聖剣伝説 Hunters of Mana   作:変種第二号

10 / 16
草原の国へ

 

 

 

「お主は往かねばならん。彼等と共に聖域を目指し、自身の目で『マナの女神』と相見えなさい。彼女を狩るべきかどうか、君自身が判断するのだ」

 

 

光の司祭の度量は、想像以上だった。

或いは女神を狩るやもしれぬと聞かされながら、諭すでも拘束するでもなく、ならば自身の目で確かめてみろと言ってのけたのだ。

これには流石の狩人も面喰らい、それで良いのかと問い返してしまった。

返答は実に強かで、かつ人生の先達としての豊富な経験、それに裏打ちされた確かなもの。

 

 

「その代わりといっては何だが、彼等を手助けしてやってはくれんか。お主は手練れの『狩人』の様だが、彼等は実戦経験が不足である事は否めない。お主にしてもまるで勝手が違う世界の事、マナに精通するフェアリーや各国の情勢に詳しい者が同行する事は、利こそ在れど害にはなるまい」

 

 

こう言われてしまっては、ぐうの音も出ない。

一方で『マナの女神』が『上位者』である可能性についても、司祭は的確な指摘で以て反論する事を忘れなかった。

 

 

「元の世界で経験した事を鑑みれば、お主が『上位者』を憎むのも無理はない。だが、冷静に考えてみたまえ。『マナの女神』が『上位者』であるとして、その赤子を授かる事を望んでいるのは『カインハースト』の者だ。ならばお主が狩るべきは『穢れた血族』とその女王ではないかね」

 

 

『上位者』を狩り尽くす事を目的とする彼からすれば、不満が残る提案ではある。

だが、続く司祭の言葉が、彼の『上位者もどき』に対する殺意を更に燃え立たせた。

 

 

「寧ろお主が気に掛けるべきは『魔族』の存在だろう。お主が言う『穢れた血族』の目的が、人ならぬ叡智を有する存在、その赤子を授かる事だというのならば『魔族』もその対象に該当するだろうからな。いや、彼等ならば積極的に『カインハースト』と盟を結ぶやもしれん」

 

 

『竜帝』とやらの事かと問えば、それだけに限らぬと返される。

続く言葉に狩人は、此処は『ヤーナム』が存在する世界とは異なる、正に異時空の下の世界なのだと思い知らされた。

 

 

「人を誑かし、惑わせ、利用して、結果として人の世に災いを成す。闇の者たちが良く使う手だ。そうやって彼等の尖兵と化し、自らの国のみならず幾つもの国を滅ぼした為政者など、古の時代から幾らでも居る。彼等は『魔族』より人ならぬ叡智を授かり、他を圧倒する力をその身に宿した。そうして周囲の全てを自らの牙に掛け、最後は自らも『魔族』の贄として喰らい尽くされるのだ。『魔族』と『カインハースト』のどちらが利用される側かは解らぬが、少なくとも『マナの女神』を狙うよりは容易に事を成せるであろうな」

 

 

現に僅か十数年前、魔に見入られた王子によって滅んだ国が在るのだという。

性質の悪さでは『上位者』と良い勝負だ、と狩人は内心で呟く。

 

 

「理の女王の豹変、フレイムカーン殿を操る『イザベラ』という女、そしてビーストキングダムに現れヒースをも攫った『死を喰らう男』。全てがそうとは断言できないが、これらの裏に魔が巣くっておる事は明白。彼らを追えば、お主が追う『穢れた血族』にも辿り着くのではないかな」

 

 

他に取り得る手段も無い以上、彼にはその言葉に従う他ない。

だが司祭は、更に逃げ道を塞ぐ。

 

 

「それに、聞くところに拠れば『アンナリーゼ』とお主の行いによって、この世界にもお主の言う『獣』や『眷属』果ては正気を失った『狩人』までもが現れておるというではないか。これらを狩るのも『狩人』であるお主の使命ではないかね」

 

 

こうなると、諸手を上げて降参する他なかった。

結局は『マナの剣』を求める一行に同行する事となり、同時に混迷する世界情勢へと積極的に関与せざるを得なくなってしまったのだ。

そして、光の司祭が最後に口にした、衝撃的な言葉。

 

 

「フェアリーが『勇者』を選定する力を失ってしまった今『マナの剣』を抜く者は定まっていないと見るべきだろう。悪しき者に剣が渡れば、世界は為す術も無く滅びる。『勇者』はフェアリーと共に『聖域』を目指すお主達の中から現れねばならん。努々忘れぬ事だ」

 

 

当然、お主も例外ではないぞとの言葉に、狩人は愕然とした。

冗談ではない、そんなものに拘らっていられるものかと反発もした。

だが結局『聖域』まで行くのならば同じ事、と納得せざるを得なかった。

 

何より、フェアリーが『狩人』となってしまった事が大きかった。

宿主を選びその身体に潜む事が出来ない以上、彼女は常に危険へと身を曝す事となる。

元々この世界に生息する奇妙な生物や、敵対勢力の人間程度ならばどうにかなったかもしれない。

だが今や、この世界には『ヤーナム』を徘徊していたものと同じ『獣』や人智を超えた化生『眷属』が、更には敵か味方かも知れぬ『狩人』までもが跋扈しているのだ。

何も知らぬまま一行が遭遇してしまえば、そのまま先手を取られ全滅という事態も在り得る。

幾度も幾度もそれらの牙に、爪に、刃に、銃弾に、神秘に倒れ、その都度に夢を繰り返してきた狩人だからこそ、その可能性を否定する事は出来なかった。

 

斯くして狩人は『マナの剣』を求める一行に加わり、彼等からの警戒と疑念をその身に受けながらも、共に世界にとっての脅威と戦う旅に繰り出す。

狩人がフェアリー達の旅に協力すると同時、彼等もまた『穢れた血族』の抹殺に協力する事となったのだ。

そして、当面の目的は『マナの聖域』へと至る『扉』を開く為に8つの属性を司る『精霊』の協力を求める事と決まった。

先ずは、先のウェンデル避難時に通過した洞窟、その内部にて光の精霊『ウィル・オ・ウィスプ』を発見、協力を得る事に成功する。

 

