この守銭奴に祝福を!   作:駄文帝

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この異世界のキャベツ達に常識を

「確かにジャイアントトードの討伐を確認しました………やつれているように見えるのですけど大丈夫ですか?」

 

「「大丈夫に見えるか?」ますか?」

 

これでカズマとハモるのは今日で二度目ですね。

 

あの後、アクアとめぐみんを使うことでどうにかカエルを全て討伐する事に成功はしましたが、もう暫くの間はカエルはこりごりです。トラウマを植え付けられましたよ。

 

それとめぐみんなのですが、話を聞くと使える魔法はあの爆裂魔法だけのようです。威力は強大だが一発かぎりの魔法……使いどころに悩みますね。少なくとも中級魔法程度で十分な敵としか戦わない、ここら辺の冒険者には無用の長物ですね。

あの後、カズマは彼女をパーティから抜けるように説得していましたが、カズマの方が折れたようで、めぐみんはこのパーティに入ったままのようです。

 

それとルリもルリで、敵が可哀想で一切攻撃できないという弱点を持っているようです。暗殺できないなんちゃってアサシンの彼女ですが、索敵や隠密能力は非常に高いようで、めぐみんと違って使い方しだいでは使えるみたいです。

まあ、そんな性格なのにどうして冒険者になったんだと、彼女に突っ込みたい気持ちはありますが……

 

そんな訳で私達が討伐の報酬を貰った後はぐったりとテーブルに伏せて、大衆浴場で身体を洗いにいったアクアとめぐみんの帰りを待っていました。

 

「マナ……どれくらいレベルは上がったんだ?」

 

「六に上がってました。カズマとルリはどれほど上がりましたか?」

 

「俺は八だ」

 

「倒してない……0……」

 

先ほど受付の人にカードを出して機械で読み取られると、カードに書かれているレベルが上がっていたのです。

 

カエルをそれぞれ30匹ずつ受け持った私とカズマは一気にレベルが上がりました。受付の人に話を聞くと弱い人ほど早く上がるそうなので、私とカズマのレベルの差はカズマの方が私より弱かったと言うことでしょうね。

それと敵を倒すだけがレベルを上げる手段ではないそうで、スキルを使用したり、食べ物を食べる事でも上がることはあるそうです。

今回はルリはレベルが上がる事はありませんでしたが、聞いた話によると彼女は敵を倒していないにも関わらずレベルが上がった事があるそうです。

 

「明日もこの依頼をやりますか?」

 

「却下だ」

 

「……コク……」

 

二人とも嫌みたいですね。まあ私も暫くはカエルは勘弁してもらいたいです。

 

カエルを討伐した報酬は依頼からの十万と、カエルをギルドが買い取ってくれるみたいで、一匹五千円、六十匹で三十万。あわせて四十万ほどを貰いました。

五人で分けると一人当たり八万円……一日あたりの稼ぎとしては凄い方なのでしょうが、精神的な負担が掛かりすぎます。

特に泣き喚くアクアをカエルに食わせるのは精神が折れそうになりましたよ。最初にアクアは人間でないと暗示をかけていなかったら完遂できなかったかもしれません。

 

金の入りはいいのですがね。これが自分がエサにされた場合だったら……我慢できなくも……いや。女性としてそれは出来ないですよね。

 

「とりあえず、お金は稼げたんだ。金がなくなるまでは酒場に引きこもろうぜ」

 

なんと言うニート発言。さすが高校で引きこもりになった男は言う事が違いますよ。

でも数日に限定するなら同意見です。暫しの休養も大切ですからね。

 

私がウェイトレスに飲み物を注文しようとした時でした。後ろから声を掛けられました。

 

「すまない、ちょっといいだろうか?」

 

私は声のした方を振り向くとそこには鎧を身に着けた金髪碧眼の女性が立っていました。

 

「えっと、用件はなんでしょうか?」

 

カズマは立ち上がって彼女に返答します。彼がこのパーティのリーダーなのです。こういった対応は彼がするべきでしょう。

ですので私はこのままテーブルでぐったりさせてもらいます。

 

「先ほど募集を見て来たのだが、もう募集はしていないのだろうか?」

 

そう言って見せるのはアクアが掲示板に張った募集の紙でした。そういえば紙を剥がすのを忘れていました。

 

「まだパーティメンバーは募集してますけど……あまりオススメはしないですけど……」

 

馬鹿なアークプリーストにポンコツ魔法使い、なんちゃってアサシンに最弱職業者とまともな人は少ないですからねこのパーティ。

よくよく考えて見るとこのパーティに居るのが不安になってきましたよ。

 

「先ほどの粘液まみれの二人はあなたの仲間だったのか。ならぜひとも私を仲間に加えてくれ。職業はクルセイダーと言う上級職で条件にあっているはずだ。そして私をあの二人のような目に!」

 

私が考えている間にも二人の話は進んだみたいですが、女性が息を荒くして血走った目でカズマに話かけています。

どう考えてもアクアやめぐみんなどの同類ですね。このパーティには常識人は集まらないのでしょうか。まあ、リーダーがカズマなのです。類は友を呼ぶってやつですね。

 

その後、そのクルセイダーをカズマは追い返す事に成功したみたいですが、あの目は諦めていません。またどこかで参加を要求しに来そうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、スキルの習得ってどうやるんだ?」

 

翌日、冒険者ギルドで食事をしているとカズマがいきなりそんな事を話してきました。

 

「カードに出てるやつを選ぶのではないのですか?」

 

私の場合はカードにいくつかのスキルが書かれていたので、その中から『片手剣』と言う武器の扱いの上達スキルや、他には攻撃力を増大させるスキルを中心に取りました。

他にも強力な技を打てるようになるスキルがあるのですが、そちらは使うポイントが多かったため今回は諦めました。

 

「何も出てこないんだよ」

 

「そんなはずは……」

 

私はカズマの持つカードを覗き込みますが、本当に何も書いてありません。

おかしいですね?冒険者は全てのスキルを覚えられると聞きましたが、それが本当ならカードには大量のスキルが書かれているハズですが……

 

「冒険者は、誰かにスキルを教えて貰わないとスキルを覚えられませんよ。まず、目でそのスキルを見た後に、スキルの使用方法を教えてもらうのです。すると、カードに書かれているはずです」

 

私とカズマの二人が悩んでいると、めぐみんが疑問に答えてくれました。

なるほど、誰かに教えて貰わないといけないのですか……全てのスキルを無条件で覚えられる訳ではないのですね。

 

