この守銭奴に祝福を!   作:駄文帝

6 / 29
この檻の中に駄女神を

魔王の幹部の襲撃からは特に何事もなく、すでに一週間が経とうとしていました。

受けるクエストはジャイアローチ以外に出来そうなものもないので、ここ数日はカズマやめぐみんとルリ、二~三日前に実家から帰ってきたダクネスなどと共に暇を潰していたのですが、今日は少し違った事が起こりました。

 

「クエストよ!ジャイアローチ以外のヤツを受けましょう!」

 

アクアが急にテーブルを叩いたかと思うとそんな事をいい始めたのです。

あの後、カズマに呪いを解いたお礼として、食費はカズマに貸して貰っているはずなので、今は特に金に困っていないと思うのですが……なにか買いたいものでもできたのでしょうか?

 

「私は危険がなければいいですよ……他の皆はどうですか?」

 

「……問題ない……」

 

「私はかまわないが……」

 

そう言いながらダクネスが横に目をやると、そこには不満げなカズマとめぐみんがいました。

まあ、無理もありません。彼らはキャベツの収穫で懐が潤っています。

私の時のような雑魚モンスターが相手なら手を貸してくれるかも知れませんが、命の危険のある相手では手を貸してはくれないでしょう。

 

「お願いよぉぉぉおおお!!あと二~三週間もお金が入らないのよ!私だって買いたい物があるの!頑張るから!必死にやるから!だから手伝って!!」

 

アクアが鳴きながらそう叫ぶのを見てカズマとめぐみんは顔を見合わせました。そしてカズマは大きくため息をついた後に言います。

 

「しょうがねぇな……わかったよ。それほど難しくないクエストなら手伝ってやるよ。一緒にクエストを探しに行くぞ」

 

カズマが椅子から立ち上がり、アクアを連れて掲示板の方に向かっていきました。

それにしてもアクアは先ほどまで泣いていたのに、カズマが手伝うといった瞬間に笑顔になりました。なんと言うか……喜怒哀楽の激しい人ですね……

 

私がしばらく遠目で掲示板の前に立つカズマとアクアを眺めているとめぐみんから声を掛けられました。

 

「マナはカズマとの付き合いは長いのですか?」

 

「そうですけど……どうしたんですか?」

 

「いえ……二人とも互いの性格を知っているみたいなので気になったんですよ」

 

「まあ、彼とは互いに三歳の頃から付き合っていますからね。気の知れた相手と言うか……相棒みたいなものですよ」

 

昔の事を思い返してみると、カズマとは色々な事を一緒になってやってきたと思いました。あるときは私の金儲けに協力させたり、またあるときは彼の復讐の計画などに手を貸したりなどと……彼が引きこもりに成った後も休日は家に遊びに行ったりもしましたね。

 

中学の頃のクラスメートには私達の関係を夫婦と言っていた人も居たくらいは仲が良かったですし……もっともクラスメートが勝手に言っていただけで当時の私には彼に対する恋愛的な愛情はありませんでした。

それを伝えるために、さすがの私も友人としてならいいですが婚約者にあんな鬼畜な男はお金を積まれない限りは選ばないとクラスメイトに返した結果、それがカズマの耳に入ってしまったようでメチャクチャ怒られました。

あれは今でも夢に見るくらい怖かったです。

 

私が過去の思い出を思い出し恐怖に震えていると、ダクネスが私に声を掛けてきました。

 

「相棒と言うことは、何か二人でやった事でもあるのか?」

 

「色々な事をやりましたけど……二人ともまだクエストを決めているみたいなので、一つや二つくらい話しますか?」

 

「ぜひ、お願いします」

 

「……聞きたい……」

 

めぐみんもルリも興味津々のようですね。ダクネスも頷いていますし……でも何を話せばいいでしょうか?結構な数を彼と一緒にやって来ましたから、多すぎて悩みますね。

彼女達の期待を裏切りたくないですし……そうですね、初めてお金を稼ぎに山にクワガタを取りに行った時の話でもしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「依頼は決まった……って、どうして俺から後ずさるんだ」

 

受けるクエストが決まったのかカズマとアクアがこちらに戻ってくると、ダクネスとめぐみんが椅子から立ち上がり後ずさりをします。

カズマがその二人の行動の意味を理解できず疑問を感じているとめぐみんが恐る恐るカズマに尋ねました。

 

「カズマ……昔、ウデムシなる気持ち悪い昆虫が自分の方に向かってきた時、マナを盾に使ったと聞いたのですが……本当ですか?」

 

「確かにしたのは事実だが……マナは身体に上っていく虫を喜びながら捕まえたし、むしろお礼を言われたくらいだぞ」

 

だって、あの虫売ると二千円くらいの値段がするんですよ。二千円が自分から私の元に駆け寄ってくるなど喜ばずしてなにをするんですか?私には喜ぶ以外の感情は理解できないですよ。

そういえば、後になって調べたらあの虫、日本には生息していないみたいです。たぶん、売り物のウデムシが逃げ出したり、捨てられたりしたものが繁殖したなどの理由だとは思いますが……

まあ、お金になるので、そんな事はどうでもいいんですけどね。

 

「カズマ……お前がどさくさにまぎれてマナの胸を触ったと私は聞いたのだが……」

 

「それはマナが底なし沼にはまって、そこから抜き出す際に抱きかかえた時の事だろ」

 

あっ!!