フェアリーの力によって形成された見えない足場の上を走り抜けるという稀有な体験を経て、洞窟の奥で対峙した巨大な蟹の怪物を仕留めた事により現れた『光の精霊』。

皆は、狩人がウィスプを『上位者』と判断し攻撃するのではないかと警戒していたが、この心配は杞憂に終わった。

寧ろ彼は『ヤーナム』の人間よりもよほど感情豊かに振舞うウィスプを前に呆れると同時、完全に毒気を抜かれていたのだ。

念の為に彼の事情を話し、女神について意見を求めると呆れた様な声が返された。

 

 

「そもそも、赤子を求めてるのは『カインハースト』の方じゃないッスか。女神様なら女王と子を為す事も不可能じゃないと思うッスが、そんな目的の為に人を殺し続ける様な連中に協力する謂れは無いッス。寧ろ『獣の病』の事を考えれば、如何に慈悲深い女神様でも抹殺に動く可能性の方が高いッスよ」

 

 

こうしてウィスプの協力を得た一同だったが、洞窟を抜けた先で待ち受けていたガスコイン達アストリア自警団から、思いも寄らなかった知らせを聞く。

ジャドを占領していたビーストキングダム軍が、アストリア襲撃の数日後には完全撤退したというのだ。

詳細な理由は不明だが、ジャドの噂ではビーストキングダム本国で何らかの緊急事態が発生した、との事らしい。

首を捻る一行だったが、ケヴィンと狩人、そして獣人の少年が背負う『獣肉断ち』を目にし彼から話を聞いたガスコインとヘンリックが、凡その状況を推測してみせた。

曰く、ビーストキングダムが存在する『月夜の森』に『ヤーナム』の悪夢、その残滓が出現しているのだろうと。

 

ガスコイン達によれば、ケヴィンが語った『獣肉断ち』を振るう人間の特徴は、嘗て『ヤーナム』を駆けた『古い狩人』達そのものだという。

そして狩人もまた、その特徴に覚えが在った。

嘗て自身が迷い込んだ『狩人の悪夢』にて銃火と刃を交わした、正気を失い彷徨う古狩人たち。

ケヴィンが語った、自身の負傷をも顧みず異様な奇声を放ちながら攻撃を繰り返すという様は、正にそれに当て嵌まるものだ。

『月夜の森』の現状を知る方法は今のところ存在しないが、血に酔った狩人が1人のみという事はあるまい。

いずれ訪れる事が在れば、警戒を厳にせねばならないだろう。

 

アストリアを発つ直前、一行はヘンリックから助言を与えられた。

彼が言うには、恐らくは自分達と同時期に正気を保った、或いは取り戻した多くの『狩人』が各地に現れているだろうとの事。

これは『穢れた血族』を探す為に狩人が行った措置だが、如何せん何も解らぬ異世界の事、各地に分散してしまったのだろう。

これらに接触し、協力を求めるべきだと彼は言った。

何せ、今の狩人に『上位者』としての力は、殆ど残されていない。

幾ら優れた狩りの腕を持とうとも、単身では及ばぬ事の方が多い。

協力者が多いに越した事はないのだ。

この世界には今、嘗て『上位者狩りの夜』に喚ばれた、数多の狩人たちが居る。

彼等に『上位者』を根絶やしにする為の協力を要請すれば、多くはそれに応えてくれるだろうと。

 

そして数日後、解放されたジャドへと辿り着いた一行は、船でフォルセナ領自由都市マイアへと向かった。

フォルセナで英雄王リチャードに会い、他の『精霊』の居場所の指標となる『マナストーン』の位置を訊く為だ。

12年前の『竜帝』との戦いに於いて『マナストーン』に触れ、デュランの目的でもある『クラスチェンジ』を遂げている英雄王ならば、それらの大まかな位置を知っている筈。

そう推測したフェアリーの提案により、フォルセナ行きが決まったのだ。

古代に起きた『マナストーン』を巡る大戦の結果、現在の位置についてはフェアリーですらも何ら知り得ていないとの事。

各国による利用を防ぐ為か、英雄王も意図的に情報を遮断している様だ。

ならば直接に訊くまでと、一同合意の上で船に乗り込み、早7日。

ケヴィンに請われ『獣肉断ち』の扱いを教える狩人を横目に、暇を持て余したシャルロットが唐突な提案をしたのだ。

 

 

「名前が無いからって、何時までも『狩人』しゃんでは何かと不便でち。此処はいっちょ皆の『はいぱー』で『くれえぃてぇぶ』で『わんだほー』なセンスを活かして、何処へ出しても恥ずかしくない様で微妙に恥ずかしい聞く人のえーゆーがんぼうと暗黒の歴史をこちょぐる痛々しい名前を考えるでちよ」

 

 

何て恐ろしいこと考えやがる、と戦慄する狩人を余所に、ノリも良く相応しい名前を考え始める善意一杯の2人と悪意山盛りの5人。

持てる限りの知識を捻り出し、人名として違和感なく、しかし体を現す相応しい単語を挙げてゆくリースとケヴィン。

持てる限りの知識を捻り出し、子供達が目を輝かせ、しかしある程度以降の年齢からは憐みの視線を向けられる様な単語を挙げてゆく他の5人。

天使の様な2人に船員から買い求めたドロップを振舞った後、顔を突き合わせて悪巧みをする5人の背後でノコギリ槍を振り上げた狩人にも、幾分かの同情の余地は在るだろう。

 

