「いやー、同族が迷惑かけたね」
「い、いえいえ……別に気にしてないですし、大丈夫ですよ」
助けてくれた鬼のお姉さんに連れられて、そこら辺の居酒屋に入った。お燐はいつの間にかいなくなっていたが、先に帰ったのだろうか。っていうか俺お金持ってないんだけど。
お姉さんは店員にビールを二杯注文し、それとは別に手元の盃で酒を飲み干した。何杯飲む気なんだ。
「あ、ここまで着いてきておいてアレなんだけど……俺、今は金持ってないんですよ……申し訳ないんですが、また今度絶対に支払いに来ます。利子もつけて」
「別にいいよ、一杯や二杯くらい気にするな。さっきの奴らの非礼の分さ」
「はあ……でも全く関係ない、いやむしろ助けて頂いた貴女に奢られるのは……」
「アイツらは私の子分なんだ。子分の非礼は頭張ってる私が詫びさせてもらうよ」
これだけは譲れない、という様子のお姉さん。仁義に厚く嘘を嫌う、とても鬼らしい鬼だな、と思った。
「……分かりました、じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
「うん。ついでに硬っ苦しい言葉遣いもやめてほしいな」
「分かりま……じゃない分かった」
経験上、鬼の言うことに逆らって良い事は無いし、渋々だが頷いた。
「私は星熊勇義だ。あんたは?」
「勇儀さんか、よろしく。俺は次郎って言います」
「ふうん。姓は無いのかい?」
「姓は……捨てた。幻想郷に来た時に」
「外来人だったのか。へえ?それは気になるね」
興味を持たれたようだが、残念ながらこれは好んで人にしたい話ではない。
「悪いけど、この話はちょっと……これ以外ならある程度は」
「じゃあ酒の肴に色々と話を聞かせてもらおうかな」
お待たせしましたー、と店員がジョッキ二杯を運んできた。流石地底、半端なくジョッキが大きい。片手では重くてとても持てない。
「とりあえず乾杯といこうか」
「そうだな」
カン、と子気味良い音が響いた。酒には強いつもりだが、いきなり一気飲みして急性アル中……なんてオチは嫌なのでとりあえず三口飲んでジョッキを置いた。
「おや、肴を味わう前に飲み切っちゃったか。もう一杯!」
「速っ!?」
あの化物サイズのジョッキを軽々と一気飲みしたようだ。どうやらよくあることの様で、店員は既にグラスを運んできていた。
「次郎はもしかして地上から来たのかい?」
「ああ。でもよく分かったね」
「地底に人間はいないからね。地上の妖怪とは不可侵条約が結ばれてるけど、人間が勝手に来る分には問題ないからね」
「まあ俺は、来たくて来た訳じゃないんだけどね……」
自分の不注意によるただの事故である。お恥ずかしい限りだ。
と、なんやかんや喋っているうちに俺のグラスも空になってしまった。アルコールが回ってきたのか、少し体が火照ってきた。しかし中々に旨い酒だし、あと二、三杯は飲めるんじゃないだろうか。
店員を呼ぼうと思ったが、既に勇儀さんがもう一杯注文してくれていた。今度は二杯の焼酎が届く。
「昨日地上の温泉に入りに来てさ、うたた寝しちゃって起きたら暗くなってきてて……急いで帰ろうと思ったら妖怪に出くわして、逃げてるうちに穴に落ちちゃったんだ」
「ははは、それは大変だったねえ」
また店員を呼び止め、今度はつまみを注文し出す勇儀さん。焼き鳥にキュウリの塩漬け、唐揚げにスルメと色々な物を頼む。全部俺の好物でもあるからありがたい。
「じゃあ昨日はどうしたんだ?」
「お燐っていう黒猫の妖怪に助けられてね、地霊殿にお世話になったんだ」
「へえ、ってことはあのさとりがね……ちなみにあいつは黒猫じゃなくて火車の妖怪だったはずだよ」
「へー」
運ばれてきた焼き鳥をもぐもぐ。ネギのシャキシャキとした食感が旨い。辛味噌と絡んで更に旨い。無論鶏肉も普通に旨い。こんなに美味しい食べ物があるので、残念ながら某鳥妖怪の同族を食べられない為に鰻を提供しまくる、という涙ぐましい努力が享受されることは無いだろう。鰻は鰻で旨いけどね。
「しかし、よくあの高さから落下して無事だったわね。次郎は飛べるのかい?」
