やんでれびより   作:織葉 黎旺

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四。チョコをくれるのはいいが、毛を入れて味を崩すのは良くない。

 冬だというのに何故今日に限って暖かいんだろう。恨めしく太陽を睨みながら人里へ続く道を歩く。早く逃げなければ。その思いが背中を押し、足を早める。何故幻想郷にまでバレンタインデーなどという行事が存在するのか。恐らくこの催しのチョコを配る部分だけを広めたであろうかのスキマ妖怪のことを思って、軽く嘆息した。

 

「貴方は食べてもいい人間?」

「あ、久しぶりだなルーミア」

 

 目の前を横切り、前方を塞ぐように両手を広げたルーミアが現れた。久々の再会は喜ばしい限りだが、こんな時間に遭遇するとは珍しい。丁度良いので用意しておいたポーチの中からハート型の小箱を渡す。

 

「はい、これ」

「何これ?」

「チョコレートだよ。甘いもの好きだろ?」

 

 ルーミアが目を輝かせながら箱の中を眺めている。口の端から涎が垂れているのは女の子としてはどうかと思うが、まあそれだけ喜んでくれているということで良しとしよう。

 

「ご馳走さまでした」

「お、お粗末様でした……。ところでルーミア、箱は!?」

「美味しかったわ」

 

 ちろりと舌を出し、汚れた口回りを舐め始めるルーミア。いやいや、箱ごと食べるって何さ。妖怪だから体に害は無いと思うが。

 

「じゃあねー」

「お、おう……」

 

 ルーミアと別れ人里を目指す。そもそも俺が何をしているのかというと、バレンタインデーということで日頃お世話になっている人にチョコを配っているのだ。まあ本来は女子から男子へ渡す様だけれど、最近は友チョコやら何やらもあるらしいし。男同士で贈りあうこともあるらしいし。なら別に俺が配っても問題はないんじゃないだろうか。って感じで配ることにした。

 

「…………」

 周りを警戒しながら歩く。もし俺がチョコを配っていることがバレれば、"奴等"は確実にそれを奪いに来る。下手すると俺がチョコを渡した相手から奪うとかいう暴挙に出るかもしれないのでその時は泣く泣く(タバスコ入り)チョコレートを投げるが、極力バレたくない。奴等は独自の情報網でも持っているのか、一人に伝わるとみんなに伝わるからなあ。アイツら仲が良いのか悪いのかよく分からない。

 

「とりあえず到着」

 

 獣避けの為の木製の門。そこを抜けるとお馴染み人里である。お昼時だからか町中は賑わっていた。とりあえず一番近い寺子屋に行こうと、左の方へ歩く。

 

「そろそろ昼ごはんの時間だし、多分慧音さんは……」

 

 独り言を聞かれてしまった様ですれ違った人に不審そうな目で見られてしまった。恥ずかしくなり歩く速度を早める。

 

「今の表情良かったわよ?」

「わわわ!?」

 

 出てくるタイミングが怖すぎる。振り返るとそこにいたのはやっぱり紫さんだった。まだ昼下がりだから眠いのか、目を擦りながらスキマから上半身だけ出している。道行く人の視線が痛いからやめてほしいのだが。

 

「紫さん……変なタイミングで出てこないで下さいよ……」

「だって今出ていけば面白い反応をしてくれるって思ったんだもの」

 

 悪戯がバレた子供みたいに、軽く舌を出して無邪気な笑みを浮かべる紫さん。この人確実に俺のことを玩具だと思ってるなコンチキショウ。

 

「……まあ丁度良いタイミングだったのは確かですかね。これ、作ってきたんで良かったらどうぞ」

「あら、チョコレート?わざわざ悪いわね。それじゃあ私もお返しに」

 

 作ってきたチョコを渡すと、紫さんもスキマの奥底からハート型の小箱を取り出し俺にくれた。

 

「ふふ、日頃のお礼よ。いつも晩酌に付き合って貰ってるし」

「おー、ありがとうございます」

 向日葵の花が添えられたそれをポーチの中へとしまい、軽く雑談してから別れ、寺子屋へと歩き出す。

 

 

「慧音先生いますかー?」

「おお、久しぶりだな次郎」

 

 今日は日曜日で寺子屋は休みだが、勤勉な慧音先生は休日も寺子屋で何やら作業をしているのだ。全く、職務を放棄して人をストーキングするどこぞの烏天狗やら巫女やらに見習ってほしい。

 

「どうだ、最近の調子は?風の便りでお前が今、あの花妖怪の所で働いているって聞いたが……」

「はい、そうなんですよ。いやー、噂ってアテになりませんね。幽香さんって意外と優しいんですね」

「そ、そうか……?」

 そんなはずはないんだけどな、と言いたげに首を傾げる慧音さん。いやいやそんなことないって。

 