結局、彼の名前は『月』を現す古語である『モント』となった。

気に入るか否かを問わず『月の魔物』によって今の人格が出来上がった事は疑い様がないのだ。

狩人もまた納得し、悪くない名だとしてこれを受け入れた。

名付け親であるケヴィンと補佐役のリースへ振舞われる蜂蜜たっぷりの紅茶とチョコレート、口々に文句を垂れる5人へと向けられる水銀弾が装填された銃口。

如何にか5人が命を繋ぎ留め、一同がマイアの港に降り立ったのは更に5日後の事だった。

 

物資を買い求め、デュランにより『黄金の街道』に出没するモンスターの特徴について説明を受けると、翌日の夜明けを待って街より出立。

文字通り黄金に輝く街道、敷き詰められた煉瓦状の金塊に、目を白黒させる狩人改めモント。

こんな阿呆な事をした国家はやはり破綻したのかと問い掛け、一行に生暖かい目で見られたりもした。

この現象が土中に含まれるマナの影響によるものであり、元々は唯の煉瓦が黄金と化したものである事、たとえ剥がして持ち去ったとしても数時間で煉瓦に戻ってしまう事などを説明され、遂には理解を諦めてしまう。

巨大な蜂の群れに悲鳴を上げるアンジェラ、バイゼルから引き返してきた隊商と値切り合戦を繰り広げるホークアイ、ローラントの岩山とは異なる豊かな自然に表情を綻ばせるリース。

拳による格闘の合間に『獣肉断ち』の扱いを学ぶケヴィン、無謀にも夜間に現れたゾンビを手懐けようと試みるシャルロット、勝手な一行に振り回され怒号を上げる引率役のデュラン。

ジャドで手に入れた弓の練習を重ねるフェアリー、ラビを見付ける度に捕獲し散々に弄り倒しては解放するモント。

未だ完全に打ち解けたという訳ではないものの、肉体年齢および実年齢が近い事も手伝って少しずつ互いの距離を縮めながら、一行はフォルセナを目指した。

そして、マイア出立から9日目にして、漸く『モールベアの高原』への入口となる大渓谷『大地の裂け目』へと到達したのである。

 

不穏な前情報は幾つも在った。

黄金の街道の終端に当たる商業都市バイゼルが、アルテナの侵攻を警戒して街を閉ざしていた事。

フォルセナから戻る筈の隊商が何時まで経ってもマイアに現れない事、渓谷へと向かった希少鉱物採掘団からの連絡が途絶えた事。

『商品』の収集を行う密猟者たちが、何故か渓谷へと繋がる洞窟の入り口近辺でキャンプを張っていた事。

それでも、大地の裂け目に架かる吊り橋を経由せずにフォルセナへと至る道は無く、他に選択肢はないと判断したが故にマイアを出立したのだ。

半日を掛けて洞窟を抜け、夕陽が射し込む渓谷内へと侵入した一行。

其処に待ち受けていた光景は、ある少女の心を踏み躙るには充分に過ぎるものであった。

 

 

============================================

 

 

「アンジェラ王女。女王陛下の命により、全軍に対し貴女の捕縛と抹殺の指示が下されております。罪状は……反逆罪と。どうか、無駄な抵抗はなされませぬよう」

 

 

同時に数百人が渡れるだろう巨大な吊り橋の先、渓谷のフォルセナ側に展開する、アンジェラと良く似た装束の女性が十数名。

気が付けば後方にも展開していた彼女達は、橋のほぼ中央に位置する一行へと向けて杖を構えた。

どうやら魔法で此方の認識能力を阻害していたらしく、アンジェラの姿を認めた為に橋の中央に差し掛かるまで様子を窺っていた様だ。

アルテナ軍の魔導士、恐らくはフォルセナ侵攻軍の一角。

 

 

「そんな……」

 

 

彼女達の言葉は、否定されてなお母の愛を信じ続けようとしていたアンジェラの心を、無常にも打ち砕いた。

あまりの事に現実を受け止めきれないのか、彼女は自身の杖を取り落し、その場に崩れ落ちてしまう。

咄嗟にその肩を支えた2人の内、その目に憤怒と敵意の炎を宿したデュランが、アルテナ兵達へと問い掛けた。

 

 

「……自分達の王女を殺そうっていうのか。此処を通る民間人はどうした」

 

 

その言葉に対し、殆どの兵士は無反応。

しかし幾人かが、何かに耐えるかの様に視線を逸らして瞳を伏せた事を、デュランは見逃さなかった。

彼の中に宿る敵意が、一瞬にして殺意へと変化する。

 

 

「……そうか、この阿婆擦れどもめ。動くんじゃねえぞ、全員モールベアの晩飯にしてやる」

 

 

大気を通して伝わる、どす黒く燃える殺意。

身を焦がす程のそれに支配されながら、しかし彼はまともに立つ事も出来ないアンジェラの傍を離れようとはしなかった。

彼女の身体を抱きかかえる様にして左腕で支え、右手に握った剣の切っ先をアルテナ兵へと向ける。

それまで反対からアンジェラの身体を支えていたリースが、此方も明確な敵意を振り撒きながら槍を構えた。

他の面々も同様で、其々の内に怒りを燃やしながら、各々の得物を構える。

 

 

「抹殺……させると思いますか、私達が?」

 

「イイねぇ。実にイイねェ、カワイコちゃん達。そのまま谷底に飛び込んでくれたら、もっと素敵なレディなんだけどね?」

 

「無駄でちよ、ホークアイしゃん。ブスは内心もブスでちから、聞き訳なんて……嘘でち、ブスじゃなくてどブスでち」

 

 

迸る怒りを殺意へと昇華し、アルテナ兵たちに対し明確な拒絶の意思を示す一行。

この意思表明に対する、彼女達の返答は1つ。

 

 

「……ゴーレムを出せ!」

 

 

直後、金属の擦れ合う不協和音が鳴り響く。

左右に分かれるアルテナ兵たちの間から、ゆっくりと歩み出る不格好な影。

重々しい足音を立てながら、橋の中央へと歩み来る異形。

 

