この守銭奴に祝福を!   作:駄文帝

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この守銭奴の本性を

キャベツの捕獲から翌日、私とカズマが一緒に武器屋で剣や防具などを一通り揃えた後、冒険者のギルドに向かいました。

そこに着いた私達は、掲示板の近くにある椅子に座って待っている仲間に近づいて行きます。

 

「ほう、二人とも見違えたではないか」

 

「二人がちゃんとした冒険者に見えますよ」

 

「……立派……」

 

装備をちゃんと整えた私達の姿を見た仲間達は一人を除いて誉めてきました。まあ、ジャージーやブレザーに比べれば格段にマシでしょうね。

ちなみにカズマは皮製の胸当てに金属製の篭手、そして金属製のすねあてを装備しています。その一方、私は金属性の胸当てのみです。本当はダクネスみたいな重厚な鎧にしたかったのですが、ああいった鎧はオーダーメイドになるそうでかなり高額だったために、今回は諦めました。

 

え、お金ですか?カズマからセクハラの慰謝料として請求しましたよ。

クリスにセクハラをした際に奪い取ったお金があったみたいなのでちょうど良かったです。しかしセクハラの慰謝料にセクハラで得たお金を求めるのはどうなんでしょうか?

一瞬悩みましたが、お金を貰える事には変わりないので深く考える事を止めました。

 

「あら、二人とも見違えたじゃない。これでようやくまともなパーティになったてところね」

 

この上から目線は一体どこからくるのでしょう。少し腹が立ちます。

するとカズマはアクアの前に立ち言い放ちました。

 

「お前さ……自分はまともみたいな言い方をしてるけど……このパーティで一度も役に立ってないのはお前だけだからな……」

 

その言葉を聞いたアクアはピクリと肩を上げますがカズマは気にせず話続けます。

 

「マナはな、まだレベルが低いけどカエルの討伐をしたり、キャベツの塊を受け止めたんだぞ。ルリだって暗殺こそ出来ないものの隠密スキルや敵感知スキルが十分に役立てるは実証ずみだ。めぐみんは一回しか魔法を使えないが、威力は強力、ルリの隠密スキルと併用すれば奇襲にはもってこいだろうし、キャベツに集まったモンスターを一網打尽にした。ダクネスもモンスターの群れに一人で突っ込んでも鎧の破損だけですむような防御力があるんだぞ。めぐみんがつくまでモンスターの足止めをこいつ一人でやっていたんだ……めぐみんがついた後もモンスターから離れなかったり、抜け出したら抜け出したらでまた突っ込もうとしたりと色々と問題はあったが……」

 

「しかし」とカズマは言葉を続けます。

 

「お前は何か役に立ったのか?なあ、教えてくれよ!!俺の目には映らなかったから教えてくれよ!?それでも一応は元なんとかなんだろ!?」

 

「そ、その……回復魔法を使えるし……今でも女神だから……」

 

アクアはシュンとしながら言っていますかカズマさらに声を張り上げます。

 

「女神!!お前が!?お前のやった事なんてカエルとキャベツに食われて餌になっただけじゃないか!それともなにか!?お前は餌の女神なのか!?食べられるしか役目のない女神なのか!?だったら今すぐロープで縛ってカエルの前に持ってその役目を全うさせてやるよ!!」

 

「うわぁぁああっ!!ごめんなさい!調子に乗っていた私が悪かったわ!謝るからカエルだけはやめてぇぇええっ!!今度からは真面目に働くから!」

 

さ、さすがは女泣かせのカズマと言われただけの事はあります。ものの数分でアクアを号泣させましたよ。

私やめぐみんやルリはその事実を怖れ恐怖を感じている中、ダクネスだけは「はぁはぁ……いい!頼む!お金を払うから私も口汚く罵ってくれ!!」など満悦の表情で言っています。変態は平常運転ですね。

 

それから、アクアが反論していましたが、カズマに口で勝てる訳もなく、完全に論破されて机に突っ伏して泣いています。

 

一方のカズマはそれを見て満足そうな表情を浮かべながらこちらに振り返りました。

 

「さてと、次のクエストだが、皆はなにがいいと思う」

 

「それならアクアのレベルを上げられるクエストはどうだ?」

 

アクアのレベルを上げる……たぶん先ほどカズマが散々アクアの事を役立たずだの穀潰しなどと言っていたのを踏まえているのでしょうが……なんと言うかもったいないですよね。被虐癖さえなければ良い人なのに……

 

「レベルが上がるには越した事はないと思いますが、そんなアクアだけが集中して上がるようなクエストなんてあるのですか?」

 