「なるほど、誰かに教えてもらえばいいのか」

 

なぜかカズマの視線がルリに向いている気がしますね。アサシンである彼女が持つスキルは知っている限りでは隠密や敵の感知のスキルでしたね。このスキルは昨日のカエルの地獄の際にかなり役立ちましたし、それ以外の様々な場面に使うことが出来るでしょう。

カズマがそれを覚えたいと思っても不思議ではありませんね。

 

するとルリがカズマの視線に気づいたのか、「教えて欲しいの」と首を傾げています。

 

「君がダクネスが入りたがってたパーティーのリーダー?」

 

声を掛けられた方を向くと、白髪を短く切りそろえた女性と、先日のクルセイダー……名前はダクネスらしいですが、彼女がその場に立っていました。

またこのパーティに入りたいと言いに来たのでしょうか?でもそれなら隣の白髪の女性はいる必要はあまりないような……

 

私が何の用件が尋ねようと声を掛けるよりも早く、ルリが白髪の女性に声を掛けました。

 

「……クリス……」

 

「あ、ルリ。久しぶりだね」

 

白髪の女性がクリスと言うみたいですが、いったいルリとはどのような関係なのでしょう?

お互いの名前を知っているのを見ると、知り合いであるのは確かだとは思うのですが……

 

「知り合いなのか?」

 

「うん。昔世話になったんだ」

 

ダクネスの質問を受けてクリスが答えた言葉を聞いて私は首を傾げました。

ルリはどう見てもクリスよりも年下にしか見えないのですが……一体どんな事で世話になったのでしょう?

こんど暇があったら聞いてみることにしましょう。

 

「それよりも、スキルを覚えたいなら盗賊スキルなんてどうかな?」

 

「えっと、盗賊スキルってどんなのがあるんでしょう?」

 

「隠密と敵の感知こそアサシンには及ばないけど、罠の解除や窃盗とか色々と使えるスキルが盛りだくさんだよ」

 

一部アサシンが負けるとはそう言った能力の事なんですね。とくに窃盗なんかは盗賊ならではの能力ですね。

その後、カズマは彼女に教えてもらう報酬としてクリムゾンビアを奢ると、意気揚々とスキルを教えてもらいに彼女についていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ帰って来たのですか」

 

カズマがギルドを出て三十分ほどした後でしょうか、カズマとそれに付いて行ったルリとダクネス、そしてなぜか涙目のクリスが帰ってきました。一体なにが彼女にあったのでしょうか?

地球にいた頃でもカズマが女を泣かせるのは良く見ましたが、今回はスキルを教えるだけ。泣くような要素が見当たりません。

 

「カズマその人どうしたの?」

 

私が質問するよりも早くアクアがカズマに疑問を投げかけました。

 

「うむ。クリスは、カズマにパンツを剥ぎ取られて……」

 

「……それを人質……金を全部取られた……」

 

…………………………

 

「そんな……カズマは卑怯な手を使うとは思っていましたが……ま、まさかそんな事をするなんて……見損ないましたよ……」

 

「おい、ちょっと待ってくれ!確かに事実だけど……おい!俺から逃げるな!!」

 

我が身の危険を感じ私は近づいてくる変態から距離をとります。

このままでは私まで変態の毒牙にかかってしまいます。それは皆も同意見のようでカズマから距離を取っています。

 

「おい、人の話しを聞けよ。教えてもらったスキルを使っただ……なんだよ。俺のことが信頼できないのかよ」

 

アクアとめぐみんは耳を塞いでカズマの話を聞く気はないようですね。まあ、この二人はカズマ発案の作戦で餌にされたから仕方ありません。

こう言っている私も耳を塞いではいないものの、カズマの事は信頼していません。カズマはヘタレで本当にやばいことはしませんがパンツくらいでしたら十分にやる可能性があります。

それに、どうやったらスキルを使って女性のパンツを剥ぎ取れるというのでしょうか。私にはカズマが力ずくで剥ぎ取った以外に考えつきません。

 

「こうなったら、実際に見てもらおうか。『スティール』ッ!」

 

カズマが私に手を構えるのが見えたので思わず身構えましたが、何も起こりません。

技名を叫んでいたことを考えると何かしらのスキルを使ったはずなのでしょうが………そういえば下が冷たいような気がします。風がスースーと感じられます。なにが起こったのでしょうか?

私が確認するため手を伸ばそうとした時でした。ビュゥゥゥーー!といきなり風が吹いてきました。舞い上がるスカートの裾を私は両手で慌てて押えます。

 

『………!!』

 

なんでしょう?

一瞬くらいは見えてしまったかもしれませんが、そんなにまじまじと見なくてもいいと思います。なぜ冒険者ギルドに居るほとんど全ての人が私に視線をむけているのでしょう。理解できません。

私がそんな事を思っていると、顔から冷汗を流しているカズマがこちらに近づいてきました。

 

「すいませんでしたぁぁぁあああ!!」

 

この男はどうしたのでしょう?

いきなり私の目の目の前で土下座をすると、私に白い布を突き出してきました。な、なんでしょうこの白い……あれ?これってパンツじゃありませんか……もしかして私が感じてる冷たさって……

私は確認をするため慌ててその場所に手を伸ばすと、そこにはあるはずのものがありませんでした。そしてカズマが持っている物をよく見てみると私が今日着ていたものです。つまり私は公然の場所で……

 

「きゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

「ぐべらっ!!」

 

私は思わず目の前にいるカズマの頭を蹴り飛ばします。

ななな、なんてことをさせるのですかこの変態は!こんな姿を見られたらもうギルドに来る事が出来なくなってしまうじゃありませんか!!