そういえばそうでした。私がオニヤンマに夢中になって底なし沼に落ちてしまって泣いていた時に助けて貰った際に何度か触れられたのでした。いや、胸を触られたとの事実だけが記憶に残って、そうなった経緯までは忘れてしまいました。

カズマには少し悪い事をしたかもしれません。

 

「そうなんですか……少しホッとしましたよ。それにしても昔から性格は変わってないんですね……」

 

「ああ……人の仕掛けた虫取りの罠にかかった虫を平気で取ったり、その時に捕まえた蝶のような蛾を恨んでる相手に渡したり、よくそんな事ばかりを考えつくな」

 

「……三つ子の魂百まで……」

 

ルリの言葉が的確にあらわしていますね。今になって思えばその頃から卑怯な手や姑息な手の鱗片を見せ初めていましたよ。もっともあの頃は狡賢い程度で済んでいたんですがね……

一体どうしてこんな風になってしまったのでしょう。親が泣いてましたよ。

 

「そんなことよりだ!受けるクエストが決まったからコッチにきたんだ」

 

「なにを受けるのですか?」

 

「ふふん。これよこれ」

 

アクアが自信有りげに見せびらかす依頼書を受け取ってみてみるとそこには湖の浄化と書かれていました。

詳細を見ると、街の水源になっている湖の水質が悪くなってブルータルアリゲーターと呼ぶモンスターが住み着き始めたので、早急に湖の浄化をして欲しいとのことでした。

 

「私は別に構いませんよ……でも浄化魔法を覚えたプリーストが必要なみたいなのですが、アクアは覚えているのですか?」

 

「それに、アクアが覚えていたとしても問題がありますよ。魔法による浄化が始まればブルータルアリゲーターが黙っていません。一度きりなら私の爆裂魔法でどうにかなりますが、再び襲撃してきたら、今のカズマとマナでは集団は相手には出来ないですし、ダクネスでもかなりの数で責めて来られたら、アクアまで守ることは出来ないと思います」

 

ダクネスがめぐみんの言葉に反応して頬を赤く染めてぶつぶつと何かを言っています。きっとブルータルアリゲーターによってたかられる自分を想像したのでしょうね。

 

変態の事は放っておいて、どうしましょうか?私やカズマでは勝てない相手と戦うかもしれないのなら危険すぎます。報酬は三十万と良いのですが……諦めるしかないのでしょうか。

 

「そこら辺は心配するな。アクアは浄化の魔法が使えるし、水を身体に触れただけで浄化する特殊な体質をもっている。それにブルータルアリゲーターの方は俺に策がある」

 

カズマがニヤリと不気味な笑みを見せながらそう言っているのを見て、私は軽く背筋が凍る感覚に陥りました。彼があの顔をするときは決まって普通の人には思いつかない非道な作戦を決行します。

でも今回は、その被害にあうのは、おそらくアクア一人ですので、良しとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……カズマさん。私、見世物にされる貴重なモンスターの気分なんですけど……」

 

「心配するな、お前に貴重性なんてないから」

 

「なんですって!?今すぐここから出しなさい!この男に天罰を食らわせてやるわ!!」

 

街から少し離れた所にある大きな湖。

そこから少し離れたところでアクア居ました……希少なモンスターを捕まえておく檻の中に入れられていますが……

 

アクアは水を浄化できるのですが、それをするには水に触れていないと駄目らしいそうです。でもそれではブルータルアリゲーターの餌食になってしまうのは間違いないでしょう。

だからカズマはモンスターを捕獲するための頑丈な檻の中にアクアを入れる事で彼女をモンスターから守ろうといった考えなんでしょうが……本来は捕まえて置くための檻を守ることに使おうとするなんて、よくそんな事を考えつきますよね。

 

ともかく、この作戦なら私達は特に何もする必要もありません……しいて言えば、もしアクアに危険が迫った際に、鎖を使って檻と繋いである馬を使って、檻ごとアクアを救出する事ぐらいでしょう。

檻に入れられているアクアの心情を除けば完璧といえる作戦ですね。

 

「……うらやましい」

 

「ダクネス、今、うらやましいって言ってませんでしたか?」

 

「……言ってない」

 

でしたら、なぜ顔を赤らめているのですか?なぜ息が少し荒かったのですか?

もう慣れてきたんで何も言いませんけど色々な意味で手遅れですね……

 

その後、私達は檻の中に入ってアクア改め、水質浄化装置(カズマ命名)を湖の中に入れ、アクアによる湖の浄化が終わるまで待つことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで革命です」

 

「……こんな終盤で……」

 

「まさかマナがそんな手札を残しているなんて……」

 

ふふふ、皆して終盤にラッシュを掛けるために強い手札を残して居た様ですが、私の仕掛けた革命によって強さの順序は逆になりました。革命を見越して弱い手札を温存していた私に弱い手札を序盤に切り捨てた者達に勝ち目などありません。

屈辱に満ち溢れた顔でパスをしていくめぐみんとルリ……一人だけ悦楽の表情でパスをした者も居ましたが……なんと言うか……簡単に予想できました……

 

ともかく、これで後はカズマがパスをすれば私のラッシュが決まって勝利へと突き進む事が出来るでしょう。

 

「ねぇねぇ!!皆!私の事を忘れてない!さっきからブルータルアリゲーターに群がれて檻がミシミシいってるんですど!今にも檻が壊れそう勢いなんですけど!お願いだから大富豪をやってないで私の話をきいて!!」

 

アクアの叫び声が聞こえて来たのでそちらに振り向くとそこには、何処から現れたのかと聞きたくなるくらいの大勢のブルータルアリゲーターに襲われているアクアの姿は目に入りました。

いけません……ゲームに夢中になってアクアの事を忘れていました。カズマが時折、後ろを見ていたのはそのためだったんですね。

 

「アクア!無理ならそう言えよ!すぐに馬で引きずって助け出すから!」

 

「い、いやよ!報酬がもらえないと何も買えないじゃない!ああああっ!今、メキッていった!聞こえてはいけない音と共に檻が少し曲がった!!」

 

アクアが泣き喚きながらも必死の浄水の魔法を唱えて水質の浄化をしていきます。水の色は先ほどよりは良くなったとは思いますが、まだまだ濁っていますね。

濁りぐあいを見るにここから三時間以上の時間はかかるんじゃないでしょうか。今は始めてから三時間ほどたっているので残り半分くらいですね。

 

「アクア!そんなに金が欲しいなら少しくらいなら貸してやるぞ!!」

 

「そんな事はクエストを受ける前にいってよ!ここまで頑張って引き下がれる訳ないじゃない!!」

 

さすがのカズマも今のアクアの境遇には同情を禁じえないのか、お金を貸してあげると何時ものカズマならけして言わないことまで口走っています。

まあ、私も鬼ではありません。この光景も見たらトゴをトサンくらいにまけてしまうかもしれませんね。

 

「ともかく、危険があったらすぐに知らせろよ!!」

 

カズマがアクアにそう叫ぶと私達の方に向き直りました。勝負を再開するみたいですね。

 

「カズマ、早くパスをしてください。すでに皆が弱い手札を使い切っていることは知っています……もう貴方に勝ち目はありませんよ」

 

カズマの手札は六枚と一番少ない枚数ですが、彼の運の良さとこれまで出していた手札を考えると、そのほとんどは強い手札……革命の起きた今では無力な手札に等しいです。

 

私が勝ちを確信してほくそ笑んでいると、カズマは不敵な笑みを浮かべ始めました。

馬鹿な!!ここから逆転出来る手段があるというのですか!?