「プリーストは一般的にレベル上げが難しいとされている。なにせプリーストは攻撃魔法は使えないし戦士のように前線で敵を迎え撃つといった事もないからな。しかしアンデットになると話は別だ。アンデットは不死という神の理から逃れた者達、普通はキズを癒す回復魔法が逆の効果を発揮して、身体を崩壊させる強力な攻撃に転じるのだ」

 

ゲームなどでも良く見る設定ですね。

たしかにアクアが強化されて強力な回復魔法を使えるようになるのは良いかもしれません。カズマも同意見なのでしょうか、首をうんうんと振っています。

 

「だったら、それにしようと思うが……ダクネスは大丈夫なのか?まだ壊れた鎧を修理に出して戻って来てないんだろ?」

 

そういえばそうでした。

あのキャベツ狩りの時にモンスターに袋叩きにされた際に彼女の鎧が壊れてしまったため、現在、鎧は修理中で彼女は防具を一切付けていません。さすがにこれでは危険かもしれません。

しかし彼女は私達の不安を他所に自信たっぷりに言い切りました。

 

「それなら問題ない。私は防御スキルをとり続けているからな。鎧なしでもアダマンタイトより硬い自信がある」

 

……女性が自分の身体を金属よりも硬いというのは誉めるべきところなのでしょうか、突っ込むべきところなのでしょうか。

私は目的地につくまで必死に悩む事になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、私達は街の外れの丘の上にある共同墓地を訪れていました。

今回受けたクエストは共同墓地に湧くアンデットモンスターの討伐です。しかしそのモンスターは日の沈んだ夜中にしか出ないそうなので、夜になるまでキャンプをすることになりました。

 

「カズマ、肉ばかりではなく野菜も食べたほうがいいですよ」

 

「動く野菜を見て以来、どうも野菜が苦手なんだよ」

 

「生なら話は別ですが、焼けば動いたりはしませんよ。それにしても野菜が動くなんて珍しいことなのですか?」

 

「俺やマナの居た国じゃ、野菜は動いたりしないんだよ」

 

この世界に住み慣れためぐみんなどに取っては動かない野菜の方が不思議なようみたいです。世界観の違いと言うやつでしょう。

ちなみに、私達はこの世界の常識があまりにもないので、ここから遠く離れた国から来たということで話を合わせています。嘘をつくことは少し心苦しいですが本当の事を言っても信じてもらえる訳もありませんし、なによりそんな事を言ったらあのアクアの同類にされてしまいます。それだけは勘弁してほしいです。

 

「そういえばカズマは私が教えた片手剣のスキル以外にも魔法のスキルを取ったのですよね」

 

「ああ、初級魔法のスキルを教えて貰ったんだが……これって攻撃に使えるのか?」

 

「初級魔法はポイントこそ低いのですが、攻撃力などは皆無でして……」

 

「……ほとんど人は覚えない……普通は中級魔法から……」

 

めぐみんとルリと説明を受けたカズマはガックと肩を落としました。

折角魔法を覚えたのにそれが役立たず……ほんの少しだけ同情しますよ。

 

「……カズマ……水をお願い……」

 

「すいません私もお願いします」

 

めぐみんとルリがコップをカズマの前に差し出すと『クリエイト・ウォーター』と言う水の魔法を使って水を作り出して二人のコップに水を注ぎます。その他にもバーベキューの木を燃やす際には『ティンダー』と言う火の魔法を使って着火していました。

戦闘には役に立ちそうにありませんが、生活面ではかなり便利そうですね。

 

「そういえば土の魔法の『クリエイト・アース』ってなにに使うんだ?さっき使ったときはただの土が掌にできただけなんだが」

 

「えっと、その魔法で創った土は、畑に使用すると良い作物が取れるそうです。……それだけです」

 

土の魔法は初級魔法の中でもかなりの外れみたいですね。

さすが冒険者にも一般人にもそのスキルは必要ないと思います。使うのなんか農家の人か趣味で家庭菜園をする人くらいでしょう。

 

「何々、カズマさん畑を作るんですか!冒険者から農家に転職するんですか!良かったじゃない、天職よ天職!プークスクス!!」

 

ああ、ここに懲りない馬鹿が居ます。

そんな事を言ったらカズマが何もしないと思っているのですか?

カズマはそんな事を言われて黙っている男ではありません。彼女自身すでに何回も泣かされているのにやってしまうとは、失礼ですが学習能力はあまりない見たいですね。

まあ、学習能力があったら馬鹿などとは言わないと思いますがね。

 

それを聞いたカズマはこめかみに青筋を立て、クリエイト・アースで掌の上に土を作り出します。

 

「『ウインドブレス』!」

 

「ぎゃー!目が、目がぁぁぁっ!」

 

風の魔法によっておきた突風によって吹き飛ばされた土はアクアの瞳に入り込み、彼女はその痛みに耐えかねて地面を転がり回っています。自業自得なので無視しましょう。

 

すると転がりまわるアクアにカズマが近づいていきます。なにをする気なのでしょう?