 

「ッ!? 機械仕掛けのゴーレムかよ!」

 

 

ホークアイの叫び。

技術面で他国の一歩先を行くアルテナが、種々の機械兵器を開発、保有している事は広く知られている。

だからこそ彼のみならず、モントとフェアリーを除く皆が、機械仕掛けのゴーレムが如何に手強い存在かを感じ取っていた。

一方でゴーレムの足音を聴きながら、しかし漸く慣れ始めたばかりの弓に矢を番えるフェアリーは、モントの奇妙な動きに気付く。

ノコギリ槍を腰に掛け、懐から何かを取り出す右手。

そして彼は左手に持つ銃『エヴェリン』の排莢孔に、その何かを押し込めたのだ。

何をしているのかと訝しむフェアリーの耳元、背後から小さく掛けられる声。

 

 

「撃ったら、伏せろ。でないと死ぬ」

 

「結界を張れ!」

 

 

それは、ケヴィンの声だった。

同時に一行を橋上に止める為、アルテナ兵たちが橋の両端にて結界を展開する。

徐々に近付くゴーレム。

ケヴィンと同様、他の面々もモントの意図に気付いたらしい。

そして、直後。

 

 

「やれ!」

 

 

アルテナ兵指揮官の声と共に、それまでの緩慢な動きが嘘の様な瞬発力で、ゴーレムが飛び掛かって来る。

同時にモントがエヴェリンの銃口を、正面に位置する指揮官へと向けて構えた。

閃光と破裂音、発砲。

 

 

「が……」

 

「なっ!?」

 

 

銃口から飛び出したものは、唯の銃弾ではなかった。

奇妙な赤黒い光を纏う、凄まじい弾速の火球。

それが一瞬にして結界を撃ち抜き、その先にて杖を構えていた指揮官の胴をも貫通したのだ。

ほぼ同時、フェアリーの背後から響く、重々しい金属音。

 

 

「がアァッ!」

 

「伏せろ!」

 

 

咆哮はケヴィンの、警告の声はホークアイのもの。

先程の忠告通り、咄嗟に伏せたフェアリーの背面すぐ上を、重く長大な何かが空気を引き裂きつつ通過する。

『獣肉断ち』だ。

蛇腹状に変形したそれ、ケヴィンの怪力によって全力で『逆さまに』振り抜かれた刀身が、彼を中心とする半径数mもの空間を薙ぎ払ったのだ。

咄嗟に伏せた一同の頭上を通過した刀身の分厚い峰は、先ず正面から飛び掛かってきたゴーレムを捉えた。

そして壮絶な衝突音を響かせ、あろう事かその金属製、大重量の体躯を弾き飛ばしたのだ。

膨大な量の火花が散り、ゴーレムの破片が橋上へと撒き散らされる。

弾き飛ばされたゴーレムは、そのまま谷底への落下軌道に入った。

 

が、獣人の膂力によって振り抜かれた『獣肉断ち』はそれだけに止まらず、威力を減じながらも振り抜かれた刀身は、背後から迫るゴーレムまでをも捉えたのだ。

そして、衝突によって体勢を崩し橋へと叩き付けられたゴーレムへと、アンジェラを橋上に伏せさせたデュランが襲い掛かる。

逆手に持った剣を一片の迷いもなく振り下ろし、装甲ごとゴーレムの内部機構を串刺しにするデュラン。

彼はすぐさま剣を引き抜き退がり、背後より迫るケヴィンに空間を譲った。

再度ノコギリへと変形させた『獣肉断ち』を振り被ったケヴィンが全力で、その峰で以ってゴーレムの体躯を打ち上げる。

轟音と共に火花が散り、夕陽を反射する無数の破片が宙へと散る中、甲高い警告音を上げながら2体目のゴーレムが谷底へと消えて行った。

数秒遅れで届く衝撃と爆発音。

ゴーレム2体、撃破。

 

一方で、残るアルテナ兵たちにも災厄が襲い掛かっていた。

ホークアイとリースである。

正面のフォルセナ側にホークアイが、反対側へとリースが、ケヴィンの第一撃が収まると同時に駆け出していたのだ。

フォルセナ側は、モントの銃撃によって結界が破られた事により逸早く攻撃態勢を取ってはいたが、それでもホークアイの神速には対応できずに懐への侵入を易々と許してしまう。

反対側はといえば此方もモントから再びの銃撃、即ち水銀弾に込められた狩人の血の力を増幅する触媒『骨髄の灰』によって強化されたそれを受け、やはり展開の中心となっていたらしきアルテナ兵もろとも結界を撃ち抜かれていた。

そして態勢の崩れたところへ、槍の旋風を纏う戦乙女と化したリースが飛び込んできたのだ。

その後の展開は言うまでもない。

吊り橋の両端は忽ちの内に阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、数分と経たずに気絶したアルテナ兵半数と、残る半数の死体によって埋め尽くされたのである。

 

 

============================================

 

 

「それで、テメエらは此処で何をしていたんだ?」

 

 

喉元に剣を突き付けながら放たれたデュランの問いに、アルテナ兵は震えながらも必死の形相で口を閉ざし続ける。

民間人を殺された上に仲間であるアンジェラ、それもアルテナ女王の実の娘を、その母親自身の命令で殺害しようとしていたアルテナ兵たちに対するデュランの認識は、既にモンスターに対するそれ以下となっていた。

無論、彼女達も軍属であるのだから、上からの指令には絶対服従という事情は理解している。

だがそれでも、モントが持つ遠眼鏡を通じて確認した谷底の光景が、デュランの殺意を底なしに深めていた。

普段であれば彼を止めていたであろうホークアイやリースも、今や自身の殺意が溢れる事を抑えるだけで精一杯である。

 