 

目の前で仰向けになって倒れている変態を許すことなどできません。私は仰向けに倒れているカズマに馬乗りになると、ルリに止められるまで彼の顔面を殴り続けました。

 

あの後、聞いた話では持ち物を盗むスキルの『スティール』で盗む物はランダムで自分で選ぶことはできないそうです。あの場で私や教えてもらって試してにやってみた際のクリスのパンツを剥ぎ取ったのは本当に運の問題だったそうですが、それでも許せません。

責任は取らせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううう……カズマのせいで傷ものにされてしまいました……お嫁に行けません……責任を取ってください……」

 

「おい!誤解を生むような言い方はやめろ!!大体さっき死ぬほど殴った……な、泣いてるのか?わかった!!俺が悪かったから泣くのはやめろ!今日は俺のおごりでいいから!」

 

ううう……あんな事をされて傷つかない女性なんていないですよ……

これで私が露出狂だとか言った噂ができたらどうしてくれるのでしょうか。そんな噂が出来たら家に引きこもるしか道はありません。

幸いなことに、事の成り行きを見ていた人達はカズマが私のパンツを奪ってそうなったというのが分かっているので、おそらくは大丈夫だとは思いますが……

 

私は自分を慰めてくるカズマを無視して隣のテーブルに目を向けます。

そこにはアクアにめぐみん、そしてダクネスが楽しげに会話をしていました。あの後、クリスは他の冒険者にダンジョンに誘われたらしく、そちらに行くと言ってダクネスをこの場に残して立ち去ってしまいました。

残されたダクネスは私がパンツをひん剥かれたことに何か感じたのか、このパーティーへの参加を願い出て、カズマはあの手この手で拒否しようとしたのですが、それが全く効果を示さず、アクアとめぐみんによってこのパーティーに入ることが決まりました。

彼女も問題児のように見えるのですがこのパーティは大丈夫なのでしょうか?

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!街にいる冒険者は今すぐギルドに来てください!繰り返します、街にいる冒険者は今すぐギルドに来てください!』

 

魔法を使っているのでしょうか?

ギルド内だけでなく街中に聞こえる音量でアナウンスされています。

それにしても緊急なのに皆焦った様子は見受けられません。むしろ喜んでいるように見えます。

 

「緊急クエストってなんだ。街にモンスターでも襲撃してきたのか?」

 

「……違う……」

 

カズマの疑問にルリが答えてくれました。私もカズマと同じようなものを考えていたのですが違うのですか。

ではどういったものなのでしょう?

 

「今の時期だとキャベツだろうな」

 

キャベツ?それって食べるキャベツのことでしょか?

異世界だから機械化が進んでいない事を考えると人員は必要でしょうが、緊急性はないと思います。

 

「二人とも首を傾げてどうしたんですか?キャベツはキャベツですよ。緑で丸い食べるとシャキシャキする野菜です」

 

それはわかります。でもどうしてキャベツが緊急クエストなのか分からないのです。

 

「ああ、そういえばカズマ……にあなたもたぶん日本人よね。だった知らなくてもしょうがないわ。二人ともよく聞いてこの世界のキャベツはね………」

 

アクアが私に説明しようとしてくれた時でした。

 

「皆さん!急なお呼び出しですいません!もう気づいている方も多いと思いますが、キャベツの収穫の時期がきました!今年は出来がいいため一玉一万での買い取りになります!すでに街の住民は避難させて頂いてます!くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我を負うことのないようにお願いします!」

 

キャベツが一万……それに逆襲……どんな意味なのでしょう?

私には見当が付きません。カズマも首を傾げているので私と同じように意味が分からないようですね。

 

「この世界のキャベツは飛ぶわ。味が濃縮されて収穫の時期が近づくと、食べられてたまるかとばかりに」

 

いまだに信じ切らない私とカズマが外に出ると、そこには空を飛ぶキャベツを追い掛け回す冒険者たち………

本当みたいですね。

 

「……俺、帰って寝てもいいかな」

 

そういってキャベツには目もくれず馬小屋のほうに歩き出すカズマ。やる気を失っているみたいですね。

 

私はそんなカズマを横目にギルドで虫取り網のような道具を借りてキャベツの方へ歩みだします。キャベツを追いかけ回すのは正直情けない姿なのですが、一玉一万円と言うのは非常に魅力的です。私はキャベツを野菜だとは思わず一万円と脳内変換します。すると急にやる気が沸き上がってきました。

ああっ!!一万があんなに沢山浮いているなんてここは天国ですか!?

 

私が一つでも多くの一万を捕まえることを決意して、冒険者達と一緒に一万を追い掛け回すことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

カズマside

 

異世界に来て、なぜキャベツを追い掛け回さなくてはならないんだと、やる気を失っていた俺はもう寝てしまおうと思い馬小屋に戻る事にした。

しかし馬小屋に帰っている途中でルリに捕まってしまい、彼女は追い掛け回したくないのなら別な方法があると、俺の手を掴んで引きずられて別の場所まで連れて行かれる事になった。

 

むろん俺は抵抗しようとしたが、ルリは小柄な体に似合わず相当な腕力があるようで俺の抵抗を意にも返さず引きずっていく……これがステータスの差、異世界に来て数週間だが本気で日本に帰りたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その網の端……持って……」

 

「ここでいいのか?」

 

俺は今街の建物の天井に上がっていた。

そこではルリが用意していた大きな網……漁業で使うやつだろうがそれが用意されており、俺は彼女の指示に従ってその網の端っこを持ち、その網の反対側の端はルリが持っていた。

一体こんなのを使って何をする気なんだろ?

 

「潜伏スキルを使って……」

 

俺は一旦、自分の疑問を心の奥底にしまってルリの指示にしたがうことにした。

 

潜伏は盗賊のクリスに教えられたスキルで物陰に身を隠すと敵に見つからなくなるといったスキルだ。ちなみにアサシンであるルリはこれを大幅に強化した隠密のスキルを使えるらしい。

何が違うのか聞いてみたが、潜伏と違って物陰に隠れていなくても効果を発揮するようで、人込みのど真ん中に立っていても気づかれずに済むと言った違いがあるらしい。

ただし、使っている本人に触れれば何人でも同じ効果を掛けれる潜伏スキルと違って、隠密スキルは自分以外の二人までが限界なようで、実際にルリはカエル討伐の際に俺とマナの二人までにしか掛けられなかった。

 

ともかく、俺とルリが潜伏と隠密のスキルを使って街を天井伝いに移動していると、街の中心から離れた路地裏にキャベツの集団が固まっているのが見えた。

何をしているんだ?これじゃ捕まえてくださいって言っているもんだぞ。

 

「……あそこと……あそこ……」

 

ルリが指をさすのは道の両端、そこにはそれぞれキャベツが一玉ずつ物陰から路地に続く道の様子を見ていた。見張りとか考える知性があるのか……

 

「……あのキャベツ……追い掛け回されて……疲れてる……」

 

疲れるとか見張りとか、それはもはや野菜じゃないだろ……

色々突っ込みたかった俺だが、彼女に突っ込んでも仕方がないのでそれを抑える……でもこの世界を作った神がいたらとりあえずそいつはぶん殴ろう……

そんな決意を固めていると、ルリから声が掛かっていた。

 

