄王様の安否が気掛かりだ。これだけの騒ぎだってのにあの御方が城に籠もっているなんて、常ならば考えられない。恐らくは王城も奇襲されているだろう」

 

「あの魔法陣は向こうから広がってきたわ。これって王城の在る方角じゃない?」

 

「つまり、この事態の元凶は王城に在る、って事ね」

 

 

その言葉に、各々が装備の確認に移る。

新たな獣が現れない以上、未だ殲滅とまではいかずとも、狩りは順調に推移しているのだろう。

ならば市街での戦闘は他の騎士団や狩人たちに任せ、此方は襲撃を受けているであろう王城に乗り込むまで。

皆がそう考え、特に意見を交わすまでもなく準備に入っていた。

 

 

「こりゃ駄目だ、使い物にならねえ」

 

「俺のもだ。ガイン爺様の武器屋は其処だったな? 事後承認になっちまうが、ちょいと拝借していこう」

 

「槍は在るでしょうか? 私のも刃が折れてしまって」

 

「コイツはまだ保つが、こっちは駄目だ。なあデュラン、此処の店ってダガー置いてあるか?」

 

「クルミを拝借していくでちよ。お代はえーゆー王しゃんにツケておくでち」

 

「アンタ、ホントちゃっかりしてるわね……まあ、私も貰っておくけど」

 

 

そうして準備が整うと、一同は足早に王城を目指す。

途中、制圧を完了した騎士団や、一方的に獣どもを屠る狩人らしき人影を遠目に確認するも、殆どが進行方向から大きく逸れていた為に接触はしなかった。

それでも数人の狩人と遭遇はしたが、いずれも獣を狩る事に集中していて、此方を横目で確認すると興味を失った様に自身の狩りへと戻ってゆく。

始めこそ憤慨する者も居たが、ケヴィンが彼等の振る舞いの意味を告げると、それらの悪感情も薄れていった。

 

 

「アイツら皆、モントとルドウイーク見てる。自分達が着いて行っても足手纏いだって、理解してる」

 

 

そう言われてしまえば、何も言う事は無い。

逆に、それだけこの2人が手練れであると知れ、幾分か気が楽になった者も居る様だ。

そうして僅かに向上した士気も、其処彼処に転がる兵士や住民たちの死体が徐々に数を増してくると、否応なしに削られてしまう。

あまりにも激しい遺体の損壊が、怒りや悲しみよりも先に恐れを呼び起こしているのだ。

斬られ、焼かれ、砕かれ、喰い散らかされた死体の数々。

徐々に増す吐気と怖気に苛まれつつ、それでも足を止める訳にはいかなかった。

救えなかった民や、最後まで戦って果てた仲間の死体を見出す度、悔し気に謝罪と畏敬の声を漏らすデュラン達の為にも。

 

 

「あれか」

 

 

そして漸く、彼等は市街と王城とを隔てる堀、其処に掛かった橋の袂へと辿り着く。

王都そのものが城塞都市である為か、堀は積極的に侵入を阻む為のものではなく、精々が梯子を掛け難くする程度のものだ。

架けられた橋も跳ね上げ式ではなく、堅固な石造りのものとなっている。

有事の際にその先を閉ざす筈の城門は開け放たれ、内部に広がる一面の赤とそれを照らし出す炎の明かり。

既に城は其処彼処から火の手が上がり、常ならば王を護る為に犇めいている筈である兵士達の姿は、何処にも見受けられない。

 

 

「アルテナに襲われたか、それとも……」

 

「両方でしょう……あれを」

 

 

リースが指し示す先、血溜まりの中に転がる魔導師帽と杖。

それらを身に着けている筈の兵士の身体だけが、忽然と消えていた。

 

 

「居るな。警戒を」

 

「先行する、此処で待て」

 

 

告げるや、音も無く駆け出すモント。

後に続こうとする面々を、ルドウイークが手振りで制する。

そしてモントが城門を潜り、その先の開けた空間に突入するや否や、頭上から落下してくる影。

 

 

「危ない!」

 

 

発せられた警告は、しかし不要であった。

落下してきた影、即ち獣の下敷きとなる寸前にモントの身体は横へ数歩分の距離を一瞬にして移動し、その落着地点の1歩外へと位置していたのだ。

そのままノコギリ槍を振り抜き、目にも留まらぬ速さで獣の血肉を引き裂き削いでゆく。

骨肉が削がれる異様な音と血飛沫が石畳に撥ねる音、そして獣の断末魔は数秒と掛からずに止み、後には不気味な静寂と解体された獣の骸、新たに浴びた返り血に全身を濡らしたモントだけが残された。

僅か数秒の間に行われた処刑の後、幾度目にしても慣れないと言わんばかりの表情で皆が城内に歩を進める。

 

 

「本当に……毎度の如く血塗れだな。幾ら何でも浴び過ぎだろ」

 

「え、普通じゃないのか?」

 

「武器が武器だから仕方ないのかもしれないけれど、それにしたって浴び過ぎよ。血に酔うってそういう事なの?」

 

 

戦う度に過剰なまでの返り血を浴びるモントにホークアイが難色を示せば、ケヴィンが戦いとはそういうものではないかと首を傾げ、フェアリーが疑問を投げ掛ける。

ノコギリ槍に付着した血と肉片を払っていたモントは、そんな彼等を一瞥すると特に気分を害した様子もなく答える。

 

 

「どんな狩人だろうと、狩りの中で無傷の儘とはいかない。『血清』で傷を癒す事も出来るが、もっと手っ取り早い方法が在る」

 

「それは?」

 

「返り血を浴びる事だ」

 

 

傷付いた身体に返り血を浴び、それを取り込む事によって自らの傷を癒す。

狩人にとっては既に常識となっているが、この世界の面々からすれば異常極まりない事だ。

自らの傷を癒す為に他者の血を浴びるなど、正気の沙汰ではない。

そもそも血を浴びる事によって傷が癒えるなど、この世界のみならず元の世界に於けるごく普通の人々にしても、彼等の常識からすれば理解できない現象なのだ。

知らず皆が顔を顰め、僅かにモントとルドウイークから距離を置く。

 

 

「吸血鬼か、お前らは……」

 

「返り血って時点でもっと凶悪でち。口から吸うだけ、まだきゅーけつきの方がお上品でちよ」

 

「自覚してるよ。心の底から同感だ」

 

 