リースはシャルロットとフェアリーをアンジェラの元に向かわせ、自身は血の汚れを落とす為に近くの水場へと向かった。

この場に居ては自身の義憤を抑え切れなくなる、と判断した事も理由だろう。

それを解き放つ為の決定権を握る者が、この場の面々ではデュランだけだという事も理解していた筈だ。

そして、彼女達が十分に離れた事を確認した後、デュランによる『尋問』が始まったのである。

 

 

「訊き方を変えよう。お前ら、あれをやったのはどういう了見だ? 隊商や親子連れは、アルテナ軍にとって其処まで脅威になるのか?」

 

 

アルテナ兵は答えない。

その頬を、振り抜かれた剣の腹が横殴りにする。

短い悲鳴を上げて倒れ込む兵士、離れた場で目に見えて竦み上がる他の捕虜たち。

しかしそれでも、誰も口を割ろうとしない。

好い加減1人か2人でも殺してみようかと、暗い考えと共に剣を握り直すデュランに、常よりなお無感動な声が掛けられる。

 

 

「デュラン、道具悪い。お上品な剣じゃ、ソイツら口も割らない」

 

 

そう言いながら歩み寄ってきたのは『獣肉断ち』を肩に担ぐケヴィンだ。

その背後には、ノコギリ槍を手にしたモントが続く。

両者の得物を目にした捕虜たちの顔から、一斉に血の気が引いた事をデュランは見逃さない。

つまらなそうに鼻を鳴らし、場所を譲る。

 

 

「……任せるぜ。やってはみたが、どうにもこういうのは性に合わねぇ。戦場でぶっ殺すなら別なんだが」

 

 

言いつつ剣を収めるデュラン、その傍らを擦り抜けるケヴィンとモント。

そして、気怠げかつ適当に振られた獣肉断ちの刃、ずらりと並ぶ歯の先端がアルテナ兵の首筋に食い込んだ。

悲鳴、硬直する身体。

ケヴィンが、投げ遣りな口調で問う。

 

 

「それで『引く』のと『押す』のと、どっちがいい?『引く』と比較的楽に死ねるけど、オレが血塗れになって面倒。『押す』だとオレはキレイなままだけど、死ぬまで時間かかる」

 

 

縛られたアルテナ兵の頸動脈、そのすぐ横にノコギリの歯を食い込ませたまま、あまり関心も無さそうに問うケヴィン。

その石ころか何かを前にしているかの様な態度に、年若い女性兵であるアルテナ兵たちは戦慄した。

そして更に、モントがケヴィンに続く。

火花を放ちノコギリを巨大な槍へと変形させると、実に自然な動作で別の捕虜の腹に切っ先を当て。

 

 

「そういえば人間相手には斬ってばかりで、じっくりと刺した事は無いな。どうなるか、俺も興味が在る」

 

 

ゆっくり、殊更ゆっくりと押し込む。

嘴の様に湾曲した切っ先が、剥き出しの肌にゆっくりと沈み込んでゆく様を、アルテナ兵達は呆然と見遣っていた。

しかし、遅れて状況を理解したのか、はたまた漸く苦痛が襲い掛かってきたのか。

当事者であるアルテナ兵が苦痛に満ちた呻きと咳を漏らし始めると、思い出したかの様に其処彼処から悲鳴が上がる。

既に切っ先は指程の深さにまで食い込んでおり、アルテナ兵はくぐもった咳と共に赤黒い血を吐き始めた。

此処で、漸く押し込む手の動きを止めたモントは、傍らの岩陰へと目配せする。

 

 

「……ようデュラン、この娘どうする? こうも腹に大穴が開いちゃあ、もうどうしようもないと思うんだが」

 

 

合図を受け、姿を現すホークアイ。

その右腕には、ぐったりとしたまま動かない1人のアルテナ兵とその杖が抱えられていた。

モントの銃撃により、腹部に拳大の風穴を開けられたアルテナ指揮官である。

東側の1人が、まだ息を保っていたのだ。

ちらりと其方を見遣ったデュランは、次いでモントとケヴィンを見る。

2人が動きを止めたまま此方を見ている事を確認したデュランは、ホークアイへと向き直り首を掻き斬る仕種をしてみせた。

 

 

「……楽にしてやれ」

 

「了解」

 

 

応を返すや否やホークアイはダガーを抜き、その切っ先で指揮官の腕を浅く斬り付ける。

そうして彼女の身体を岩肌に預けると、膝の上に杖を置いてその場を離れた。

その奇妙な行動に捕虜たちが疑問を抱くと同時、それまで微動だにしなかった指揮官に動きが生じる。

何と、緩慢ながらも頭を擡げた彼女は、震える手で杖を握ると吐血しながらも詠唱を始めたのだ。

だが、それに気付かない筈がないにも拘らず、ホークアイも他の3人も全く反応を示さない。

背後で攻撃態勢を取る敵を、全く気にも留めていないのだ。

指揮官というだけあって詠唱は早く、数秒と掛からずに杖の先に人の頭ほどの火球が生じる。

後はもう放つだけという段階になり、捕虜たちの表情にも希望の色が浮かび始めた。

 

 

「……ぐ、ウッ……ぁが!?」

 

 

だがそれらは、すぐに色褪せ崩れ去る。

突然、指揮官が尋常ならざる呻きを零し、杖を取り落して苦しみ始めたのだ。

腹部の貫通痕によるものかとも思われたが、明らかに別の理由による苦しみ方に見える。

そして彼女は両手で顔を覆うと、悍ましい絶叫を上げたのだ。

 

 

「いッ、ギ……ぎあああああぁぁァァッッ!」

 

 

