やんでれびより   作:織葉 黎旺

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十九。開かれた目に映るものとは

 ポケットの中で右手を強く握り締めた。立ち止まれば常に、ネガティブな想像が頭の中を駆け巡る。そういった想像すら彼女に読み取られてしまう、ということを分かっているからこそ、それを意識しないようにするのだが、まあ考えたくない事を意図的に思考から消すなんてことは特殊な訓練でも受けてないと無理なので、諦めて勢いで進む事にした。

 

 「ただいま」

 「お帰りー」

 何気なく呟いた"ただいま"という言葉に自分でも驚いた。三日しかここで過ごしていないのに、まるで元から自分がここに住んでいたかのような感覚がする。家に帰ってきた時の安心感、というか……温かい気持ちがある。不思議だ。不思議で不思議でたまらない。

 出迎えてくれたお空に連れられて、食卓へと向かった。

 

 「お帰りなさい」

 「さとりさん……」

 まだ眠いのか、さとりさんは小さく欠伸をしながらこちらを見た。何となく昨日までと、"目"の感じが違う気がした。やはり昨日のことで俺の印象が変わってしまったのだろうか……いや、後ろ向きな思考じゃダメだ。もっと前向きに……前向きに、その……

 

 「あれ……?」

 思考がフリーズした。自分は何を考えていたんだっけ。頭の中が真っ白になる。目の前のさとりさんも、不審そう、というか最早心配そうな目をこちらに向けてくれている。そもそも俺は何を言えばいいんだ。形だけの謝罪に意味は無い、と思う。かといってこのまま問題をなあなあにするわけにもいかない。迷っている俺の思考を読んで察したのか、さとりさんはやれやれと言いたげなため息を吐いた。

 

 「やれやれ」

 言ってくれた。ノリがいいというか優しい。

 

 「別に昨日の事はもうそんなに気にしてないから大丈夫です」

 「え……?」

 「まあ、貴方が理由を分かってないのに私一人が怒ってても何の益も無いですし」

 「あはは……」

 「……私が一つだけ言いたいのは」

 突然の感触に思考がフリーズした。さとりさんの体が近い。近いっていうか完全にくっついてた。接触してた。とどのつまり抱き着かれている。柔らかく、暖かい感触。髪からなんか甘い香りがする。

 

 「もうちょっと自分に自信を持ちなさい、ということです。だって、私貴方のこと……」

 「えっ、えっ……?」

 さとりさんは何かを言いかけたようだったが、再びため息を吐いて離れていった。幸せが逃げていきそうだなあ。

 

 「『ため息をたくさん吐いてるから幸せが逃げていきそう』……ですか、大きなお世話です」

 「筒抜けでしたね……」

 「貴方がお腹を空かせてるのもね」

 むむむバレていたのか。クスッ、と可愛く微笑んで、さとりさんは台所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 「ご馳走様でした」

 「お粗末様でした」

 今日も今日とて美味しかった。食器を片付けるのを手伝いながら、やっぱりこの人は笑顔が可愛いなあなんて思ったり……あっ。心が読まれてるんだった。全く学習しないな俺は……

 

 「……いえ、嬉しいです。ありがとうございます」

 「あ……喜んでもらえたなら何よりです……っと、んん?」

 はて、何かを忘れてるような気がする。渡す物があったような……あ、アレか。

 

 「さとりさん、ちょっといいですか?」

 「プレゼントですか……ありがとうございます」

 サプライズで渡すつもりだったのだが、まあ思い浮かべた時点でさとりさんにサプライズすることが不可能に、なってしまうから、ここまで忘れていただけ良かった。

 

 「これなんですけど……」

 ポケットから取り出したのは、ハート型のネックレスだった。買った時は少し汚れていたが、拭いてみると光を反射してとても綺麗に光る。とても百円で買える品物ではないだろう。良い買い物をした。

 

 「百円……ですか」

 「あっ……はい、まあ正直に言いますと百円で買えました……」

 「いえ、値段なんて気にしなくても大丈夫です。次郎さんの気持ちだけでもう、十分に嬉しいです。本当にありがとうございます。

 ……その、実は私からも渡したい物があるんですけど……付いてきてもらっていいですか?」

 「えっ、そうなんですか!?」

 さとりさんには色々ともらってばかりなのに、最後の最後まで何かを貰うというのは気が引けるが……まあその分は、今後色々な形で返していけたらなあ、なんて。

 

 「ふふっ、期待してますよ。着きました、どうぞ中に入ってください」

 「お邪魔しますー」

 連れられた先はどうやらさとりさんの部屋のようだ。大きなフカフカそうなベッド、それに何処からか香る不思議な香りが特徴的だった。

 

 「そこのベッドに寝転がってくれませんか?」

 「じゃあ遠慮なく」

 案の定フカフカだった。腕を広げてゴロゴロ、ゴロゴロと転がってみる。楽しい。

 

 「次郎さん」

 「ん……?ど、どうしたんですかさとりさん?」

 腕を押さえられ、跨がられる。若干はだけた胸元がえっちい。どうしたんだ、これじゃあまるで――

 

 「――まるでこれから事に及ぼうとする恋人同士みたい……ですね。ねえ、次郎さん」

 耳元で、優しく甘い囁きが聞こえる。

 

 「私貴方のこと、好きです。大好きです。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」

 それはまるで脳に染み渡る麻薬。繰り返し、繰り返し、蕩けるように惚気けるように愛でるように壊れたように俺の中で反響する。

 

 「私なら、貴方の望むこと全てに応えてあげられる。何も言わなくったって、してほしいことも気持ちいいところも分かるわ」

 頭が痛い。この部屋もさとりの笑顔も酷く歪んで見える。

 

 「頭が痛いの?ごめんなさい、すぐに楽になりますから……全く、素直になれる薬だっていうから使ったのに体に害があるんじゃ欠陥品じゃない……あのスキマ妖怪」

 何を言っているのか分からない。どういうことなんだろう。体が熱くなってきた。頭も痛いし、風邪でもひいてしまったのか。

 

 「疲れちゃってるみたいですね……大丈夫ですよ、ゆっくり休んでください。後は私がしっかりお世話するので――」

 


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