適当に答えつつ、周囲を見回すモント。

他に獣の姿は、無い。

気配を殺して待ち伏せしている様子も、無い。

 

 

「これだけか? 馬鹿な、もっと居ても良い筈だ」

 

「市街地に出たのだろう、より多くの獲物を求めて」

 

「内部の人間を皆殺しにしたってのか? 馬鹿な!」

 

 

納得できない様に視線を回らせるモント、獣の行方を推測するルドウイーク。

デュラン達は必死に周囲を捜索するが、やはり獣は疎か死体さえも見付からない。

フォルセナかアルテナかを問わず其処に兵士たちが居たという僅かな痕跡と、激しい戦いの形跡のみを残し、其処に在る全てが血溜まりの中に沈んでいた。

 

 

「どういうこった! 皆喰われたってのか、本当に!? 死体の欠片すら無いぞ!」

 

「獣は其処まで上品ではない。散らかし、喰い残しは当たり前だ」

 

「では、獣以外の何かが在ると……?」

 

 

歩を進め広大な城内広場へと出るも、やはり鎧や魔導師服の一部以外、そして大量の血溜まり以外には何も残されておらず、事態の手掛かりとなり得る遺留品は無かった。

ただ、王座の間へと続く中央の格子だけが不自然に閉ざされている事が、皆の警戒心を否応なしに引き上げる。

 

 

「……やっぱり、アルテナ兵も消えちまったみたいだな。だが今となっちゃ、どのみち生きちゃいないだろう」

 

「ええ、この血の量では……」

 

「敵も味方も、此処で大量に死んだ事は間違いない。だってのに死体だけが忽然と消えちまってる。何故だ?」

 

「……多分、あそこ」

 

 

ケヴィンが指し示すは、閉ざされた玉座の間へと続く格子。

良からぬ何かを感じ取っているのか、その表情は険しい。

だが、騎士の1人が疑問を挿む。

 

 

「何故だ? 引き摺った跡が在る訳でもないのに」

 

「引き摺っていない。どの血溜まりの場所も、其処で人間の匂い、途絶えてる。まるで死体が溶けたか、血の中に沈んだみたいに」

 

「は……?」

 

「でも、あの格子の向こう、此処と比較にならない。鼻がおかしくなりそうなくらい濃い、血の臭いする。今も段々、強くなってる」

 

 

そう言い放つケヴィンの右手は、獣肉断ちの柄を潰さんばかりに握り締めている。

月明かりを受け金色に輝く瞳は、其処から視線を離す事を拒むかの様に、閉ざされた扉へと固定されていた。

尋常ならざる様子に周囲の面々が息を呑む中、ふとルドウイークが呟いた。

 

 

「しかし、明るい。夜とは思えん程だが……ふむ、これだけ見事な満月ではな」

 

「ちょっと、そんな事どうでも……満月?」

 

 

唐突に関係の無い事を喋り出したルドウイークを窘めるも、すぐに其処に含まれた違和感に気付くアンジェラ。

彼女以外の数人も、同じく異常に気付いた様だ。

突然、弾かれる様に天を見上げた彼等に、ぎょっとしつつもデュランが問う。

 

 

「おい、アンジェラ?」

 

「ちょっと、嘘でしょ……?」

 

「何だ、こりゃあ……」

 

「おい!」

 

「デュラン、上見る」

 

 

酷く簡素なケヴィンの言葉に、疑問を覚えつつも頭上へと視線を移すデュラン。

しかし、何ら変わったものは無い。

獣が飛び掛かって来る訳でも、憎き紅蓮の魔導師が其処に居る訳でもない。

何の変哲もない、青白く輝く巨大な満月が在るだけ。

 

 

「……え?」

 

 

そう。

『満月』だ。

青白い月明かりで以って、周囲の全てを同じ色に染め上げる『満月』だけ。

 

 

「……どういう……なあ、どういう事だ?」

 

 

デュランは、自らの視覚と記憶を疑う。

彼の記憶が確かならば、こんな事は在り得ない。

在り得る筈がないのだ。

 

 

「何で……何で『満月』なんか出てんだよ!?」

 

 

昨夜見た月は『半月』。

これより『新月』に向かう筈の月が、一日にして『満月』となるなんて。

 

 

「な、なあ……あの月……何か、おかしくないか?」

 

「見りゃ分かる、何で半月が満月になって……」

 

「そうじゃねえって……!」

 

 

そして何より在り得ない、その『満月』の異常。

他国ならばともかく、フォルセナの人間ならば誰もが気付くであろうそれ。

 

 

「あの月……あんな模様、見た事ねえぞ!?」

 

 

月の模様が、違う。

物心付いた頃から見慣れた月の模様が、全く別のそれへと変貌しているのだ。

フォルセナ出身者を除く面々も、遅れて事態の更なる異常性に気付いた。

動揺が広がる中で響く、静かながらも忌々しげな声。

 

 

「こんな所でまで、あの月を見る事になるとは」

 

「事態は考えていた以上に深刻の様だな」

 

 

モント、そしてルドウイークだ。

2人は見上げるというよりは、睨み据えると表現するのが相応しい様相で、青白い月に相対していた。

リースが2人へと問う。

 

 

「何か知っているんですか?」

 

「……あれは、この世界の月じゃない。『ヤーナム』の月だ」

 

「は……?」

 

「彼の言葉通りだよ。あれこそが幾度となく繰り返された『獣狩りの夜』に『ヤーナム』の全てを照らし出していた月だ」

 

 

その言葉に、改めて皆が『ヤーナム』の月を見上げる。

青白く、そして明らかに常軌を逸した大きさとして視界に映るそれは、燃える王都の赤を冷たい青に染め上げていた。

何故、異世界である『ヤーナム』の月が、この世界に。

 

 

「……これも『夢』なのか、ルドウイーク? 既にこの王都も『夢』に取り込まれているのか」

 

「『夢』ですって? ちょっと、なに言って……」

 

「否、まだ完全ではない。『夢』を形作るには上位者の助力を請うか、或いは『メンシス』が行った様に、膨大な量の生け贄が必要だ。この王都でもかなりの数の人間が犠牲になっているだろうが、それでも『メンシス』同様の『悪夢』を形成するには至るまい」

 

「だが『ヤーナム』の月は具現化している。このままでは王都ごと『悪夢』に上書きされ取り込まれるぞ」

 

 