「……三秒……飛び降りる……大丈夫?」

 

ああ、なるほど網を使って何をするのかようやく理解できた。

 

普通の奴なら見張りのキャベツにばれてしまうが潜伏や隠密のスキルを持つ俺やルリは見つかることはない。それを利用して集まってるキャベツを網で一網打尽にする気なのだろう。

なぜキャベツごときにそんな知能戦をしなくてはいけないのかといった悩みは胸の内に一旦しまっておく。追い掛け回すよりは、はるかにマシだ。

 

「…一…二…三…行く」

 

ルリの合図に合わせてその場から飛び降りると、網の中にキャベツが面白いほどに入ってきた。

その数は十数玉くらいだろうか?さすがに端で見張っているやつは捕まえられなかったが、それでも十分な数だろう。

 

「これを繰り返す……うまくいけば百万エリス程になる」

 

百万エリスか……それだけあれば装備も整えられるし、そうなればあのカエルくらいなら楽に倒せるかもしれない。あのカエルは受付の人に聞いた話だと金属を嫌うみたいだしな。

相手がキャベツであることさえ除けばいい儲け話だろう。

 

「でもどこにいるのか分かるのか?」

 

「敵感知のスキル……」

 

俺はルリに言われて思い出したようにスキルを発動させると、キャベツとそれを追い掛け回している冒険者やここと同じように休憩を取っているキャベツなどがどこにいるのかがすぐにわかった。

キャベツは敵に入るのか……本当にこの世界のキャベツはどうなっているんだ。

 

俺が頭を抱えたくなっていた時に路地から見える道にキャベツが居るのが見えた……一応敵だし試してみるか。

 

「『スティール』ッ!」

 

俺が手を突出しスキルを発動させると俺の手に中にキャベツがあった。

それを関心した目でルリが見ていた。

 

「……そんな使い方……あったんだ……」

 

その後、俺はキャベツの集団をルリと協力して一網打尽にしながら、見張りのキャベツや移動中に見えたキャベツを『スティール』を使って捕えまくった。ルリは尊敬の入り混じった眼差しで俺を見ていたが、キャベツの捕獲でそんな目を向けられても正直全然嬉しくない。

異世界に来て冒険や強力なモンスターとの対峙を夢見ていた筈なのにどうしてこうなったんだ……

アクアが言っていたこの世界に転生を望まない人が増えている理由の一端が見えた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれはそれなりの値段になる……」

 

「まあ、それなりの数は捕まえたしな」

 

あれから三時間後、キャベツを相当数捕まえて俺とルリの二人は、キャベツをギルドの職員に渡すと酒場で軽いお祝いをしていた。まだキャベツは逃げ回っているらしく冒険者は俺たち二人以外一人もいない。

粘ればもう少しくらいは稼げるのだろうが、さすがに疲れた。ギルドの職員に渡した際に驚いた顔でこんなにキャベツを持ってくる人はいないといっていたから、かなり稼げているだろう。

 

「しかし、ただのキャベツがどうしてこんな美味いんだ」

 

「?……取れたてのキャベツ……こんな感じ……経験値も上がる……」

 

キャベツを捕えたり食ったりで上がる経験値……一体この世界はどうなっているのだろう。

一つ確かなのは、この世界では俺の常識は基本的に通用しないと言う事だけだろう。

 

「……あ……野菜スティックを食べるなら……」

 

「野菜がどうしたんだ?」

 

俺が野菜スティックを摘まもうと手を伸ばすと野菜はひょいと身体を曲げて俺の手から逃れる。

おい、これってまさか……

 

「……生け作りの野菜……普通だと逃げる……」

 

他の野菜も動き回るのかよ。本当にこの世界の野菜はどうなってるんだ。動き回るなら動物だろ、それを野菜とは言わないだろ。てっか、切られても動き回れるなんてどんな生命力してんだよ。この世界の野菜はミミズやトカゲの尻尾と同じなのか。

俺が頭を抱えたくなる中、ルリはいとも簡単に野菜スティックを摘まむ。

 

「どうやったらそんな簡単に取れるんだ?」

 

「隠密スキル……」

 

気配を消して野菜を捕まえたのか。便利だなそのスキル。

俺としても本当は上位である隠密スキルの方が欲しかったのだが、覚えるためのポイントが高いとルリに聞いたためあの場では断念せざるを得なかった。

ルリはいつでも教えてくれると言っていたが、それだけのポイントを集められる日は来るだろうか……

 

「ん、どうしたんだ?」

 

ルリは手にした野菜を食べる事なく、それを俺の目前に差し出してきた。

 

「……あげる……」

 

俺は彼女に頭を下げつつ差し出された野菜を手に取り口の中に放り込む。やはり地球の野菜とは比べ物にならないくらい美味しい。

 

それにしてもルリは暗殺できないところを除けば、このパーティーでは常識人に近い。

お調子者の女神に爆裂狂の魔法使いにドMクルセイダー、あいつらに囲まれているから無口なところもあまり気にならない。

ちなみにマナは守銭奴と言えばいいのだろうか、金への執着心が強い。さすがに命より金が大事というものではないが、修学旅行でなくした十円の捜索に一時間ほど手伝わされたことがある。

 

ともかくこの常識的な考え方に、そして何よりも他人を気遣える優しさ……この世界で唯一出会えたヒロインともいえる女性だ。

 

「ん?……いきなり頭を撫でて……どうしたの?」

 

「なんでもないんだ。ただルリはこのままでいてくれればいいんだ」

 

「?」

 

意味が分からないと可愛らしく首を傾げるルリ。

 

意味が分からなくてもいいんだ……そのままでいてくれるなら。

もし彼女までアクアのようになってしまったら、俺は家に引きこもってしまうかもしれない。

俺がそんな事を考えている時だった。

 

 

「すいませんカズマさん!!あなたのお仲間がキャベツに引き寄せられたモンスターに囲まれてるとの情報が入ったのですが!!」

 

……………………………

 

今のを聞かなかった事にして馬小屋に帰って寝るとしよう。

俺がそんな考えと共に立ち上がるとルリに服の袖を掴まれた。

 

「助けに行こう……」

 

正直行きたくない……俺の頭の中にはアクアが調子乗ってバカしてモンスターに追い掛け回されているか、あのドMクルセイダーが満悦の表情でモンスターの群れに飛び込んでいく光景しか想像出来ない……そしてその後に爆裂狂の魔法で吹き飛ぶモンスター達も想像できた。

