「で、俺の葬式の帰りにトラックに轢かれて死んだと……」
「ええ、そうです。あなたのせいですよ。責任を取ってください」
私達は再会してから暫くの間、あまりにも予想外の出来事だったので、愕然として立ち尽くしてしまいました。
しかし和真の隣にいた青髪の女性が「カズマどうしたの?いきなり女性と見つめあったりして、まさかこの人に一目惚れでもしたの?」と言われたのを切っ掛けに互いに正気を取り戻し、お互いの事情を説明するために椅子に座って話し合いました。
和真の説明を聞いたのですが、彼はこの世界に転生してから、暫くの間この世界で生活しているようです。
そして私の番になったため、今までの事情を説明していたのですが……
「どう考えても俺のせいじゃないだろ。お前の注意不足だ」
「そうですが……」
責任と言ってしまいましたが、和真に非は全くと言っていいほどなく、私が死んだのは私自身の注意不足のせいというのは理解しています。
それにも関わらず彼に責任を押し付けようとしたのは、一言で言ってしまうとお金が欲しかったからです。
だから、彼に責任を負わせてお金を貰おうとしたのですが、こうもあっさりと返されるとは……この方法でお金を貰うのは無理のようですね。
私がどうやって和真からお金を巻き上げようかと考えていると、視界にこちらを興味深げに見つめている青髪の少女が目に入りました。
そういえば彼女はギルドに入ってくる時に和真と一緒にいましたが、一体どういった関係なのでしょう?
彼女とかは和真の性格を考えると、よほどの性癖を持たない限りは考えられませんが……
とりあえず聞いてみることにします。
「そこにいる青髪の美女は誰なのですか?知り合いとはちょっと違うようですけど……」
それを聞いた女性は待ってましたと言わんばかりに立ち上がると、自信たっぷりにこちらに話しかけてきました。
「よくぞ聞いてくれました。私はアクシズ教団が崇める御神体、水の女神アクアよ」
「なるほど、そういう妄想なんですね」
「違うわよ!私は本物の女神、ってなに耳ふさいでるの!?お願いだから私の話を聞いて!!」
ああ~、私は何も聞こえません。自分を女神と勘違いした輩に絡まれるなど面倒事になる予感しかしません。
それにしても、こんな気狂いと一緒にいるなんて同情を禁じえませんよ。私がカズマに憐みの視線を送っていると、彼は「それをお前がいうのか」と言いたそうに顔をしかめました。
確かにお金関係で色々と付き合わせましたが、自分を神だと自称する女よりはましだと思うのですが……
私が視線で抗議していると、和真は立ち上がり癇癪を起こしている女性……本名がわからないので取りあえずアクアにしておきましょう。
彼女の首元を掴みあげると私に「またな」と言ってから立ち去ろうとしてしまいました。
不味いです。このままだと私は身売りでもしなければいけなくなってしまいます。それだけは避けなければいけません。
私は慌ててこの場から立ち去ろうとする和真の袖を掴みました。
すると彼は私に振り返り、一体どうしたんだとその目で告げて来ます。
彼に借りを作ると何十倍の事を請求される可能性が高かったので避けたかったのですが、こうなってしまってはしょうがないでしょう。
後でどんなことを請求されるか内心怯えながらも私は彼にお願いを伝えます。
「お金……」
「はぁ?」
「お金を貸してください……」
彼はしばらく私を見つめた後、合点が行ったという顔をしました。
きっと彼にも似たような経験があるのでしょう。今になって思えば、アクアを言いくるめてお金を巻き上げていたのかもしれません。なんせ彼女の顔にはバカと書いてありますからね。
「悪いんだが俺も人に貸せるほどお金を持ってないんだよ。他の人に貸してもらってくれ」
彼は申し訳なさそうにしながらも私にそう告げました。
こんな事ってありですか……もう、私には頼れる人は和真しかいないのです。ここで見捨てられたらどうなってしまうか分かりません。
だから諦めるわけにはいかないのです。
「お願いします!金を貸してください!!お金を貸してくれたらなんでも言う事を聞きますから!前に和真の家に遊びに行った際にパソコンの画面に出てた、メイド服だって着ます!それでも足りないならいけないホテルに連れて行っていかがわしい事をしてもかまいません!だからお金を貸してください!!」
「ちょ、お前、何を言い始めるんだ!そんな事言われても……おい!?いきなり泣き始めるな!お前がさっき言ったことのせいで周りの視線が厳しくなってきてるだろ!おい聞いてるのか!!」
もうこうなったら、和真がお金を貸してくれるまで離しません。
ヘタレだからそこまではしないと思っていけないホテルに連れて行っても良いと言ってしまいましたが、本当に要求されてもかまいません。
見知らぬ男にされるよりはよっぽどましです。
「わかった!!貸す!お金はちゃんと貸すから!だから一旦離れろ!!」
そう和真が言ったのを聞いて私は笑顔を浮かべて彼から離れました。
良かったですよ。お金を貸してもらえることになって、でもなんでも言うことを聞くと言ってしまったことに若干の不安がありますね……
ヘタレの和真ですから、いかがわしい行為以上の事はしないと……てかそれ自体も無理だとは思いますが、一体どんなことをされるのでしょうか?