2人の会話の内容を、しかし周囲は殆ど理解できない。

ただ『悪夢』や『取り込まれる』との物騒な言葉から、何か良からぬ事態が進行しているとだけは確信できた。

 

 

「……なあ、とにかく進もうぜ。此処に居ても仕方ねえし、早く元凶を見付けて叩こう」

 

「そうね。これがさっきの魔法陣によるものだとしたら、何処かに効果を持続させる為の術式が残されている筈よ。それを破壊すれば、月も元に戻るかも」

 

「魔法については良く分からないが、それに賭けるしかないな」

 

 

言いつつ、格子の前へと辿り着く一同。

完全に下ろされた頑丈な格子は、生半可な攻撃では傷さえ付けられないだろう。

拳を打ち付け、騎士団長が吠える。

 

 

「くそ! 此処は駄目だ、他に回ろう。一旦城門まで戻って……」

 

「団長!」

 

 

叫ぶと同時に、騎士団長に飛び掛かる1人の騎士。

彼が団長の身体を突き飛ばすと同時、木と鉄で出来た格子が内側から大きくしなり、轟音と共に弾け飛んだ。

 

 

「ぐあ!?」

 

「きゃ……!」

 

 

あまりにも突然の事に、対処できた者は極僅か。

殆どの者が飛び散る格子の破片を受け負傷し、特に団長を庇った騎士は一際大きな破片の直撃を受け、赤い飛沫を撒き散らしながら吹き飛ばされる。

そして、全く反応できなかったアンジェラ、シャルロット、フェアリーを庇った他の旅の面々も、多かれ少なかれその身に破片を受けていた。

 

 

「ぐ……くそっ、今度は何だ!」

 

「アンジェラ、大丈夫ですか!? シャルロット、フェアリーも……!」

 

「動いちゃ駄目でち! 皆しゃん、なるべく集まって! すぐに治し……ぎッ!?」

 

「なッ!?」

 

 

その瞬間、皆が目を瞠った。

吹き飛んだ格子の在った場所を背に、皆に集まるよう呼び掛けていたシャルロット、その小柄な身体の背面から鮮血が噴き出したのだ。

小さく悲鳴を上げた後、何が起こったか解らないとでも言いたげな表情で、よろめきながらも呆然と立ち尽くすシャルロット。

程なくして彼女の身体は力なく頽れ、自らより流れ出た血溜まりの中へと倒れ込んだ。

事此処に至り、周囲も漸く何が起きたかを理解する。

 

 

「シャルロット!?」

 

「退け、退くんだ! 広場中央まで戻れ!」

 

「今のは!? 何か居たぞ!」

 

 

シャルロットの身体を抱え上げたケヴィン、その表情が月明かりの中でも解る程に青褪める。

彼と共にシャルロットの周囲へと駆け寄った、他の面々も同様だ。

抱え上げられたシャルロットの身体から、まるで穴の開いた桶から零れる水が如く流れ出る鮮血。

湯気さえ上がる程に熱いそれが、止め処なく溢れ続けている。

小さな彼女の背中、其処に肩口から腰まで刻み込まれた、長大な切創。

その様を目にするや否や、弾かれた様に動き出す影が2つ。

 

 

「リース、使え!」

 

「解ってます!」

 

 

ホークアイ、そしてリースだ。

騎士の1人が携帯していた荷物から『天使の聖杯』を掠め盗るや、リースへと投げ渡すホークアイ。

受け取ったリースはすぐさまそれに仕込まれた術式を発動させ、マナの祝福を受けた水で聖杯を満たす。

そしてそのまま、杯の中身をシャルロットの背中へと浴びせ掛けた。

 

 

「これで……!」

 

「後ろだ、リース!」

 

「え……」

 

 

デュランからの警告。

リースに許された行動は、振り返る事だけ。

 

 

「あ……」

 

 

アマゾネスとして鍛えられた彼女の反射神経を以てしても、それが限界だった。

振り向いた彼女の視界、自身の首を落さんと迫り来る白銀の刃。

既に彼女の目前にまで迫っていた、無慈悲な死を告げる硬質な光。

 

 

「がぁッ!」

 

「ホークアイ!?」

 

 

しかしそれは、神速にて割り込んできた影、それが持つ2振りのダガーによって阻まれる。

ホークアイだ。

 

 

「ぐ……この、下衆がッ!」

 

 

ダガーでまともに受けるのではなく、刀身の湾曲を利用して滑らせ軌道を変える事で、ホークアイは自身と背後のリースを凶刃から護った。

更に凶刃の担い手へと反撃の蹴りを打ち込み、強制的に彼我の距離を取る。

そうして初めて、一同は襲撃者の全貌を捉えるに至った。

 

 

「何だ……コイツ?」

 

「アルテナ兵……いや、しかし剣を持って……」

 

「あの剣はナバールの……違う、長すぎる。何だアレは?」

 

 

その外見は、あまりに異様なものだった。

先ず目に付く特徴的な点は、広鍔かつ上方に延びる尖った帽子。

アルテナ兵が被る魔導師帽に良く似たそれは、しかしアルテナのものとは異なりあまりにも禍々しい。

黒く煤けた様な色と、長い年月に磨耗した硬質の生地。

服も同様で、元は壮麗な装飾が施されていたであろう襤褸切れをスカーフの様に纏い、下肢もまたスカートの様に装飾の名残が在る襤褸が巻かれている。

だが、それらの下から覗く胴と下肢には、異様な外観の甲冑が装着されていた。

鉄にも、燃え尽きた炭の様にも、灰に成り掛けの骨にも見えるそれは、少なくともこの世界の人間が知る如何なる甲冑とも異なる代物。

寧ろ、人工物であるかも怪しい物だった。

 

 

「どういう意匠だよ……!」

 

 

それは敢えて形容するならば、人体から血管だけをそのまま抽出したが如き容貌。

不規則に絡み合う歪な直線の集合体、細い灰の塊の線が縒り集まり鎧の形を成したもの。

唯一甲冑らしい意匠が見て取れる手甲、右腕のそれには反りの在る長大な細身の片手剣が握られていた。

古びた峰の外観に反し、月光を反射して輝く透き通った氷を思わせる鋼の刃は、その切れ味が尋常でない事を容易に窺わせる。

そして、徐に上向いた帽子の鍔の下、其処から現れた顔面は、周囲の面々を凍り付かせるには充分に過ぎる凶相だった。

 