 

「……行こう……」

 

「わ、分かった行くから。行くから。だから涙目はやめろ」

 

その小柄な体格で涙目は卑怯だろう。

それを断ったら俺は一気に悪者に成り下がってしまう。現にギルドの受付の人の目が若干厳しくなっている。

 

その後、モンスターの群れに向かった俺たちは想像通り、モンスターに囲まれながら喜んでいる変態を助け出し、その後、これまた想像通りに爆裂魔法をかまして動けなくなった魔法使いを背中に乗せて逃げ出すなど、思った通りのことをやるはめになった。

せめてパーティーメンバーだけでも変更してくれないかと、俺はその日初めて神に祈ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

マナside

 

ふう……

一万を追いかけてもう四時間ほどになりますが、いい稼ぎになりました。最初の方は逃げ惑う一万に苦労しましたが、慣れてからは次々と一万を捕まえてもう二十万を手に入れましたよ。

それにしても一万とはこんな緑の丸い物体でしたでしょうか?

……ああ!!いけません。キャベツを一万に脳内変換したままでした。

 

ともかく、大量にキャベツを捕まえた私は上機嫌でギルドに向かおうとすると、疲れ果てた顔でめぐみんを背負うカズマに、ロープでミノムシのように縛り付けにされたダクネスに、それを引きずっているルリに会いました。

 

「疲れてるようですが……何かありましたか?」

 

「見ればわかるだろ」

 

めぐみんはおそらく爆裂魔法の魔力切れでしょうが、ダクネスを縄で縛り付けている理由がわかりません。そしてなぜ縄で縛られているダクネスは悦楽の表情を浮かべているのでしょう。

普通は嫌がりませんか?

 

「この変態はモンスターの群れに何回も突っ込むから、めぐみんの魔法でぶっ飛ばすまで『バインド』で動きを止めてたんだ」

 

そんなことがあったのですか……

二人が疲れているのは、何度も敵に囲まれたダクネスを助けに行ったからなのでしょう。

なんと言うか……ご苦労様と言ったところでしょうか。

 

あれ?少しまってくださいね。迷惑を掛けたのはダクネスだけだと言うことは……

 

「それだとめぐみんは珍しく活躍したのですか?」

 

「珍しくとはなんですか、珍しくとは、まだそれほど長い付き合いではないはずです。そんな不名誉な言い方はやめてもらえませんか」

 

そう言いながら私の頬に杖を押し当てるめぐみん。

てっきり、死に体だと思っていたのですが、まだそれだけの事が出来る気力があったのですね。

 

「では、アクアはどうしたのですか?」

 

「……私とカズマ……見かけてない……」

 

「私は知りません」

 

「私もだ」

 

全員がアクアの居場所を知らないみたいですね。では何処に行ったのでしょうか?この街の広さはそれなりにありますが、それでも一度も出会わないのはおかしいはずです。

 

そんな時でした、私達の耳にドカン!!やズドン!!といった轟音が聞こえて来ました。音がする方を見れば粉塵が舞っているのが見えます。

なんでしょう……非常に嫌な予感がします。

 

「カズマさん!!カズマさん!!聞こえてるでしょ!お願いだからこっちに来て!あっ!!いやぁぁぁあああ!!」

 

嫌な予感が的中しました。

私は取り合えずカズマの肩に手を置いて哀れみの視線を向けた後、その場を……

 

「まて!!お前、何処に逃げようとしてるんだ!!」

 

「は、放してください!!厄介ごとに巻き込まれるのはごめんです!私以外を連れて行けばいいじゃないですか!」

 

「お前以外に誰がいるんだよ!」

 

「誰って……」

 

めぐみんは魔力切れでバテているので論外として、ルリなら……

 

そんな期待を込めた視線を彼女に向けると、彼女は申し訳なさそうにロープの先に視線を移しました。そこには「厄介ごとか。ならば私を盾に……」などと言いながら息を荒くする変態……

 

結論、私以外いませんでした。

 

「貸し一つですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから自力で歩ける程度に回復していためぐみんを地面に降ろしたカズマは、めぐみんやルリと別れ、私を連れて騒動の中心地に向かいました。

 

「なんだあれ?」

 

「え~と、キャベツの集合体ですよね」

 

私達の目の前には巨大な緑の球……正確にはキャベツが無数に集まって巨大な一つの球となしているのですが、それが宙に浮いてました。

それにしてもあれだけのキャベツを捕まえたらどれだけのお金になるのでしょうか?百万いや五百万はくだらないはずです。

 

「お前……今お金の事考えただろ」

 

「い、いやだな、そんな事なんて、考えてるはずないじゃないですか。それよりもアクアです。アクアを探してとっとと帰りましょう」

 

カズマは私を暫く訝しんでいましたが、私が愛想笑いを浮かべていると何かを諦めたようにため息を付いた後、アクアを探し始めました。

 

「そういえば、クリスから感知スキルを教えてもらったのですよね。それは使えないのですか」

 

「さっきから使ってるんだが……変な場所を示してるんだ」

 

「変な場所?」

 

私か首を傾げるとカズマは指をさしてその場所を示しました。その指の先には、巨大なキャベツの集合体があります。

まさかアクアは、あのキャベツの集合体の中なのでしょうか?たしかに人一人どころか何十人と中に入れられそうな大きさはしてますが……一応、間違いがないかどうか聞いてみましょう。

 

「変な場所ってキャベツの群れの中ですか?飲み込まれでもしたんでしょうか?」

 

「どうだろうな?あれ自体がなんだか知らんし、それとついでだが、アクア以外の人の反応もあそこに大量にある」

 

大量にって……アクア以外にもあの中飲み込まれたのでしょうか?

でも、仮にそうなっているとすればどうすればいいのでしょう。空高く浮いているあれには私たちでは手出しできません……いや、あの大きさだとたとえ地上にあったとしても手出しする事は出来ないですし。

 

『貴様達は先ほどの愚者の仲間たちか』

 

え?

今声が聞こえたと思いますが……空耳じゃありませんよね?

