やんでれびより   作:織葉 黎旺

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十二。不可侵条約?んなもん知るか!

 「はあ……」

 何故だか知らんが、紅魔館にお邪魔して以来疲れが取れない。いたのはたった数十時間の筈なんだが……うーん。フランと遊んだりなんだりで密度は濃かったが、まあ意外と子供と遊ぶのは体力を使う、ってことか。腕を回したり肩を回したりしてると、店長に声をかけられた。

 

 「肩凝り腰痛目の疲れ……とかその辺かな?」

 「え?」

 「体の調子が悪いんだろう?恐らく。こう何度もため息を吐かれたりストレッチなんかやられると、流石に分かるよ」

 「あ、すいません……」

 本を読んだり変な骨董品を弄ってばかりいるように見えたが、思ってたより視野が広いようだこの店長……

 

 「時間も時間だし、今日はもう上がっていいよ」

 「じゃあお言葉に甘えて……」

 埃を被った掛け時計を見ると、時刻は午後三時。さっさと帰って休むかな、と思って立ち上がる。

 

 「じゃあお先に失礼しますー」

 「ああ、気をつけてね。――そうそう、疲れが取れないっていうなら温泉なんてどうかな?」

 「え?」

 温泉?人里に銭湯があるのは知っていたが……温泉なんて物もあったのか。

 

 「ちなみに何処にあるんですか?」

 「博麗神社だよ」

 「ええっ!?」

 お札を貰いに行ったりなんだりで、結構頻繁に通っているのだが――全く知らなかった。

 

 「頼めば入れてもらえるんじゃないかな?効能なんかは分からないけど、病は気からって言うしね。気分だけでも盛り上げるのは大事だよ」

 「そうですね……ありがとうございます、行ってみます!」

 

 香霖堂を出て二十分ほど歩くと人里に着く。そこから十分ほどかけて少し離れた我が家、更に十五分ほどかけると博麗神社に着く。いやー、移動してる時だけは魔理沙達みたいに空が飛べたらなあ……とか思う。

 

 なんやかんやあって、博麗神社着。

 暇そうに境内の掃除をしてた巫女を捕まえて、話しかけてみる。

 

 「あー、久しぶりね次郎」

 「うん、一週間ぶりくらいだな」

 「そろそろ来ると思って、御札なら用意してるわよ」

 「いや、今日は御札のことで来たんじゃないんだ」

 袖口から御札を取り出しかけた霊夢が、ん?と不思議そうに声を上げた。

 

 「じゃあもしかして……お賽銭かしら?」

 「それも違う」

 一瞬目を輝かせた霊夢は、一転して舌打ちした。なんだよ、何の用も無しに来ちゃいけないのかよ。いや用はあるけどさ。

 

 「只でさえ暇な人外が集まってくるんだから、あんたがいたらもっと寄って来るじゃないの」

 「神社に用があるわけでも霊夢に用があるわけでもないからその点は心配ないぞ?」

 「……あ、そう」

 何故かちょっと冷めた様子の霊夢。テンションの浮き沈みが激しいな。感情表現が豊かと形容しておくか。

 

 「店長に聞いたんだけどさ、博麗神社の近くに温泉が湧いてるんだって?」

 「あー、三百円ね」

 「え?」

 「入湯料よ」

 にっこりと素敵な笑顔で、掌を出した。まあ言われるだろうなと思って小銭は用意しておいたので、問題は無い。財布にはダメージが入ったが。

 

 

 

 さて、霊夢と別れて数分歩くと、確かに温泉が湧いていた。石で囲まれており、乳白色のお湯から湯気が立ち上っている。決して綺麗に作られている訳では無いが、これはこれで自然の露天風呂って感じが良いと思う。しかも誰一人入っていないというのが最高だ。こんな素晴らしい風呂を独占出来るとは。

 

