窓越しに、雪が降り続く森を眺める。幸いなことにここ香霖堂は外から流れ着いた灯油ストーブなどがあるお陰で暖かく、正直自宅より全然過ごしやすい。ここで暮らしたいレベルだ。無論雪の中こんな場所まで訪れる客もおらず、いつも通りの暇な時間を過ごしている。
「そろそろ灯油が切れそうだ、これから冬本番だっていうのに参っちゃうなあ」
四六時中ここにいるわけではないから気づかなかったが、言われてみるとここ数週間ほど灯油を供給しているところを見ていない気がする。よくよく考えると、幻想郷にないはずの灯油をどうやって店長は集めているのだろう。外の世界でも使われまくってる品なのだから、まさか普通に幻想入りするってことはないだろう。河童の科学力の賜物とか……?
「いいや、この道具の燃料は八雲紫に仕入れてもらっているんだ。僕の拾ってきた商品と交換でね」
「はー、なるほど……」
確かに紫さんの力を持ってすれば、灯油を輸入してくることなんて容易いか。んー、でもそんなことをするくらいなら交換なんかせずに普通に欲しいものを輸入すれば良いのでは……?
そんなくだらないことを考えているうちにふと、結構重要な事実を思い出す。
「……店長。この寒さですし、紫さん既に冬眠しているんじゃ……?」
「……はっ」
完全に失念していたようで、店長にしては珍しく、驚いたように口を小さくポカンと開いた。唖然とした店長が睨んだのは、たった今丁度活動を停止した灯油ストーブ。
「……人間、楽を知ってしまうと戻れなくなるものだよね」
「もうこれなしじゃ冬越せないですもんね」
店の奥、居住スペースであればもうちょっと防寒できているのだが、この店の中はなかなかに冷える。ストーブなしだとなかなかに辛い冬を過ごすことになるだろう。
「今日何日でしたっけ?」
「えっと……師走の二十四日だね」
「……十二月二十四日……ああっ!!」
「どうかしたのかい?」
十二月二十四日、言わずと知れた有名行事、クリスマスイブである。某お方の生誕前夜祭であったはずなのにここ日本においてはリア充共の性夜……もとい素敵な夜のきっかけと化してしまっている行事だ。無論苦い思い出と辛い思い出と甘々な思い出しかない。糖分しかないような、ネオテームのような絶望的に甘い思い出しか。
「とりあえず紫さんはもう寝てるでしょうね」
「今年の冬はストーブ無しか……」
「すいません、冬の間だけ仕事休職したいんですが」
「既に休職中みたいなものだけどね、仕事が無いし」
「そうねえ、この寒い中わざわざこんなところまで来る物好きはいないでしょうね」
「ですね……って、紫さんっ!?」
慌てて振り返ると、店の奥で紫さんがお茶を啜っていた。いつの間に来てたんだ、っていうか勝手にお茶入れて寛いでていいのか。まあ店長の家で店長の茶葉だから俺に影響はないが。
「はい、ささやかなクリスマスプレゼントを持ってきましたわ」
「おお、どうも……!」
店長の瞳が少し輝いている。嬉しそうだ。ポリタンクを受け取り、ストーブの方へと駆けて行った。その様子を微笑ましげに見つめる紫さん。
「てっきりもう冬眠したかと思ってましたよ」
「今すぐにでもしたいけれど、今年は折角だから年越しまで起きてようかなと思ってね」
紫さんの冬眠ってそんなノリと勢いでどうにかなるものだったのか……と驚きつつ、ずっと気になっていた服装の話題に触れることにする。
「というか、その格好は……?」
「ふふ、似合ってるかしら?」
くるりとその場で一回転した紫さんの姿に釘付けになった。赤いナイトキャップのような帽子、白い毛玉のようなものが所々にあしらわれた赤を基調とした服装。ミニスカートの下の均整のとれた生足が、とても綺麗に――って、いやいや。俺にそういう趣味はない。断じて。
まあ要するに、子供たちに夢を配る存在、サンタクロースの仮装をしていたのだ。若干露出度が高い気がするが。
「折角だから、幻想郷の子供たちにプレゼントを配ろうと思ったのよ」
「いいですねえ、ゆかりんサンタ。頑張ってください」
「貴方も頑張るのよ?」
「えっ?」
首を傾げる暇すら与えられなかった。突如、体が宙に浮いたかと思えば気がつけば目玉だらけの空間の中に落下していた。そして数秒すると、落下していたはずなのに雪の降る魔法の森の上空に出た。
「どういう物理法則なんだぁぁぁ!!」
「はい、キャッチ」