 

「マナ、お前は俺の運のよさはわかっているはずだ……それなのに、まだこの場に一枚も出た事のない手札を見逃していないか?」

 

カズマが取り出したのは三枚の四のカードとそして一枚のジョーカー……

 

や、やってしまいました!私の手元には一枚の四のカードがあったため五のカードによる革命の革命返しなど考えていませんでした!

で、でもこれはマズイです……今の私の手元には弱いカードばかり……革命を前提にした手札しか残っていません。

 

他に四枚のペアを持っている者などいるわけもなく、次々にパスとなり、カズマが次の手札を出す事になりました。

 

「誰に勝ち目がなかったのかな?」

 

憎たらしい顔でそんな事を良いながらカズマは残った手札……Aの札を二枚置いてあがりとなりました。その後は、弱い手札しかない私に勝ち目などなく大貧乏になってしまいましたよ。

その後も何度も挑み続けましたが、カズマが大富豪、私が大貧乏という結果は変わることがありませんでした。腹いせにスピードでステータスの差を使ってカズマに手出しできない速さでトランプを置きまくってやりました。

 

「ねぇ!私の事を忘れてない!!お願いだから返事をして!ああっ!檻の間に身体をよじらせて侵入しようとしてきてるんですけど!ワニの癖に無駄に知恵をつけ始めてるんですけど!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

アクアによる湖の浄化が始まって七時間後、ようやく湖の浄化が終わり、先ほどまでアクアの入った檻に群がっていたブルータルアリゲーターも山の方へ泳いでいきました。

これで無事に依頼完了……とはならず、ある問題が発生しました。

 

「アクア?大丈夫ですか?返事をしてください!」

 

私は声を張り上げますが、アクアからの返事は一向に返ってくる気配がありません。

そう、問題とはアクアとの連絡が一切取らなくなったということです。

 

浄化の終わる一時間前ほどから、アクアの声が聞こえなくなってしまったために、私達もゲームを中断して今にいたるまで何度も声を掛けています。しかし今の所、返事は一つも返ってきません。

水が浄化されていた事を考えると死んではないと思いますが心配です。

 

私とカズマがアクアの安否を確認するために檻に近づくと、檻の中に体育座りをしているアクアを見ることが出来ました。

見たところ怪我もしていないようなので一安心です。

 

「アクア?大丈夫か?ブルータルアリゲーターなら、もう何処かにいったぞ」

 

カズマが声を掛けますがまだ反応はありません。

一体どうしたのでしょう?とりあえず私達はさらに近づき檻のすぐそばまで来ました。

 

「……ぐす……ひっく……えっく……」

 

私達が檻の間から覗き込むとそこには顔を俯かせて泣くアクアの姿が……

自分に襲い掛かってくるブルータルアリゲーターが相当恐かったようですね。泣くくらいなら素直に止めればいいと思いますが……お金が欲しかったんですね。その気持ちは共感できます。

 

「ほら、浄化が終わったなら帰るぞ。今回の報酬は皆で話しあった結果お前一人に渡す事になったから、報酬の三十万はお前が全部持っていけ」

 

水の浄化が終わる二時間前ほどにカズマが急に今回の報酬をアクア一人に渡さないかと提案をしてきたのですが、ほとんどの者がそれを承諾しました。

しかし、たった一人だけ承諾せずに駄々をこねる空気の読めない者がいました。……まあ、私なのですがね。

 

いや、だってお金を貰える機会をドブに捨てるような行為を承諾できるわないじゃないですか。皆に物凄い軽蔑した目で見られましたが、それでも私はお金を受け取るといい続けました。

その結果、最終的に勝負で決着をつけることになり、ババ抜きでカズマに負けてしまったので承諾するハメになりました。

 

やはりあの時、右じゃなくて左を選ぶべきでした。

 

ともかく、報酬の事をカズマがアクアに告げると彼女の肩がピックと動きました。

どうやら声は聞こえているようです。しかし何時まで立っても彼女は檻から出る気配を見せません。

 

「……このまま連れていって……」

 

アクアの小声がかろうじて聞こえましたが……このままとはどういった意味でしょう?

 

「大声でもう一回言ってくれ」

 

「……檻の外の世界が恐いから、このまま街まで連れてって」

 

どうやら彼女は、巨大カエルや巨大ゴキブリに続き新たなトラウマを植えつけられてしまったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドナドナドナドーナー……」

 

「……お、おいアクア?もう街中に来てるだから大丈夫だろ?恐いなら入ってても良いが、せめてその歌は止めてくれ。クリスやマナの件があって、ただでさえ厳しい街の人の視線がさらに厳しくなって来てるんだが」

 

「嫌よ。そんなに周りの視線が痛いなら貴方もこの檻の中に入るといいわ。さすれば汝が恐れる全ての災いをこの檻が守り通す事を保障しましょう」

 

「おい!?しっかりしろ!!お前は水の女神から檻の女神にジョブチェンジするつもりか!?アクシズ教徒じゃなくて世界中の囚人から信仰を集めるつもりか!?とっととそこから出て正気を取り戻せ!!」

 

先ほどからアクアの入った檻を馬で引きずりながら冒険者ギルドを目指しているのですが、檻の中にアクアが入っているためその歩みはかなり遅くなっています。

まあ、それは別にいいのですが、アクアは大丈夫でしょうか?先ほどからとても正気とは思えない事を口走ったりしているのですが……ここまま行くと二度と檻から出ないといった事を言いそうで心配です。

 

仮にもしそうなったら、腕力に自信のあるダクネスや小柄な体格にも関わらずダクネス以上の腕力を誇るルリの二人で無理矢理檻から引きずり出すしかないのでしょうが……そうなった際のアクアの精神状態に若干の不安があります。そんな事にならないといいのですが。

 

「め、女神様!?女神さまですよね!?そんな所でなにをしているんでですか!?」

 