 「でもとりあえず体を洗うか」

 いくら温泉があっても、こんな辺鄙な所に来る人も妖怪も居ないようで半裸で彷徨いても問題は無いようだ。そこら辺に流れてた川で体を洗う。万が一誰かに見られてたら問題だけど、まあその時は目撃者を消せば……いや何でもない。

 ちなみに今は水着姿である。誰も居なかろうと何だろうと屋外を全裸で動き回るのは辛いよね。

 

 「んー……冷たくてこれはこれで気持ちいいなあ」

 この水の綺麗な幻想郷で公害問題を起こす訳にもいかないし、石鹸で体を洗うことは出来ないのでバシャバシャと体に水をかけて、数分泳いで遊んだ後、上がって温泉へと向かう。乳白色の中に足を突っ込むと、冷たい水を浴びた後だからか中々熱く感じた。もう片足も突っ込んで、ゆっくりとお湯に慣れていく。

 

 「あつつつつつ……ふう……」

 肩まで浸かると、ようやく熱さに慣れたので体を伸ばしてリラックスする。

 

 「んぅぅ……はー………」

 上を見ると生い茂る木々と薄橙色に染まる空が見えた。森林浴しつつ温泉を味わえるとは、本当に贅沢だな。

 時間が気になってきたので時計を見ると五時五十五分。ファイズだな。初夏の今ならあと30分位は夜になるまで時間があるし、まあ万が一夜になってもこの辺の妖怪なら倒せる。多分。

 

 ということで暫し、この湯を思いっ切り楽しむ事にする。両手両足を大きく伸ばし、石に頭を置いてプカプカと湯の中に浮かぶ。本当に気持ち良いなあ。ちょっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………あ」

 ヤバイヤバイ、ちょっと寝ちゃってた。もう日は沈みかけていて辺り一帯暗くなってきてしまっている。慌てて着物を着て、元来た道を急いで戻る。さっきは妖怪くらい倒せるとかほざいたけど、別に好んで出会いたいものでもないし。まだ日が出てる内に博麗神社に戻って、とりあえず今晩は止めてもらうか――なんて考えていると、別れ道に出た。

 

 「えー…………」

 どっちから来たんだろう。右だろうか。左だろうか。割と本気で、ここで選択を間違えると死に繋がる気がする。

 

 「……まあこういう時は直感だよな」

 信じられるのは己の勘のみである。意を決して右に曲ガール。左か右かで言ったら右の方が好きだから右に曲がった。少し走ると若干見覚えのある道に出たので、少し安堵した。

 

 「……行灯とか持ってくればよかったなあ………」

 そろそろ完全に陽が沈む。ここからはほとんど直線だったはずだから問題は無いと思うが、それでも灯りがないのは不安だ。案の定、何かにぶつかって転んだ。

 

 「痛っ!?何だこれ、看板……?」

 はてこんな物来た時にあっただろうか、そう疑問に思って自分が道を間違えたことを悟った。今ならまだ間に合う、そう考えて走って戻ろうとしたが、タイミング悪くガサガサと草木をかき分けるような物音が聞こえた。

 

 「…………」

 音を出して位置を悟られないよう立ち止まったが、意味は無かったようだ。草むらから狼のような物が数匹飛び出してきた。何せ暗いのでよく分からないが、時期にもっと仲間も呼ばれるだろう。雑魚数匹なら倒せても、転んで折角治癒した筈の腰を痛めたし、どうにもならないだろう。

 

 「……はあ」

 死にたくないなあ、死にたくないなあ。生きていたい。ヤンデレ共に殺される最後は嫌だが、畜生の餌になるのはもっと嫌だ。囲まれる前に、少しでも逃げようと後ずさった。

 

 「…………あっ」

 後ずさり、後ずさり。そうしているうちに、地面が消失した。片足を踏み外して、その勢いで暗い暗い穴の中に落ちていく。

 

 「…………あー……」

 さっきの看板、『立ち入り禁止』ってことだったのか。

 駆け巡る走馬灯の間に、今更そんな事を理解した。


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