少し埃臭い店内の掃除を進める。店主はというと、少し眉をしかめながら何やら難しそうな本を読み進めているようだ。マスクでもあればありがたかったのだが、まあこの幻想郷で暮らしているのにそんな贅沢は言うまい。
「あ、そこの掃除が終わったら次は倉庫の整理をしてくれるかい?」
「了解です。っていうかめんどくさゴホォッ!」
噎せながら返事をしたのでしっかり聞き取れていたのか定かじゃないが、店主は本に視線を戻しているのでつまりそれはやらなくていいということだろう。気が向いたらやっておくことにする。
「…いやあ、それにしても色々な物があるなあ……」
常人が見たらガラクタの山、見る人が見れば宝の山な店内を見渡し感慨にふける。今足元に転がっている動物のようなキャラクターの描かれたシールは、外の世界で有名なゲームのキャラクターで、パンに付属する特典品なのだが、このシールは作中でも強大な力を持っている伝説のモンスターのシールで、しかも印刷ミスなのか色違いである。これ、オークションに出したら何万円もの価値に跳ね上がるかもしれない代物だ。
それだけではなく、昔懐かしのファミコンのマリオやらゲームボーイのカービィやらプレイステーションのモンスターファームやら何かもう色々ある。レトロゲームマニアからしたら嬉しい限りである。これがお給料でも良いくらいだ。いやそれは流石に困るけど。
「……こんな職場を紹介してくれた紫さんには感謝しかないなあ」
――――――――――
そこそこ立派なドアを開けると、カラカラと綺麗な鈴の音が響いた。
「やあ、いらっしゃい……っと、もしかして君が……」
「こんにちは。えっと、今日からお世話になります。俺の名前は――」
「そんなに固くならなくていいよ。あんまり畏まられると僕も困ってしまう」
森の奥の小さな家に入ると、銀髪で眼鏡をかけた、知的な印象の店主が出迎えてくれた。森近 霖之助という名前で、その名前からかこの店の名前は香霖堂というらしい。
「いや僕も驚いたよ。まさかあの八雲紫が人を雇ってくれ、と頼みに来るなんて……こちらとしては、至れり尽くせりの嬉しい提案だったしね」
店主は店の端の灯油ストーブを見つめながら言った。もしかして紫さんから貰ったのだろうか?
「さて、早速働いてもらおうかな。とりあえず、散らかった店内を綺麗にしてくれないか?」
「んー、どれを何処に片せば良いんです?」
「適当でいいよ。君のセンスに任せる」
「あ、はい」
……そんな感じで片付け始めて、色々な掘り出し物を見つけて今に至る。こんな辺鄙な場所にあるからか、俺が来てから二時間程経つが、未だに客が一人も来ていない。
「まあ、ほとんどコレクションみたいなものだからね。例え人が来たとしても、ここの大半の物は値が付けられないかな」
そう言って店内の掛け時計に目を遣った霖之助さんは、そろそろかな、と呟いて本を閉じた。
「こーりん!遊びに来てやったぜ!」
「盗みに来てやったぜ、の間違いじゃないかな。いらっしゃい魔理沙」
鈴の音が響いたドアの方を向くと、黒く先が尖った帽子に、ふわふわとしたロリータっぽいファッション、長い金髪を掻きながら、愛用の箒を持って店内に入ってきた。
普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。いらっしゃいませ、と言ってみた。魔理沙がこちらに気づいた。幽霊でも見たかのように驚かれた。
「お……お前は、死んだはずじゃなかったのか!?」
「バリバリ生きてるよ勝手に殺すな」
尖り帽子の上から軽くチョップする。痛そうに頭を押さえながら、魔理沙が微笑んだ。
「まあ、生きてて良かったぜ。お前はいつ死んでも可笑しくないような生活してるからな」
「その言葉そのまま返すぞー」
変な実験ばかりしてる魔理沙も、結構危ないんじゃないかな、と思う。いや、実験の失敗なんかで死にそうなタマじゃないけどな。悪運強そうだし。
「なんだ、二人は知り合いだったのか」
「腐れ縁だぜ」
「まあ間違ってない」
幻想入りして初めてあったのも魔理沙だったし、何かと縁があったり無かったり。まあ狭い幻想郷の中だから、しょっちゅう会うのはそう不思議な事ではない。
「そうか、それなら一つ次郎くんにお願いしたいんだが」
「は、はい?」
少し戸惑いながら聞き返すと、隣の魔理沙を指差して微笑んだ。
「魔理沙が何か盗まないか見ててくれ」
「大丈夫です。雇ってもらったからには絶対にそんなことさせません」
「あー?最初からそんなことする気無いぞ?」
「そりゃそうだろうな。どうせ死ぬまで借りるとか言うんだろ?」
「お、分かってるじゃないか」
何故か少し嬉しそうに笑った魔理沙は、そう言って店内を物色し始めた。いや、もしかして今の会話で、借りてくだけだから了承されたとか、そういう都合の良い解釈をしているのだろうか。
数分間店内を物色した後、疲れたのか魔理沙はそこら辺の商品に腰掛けた。
「この店には何か面白いものとか無いのか?」
「いきなりハードルの高い要求をするなあ……」
「うちの店を何だと思ってるんだい?」
それは勿論ガラクタ屋敷だぜ、なんて臆面も無く失礼なことを言い放つ魔理沙だったが、慣れているのか店主は気にせず、そうだなあ、と悩ましそうにしながら変な箱を持ってきた。いや、箱というかそれは……
「GBA……?」
「あ、そういえば君は外来人だったね。こういうのに詳しいなら色々と教えてもらいたいんだけど……」
話を聞くと、どうやら森近さんは『物の名前と用途が分かる程度の能力』を持っているようで、例えば『テレビ』という名前であることや映像を見るものであることが分かっても、使い道やら何やらが分からないそうだ。そういうのは得意分野なので色々と教えて差し上げたい所だが、はて、これが面白いものとはどういうことなのだろう。懐かしくはあるが。
「魔理沙、ここのボタンを上に押して御覧?」
「こうか?」
電源が入り、昔懐かしな起動音とともにソフトが始まり、オープニング映像が流れ始める。いやー、星の泉の物語は初めてやったカービィ作品だったなあ、懐かしいなあ。なんて思っていると、唐突に隣の魔理沙が叫び声を上げた。
「う、うわっ、なんだこいつは!?どうなってるんだ、中に人でも入ってるのか!?」
「だよね、僕も最初は驚いたよ」
驚きを共有する二人を他所に、何となくジェネレーションギャップの様な物を感じて、複雑な気持ちになる。慣れてきたから忘れていたが、ここは幻想郷。忘れられた物が辿り着く場なのだ。ここの時代レベルはまだ現代には遠く及んでいない。この反応こそが普通で、俺の反応こそが珍しいのだ。
「ここのボタンを押したりするとこのキャラクターが動くんだよ」
「お、おう。中々難しいぜこれ……っていうかどう動けばいいんだ」
「あー、そこはこうして……」
操作方法やら何やらを教えているときに、ふと悲しい事実に気づく。もうGBAが幻想入りしてしまう時代なのか、どれだけ外のゲーム技術は進んだのだ、と。……まあ関わりを断ったのは自分なのでもう然程気にしてはいないが、出来ることなら自分の知らないゲームが幻想入りするほどには長生きしたいな、なんてどうでもいいことを思った。