私がアクアの身を案じていると、急に叫び声を上げた男がアクアの入った檻に近づくと鉄格子を掴みました。

そしてその男はモンスターを入れるために作られた頑丈なはずの檻をいとも簡単に捻じ曲げ、中に入っているアクアに手を差し伸べました。

 

何も知らない人から見るとこの男は囚われの身になった姫様を救い出す勇者様に見えなくもないのですが、事情を知っている私達から見れば余計な事をやってくれたといった感じです。今のアクアは精神的に参っていて、仲間以外の生き物は全てが敵に見ているはずです。

そんな状態の時に檻を破ったりすれば……

 

「女神さ……げっふっ!!」

 

「きゃぁぁぁあああっ!!カズマさん!敵が!モンスターが檻を破って!!」

 

「アクア落ち着け!そいつは今自分の手でぶっ飛ばしただろ!」

 

ほら、予想通りの結果になりました。

アクアにアッパーカットを見事に決められた男は宙に浮かんだ後、重力に引かれて地面に叩きつけられました。

しかし、たいしたダメージにではないのか顎をすすってその男が立ち上がります。普通なら脳震盪くらいは起しそうなものなのですが……

とにかく、その男はアクアと彼女を宥めているカズマに近づいて行きます。

 

「カズマさん!まだ生きてるんですど!死んでないんですけど!!」

 

「だから落ち着け!あいつはお前の事を女神様って言ってたんだぞ!お前の知り合いだろ!?本当の女神ならどうにかしてみろよ!]

 

「女神?……ああ、そうだたわね!たく、女神である私がいないと何も出来ないんだから。しょうがないわね。ここは女神である私に任せなさい!」

 

女神といった瞬間、首を傾げたアクアでしたが、暫くすると、何時もの調子を取り戻し、檻から自分の足で出てきました。そして檻を捻じ曲げた男と向かい合っていいました。

 

「あなた……だれ?」

 

アクアの知り合いではないのですか……でもアクアの脳内設定の女神であるという事を知っていることを考えると知り合いだと思いますが……

アクアが忘れてしまったのでしょうか?

 

「何を言っているのですか!?僕ですよ!御剣響夜ですよ!貴方に魔剣グラムを頂いた、御剣ですよ!!忘れてしまったのですか!?」

 

アクアは未だに思い出せないのか首を捻って考えて込んでいます。

 

しかし、私にはとても気になる言葉をこのミツルギと名乗った男は言いました。一番最初に気になったのはこの男の名前です。どう考えても、御剣響夜と言う名前は日本人の名前にしか思えません。その後に魔剣グラムを頂いたと言っていた事を考えると、何者かが女神を特典にする前に転生した転生者で間違いないでしょう。

 

そして次の気になった事は特典をアクアから貰った言っている事です。もし仮にそれが事実なのであれば、アクアは脳内設定の女神ではなく本物の女神だということになります。

となれば、彼女を特典として連れてきたのはカズマと言うこといになります。てっきり私と同じで特典なしで来たと思っていたのですが……今になって考えると私と違ってステータスの優遇はされてないに等しいですね。

 

「カズマ?あの……アクアって、貴方が特典として連れてきた女神なのですか?」

 

「そうだが……ああ、そういえば言ったなかったな」

 

私の想像が当たってしまったようですね……

 

それにしてもアクアが本物の女神だったとは、今までの事を思い返してみるとそれに気づけそうな言動がいくつかありましたね。でもアクアの性格が私の想像の女神とかけ離れすぎているので想像すらも出来ませんでした。

あの天使が頭を抱えていた理由が理解できましたよ。彼女が上司になるなんで一種の罰ゲームだと思います。

 

「ああっ!いたわね、そんな人が居たのを思い出したわ!ごめんね、一日に十数人も捌かない行かないからすっかり忘れてたわ!」

 

まあ、一日に十数人も会わないといけないのならば忘れてもしょうがないと思いますが……それを本人のいる前で言うのは駄目だと思いますよ。ミツルギの顔も若干引きつっているじゃないですか。

 

「ええっと、久しぶりですアクア様。貴方に勇者として選ばれてこちらの世界に来てから、日々頑張っていますよ。職業はソードマスターで、もうレベル37になりましたよ。ところで、アクア様はどうしてこんな場所にいるんですか?というか、どうして檻の中に入れられていたのですか?」

 

そう言いながらミツルギはカズマの事をちらちらと見ています。

彼がアクアを檻の中に入れたと思っているのでしょうか?まあ、普通はそう見えなくもないでしょう。

それと勇者って……恐らくアクアが異世界に送る際に適当な事を言ったのでしょう。忘れていた事を踏まえるとかなり適当に言ったんでしょうね。

 

カズマはミツルギとアクアの間に入って事情の説明を始めました。

そして説明が終わるといきなりミツルギはカズマの胸ぐらを掴み上げました。

 

「馬鹿な……なんて事を考えているのですか!?女神様をこの世界に連れてきた!?そしてその女神様を檻に閉じ込めて湖に浸けるなんて……君はアクア様を何だと思ってるんだ!!」

 

何を怒っているのでしょうか?

たしかに女神を連れてきた事には問題があると思いますが、他の事には一切カズマは非はないと思います。そもそもお金なくなったのはアクア自業自得なのですから、彼女以外の誰にも非があるわけはありません。

 

それを見たアクアが慌ててそれを止め、カズマとミツルギを引き離します。

 

「ちょっと待って!私はここに来てからそれなりに楽しい日々を送ってるし、ここに連れられてきた事もほとんど気にしてないわよ。それに、魔王を倒せば帰れるらしいし、今回のクエストなんて、三十万も貰えるのよ!カズマの作戦で怖い思いをしたけど、結果として怪我一つしてないし、恨むどころか感謝してるくらいよ」

 

それを聞いたミツルギはアクアに憐憫の眼差しを向けて言います。

 

「アクア様、どんな事を言われたのか知りませんが、今のあなたの扱いは不当ですよ。そんあ目に合ってたったの三十万……貴方は女神なのにそんな……。ちなみに今は何処に寝泊りしているのですか?」

 

三十万が少ないとはこの男はどんな神経をしているのでしょうか?