「その代わり一つ条件があるぞ」
「いいですよ。なんでもいう事を聞くと言ったのは私ですので」
私がそう言って頷くと彼は条件を出してきました。
「じゃあ、俺のパーティに入ってくれ。ちょうど人手を集めようと思っていたところなんだ。それでいいだろ」
「そんなことでいいのですか?ホテルは勢いで言ってしまいましたが、メイド服くらいまでなら我慢しますよ」
「それはそれで非常に魅力的だが、クエストを達成してお金を稼がないと、異世界にきたのにまた土木工事の作業員に戻ってしまう。それだけは避けたいんだ」
土木工事の作業員って……彼はこの世界に来てから何をやっていたのでしょう?
先ほど彼の経緯を聞いた時は要約していたのか、土木工事の仕事をやっていたなんて聞いてなかったのでので、そんなことをやっていたとは露程も思いませんでしたよ。
まあ、私にはあまり関係がないと思うので、その事は一旦置いておいて返事をする事にしましょう。
「分かりました。それでいいですよ」
今まで一緒に様々な事をやってきた仲なのです。
見知らぬ誰かと組むよりは、彼と組んだほうが安心できますし、彼と組めばいい金づるにもなってくれるでしょう。
それは今までの事から経験済みです。
だからこそ私は、承諾の返事をして、はれて彼のパーティに入る事になりました。
「こちらが冒険者カードになります。このカードに触れるとステータスが分かりますので、その数値に応じて職業を選んでください」
私はあの後、和真からお金(この世界では円ではなくてエリスと言うそうです)を貸して貰い、ギルドの登録手続きをしていました。
その際に説明を受けたのですが、この世界はRPGのゲームのようにレベルやスキルがあって、レベルは敵を倒すことによって上がるらしいです。
私が目の前に置かれたカードを手に取るとカードが光り輝き、何にも書かれていなかったカードに様々なことが書き写されました。
色々と書いているみたいですが、この世界に来たばかりの私にはどの職業になれるのかわかりません。ですので、私は受付の人にカードを渡して確認してもらいました。
「すごいステータスですね。これなら近接戦用の職業ならほとんどすべてなることができますよ」
ステータス優遇はちゃんと機能しているみたいですね。
少しほっとしましたよ。
「そのなかで一番強いのはなんでしょうか?」
「一概には言えませんが、ソードマスターやクルセイダーなどでしょうかね」
うむ、どれにすればいいのでしょうか?
ソードマスターは物凄く名前から強そうですが、名前で判断するのもあれですし……
でもそれ以外の判断基準はありませんしね。しょうがないので名前で決めてしまいましょう。
「ソードマスターでお願いします」
「わかりました」
受付の人にカードをいじってもらって職業をソードマスターにしてもらった後、私は椅子に座って待っている和真とアクアの元に向かい、二人が使っているテーブルの近くにある椅子に腰を下ろしました。
「それでどんな職業にしたんだ」
「えっと、ソードマスターらしいです」
本当は近接戦がメインの職業ではなく、魔法使いなどの遠距離が得意な職業につきたかったのですが、近接戦が得意なステータスなのでは仕方がありません。
すると和真が何やらショックを受けたようで、顔を俯かせてしまいました。なにかあったのでしょか?すると隣にいたアクアが私の耳元で話しかけてきました。
「カズマの職業はね、冒険者なのよ。職業の中で最弱の冒険者、笑えるでしょ」
「ぷっ!!」
いけません。思わず吹き出しそうになってしまいました。
最弱の職業の冒険者……なんと言うか、卑怯者の和真らしいではありませんか。でも気づかれたら厄介な事になりますので、私は直ぐに口を手で押えて笑いを堪えました。
幸いな事に、和真は落ち込んでいた事もあって気づかなかったようです。
助かりました……
「とりあえずこれからの方針を決めるぞ」
「方針って、モンスターを倒しに行くのではないのですか?」
私がきょとんとした顔でそう言った瞬間、二人の顔が曇りました。
一体、彼らに何があったのでしょうか?アクアにいたっては「カエル恐い」などとぶつぶつといってますがカエルの何が恐いのでしょうか?そもそもなぜモンスターの話でカエルが出てくるのでしょうか?