突然の絶叫に、捕虜たちが竦み上がる。

デュランはといえば、指揮官の方を見ようともせず何かを考え込んでいた。

ケヴィンとモントは、相変わらず捕虜に刃を食い込ませたまま微動だにしない。

ホークアイは苦しむ指揮官の声など聴こえてもいないかの様に、岩場に隠してあったアルテナ兵たちの保存食を見付け漁っている。

彼女たちがこの場で行った非道の痕跡が、彼等の振る舞いを常からは考えられない程に酷薄なものとしているのだ。

一方で、怯えと絶望に侵されゆくアルテナ兵たちの目前で、指揮官は全身の穴という穴から赤い血を噴き出し、自らの身体より生じた血溜まりの中に沈まんとしていた。

叫びは徐々に弱々しくなり、痙攣する身体が赤い水面へと倒れ込み飛沫を上げる。

恐怖のあまり息を乱したアルテナ兵たちへと掛けられる、人間らしい感情の感じられない声と、酷薄さを音と変えた様な声。

 

 

「水は冷たいからな、これ以上血塗れになるのは御免だ。突き落としてもいいんだが、罷り間違って生き残られるのもな」

 

「大丈夫、ちょっとチクッとするだけで、後は苦しいとか気にする余裕さえ無くなるから。ほんの数十秒だよ、数十秒」

 

 

言いつつ、モントが槍の切っ先を捕虜の身体から引き抜くと、同時にケヴィンも獣肉断ちの歯をアルテナ兵の首元から外した。

腹に開いた拳ほどの穴、深く抉れた首元から血が溢れ出すも、致命傷には至っていない様だ。

勿論、放っておけば失血死する可能性も在るのだが、彼等にとってはどうでも良い事柄に過ぎなかった。

そして踵を返す2人の横を通り過ぎ、ダガーを手の内で弄びながら捕虜たちへと歩み寄るホークアイ。

その瘴気を纏った刃の光を前に怯える彼女達に、純粋な悪意の滲む薄い笑みを浮かべた彼は語り掛ける。

 

 

「こんなトコでアルテナが何をしてたのか知りたかったんだけれど……まあ、君達は兵士だからね、答えられないのも仕方ない。職務に殉じる若き乙女たち……いやあ、カッコイイねぇ」

 

 

じゃあ、さよなら。

そう言ってホークアイは最寄りの1人、その肩口を刃で斬り付けようとする。

其処が、限界点だった。

 

 

「魔導士殿よ! 紅蓮の魔導士、全てあの人の指示なの!」

 

 

============================================

 

 

捕虜となったアルテナ兵たちの証言通り渓谷外の小屋、旅人や隊商が休む為に設けられた共用のそれ、その壁の裏に指令書一式が隠されていた。

内容は、フォルセナ王都強襲作戦に伴いマイア及びバイゼル近郊駐屯部隊からの増援を防ぐ為、吊り橋を封鎖せよとのもの。

更に指令書は、隊商や旅人に偽装した連絡員の通過を警戒し、これらを発見次第抹殺するよう命令していた。

渓谷内の死体の山は、こうして築かれたものだったのだ。

指令書は、命令に従わない者には親族にまで処罰が及ぶ事を仄めかしており、アルテナが一連の襲撃計画を如何に重要視しているかが窺われた。

 

小屋で一夜を明かし、翌日になってから王都を目指し出発する一行。

暫く隊商に行き会う事はできないだろうが、思わぬ形で保存食が大量に手に入った事で、王都到着までは余裕を持って旅を続けられるだろうと考えられた。

アルテナ兵たちが有していた食料の中には、隊商などから奪ったものも含まれていたのだ。

小屋を背に歩きつつ草で歯を磨きながら、ケヴィンが訊ねる。

 

 

「ホントに放置して良かったのか? 逃げ出して、別動隊と合流するかも」

 

「そうでなくとも、後続部隊を無視して橋を落されれば物流が止まるぞ。やはり始末するべきだったんじゃないか?」

 

「良いんだよ、ほっとけば。後はバイゼルの連中が片付けてくれるさ」

 

 

続くモントの懸念にも、投げ遣りに答えるデュラン。

どういう事かと首を傾げる一行だが、ホークアイが納得した様に相槌を打つ。

 

 

「成程、あの連中か。そういう事なら任せちまうのが手っ取り早いな」

 

「どういう事なの?」

 

「洞窟の前に屯している連中が居ただろう。ありゃあ保護種に指定されている鳥獣を狙う密猟者だ。だけど、奴等は別の『商品』も扱っているのさ」

 

「別の……」

 

 

その言葉の後を引き継いだのは、モントだった。

 

 

「要は『人間』か。バイゼルでは『人身売買』が行われていて、奴等はその『商品』の仕入れ業者という事だろう」

 

「……ああ」

 

 

苦虫を噛み潰した様な表情となるデュラン。

衝撃を受けた様に、アンジェラが彼へと向き直る。

 

 

「嘘……じゃあ、あの娘たちは……」

 

「……今日中には捕まって、それから2週間以内にはブラックマーケットに『商品』として卸されるだろうな」

 

「何故、取り締まらないんです。英雄王様は何を?」

 

 

口元を押さえ打ち拉がれるアンジェラを気遣いながらも、リースが咎める様にデュランへと問う。

彼は機嫌を損ねられた様子もなく、何処か諦め交じりの声で答えを返した。

 

 

「これでも先代国王より前の治世からは、だいぶ良くなっているんだ。町や村からの人攫いは根絶されてるし、他国からの奴隷持ち込みも厳しく取り締まってる。奴等の『商品』になるのは、大体が集落から追放されたか逃げ出した罪人だ。使い潰せる労働力として、主に体格の良い男が狙われる」

 

「それって半ば国の公認じゃないでちか! 何でまた……」

 

「塩だよ。フォルセナに流通する塩は、マイアとバイゼルの商会に牛耳られてるんだ。有り余る穀物を外貨に換えるにも、商人ギルドの協力が無けりゃ国ごと干上がっちまう。実際に何代か前には、それを巡って内戦沙汰になったしな」

 

「成程な。ある程度の御目溢しと引き換えに、安定した流通を確約させていると」

 

