やんでれびより   作:織葉 黎旺

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十四。意味深な会話程楽しいものはない。

 「あっ、駄目です……そこは……ッ!」

 「ふふふ、分かっているんですよ。貴方の弱い所は……ここもですよね?」

 「くっ……ならここならどうだ!」

 「んっ……中々上手いじゃないですか」

 「誘ってきたのは貴女ですし、俺を本気にさせたのも貴女だからな……覚悟してくださいよ!」

 「あん、そこは……っ!」

 将棋って楽しいなあ、と思う。本当はトランプとかがしたかったんだけど、さとりんとだと心が読まれるから出来ないのだ。将棋なら自分の打つ場所が読まれたところでどうってことないから問題ない。

 さとりんは、むむむ……と眉を潜めて次の手を考えている様子。この状況なら、この辺に打たれたら俺は辛いんだけど……

 

 「そこですね。教えてくれてありがとうございます」

 「あっ!?」

 心を読まれているのを忘れていた。むむむ、なんて卑怯な……

 

 「ふふふ、貴方の番ですよ?」

 「んー………」

 さて、何処に打つべきか……と長考を始める。眠そうに欠伸をしたさとりさんは、コンコン、と将棋盤を指で叩いた。

 

 「……ここに飛車を動かされると辛いかもしれないですね」

 「あ……じゃあ飛車をここに動かして、角を取って成ります」

 「んー、じゃあ私は……」

 悩んでいる様子のさとりさんを見て、クスッと微笑んだ。ありがとうございます、と心の中で呟く。

 

 「……別に、私だって貴方の考えた手を利用したんですから……お互い様ですよ」

 バツが悪そうに目を背けるさとりん。照れてるのかな。可愛いな。

 

 「…わ、わざとやってません……?」

 「あ……っ、い、いや別に……」

 「……まあその真偽も私には分かるんですけどね」

 さとりんは顔を赤くして、俯いて次の一手を打った。

 

 「……王手」

 「……参りました」

 序盤から着実にこちらの駒を取られたのが辛かった。ここからだと巻き返すのは難しいだろう。

 投了の声を聞いて、さとりんはゆっくりと立ち上がった。

 

 「……久々に客人が来たからかしら、少し疲れました。時間も時間だし、私は休みますね」

 「あ、うん。対局どうもでした。おやすみなさーい」

 「お燐を部屋に置いておくので、何かあったら申し付けてね」

 部屋を出ていったさとりんと入れ違いに、お燐ちゃんが入ってきた。失礼しまーす、と元気な声で言うと、さっきまでさとりんのいた俺の向かい側に座った。何故か妙に目が輝いているように見える。どうしたんだ。

 

 「おにーさん、中々凄いじゃない!さとり様が客人と仲良く遊ぶなんてほとんど無いことだよ!」

 「ん……そうなのか」

 まあでも、言われてみればさとりんとだと何をしても念頭に"心が読まれている"という事実が頭をよぎるから、若干遊びにくいのかもしれないなあ。

 

 「さとり様も、必要以上に人の心を読み嫌われたい訳じゃないから、世話は私達に任せてある程度の距離を置くことが多いんだよ」

 「へー……」

 目を爛々と輝かせ、お燐ちゃんは身を乗り出して俺の方に近付いてきた。

 

 「そんなさとり様が自分から近づいたって事は、おにーさんはきっと綺麗な心の持ち主なんでしょ?」

 「いや、別にそんな綺麗な心は持ってないけど……」

 「謙遜する辺り綺麗な気がするよー?」

 「……それはないよ」

 そんな綺麗な心なんて持ち合わせた覚えはない。自分にあるのは、人に迷惑をかけるだけの、穢れた――

 

 「ところで今何時だっけ?」

 「今は午前2時だよー」

 もうそんな時間か……地底だから朝も夜も関係ないかもしれないが、生活リズムは崩したくないし……お風呂にでも入って寝るか。明日は丁度土曜日で休日だから、一日地底を観光して……その後帰ればいいか。

 昼間も入ったが、汗もかいたし服も汚れているし、もう一度シャワーを浴びたいなとふと思った。

 

 「ありがとう。お風呂場ってどこかな?」

 「部屋を出てから真っ直ぐ右に進めば浴場があるよー、男用の浴衣があるから持っていっておくね」

 「わざわざ悪いね」

 言われた通り真っ直ぐ右に進む……が、脱衣場に入ってから違和感を覚えた。はて、何か忘れているような……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 「ふう……」

 古明地さとりは、湯船の中で小さくため息を吐いた。

 ――珍しい人間もいたものですね。

 

 「心を読まれるのを全然気にしなかったり、むしろ喋らなくていい分楽だなんて……ふふ、あんな人間がいるのを知っていればあの子も第三の目を閉ざさなかったかもしれないのに」

 のぼせたのだろうか。顔が赤くなってきた。もう二、三十分くらい湯船につかっていたし、そろそろ上がるか。

 

 「……あら?」

 何やら脱衣場の方から物音が聞こえる。お燐かお空だろうか。能力の使える距離じゃないから、誰がいるかまでは分からなかった。

 

 「まあ誰がいても構わないか……」

 まさか先程別れた客人がいるなど露ほども思わず、さとりは湯気で曇った脱衣場の扉を開けた。

 

 

 

 

 ――無論、夜の地霊殿に少女の悲鳴と青年の絶叫が聞こえたのは言うまでもない。


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