「……んんん?」
目を覚ました。何か頭が痛いな。温泉に浸かっていたのが気持ち良くて寝てしまっていたのか。大きく伸びをして空を見上げると、夕日を浴びて橙色に光る木々が見えた。
「……やばい、早く着替えて上がらないと………」
この温泉にはまた今度、ゆっくり入りに来ることにしよう。焦りながら服を着る感覚に少しデジャヴを感じつつ、博麗神社へと向かって走った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ということで泊めてくれ霊夢」
「え?嫌だけど」
「そこで断られると俺が妖怪に食われるんだけど!巫女としてそんなんでいいのか!?」
「あんたなら別にいいわ」
「おい」
巫女さんは辛辣でした。
「まあ見捨てる訳にもいかないし今日は泊めてあげる」
「よっしゃ!」
ガッツポーズ。霊夢に連れられて神社の中に入る。夜ご飯を作ってくれるそうなので、居間でのほほんと待つことにした。
「のほほん」
「出来たわよ」
「早いな」
早いのも頷ける内容である。ご飯に味噌汁にきゅうりの漬物に野菜の胡麻和え。うーん慎ましやか。健康に良さそうなメニューだ。だから霊夢の胸には栄養がいかないのだろう。
「妖怪に食われたいなら手伝ってあげようか?知り合い多いし」
「俺が悪かったからお祓い棒とお札をしまってくれ」
というか神職が滅さなきゃいけない妖怪に護るべき人間を差し出すって大変よろしくないと思うんですが。まあ冗談だろうが。
「それにしても、遅かったわね」
「え?そうか?」
「うん。遅いっていうか、今までよく生きてこれたねって感じよ」
「ん……?」
霊夢の元を訪れてから、まだ三時間程度しか経ってないはずなのだが。どういうことなんだろう。
「あんたこの三日間、一体何処で何をやってたの?」
「三日間……?」
「ここを訪れた金曜日の昼過ぎから、今日月曜日の夕方まで、ずっと温泉に浸かっていた訳じゃないでしょう?」
「え……ええええ!今日もう月曜日なのか!?本当に!?」
「うん」
霊夢がそんなよく分からない嘘を吐くとは思えないし、多分本当の事なんだろう。しかしそれにしても、三日間ねえ……何してたのか思い出せないのが不思議で不思議でたまらない。
「狐に化かされたとか何かしらの妖怪の術に引っかかったんじゃないの?」
「うーん、それならこうやって平然と帰ってこれるはずない気がするんだよなあ」
「まあそうよね」
むむむ……と、ここ数日の記憶を呼び起こす。うちの店長に温泉の事を教えてもらって霊夢に一言告げてから川で体を清めて、んで湯船に浸かってそのまま寝て……それから……?
「あ、思い出した。寝て起きたら夕暮れだったから急いで神社に向かおうとしたら途中で道を間違えて、そこから地底に落下したんだった」
「……へえ、それで?」
「で、死にかけてたところを火焔猫燐って子に助けられて、そのまま古明地さとりさんの元に運ばれて地霊殿でのんびりと過ごしてました。街で鬼に絡まれたりもしたけど星熊勇義ってお姉さんに助けられたりもしてまあ色々と貴重な時間を過ごせた」
「……本当に?」
「嘘は吐かないよ。で、色々観光してから地上に帰ってきて、もっかい温泉に入ってたらまたもや寝ちゃったんだった」
霊夢は俺の話を信じられないのか、訝しげに顔を覗き込んできたが、諦めたのか信じてくれたのか嘆息しながら立ち上がった。
「とりあえず色々あったのね。霖之助さんも貴方が来ないって心配してたし、さっさと寝て元気な顔を見せてあげなさい」
「ふうん……?」
あの店長が俺の事を気にかけてくれていたのか。偏屈な変人だと勝手に思い込んでいたのだが偏見だったようだ。私はやることがあるから先に寝てなさい、と霊夢に言われたので素直に客間の布団に潜り込んだ。
「……紫、出てきなさい」
「怖い顔をしてどうしたのよ霊夢。可愛い顔に皺が出来ちゃうわよ?」
「あいつに何かしたんでしょう?」
「あら、気づいたの?」
「ただの勘よ」
「鋭いわねえ、まあそうよ。それ以上の事は話す訳にはいかないけど」
「…………」
「御札にお祓い棒なんて物騒な物は出さないで欲しいわ。これも幻想郷の為なのです」
「私には、あんたの娯楽の一つにしか見えないのだけれどねえ」