 

「アクア、あまり俺を馬鹿にするとどうなるか分かるよな?」

 

「な、なによ。一体私なにをするっていうの。女神である私に手を出して無事ですむと思ってるんじゃないでしょうね。あんたなんか私がアクシズ教徒に一声掛ければボロズタに出来るのよ」

 

カズマはにっこり笑みを浮かべています。

またロクでもないことを言う気ですね……まあ、今までの付き合いで慣れています。カズマが人でなしの外道な事でも言わない限りは驚きません。

 

「このあたりには大きな芋虫みたいワームって言うモンスターが出るらしい。そいつな、カエルと同じでそれなりの大きさの物を飲み込むと動きを止めるらしい……例えば人……」

 

「調子に乗ってすいませんでした!!」

 

アクアはそう言いながら流れるような綺麗な動作で土下座しました。

もうカエルがかなりのトラウマになっているようですね。植えつけた原因の一端に私も関わっている事実を踏まえると若干の罪悪感を感じます。

 

それとカズマ…………隣で「アクアを餌にするくらいならこの私を……んんっ!!」などと言いながら興奮している変態は放置の方向でいいのでしょうか?

めぐみんもルリもすでに慣れてきたので、そんなことを言っているダクネスに目も合わせずに無視をしています。

なんか彼女を本当に餌に使っていい気がしてきましたよ。今度ダクネスをカエル釣りに誘ってみましょうか。勿論ダクネスが餌ですが、たぶん喜んでくれると思いまよ。

 

とりあえず、この事は頭の片隅に追いやって、今回のクエストで討伐するモンスターについて詳しく聞いてみることにしました。

一応、カズマが受付の人から説明は受けているので、私達の手に余るモンスターではないと思いますが、やっぱり対峙することになる相手の事は聞いておきたいですからね。

 

「今回退治するゾンビメーカーでしたっけ?それってどんなモンスターなのですか?」

 

「墓場や戦場などの人の死体が多くある場所に現れる悪霊の一種だな」

 

「ゾンビの取り巻きを数体従えてますが、正直あまり強くない雑魚モンスターの一種ですね。今のマナのレベルなら一人で取り巻きと一緒に相手取っても余裕で倒せると思いますよ」

 

雑魚モンスターの一種ですか……少し安心しました。無数のカエル地獄や巨大キャベツに比べれば比較的楽そうですね。

でも今までの事を考えると一筋縄ではいかないように思えてくるのは私の気のせいなのでしょうか。言ってしまうとフラグが立ちそうで怖かったので、口に出す事はなく夜が更けるのを待つことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、夜は冷えますね……早いとこモンスターを討伐して、とっとと馬小屋に帰りましょう」

 

「……賛成……」

 

日が沈み、当たりが闇で覆わる深夜になったころ、私たちはキャンプを片付けると、ゾンビメーカーの捜索を始めました。

それにしても深夜の墓地は雰囲気がありますね。幽霊とかが出そうですよ。

そういえばゾンビメーカーは悪霊が死体に乗り移ったものと聞きましたがつまり幽霊が死体に乗り移ったってことですよね……あまり深く考えないことにしましょう。考えたら負けのような気がします。

 

「ルリ、そっちは何か反応があるか?」

 

「……特に…………?」

 

先頭を歩いていたカズマがルリに声をかけてきました。

夜で視界が悪くて目はあまり頼りならないので、敵の感知スキルを持っているカズマが前方にルリが後方にいて敵を探していたのですが……カズマに声を掛けられたルリが急に首を傾げました。

何かあったのでしょうか?

 

「……反応あった……でも多い……」

 

「多い?でも俺の感知スキルじゃまだ何も……お!ようやく反応があった。確かに多いな」

 

後ろに居たにも関わらずルリのほうが感応が早かったのは、おそらくですがルリが盗賊にはなく、アサシンのみにある敵感知のスキルの強化スキルを取っているためでしょう。カズマも取りたがってましたが、必要なポイントが多いため諦めてました。

それにしても多いですか……数によっては逃げたほうがいいかもしれませんね。

 

「カズマ、多いとはどれくらいなのですか?二~三体はあくまで平均の話で個体によっては五~六体の誤差はでるのですよ」

 

「ああ、数は全部で六体だから誤差の範囲なんだろうが……」

 

カズマが口ごもっていますね。めぐみんの言う誤差の範囲なら気にする必要ないと思うのですが……

 