 

「っ……!?」

 

「コイツ……!」

 

 

髑髏。

それを表現するならば、その単語以外に無かった。

襲撃者の顔面は、これまた灰を思わせる色合いの仮面に覆われている。

否、仮面というよりも兜なのだろう。

人間の頭蓋骨、髑髏そのものの外観を持つそれは、しかし人間では有り得ない特徴をも有していた。

2つではなく8つもの眼窩、丸い形ではなく横長の、左右4対のそれら。

それだけでも凄まじい威圧感であるというのに、それらの眼窩部には赤い光が点り、更には確かに火の粉が舞い出ているのだ。

 

明らかに常人ではない。

そもそも、人であるとも思えない。

そして、戦慄する一同の眼前で、襲撃者の全身が赤い光を纏う。

 

 

「ッ、退け!」

 

 

灰の甲冑、その全身から舞い上がる火の粉。

帽子の鍔や襤褸に残る僅かな装飾、そして甲冑の其処彼処が赤熱した鉄の如き光を帯びる。

襲撃者より放たれる、離れてもなお感じ取れる程の熱量に、皆が呻いた。

 

 

「嘘でしょ、マナを感じない! コレが魔法じゃないっていうの!?」

 

「クソ……何て熱だ! 迂闊に近付くな、えらい事になる!」

 

「よくもシャルを……!」

 

 

マナを感じられない事に動揺する者、大気を通して伝わる異常な熱に戦慄する者、仲間を傷付けられ静かに激昂する者。

それら全てを無視するかの様に、髑髏の襲撃者は右手の長刀、その刀身に左の掌を当て滑らせる。

瞬間、業火を放ち燃え上がる長刀。

周囲が、更に慄く。

 

 

「『フレイムセイバー』か!?」

 

「違う! これも魔法じゃ……」

 

「危ない!」

 

 

途惑う様に叫ぶフェアリーへと飛ぶ、警告の声。

だが、襲撃者の動きはその声よりも迅かった。

銃弾の如く飛び出した炎を纏う影は、次の一瞬にはフェアリーを長刀の射程内へと収め、業火を纏うそれを振り抜かんとしている。

反応さえ出来ない彼女を救ったのは、銃声と共に横合いから飛来した銃弾。

咄嗟に飛び退き銃弾を躱す襲撃者、惰性で振り抜かれた切っ先に胸元の薄皮一枚を切り裂かれるフェアリー。

直後に傷より込み上げる、体表を切り裂かれる鋭い痛みと、傷口どころか皮下の肉までを焼かれる猛烈な苦痛。

 

 

「ぎっ……!?」

 

「フェアリー!」

 

 

思わず零れる、声にならない悲鳴。

敵の接近に気付くと同時に薄皮一枚を切り裂かれ、傷口を焼かれた上で再び距離を置かれていた。

モントからの援護が在ったと気付いたのは、更にその数秒後だ。

あまりに速い攻防に、彼女の認識が全く追い付かない。

取り敢えず襲撃者の矛先から外れはしたものの、次いで始まった彼女を除く面々との攻防は、完全にフェアリーの理解を超えたものだった。

 

 

「ッ! コイツ、速い……がァ!?」

 

「デックス!? 嘘だろ、デックスが!」

 

「左です!」

 

 

1mを優に超える長さの片刃剣を、いとも容易く軽々と振り回す襲撃者。

その長さからは想像も付かない速さで振り回される刀身は、予測を違えた騎士たちの身体を次々に斬り裂いてゆく。

それも狩人を警戒しての事なのか、他の面々の身体を盾として利用できる絶妙な位置取りでだ。

味方の多さが災いし、モントとルドウイークは狩人の持ち味である周囲を巻き込みかねない程の激しい攻撃、それを繰り出す事が出来ずにいた。

その間隙を突く事で、襲撃者は更に犠牲者を増やしてゆく。

 

 

「野郎……なっ……ぎあぁァッッ!?」

 

「ジェス!? ジェスが炎に……!」

 

「そんな、防いだのに!」

 

 

炎を纏った片手剣、それを自らの剣で受け止めた騎士が、其処から噴き上がった業火に呑まれ生きたままその身を焼かれゆく。

火達磨になった味方に気を取られる彼等を余所に、襲撃者は更に別の騎士へと斬り掛かると、彼がその手に持つ剣ごと胴を一閃。

金属音と共に剣が半ばから切断され、遅れて胴が上下に泣き別れになり切断面から血が噴き出す。

更には、分かたれた胴の上下が炎を噴き上げ、見る間に黒焦げとなってゆく始末。

一同は、忽ちの内に混乱の坩堝へと叩き込まれる。

 

 

「何て野郎だ! これじゃ剣で受ける事も……危ねッ!?」

 

「デュラン、どけ!」

 

 

ケヴィンが獣肉断ちを、大上段から振り下ろす。

味方を巻き込みかねない以上、横方向に薙ぎ払う事はできない。

消極的な判断の末の振り下ろしは、しかし石畳を叩き割るだけに終わった。

あまりに大きな予備動作を見逃す程、襲撃者は甘くなかったのだ。

余裕を持って獣肉断ちの刃を躱し、更にはケヴィンへと斬り掛かる。

咄嗟に蛇腹の刀身を撓ませる事でそれを防いだケヴィンだが、逸らし切れなかった切っ先が掠めただけの左腕から、鮮血と炎が噴き上がった。

 

 

「ぐあああぁぁッッ!?」

 

「ケヴィン!?」

 

「畜生!」

 

 

想像を絶する苦痛に、堪らず絶叫するケヴィン。

だが、獣肉断ちを余程に警戒していたのか、襲撃者に僅かな隙が生じる。

それを見逃す程、鷹の目は甘くはなかった。

 

 

「ッ……!」

 

「う、おぉ!? やった! ホークアイが殺ったぞ!」

 

 

襲撃者が獣肉断ちの刃を掻い潜り、ケヴィンに一太刀を浴びせた後。

後方に飛び退こうとする動き、それを更に上回る疾さで以って、ホークアイが襲撃者の懐に飛び込む。

そして目にも留まらぬ鋭さで、刃毀れしたダガーの切っ先を襲撃者の心臓へと突き入れたのだ。

更にはそれだけに止まらず、最も近くに居たリースからの追撃が襲撃者を捉えた。

 

 

「はぁッ!」

 

「良しッ、入った!」

 

 