「それはだな……俺達二人じゃモンスターに歯が立たなくてな。初めてのお前一人に頼るのもあれだろ。だからとりあえず仲間をもう少し集めようと思ってたんだ」
最弱の和真は置いといてアクアでは歯が立たないのですか?
どんなモンスターか分かりませんが単純に彼らが弱いのか?それともモンスターが強かったのか?
あれ?ならどうして私を仲間にしたのでしょうか?私以外の人をパーティに加えたほうがいいような気もしますが……
暫くその事に悩んでいましたが、考えても分からないことを何時までも考えていても仕方がないと割り切る事にしました。
でも答えは気になるので何時か和真に尋ねてみるとしましょう。あまり変な理由ではないといいのですが……例えばパーティを組めばいつでもセクハラ出来るだとか……
まあ、ヘタレの和真に限ってそんな事はないと思いますが……
「それで、どうやって仲間を集めるのですか?酒場にたむろしていれば相手から声を掛けられるっと言うのはないと思いますよ」
「それは大丈夫よ。このアクア様が掲示板に募集を掛ければすぐでも集まるに決まっているわ」
そう言って胸に手を当てて自信たっぷりで言い放つアクア。
それを見た私も和真も言い知れぬ不安を抱えながら見ていました。
翌日、私達はギルドの片隅でたむろしながら仲間が来るのを待っていたのですが、一向に人は現れません。
他の人たちは次々と仲間を集めているのにどうして私達の所だけこないのでしょう。
「なあ、上級職のみってのは無理じゃねぇか。さすがにハードル下げないと何時までたっても人がこないぞ」
やはり、それがまずかったですかね。
あの時はアクアが自信に満ち溢れた表情で言っていたからどうにかなるのかなと少しだけ期待を抱いてましたが、先ほど受付の人に聞いた話ではアクアのアークプリーストや私のソードマスターのような上級職に始めからなれる人はとても珍しいそうで、ほとんどの場合は下級職やカズマと同じ様に冒険者に最初はなるのだそうです。
そしてここは初心者の町……上級職に成れるまでレベルが上がった冒険者は別の町に行ってしまいます。つまり上級職なんてそもそも居るはずがないんですよね。
私もカズマも何度か説得を試みてみましたが彼女は頷く事はありませんでした。なんか変な意地を張っているみたいです。
でもさすがに一日たって誰も来なければ彼女も諦めがつくでしょう。
私は今日は仲間を集めるのは無理だと思い、ウェイトレスに何か注文を頼もうとした時でした。
後ろから急に声を掛けられたのです。
「……今、問題ない?」
「きゃあ!!」
思わず声を上げてしまいました。
まったく気配がなく急に話し掛けられたので驚いてしまいましたよ。それはカズマとアクアも同じようで二人とも驚いています。
私が振り返って声を掛けてきた人物を見ると、そこには10歳前後の小さな少女が立っていました。
その少女は炎の様に真っ赤な髪を肩ほどまで伸ばし、瑠璃色の瞳でこちらを見つめています。服装はローブなどを着込んでおり一言で言えば暗殺者といった所でしょうか。
「……掲示板を見た……」
つまり、私達のパーティに入りたいという事でしょう。
彼女は自分のギルドカードを取り出してテーブルの上に置きました。
そのカードには『アサシン』と書いてあります。上級職であるかどうか私には分かりませんが、アクアがうんうんと頷いているので上級職なのでしょう。
「アサシンて上級職なのか?」
「ええ、盗賊の上位版ね。一部では盗賊に劣るところもあるけど、隠密能力と敵の感知能力、罠の作成は全職業中最高よ。それにこの職業になれる人はあまりいなくてね。一つの街に二~三人ってところじゃないかしら」
それは凄い職業ですね。この能力を利用すれば、敵に会わずに目的地に着いたり、罠をはって獲物を待ち構えたりなど様々場面で役にたちそうです。
「俺はカズマだ。こっちの茶髪の奴がマナで青髪がアクアだ。え~っと」
「……ルリ……」
「これからよろしくな、ルリ」
こうして私達のパーティにアサシンのルリが参加する事になりました。まずは順調な滑り出しと言ったところでしょうか。
その後、私達は一応今日中は募集してみるという事になりました。理由としてはやはり遠距離での攻撃を行なえる魔法使いが出来ればほしかったためです。
一応アサシンであるルリは弓のスキルを持っているそうなのですが、弓では魔法のように広範囲の敵を一網打尽にする事が出来ません。