「ルリに教えてもらった敵判別スキルが、そのうち一体をヤバイ気配を出してるんだ」

 

敵の判別スキル……確か敵感知スキルを強化するアサシンのスキルで、初めての敵なら大体の強さ分かり、一度見た事のある敵なら敵感知スキルに引っかかった際にどの敵だか詳細に分かるようになるスキルだったと思います。

 

でもヤバイ気配ですか……一体どれくらいの強さなんでしょう。少し強い程度ならどうにかなるとは思いますが……

ここは慎重を期して逃げた方がいいですかね。比較などを出してその敵の強さを出してくれるといいのですが…………あっ!このスキルを教えてルリも持っているのでしたね。彼女に聞いてみることにしましょう。

そう思って私が彼女の方を振り向くと、冷や汗を流して固まっていました。そして私の視線に気づいてルリはとても信じられないと言った顔で呟きます。

 

「……相当やばい……魔王軍の幹部クラス……」

 

ルリの言った一言にその場が凍りつきました。

えっと、魔王の幹部ってゲームの終盤に出てくる敵ですよね……なんで実力を持つ大物がこんな駆け出し冒険者の街の近くに出てくるのですか。出る場所を間違えていると思うのですよ。そういう敵は、魔王の城に前のダンジョンとかに出るべきでしょう。

 

あくまで今思った事はゲームの中の話だからであって、現実ともなれば、こんな場所にでも出てきてもおかしくないのは分かっているのですが、理不尽だと思います。

 

「か、帰るか」

 

カズマの一言にアクアを除く全員が頷きました。

さすがに死ぬのが確定しているような戦いに挑むものはこの場にはいません。何か騒いでいるアクアをカズマが引きずって街に帰ろうとすると、突如青い光の柱が現れました。そして、その光の中心には黒いローブを着た人物が立っています。

 

「あーーーーーっ!!」

 

するとそれが見えたアクアは、突如大声を上げて、ローブの人物に駆け寄っていきます。

 

一体なにをする気なのですか!?お願いですから魔王の幹部に匹敵する力を持つ大物を怒らせないくださいよ!!

 

「リッチーがこんな所にのこのこと現れるなんて不届きな!成敗してくれるわ!!」

 

アクアはそう言うと魔法陣をげしげしと蹴り始めました。距離があるので何を話しているのかは聞こえませんが、リッチーは涙目になりながらアクアを抑えそれを止めようとしています。

 

そういえばリッチーって結構有名なモンスターですよね。

たしか強力な力を持った魔法使いが寿命という概念を捨て去るために、人の身を捨てたモンスター……とても強大な力を持つモンスターだと思うのですが、アクアを必死に止めようとするリッチーをそうは見えません。むしろ人に虐げられているか弱いモンスターに見えます。

とりあえず近づいて事情を聴いたほうがいいでしょう。私達がゆっくとアクアのほうに近づいているときでした。

 

「『ターンアンデッド』ッ!」

 

アクアが何かしらにスキルを発動させたようで、アクアを中心として白い光が包み込みました。

その光に触れたリッチーの周りにいたゾンビや青白い炎の玉が消えていきます。そしてその光はリッチーにも当たり……

 

「きゃーー!!体が消えてる!止めて、このままだと私、成仏しちゃう!」

 

「あはははは!神の理から外れし愚かなアンデッドよ!女神である私の力の前に塵一つ残さず消え失せるがいいわ!!」

 

「やめてやれ……」

 

光に当たったリッチーの体が消えるのを満足げに眺めているアクアを突如後ろから現れたカズマが彼女の後頭部を剣の柄で叩きました。

カズマの後ろにルリの姿が見えるのを踏まえると、アクアを回収して逃げ出せるように、彼女の隠密スキルを使って後ろに回っていたのでしょう。

 

頭を叩かれたアクアはカズマに食って掛かりますが、彼はそれを無視してリッチーの方に声を掛けました。

 

「おい、大丈夫か?えっと、リッチーでいいんだよな……」

 

「は、はい、大丈夫です。あぶない所を助けていただいてありがとうございます。おしゃる通りリッチーです。リッチーのウィズと申します」

 

そういいながらウィズはフードを上げるとそこに、二十代くらいの綺麗な女性の顔がありました。

骸骨みたいな顔をイメージしていたのですが、この世界のリッチーは普通の顔を持っているのでしょうか?