背後から放たれた鋭い突きは、狙い違わず襲撃者の背面を穿つ。

だが、その致命的な攻撃を成功させた2人の表情は、晴れるどころか苦渋に歪んでいた。

 

 

「クソッ、駄目だ! 心臓まで届いてねえ!」

 

「槍が……!」

 

 

あろう事か攻撃を繰り出した彼等の獲物は、常軌を逸した硬度の甲冑に阻まれ、逆に刃を欠損させられていた。

ホークアイのダガーは半ばから折れ、リースの槍もまた穂先が大きく欠けている。

そして攻撃を受けた側はといえば、その心臓の位置に当たる部位に折れたダガーの刃を突き立てられたまま、空いた左手で胸を押さえているとはいえ依然として自らの足で以って佇んでいた。

刃の突き立った部位より零れ落ちる血が、襲撃者の足元で膨大な熱量により音を立てて蒸発してゆく。

だがホークアイの言う通り、致命傷を負わせるには至っていない様だ。

毒が効いている様子も見受けられない。

 

 

「あの鎧、尋常じゃなく硬いぞ! 並の刃じゃ通らない!」

 

「全力だったのに……!」

 

 

信じられない、といわんばかりに零れる声。

応えたのはルドウイーク、そしてモントだった。

 

 

「あれは『上位者』の力を宿した遺物、古き『トゥメル』の民が遺した『骨炭の鎧』だ。生半可な武器では傷さえ付けられん」

 

「だが、状況は整った。後は任せろ」

 

 

完全には理解できない、しかし力の籠もった言葉。

攻撃を受け、その場に佇む襲撃者の隙は、周囲の面々に狩人の為に場を空ける猶予を齎していた。

大人数の中、空けられた狩場に進み出るモントとルドウイーク。

最早、周囲に気を配る必要もない。

2人が力の籠もった1歩を踏み出し、いざ襲撃者の命を狩り取らんとした、その時だ。

襲撃者の左手に、赤い炎が宿った。

 

 

「ッ……ルドウイーク!」

 

「間に合わん、離れろ!」

 

 

襲撃者、即ち狩人達からは『旧主の番人』と呼称されるそれは、渦巻く炎を左腕に宿し、そのまま足元の石畳へと叩き付ける。

瞬間、番人の周囲に噴き上がる業火の壁。

反射的に後方へ飛び退く狩人たち。

壁が掻き消えた時、番人は既にその場を離れ、吹き飛んだ格子の在った場所に佇んでいた。

仲間を殺され熱り立つ騎士たちが、一斉に番人の後を追わんとする。

 

 

「野郎、逃げるぞ!」

 

「追え、玉座まで行かせるな!」

 

「待って! 何か様子が変よ!」

 

 

アンジェラの制止に、復讐心に燃える騎士たちの足が止まる。

だがそれは、彼女の制止の言葉が届いたからではなかった。

玉座の間へと続く通路、闇に包まれたその奥に揺らめく、赤い光が目に入った為だ。

揺れるその光が徐々に大きさを増すにつれ、一同の表情もまた強張りの度合いを増してゆく。

広場にまで響く、重々しい足音と、燃え盛る業火の音。

 

 

「いや……もう十分、化け物には慣れた……つもり、だったけどさ」

 

「……おい、今度は何だよ」

 

「知らないわよ……専門家に訊いたら?」

 

「……モント。アレが何か、知りませんか?」

 

「……知ってるよ。良く知ってる」

 

「……また、常識外れの怪物なのね」

 

 

此方を警戒しつつ佇む『旧主の番人』の傍ら、あまりの巨大さに通路の天井を破壊しつつ、その禍々しい全貌を現す『獣』にも似たそれ。

正しく『歩く大岩の獣』と形容するのが相応しいそれは、あまりに異様な容貌かつ、常軌を逸する巨体であった。

 

 

「デカい……!」

 

 

それは狼か、はたまた犬か。

高さは5m、鼻先から尾までは20m程も在ろう巨体は、凡そ生物の肉体とは思えぬ巌そのもの。

頭部は鼻先が尖り、上部には目と思しき鋭角の穴が無数に穿たれている。

頭部下側に位置する口には、ずらりと並んだノコギリの如き歯。

何より、全身の其処彼処から噴き上がる、空気が揺らいで見える程の業火。

外観から窺い知れる何もかもが、この存在の異常性を明確に物語っている。

そんな怪物が通路を破壊し、歩を進める度に地響きを立てながら広場へと姿を現したのだ。

そして、怪物は番人の傍らにて足を止め、大気を揺るがす低い唸りを発しつつ、此方を威嚇し始める。

唖然とする一同の中、呟く狩人たち。

 

 

「『番人』に『番犬』か。いよいよ以て『聖杯』じみてきたな」

 

「当然、無関係ではないだろう。『番人』の時点で知れた事だ」

 

 

言葉を交わしつつ、モントは自身の持ち物からヤスリを取り出し、ノコギリ槍の表面を擦ろうとする。

しかし直前で思い直すと、少し離れた場所に位置する騎士団長へと声を掛けた。

 

 

「なあ、アンタ」

 

「……何だ?」

 

「水のマナとやらも在るんだろう。それを武器に宿す事は出来ないのか」

 

 

それは、ふと生じた疑問だった。

確かに、雷光を纏った武器も有効だろう。

だが、マナには基本、対となる属性が存在するという。

火に対する反属性は水だ。

ならば先ほど火のマナを武器に宿した様に、水のマナもまた付与する事が可能なのではないか。

その疑問に対する答えは、行動で以て返された。

 

 

「……フッ!」

 

 

鋭い吐息と共に、石畳へと突き立てられる剣。

途端、ノコギリ槍から持ち手にも感じられる程の冷気と、青白く透き通った光の粒子が溢れ出す。

モントだけではない。

ルドウイークも、他の面々も、突然の事に驚いた様に自身の得物を見つめている。

流石にフォルセナ勢は慣れているのか、すぐさま敵への警戒に意識を戻した様だが。

 

 

「『アイスセイバー』だ。火のマナを纏う相手には効果覿面だが、異界の輩に通じるかは解らんぞ」

 

「その時はその時だ……そろそろ来るぞ」

 

 