「脅迫だの拐かしが当たり前って悪質な連中は、先代の時に一族郎党根絶やしにされてる。取り締まりの体制は英雄王様の治世になってから、一段と強化されてる位だ。それでもギルドの中には、そういう非合法な労働力を使わなきゃ稼ぎを出せない連中も居るのさ」

 

「でも、彼女達は女性なのよ!? どうなるかなんて……!」

 

 

アンジェラの手前、その先を口にする事は流石に憚られるのか、黙り込むフェアリー。

だが、彼女が何を言いたいかなど、誰もが気付いていた。

殊更に無感動に、デュランが続ける。

 

 

「『商品』の売買はブラックマーケットで行われる。当然、其処には騎士団の特別執行官も紛れ込んでるんだとよ。『商品』の年齢や性別を確認して、更に行方不明者の情報と照合するんだそうだ。そうして『問題なし』と判断されれば、後は御咎め無し。内部監査もかなり厳しいから、執行官の買収も出来ない」

 

「じゃあ、あの娘たちも保護されるのね!?」

 

 

安堵した様に、デュランへと走り寄るアンジェラ。

しかし彼は顔を伏せると、言い難そうに無情な現実を告げた。

 

 

「……最初の奇襲で大勢の死者が出た所為で、騎士団内部でのアルテナに対する印象は最悪だ。保護されても待つのは過酷な尋問だろうし、それが終わればまた『商品』に戻されるだろうさ」

 

 

女の『商品』なんか数十年振りだろうからな、と続いたデュランの言葉に、アンジェラが力なく頽れる。

咄嗟にリースが支えるも、彼女は最早この場に意識を留めてはいなかった。

母親とその側近である紅蓮の魔導士が為した事が、如何に恐ろしく悍ましい結果を呼び込むものか、それを理解してしまったのだ。

このままでは被害者であるフォルセナは疎か、侵略者であるアルテナの民までもが恐ろしい災厄に見舞われると。

 

 

「アンジェラ……」

 

「……大丈夫。大丈夫よ、リース。それより、急がなきゃ……このまま奇襲が行われたら、また大勢の人が……」

 

 

ふらつきながらも立ち上がるアンジェラ。

おぼつかない足取りで歩み出す彼女を、しかし今度はデュランが支えた。

驚いた様に視線を返すアンジェラへと、彼はぶっきらぼうに言い放つ。

 

 

「だからって無理に急いでも仕方ねぇだろ。お前、俺等ん中で一番体力ねぇんだから、無理して気張ってんじゃねーよ」

 

 

そうしてアンジェラをしっかりと立たせ、取り落していた杖を拾い握らせると、背を向けて歩き出すデュラン。

あからさまな照れ隠しに、周囲はにやける者や苦笑する者、呆れる者と各々に異なる反応を見せる。

そんな中でアンジェラは、離れてゆくデュランを呆然と見詰めていた。

だが、何かを決心した様に杖を強く握り締めると、渓谷の方角へと振り返る。

杖を握ったままの右手を胸に当て、暫しの後に渓谷に背を向けると、以降は振り返らずにデュランの後を追った。

それは、救うこと能わぬ同胞への謝罪であり、また故国を救ってみせるとの誓いでもあったのだろうか。

いずれにせよ、アンジェラの足取りに先程までの弱々しさは無かった。

そんな彼女の内面を思い、痛ましく思いながらも同時に頼もしさを覚えつつ、残る面々もまた歩み出す。

 

 

「それにしても、奴等は何処から上陸したんだ。マイアから潜入したのなら、そう大部隊は送り込めない筈だぞ」

 

 

それから歩くこと暫し、モントが発した疑問。

対するデュランは、低く唸りながら答えた。

 

 

「空からだ。奴等『空母』を使ってやがる」

 

「『空母』? 何だそれは」

 

「『空中母艦』とか『空中要塞』なんて呼ばれる代物よ。20年位前までは何処の国も大なり小なり、こういう物を持ってたわ。でもマナが減少するにつれ、宙に浮かべる事すら難しくなってね。今でも運用可能なのは、アルテナが持ってる『ギガンテス』くらいよ」

 

「そういえば、女神様が話して下さったわ。古代大戦時には数千隻もの『空母』が、艦隊を組んで砲撃戦をしていたって。尤も今のものよりも大分脆かったらしくて、殆どは大戦中に失われてしまったらしいわ」

 

「でも、運良く生き残った古代アルテナ製の1隻があってね。『ルジオマリス』って名前だったんだけど、それを修理するだけじゃなくて大規模に改修して、性能を大幅に向上させたのが『ギガンテス』なの。桁外れのマナや資源を使うから、そう簡単には動かせない筈なんだけど……」

 

「とにかくそいつを使って、空から大量の人員と戦略物資をモールベアの高原内に運び入れてるみたいだ」

 

 

あまりに途方もない話に、モントはこの世界に来て幾度目かとなる眩暈を感じる。

彼が狩人として『ヤーナム』を駆けていたあの世界、あの時代とは何もかもが違い過ぎた。

空に巨大な艦を浮かべ砲撃戦を行うなど、正に空想世界の戦争そのものではないか。

尤も、上位者となってから見た嘗ての世界の人の世と比べれば、この世界もまだ大人しい方なのかもしれない。

『マナ』の無いあの世界でも人は自在に空を飛ぶ力を手に入れ、遂には宇宙にまで鉄火を持ち込み、それらが天を覆い尽くしていた。

果ては正気を疑う程に巨大な構造物を何万と恒久的に空へと浮かべ、人が生きられぬ程に汚染された地表を捨て、その中で暮らしていたのだから。

『上位者』どもが人の世への関与を諦めた理由も、その辺りに在ったのだろう。

神秘と人ならぬ叡智に拠って成る者達にとって、あの世界はあまりに生き難い。

そんな思考を続けるモントを余所に、リースが疑問を呈する。

 

 

「『空母』を持ち出してきたという事は、王都や拠点に空爆を仕掛けるのではないのですか? 何故、大規模な地上戦の準備なんか……まさか、占領まで」

 