三十万を一人で手に入れることなんて、こんな初心者の街ではキャベツの収穫を除けば不可能に近いでしょう。理由としては、まずそんな高額な依頼がそもそもない事と、あったとしても難易度が高すぎて成功する事が不可能な事が上げられます。

 

それにも関わらず、随分と大層な事を言ってますね。この男……

 

「えっと、皆と一緒に、馬小屋で寝泊りしているけど……」

 

「は!?」

 

ミツルギはとても信じられないと言った表情を浮かべた後、再びカズマに詰め寄り胸ぐらを掴みあげようとします。

 

何をこの男は怒っているのでしょう?

駆け出しの冒険者が馬小屋を借りて寝るのは普通のはずです。この街の他の冒険者を同じ事をしています。それに怒るなど同じ暮らしをしている私まで馬鹿にされた気分です。

さっきカズマに怒った事といい、この男は若干頭がおかしいのではないでしょうか。

 

私がカズマとミツルギの間に入る前にダクネスが割って入りました。

 

「おい、いい加減にしろ。先ほどからなんなんだ?カズマは何もおかしな事をしてないだろ。それなのに、お前は胸ぐらを掴みあげたり……失礼にも程があるだろ」

 

物静かダクネスが珍しく怒っていますね。

その後ろにいるめぐみんやルリも怒っているようで、ルリはロープを構えて『バインド』の準備をしていますし、めぐみんは爆裂魔法の詠唱を初めて……それは駄目です!

 

私が急いでめぐみんを止めようとすると、彼女は少し不満げに詠唱を止めてくれました。

それにしても、めったに怒らないダクネスやルリまで怒らせるとは…………まあ、気持ちは分かります。いきなり現れた男が意味不明のいちゃもんをつけ始めたのです。普通の人は怒りますよね。私も軽くですが怒っていますし。

 

一方のダクネスに邪魔をされたミツルギは私達を興味深そうに見つめてきました。

 

「クルセイダーにアークウィザード、それにソードマスターにアサシン……それに随分綺麗な人達だね。君はパーティメンバーに恵まれているのに、馬小屋なんかに寝泊りさせて恥ずかしくないのかい?職業も先ほど聞いた話では冒険者らしいじゃないか。そんな職業じゃ大して役にもたってないのだろ。だったら彼女達にそれなりの生活をさせてやるべきじゃないのか?」

 

それを聞いたカズマはアクアに耳打ちします。

 

「なあ、この世界の冒険者って馬小屋を借りて寝泊りするのが基本だろ?なんでこいつはこんなに怒ってるんだ?」

 

「きっと、彼には特典に魔剣をあげたから、そのおかげで高い難易度の報酬のいいクエストを最初から受けまくったんじゃない。だからこの世界に来てから苦労なんてしなかったのよ。まあ、特典に装備や能力を貰った人間なんて、大体はそんな感じよ」

 

なるほど、そういった事情があったのですか……

でもそれを聞いた私は目の前の男を殴り飛ばしたいくらいに腹が立ってきました。だって、今目の前の男が言っている事は、裕福な家に生まれた子供が貧しくて空腹に喘いでる子供に、なぜ店に行って食べ物を買わないんだと言っているようなものですよ。

 

特典を貰った事は別にいいですが、それが当たり前のように考えて持ってない者を見下すなんて許せるわけがありません。

 

しかし、だからと言って手を出すわけにはいきません。私が歯を食いしばって必死に怒りを収めようとしていると、ミツルギは私達に同情の視線を向けてとんでもないことを口走りました。

 

「今まで苦労してきたみたいだね。これからは、僕と一緒に来るといいよ。馬小屋なんかには寝せないし、高級な装備を買い揃えてあげよう」

 

話を聞くかぎりは待遇はかなり良いみたいですが、私の答えはついて行かないで決まっています。

でも他の仲間達はどうでしょうか?

私はアクア達の方に耳を立てます。

 

「ちょっと、ヤバイんですど。あの人、勝手に話を進めるし、ナルシストも入っていてヤバイんですけど。正直もうこれ以上関わりたくないんですけど」

 

「……ここまで腹が立ったのは始めて……」

 

「ああ、なぜかあの男だけには私も無性に腹が立ってきた。普段は責められるのが好きな私が始めて相手を責めたくなってきたのだが……」

 

「いいですよ。ダクネスやってくるといいです。ダクネスがぶん殴った後に私が爆裂魔法を決めて止めを刺してやりますよ」

 

どうやら、あちらはミツルギをどうやって始末するかまでに話が行っているみたいですね。

ルリなんかは攻撃できないため、一切使っていないナイフを握りしめています。このままだと、ミツルギが初めてルリの暗殺の手に掛かった生き物になりそうです。

 

「カズマ……その男は無視していきましょう。私でも億単位を詰まれないとその男について行く気にはなれません」

 

「マナの言う通りよ。私が特典を渡しておいてなんだけど、その男には金輪際関わらない方がいいと思うの。早く報酬も貰いたいし、その男の事は無視しましょう」

 

私とアクアの声に耳を傾けたのか、カズマは全員がミツルギのパーティに入る意思がないことを伝えると、ギルドの方に向かおうとしたのですが……

 

「どいてくれますか?」

 

目の前にミツルギが立ち塞がりました。

この男……アクアを助けるヒーローにでもなりたいのでしょうが、肝心のアクアはその行為に腹を立てていますよ。他の仲間に至っては殺気立ち初めてますよ。

もう少し空気を読んだほうがいいのではないでしょうか。

 

「君には悪いが、僕に魔剣を与えてくれたアクア様を、こんな場所に放って置くわけにはいかない。君はこの世界に来る際に持ってこれる『物』としてアクア様を選んだんだよね」

 

なんか話の先が見えてきました。テンプレ通りに行けばミツルギの言う私の予想したもので間違いないでしょう。

しかしどうしましょう……もしそうなったら特典持ちのレベルの高い上級職に勝てる手段なんて……

 

私がどうするか考えているとカズマは私にアイコンタクを送ってきました。彼は私に視線を向けた後、その後にルリにそしてミツルギの後ろに向けました。

それで大体の作戦の内容はつかめましたが、よくそんな事を思いつきますね。とりあえず私は分かったと頷くとルリを近くに呼び寄せて耳打ちをします。

それを見たカズマはミツルギに向き直りました。

 

「そうだが……」

 