警戒を促すモントの言葉を待っていたかの様に、心臓の位置に突き立ったままの刃を引き抜いた番人が、広場の面々へと向き直る。

同時に『旧主の番犬』と呼ばれる怪物もまた、目らしき無数の穴と口腔から炎を噴き出し、大地の全てを揺るがさんばかりの咆哮を上げた。

番犬の全身を覆っていた炎が更に勢いを増し、爆発じみた熱風の壁となって一同を襲う。

思わずといった体で複数の呻きが零れる中、番犬の隣に立つ番人は堪えた素振りも見せずに炎纏う長刀を構えた。

 

 

「連携されると不味い。番人は俺が片付ける。ルドウイーク、番犬はアンタ向きだろう。頼めるか」

 

「了解した」

 

「皆にも番犬の相手をして貰う事になる、気を付けてな」

 

「は? 相手って……ちょっと、どうしろっていうのよ!」

 

 

突然の言葉に、思わずヒステリックな声を上げてしまうアンジェラ。

だが周囲の面々も、内心は同じ様なものだった。

全身から業火を噴き上げる、獣を模った歩く巌の化け物。

そんなもの相手にどう立ち回れば良いのか、誰もが見当も付かない。

そんな言葉を交わす間にも、番犬は此方との距離を詰め始めている。

混乱する味方を見兼ねたのか、助け舟を出したのはルドウイークだった。

 

 

「奴の最大の武器はあの巨体と炎、そして不意に放たれる突進だ。挙動を良く見ろ。奴の炎が勢いを増し、四肢に力が籠められたら突進の前触れだ。決して正面には立たぬよう立ち回れ」

 

 

言いつつ長銃の銃身を縮め、背部へと担ぐルドウイーク。

そして、これまでは右手のみで保持していた長剣の柄を、両手で以って握り締める。

変化した構えに、デュランが眼を細めた。

 

 

「手早く片付けて加勢する。死ぬなよ」

 

 

それだけを言い残すや、弾かれた様に駆け出すモント。

正面から番犬へと向かう彼の姿は、自ら死地に向かう蛮勇の表れとしか見えなかった。

 

 

「おい、馬鹿野郎! なに考えて……!」

 

「なっ、駄目……!?」

 

 

不意を突かれた皆が叫ぶも、その声は瞬く間に止む事となる。

真正面から迫り来るモントに対し、炎を纏った前脚を横薙ぎに振るう事で迎撃せんとする番犬。

纏う業火のあまりの激しさに、前脚が振るわれた軌道から炎の壁が出現し、前方数mの空間を舐め尽す。

だがモントは、それよりも一瞬早くその懐に飛び込むや否や頭部にノコギリ槍の一撃を加え、更に瞬間的な加速を以って前脚の間を潜り、その背後へと抜けたらしい。

番犬の背後から響き始めた銃声と爆発音が、彼が番人との交戦を開始した事を伝えてくる。

攻撃を受けた番犬は、傷から血の代わりに溶岩らしき高熱の液体を零しつつ、ゆっくりと頭を回らせて一同へと向き直った。

 

 

「……嗚呼、畜生! やるよ、やってやるよクソッたれ! こっちが焼け死ぬ前に殺しゃ良いんだろ!?」

 

「この槍が何処まで通用するか解りませんが……」

 

「ケヴィン、頼むわ。俺のダガーでアレに斬り掛かるのは正直、自殺行為にしか思えん」

 

「……突っ込んできた時は、流石に自分の責任で避ける。それで良いか?」

 

 

各々が軽口を叩くも、その表情は抑え切れない恐怖と緊張に強張っていた。

しかし同時に、此処で逃げ出す訳にはいかない、逃げたところで生ある時間が僅かばかり延びるに過ぎないと、誰もが理解している。

だからこそ、強大な未知の敵を前にして、恐怖に襲われながらも戦意を燃え立たせているのだ。

一方で、気絶したシャルロットを護るべく傍に着いていたアンジェラとフェアリーは、自身達の動きを決め兼ねていた。

 

 

「シャルロットを安全な場所に……アンジェラ、私は大丈夫だから彼女を連れ出してあげて。アレが暴れ出したら、シャルロットの安全を確保できない」

 

「駄目よ! 貴女、まだ戦闘に慣れてないじゃない! 今、此処でシャルロットの次に危険な立場なのは、他ならぬ貴女なのよ!?」

 

「でも……!」

 

「2人で行きたまえ。外にもまだ獣が残っているだろう、有力な護衛は必要だ。序にこれを撃ち上げて貰いたい」

 

 

横から意見を割り込ませ、懐から取り出した奇妙な形の小振りな銃と、拳ほどの大きさの弾薬を1発だけフェアリーへと手渡すルドウイーク。

いきなり渡されたそれに、目を白黒させながら彼を見遣る彼女へと、静かに語り掛ける。

 

 

「本来の用途から、少々改造を加えた物でね。それを使えるのは狩人だけだ」

 

「え……」

 

「必要ないかもしれんが、念には念を入れた方が良いだろう。弾を込めたら、城の外で上空に向けて撃つんだ。引金を引くだけで良い」

 

 

それだけを言うと、ルドウイークは番犬へと向き直り歩み出す。

無言のまま彼の背を見送った後、弾薬を懐に仕舞ってシャルロットを背負い、手渡された銃を握り締めるフェアリー。

そして、この場では自身の存在が足手纏いになると判断したアンジェラを護衛に、それ以上は何も言わず城外へと向かう為に走り出したのである。

 

一方で、再び歩を進め始めた番犬の巨体は、低く重い唸りを発しながら徐々に彼我の距離を詰めていた。

立ち向かわんとする意思とは裏腹に、皆の足が1歩を退く。

それは、抵抗の意思が崩壊する、奈落への1歩に他ならない。

そんな中で皆とは逆に、一同の視界にその身を映さんとするかの様に、一切臆する事なく番犬へと歩を進める影が在った。

 

 

「恐れよ、しかし怯えるな」

 

 

力強く響く、その声。

若きルドウイークの声は、しかし幾年もの月日を経た老練なる者、それらにしか在り得ぬ風格を漂わせていた。

誰もが呆然と見つめる中、彼は一切の躊躇を窺わせる事なく炎の怪物へと向け歩を進める。

 

 

「退くな、只管に脅かせ」

 

 

その言葉、力ある詩。

聴く者の精神を昂らせ、恐怖を打ち砕き、戦いへの高揚を呼び覚ます、眩くも血に塗れた呪詛。

嘗ての『英雄』が、再び狩場へと舞い戻る。

 

