「こちらはムール貝のソテー、これがメインの松坂牛のシャトーブリアン、トマトと季節の野菜のスープ、ワインはロマネコンティのシャトーラフィットです」
「は、はい……ど、どうも……」
丁寧にお辞儀して、それでは、と離れていくメイドさんの後ろ姿を見ながら、小さくため息を吐く。説明だけでお腹いっぱいである。何故俺がこんな豪華な晩餐に招かれているんだろう。
「どうした?早く食べないと冷めるぞ?」
「あの……ど、どうして俺なんかがこんな素敵な晩餐に……?」
声が震えているのが自分でも分かった。俺の疑問に主人は一言、
「気に入ったからよ」
とだけ答え、食事に手を付け始めた。ボーッと眺めているのもアレだし、とりあえずスープを一口。
「……旨い」
トマトの酸味と、新鮮な野菜の食感がたまらない。続けてワインを一口。酒なんて皆同じような物だと思っていたが、これは別格だと一杯で悟った。ステーキは舌触りも良く、程よい脂身が旨い。歯応えもあり、噛めば噛むほど旨味が広がる。
「……ご馳走様でした。本当に美味しかったです」
「気に入って頂けたようで何よりだわ」
血のように紅いワインを飲み干し、お上品にシルクのハンカチで口元を拭うお嬢様。あれはワインだ、絶対にワイン。そう思っておこう。まさか俺の血を旨くするためだけにこんな料理を食べさせたわけじゃないだろうし。
「咲夜、デザートを」
「畏まりました」
いつの間にかお嬢様の傍にいたメイドさん――咲夜って名前だったのか――は、指をパチンと鳴らしたかと思えば、その手にデザートの皿を持っており、お嬢様と俺の前に一つずつ置いた。
「デザートのブラッドケーキでございます。ごゆっくり」
恭しいお辞儀の後、咲夜さんはまた姿を消した。一つ疑問が浮かび、小声でレミリア嬢に聞いてみる。
「……あの………」
「何?」
「まさかこのケーキ、血で出来てるとかじゃないですよね……?」
「………………」
失礼なのは承知で聞いたのだが、やはり癪に触る質問だったのか、少女は俯き、拳を握り締め震えていた。
「……………ぷっ、ははははははは!!いくら吸血鬼でもそんなものは食べないわよ!甘味は甘味で食べるのが一番。これは普通のケーキだから、何も気にせずに食べて」
「そ、それならいいんですけど……あの」
「ん?」
「どうして初対面の俺なんかを、急にここへ?」
「……デザートでも食べながら、ゆっくり説明するわ」
食べながら喋る、というのはマナーとしてはあまり良いものではないが、館の主が言うのだし、まあ俺自身大してそんなものは気にしないので、ケーキを食べ始めた。無論これも美味しい。
「私の能力は、『運命を操る程度の能力』。まあ完全に操り切れる訳ではないのだけれど、"見る"くらいなら容易だしそこそこ影響を与える事が出来る」
「おー……」
中々チートな能力だなあ。そんなことを思いながらケーキを食べ続ける。凄く美味しいので今度作り方でも聞きたい。というかおかわりが欲しい。
「まあその能力で運命を見たら、貴方の事をここに連れてくれば面白いことが起こりそうだったから」
「面白いこと……?それって」
一体、そこまで言う前に視界がぼやけた。世界が廻って見える。倒れるその直前に、妖しく微笑む
――ねえ
――――ねえってば
――起きなくていいの?
――――――早く、起きないと……※しちゃうぞ?
「うあぁっ!?」
魘されていたようだ。怖い夢でも見ていたのか、全身に嫌な汗が感じられる。かけられていた布団を蹴飛ばし、起き上がる。と、不思議そうにこちらを見つめる少女と目が合った。
「あれ……ここは……?」
「貴方、何?」
何、とは珍しい質問だなと首を傾げる。
「何って言われると、人間としか答えられないかな」
「ってことは、玩具ってことでいいの?」
何処か見覚えのあるようなリボンの付いた帽子と、ショートカットの金髪。背中に生えている七色の羽根が、この少女が何たるかということを、俺に悟らせた。
「玩具……ではないかな」
「玩具じゃないならいらないかな。美味しくもなさそうだし」
物を壊すように、何かを握りつぶすような動作をする少女の動きがスローモーションのように見えた。
――紅魔の主、レミリア・スカーレットの妹。フランドール・スカーレットは、七色の羽を持つ狂った吸血鬼らしい―――何処かで聞いたそんな噂を思い出しながら、
「ばいばい」
盛大な炸裂音と共に、爆ぜた。