まあ、キャベツが飛んだりする世界を私の常識に当てはめるのはどうかとも思いますが……

 

「えっと……ウィズはどうしてここにいるんだ?遠くからでよく聞こえなかったけど魂を送るとか言ってなかったか?」

 

「私はこう見えてもリッチーですから、魂の声が聞こえるんです。この墓地にはお金がなくてちゃんとした葬式も行えず、天にも行けず彷徨える魂が多くあります。だから、ここに居る子達で天に行きたがっている魂を天に送っていたんです」

 

すごくいい人みたいですね。アンデットなのに女神様みたいな人です。

でも気になったことが一つだけあります。

 

「すいません。横から話をはさみますが、そういうのは街のプリーストがやったりしないのですか?」

 

いくらなんでも、街の近くにこんな場所があれば街の人のだれか一人くらいはやりそうなものですが……

 

「それが……この街の人たちは……その……お金の出ないところは……あの……やらないといいますか……その……」

 

「この街のプリーストはお金が出なければ何もしないという訳ですね」

 

仮にも神官を職業で名乗っている者がそれでいいのでしょうか?

 

それと、なぜカズマはお前が言うなとの視線をぶつけてくるのでしょうか?

さすがの私でも神官になったのなら無料でもやり……あ、でもお金が出るところ比べたらそちらに行ってしまうかもしれません。私もこの街の神官と変わりないですね。

 

「魂を送るのは止めやしないんだが、ゾンビを出さないようにしてくれないか?俺達はゾンビメーカーの討伐……たぶんウィズのことだと思うんだが、その依頼を受けてきたんだ」

 

「それは困りました……ゾンビは出したくて出してる訳ではなくて、私が死体に近寄ると自然とそうなってしまうのです。私がここに来なければいいんですが……それだとここの魂が天に行けなくなってしまいますし……誰かが私の代わりに送ってくれればいいんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得いかないわ!」

 

「仕方がないだろ。あんないい人を討伐するなんて気が引けるし」

 

あの後、ウィズの代わりにアクアが定期的に行くことで話がつきましたが、アクアは不服のようで先ほどからずっとこの調子です。

神官としての使命なのでしょうか。アクアはアンデットを見逃すと言う事にかなり腹が立っているみたいです。めぐみんやダクネスも最初は見逃す事に抵抗を持っていたようですが、ウィズが今まで人を襲ったことがないと言うことを聞いて納得してくれました。

ルリは私と同じで特に抵抗を示すことなく納得してくれました。

 

「ダクネス、ひとつ聞きたいんですがリッチーて強いんですか?」

 

「強い……どころではすまないモンスターだな。魔法の掛かってない純粋な物理攻撃を完全に無力化する上に、魔法防御自体も相当高い。さらに触れられるだけで、状態異常になったり、時には生命力を吸収される事もある……私の状態異常耐性が上回るかどうかを勝負したかったが……」

 

「最後に変な事を言ってませんでしたか?」

 

「……言ってない」

 

ダクネスの最後に言ったことは置いておくして、相当ヤバイモンスターですね。ルリが魔王軍の幹部クラスと言っていましたが、それも納得できる強さです。

そういえばどうしてアクアのスキルがそんなモンスターに通用したのでしょう?いくらアンデットに強いアークプリーストだからとはいえ、それだけで対抗できるようなら恐れられるモンスターにはなりえないと思うのですが……

 

そんな事を考えていた時でした、ルリが思い出したように呟きました。

 

「……受けた依頼……どうなる?」

 

『あっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンビメーカーの討伐失敗の翌日、私達は街の外れにある古い建物に来ていました。その建物は壁一面にツタが生い茂っており、壁にも所々にひび割れが見えます。

聞いた話だと、昔は人が住んでいたそうですが、主人が亡くなって以来、買い手が居らず、ここ数年は手入れもされていない放置されたままの空き家らしいです。

 

なぜこんな所にきているのかと言うと、依頼を受注したからです。今日の朝、冒険者のギルドで次に何を受けるのか話し合いになったのですが、カズマは手頃な依頼、めぐみんが大量のモンスターを一網打尽に出来る依頼、ダクネスは手強いモンスターを討伐する依頼、そして私はお金が稼げる依頼と見事に意見が分かれました。

最終的にじゃんけんの敗者(勝者にするとカズマが絶対勝つため)が決める事になり、アクアが敗者になったのですが、昨日のクエストはアクアの為に受けたようなものなので、繰り上げで私が決める事になりました。

 

依頼を決める権利を得た私は掲示板に張ってあった、あるモンスターの討伐のクエストを受けました。モンスターはジャイアローチと言う名前だったと思いましたが、それの十体の討伐で四十万、一匹辺りで見るとカエルの二倍でそのモンスター自体もカエルよりも弱いそうです。受付の人が苦笑していたのが若干気になりますがおそらく大丈夫でしょう。

 