 

「カズマ、今声が聞こえませんでしたか?」

 

「ああ」

 

どうやら空耳ではなかったようです。私は声を誰が出したのかを知るために頭を回して辺りを確認しますが、私達以外の人は見当たりません。

あれ?そういえば、今はキャベツの収穫で忙しいはずなのに、人が居ないとはどういったことなのでしょう。街の住民は避難しているそうなのですが、それでも先ほどまでは走り回る冒険者の怒号などが聞こえていました。

それなのに今は不気味なほど静かです。

 

そう言えばカズマが大量に人の反応があると言っていましたね……まさかここら一帯の冒険者があのキャベツの中に取り込まれたとでも言うのですか……

 

私が意見を聞くために慌ててカズマを見ると、彼も私と同じ考えに至ったのか冷や汗を流しています。

 

『貴様等!!我の前できょろきょろとするとは無礼ではないか!跪かぬか!』

 

私達の耳に響く怒鳴り声、その方向を向けば巨大なキャベツの球……あれが喋っているようですね。

さすが異世界……キャベツは飛んで動き回るだけでなく喋るのですね。もうここでは地球の常識が一切通じないのだけは物凄く理解できました。

 

「カズマど……なに跪いているのですか!?」

 

私が目を向けるとそこには頭を地面につけて跪いているカズマの姿が……この男にはプライドはないのですか。キャベツ相手に頭を下げるなんてみっとも無いです。人間としての誇りを失わないでください。

 

『そこの男は躾がなっているようだな』

 

頭を素直に下げるカズマもカズマですが、このキャベツの上から目線はなんなのでしょうか。いや、実際に視線は上からになっているのでしょうが、それでも調子に乗りすぎです。

自分が金……じゃなくてキャベツと言う動物や虫に食われるだけの存在である事を忘れているのではないでしょうか。

 

「申し訳ありませんが、先ほど言った愚者とはどのような人でしょう」

 

もう敬語まで使っています。

今になって思い出しましたがこの男は地球にいた時でも自分より立場の強い者には決して手を出さず謙っていましたね。逆に立場の弱い者は調子に乗ってもの凄くいたぶっていましたが。

 

『ふむ、礼には礼で返さなくては、良いだろう教えてやろう。愚者とは青髪の調子に乗ったアークプリーストの事だ』

 

それは聞いた私達は、巨大キャベツの言っている愚者がアクアである事を理解しました。

そんな人物なんて私達にはアクア以外は思い浮かばないというか、世界中を探しても当てはまるのは彼女しかいないと思います。

 

「一体なにをやったのでしょうか?」

 

『あの愚者は我が旅立つための準備をしていたのにも関わらず、それを引っこ抜いたのだ』

 

「えっと、それって、発育が遅くてまだ畑に居たのをアクアが引っこ抜いたってことですか?」

 

『礼儀の弁えない貴様に答えるのは癪に障るが、その通りだ』

 

なにをやっているのですかあの馬鹿は……

 

私もカズマも思わず頭に手を当ててため息をつきます。なぜ畑で飛び立っていないキャベツを狙ったのでしょう。

受付の人に聞いた話では飛び立つ前のキャベツはほとんど価値がないとの話でしたが……なんか深く考えると頭が痛くなってきそうなので、もうこの件を考えるのはやめましょう。

それよりも今はアクアの行方です……まあ、想像はついてますが……

 

「その馬鹿を一体どこにやったのですか?」

 

『腹が立ったのでな、周りにいた冒険者と一緒に喰らってやったわ』

 

概ね予想道理でしたが、食ったって……口は一体何処にあるのでしょう。そもそも、野菜は物を食べる生き物でしたっけ……

色々と突っ込みたいのですが、隣のカズマが非常に頭が痛そうにしながらも堪えているので私も堪える事にしましょう。

 

それにしてもどうすればいいのでしょう。戦って奪うのはどう考えて無理ですし、交渉もうまくいくかどうか分かりません。

 

『貴様達、あの愚者の名前を知っているようだが、一体どのような関係だ。まさか仲間などと言うのなら……』

 

「唯の知り合いです」

 

「え!?」

 

カズマは迷う素振りすら見せずにそう断言すると、立ち上がり方向転換、そのまま引き返し始めました。

この男、アクアを見捨てる気ですか!?一応同じパーティの仲間でしょう!!

もうこうなったらこの男には頼りません。私一人でもアクアを取り返してみせます。

 

『そこの者はどうなのだ?』

 

そう言ってこちらに近づいてくる巨大な緑の球……今思ったのですけど、この巨大な球に踏み潰されたら死にますよね。ぺしゃんこになりますよね。

 

うん、アクアは諦めましょう。

 

「ただの知り合いです。失礼しました」

 

そう言って一礼すると私はカズマの後に続きました。キャベツだろうと礼儀は大事ですよね。

 

『お前ら、少し待て』

 

後ろから聞こえて来た声に私もカズマを足を止めます。

一体なんのようなのでしょう。アクアとは関係ないと言ったので用事があるとは思えませんが。

 

『我はな、運よく手にいれたこの力を使って、とても良い事を考えついたのだよ』

 

「それは良かったな、うまくいく事を祈ってるよ」

 

「ええ、そうですね。うまくいくといいですね」

 

そう言って笑顔で返す私達……キャベツの方もそれに笑顔でいるように感じます。

なのにどうしてでしょう?冷や汗が止まりません。それだけでなくカエルに囲まれた時のように第六感が危険信号を発しています。

 

『それはだな……お前達、冒険者にキャベツの復讐をすることだ!!』

 

や、やっぱり!!

 

こうなった逃げるしか……あれ!?身体がうまく動きません!?ど、どうしてですか!?

私が慌てて後ろを振り向くと、私の両肩に手を当ててしゃがみ込み、私を盾にしようとしているカズマの姿が……この男!!!!

 

「カズマ放しなさい!普通は男のあなたが盾になるべきでしょう!!」

 

「いや!ここは最弱の冒険者ではなく、上級職のお前が身体を張って守るべきだろう!!勇者とか英雄ならそうするだろ!!」

 

そんなものに私はなる気はありませんよ!!

私はカズマの手から離れようともがきますが、カズマもなにやら必死のようで私を掴んでいる手を放そうとしません。

 

「な、何が目的ですか!?二人一緒に逃げれば良いじゃありませんか!」

 

「それだと、ステータスの差で俺だけ逃げ遅れて、巨大キャベツにやられるのが目に見えているので却下だ!」

 

道連れですか!!自分は絶対に助からないのが分かっているので私を道ずれにする気ですか!