「なら、僕と勝負をしないか?もし僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ、仮に君が勝ったら何でも好きな事を聞いてやろうじゃないか」

 

「やってもいいが……マナが言うには俺は卑劣で陰湿や奴らしい。どんな負け方をしても卑怯とか言うよ」

 

「もちろんさ。どんな手を使ってもかまわない「なら乗った!!」え!?ちょ……」

 

カズマはミツルギが言い終わる前に鞘が付いたままの剣を取り出すと襲い掛かりました。

しかし、相手はレベルが高い事もあってか、すぐに自分の剣を鞘から抜き出してカズマの剣を受け止めようとします。

ですがこんなことはカズマにとっても予想の内なのか焦ってはいません。彼は剣を持っていない左手を剣と剣がぶつかる寸前に突き出して……

 

「『スティール』ッッッ!!」

 

そう叫ぶと同時にカズマと手にはミルツギの魔剣がありました。

『スティール』ってそんな使い方も出来たんですね……

 

ともかく、カズマの剣を防ぐ物がなくなったミツルギは、それを防ぐ手段などあるわけがなく、彼の振りかぶった剣がミツルギの頭を強打しました。

頭を激しく打ち付けられたミツルギは、倒れそうになりますが、何とか持ち直してカズマから距離を取ります。

 

「くっ……まだだ……僕は負ける訳には……」

 

まだ意識があるのですか……

さすがはレベルが高いだけのことはあります。少しふらついているようですが、レベルの差を考えるとカズマに勝つ可能性は十分にあるでしょう。どうやら私の出番のようですね。

 

「待っていてください女神様……この卑劣な男の手から「えっい」がっふ……」

 

勝負をしているにも関わらずアクアに余所見をしているミツルギの後頭部を、私は剣の柄で思いっきり打ち付けました。するとミツルギは私の姿を信じられないと言った目で見ながら、情けない声を上げて地面に倒れました。

 

そして、それを見ていたアクア達は驚きの表情で、私とその隣に申し訳なさそうに立つルリを見ています。

そんなにおかしなことはやってないと思いますが?私ただカズマの指示に従って、ルリの隠密スキルを使ってミツルギとカズマが話している間にミツルギの後方に移動しただけです。

一対三なんて卑怯と思う人もいるかも知れませんが、圧倒的にレベルが下であろう相手に勝負を持ちかけるほうが卑怯だと思います。

そして何よりも、カズマから多少のお金がもらえますしね。お金が貰えるのならばこの程度の事なんて目を瞑りますよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、卑怯者!貴方に倫理とか人として大事なものはないの!」

 

「最低よ!正々堂々と勝負を出来ないの!こんな勝負なんて無効よ!」

 

ミルツギの仲間である二人の少女に責められるカズマですが、彼は気にも留めていません。まあ、卑怯とかは日本にいた時から言われてますしね。その程度の言葉では傷つきもしないでしょう。

 

「何が卑怯なんだ?俺は最初から卑劣で陰湿だと言ってじゃないか?それなのにソイツはどんな手を使っていいって言ったんだぞ。それに一対三がどうしたんだ?俺もソイツも一言でも一対一でしようだなんていったのか?俺は言った覚えも聞いた覚えもないな、そもそもモンスター相手じゃ多対一なんて普通じゃないか?なにかおかしなことなのか?」

 

下種な笑みを浮かべながらそう言い放つカズマ……言っている事とやった事を踏まえると完全に悪役ですね。

手を貸した私が言っていい事ではないと思いますが、そう思わずにはいられませんよ。

 

「それじゃあ、俺の勝ちって事で……そいつは何でも言う事を聞くて言ったよな。じゃあ、この剣を貰っていくな」

 

カズマはミツルギの魔剣を持つと、ギルドの方へ足を向けました。しかしそこにミルツギの仲間の女性2人が立ち塞がります。

 

「馬鹿なこといってんじゃないわよ!しかも、その剣はキョウヤ以外は使いこなせないわよ!」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、そうよ。その剣は残念だけどそこで伸びている頭の痛い人専用よ。その人が使えば岩だろうが簡単にきれちゃうけど、カズマが使ってもそんな力はだせないわ。精々、他よりは切れ味のいい魔剣ってところじゃなかしら。まあ、売ればそれなりの値段にはなると思うわ」

 

特典って誰にでも使える物ではないのですね。

でも、よくよく考えると誰にでも仕えるチートな装備が大量にあったら、それこそ世界の危機にでもなりそうですね。よく考えられていると言うか……少なくとも特典の事を考えたのがアクアではないことが分かりました。

彼女はそこまでは頭が回りそうにありませんからね。

 

「カズマ。いらないのでしたら私にください。それで今回手伝った報酬にします。お金でもいいですが……どうしますか?」

 

「使えないのを持っててもしょうがないしな。やるよ」

 

カズマが鞘に入った剣を私の方に放り投げてきました。私をそれを手に取ると思わず笑みを浮かべてしまいました。

この剣どうしましょうか?少なくとも私の今持っている剣よりはよさそうですし、それならば売ればそれなりの値段になるでしょう。自分を強化するかお金を手に入れるか悩みますね。素直にお金を手に入れても言いですが、自分を強化すれば難しいクエストに……あっ!!それは無理です。このパーティーがそんなクエストにいけるはずがありません。

素直にお金に変えるしかありませんか……

 

「じゃあな。ソイツが起きたら、自分から持ちかけた勝負なんだから、恨みっこなしとでも言っておいてくれ」

 

そう言ってミツルギの仲間の少女の合間を縫ってカズマはギルドに向かっていきました。それを見たアクア達も後に続きます。私も続くとしますか……

 

私が進もうとしたときでした。彼女達が私を通せないように手足を広げて道を塞いだのです。

 

「何をしているのですか?これは私は正当な権利で得た報酬ですよ。邪魔をするなら実力行使も辞さないですよ」

 

「あんな勝ち方認められるわけないでしょ。キョウヤの魔剣を返しなさいよ」

 

「そうよ、私達は退かないわよ」

 

面倒ですね……おそらく話し合いではらちがあかないでしょう。

仕方ありません。ここはカズマが何時も使う策を使用するとしましょう。

私は息を大きく吸い込んでから、声を上げました……

 

