やんでれびより   作:織葉 黎旺

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十五。酔っぱらいに絡まれた時のめんどくささは異常

 「…………」

 「…………」

 重苦しい雰囲気が浴場に流れる。っていうか何故あの流れでそのまま湯船に使っているんだ俺達……

 

 「それはこっちの台詞です……早く上がってください」

 「いや、でも俺は今入りに来たところだし……さとりさん上がるところでしたよね絶対?」

 「いえ違います水を飲もうと思っただけです」

 「シャワーの水でも飲めばよかったんじゃないですか?」

 あっ、何故俺はわざわざ煽るようなことを……ぐぬぬと歯噛みしつつ、返答を待つ。

 

 「……っていうか、ばったり裸で鉢合わせた瞬間に私の裸体が視界に入るところまではまだ許せるんですよ。私の落ち度でもありますし。でもたまたま視界に入ったであろう私の胸部を見て『うわっさとりん何でいるんだ!?っていうかやっぱり小さかったのか!?』とか凄く失礼なことを考えるのはやめてください」

 「いや、悪いとは思いましたけどわざとじゃないですし……」

 「完全にセクハラです。今すぐ妖怪が蔓延る地底の街に放り出したいくらいです。その裸体で」

 「ええっ!?」

 捕まりますしやめてください……まあ冗談だろうが。さとりさんはそんなことしないだろうし。

 

 「……出会ったばかりの貴方に、私の何が分かるんですか」

 空気が冷えたのを感じた。背中に冷たいものが走る。隣の少女から感じたのは、妖の純粋な"殺気"だった。

 

 「……あなたは覚り妖怪。出会った時に、俺の考えている事からもっと奥の深い部分まで、全てが見えたはずだ。それでも、俺をここに泊めてくれて、その上もてなしてくれて……そんなあなたが、酷いことをするとは思えなかった……それだけです」

 「…………」

 ジトーっとした目で俺のことを睨むさとりさん。不満そうではあったが、しかし殺気は消えていた。

 

 「……初めて」

 「え?」

 「……初めて、男性に裸体を見られました」

 のぼせているのだろうか。酔っているのだろうか。頬を赤らめてそう言ったさとりさんは、俺を睨みつつ言葉を続けた。

 

 「瞬間、凄く混乱しましたけど、同時に同じくらい混乱してるあなたの気持ちも私の中に流れ込んできて、尚更混乱しました。胸がちっちゃい、っていう一言が心に刺さって悲しかったですけど……同時に、綺麗って言ってもらえたのが少し……嬉しかったです」

 「さ、さとりさん……」

 「……先に上がります。ゆっくりしていてください」

 早足で離れていく後ろ姿を見送る。閉じられた扉を、いつまでも呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 胸が痛い。ベッドの中で、古明地さとりは小さく縮こまった。

 言われた酷い言葉に、まだ傷ついている……という訳では無い。まあ傷つくには傷つくが、大して気にしていることでもなかったし、ああは言ったものの、実はほとんどダメージは無い。

 それよりも悲しかったのは、成り行きからとは言え、混浴したのに彼の心の中に自分がいなかったことだろうか。

 "綺麗だ"と言われても、異性として自分を見る気持ちは全くないようだった。それは本来、さとりにとっては安心出来る良い要素であるはずなのだが……どうして。

 

 「……はあ」

 ハート型のクッションを強く抱き締めた。普段ならそれで少し落ち着くはずなのに、気持ちは高ぶったままだった。本当に抱き締めたいものはもっと別にあるんじゃないか――と思ってしまうほど。

 

 「……眠れない……」

 悶々とした気持ちを抱えつつ、夜が明ける頃にゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 「あれ、さとりさんまだ寝てるんだ」

 「まあ妖怪だからね。基本的に夜に強いように出来てるし、昨日は夜更かししてたみたいだから」

 「へえ……」

 さとりさんに一言お礼を言って、地底を観光してからそのまま帰るつもりだったが……それなら一度ここに戻ってくるか。

 朝食はお燐が作ってくれた。スクランブルエッグにチーズトースト、生野菜のサラダという簡単な物だったが中々美味しい。この子は女子力高そうだな。

 

 「ふう……ご馳走様でした。美味しかったよ」

 「それは良かったよ」

 そそくさと食器を洗い始めたので、やることもないし手伝う事にした。悪いね、と言われたが、それを言いたいのはこっちである。ただ落ちてきただけの、俺にこんな優しくしてくれるなんて――お燐が死体だと勘違いして連れてきてくれなかったら、そこら辺の妖怪に喰われて死んでたかもしれないし……何かとお世話になってるから、地底を出る前に何かお礼をしたい。

 

 「今お燐って、何か欲しいものとかある?」

 「んー、あたいは特にないけど……あっ!」

 「どうした?」

 「さとり様に友達ができてほしいかな」

 「あー……」

 失礼ながら、確かに能力の都合上、知り合いは多くても友達はいなさそうだ……割と気が合いそうだし、俺としては全然嬉しい限りだが……しかし、今この話を聞いたことによって、さとりんからするとお燐に言われたから友達になろうとしてる様に見えるんじゃないか……?