 

「夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。名誉ある騎士たち、若人たちよ……」

 

 

肩に担がれた長剣、その刀身。

獣の血に塗れた鋼のそれが、突如として翠玉色の輝きを発し始める。

突然の事に皆が目を瞠る中、徐々に収束の速度と密度を増し行く、翠玉の光を放つ粒子。

 

 

「獣は呪い、呪いは軛。そして君たちは……」

 

 

其処で、ルドウイークは脚を止め、言葉を区切る。

数瞬ばかりの逡巡は、何を思うが故か。

しかし、次いで紡がれた言葉は、迷いを振り切り力に満ち溢れたもの。

 

 

「……君たちは今宵、フォルセナを、この世界を護る『聖剣の狩人』とならん……『狩人』たちよ!」

 

 

そして、叫びと共に頭上へと掲げられる『大剣』。

光の粒子が収束を終えた其処に先程までの長剣は無く、暗く透き通った翠玉の光が形を成す『大剣』が現出していた。

その何処までも暗く深い、しかしどんな宝玉よりも透き通った神秘の美しさを備える刀身、其処に宿る『宇宙』の闇と星々の煌めきに、誰もが現状を忘れる程に魅入られている。

終わらせたのは、ルドウイークの声。

恐怖も、疑問も、何もかも。

『狩り』に無用な如何なるものをも断ち切る、正しく『聖剣』の輝きの如き声。

 

 

「『光』を見よ! 我が師の光『導きの月光』を見出した様に!『光』を見よ! 君たちを導くマナの、女神の、そして剣の『光』を! この暗い夜に君達を照らす、君たちだけの『光』を! 狩人たちよ!」

 

 

湧き立つ戦意、昂る闘志。

最早、番犬への未知なる恐れも、地獄の業火への本能的な恐れさえも薄れ果てた。

戦士たち、否、新たなる狩人たちの胸を満たすものは、自身の『剣』への誇りと、これより始まる壮大な『狩り』に対する高揚のみ。

そして遂に、引金は引かれる。

指ではなく、力ある言葉。

淀み狂った信仰ではなく、自らの信念と見出した導きにのみ拠って成る、真の『英雄』の言葉によって。

 

 

「誇れ! 己が技を! 己が使命を! 諸君に『剣』の加護が在らんことを!」

 

 

天を突かんばかりに高まった狩人たちの戦意が、番犬の咆哮さえも掻き消さんばかりの鬨の声となって爆発する。

火の粉と業火を噴き上げ、雑多な獲物を己が炎で一舐めにせんと、番犬が僅かな予備動作のみで突進。

脅威の度合いが最も高いと判断したのか、その進路はルドウイーク1人へと固定されている。

あまりに常識外れの速度、巨体が通り過ぎた後に周囲を襲う熱風の壁と、軌跡より噴き上がる業火の壁。

当然、回避する暇さえ無く巨体に轢き潰されるルドウイークの姿を、誰もが幻視する。

 

 

「……があアッッ!」

 

 

直後に巻き起こった、翠玉色の光の爆発と、生身をも粉砕せんとするかの様な轟音。

そして、広場に存在する誰もが、信じ難い光景を目にする事となる。

それは、大質量による突進を強制的に中断させられ、体勢を崩し石畳へと突っ込んだ挙句に城壁に衝突、大量の瓦礫に埋もれる番犬の姿。

雨の如く降り注ぐ瓦礫と火の粉の中、翠玉の大剣を大上段から振り下ろした姿勢のまま、微動だにしないルドウイーク。

彼の位置から正面に掛けて十数mにも亘り、異常なまでに深く抉れた石畳と土。

そして、火の粉に混じり周囲を埋め尽くす、翠玉の光を放つ大量の粒子だった。

 

 

「今……何が……」

 

 

呆然と呟いたのは、誰だったか。

大剣を肩に担ぎ直したルドウイークが、ゆっくりと立ち上がる。

光と衝撃、そして爆発音。

番犬もまた周囲の瓦礫を爆炎で以って吹き飛ばしつつ、咆哮と共に狩場へと舞い戻る。

だが、その巌の如き頭部には深い裂傷が刻み込まれ、大量の溶岩が止め処なく溢れ続けていた。

更には『アイスセイバー』の効果によるものか、裂傷内の溶岩が一部凝固し始めているらしく、番犬はぎこちない動きと共に苦悶の声を上げている。

 

 

「良い魔法だな。実に便利だが……流石に、この程度では仕留め切れんか」

 

 

言いつつ、ルドウイークが歩を進める。

大剣はより輝きを増し、更には水のマナの特徴である、青い光の粒子までをも大量に纏い始めていた。

明らかに周囲のマナを取り込み、より力を増している。

驚愕が困惑に、困惑が理解に、理解が高揚に。

そして高揚が興奮へと変化した頃、他の面々も一様に己が獲物を握り直し、番犬との次なる衝突に備える。

己が剣もまた通用するのだと、その確信が皆を『狩り』へと急き立て始めたのだ。

ルドウイークもまた『血』の陶酔ではなく『狩り』の興奮に、そして何より再び己が剣を振るえる悦びに、その身を突き動かされていた。

 

 

「……まあ良い、ならば微塵となるまで打ち砕くだけの事……そうだろう、皆?」

 

「……勿論だとも!」

 

「逃がしはしません……此処で仕留めてみせる!」

 

「ケヴィン、さっきの取り消しだ。やってみなきゃ解んねえよな……!」

 

「そんなの知らない。取り分が欲しけりゃ、勝手に奪う……!」

 

「行くぞブルーザー! ヘマすんなよ!」

 

「抜かせ、デュラン! テメエこそ先走って消し炭になるんじゃねーぞ!」

 

 

これまでよりも遥かに激しい、怒りの咆哮を上げる番犬。

巨体を中心に激しい爆発が巻き起こり、瓦礫の破片と火の粉が皆の身体を打ち据える。

だが、それで怯む者など、もはや一兵たりとも存在しない。

そして再度、憎むべき敵を焼き尽くさんと、巨体が1歩を踏み出した瞬間。

 

 

「掛かれ!」

 

 

『聖剣の狩人』たちは、不躾な『野良犬』に牙を剥いた。

 

 

 

============================================

 

 

 

「始まったみたいね……でも、此処まで来れば……!」

 

「アンジェラ、シャルロットを!」

 

 