「解らん。降下地点も北部だけじゃなくて、高原の南部にまで降りてやがる。なに考えてんだ?」

 

「南部って、まさか……」

 

「……おいおい、この辺りじゃないか! アルテナが大地の裂け目にまで出張って、何をしようっていうんだ?」

 

 

疑問の声を上げるホークアイ。

答えを齎したのは、アンジェラだった。

 

 

「『マナストーン』……」

 

「え?」

 

「各国監視下に在る『マナストーン』を解放して『マナの聖域』に至る為の扉を開く……紅蓮の魔導士が言ってた事よ。つまりこの近くに、フォルセナ領内の『マナストーン』が在るんじゃないかしら」

 

「じゃあ、土の精霊も……」

 

 

謎は深まれども、それ以上の情報が無ければ動き様が無い。

疑問に関する考察は止めぬまま、モールベアの高原を北東に向かうこと3日あまり。

此処で一行は運良く、フォルセナ領巡回騎士団と遭遇する事が出来た。

団長以下の騎士や傭兵達が、剣術大会でのデュランの活躍を記憶に留めていた事も在って情報の交換は円滑に進み、王都に向かう為の馬も融通して貰える事となる。

交戦の証として、アルテナ兵から押収した指令書と杖が在った事も大きい。

騎士団長は、すぐに王都へと向かい英雄王に司祭の言葉を伝えろと、護衛まで付けて送り出す事を了承してくれた。

 

そうして、慣れぬ者は乗馬の経験が在る者の後ろに乗る形で、一同は出し得る限りの速度で以て王都を目指す事となる。

記憶にこそ無いが、狩人となる前は経験が在ったのだろう。

自身の後ろにフェアリーを乗せ馬を駆るモントは、同じく後ろにアンジェラを乗せたデュランと併走しながら、残る者たちの様子を窺った。

 

共に慣れているらしきホークアイとリースは自ら馬の手綱を握り、しかし微妙な距離を置きながら併走している。

互いの立場上、慣れ合う事に抵抗が在るとは容易に理解できるが、それだけが理由ではないだろう。

リースはナバールの者に対する制御できない憎しみを抱えており、しかしホークアイの事情も知るが故に自らの内で相反する感情に苦しんでいる。

彼がローラントに対する明確な害意など持ち合わせていないと理解し、更に人柄を知るにつれ信頼の度合いが高まっている事は誰の目にも明らかなのだが、それでも最終的にナバールの一員には変わりないと結論付けてしまう様だ。

彼が家族を救う為に戦っていると知りながらも、侵略によって家族と国を奪われた身からすれば、だからどうしたと責めたくなるのが人というものだろう。

結局、彼女自身としては歩み寄りを図り親しくなりたいのだろうが、王女や被害者としてのリースがそれを許さないという悪循環に陥っているのだ。

 

一方ホークアイはホークアイで、ローラントの者に対する罪悪感と贖罪の意識に苛まれつつ、同時に王政を採る彼の国に対する隠し切れない嫌悪感を滲ませていた。

彼が抱く王政に対する蔑意は、大地の裂け目での一件から決定的なものとなっている様だ。

必死に自分を信じる実の娘を抹殺せんとする理の女王の指令に、アルテナという国家を通り越して王政そのものに対する憎悪を増幅させている。

見境無い憤りだとは当人も理解しているのだろうが、やはり生まれ付いてからの環境によるものだろうか、どうしても善良な王族というものの存在が信じきれないらしい。

結局のところ、ホークアイとリースが更に歩み寄るには、外部から何らかの決定的な後押しが必要なのだろう。

 

無邪気にはしゃぐシャルロットを背負い、自身の脚で馬と並走するケヴィン。

この2人は実年齢こそ最も低いが、一方で他の面々よりも人生に達観している様子が在る。

敵味方という認識を超え、共通の敵であると思しき『死を喰らう男』を追っている事からも、早々と意気投合している様だ。

ウェンデルがビーストキングダムによる侵攻で実質的な損害を被っていない事、ケヴィンが母国の問題よりも父親を殺す事に執着している等の理由が、彼等の関係を気安いものにしているのだろう。

 

一方でフェアリーはといえば、未だにモントを警戒している節が在る。

彼女の経験を考えれば無理のない事ではあるのだが、他にも自身が戦力としては他に劣る事などを気に掛けているというのも原因の様だ。

勇者を宿主として身を隠す事が出来ず、結果的に自身の護衛の為に誰かが側に付かねばならず、一行の足を引っ張っているのではと懸念しているらしい。

そして、その原因たるモントに対し、僅かながら憤りを抱えているというところか。

だが、彼女が彼を警戒する最大の原因が、モントがウェンデルで言い放った『マナの女神』が『上位者』であれば狩る、という言葉に在る事は疑い様がなかった

彼としては前言を撤回するつもりもなく、また司祭の言葉通り自らの目で女神と相対し確かめる事を目的としている為、どうしようもない事なのだが。

そんな事を考えつつ、それでも騎士団を交えて会話を重ねながら更に3日後。

途中の集落で4度に亘り馬を乗り換え、地図に無い秘密の道を使うなど可能な限りの速さで進んできた事も在って、彼等は当初の予定よりも遥かに早く王都へと到達した。

 

 

 

だが彼等はモールベアの高原北部、山間の奥に位置する王都まであと僅かと迫ったところで、自分達が間に合わなかった事を理解する。

山の向こう、夕暮れの空に立ち上る大量の黒煙によって。

それは新たな惨劇の夜、その始まりを告げる狼煙であった。

 

 

 




一方その頃、マイアでは……



ボン・ボヤジ「ところでワシの大砲を見てくれ、こいつをどう思う?」

ワッツ「すごく……OIGAMIです……」





忘却の島は射程内だ!
どうする紅蓮の魔導士!
どうするギガンテス!


紅「」(白目)

ギ「」(白目)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。