やんでれびより   作:織葉 黎旺

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皆様、誠にご迷惑おかけしました……!


始終

 頭が痛い。二日酔いの翌日の様な鈍い痛み。確かに昨日は宴会だったが、そんなに酔う程飲まなかった筈だ。筈なんだけれど、昨日の記憶が無いから何とも言えない。昨日というか、しばらく寝ていたかのように頭が重たい。

 

「……ん」

 

 体を起こそうと大きく伸びをした時に気づく。両手が何故か手錠で縛られている。とりあえずそれはいいとしても、俺の首に冷たい鉄の首輪がつけられているのは何でだろう。しかもそこから伸びる頑丈そうな鎖が恐らくこのフカフカなベッドの両足に付けられている。

 

「……はあ」

 

 思わずため息が出た。何故手錠がつけられているんだろう。何故首輪がつけられているんだろう。そもそも何故俺は今全裸なんだろう。その理由は今までの経験からある程度予想出来たので――ん、なんでこんな突拍子もないことが予想出来てるんだ、犯人は隣で寝てるだなんて。そんなこと知らないはずなのに。まあいいや、てい。

 

「……?」

 

 おかしい。反応が無い。もう一度、今度は思いっきり蹴ってみる。ピキピキと骨が罅割れる様な感触。手応えあったな、と思いつつ、しかし反応が無いことを疑問に思い、布団を捲り上げた。

 

「ふふふ、かかったわね」

  「地味に痛いぞー」

 

 布団の中身は血色の悪い、邪仙のキョンシー……宮古芳香だった。全てを察して声のした方を振り返るとそこにいたのは悪辣な邪仙、霍青娥だった。

 

「貴方がその行動に出ることは既に予想していたわ。だから起きるであろう時間の前にお楽しみを一度止めて身代わりを仕込んでおいた」

「お楽しみの詳細が気になるんだが」

「お楽しみって言ったらそれは……ね?」

 

 青蛾はこちらに軽くウインクし、歪んだ笑みを浮かべ何処からか壺を取り出した。それの蓋を開け、何やら触媒らしきものをベッドの周りに円形に置き始める。丸く置き終えると触媒が光り輝き、その場に魔方陣が現れた。

 

「おい、これから何をするんだよ」

「ふふふ、自分に素直になるための儀式よ」

 

 俺の質問には意外と答えてくれるようだ。質問攻めで時間を稼げるなと思ったけれど時間の無駄だからやめた。

 

「…………」

 

 バレない様に然り気無く、首輪を引きちぎる。幾ら鉄製の頑丈そうな物だろうと壊せない訳じゃない。そして目を瞑って何やら呪文を唱えている青娥を無視して堂々と歩いて洞穴を出た。芳香もなんかため息を吐いている。色々と同情に値するな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *******

 

「あ」

「もう、探しましたよ次郎くん!」

 

 洞穴から出るとそこにはボロボロで泥々な服を纏った緑髪のお姉さん、鍵山雛がいた。服がボロボロなせいで色々と年齢制限がかかりそうな格好になってるけどもうこういった状況には適応したので気にはしない。幻想郷に常識と年齢制限は通用しないのだ。

 

「もう……昨日の宴会の途中でいなくなっちゃうから心配してたのよ?貴方が悪い妖怪に食べられてたり悪い人間に襲われてたり悪い魔法使いに○されてたりしたらどうしようかと心配で心配で幻想郷中を探し回っちゃったわ!まあでも貴方が見つかって本当に良かった。で当然これはこの洞穴の邪仙のせいなのよね?次郎くんの人権も意思も意見も無視して薬でも使って拉致監禁して一晩中○しあってたんでしょうね?分かってますよ、貴方のせいじゃないって。全部あの女が」

「そうそうそうなんだ大変だったんだ、ということであとはよろしく」

  所々何言ってるか聞こえなかったけど何だったんだろうなー。○されるって何だろうなーワカラナイナー。

 軽く頭を撫でてやると雛はヤンデレ特有の歪んだ笑みを浮かべ、嬉しそうに洞穴に入っていった。

 

「次郎くんに褒められた次郎くんが私を頼ってくれた次郎くんが私を……」

 

 なんか後ろから聞こえるけどもう気にしたくないので走って帰ることにした。マッハで帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 お昼時である。朝から何やかんやあったせいでお腹が空いた。人里で何か食べてくか、と気ままに散策する。

 

「貴方は食べてもいい人間?」

「あ、ルーミア」

 

 考え事をしながら歩いていて出くわしやすい妖怪ランキング一位にして、幻想入りしてすぐの人間が遭遇しやすい妖怪ランキング十年連続一位の記録を持つ(嘘)ルーミアに声をかけられた。っていうか初対面でもなく普通に仲良しの筈なのに毎回こう絡まれるのは何でだろう。挨拶にしては半端なく物騒だ。

 

「そんなこと言うならお前を食ーべーちゃーうーぞー」

「出来るものならやってみなさいよー」

 

 不敵に笑うルーミアを見て少し心が安らぐ。これだよ。こういう女の子とのお喋りが楽しいんだよロリコンとかじゃないけど。ヤンデレなんて求めてないのだ。ストーカーもな!