カズマとルリがその屋敷の扉に近づいて扉を開け、私達もその後に続いて入っていきます。エントランスなのでしょうが、そこにはボロボロになった赤い絨毯やシャンデリアなどが見えます。

 

「ここを建てたのはそれなりの大金持ちのようですね。マナ、そういえばまだ討伐するモンスターを聞いてなかったと思うのですが、一体なんのモンスターですか?」

 

そういえば、カズマには一応伝えましたが、他のメンバーにはまだ言っていなかったですね。モンスターがどういったものか知りたいので教えるついでに尋ねるとしましょう。

 

「ジャイアローチって名前のモンスターらし……どうしたんですか?アクアもめぐみんも身体を震わせて……」

 

私がモンスターの名前を告げた途端、アクアとめぐみんは顔を青くして身体をぶるぶると震わせています。良く見るとダクネスも若干顔が引きつっているように感じられます。

……カエルよりは弱いと聞いたのですが、なにかヤバイモンスターなのでしょうか?

 

私がわからず首を傾げていると、アクアはその疑問に答えてくれようとしました。

 

「マナは知らないかもしれないけどね……この世界ではジャイアローチは女性が最も嫌うモンスターの一つなのよ……」

 

「?……一体どうしてどうしてなのですか?稼ぎはいいと……」

 

私がそう答えた時でした、急にカズマが声を張り上げました。

 

「話してる時に悪いが、右の扉と左の扉からモンスターが来てる!俺とダクネスで右を対処するから左はマナとルリでやってくれ!」

 

なんで空気を読めないんでしょうか、モンスターに愚痴ってしょうがないですが腹が立ちます。

私はカズマの指示に従って、左にある扉の前に向かいます。ルリを見るとロープを構えてました。モンスターに『バインド』を使って足止めする気なのでしょう。

ならば私はルリが動けなくしたモンスターに止めを刺すだけです。

 

「ルリ行きますよ」

 

「……分かった……」

 

ルリが頷いたを確認した後、私は扉を蹴破って、その奥にいるであろうモンスターと対峙しようとします。私が蹴破った扉の先には黒く光沢のある身体をした巨大な虫、日本でも場所によって見かけることになる虫……

ゴキブリがいました……体長が二メートル程の……

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

それを見た私は思わず叫び声を上げて腰を抜かしてしましました。

 

な、なんでこんなモンスターがいるんですか!?大きさが可笑しくありませんか!?

アクアが女性が最も嫌うと言っていた意味が理解できましたよ!理解したくありませんでしたが!

こんな巨大なゴキブリ……だれも好き好んで倒そうとは思いませんよね!?だから報酬が高かったんですね!?

 

するとゴキブリは私の叫び声に反応してこちらにカサカサカサと猛スピードで向かってきます。

はやく逃げないとマズイのでしょうが腰が抜けてしまっていて動く事ができません。私がその場から動こうともがいているうちにもゴキブリは私にせまってきて……

 

これ……詰みましたね……

 

「……『バインド』……」

 

私が諦めかけた時でした。急に声が聞こえて来たかと思えばロープがゴキブリに襲い掛かり、一瞬でゴキブリに巻きつきその動きを止めました。

 

「…大丈夫?」

 

声を方向を向くとそこにはルリが平然と立っていました。

そういえばルリは『バインド』の準備をしていましたね。巨大なゴキブリの事で頭がいっぱいで忘れていました。

ルリのおかげで助かりました。私がほっと一息ついていると、カズマとダクネスがこちらの方にやってきました。左は片付け終わったのでしょう。

 

「大丈夫か?腰抜かしてるように見えるが……」

 

「だ、大丈夫じゃありませんよ……巨大なゴキブリだなんて思ってもいませんでした……カズマはどうして平然としてられるのですか?」

 

「それは、生意気な女子のふくしゅ……じゃなくて、よく見かけたからだな」

 

この男、いま復讐と言おうとしていませんでしたか?

そういえば私のクラスメートで少し生意気な女性がいたのですが、彼女の机の中にゴキブリが入った箱を入れられた事があって、何も知らずに開けた彼女の腕にゴキブリが乗って気絶すると言った事件があったんですよね……まさか、あの迷宮入りした事件の犯人って……

 

「マナは大丈夫なのか?とてもあのモンスターと戦えるとは思えないが……」

 

わたしがそんな事を思い出していると、ダクネスに声を掛けられました。

カズマだけでなくルリもダクネスもあんなの相手に良く平然としていられますね……いや、ダクネスは性癖を考えると大丈夫そうな気がしてきました。

 

「も、申し訳ないですが、無理そうです……」

 