 

って、こんな争いを繰り広げている間にキャベツは目の前に迫ってきます。

この男の思うままになるのは気に食いませんが、このまま争っていては二人仲良くペシャンコになってしまいます。私は腰に下げた剣を抜くと、それを盾代わりに構えます。

そして巨大なキャベツの球は勢いを保ったまま私の剣に衝突しました。

 

「ッッ!!」

 

一瞬、身体が吹き飛ばされたかと思うほどの衝撃を受けましたが、何とか持ちこたえる事に成功しました。おそらく、カズマが私を盾にするために後ろから押していたためでしょう。

素直には喜べませんが、吹き飛ばされる事やペシャンコになる事がなかったのでよしとしましょう。

 

『よく耐えたな。しかし二度目には耐えられるかな!!』

 

巨大な緑の球は一度、私達から離れて宙に浮かぶと、手の放された振り子のように勢いをつけて私達の方に向かってきます。

 

「マナもう一度踏ん張るんだ!俺はその隙に逃げる!お前が時間を稼いでくれれば俺だけは逃げ切れるはずだ!!」

 

「む、無理ですよ!今の一撃で腕が痺れたんですよ!それにそこは俺がどうにかするって言うんじゃないですか!?逃げるとは何ですか!人を勝手に盾にしといてそんな事が許されと思っているのですか!!」

 

私達が言い争っているいるうちに巨大な緑の球はこちらに先ほどとは比べ物にならないスピードで向かってきます。

ここまでですか……私は目を瞑り身体を身構えて来るであろう激痛に耐えようとします。できるのなら前と同じように痛みが少ないと良いな、そんな事を願っていた時でした。

 

「『スティール』ッッ!!」

 

カズマのスキルを発動させたようです。しかしこれに盗みのスキルを使ってなんの意味が……あれ?痛みどころか衝撃すらいまだにきませんね。あのスピードだともう衝突しているはずなのですが、一体どうしたのでしょうか?

 

私が薄っすらと目を開くとそこには巨大な一つの球から無数の小さい玉に別れていくキャベツ達、そしてその中にいた冒険者達が大量に地上に降りて……あっ!アクアも居ます。

私がほっと一安心しながらカズマの方を見ると、彼の突き出した右手の中に、妖精といえば良いのでしょうか、透明な羽を生やした小さな女性がいました。

 

「そ、その、少し話し合わない?」

 

私はカズマを顔を見て思わず後ずさってしまいました。

なぜならそこには、私が今まで見てきた中で一番ともいえる下衆な笑みを浮かべたカズマがいたからです。

 

「おいおい、さっきとは口調が違うじゃねぇか」

 

「いや、これはだネ。その調子に乗っテいたと言うか……その……」

 

あなたこそ先ほどの謙った敬語は何処にいったのですか?

 

「そうか、調子に乗っていたのか?いや別に謝らなくてもいいですよ。でもなぁ~上の立場の者には跪くのが礼儀って誰かいってなかったかな~」

 

「カカカ、カズマ様……こ、この食ベらレるしか、役目のな、ない……その小さなそ、存在……デある私の話を、おお、お聞き……願えまセんか?」

 

手を握り締め、身体を震わせながら恥辱に耐えながら言葉をつむぐ妖精(仮)……正直同情を禁じえませんよ。

捕まった相手があのカズマなのです。逆らえばとても公衆の面前では口にも出せない事を十や二十もやらされる事でしょう。

この絵図だとカズマが確実に悪役ですよね。

 

「カズマ!カズマ!!」

 

聞きなれた声が聞こえた方向を振り向けば、そこには涙を流しているアクアがこちらに突っ込んで来ました。そしてその勢いのままカズマに抱きつきました。

 

それを見たカズマはにっこりと笑みを浮かべた後、精霊(仮)を持った右腕を上にあげると、それを振り下ろしました……アクアの頭に……

 

「い、痛い!!」

 

「い、痛いじゃない!なにするのよ!!囚われの身だったの女神が感謝してるのよ!涙を流して感動する場面でしょ!なんで殴るのよ!!」

 

「はぁ?女神?俺のイメージする女神はお前みたいな奴じゃなくておしとやかで知性に溢れている奴の事を言うんだよ!!大体この騒動だって元を正せばお前のせいだろうが!なんで収穫前のキャベツを取ってるんだよ!」

 

「なによ私が悪いって言いたいの!?しかたがないじゃない!目の前に動かないキャベツが大量にあるのよ!一つや二つくらい混ぜても気づかない……痛た!カズマ!カズマさん!!痛い!痛いんですけど!!謝る!謝るから頭をポカスカ叩くのはやめて!!」

 

アクアの頭を何度も叩きつけるカズマ……無意識なのでしょうか、殴りつける手が右手なので妖精(仮)も被害にあって痛い痛いと喚いています。

しかも妖精(仮)の方が体格の差から被害が大きいようでアクアが涙目でとどめているのに対してあちらはガチ泣きしています。

 

「カズマ、アクアは後で皆で叩きのめ……説教すれば良いので、ひとまずはその右手の者をどうにかしましょう」

 

私がそう言うとカズマは拳を収めると自らの手で握っている妖精(仮)に目を向けます。アクアが「ねぇ、今叩きのめすって言わなかった?私の気のせいじゃないよね!?」などと言っていますが、彼女はこんな騒ぎを引き起こしてお咎めなしですむと思っているのでしょうか。

取り合えずカエルの餌にはもう一度なってもらいます。

 

「これはなんなんだ?おいアクアこれのこと知っているか?」

 

「まあ知らなくもないけど……ついさっきまで私の頭を叩いた不届き者に教える事なんて……カズマ?どうして手を突き出して『スティール』の構えをしているの?ちょっとマナはどうして私を取り押さえるの?ふ、二人も落ち着きましょ……分かった!説明する!!説明するからカズマは構えを解いて!!」

 

素直に話し合いに応じてくれる気になって嬉しいですよ。

このままではカズマはアクアがマッパになるまでセクハラ『スティール』をし続けるつもりのようでしたから。彼はヘタレですが、怒っている時はその限りではありませんからね。

 

「それはね。キャベツの妖精のようなもので、数千万個に一つの割合で生まれるのだけど、ほとんどは成長仕切る前に枯れたりしてめったに見られないものなのよ。それに、もし成長しきっても動き出すようになる頃には凄まじい力を得ているから捕まえる事なんて不可能、今回カズマが簡単に捕まえられたのは私が成長仕切る前に抜いたせいで未成熟だったからね」

 

一応アクアに感謝するべきなのでしょうか?

動機はかなり不純ですが結果的に見れば強大な力を持つ敵の成長を阻害した事になります。

 

(アクアには感謝の言葉を言うんじゃねぇぞ)

 

(どうしてですか?)

