笛の音色やら客引きの声やらで大変賑やかな人里を歩く。人混みと太陽光で熱気は最高潮。今日は年に一度の夏祭りである。屋台の食べ物の良い香りが漂ってきてお腹も空いてきた。
何か買いたいが、どうせなら彼女と合流してからにしよう。そう決めてぐっと我慢する。だってこういう催し事は、一人よりも二人の方が楽しいからね。
人混みをかき分けて寺子屋まで辿り着くと、まだ待ち合わせの十分前だというのに、几帳面な彼女は暑そうに団扇を扇いで待っていた。
「すいません、お待たせしました」
「いや、大丈夫。私が早く来すぎただけだからな」
優しげな笑顔。白を基調とした、水玉模様の可愛い浴衣に身を包んだ彼女は、暑さのせいか頬が少し赤い。
「じゃあ……行こうか」
「はい」
元がいいからかポニーテールも良く似合うなあ……なんて思いながら、彼女、上白沢慧音と歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「夏祭り……ですか?」
「ああ。次郎君さえ良ければ、だが。……ダメかな?」
寺子屋のお手伝いをした昼下がり。教科書を整理している時に、唐突に慧音先生に声をかけられた。
「いえ全然大丈夫ですよー。じゃあ待ち合わせは何時にします?」
「二時にここでいいかな?」
明日は仕事休みだし、若干遅いような気もするがまあ構わないだろう。
「じゃあそれでお願いしますー」
「分かった。明日もよろしくな」
慧音先生はそう言って嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな訳で、お祭りである。
子供達ははしゃぎ回り大人達は神輿を担ぎ大変賑わっている。正直人混みは苦手なのでちょっと辛いが、まあ慧音先生が楽しそうなので我慢する。
「さて、何処から回ります?」
「ん……りんご飴が食べたいな」
「分かりました。ちょっと待っててくださいねー」
「あ、待て次郎!」
ちょっとの距離だったから大丈夫、と思って少し離れたら人混みに流されあれよあれよという間に迷子になってしまった。何処だ慧音先生。人混みをかき分けて人里を何周かしてうろちょろしてると、ふいに見慣れた紅白の巫女の姿が。
「あ、次郎」
「おー霊夢。何か忙しそうだけどどうした?」
キョロキョロと何かを探しながら、焦っている様子の霊夢。もしかして霊夢も迷子なのだろうか。魔理沙やら紫やらと待ち合わせてて。
「全然違うわ。異変よ異変」
「異変……?この平和な人里でか?」
「うん……確証は無い、っていうかまだ何も起きてないんだけど多分……」
「……?」
何処か自信なさげな霊夢の様子も異変の実態も気になるが、今はそれよりも慧音先生を探すことの方が大切である。何処かで見なかったか聞いてみる。
「二人とも大人なんだから迷子になった時の待ち合わせ場所くらい決めなさいよ」
「返す言葉も無いな」
「……確かさっき、見張り台の方ですれ違ったわ」
「見張り台……?」
見張り台とはその名の通り、人里の入口付近にある少し高い台で、まあ妖怪やら不審者やらが近寄らない様に見張る為のものだ。
「とりあえず行ってみるわ。ありがとな!」
「はいはい」
忙しそうに去っていった霊夢と別れ、見張り台へと走る。露店もほとんど出ていないこの辺は人気が少なく、比較的スムーズに来れた。
「あ……慧音先生!」
「…………」
見張り台の上には、少し泣きそうな顔で人里を見渡す慧音先生の姿が。俺の存在に気づくと、急いで降りてきて肩をガッチリと掴まれた。
「人も多くてはぐれやすいんだから、はぐれた時の待ち合わせ場所を決める前に一人で先走るな!」
「ご……ごめんなさい……ちょっとだから大丈夫かなあ、って……」
慧音先生に怒られるのは苦手だ。何となく子供の時に戻ったような気持ちになる。
「……心配したんだからな、これくらい許せ」
「なっ……慧音先生!?」
少し頬を赤らめた慧音先生の顔が、徐々に近づいてくる。あれよあれよという間に鼻の頭が触れるくらいの距離まで接近して、そして……
ガンッ、と痛々しい音が響いた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「心配させた罰だよ」
ふんっ、とでも言いたげな慧音先生。何ですか、雰囲気ぶち壊しでしょこのタイミングの頭突きって。いや慧音先生とそんな中に発展したい訳じゃないが……
「そういえば、りんご飴は?」
「あ、お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
美味しそうにりんご飴を舐める慧音先生。しかしりんご飴って美味しいのだろうか。食べた事がないから分からないなあ。
「もしよかったら食べてみるか?」
「え、いいんですか?」
「ああ」
一口舐めてみる。甘い。もう一口で林檎を齧ると、シャリッと良い音が響いた。
「甘くて美味しいですね」
「まあ林檎の飴だからな」
「……あ」
「ん?どうした?顔が林檎みたいに赤くなってるぞ?」
「い……いえ、何でもないです」
何気に間接キスしてた事実に気づいて恥ずかしくなってきたとは言わない。しかし慧音先生がさっきから丁度俺の食べてたところばかり舐めているのは偶然だろうか。
「そろそろ頃合かな……次郎君、ちょっとここを上がって」
