苦しい。痛い。
熱い。気持ち悪い。
とうに体は限界を越えている。溢れ出しそうになるものを、必死に理性で繋ぎ止める。
「ふー、ふー……あれ、ちょっと熱いかな……まあ次郎さんは猫舌じゃないから大丈夫よね。あーん……」
笑顔でスプーンを押し付けて来る
―――――――――――
「福引き大会?」
「はい、そうなんですよ。券が大分余っちゃってて、もしよかったら一緒にどうかな、って……」
上目遣いでこちらを見つめるのは守矢神社の風祝、東風谷早苗。まだ暑さの残るこの季節だと、脇の空いた巫女服は涼しくてよさそうだ。クールビズって感じ。
よく晴れた日曜の昼下がり、本でも読んでさっさと休もうかと思っていたのだが、たまには付き合ってあげるのも悪くないかもしれない。
「……まあ、暇だからいいよ」
「ありがとうございます!」
たかが福引き大会に同行するというだけなのに、早苗は嬉しそうに笑った。……全く、こういうところだけ見てれば可愛いのだが。走り出した早苗に追いかけて歩き出した。
☆★☆★☆★
会場は人里の広場。中々稀なことだからか、少し混んでいる。まあコミケや秋葉原の人混みを掻き分けるときに比べたら屁でもないが。
「福引券って何枚あるんだ?」
「十枚ありますから五回ずつ引きましょう」
「おけおけ」
福引券を受け取ろうと掴んだ……のだが、早苗が何故か放してくれない。
「次郎さん、どうせなら賭けをしません?」
「賭け……?何をするんだ?」
「そりゃあ福引きですし、運で」
ニコニコと可愛らしい笑顔で早苗はそう言うが、能力を知ってる身としては易々と頷くわけにはいかない。
「そうは言ってもお前には能力があるから卑怯だろ」
「だ、大丈夫。私の能力、実は両手にお払い棒を持ってないと使えないんです!」
「……本当に?」
「本当に!」
そこまでいうなら、まあひとまず信用してやろう……
「もし嘘だったなら賭けは無効にするからな」
「構いませんよ。バレないように、こっそりやりますから……」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も」
「じゃあやろう。で、内容とチップは?」
「内容は、より大きい賞を当てた方の勝ちにしましょう。で、負けた場合勝った方に今日一日服従ということで!」
「うん、そんなことだろうなあとは正直思ってた」
しかしシンプルな運試しは中々好きだ。さて、何が当たるのかと商品リストを眺めてみる。
五等豆腐屋さんの油揚げたくさん、四等うどん屋さんのうどん無料券、三等人里の商品券二千円分、二等居酒屋の八目鰻食べ放題チケット、一等が生ビール一年分……うーん微妙なラインナップ。
「特賞って何が当たるんでしょうね?」
「ん……?」
よく見たら商品リストの脇にでかでかと、『特賞!何が貰えるかは当たってからのお楽しみ!!』というプレートが付いていた。気になる。気になるけど何処と無く地雷臭が漂うのは何故だろう。
「あ、私の番が来ましたね。一等引き当てて次郎さんも一本釣りよ!」
「大して上手くないぞ」
話しているうちに俺達の番になった。自信満々に駆け出した早苗は、店員に券を五枚雑に押し付け、勢いよくガラガラを回し始めた。
「目指せ一等!ってあああ!?」
「白色ですね……人里スタンプ十枚です」
白は残念賞、藍色が五等、黄色が四等で緑色が三等、二等が桃色で一等が金、特賞が紅白という珍しい配色。巫女さんカラーとは縁起良さげ。
「むむむ……次!次こそ!」
そう息巻いている早苗だったが、驚くべきことにそこから三回連続で残念賞。逆に凄い引きだ。能力使ってるんじゃないかってくらい。
「…………」
涙目の早苗が回すガラガラから零れたのは、金色の玉だった。
「やった!よしっ!これで次郎さんは私のもの!」
「叫ぶな黙れ恥ずかしいから!!」
遠慮なく頭をぶっ叩いた。周囲の視線が痛い。もう約束を反故にして帰りたい気分だが、ここまで並んできておいてアレだし、逃げ帰るのも尚更注目を集めそうなので観念して引くことにした。
「………」
一個目、藍色。油揚げなんて藍さんに投げつけてやる。
「…………」
二個目。黄色。あそこのうどんは美味しいから嬉しい。
「……………やった!」
「え!?」
三個目。なんと桃色。やった!みすちーの八目鰻食べ放題だあ!今度行こう!!