「あ、そうそう。いつもお世話になってるお礼に、ほんの些細な贈り物ですが……」

「え、えっ!?もしかしてそれは……」

「はい、チョコレートです」

 上手く作れてるか不安なんですが……と言ってピンクの小箱を差し出したのだが、顎に手を当て、何かを考えているようだった。

 

「……困るぞ」

「…え、ご迷惑でしたか……!?」

 不安に思い聞き返すと、いいや、と慧音さんは首を振った。

 

「良い機会だから日頃のお礼をと思って頑張って作ったのに……お前にも渡されると、ただ贈り合っただけみたいになるじゃないか」

 え、と聞き返すと、慧音さんは後ろ手に持っていた小箱を出した。

 

「いつもありがとう。上手く作れてるか分からないが……」

「い、いえいえいえ!例え美味しくなくても、その気持ちだけで十二分に嬉しいです!!」

「……例え美味しくなくても、っていう言い方は何か傷つくんだが」

 

 小箱には萎れた向日葵の花が添えてある。はて、と首を傾げる僕に気づいたのか、慧音さんは申し訳なさそうに呟く。

 

「本当は綺麗な花を添えたかったんだが……どうしても向日葵の花を添えたくて、押し花にしてた物を添えさせて貰った」

「いえ、萎れてますけど十分綺麗で嬉しいです」

 そういって微笑むと、慧音さんも笑ってくれた。少し頬が赤い気がするが大丈夫だろうか。冬だし、風邪ではないといいが。

 

「……あ」

「ん?どうかしたか?」

「あー……いや、何でもないです」

 よくよく思い返すと、紫さんから貰ったチョコレートにも向日葵が添えてあった。何か意味があるのだろうか、と疑問に思ったのだが、いくら義理とは言えどもチョコレートをくれた女性の前で別の女性の話をするのは失礼かもしれない。後で自分で調べよう。

 

 

 

 慧音さんと別れ、今度は花畑へと向かう。いつもお世話になってる訳だし、幽香さんにもチョコを渡さなければ。今になって考えてみると、女性から男性へチョコを渡すというイベントで男性から女性へチョコを渡すというのは、人によってはチョコを用意してなかったことを申し訳なく思ってしまうかもしれないなあ。まあ幽香さんならどちらにせよ気に留めないだろうが。

 花畑に着くと、幽香さんはいつも通り花の世話をしていた。

 

「幽香さーん!」

 叫びながら手を振ると、こちらに気づいた幽香さんが僕を見て笑顔で中指を立てた。舌打ちもされた気もするけど気のせいだろう。軽く走っていき、目の前に小箱を出した。

 

「あの、いつものお礼としてチョコを作ってきました」

「ふうん、殊勝な心がけね」

 幽香さんはありがたく受け取っておくわ、と言って箱を開けてチョコを食べた。流れるような動作だったから受け流してしまっていたが、何気に一口で全部のチョコを食べたらしい。箱を握り潰し磨り潰し、ご馳走さまでした、という小さな呟きが聞こえた。

 

「お、お粗末様でした……っていうか、一気に食べましたね」

「美味しいものは一気に食べたい派なのよ」

「そ、そうですか…………って、え?」

「ん?」

「い、今美味しいって言いました……!?」

「あ、そういえば、私からも渡さなくちゃいけないわね」

 そう言って、幽香さんもスカートのポケットからハート型の緑の小箱を出した。出来れば流さずに続きを言って欲しかったが、まあ言いたくないならいいか。

 

「はい、これ。言っておくけど、義理だからね?勘違いしちゃダメよ?」

「はい、分かってますよー」

 何故か幽香さんが少し黙ってしまったが、とりあえずチョコを食べようと箱を開ける。箱の中には向日葵の花が添えてあり、ハート型の緑のチョコレートが入っていた。一つ手に取って食べてみると、チョコ本来のほろ苦さと甘さの他に、緑茶の風味が混ざっていることに気づく。

 

「抹茶チョコですか?」

「ええ」

 抹茶にしたって向日葵にしたって完全に旬と呼ばれる季節じゃないし何故取れるのか少し気になるが、まあ幽香さんだし気にしないでおこう。

 

「とっても美味しいです、ありがとうございます!」

「ふふふ」

 それは良かった、と言いたげな、夕陽を背に浮かべる笑顔がとても綺麗で、それがチョコよりも遥かに美味しかったのは言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷のバレンタインデーは、とりあえず終わりを迎えるのだった。家に帰ると、家が家ごとチョコになるという不思議現象が起きていたけど、まあもう気にせず慌てず、ヤンデレをぶちのめし、幻想の夜は更けていった。

 




向日葵の花言葉は、「私は貴方だけを見つめている」「愛慕」「崇拝」

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