 

「ごめんルーミア、ちょっとしゃがんで」

「分かった」

「堕ちろクソガラスぅぅぅ!!」

「きゃあああああ!?」

 

 その辺に落ちてた手頃な石を上空から隠し撮りしてたパパラッチに向かって投擲する。結構な速さで飛んでいったそれは、見事に天狗の額にヒットした。惜しい、カメラを狙ったつもりだったのに外してしまった。まだまだ精進が足りない。

 

「ルーミア良かったな、俺たちの昼ごはんだぞ。今夜は焼鳥だ!」

「わはー」

「ちょ、無言で右羽をもごうとしないでください左羽を噛まないでくださいっていうか食べないでください!!?」

「ルーミア噛み千切っていいぞきっとまた生えてくるから」

「わはー」

「や、やだそれはらめぇっ!?」

 

 悶える烏天狗、射命丸文の首から提げられたデジカメを奪い取り中身を見る。写っているのは早苗の頭を撫でる俺。削除。ルーミアと談笑する俺、削除。文の方に石を投擲する俺。保存。

 

「やっ、返してくれません……?」

「ほらよ」

「ってちょ、ちょっと!何削除しちゃってるんですか!?まだ現像してないのに!?」

「カメラ壊してないだけマシだと思えよ」

「むうぅ……」

 

 不満げな表情の文だが結構こちらは譲歩してるつもりである。なんかごねてきたら壊す。

 

「さて、昼ごはん食べるかルーミア」

「焼鳥ー♪」

「待ってください何でこっち見てるんですかもしかして私焼かれるんですかそういうプレイなんですかその後(性的な意味で)食べられちゃうんですか!?」

「よーしルーミア人里でなんか食べよう」

「焼鳥が良かったなー……」

 

 後半何か嬉しそうだったからもう文は放置することにした。やっぱり、してって言われるとしたくなくなるよね。

 

「あ、昼ごはん食べてないなら私が作りましょうか!?」

「それなら人里で何か奢ってよ」

「え、えええええ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

「はー、ご馳走さまでした」

「ご馳走さまー♪」

「うう…………」

 

 すっかり軽くなった財布とにらめっこしてる文の目には心なしか水滴が溜まってた気がするが、あれはきっと汗だ。冬だけれどそういうこともある。

 一応断っておくと、俺はちゃんと分を弁えてちまちま食べてた。悪いのはルーミアである。考え無しに食べまくるんだもん、しょうがないね。たっぷりと食後の和菓子まで食べて、その上3時のおやつまでしっかり食べるとは色々恐るべし。

 心の中で文に感謝する。いや、なんかもう本当にありがとう。ただし決してごめんなさいとは言わない。

 

「あー、もう日が暮れてきたなあ」

「私はそろそろ帰って寝るよー」

「私も早くこの写真を現像しなきゃ……」

 

 もうパパラッチは気にしない。後は帰ってさっさと寝る。きちんと結界を張って。

 

「じゃあなルーミア、文は次盗撮してきたらカメラ壊す」

「じゃあねー」

「はい!バレない様にやるんで大丈夫ですよ!」

 

 反省してないなこいつ、と思ったけど振り向いた時にはもう天狗はいなかった。逃げ足速い。

 

 

 

「はああ……」

 

 何だろうなこの日々、すごい疲れる。さっさと帰って眠りたい。しかし眠るのは常に危険と隣り合わせである。無防備で隙だらけな就寝時は襲われやすいからな。守矢印の結界が大変重宝される。

 

「……ん?」

 

 家に着いた。着いたのだが、何故か戸が開いてる。結界を張り忘れたのだろうか、と思ったがそもそも常時張りっぱなしにしてるのでそれは違う。ということはまさか……

 