「お巡りさん!!変な女性に難癖をつけられて困っている儚げな女性がいますよ!!助けてください!!」

 

「すこし待っていてください!!すぐにそちらに向かいます!!」

 

すぐ近くに警察官が居るとは運がいいですね。これですぐに問題は解決に向かうでしょう。

なにせ、目の前にいる彼女達は私が叫んだ言葉を聞いて慌て始めましたからね。

 

「あ、あんたなんて事を言ってくれるのよ!」

 

「そんな事より早く逃げるわよ!」

 

これぞカズマ直伝の必殺技……困った時だけの国家権力ってやつです。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、警察に事情を説明した私は、街中で決闘した事を軽く注意された後、ギルドの酒場に向かいました。酒場ではカズマ達が料理などの注文をしたようでテーブルに料理を並べて待っていました。

 

「すいません。あのあとミルツ……なんでしたっけ?」

 

「もう忘れてしまったんですか。たしかミツラギだと思いましたよ」

 

「いや、めぐみん間違っているぞ。私の覚えではマクラギだと思った」

 

「お前ら、人の名前くらいちゃんと覚えておけよ。確か……ミツなんとかさんだと思った」

 

カズマ……貴方が一番覚えていないじゃないですか。

しかし、どうして名前が頭に入って来ないんでしょう。別に私は人の名前を忘れる癖はないと思いましたが……

 

「……ミツルギ……」

 

『あっ!』

 

ルリの言った名前に思わず声を上げてしまいました。

そうです。そんな名前でした。今度こそ名前を覚えておきましょう。まあ、二度と彼とは関わりたくないんですけどね。

 

「なんでよぉぉおお!!」

 

急に声が聞こえた方を向くとそこには、大声を上げて職員に掴みかかるアクアの姿が見えました。

何かあったのでしょうか?

 

「だから、檻を壊したのは私じゃないのよ!ミツルギって人が捻じ曲げたんだってば!なんでそれなのに私が弁償しないといけないのよ!!」

 

そういえば、あの男がアクアの入っていた檻を捻じ曲げていましたね。どうやらその弁償をアクアが受けているみたいです。

暫くの間粘っていたアクアですが、ついに諦めがついたのか、カウンターから離れると私達の方に向かってきました。

 

「あのね……あの檻、特別な方法で製造するから二十万もするんだって……だから報酬から差し引かれて貰えたのはたったの十万エリス……」

 

それを聞いた瞬間、仲間達が全員アクアに同情の視線を向け始めました。

泣きながらも必死に頑張っていたのにも関わらず、報酬を減らせれるなんて……しかも今回はアクアにはまったく非がありませんからね。一言で言えば運がなかったと言ったところでしょうか。

 

「あの男、次に会ったらゴットブローを食らわせてやるわ。そして檻の弁償を払わせてやるから!!」

 

アクアがそんな事を言いたせいなのでしょうか……

 

「ここにいたのか!?探したぞ佐藤和真に加藤麻奈!!」

 

ギルドの入り口にちょうどよくミツルギが現れました。

 

「佐藤和真に加藤麻奈!君達の事は街の人に聞いたらすぐに教えてくらたよ。なんでも君達の事は仲間の事を平然と切り捨てられる極悪非道の鬼畜のカズマや、仲間の命さえもお金に変える血も涙もない守銭奴のマナとか、色々と噂になっているそうじゃないか。おかげですぐにわかったよ」

 

「「おい、ちょっと待って、誰がその噂を広めていたか詳しく」お願いします」

 

とりあえずその噂を流した人物にはふくしゅ……ではなく話し合わなければいけません。どういった方法で話し合うかと言うと、その人物に首元に剣を突き立てている状況が理想……ではなくてきちんと向かい合って話すのが理想的ですね。

 

「アクア様、この男から魔剣を取り戻して、魔王を倒す事を誓います。ですから、僕と同じげばっ!?」

 

アクアに無言でぶん殴られ、宙に飛ぶミツルギ……まあ、あんな事を言っていた後に来ればそうなりますよね。

 

アクアはなぜ殴られたのか理解できないでいるミツルギに近づくとその胸ぐらを掴みあげました。

 

「ちょっと、あんたが檻を壊したせいで私が弁償するハメになったんですけど!どうしてくれるのよ!あんたが檻を壊した三十万エリス、きっちり耳を揃えて払いなさいよ!!」

 

アクアに怒鳴られたミツルギは言われるがままに財布からお金を取り出して、アクアに渡しました。お金を渡されたアクアは上機嫌になってテーブルに戻り、料理を食べ始めます。

 

それにしても、本来は二十万のを三十万と言って相手に払わせるなどちゃっかりしていますね。私も同じような事があったならやってみるとしましょう。もっとも同じような場面は来ない可能性が高いとは思いますが。

 

「……あんなやり方だが僕の負けだ。何でも言う事を聞くといっておきながら虫のいい話だというのはわかっている。でもその魔剣を返してくれ。その剣は君達が持っても何も役立つ事はないはずだ」

 

「魔剣はマナにやった。返して欲しいなら彼女に言うんだな」

 

カズマはそう言いきると、ミツルギから顔を離してテーブルに顔を向けて料理を食べ始めました。

この面倒くさい男の対処は私に一任する気なのですね。まあ、別にいいですが少しだけ力を貸して貰いましょう。

私はカズマの耳元で囁くと、彼は自分の作戦を私に伝えてきました。なるほど、そういった方法もあるのですね。早速実行するとしましょう。

 

「この剣を返して欲しいのですか……無償と言う訳には行きませんが、商談ならしてもいいですよ」

 

「しょ、商談って一体どんな事をするんだ?」

 

「簡単ですよ。私と貴方が話し合ってこの剣の価値を決めて、二人が合意したらその値段を貴方が私に払えばいいのですよ。何も難しい事はありませんよね?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

ふむ。掴みはいいみたいですね。これなら大儲け出来そうです。それとカズマ、貴方はどうして罠にかかった獲物を見るかのような視線をミツルギに向けるのですか?貴方が考えた作戦でしょう。

まあ、今までも彼の考えた作戦を決行して驚かれたりはしましたが……

 

ともかく、まずは私の希望する値段を言わなければなりませんね。

 

「では、まずは貴方の有り金を全て寄越してください」

 

『へ?』

 