そのため魔法使いが来ないか待っているのですが、おそらく上級職は無理でしょう。
しかし、一人来てしまったため、アクアが調子に乗って条件を変えようとしません。そのため私などはすでに諦めて料理などを注文(お金はカズマから借りました)して、昼食を取っています。
「このから揚げ美味しいですけど、なんの肉を使ってるのですか」
「……カエル……」
カエルって……あのぴょんぴょんと跳ねるカエルですよね……
想像すると食べる気が失せそうなのでこのことは頭の片隅に追いやっておきましょう。味はとても美味しいですしね。
「上級職の応募を見てここに来たのですが、ここで良いのでしょうか?」
また来た……あまりにも信じられない事に私とカズマは目を丸くして声を掛けられた方向を見てしまいました。
そこには黒髪赤目の魔法使いの少女が立っていました。彼女も見た目は10才前後のようです。
魔法使いが来てくれたのは嬉しいですがこのパーティーはロリと何か縁があるのでしょうか?これでロリは二人目ですよ。
まあ、幼くても役立ってくれれば構いませんが……
「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、爆裂魔法を操るもの!」
「「冷やかしに来たのか」ですか」
「ち、ちがうわい」
私とカズマのセリフがハモってしまいました。
だって名前がめぐみんはいくらなんでもふざけ過ぎだと思います。子供とは言え、やって良い冷やかしとダメな冷やかしくらい判別できないのでしょうか?
こっちは真面目に探しているのに冷やかしやがってっと少し腹は立ちましたが、子供相手に本気で切れるほど私は鬼ではありません。
ここは優しく注意してあげるべきでしょう。
「いいですか、お姉ちゃんたちは大事な事を話し合っているのです。悪ふざけは止めてお家に帰りましょうね」
そう言って彼女の肩に手を当ててギルドから追い出そうとした時でした。
「その紅い瞳……まさかあなた紅魔族?」
アクアの言葉に反応しためぐみんは私の手を振り払うと彼女の前に行ってカードを差し出しました。
そのカードにはアークウィザードと書いてあります。どうやら職業は本当だったみたいですね。
「そのとおり!我は紅魔族随一の魔法の使い手めぐみん!!……と言うことで、すいませんが面接の前に食べ物を頂いてもいいでしょうか?三日飲まず食わずでもう限界なのです」
「まあ、飯を奢るくらいならいいけど」
それにしても紅魔族とは一体どんな種族なのでしょう。
私が首を傾げているとルリが私の耳元で呟いて説明をしてくれました。
「……生まれつき強大な魔力を持つ種族……」
「そういった種族もいるのですね」
「……特徴……黒髪に赤い瞳……それに変な名前……」
変な名前ってまさかめぐみんって本名だったのですか?
いや、でもいくらなんでもめぐみんはないでしょう。すると似たような話をアクアから聞いていたカズマがめぐみんに尋ねました。
「両親の名前はなんて言うんだ?」
「父がひょいざぶろーで、母がゆいゆいです」
………………………………
「名前はともかく、強い人の多い種族らしいので仲間にしてもいいんじゃありませんか?」
「おお、そうだな。名前はともかく、実力はあるみたいだしな。アクアもそれでいいよな」
「私は構わないわよ」
「……問題ない……」
「おい、お前ら。名前はともかくってなんだ。言いたいことがあるならこの場で言って貰おうじゃないか」
めぐみんはカズマの顔に杖を押し付けて抗議していますが、無視です無視。まさか異世界で文化間の価値観の違いを見せ付けられるとは思いませんでしたよ。
名前はあれですが優秀であろう魔法使いを仲間にできたので良しとしましょう。
めぐみんを仲間に加えた私達は街の直ぐそばにある草原に来ていました。
今回受けた依頼はジャイアントトードと言うモンスターの討伐だそうです。
「爆裂魔法は最強の魔法。その代わり詠唱に時間が掛かります。私が詠唱している間、時間稼ぎをお願いします」
そう言って巨大なカエル……ジャイアントトードの前で詠唱を始めるめぐみん。
するとカエルはこちらに気づいたのか、一体が私達の方へ向かってきました。
「遠くの方を魔法でやってくれ。俺達は近くの奴をやるぞ」
そう言って剣を構えるカズマに続いて私も剣を構えます。しかしこの巨大なカエル、近くで見ると相当の迫力がありますね。戦いの初心者である私でも倒せるでしょうか?
