「あーうちの子可愛い」
バイト代でポケットモンスターピカチュウを手に入れたので、ピカチュウとの二人旅を楽しむ休日の昼下がりである。床に寝転がりながら下半身だけを日に当てて、上半身で別の作業をしながらゴロゴロするの楽しい。
「はー、平和だなあ」
四天王までクリアしたのでゲームボーイを置いて、お茶を淹れることにした。戸棚から茶葉を取り出し、急須に入れ、お湯を入れて湯呑みを二つ用意する。
「そろそろ誰か来る気がするけどどうだろうなあ」
何となーくそんな予感がしたので、お茶菓子と花束も用意して日向ぼっこを楽しんでいると、案の定トントンと戸を叩く音が聞こえてきた。
「次郎君いるかしら?」
「はいはい只今ー」
引き戸を開けると、そこに居たのは、赤十字の入った帽子を被り、長い銀髪を後ろで三つ編みに結いた美女。まあ皆様ご存知の八意永琳先生だった。来るならヤンデレ共だと思っていたので少し意外だ。
「これ、つまらない物ですが……」
「お、ありがとうございます」
風呂敷包に入った見覚えのあるそれは、恐らくお団子だろう。永遠亭に勤めていた時にはよく頂いていたなあ……と少し懐かしく思う。
「上がってもいい?」
「どうぞどうぞ」
永琳さんを居間に招いてお茶とお茶菓子を出す。風呂敷を解くと、そこにあったのはやっぱりお団子だった。
「あ、わざわざ手土産までありがとうございます」
「いえいえ、迷惑かけたお詫びよ」
「迷惑だなんてそんな……」
無職になる前、俺は永遠亭に雇ってもらっていた。といっても、医学の心得なんてさっぱりだったので、患者さんを励ましたりお喋りしたりちっちゃい子と遊んだり……うん、まあ色々と働いていたのだ。
しかし、そんな時に患者さんの流行り病が俺に移ってしまう。幸いそれはすぐに治ったのだが、そもそも俺が病弱だったせいか、それ以降も色々と患者さんの病気を貰ってしまい、結果的に辞めることになった。輝夜さんも
別に気にしなくていいと言ってくれたのだが、俺本人が患者になって業務を滞らせる訳にも行かないので、泣く泣く辞めた。
しかし何故か負い目を感じている様子の永琳さんは、こうして定期的にうちに遊びに来てくれるのだ。お茶を飲みながらこう、何でもないような話をしているだけでも、楽しくてついつい時を忘れてしまう。
「次郎君は今古道具屋に勤めているんだったかしら?」
「あ、そうなんですよー。色々懐かしい物に出会えますし、店主は気さくですし、良い職場ですよ」
「ふうん……」
そういってお茶を啜る永琳さんの瞳は、何処か影を帯びているように見えた。
「確かその前は風見幽香の花畑でこき使われていたんだったっけ?色々な職場を転々としてるわね」
「でも、一番長かったのは多分永遠亭ですよ?」
「あら、そうなの?」
確か一年半くらい居たはずだ。最初に流れ着いたのが迷いの竹林で、無一文で幻想入りした俺を治療して頂いたお礼をどうしてもしたくて、無理矢理仕事を手伝い始めて、一ヶ月程経った頃には雇ってもらって、給料まで頂いてしまっていた。
「それなのに迷惑ばかりかけてしまって、今もこんなにお世話になって……本当に皆さんには、感謝しかないです」
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。私達だって、貴方には沢山の物を貰ったもの……」
「何かあげましたっけ?」
殆ど俺があげれた物なんて無かったと思うのだが。あ、でも永琳さんには人里で買った簪とか、姫様には浴衣とかあげたなあ、そういえば。
まだ鈴仙には何もあげれてなかったな、今度何かあげないとな……そう思いながら、本日四個目のお団子に手を伸ばした。
「ふふっ、沢山の物を貰ったわよ。例えばそう、」
よく噛んで飲み込むと、唐突に、胸が燃えるように熱くなるのを感じた。それはやがて体全体に広がり、脳に抗えない何かを植え付けつつ大きくなっていく。
「――液とか、皮膚とか、爪とか、毛とか……たーくさん、ね?」
「……ぅあ…………?」
抑えなければいけないと分かってるのに、心の奥で何かが疼く。頭がボーッとする。えーりんさんが小声で何かを囁いているが、内容は全然頭に入ってこない。
「ブン屋さんに撮ってもらった、貴方が風邪で寝こんでる時の写真も良かったわね……辛そうな表情も、赤い頬も、熱い体温も、アレを知っているのは私だけ……あの時は少し強めに配合しちゃったかと心配だったのだけれど、寧ろ少なかったかしらね。次回からは気をつけないと」
真夏の様に熱い。体が焼けてしまいそうだ。急いで服を脱ぐ。永琳さんも暑いのか、ほとんど下着一枚に近い状態だった。
「え、えーりんさん。いくらなんでも、そういうのはよくないとおもいます。ふくをきてください」
「大丈夫よ、だって私達は家族でしょう?それならこのくらい、何でもないことだわ」
「かぞ、く……」
「……まだ理性が残ってるなんて、抗体でも出来てきたのかしら……次からは別の薬にしなきゃ」
口全体を何か、温かく甘い物で包まれた。口内を侵されていく感覚。辛うじて先程食べた団子だと理解する。
「……ぷはっ…うん、やっぱり良く作れたわね、全然薬の味がしないもの」
ガンッ、と重いものをぶつけ合った様な音が響いた。床に隠しておいた、カーネーションの花が散らばっている。腰に鈍い痛みが走る。見上げると、永琳さんの綺麗な体が視界に入った。首元に、鋭い痛みを感じた。
「……いい?貴方は病気なの、これはそのお薬……私の言う通りにすれば、すぐに治るから」
全然意味が分からなかったが、はい、と答えた。永琳の言うことだから間違いはないのだろう。大人しく従えばいいのだ。
――嗚呼、頭が痛い。しかし悪くは無い感覚だった。溶けるように、かき混ぜられる様に、しこうが、でき、な――――