来た道を戻り、城門を潜って堀に架けられた橋を渡り終えると、フェアリーは背負っていたシャルロットの身体をアンジェラに預けた。

そして、手渡された銃を弄り如何にか給弾口を見付けると、其処へ懐から取り出した弾薬を装填する。

銃口を上空へと向け、躊躇う事なく引金を引くフェアリー。

瞬間、思っていたよりも遥かに小さな衝撃とは裏腹に、鼓膜を劈く様な鐘の音にも似た金属音が鳴り響いた。

 

 

「きゃ!」

 

「フェアリー?」

 

 

あまりにも大きな音に、フェアリーは思わず銃を取り落し、耳を覆ってしまう。

しかしすぐに、自身を不思議そうな表情で見つめるアンジェラに気付くと、その聴覚を案じる言葉を紡ぎ出す。

 

 

「びっくりしたぁ……アンジェラは今の音、大丈夫だった? あんなに凄い音がするなんて思わなかったわ……鼓膜が破れそう」

 

「音? 大した事なかったわよ。それよりほら、信号弾ってこういう事だったのね」

 

 

言いつつ、上空を指差すアンジェラ。

見れば、遥か頭上に青い光を放つ光球が浮かんでいた。

 

 

「成る程ねえ。魔法と同じ事を、火薬と他種の薬品との組み合わせだけでやってるのね。面白いわ」

 

「音が……しなかった?」

 

「そんなに気になるの? 無音って訳じゃなかったけど、大した音じゃなかったわよ?」

 

 

アンジェラの証言に、フェアリーは疑問を抱く。

あれだけの音が、至近距離に居たアンジェラには聴こえなかったという。

ルドウイークが言っていた『使えるのは狩人だけ』という言葉には、狩人にしか届かないという意味も込められていたのか。

ならばやはり、自分は狩人になってしまったのか。

そんな事を考えつつ、取り落した銃を拾う為に身を屈めるフェアリー。

その背に掛けられる、アンジェラの声。

 

 

「ねえフェアリー、何時までも此処に居るのは危険だわ。何処か安全な場所を探しましょう? あまり離れるのも……フェアリー!」

 

「っ!」

 

 

銃を拾うと同時、咄嗟に横へと身を投げ出す事が出来たのは、これまでの経験に因るところが大きい。

直後、自身が居た場所から聴こえる、大質量の金属が石畳を叩き割る音。

2度3度と石畳の上を転がり、それでも素早く身を起こしたフェアリーの視界に映り込む、あまり愉快ではない光景。

 

 

「……そう、貴方達が黒幕って訳ね」

 

 

其処には、壮麗な装飾が施された大剣を石畳に喰い込ませたまま、此方を見据える金髪の男が居た。

服装や眼鏡を掛けている事などから、学者の類である様に見受けられるが、しかし手にした獲物がそうではない事を声高に主張している。

少し離れたところでは、漸く意識を取り戻したらしきシャルロットを背後に庇いながら、もう1人の敵らしき人物と相対するアンジェラの姿。

杖を掲げ警戒する彼女の目前には、白い法衣らしきものを纏った人物が佇んでいる。

目覚めたばかりのシャルロットも、現状を正確に把握するには至らないまでも、アンジェラと相対している人物が好ましからざる存在である事には気付いているらしい。

 

 

「その身形……モントの読み通り『ヤーナム』の人間、それも狩人なんでしょう。何の目的が在って、こんな……」

 

 

アンジェラが問い掛けるも、目前の狩人2人は反応を返さない。

銃を懐に仕舞い、携えていた弓に矢を番えるフェアリー。

男は石畳から剣を引き剥がすと、ルドウイークと似た構えで刀身を肩に担ぐ。

法衣の人物は手にした杖をゆっくりと擡げ、先端をアンジェラとシャルロットに突き付ける様にして構えていた。

明らかに2人を害するつもりだ。

 

 

「みんなと分かれたのは失敗だったかもね……」

 

 

額に嫌な汗が滲む事を感じつつ、フェアリーはじりじりと後退る。

アンジェラもまた、未だ慣れない高速詠唱を行いながら、空いた腕でシャルロットを庇いつつ後退を試みていた。

フェアリーとアンジェラ達の距離が、徐々に開いてゆく。

分断されるのは不味いが、この場に留まるのはもっと不味い。

そして遂に、法衣の人影に動きが生じる。

 

 

「避けて!」

 

 

フェアリーの叫びと、人影の左腕から光が放たれたのは同時だった。

一部始終を見届ける余裕も無く、彼女は身を捻り逃走を図る。

何故なら大剣の男もまた、自身の獲物を振り被りフェアリーへと肉薄してきたからだ。

走り出し、アンジェラ達を視界に捉える事も出来ないまま、フェアリーは叫ぶ。

 

 

「2人とも城内に戻って! 皆に合流するのよ!」

 

「……無事でいなさいよ、フェアリー!」

 

 

すぐに返された叫びと、ホーリーボールが炸裂する際の光と高音。

アンジェラ達の無事を確信すると、フェアリーは自身の戦いに専念する為に意識を切り替える。

これが狩人としての真の初陣とは、なんと皮肉な事かと僅かな自嘲を孕む思考。

相手は獣ではなく同じ狩人、しかも実戦経験では圧倒的に彼方が上という有様だ。

実に最低で最悪ではないか。

 

 

「……さあ、追って来なさい! 女神様を貶めた報いを、嫌というほど味合わせてあげる!」

 

 

己を奮い立たせる様に叫ぶと、フェアリーは更に走る速度を上げた。

燃え逝く王都の中を、碌に扱えもしない弓を携え、嘗て妖精であった狩人は必死に駆け回る。

彼女の、孤独で、絶望的な初陣が幕を開けた。

 

 

 





《以下、何時かの教会》



弓の人(以下弓)「お前は昔っからそうだ! 困っている市民(罹患者除く)に手を差し伸べすぎなんだよ! 」

ルドウイーク(以下ルド)「お前もそうだろ」

弓「お前もーホントそういう性格直した方が良いってぇー……そんなの教会の狩人になっても損するだけだぞぉ……なぁ『NO!』って言える人間になろうぜ! もう獣を狩らないと誓え、わかった!?」

ルド「NO!」




《現在》



弓(未登場)「その結果がこれだよ!」

ルド「」スヒーッ スヒーッ

フォルセナ一同(考え直そっかなぁ……)

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