 

 「……いや」

 心の底から、友達になりたいと思っていれば問題はないのか……あくまでお燐の言葉は切欠の一つ、ということで。よし、そうと決まれば観光だ。

 

 「お燐、ちょっと地底を観光したいんだけど……案内してくれない?」

 「お安い御用だよー」

 

 地霊殿を出て、少し歩き出すと、都が見えてきた。地底なのにほんのりと明るいのが不思議だが、まあ幻想郷では常識に囚われてはいけないらしいから、気にしない。きっと紫さんの能力で光と闇の境界でも弄ったのだろう。

 

 「あら、良い勘してるじゃない」

 「うおっ!?」

 突然の紫さんの登場。いつも通りである。

 

 「まあ、それはハズレですけど」

 「あ、さいですか……それで、何か用ですか?」

 「幻想郷の地底が地上と不可侵条約結んでるの知ってる?」

 「え……いや、知らなかったですけど」

 「知らなかったからしょうがないってことでいいかしら。地底から地上に出てくる物好きもいる訳だしね」

 「へー……じゃあとりあえず地底観光してっていいっすか?」

 「いいわよ」

 じゃーねー、と言ってスキマに戻っていった紫さん。一体何用だったのだろう。まあさとりんじゃあるまいし、あの人の思考なんざ俺には皆目見当も付かないから気にしないが。

 

 「じゃ、地底観光するかい?」

 「ああ、お願いするよ」

 歩き出して思ったのは、居酒屋が妙に多いなーということだろうか。三店に一軒位の割合で飲み屋かお食事処だ。何故だろう、と不思議に思っているとお燐が答えをくれた。

 

 「地底は騒ぐのが大好きな妖怪だらけだからね。飲み屋も多いのよ」

 「なるほどね」

 「その分酔っ払いの喧嘩も絶えないんだけどね!」

 巻き込まれたくないなあ、と強く思いつつ歩き続ける。こういう風に何かに出逢いたくない時に限ってそれに巻き込まれるのは何故なんだろうなあ。曲がり角で筋骨隆々な鬼のお兄さんにぶつかった瞬間、そう思った。

 

 「おうおうおう!何処に目ぇつけて歩いとるんじゃオドレぇ!」

 「うお、すいません。でも曲がり角だったしお互いの不注意が起こした事故じゃあ……」

 「あアン!?ワシにいちゃもんつける気かぁ!?」

 取り巻きらしき少し小さい鬼達も、そうだそうだと囃し立てる。めんどくさい事になったものだ。先程紫さんが不可侵条約がうんたらかんたらと言ってたし、俺が地上から来たとバレるとめんどい事になるんじゃ……

 

 「おにーさん、こんなの相手にしない方が得だから。適当にいなして先行っちゃおう」

 お燐もそういってることだし、適当に切り抜けることにする。

 

 

 「ちょ、ちょっと先を急いでるんで失礼します。本当にすいませんでした!」

 「逃げるなァ!」

 振り返り小走りで逃げ出す。が、刹那。地面が大きく揺れて、体勢を崩し転んでしまった。地底で地震が起きたのだろうか。天井が崩れて生き埋めになったりしたら怖いなあ、なんて呑気な考えは、尻餅をついた地面が大きくひび割れてるのを見て儚く崩れた。

 

 「ワシらから逃げるとはいい度胸しとるのう……ええ……!?」

 「いや……別に逃げようだなんて、」

 見上げた鬼の顔は、文字通り鬼気迫る表情をしていた。やっぱり鬼って怖いなあ、とこの状況で間抜けな事を考えていると、自分に迫る鬼の腕が見えた。

 この太い腕に掴まれたら俺の首なんて簡単にへし折られるだろうなあ……しかし、それは俺の体に触れることなく、鬼の体ごと視界の端へと吹き飛んだ。

 

 「全く……鬼が人間相手に酔っ払っていちゃもんつけるとは情けないねえ!」

『あ……あああ姐さん!?』

 先程の鬼の取り巻き達の赤い顔が、みるみる青くなっていくのが見えた。その視線の先には、大きな一本角の生えた金髪の女性が、大きな盃を飲み干し、鬼達を蹴散らしていた。


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