やんでれびより   作:織葉 黎旺

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餐聚六。先に切り裂き掻いて咲いて舞いて茶化し空かし割かれた愚者

 「さて、今日も元気に行ってきます!」

 「行ってらっしゃい、アナタ」

 職場に向かう俺を、嫁が手を振って見送ってくれた。料理が不味いのが玉に傷だが、それ以外は万能だし良く尽くしてくれる、俺には勿体ないくらいの良妻である。彼女に背を向けて歩き出したくない、なんていう我ながらよくわからない理由で、家が見えなくなるまでひたすら手を振り続けて後ろ向きに歩き続ける。前にこの惚気話を魔理沙にしたらとても呆れられたが、まあ幸せだからいいのだ。

 

 「おはようございます!」

 「ああ、おはよう………なんか幸せそうだね」

 「え?わかります?」

 「羨ましい限りだよ」

 やっぱり新婚さんだとお熱いねえ、と珍しく皮肉げな笑みで店長が煽る。はははと苦笑いではぐらかし、本日の業務に移った。

 

 

 

 「あ、そういえば霊夢が君のこと捜してたよ?」

 「え゛っ!?」

 もう昼下がりである。つまりそれ、昨日捜してたってことだろ。何で今朝出勤のタイミングで行ってくれないんだ。霊夢のことだから不機嫌になるだろ。宥めるのが大変なんですよ。

 

 「じゃあちょっと霊夢のとこ行ってきていいっすか?」

 「んー……僕の落ち度でもあるし、後々霊夢に何か言われてもアレだし構わないよ。ついでだし今日はもう上がっていいよ」

 「マジすか!?あざます!!」

 本当にこの香霖堂はホワイト企業である。幻想郷でブラックな場所がそもそも少ないのだが、その中でも更に有数なホワイト企業だ。仕事軽くて早上がりできてちゃんと給料貰える神企業。別に高くはないが安くもないので素晴らしい。

 店長に一礼して荷物を纏め、博麗神社へと向かう。――しかし、よくよく考えてみれば何故霊夢は俺を探していたんだ……?用事があるにしても、わざわざ香霖堂まで

 探しにこなくても家まで直接来ればいいはずだ。仮に退社のタイミングで入れ違ったのだとしても、我が家は博麗神社から香霖堂への道のほぼ道中にある。若干遠回りになるが、寄れないことはないはずなのだが。

 

 「……まあ考える必要もないか」

 どうせ大したことではないのだろう、そう割り切って鳥居を抜ける。――抜けたつもりだったのだ、が。

 

 「ん……?」

 抜けた瞬間、目の前は階段だった。登ってきたはずの石畳。振り返るとそこには鳥居。もう一度抜け直してみるが、結果は同じだった。目の前には階段、振り返ると鳥居。どういうことだ……?と思考を巡らす。

 

 「……霊夢ー!!!!!!」

 もしかしたら声だけなら届くのでは、と考えて大声で叫んでみる。どういう理屈だか分からないが、神社に入ることが出来ないわけだ。単純に考えれば声も届かない気がするが、もしかしたら、という思いを込めての一声。

 

 「……霊夢…」

 神社の中が異界と化してるのだとしたら――果たして、霊夢は。心配な気持ちが頂点に達しかけた時、後頭部に硬いものが勢いよく直撃した。

 

 「いっでええええ!!!???」

 「うるさい!黙らせようと思って殴ったのに悲鳴も騒がしいし……永遠に黙らせるわよ?」

 凛としてツンとした声。お祓い棒を手に構え、不機嫌そうにこちらを睨む、脇の大きく開いた紅白の巫女服少女がそこにいた。

 

 「霊夢……!?」

 「何よその死人でも見たような顔は」

 呆れたように肩をすくめる霊夢だったが、どことなくその表情は嬉しそうだった。

 

 「まあ、よかったわ。ここで貴方に会えて」

 「昨日も捜してくれてたみたいだけど、一体何の用だ?」

 「……私、貴方が結婚したって話を聞いたんだけど」

 「は?」

 思わず首を傾げる。結婚したってどういうことだよ。

 

 「何言ってるんだ、結婚したのは一ヶ月前だぞ?結婚式には霊夢も呼んだじゃないか。そもそもこの博麗神社で披露宴をしたんだし」

 「……みんなそういうのよね」

 心の底から気持ち悪いような物を見るような、冷たい瞳で霊夢はこちらを見る。

 

 「魔理沙もそうだった。萃香もそうだった。霖之助さんもそうだったし、人里にも話は広がってた」

 「ある程度面識あるヤツは呼んだからな」

 「……おかしいのは私なのかな。私の認識が間違っているのか…」

 今の霊夢を見ていると、何か背中にヒヤッとした寒い物が走っているような錯覚を覚える。どこか気持ち悪いというか、異質というか――そう、何か、こちらの常識が壊されてしまうような―――

 

 「……霊夢、疲れてるんじゃないか?最近も都市伝説のよくわかんない異変だとか月の異変とか、色々立て込んでたんだろ?」

 「……そうかもね、うん、そう割り切りたい」

 普段の霊夢なら、ここで大人しく引き下がるようなことはないだろう。自分を信じ、己の正しいと思う行いをするはずだ。やはり彼女は疲れているんだ。

 

 「……何か精神的な病気なのかもしれないぞ?鬱病だとか、そういった病気は知らない内に進行して、一人じゃどうしようもないほど大きく成長するからな……今の内に病院に行っておくべきじゃないか?」

 「……そうね、大人しく医者に診てもらわな、きゃ―――?」

 ぱたん、と霊夢の手からお祓い棒が落ちた。やはり悪い病気なのでは、そのせいで倒れるのでは、と思ったが、いつまでもその時は訪れなかった。

 霊夢はなにかに気づいたように、あんぐりと口を開けて目を見開いている。

 

 「……やっぱりおかしい」

 「おかしいのはお前だ……一体どうしたんだよ……」

 「なんで今まで気づかなかったのか……明らかに足りてないのに」

 「いい加減にしてくれ。待ってろ、今医者を呼んでくるから」

 「何処から?」

 「は?そんなの永遠亭からに決まってるだろ?」

 「()()?」

 「誰ってそりゃあ、その…………あれ……?」

 ()()……()()()()()()()()()()()()()。鈴仙は多少の心得はあっても医者ではない。てゐは言わずもがな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()

 

 「……なんで今まで気づかなかったんでしょうね、()()()()()()()()()()()

 「………………」

 「今の幻想郷には明らかに足りないものがある。守矢の神は二柱だけだった?魔法の森に住んでるのは魔理沙だけだった?新聞の発行部数ってこんなに少なかった?紅魔の館って魔法使いがトップだった?あんなにも整えられている花畑の手入れは誰が?幻想郷って、私一人が管理するような脆いものだったかしら?」

 もう既に――続く答えは分かっていた。

 

 「貴方――()()()()()()()()()()?」

 無我夢中で走り出した。

 


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