重力に従い、今度は普通に落下していく体を紫さんは平然とキャッチした。背中に伝わる柔らかい感触にどぎまぎする。素材が薄い分感触がより鮮明に伝わる。これはアレだ、『当たってますよ』『当ててるのよ』っていう最近微妙に見なくなってきたテンプレ的な流れのやつだ。
何故こんな場所に、と今度はしっかりと首を傾げると、何処からかシャンシャンシャンという静かな鈴の音が近づいてきていた。
「貴方にも手伝ってもらうわよ、トナカイさん」
「あー、色んなソシャゲで見たことのある流れ……」
キキー、と空中にも関わらずブレーキ音を立ててソリが止まった。先導者不在にも関わらず、独りでに動くその様は不気味であったが、幻想郷らしいといえば幻想郷らしい。原動力が謎な空飛ぶソリくらいじゃ俺はもう気にしない。
「じゃあトナカイさん、これを着てくださる?」
「用意周到ですねえ……」
紫さんが取り出したのは折り畳まれたトナカイコスブレセット。角付きフードの付いた茶色いパーカーとフカフカとした素材の茶色いズボン。渋々着てみたのだが、着心地はとても良いし、デザインも割と好きでその上とても暖かいので最高だった。
「ま……まあ暇ですし、割と面白そうなので手伝いますよプレゼント配り」
「ありがとう。服も似合ってるし、気に入ってもらえたようで何よりですわ。配り終わったらそれは差し上げるわよ?」
「ありがとうゆかりんサンタ!」
「どういたしまして」
薄着で寒いからか、紫さんの頬が少し赤く見えた。貰う方もあげる方も幸せになれるプレゼントって素敵。
「さて、それでは出発しましょう」
「はい。えーっと……トナカイってことは、やっぱりソリを引っ張るんですかね?」
「私が動かすから大丈夫よ」
ええ……それならサンタ服でよかったのでは……と少し思ったが、トナカイ服の方が多分暖かいのでやっぱり黙っておこう。
ソリは速かった。喩えるなら魔理沙が紅魔館から出てくるときの速度くらい速かった。びゅー、となかなかの速度で空を駆けるので、感覚としてはジェットコースターに乗っているような気分だった。こう体が浮いてるかのような錯覚を味わう感じがそっくり。
あっという間に屋根に雪を被った紅の館、紅魔館に到着した。赤と白のコントラストがまるでサンタ服。流石にこの雪の中で美鈴さんに門番をさせるほど咲夜さんも鬼ではないようで、しっかりと門ではなく館の扉の前で薄着で眠っていた。寝るな。寝たら死ぬぞ。リアルに。
「ここにプレゼントを送る相手がいるんですか?」
「ええ。サンタに贈り物を願う、無垢な少女達が」
「…まさかとは思いますが無垢な少女達って……」
無論そのまさかである。
「サンタクロースだー!」
「何しに来たのだスキマ」
「既に温度差が酷い」
無邪気にはしゃぐフランに対し、レミリアは何やってんだこいつと言いたげな視線を紫さんに向けた。紫さんはやれやれ、とため息を吐く。
「サンタクロースの襲来を無邪気に喜ぶ妹君を少しは見習いなさいな」
「ただのコスプレじゃない……そもそも私達、五百歳と四百九十五歳っていうプレゼントを貰うどころかあげなきゃいけない年齢でしょう。吸血鬼としては聖人の生誕を祝うのもアレだし」
言い分は正しいのだが、目を逸らしもじもじそわそわと体を動かす姿が台無しにしていた。
「安心しなさい、貴女達の欲しいものは分かってるわ」
「「! 本当!?」」
嬉しそうにこちらを見る二人。こらこら、人と話している時は喋ってる方を向くべきだよ。こっちじゃないこっちじゃない。
「――でも、それはあげられないから代わりにこれを」
「なにこれ?」
手渡したのは二冊の本。どうやら外の世界の雑誌のようだが、どんな本なのだろう。
「惚れた彼の落し方……?」
「でーとで使える彼をきゅん死させる技集……?」
「えっ」
どうやら女子中学生~大学生辺りを対象にしてそうな雑誌のようだ。何故そんなものを?もしかして二人も誰かに恋をしているのだろうか。いいなあ。素敵だなあ。恋。
「ふん。まあ感謝しておこう」
「ありがとうサンタさん!トナカイさん!」
「いえいえ、喜んでもらえて何よりよ」
「またねー」
二人に別れを告げソリで飛び立つ。魔法の森までひとっ飛びしたかと思えば、因縁深き人形遣いの家に着いた。
「さて、これでも置いとけばいいかしら」
袋の中から怪しげな箱を取り出し、それを家の前に置いた。何だこれ、と考察していると紫様に腕を引っ張られた。