「紛らわしいです!負けたかと思ったあ……」
「正直勝てる気がしないぞ……」
こういうのは求める方が外れると聞くし、無心で引いてみよう。うん。
「あっ」
「あっ……」
白色。残念賞だった。誰だ物欲センサーがうんたらと言った奴表出ろ。
目を瞑り、祈るような気持ちで引いた最後の一個。開いた瞬間目の前にあったのは……
「…白だあああ……」
「ふふふ!これで次郎さんは私の……え……?」
「あ……?」
よく見たら、たまの下側が少し赤い。手に取ってみると、紅と白のツーカラーだった。
カランカラン、と鳴り響く祝福の鐘。
「お、おめでとうございます!特賞です!」
「やったぁぁぁ!」
「ええー……折角良い感じに演出できてたのに……」
「お前後で神社裏来いよ」
「やだ……次郎さんったら、し」
「ないです」
体をくねらせ変な妄想に耽っている様子の早苗から視線を逸らし、特賞が何か確かめる。
「この箱の中に入ってますのでお取り出し頂ければ」
「ありがとうございます」
黒塗りの箱に手を突っ込むと、紙のような物が指に触れる感触。つかんで引っ張り出すと、それはチケットだった。
「……?」
はて、幻想郷に観光スポットなどあっただろうか。食事券か何かか……?と確かめてみると、『一泊二日妖怪の山の旅!普段は会えない神や妖怪に会えるよ!※安全は保証します』という文字が。
「…まさか……あの、この一泊二日って何処に泊まるんですかね?」
「えーっと……あ、確か守矢神社です」
絶望。地獄から天国へ、天国から再び地獄に叩き落とされる感覚。早苗の方を睨むと、無言でガッツポーズしている。おいお前、これはどういうことだ。
「あ、言ってませんでしたね。この福引き、守矢神社の提供でお送りしてるんですよププッ!」
「完全な出来レースじゃねえかよっ!?」
こちらを見て幸せそうな笑顔を浮かべる早苗。殴り飛ばしたい。
「それならこの賞の権利を辞退します」
「その場合、賭けは私の勝ちになりますよ?」
「それはおかしいだろ!引いた賞の格では勝ってるぞ!?」
「景品を貰うまでが賞ですもん」
「帰るまでが遠足、みたいに言うな」
最早当たり前だが、早苗は引き下がる様子がない。特賞を取ればお泊まり旅行、賞で負ければ一日服従……どっちも嫌だ。しかし、自由がある分お泊まり旅行の方がまだ救いがあるだろうか。守矢の二柱のお膝元だから、早苗も迂闊な事は出来ないだろうし。
「……お泊まりにするよ」
「分かりました。じゃあ今から行きましょう今すぐ行きましょう!」
「いや、今日は……明日仕事だし……」
「大丈夫。明日霖之助さんは腹痛でお店閉めますから!」
「能力の悪用、ダメ絶対!!」
「ふふふ、神奈子様がそろそろ跡取りが見たいって言ってたし丁度いいですね……」
「話が飛び過ぎてて怖いんだが……」
「諏訪子様は言ってました。時には目的の為に手段を選ばないことも大切だって……」
「ちょ!?」
早苗の胸が腕に当たる。驚いて離れようとしたが、その前に早苗の体は宙に浮き上がり、抱き着かれている俺もそのまま浮き上がった。
「待て!俺飛べないから!この高さから落ちたら流石にマズいから!?」
「知ってます。離さないんで大丈夫です♡」
「うわあああ!?」
護身の為にも、この旅行から帰ってきたら魔理沙か霊夢に空の飛び方を教わろう。そう強く思った。完全にフラグだった。
(回収するかは分から)ないです