鳥の囀りを目覚ましに、優雅に起床したその瞬間からソレは始まっていた。枕元にクリスマスプレゼントのように置かれた、小さな小包。開けてみると妹紅よりと書かれたメッセージカードと、KIMOと書かれた箱に入ったチョコレートが入っていた。何故急にチョコ?という疑問は抱いていない。何故なら本日は如月の十四日。そう、件の悪夢の日だ。
「しかしまあ……俺の起床前からチョコが送り付けられてくるとはなあ……」
というか、妹紅さんとはそんなに仲良くした記憶はないのだが。多少お喋りした程度だった気がするが……はて。うーん、次回からは俺以外の人間を完全にシャットアウトする結界でも張ってもらおうか。流石にそんな強力な物はないだろうか。
布団から這い出し、素早く着替える。気味の悪いことにちゃぶ台の上に既に朝ご飯が用意されていたが、いくらなんでも何が入ってるのか、誰が作ったのかすら定かではないものは食べられないのでひとまずラップを掛けて放置することにして、今日の為に作っておいた多量のモノを詰めた鞄を手に、職場に向かった。
☆ ★
「おはざーす」
「おはよう」
八時二十五分、ジャスト定時出勤。"どうせ客は来ないしもっと遅くてもいいよ?"なんて店長には言われているが、その言葉に甘え始めると十時過ぎ出勤なんてこともありうるので、やめておきたい。
店の品物の整理をしていた店長に、後ろから声をかける。
「店長。これ作ってみたので、もしよろしければ」
「え、僕に?」
驚いた様子の店長。その反応も当然だろう、幻想郷だと女子が想い人にチョコを贈ったり、女子同士で贈り合うことはあっても、男子同士で友チョコというのはあまり聞かないからだ。一歩間違えば同性愛者と勘違いされてもおかしくないシチュエーションかもしれない。
「外の世界では友達同士で送り合うことも多いんですよ」
「そうなのか、それじゃあ有難く頂くよ」
白い箱に詰め、リボンの付いたカラフルな包装紙で包んであるので見た目だけなら凝っている印象を与えられるだろう。尚、中身の味と見た目は保証しないが。所詮湯煎して固めただけだし。
「他に渡したい人とかいないのかい?」
「いなくもないですけど、今年は渡すよりも貰った時のお返し用っていうのが大きいですね。店長は今年度一番お世話になってる気がしたんで、渡しました」
「そんなに大したことしてないけどね……」
照れたように頭をポリポリと掻く反応が新鮮で、クスリと笑いが零れた。そんな感じで本日の業務も滞りなく(というか何もなく)進み、無事一日を終えることが出来た。しかし、果たして無事に終えることが出来てよかったのか……?
「嵐の前の静けさって奴を感じるぜ……」
暗くならないうちに、とぼとぼと帰路につく。しかし帰り道で何かに遭遇することもなく、至って平和に自宅まで辿り着いた。
「………………」
そーっ、と自分の家にも関わらず、なるべく音を立てないように静かに玄関に入る。中に
どうしたんだろうか、とふと何かを心配するような気持ちが湧き上がってくる。不思議なものだ。そのような気持ちを向ける対象はいないはずなのに。思い浮かぶのは疎むべき対象ばかりなはずなのに。
「………………」
鞄の中に入れていた、誰かにあげる予定だったチョコレートを一口齧る。何故だろう、目頭が熱くなった。
「……これタバスコ入れてたヤツだ……!」
食べれないような食べ物を作るのはやめよう、と強く誓った。