やんでれびより   作:織葉 黎旺

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十三。地の底にて悟りを開く

 

 「……お燐、何を拾ってきたのです」

 「え?お買い物ついでにちょっとお散歩してたら見つけた、新鮮な死体ですよ?」

 「その人、生きてるわよ?」

 「えっ!?」

 何やら騒がしい声が聞こえる。もしかして俺は死んだのだろうか。あの世であれば騒がしくもあるだろう。

 

 「呼吸が止まってるだけで、微かにまだ"声"が聞こえるもの。ちょっと心臓の辺りをつついてあげなさい」

 「はーい」

 「もうちょっと強くした方が良さそうです」

 「はーい」

 胸を抉られる様な衝撃で意識が覚醒した。

 

 「がはっ!ゴホッゴホッ!」

 「お目覚めですか、………そう、胸が苦しいのですね……お燐、背中を摩ってあげなさい」

 「はーい」

 面倒くさそうに返事をした猫耳の少女が、俺の背中を雑に摩ってくれた。いや、見知らぬ人間の背中を摩れって言われても困るだろうけどさ。もうちょっと優しく……気持ちだけでありがたいです。

 

 「……落ち着きました?」

 「…ゴホッ……はい、ありがとうございます」

 俺はどうやら、ソファーの上に寝かされていたようだ。フカフカしていて気持ちいいし高級品なのだろう。見回してみると中々に広い。正面には、先程から何かと気を使ってくれている桃色の髪の少女が座っている。

 見た目は可愛い少女だが、この幻想郷でこれだけの屋敷に住んでるという事は、この子も妖怪なのかな……?

 

 「……あら、可愛いだなんて嬉しいですね。はい、そうですよ、私も妖怪です」

 「あれ、俺の考えてた事がよく分かりましたね。ん、もしかして……」

 考えが読めるってことは、もしかして……?

 

 「悟妖怪ですか?」

 「はい、悟妖怪です。古明地さとりと申します」

 「あ、ご丁寧にどうも……」

 お辞儀されたのでし返す。……っていうか、俺は何故ここにいるんだろう?

 

 「貴方は地上から地底まで落ちてきてしまったようなの。で、倒れてたから死体だと思ってこのお燐が運んできちゃったみたいです」

 「あー……そういうことなんですか」

 見たところ、お燐と呼ばれたこの猫耳の少女も妖怪のようだ。猫耳だし猫尻尾だし。死体を集める、っていう妖怪で良かった……

 

 「ところで、お名前は?」

 「えっと、俺は……」

 「次郎さんって言うんですか、よろしくお願いしますね」

 「あっ、はい」

 そうか、悟妖怪だから俺が喋らなくても考えてる事が分かるのか……ん、ってことは口を開かなくても会話が成立するのか。楽でいいな。

 

 「……貴方は珍しい人ですね、私が悟妖怪って知った人は大体心を読まれるのを嫌がるんですど……」

 「ははは、まあそういう事を考える人って大体疚しいことがあるんですよ。俺、そういうのはないんで」

 「確かにそうかもしれないですね。知られたくないことがあるが故に、それを思い浮かべてしまう……」

 苦い表情をするさとりさんの表情から察するに、読心は制御の効かない能力であるが故、知りたくもない嫌な事を流れで知ってしまったこととかもあったんだろうか。いや、それこそ悟妖怪じゃない俺の何でもない適当な推察だから、外れてる可能性が大いに高いけど。……あ。これも聞かれてるのか。

 

 「……中々良い洞察力ですね、まあ正解です」

 「……心を読むっていうのは、良い事ばかりじゃないんですね」

 「そうですね。でも善人と悪人の区別もつくので、それはありがたいですかね」

 果たして俺はどちらに分類されているのだろうか……いや、まあどっちでもいいんだけどさ正直。

 

 「気になるなら教えましょうか?」

 「いや、大丈夫です」

 とは言ってもやっぱり気になるには気になる……いや、まあ気になるだけで知りたい訳では無いのだ。本当に。多分。

 

 「時間も遅いですし、今日はここに泊まっていくといいですよ」

 「何から何まですいません、じゃあお言葉に甘えて……」

 「お燐、案内してあげなさい」

 「はーい、じゃああたいに付いてきてねー」

 

 ――この時の俺は知るよしもなかった。まさかこの後あんなことが起こるなんて……まあ一つこの件で教訓を得られたとすれば、"100%純粋な善意はない"ということだろうか。

 


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