本当に申し訳ないです。まさか自分の受注した依頼で自分が役立たずになるなんて……

私がこの依頼に参加できなければ実質カズマ一人に押し付けてしまう事になります。ダクネスは防御はともかく、攻撃は自己紹介のときに当てられないといっていましたし、ルリはバインドで動きを止めることは出来るでしょうが、止めを刺すことはできないでしょう。

ロープでグルグル巻きにされたゴキブリをみて身体を震わせているアクアとめぐみんは論外です。

 

仕方がありませんが今回のクエストは破棄するしかありませんね。

私がみんなにその旨を伝えようとした時でした。カズマが私の耳元で呟き始めました。

 

「マナ……あれの一体あたりの報酬はどれくらいなんだ?」

 

「へ?え~っと、四万ですが……それがどうしたんですか?」

 

そんな単純な計算くらい聞くまでもなく出来ると思うのですが……一体なんの目的なんでしょうか?

私がカズマがそんな事を聞いた理由が分からず首を傾げていると、扉から続く廊下の曲がり角から巨大なゴキブリが出てきました。

私がそれを見て顔を青くしていると、カズマは小さく「よし」と呟くとあのゴキブリに指さしました。

 

「マナ、よく見ろあれを倒せば四万が貰えるだろ……だったらあれは四万に見えなくないか?」

 

なにを馬鹿な事を言っているのでしょう。いくら私でもそんな事は……あれ?

なんか徐々に嫌悪感がなくなってきました。むしろあれが徐々に愛しいもの見えてきます。このままではいけません、だってゴキブリですよ。カズマが私の耳元で「あれは四万」と念仏のように囁いていますがあの四万に触れるなんて……

 

あれ?今私、ゴキブリを四万って考えていませんでしたか?そ、そんなわけあるわけありませんよね。四万のことをゴキブリって……あれ?四万はゴキブリじゃなくて……四万は四万ですよね。

 

ならば目の前にある四万を何もしないわけにはいけませんね。猛スピードで四万が近づいてくるのに座り込んでいる場合ではないです。

 

「四万……」

 

私がそう呟きながら立ち上がると四万はぴくりと震えた気がします……野生の感ですか、でもその程度で私から逃れられると思わないほうがいいですよ。

 

私が四万にダッシュして近づこうとすると、四万は器用にも前を向いたまま後ろに走り始めました。

逃がすものですか。四万という大金を逃がしたら凄く後悔する羽目になります。それだけは避けなくてはいけません。

 

「四万!!まってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

カズマ side

 

マナが「四万!!」と叫びながら、巨大ゴキブルを追いかけて廊下の曲がり角に消えていくのを確認した後、後ろを向くとアクア以外の全員が目を点にして固まっていた。

そういえば、ああなったマナを見るのはアクア以外は初めてだったな。

 

「え~っと、カズマ……今のはマナですよね……」

 

「どう考えて同一人物には思えないのだが……」

 

困惑した表情で俺に尋ねるめぐみんとダクネス……気持ちだけは分かると言っておこう、俺も最初にあれを見た時は驚いたしな。

山に一緒に言ってクワガタを見た途端ああなったんだよな……しかも叫んでいた値段と売るときの値段がほとんど同じだった事はもっと驚いた。

 

「あれがマナの正体だ……あいつは金が関わると見境がなくなる女だ」

 

「私にはカズマがマナを洗脳してたようにしか見えなかったけど……」

 

確かに見ようによってはそう見えるのかも知れない。

でも残念ながら俺には洗脳なんてそんな事は出来ない。できたら今頃、そこら辺の女性を片っ端から洗脳して……おっと、めぐみんとダクネスの見る目が冷たくなってきた……そろそろ反論したほうがいいな。

 

「あれは洗脳じゃねぇよ。マナの胸の内に眠っていたものを呼び覚ましただけだ……考えてみろ、俺がそんな事を出来たら、あんなくだらない事に使うと思うか」

 

「……あ……」

 

「凄く納得できたわ」

 

「この世でこれほど分かりやすかったものはありませんでした……」

 

「そうか……すこし残念だ……」

 

仲間達の納得ぐあいに少しキズつきました……

 

たしかに少しはそういった考えを持ったけどさ、もう少しくらい俺の事を信頼してくれてもいいじゃないか……俺はそんなに信用できないのか?