 

(調子に乗ってまた厄介ごとを引き起こすだろ)

 

うん……カズマの言っている事が凄く納得できました。まるで過去にあった出来事かのように容易に想像できました。

本人も気づいていないようですし、この件の追及についてはしない方向でいきましょう。

 

「それにしてもこれをどうするんだ?倒せば経験値になるのか?」

 

「残念ながら経験値は他のキャベツと同じよ。でも珍しいからそこら辺の商人にでも売りつければ屋敷が軽く一軒は立つだけのお金をもらえるんじゃないかしら」

 

ほう、それだけのお金をもらえるのですか。これはもう売り払うしかありませんね。

その後この妖精は悲惨な目が待っているかも知れませんが私には知ったことではありません。敵にかける情けなど無用です。現実とは非情なものなのです。

 

「カズマ、分け前は5対5でお願いします。もし了承できないのであれは、女性を盾に使ったとギルドで噂を流しますよ」

 

「わかったよ。それじゃこれを何処で売るか……」

 

「ちょ、ちょっとまっテ!!」

 

妖精を売る方向で意見が固まっている中、その売り物である妖精が声を上げました。

一体なんの用なのでしょうか?

 

「その女性が言っテいるのは成熟したときの値段デ未成熟のボクにそのような値段がつくとは考エらレないよ」

 

アクアに確認を求めると、彼女は思い出したように頷きました。

そうですか、それほど高くありませんか……ではどうしましょう?この妖精に使い道なんてあるのでしょうか?

 

「だ、だからさ、ここはボクを逃がさない。情けは人の為にあらずっテいうじゃない」

 

つまり逃げたいのですね。そんな都合のいい話を聞く人間なんてこの場にいるはずが……

 

「そうだな」

 

「「へ???」」

 

私とアクアは思わず気の抜けた声を上げてしまいました。

だってあのカズマですよ。仲間を平然と盾や餌にするカズマが妖精の話を聞こうとしているのですよ。

 

私達は信じられずカズマの顔を見ると、そこには全ての罪を許し浄化する仏のような笑顔を浮かべたカズマがいました。ま、まさか本気なのですか!?

困惑する私達の気持ちをよそに、カズマは、小さな幼魚を釣り上げてしまった釣り人のように手の中の妖精を解き放とうとします。

 

……先ほどまでキャベツの中に居た、殺気立った冒険者の方向へ……

 

「ストップ!やっぱりまだ話し合うことがあるみたいだよネ!もう少し話し合おうか!!」

 

「心配しなくていいぞ、お前の話はあっちにいる殺気だった冒険者達が聞いてくれるみたいだから」

 

私もアクアもほっと息を吐きます。どうやらカズマはカズマだったようです。心の底から安心しました。明日には空から槍でも降ってこないかと本気で心配しましよ。

それにしても冒険者の皆様は相当殺気立ってるみたいですね。

 

「あの~一体どうしてそんなに殺気だってるのですか?」

 

「そこの妖精さんにはよ。変な言い掛かりを付けられて飲み込まれるだけに飽き足らず、俺たちが捕まえたキャベツまで解き放たれたんだぜ。これでボーナスは丸つぶれだ」

 

それはご愁傷さまです。

見た限り冒険者は30~40人ほど居ます。この数に責め立てられたら軽く死ねますね。まぁ、妖精の方は自業自得ですし、しょうがないのでしょうが。

 

すると、なんらかの話が纏まったのか、ロープを使って妖精を縛り上げたカズマがとても良い笑みを浮かべながら冒険者の方に向かっていきました。

 

「なぁ、コイツに復讐するよりも手っ取り早く儲ける話があるんだが乗らないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネェ、そろそろおしまいで良いよネ!!私が逃がした以上の数をすデに捕まエてると思うんだけど!?」

 

「うるさいです!!とっと一万を集めないと生きたまま表面を焼いた後に皮を剥いで食べますよ!!」

 

「今、一万っテ言った!?ボクたちの事を一万っテ言ったよネ!!そレに、その食べ方に焼く意味があるの!?」

 

今、私達はこの妖精が一万を集められるといった習性を使って、無防備にこの場に集まった一万を事前に用意した罠などを使って捕まえていました。

自由に飛び回られると厄介ですが、ここに来るとわかって周到に罠さえ準備すれば捕らえるのは難しくはありません。すでに私達は合計で百万以上を捕らえたのではないのでしょうか。

 

「ねぇねぇ、カズマ。マナの性格変わってない?あんな風に大声を上げながら、血走った目で何かする人だったっけ?」

 

「あいつは昔から金が絡めばあんな感じになる。小学生の時には叫びながらオオクワガタを追い掛け回した事もある奴だぞ。今回はまだマシなほうだ」

 

何やら外野が失礼な事を言っていますが今のところは無視します。彼らに抗議したりしてもお金になるわけではありませんしね。今はそんな事よりも一万を捕まえる事が大事なのです。

 

「アクアも一緒に取らないのですか?良い稼ぎになりますよ!」

 

「え、遠慮させてもらうわ。なんかそこに入ると、人として失ってはいけない何かを失ってしまうと思うの」

 

一体何を失うというのでしょうか?ここに入れば失うどころかお金が手に入ると思うのですが……

一応、私が辺りを見渡し確認すると、そこには血走ったとても正気とは思えない目で「金だ!金だ!!ヒャッハー!」と叫ぶ冒険者たち……お金を前にしたら当然の行動じゃないですか。何か可笑しいところがあるのでしょうか?

 

「ネェ、本当にもう良いよネ!?もう仲間に「裏切り者」とか「騙したのか」っテ言わレたくないんだけど!お願いだからもう許しテ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後私達は街中のキャベツを取り尽すまでこれを続けました。

本当に良い稼ぎになりましたよ。これを考えたカズマには感謝しています。

そういえばカズマとアクアが落ち込んでいる妖精に同情の視線を送っていましたが一体何かあったのでしょうか?カズマに聞いたら生暖かい視線を向けられました。本当にどうしたのでしょうか?




今回は初めてカズマの視線を書いたのですか、どうだったでしょうか?
おかしな部分があったら感想に書いてください。ただし作者は豆腐メンタルなので優しくお願いします。

それとこの小説ですが、一巻の部分、文字数にすると十一万字ほどはすでに書き上げているので、それまでは二日に一話のペースで投稿して行きたいと思います。

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