「ちょっと肌寒くなってきたけど、まだまだ秋だよなあ」
早朝の澄んだ空気を体一杯に吸い込み、大きく欠伸をする。やっぱり休日の朝は早起きしないと少し損した気分になると思うのだ。惰眠を貪るのも悪くないが、折角時間があるのだから有効に使わなくては。日の出たばかりの、紫色を帯びた空を眺め縁側に寝転んだ。
パシャッパシャッ、とカメラのシャッターを切る音が聞こえた。珍しいこともあるものだな、と気づかぬうちに正面に立っていた烏天狗にデコピンした。
「あ痛っ!?」
「堂々とした隠し撮りだなお前……」
「隠し撮りじゃなくてれっきとした撮影です」
「被写体に許可取れや」
「撮っていい?」
「もう遅いでしょ!」
カメラをぶんどって写真を消そうかと思ったが、水色に変わりつつある空にカメラを向ける姿を見て、少し待ってあげることにした。最近の行いで完全に忘れてたけどそういえばコイツは新聞記者なのだ。
「……なあ文」
「どうしました?」
朝日が眩しいようで、片目を瞑りながら文がこちらを向く。ウインクに見えて一瞬ドキッと。
「そういやお前、どんな新聞書いてるんだっけ?」
「よくぞ聞いてくれました、丁度そろそろ新刊を配ろうと思ってたんですよ」
「ん、どれどれ……」
『紅魔館、門番では泥棒に対応しきれない為、急遽腕っ節に自信のあるバイトを募集。強者求む!』『永遠亭、新薬の開発の為人里で人体実験の被験者を募集!?』……などなど何とも言えない記事が。どうです、と胸を張る文だが正直何とも言えない。
「んー、お金貰って広告出してる感じなのか?」
「違いますって!ちゃんと読んでくださいよ」
「どれどれ……『先日お伝えした紅魔館に空き巣が侵入してる件について、館の主レミリア・スカーレット氏が対策を打ち出し……』ごめん飽きてきた」
「酷い……」
しょんぼりする様子が少し可哀想だったので、記事を流し読みしてみる。ふえー、人体実験っていうかただの新薬のモニターじゃないか。いや人体実験って間違えてはいないけどさあ……言い方が……しかも薬にリスクも副作用もないようだし……
「プロの仕事ってより学級新聞みたいな感じがする」
「ぐっ……竹林の医者と同じことを言われるとは……」
「しかも『先日お伝えした』って割に紅魔館のこと記事にしたの三、四年くらい前じゃなかったか?」
「たかが三、四年なんて一週間前みたいなものです」
「時間の経過を時間の経過で例えるってもうちょっと何かなかったのか……?」
そこでハッ、と何かに気づいたように目を見開く文。
「っていうか次郎さん私の新聞読んでくれてるんじゃないですか!?よかった、毎号毎号さりげなくお茶の間に偲ばせておいた甲斐があった……」
「ああ、あれお前がやってたのか……お茶こぼした時に本当に便利だった、ありがとう」
「せめて読み終わったあとにそうしてください……」
もう半分諦めてるのか余分に数枚渡してくれた。こういうところは好きなんだけどなあ。
「いや、まあ前は読んでたけど今は読んでないよ」
「……『今は』?」
「昔は読んでたんだよね、丁度文と出会う前くらいまで」
「読者だったのか……でも、どうしてやめちゃったんです?」
「んー、それはまあ……」
「どうして私の方を見るんですか」
付き合いがあるからこそ知りたくないこととか触れたくない一面というのはやはりあると思うのだ。
へっくしゅん、と小さくくしゃみをする。長いこと表にいたせいで体が冷えてきたな。そろそろ中に入って朝ご飯でも作るか。
「……おい、文」
「なんですか?」
「朝ご飯食べてく?」
「是非是非!」
「……あまり期待はしないでね?」
そんなに目を輝かせられると困ってしまう。出来合いの物で、適当に作るだけだから。とりあえず体が冷えないようにと、文を室内に上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほいお待たせ」
「おー!」
寒いのでお粥と味噌汁、あと豚肉の生姜焼きだ。いや本当にほとんど手間もかかってない雑な料理なのだが、文は美味しそうに食べてくれた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。ご馳走様でした」
生姜焼きの味が濃すぎた気がするが、まあおかずとしては丁度良かったかな。食器を片し終えると、文がカメラをこちらに向け構えていた。
「次郎くん、写真撮ってもいいですか?」
「……なんで?」
「いい笑顔してたんで」
いつもそう、素直に頼んでくれれば良いと言うのに……全く。
「……いいよ」
「やった!じゃあ撮りますよー」
短いシャッター音。いつものように沢山撮るかと思いきや、珍しく一枚で満足したようだ。
「さて、じゃあそろそろ出かけようかな」
時計を見ると九時。折角のいいお天気だから何処かに向かおう。
「分かりました、じゃあ私もそろそろおいとましますね」
「ん、ああ」
てっきり着いていっていいですか、なんて言われると思っていたので少し驚いた。珍しいこともあるものだ。
「着いていきたいのは山々なんですけどやりたいことが出来たので……」
「どちらにせよ着いてこさせるつもりはないけどな……」
「じゃ、また今度お会いしましょう。ご飯美味しかったです」
「……そいつはどうも」
高速で飛び去っていく烏天狗の後ろ姿を見送る。――さて、今日は何をしようか。
――――――――――――
「疲れたー……」
お出かけするのは楽しいのだが、程々にしないと翌日に支障が出婦から気をつけなければ。幸い明日も休みだからいいのだが。
「……ん?」
机の上に丸まった新聞紙が置かれていた。もしやと思い見てみると、『文々。新聞』の文字。折角なので流し読みしてみる。
「……結構面白いこと書いてあるんだよなこれ………あっと」
見覚えのある料理の写真を左下に発見。お粥に味噌汁豚肉の生姜焼き。『本日のご当地ご飯』という見出しとともに書かれたその記事は、割と面白かった。
「この狭い幻想郷でご当地っていうのは無理やりすぎる気がするけどなあ……どこもみんな同じような食生活だろ」
今度から毎回左下にこれを載せるらしい。もしかすると料理の参考になるかもしれないし、この記事くらいは読んでやるか。
「……あっ」
料理の左隣に小さく、作った人という文字とともに写真が貼ってあった。優しげな笑顔を浮かべる自分。悔しいことに、とても綺麗に写っていた。
「……まあ今度から少しくらいは写真撮らせてやるか」
少し文を見直したその時、引き戸を叩く音が聞こえる。見に行ってみると、カメラを構えた烏天狗の姿が。
「『突撃!あなたの夜ごはん!』のコーナーの取材に伺いたいのですが。ついでに『追撃!あなたの朝ごはん!』と『連撃!貴様の昼ごはん!』も……」
「お断りします!」
「ちょ、ちょっと待って痛い!」
しばらくの間、引き戸に手を挟む文との戦いが続いたのだった。