それと変態クルセイダーは、俺の耳が可笑しくなければ残念とか言ってよな……もう突っ込まない事にしよう面倒だし。

 

「……あんなに恐がってたもの……大丈夫になる?」

 

「なるんだよ。実際に俺が仕掛けたゴキブリで教室がパニックになった時も、誰かがお金あげるから取ってて叫んだ瞬間、あいつゴキブリを捕まえた実績がある」

 

マナの奴、気絶しかけるまでパニクっていたのに、その叫び声を聞いた瞬間にゴキブリを素手で捕まえて窓から外に放り出したんだよな。しかも皆の叫び声で相当五月蝿かったにも関わらず言った人を的確に見つけて金の請求もしてたし……

家が貧しかったのもあるのだろうが、あれの金に関する執着心は度がすぎてると思う……

 

「ねぇ、カズマ。今、あれを使って騒ぎを起した事があるみたいな事を言ってなかったかしら……」

 

「さて、早く俺達も討伐しに行こうぜ。マナ一人に全部まかせられないだろ」

 

「なに話題を逸らそうとしてるのですか!やった事があるのですね!?あれを良からぬ事に使ったことがあるのですね!?」

 

あそこまでの騒ぎになると思わなかったんだよ。

俺の目的はあのふんぞり返った高飛車の女を泣かせるだけで、クラス全体まで騒がせようとは思わなかったんだが、ゴキブリに対する俺の認識が甘かった……

あの女が気絶した後も、動きまわるゴキブリを誰も捕まえる事が出来ないどころか、ホームルームの時間になってやってきた先生がゴキブリを見た瞬間気絶してしまって、より一掃酷くなった。

あの先生……か弱い女性とかじゃなくて、ボディービルダー顔負けの体格を持った男の先生だったんだけどな……

 

「おいカズマ!」

 

急に顔を赤くして鼻息を荒くしたダクネスが俺の肩を掴んできた。

なんだろう、嫌な予感がする……って言うかこの後にダクネスが言う事が容易に想像できた。

 

「頼む!その教室とやらをパニック陥れた仕掛けを私にしてくれ!想像しただけで……ああっ!!」

 

「お前は少しは性癖を隠そうとしろ!このドMクルセイダー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナside

 

 

「ううう……酷いですよ……あんな事をするなんて……皆の前で私の本来の姿を見せ付けるなんて……」

 

「悪かったっていってるだろ!お前が誤解を生むような発言をするせいで、周りの目が冷たくなって来てるじゃねぇか!」

 

あの後、私はゴキブリを追いかけ回した、五体ほど討伐したところでカズマと合流、カズマたちは私が追っかけ回してる間に三体を討伐したようで無事クエスト完了となりました。

そこまでは別に良かったのです……でもアクアやめぐみんが私を残念そうなものを見る目で見ている事に気づいたところで正気に戻りました……あれは二人きりの時にしか使わないと約束していたのに……ひどいです……

 

しかもそれをギルドでアクアがうっかり話しせいで、ギルド内でゴキブリスレイヤーとの酷い通り名までつけられました……取り合えずこの事は内緒にするとの約束を破ったアクアはカズマとルリの協力の下、カエルの出る平原に頭だけ出るように地面に埋めて放置してきました。

近くにはルリが隠密スキルを使って待機しているので怪我などはしないと思いますが、今頃怖い一晩を過ごしていることでしょう。

 

「すいません。取り合えずクリムゾンビアもう一つお願いします」

 

「クリムゾンビア追加デいいんだネ。わかったよ」

 

私近くに居たウェイトレス……キャベツの妖精のキャルに声を掛けました。

 

このキャベツの妖精ですが、あの後どうするかと言う事になって、冒険者達はすでに相当儲けていたために特に恨み言はなかったらしいのですが、彼女が調子乗っていた時に破壊した建物の修復費を払わなくてはいけません。

 

最初は彼女を売り飛ばして多少のお金を工面する方向でギルドの上の人たちの考えが纏まっていたようです。

しかしそれを知ったこの妖精がカズマに泣きついてきたのです。カズマは最初は自業自得だと聞く耳を持ちませんでした。

しかし、彼女があまりにもしつこかったために、結局のところカズマが折れてしまって、彼がギルドの上の人と話し合ったようで彼女が来年になったら再びキャベツを集めて捕獲に協力するのを条件にギルドがある程度肩代わりしてくれました。

しかし、全て肩代わりではなくある程度なので、一部は借金として残っているため、こうしてウェイトレスのバイトをしている訳です。

 

ちなみ、このキャルと言う名前は私が考えました……あまり良い名前かどうかは分かりかねますが、めぐみんの考えたきゃべりーよりはマシだと思います。あの名前は本人が泣いて拒絶していましたし。

 

「あんま飲むと太るぞ」

 

「五月蝿いのです。こうなったらやけ食いならぬやけ飲みをしてやるのです」

 

こうして私はギルドの酒場で一日中飲みまくりました。

あとで体重計に乗って衝撃を受け、カズマの言う事を素直に聞くべきだったと後悔するはめになったのは内緒の話です。


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