「………ちょ、不法侵入ですよお二方!」

 「硬いことは言わないの」

 「このくらいはいいじゃない、いいお酒も持ってきてあげたわよ?」

 案の定、竹林の医者――永琳さんと、境界の妖怪――紫さんがいた。

 しかもアレは人里一の酒屋が三代かけて熟成させたという、年代物のワイン。素材は恐らくというか確実に紫さんの支給だろうし、全く。良いご身分だ。

 

 「まあ今回は大目に見ておきましょう」

 「ふふふふ」

 扇子で口元を隠し、お上品に微笑む紫さん。この人は変わらない。

 「正直な子は好きよ?」

 「ちょ……くっつかないでください!」

 ベタベタと体をくっつけてくる永琳さんを焦りながら引き剥がす。体のとある部位特有の柔らかな感触があった気がするが、まあくっついてきたのは永琳さんだから不可抗力だろう。

 

「んで?珍しい……というか、ありえないと思ってた組み合わせのお二人が何の御用で?」

「ちょっと聞きたいことがあって、ね」

 永琳さんが二つの盃にワインを注ぐ。盃の赤さがワインの紅さと相まって大変不調和な景観を醸し出している。そこはグラスだろ普通。

 

「はい」

「あ、どーも……」

「乾杯ー」

「乾杯ー……って、紫さんの分は注いであげないんですか」

「嫌われたものねえ」

 俺が注ごうとも思ったのだが、既に紫さんはグラス(ちゃっかり自分の分だけはしっかり用意したらしい。抜け目無い)にワインを注ぎ終わり、乾杯に混ざってきた。

 一口飲んだところで、紫さんが目を細めてこちらを見ていることに気づく。

 

「……あのー、何か?」

「いいえ、何も」

 そういってグラスに口をつける紫さんだったが、この人は基本意味のないことはしない。何か意図あってのことなのか、何なのか……

 

「ねえ次郎。結婚を前提にお付き合いしてちょうだい」

「えっ」

 いつもの胡散臭い笑みは何処へやら。真顔でそんなことを言われた時、ワインを飲んでる最中でなくてよかったと心底そう思った。それであっても驚き過ぎて盃を落としかけたが――って、そんなことはどうでもよくて。意味がわからない。意味がわからない。え、どういうこと?

 

「こら紫、次郎くんが困ってるじゃない」

「永琳……」

 忌々しげに永琳さんを睨む紫さん。右手で紫さんを制して一歩前に出てくる永琳さん。

 

「次郎くん。結婚を前提にお付き合いしてください」

「はい?」

 更に困る事案になった。冗談だろうか。もしかして、今のは彼女達の最高級の冗談なのかもしれない。

 

「えっと……マジっすか?」

 無言で頷く二人。えー、マジなのか……選べねーよ、選びたくねーよ……

 

「あ、別に選ばなくてもいいわよ?」

「え?」

 紫さんがニコニコと例の胡散臭い笑みを浮かべる。嫌な予感がした。

 

「貴方が望むなら別に、私たち二人とも同時に娶っても……」

 右から近づいてくる紫さん。

「えっ」

「選べないなら選ばなきゃいいのよね」

「えっえっ」

 左から近づいてくる永琳さん。挟み込まれた。何処か狂気の色を孕んだ熱い視線にたじろぐが、何処からか聞こえてきた「そこまでよ!」という声に遮られる。

 

 

「次郎くんの嫁は私一人で十分よ」

「アリス……!」

 玄関から回り込んできたのは人形遣い。

 

「どうしてもっていうなら、時々は皆さんに貸してあげてもいいんですよ?」

「早苗……!?」

 何故か家の中から出てくる風祝。

 

「私は謙虚ですし? あんな写真やこんな写真を撮らせて頂ければ満足しますよ?」

「文……!」

 そして同時にその他諸々が空中より現れた。

 

「次郎さんの好きなもの好きなことが全て分かる私こそ貴方にふさわしいんですどうしてわかってくれないんですか次郎さん」

「このままだと貴方には彼岸花を贈らせてもらうことになるわね?」

「次郎くんは私のキョンシー次郎くんは私のキョンシー次郎くんは私の」

「厄のある女共より、私といる方が幸せよ?」

 懐かしいような見たことのないような、そんな面子が顔を出す。いつの間にか家の周りは包囲され、俺の周りも包囲されている。

 

『さあ、私のものになりなさい!!』

 思想も思考も種族も違う、多種多様十人十色な幻想郷の住人達とは思えないほどの息ぴったりの声。どうする、どうしよう。背中は嫌な汗ですっかり湿っていた。

 やれやれ、どうやら今夜もヤンデレに愛され過ぎて眠れない。






読了お疲れ様です。後書きは活動報告にて、暇な方はお付き合い頂ければ。

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