徐々に紅葉しつつある妖怪の山を眺め、景色を楽しむ。浮き上がり空を飛ぶというのはきっとすごく気持ちが良いのだろうな、と思う。いや、やろうとは思わないけれど。出来ないだろうし。かといって、やはり抱えられて飛ぶのは気持ちいいけれど嫌だなあ、なんてしみじみ。
「あ、次郎さん危ないからちゃんと掴まっててくださいね!暴れられると落ちちゃいますよ!」
「怖いから流石に暴れないよ……」
というか、早苗が女子とは思えない力でガッチリとホールドしてきてるから暴れようがない。諦めて早苗に体を委ね、飛行を楽しむ。
「私に体を委ねる……ってなんかちょっと意味深じゃないですかね!」
「思考の中にまで入り込んでくるのはやめてほしいんだけど」
早苗、恐ろしい子……。しかし、嬉しそうに体をくねらせてるのはやめてほしい。さり気なく密着してくるなよ。前を見ないと危ないと思うんだが。
「次郎さんの背中いい匂い……」
「嗅ぐなよ!ちゃんと前向こうね!?」
「この平和な幻想郷の空に、飛行機もヘリも飛んでないんですから誰かとぶつかることなんかないですよ!」
綺麗にフラグ建築していく早苗。そしてそれはすぐに回収されることとなる。遠くの空に何か飛行する物体が見えた。
「あっ早苗アレ」
「あら、その手には乗らな……っ、え?」
早苗に抱えられていたはずの俺は。しかし気がつくと、空中を高速で移動していた。
「えええええええってかうえええええええええ!?」
心の準備も体の準備も無いまま、突然空中を先程の数倍の速度で飛行している。冷静に思考する余裕なんて少ししかなくて、半端無い吐き気に襲われた。
「……ふう、この辺までくれば大丈夫ですかね」
「………………」
気がつくと、柔らかい草の上に寝かされていた。どうやらギリギリで踏みとどまれたようだが、未だ胃の中がシェイクされる感覚が。グロッキーな頭を無理矢理稼働させて考えてみると、どうやら俺は空中で誰かに攫われたらしい。
目をゆっくり開くと廻る視界の中に見覚えのある黒いカメラがあった。もしやと思いゆっくり起き上がると、久方振りに天狗記者の姿が。
「次郎くん、大丈夫でした?」
「……文、果たして今のは助けてくれたのか?それとも拷問してくれやがったのか?」
「い、一応助けたつもりですよ?」
怪しいので持っているカメラを奪い取って画像を確認すると、空中で吐き気を堪える大変見苦しい表情の俺の顔があった。
「削除」
「あああ!?折角レアな写真が撮れたと思ったのに!?」
あんなに激しく動いていたのに綺麗にブレなく景色を切り取る文の無駄なフォトグラファー技術は尊敬するが、こんな俺が世間様に顔出し出来なくなるような物は消去しないと。くそ、連写してあるせいで消すのが大変だ。
「あ、このカメラ内データ全消去っていうのすればいちいち選択しなくても全部消えるじゃん。えい」
「ちょ、普通に記事に使う写真も全部消えちゃう!らめええええええ!?」
「ごめん、もう消しちゃった……」
「うわああああん!!」
見渡す限りいつの間にか盗撮されていた俺の画像ばかりだったので、そんな物があるとは露知らず一気に消してしまった。それは申し訳ないことをしてしまったな。
「文、ごめんな……」
「ぐすっ……次郎くんには責任を取ってもらうしか……」
「でも、写真になんか残さなくても、切り取った風景はきっと君の心に残ってるはずだから……」
「目を閉じれば瞳の奥に浮かぶ、次郎くんとあんなことやこんなことをした思い出……」
「お前の頭ごと削除してやろうか」
「酷い!?」
別に酷くない。うん。きっと。Maybe。
「まあ家に現像した物がまだまだ残ってるからいいんですけど!」
「今度家ごと燃やしに行くから覚悟しとけよ」
「あややや、失言でしたか……」
「……で、急に何の用だ」
「泥棒猫に攫われそうだったから助けただけです」
「お前ら仲いいんだか悪いんだか分かんねえな」
盗撮した写真を共有したり俺の居場所を知らせ合う割にこういうところではしっかり喧嘩するのか。そのおかげで助かったのだが。
「まあ一応礼を言っておこうか。それじゃあ俺は忙しいから帰るね!」
「待ってください。助けたお礼に、一日デートでも……」
「次郎さーん!どこですかー!」
何かを言おうとする文の声は、空中で俺を探して叫ぶ早苗の声に阻まれた。丁度いいから利用させてもらおう。
「あ、あんなところに早苗がいる!助けて文ちゃん!早苗さんをどうにかしてきて!どうにかしてくれたらデートでも何でもするから!」
「ん?今何でもするって……その約束忘れないでくださいね」
何でもする(何でもするとは言っていない)。ということで今のうちに帰ろう。と妖怪の山を降り始める。
「……どっちに行けばいいんだ………」
歩き始めて数十分。山なのだから降りれば麓につくはずだが、ちょっと何処に行けばいいのかよく分からない。気がつくと、完全に迷子になってしまっていた。
「……はあ」
空も若干暗くなってきた。まだ一、二時間弱は日が沈まないとは思うが、そろそろどうにかしないと危ない。せめて今夜の宿だけでも見つかれば……
「……あら?」
背後から声が聞こえた。残念ながらこの妖怪の山に人間はいないはずなので、話の通じる人外だといいなと願いつつ振り返ると、大きなリボンを髪に着けた可愛らしい緑髪の女性が立っていた。