「いやいや、巫女や魔法使いじゃあるまいし飛ぶ事は出来ないよ」
「それならよくピンピンしてるね……」
「昨日は死にかけてたけど、比較的体は丈夫な方だからね。一晩も寝れば治ったよ」
「ふうん……」
ちょっと失礼するよ、と言って勇儀さんは俺の体をペタペタと触り始めた。くすぐったい。
「うーん……若干筋肉が常人より多いけど、本質的には只の人間だね」
「だろうね」
至って普通の人間であることは、何よりも自分が分かっている。しかし、
酒の勢いか、今までの色々な体験を勇儀さんに愚痴った。終始頷くだけだった彼女は、聞き終えた時に淡々と告げた。
「憧れというのもあるかもしれないし、ただの連鎖反応なのかもしれないね」
「と、言いますと?」
「外の世界には"アイドル"ってのがいるんだろう?」
「ええ、いますね。歌ったり踊ったり喋ったりするお仕事」
「そいつらが注目されるのは、まあ単純に技能が高いから、というのもあるのかもしれないが、人気の相乗効果っていうのもあるだろう」
「ああ……そういうことか」
要するに、"既に人気がある"から、他人の注目が集まり、"更に人気になる"……とでも言えばいいのだろうか。
「女社会……という訳じゃないけど、
「うーん……」
本当にそうなのだろうか。それは少し違う気がする。だって、こういうドロドロしたのは外の世界でも――
「……おっと」
「ん?どうかした?」
気づかぬ間に何かがあったのか、店内がざわざわしている。どうしたのだろう、と疑問に思っていると、こちらに向かってくる一人の少女が見えた。
「あれ?さとりん?」
「…………」
何故か気まずそうに、目を逸らしつつこちらに向かってくるさとりん。どうしたんだ。
「どうかしたんです?」
「……その………」
「………ああ」
気まずそうにしてるさとりんを見て何かを察した様子の勇儀さんは、立ち上がり歩き出した。
「うん。色々と面白い話も聞かせてもらったし、楽しかったよ。今度は地上の上手い酒でも持ってきてくれると嬉しいね」
「あ……色々とありがとうございました!」
「それじゃあね、しっかりやりなよ」
今のはさとりさんに向けて言った言葉らしかったが、どういうことだろうか。後ろ姿に首を傾げると、さとりさんがこほん、と咳払いをした。何処と無くぎこちなくて、少し面白かった。
「あの……次郎さん」
「はい」
「昨日、というかまあ今日ですが……私も言い過ぎました、ごめんなさい」
「……いえ、俺も失礼な事ばかり考えてしまって……ちゃんと注意してれば接触も回避出来たでしょうし。すいませんでした」
深くお辞儀する。助けてもらい泊めてもらったのに、その恩を仇で返してしまった。顔を上げてください、と小さい呟きが聞こえ、さとりさんの方を見ると、先程までの俺と同じように、深くお辞儀をした。
「わ、私も色々と失礼な事をしましたし……本当にごめんなさい」
「い、いやいや!頭を上げてくださいよ!俺の方が全然……」
「いや、私の方が……」
「あんたら、何やってるのさ……」
聞き覚えのある声に振り返ると、勇儀さんが呆れたように頭をかいていた。心なしか嬉しそうに見える。嘆息したかと思うと、俺達二人の手を握り、外へ引っ張っていった。
「あんなところで痴話喧嘩するんじゃないよ。案内した私の身にもなってほしいわ」
「痴話喧嘩なんかじゃないですよ。貴女が思っているような関係でもないですから」
「うん、ただ謝りあってただけだし……」
「ふふふ、とりあえず仲良しってことだろう?」
それは間違っていないのかもしれない。まあ俺がただ一人でそう思ってるだけかもしれないが……?
「まあ、後は地霊殿に戻ってやりな。時間も時間だしねえ、そろそろさっきみたいな奴らが増えてくる時間だよ」
「あ……色々とありがとう。今度絶対にお礼させてもらうよ!」
「気長に待ってるよ」
再び街に繰り出す後ろ姿を手を振って見送った。……さて、とりあえず……
「……とりあえず、帰りますか」
「そうだね……」
疲れたのだ、休ませてもらおう。今夜も。