「危ないから早めに離れましょう」
「?」
何が入っているのか気になるところであったが、危ない目に遭いたくはないので素直に従ってソリに乗り込む。
「次は何処へ?」
「博麗神社にでも行きましょう」
霊夢か。彼女にはどんなプレゼントをあげるのだろう。あっという間に神社に到着して、ササッと霊夢の部屋に忍び込んだ。
「そういえばクリスマスプレゼントって、サンタクロースが配るのであれば朝起きたら枕元に置いてあるって方がメジャーじゃないですか?」
「んー。でもそれだと面白みがないじゃない」
「まあそうですけど……」
「霊夢はどこかしら」
神社付近をうろちょろしてみたが、見当たらない。霊夢のことだから表に出るのを面倒くさがって、炬燵でごろ寝でもしてるかと思ってたので少し意外だ。
「しょうがないからこの辺に置いておきましょうか」
「そんな適当でいいんですか、プレゼント配達……?」
一応霊夢の枕元に赤い袋を置いて、紫さんは出ていった。何が入っているのかまたもや気になったが、それは今度霊夢に直接聞けばいいか。
そんな感じで人里や妖怪の山、更には地底までぐるぐると色んな場所を回った。一悶着起きたりもしたが、久々に会えた人もいたし、なかなかに楽しかった。
「次で最後よ」
「もう最後なんですか」
早いような長かったような、名残惜しくはないがちょっと残念な気分。プレゼント配達という慣れないことをしたせいか、身体的にちょうど限界というところだろうか。
「着いたわ」
「ん……んんっ!?」
到着したのは俺の家の前。はて、もうプレゼントは貰ったはずだが……?
「さあ、入って入って」
「は、はあ……」
促されるまま中に入ると、玄関はカラフルな電飾で彩られていた。クリスマスツリーも飾られており、居間の方からワイワイガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。
「ダメです、次郎さんは私の隣に座るんです!」
「いいえ、私の隣よ!」
「じゃあ正面は私がもらいますね」
「「〇す!」」
「撮った写真は後であげるので」
「「どうぞどうぞ」」
何故かテーブルや椅子、豪華な料理の数々が並べられ、入口付近のテーブルでは烏天狗と人形遣い、風祝が席順で揉めている。その隣では優雅に紅茶を飲む吸血鬼姉妹が三人をジト目で睨んでおり、そのまた隣では厄神と悟妖怪、鬼二人が談笑している。奥の方に座っていた巫女と魔法使いが、こちらに近づいてきた。
「お帰りなさい、次郎」
「到着が遅いぜ」
「あの、これは……?」
「折角だしパーティーでもしようかと思って、勝手に企画させてもらったわ。……ダメ…だったかしら」
「全然大丈夫です半端なく嬉しいですありがとうございますっ!」
瞳を潤ませ、悲しげな様子を醸し出す視線逸らしからの上目遣い。そりゃあダメとは言えないよ。普通に嬉しいし、楽しそうだし。料理は美味しそうだし。
「それじゃあ、次郎さんにはこっちの席に座ってもらいますね」
さとりが俺の右腕を掴む。
「いやいや、次郎さんは私たちの席ですよ」
早苗が俺の左手を握った。
「次郎は私たちの席よ」
「そうよ!」
フランとレミリアが右足にしがみつく。
「やめなさい、みんな」
「ゆ、紫さん……」
流石紫さん止めに入ってくれるのか――という淡い期待は、儚く裏切られ。
「今日に関しては私が貰うわ」
「はぅっ」
「「「「「「「「えっ」」」」」」」」
ぎゅっ、と正面に立った紫さんが俺を抱きしめた。果物のような良い香りがした。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………」
明確な殺気を感じる。全方向から。唯一上機嫌そうなのは、目の前のお方だけだった。
「あら皆さん、ごめんあそばせ?」
「覚悟は出来てますよね?」
「殺す」
「許さない」
紫さんに殺すと言いつつ何故俺の左手を強く引っ張るんですか早苗さん。許さないと言いつつどうして俺の両足を引っ張るんですかレミリアフラン。人間の体はそんなに丈夫にできてないです。そろそろもげます。
「ちょ、痛い痛い痛い!紫さんどうにかしてくださいよっ!」
「……ふふっ」
「紫さーんっ!?」
嗜虐的な笑みを浮かべた紫さんは抱き締める力を強くした。待って普通に苦しいんだけど。
「誰か助けてーっ!!」
これだからクリスマスは嫌いなのだ、と嘆息した。めりーべりーくるしみます。