「? はい」
言われるがままに見張り台を登る。上は丁度人二人が座ってピッタリくらいのサイズで、若干肌が触れ合うのが少し恥ずかしかった。
「あっちの方を見てくれ」
「ん……ああ!」
見張り台から見下ろす夕暮れの人里は、綺麗だった。夕焼けに照らされる町並み。振り返ると夕焼けに染まる山々。
「良い場所だろう?私は、幻想郷を一望出来るこの場所が中々気に入ってるんだ」
「そうですね……こんなところまで知ってるなんて、流石慧音先生」
「その……先生って呼ばれるの、何か嫌だ」
「あ……そうだったんですか?」
「呼び捨てでも、別に構わないぞ……?」
慧音先生の顔も、夕焼けを受けて赤く染まっていた。
「……いえ、慧音さんと呼ばせてもらうことにします」
「そうか……」
少し残念そうな慧音さんだった。
「ん……そろそろ時間だな」
「時間?何のですか?」
「すぐに分かるよ」
それは一体、と聞く前にヒューッ、と何かが風を切り打ち上がるような音が聞こえた。音のした方を向くと、空に真っ直ぐ向かっていく一つの弾と、ドドンと大きな音を立てて開く赤い炎の華が見えた。
「……綺麗ですね」
「そうだな」
続けて、緑、黄色の花火が打ち上がった。外の世界の花火に比べてしまうと、高さも派手さも雰囲気も大分劣っているが、だからこそなのか、妙な温かみがあった。
「次郎君」
「ん?どうしました?」
「ずっと前から好きでした」
「……え?ええ……ええ!?」
「どうした?」
「い、今の告白って奴ですか!?好きな人に想いを伝える時に行うっていう、あの!?」
「あ、ああ……まあ、一応……」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、恥ずかしいのか慧音先生は少し視線をそらした。正直可愛い。というか普通に告白されたのなんて初めてかもしれない……自分の顔が赤くなっているのが分かった。正直、めちゃくちゃ嬉しい。
慧音さんの視線の先……空に浮かぶ満月を眺めた。
「……お気持ちは嬉しいですけど、俺は慧音さんの気持ちに答える事は出来ないです」
「……そうか、そんな気はしていた」
断るのは、正直辛かった。慧音さんの事は人間として尊敬しているし、優しく気立ての良い彼女は付き合うなら理想の存在だろう。しかし今の俺には、まだ誰か一人を選ぶ事は出来ないのだ。
「お前は優しいからな。どうせ、私を選んで他の女が傷付くのが嫌なんだろう?」
「そういうわけではないですよ」
「違うのは分かってるぞ。
「……えっ……?」
強い力で押し倒された。俺の上に跨る慧音さんの髪は薄く緑のグラデーションを帯び、額には二本の大きな角が生えていた。
「半妖である私は、満月の夜にはこの姿になる……まあ一応、軽く人一人殺せるくらいの力はあるな」
「……何を…言ってるんです?」
「自分で考えてみなさい」
そういって慧音さんはクスクスと笑った。俺を押さえつける力も、痛いくらいに強くなった。
「冗談ですよね……?」
「どうだろうな。恋に敗れた娘が凶行に走ることって結構ありがちらしいから」
信頼していた。仲のいい友人の一人だと。困った時に手を差し伸べてくれるような優しい人だと。しかし彼女は、この状況を楽しむかのように、見張り台の床に俺を押し付ける。
「……想いが届かなかったからって、脅すつもりか?だとしたら、幻滅するどころじゃないんだが」
驚いた様にきょとんとした顔を浮かべる慧音。
「いやいや。それはもう二、三回やったからいいんだ」
「は……んっ!?」
開いた口が塞がれた。慧音の口で。口内に侵入してくる舌の感触が、滑らかで気持ち悪い。気持ち悪いのだが、何故か妙に手馴れているせいで微妙に気持ちいい。
数秒それが続いた後、開放された。
「ふう。そろそろラストチャンスなんだけどな。ストレートな告白でも駄目とは、どうすればお前は振り向いてくれるんだ……」
「……俺は強引な人間は嫌いだし、力づくで迫ってくる人間も嫌いだよ。あんたに振り向くことは、二度と無いだろう」
「告白を受けてもいいかな、という気持ちが少しでもあったのは伝わったから、別にいいんだ」
伸びた鋭利な爪が、俺の首元に伸びる。やけにスローモーションに見えて、死ぬのかななんて他人事みたいに思った。咄嗟に目をつぶった俺の耳に響いたのは、肉の裂ける音でも感覚でもなく、ビリビリと服の破れる音だった。
「失敗したなら、やり直せばいい。人間は何度でもやり直しが効くらしいからな……だから、この時間も有効に活用させてもらうんだ。ほら、妻になった時に相手の期待に応えられた方がいいだろ?」
「ッ……」
破けて露出した部分を執拗に撫でられる。気持ち悪い、気持ち悪い……それなのに気持ちがいい。
「どんな告白ならオーケーしてくれるか、とか教えてもらえると嬉しいが……まあそれは少しつまらないか。ズルはやっぱりいけないな。答えは自分の力で探すことにするよ」
「やめ……んんっ……!」
再び口を塞がれる。今度は指で。反抗の一心で思いっきり噛み付いたが、それすら今の彼女には悦楽に変わるらしい。恍惚とした表情で下半身へと手を伸ばす。
「この歴史も後で美味しく頂こう……大切な
笛の音色やら客引きの声やらで大変賑やかな人里を歩く。人混みと太陽光で熱気は最高潮。今日は年に一度の夏祭りである。