ミツルギだけではなく、事の成り行きを見守っていたカズマ以外の仲間からも驚愕の声が聞こえてきましたね。まあ、お金を稼げるのでそんな事はどうでもいいですが……

 

「いや、ちょと待ってくれないか……確かにその魔剣は売ればそれなりの値段になるとは思うが、さすがに僕の有り金全てにはならないと思うよ。ここは百万くらいでどうだね」

 

「そうですか……残念です。互いに値段が合意が出来なければ商談は破断になりますね。仕方がありません。この剣は今私が持っている剣よりも質がいいのは確かなので、これからはこの剣を使っていくことにします」

 

それを聞いたミツルギは顔に絶望を浮かべます。話が違うと言いたそうですが、私は互いに合意できればその値段を払えばいいと言いましたが、合意できなかったときの事までは話していませんよ。聞かなかった貴方が悪いのですよ。

 

暫く悩みこんでいたミツルギは泣きそうになりながらも財布から全財産を取り出し私に渡しました。三十万エリスをたったのと言うだけのお金は持っていたみたいですね。思わず笑みがこぼれてしまいましたよ。

 

では次の段階にいくとしましょう。

 

「では次に、その高そうの鎧や高価な道具を渡してください」

 

「ちょ、待ってくれ、今ので合意できたんじゃないのか!?」

 

「私は最初に『まず』ってつけましたよね。あれは前提の条件みたいなものですよ。あ、そこまで出来ないのでしたら、先ほど貰ったお金は全て返しますよ。商談が破断しているのに金を貰うほど私は鬼ではありませんので」

 

私がニコッと微笑みながらそう言うと、ミツルギは涙目に成りながらも首を頷かせて同意しました。

それにしても、一般的には男の涙はみっともないらしいのですが、涙目になっているミツルギにギルドにいる者全員が同情の視線を送っています。

よかったですね。同情してもらえてますよ。

 

「もういいだろ。これで僕は一文なしだ……君に払える金はもうないよ」

 

なにを言っているのでしょうか?まだあるじゃないですか。

私はミツルギの肩に手を置いて優しく呟きました。

 

「まだこの魔剣があるじゃないですか。この剣を担保にお金を借りられるだけ借りてそれを私にください。あっ、もちろん名義は貴方にしてくださいね。これが出来たならこの魔剣を渡したいと思いますが……どうしますか?」

 

私は優しく微笑みながらミツルギにそういったのですが、とうとう彼は泣き出してしまいました。どうしてでしょう?私はそれで剣を渡すといっているじゃないですか。

 

まあ、彼が泣こうが泣かないが私には関係有りませんがね。私は泣きじゃくる彼に泣いても条件は変えませんよと言い続けました。そしたら十分ほどで同意してくれましたよ。いや、やはりカズマの作戦を実行するとお金が稼げますね。改めて実感しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ!お金を大量に稼げましたよ!!」

 

「そうか……よかったな……」

 

何やら少し投げやりですね。

まあ。お金は稼げたので良しとしましょう。私が椅子に座ろうとしてカズマの方に近づくとカズマとダクネス以外の仲間が全員、椅子から立ち上がりその場を離れました。

なにかあったのでしょうか?私をまるで化け物を見るかの様な目で見ていますが……

 

「一体どうしたのですか?なにか私が貴方達にしましたか?」

 

「いや、なんか今のマナに近づくとお金を全て取られるような気がしたので……しませんよね?」

 

「なにを当たり前の事を言ってるのですか……取るに決まってるじゃないですか。まあ、今はお金を取る理由がないのでしませんが……ってどうして私から距離を取るのですか!?あっ!!ルリの隠密スキルを使って隠れないでください!ほんのちょっとした冗談ですよ!」

 

なにもそこまで恐れなくてもいいと思います。だいたい、実行したのは私ですが考えたのはカズマですよ。私だけではあんな知恵が必要な事を考えつく事はできません。

 

私がアクア達に弁解しようとした時でした。ダクネスが私も肩を掴みました……なんか、すでに彼女が言う事が予想がついたのですが……

 

「マナ!!頼む先ほどの行為を私にもしてくれ!お金ならどれだけ請求してもいい!想像しただけで身体が……んんっ!!」

 

「お金が本当に貰えるのならいくらでも……ではなくて、そういった事は先ほどの作戦を考えたカズマに頼んでください」

 

「な、ちょ!?マナ!!」

 

私の言葉で変態は標的を変えたようで、一人料理を口にしていたカズマににじり寄り始めました。

これで変態の事は大丈夫ですね。

 

私はその後、アクア達を必死に説得をして何とか和解した後、料理を彼女達と食べ始めました。その頃にはカズマも説得が終わったのか、ダクネスと一緒に食事を食べ始めました。

そんな時でした……ギルドにミツルギが再び現れたのは……

 

「すまない、仲間達の事を知らないか!?街を探しまわったんだが、一向に見つからないんだ!!」

 

「彼女達なら警察に捕まりましたよ」

 

「なに!?」

 

私が警察を呼んだ後、彼女達は逃げ出そうとしたのですが、それよりも早く警察が来てしまったんですよね。それで彼女達は警察を振り切って逃げようとした際に、誤って警官に怪我をさせてしまって公務執行妨害でその場で逮捕されてしまいました。

その後は、私も軽く事情聴取をされたのですが、彼女達が逃げ出そうとしたこともあってか、私の主張が全面的に信用されて、彼女達は警察に連れていかれました。今頃は牢屋の中にでも居るのではないでしょうか。

 

でもこれは、お金を稼ぐいい機会なのかもしれません。私は笑みを浮かべながら彼に近づきました。

 

「保釈金……トジュウで貸してあげますが、どうしますか?」

 

それを聞いたミツルギは子供のように情けない声を上げながら泣き始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ミツルギの境遇に同情したのか、その場にいた冒険者の皆(アクアやカズマなどのパーティの仲間を含む)や受付の人やウェイトレスが無償でお金を渡し、何とか保釈金を手に入れたミツルギは皆に頭を下げた後、仲間を牢獄から出すために警察署の方へ向かって行きました。

 

せっかくお金を稼げると思ったのに残念です。




追記
一月十二日に次の話の投稿を予定していましたが、一月十三日がアニメの放送日なのでその日に二話連続での投稿に変更しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。