「おい、元なんとか。お前もちゃんと役にたてよ」
「元ってなによ!今でも私はちゃんとした女神よ!」
「女神?」
めぐみんが首を傾げていますね。まあ、いきなり自分の事を女神と言い出す人がいればしょうがない事なのでしょう。
しかし、彼女はこれから仲間としてアクアと付き合うのですから、ちゃんと彼女の事を説明しておいた方がいいですよね。
私は少し離れた所にいるめぐみんに聞こえるように声を張り上げて説明しました。
「彼女は、自分が女神であると言う妄想に取り付かれているのです。そっとしてあげてください。彼女は頭の中だけでは本当の女神なのですから」
最初はただの気狂いかと思いましたが、すぐに調子に乗るところと馬鹿なところさえ除けば、結構いい人であると言う事は昨日からの付き合いで分かりました。
きっと昔に頭を強く打ったりして記憶がおかしくなったのでしょう。
私とめぐみんの二人が彼女に哀れみの視線を向けていると、アクアが急にカエル目掛けて走り始めました。
「何よ!二人してそんな目でみて!こうなったら女神の力を見せてあげるから、その目に焼き付けなさい!!」
そう言ってアクアがカエルに向けて腕を振り下ろそうとする中、ルリがぼっそと小声で呟きました。
「……危険……」
「どうして危険なのですか?アークプリーストは近接戦用のスキルを持っているはずですが」
するとルリはカエルの方を指しました。
「……ジャイアントトード……打撃は効かない……」
そういえばアクアは武器を持っていませんね。だとすれば素手による攻撃……効果のない打撃しかありません。アクアはそれを知らなかったのでしょうか?
私がそんな事を考えている内にアクアが振り下ろした拳はカエルの腹にめり込むだけで、それ以外の効果は何も見えません。
そしてそれに気づいたアクアの顔は見る見るうちに青くなっていきます。
「ねぇ、あなたって結構可愛いと思うのよね」
そんな泣き言を言っていたアクアの姿はカエルの口の中に消えていきました。
「いいんですか放っておいて、助けたらいいじゃないですか」
「いいんだよ。あの馬鹿この前も同じことやったんだぞ。きっと自らの身をもってカエルの足止めをしてくれてるんだ。だったら、その意を汲んで俺達は見守ろうじゃないか」
たぶんそれは違うと思いますよ。彼女は馬鹿なので頭の中から効かないことがすっぽ抜けたのだと思います。
まあ、カズマもその事に気づいているのにもかかわらず、そんな事を言ってるのでしょうが。
それにしても彼女がカエル恐いといっていた理由がようやく理解できましたよ。確かにあの口の中に入るのは御免被りたいというところですね。
私とカズマが雑談しならがら、めぐみんの魔法の詠唱が終わるのを待っていると、急に後方から空気の震えを感じました。
魔法については私は初めて見るのですが、普通の魔法でこんなに空気が震えるのでしょうか?
「良く見てください。これが究極の攻撃魔法。爆裂魔法です」
私達が後ろを振り向く、めぐみんの杖の先が光輝いていました。
例えるなら小さいな太陽とでも言えばいいのでしょうか。その光はとても眩しく、凄まじい熱気を感じさせました。
「『エクスプロージョン』ッ!」
めぐみんがその魔法の名前を叫んだ瞬間、杖の先から光が放たれ、その光は遠くに居るカエルに突き刺さりました。
その直後、目を瞑りたくなる閃光に、身体を吹き飛ばされかねない爆風、そして耳がおかしくなりそうな轟音が一斉に起こりました。
それらが全て収まった後に、カエルが居た場所を見るとそこには二十メートル以上のクレーターしかありませんでした。
これがめぐみんの魔法……彼女が究極の攻撃魔法と言っていた意味がようやく理解できました。これほどの威力があるなら、どんな敵も一撃で倒せるのではないでしょうか。
私がめぐみんの魔法の威力に驚愕していると地中からカエルが一匹現れました。あのカエル、普段は地中にいるみたいですね。
地球にも地中に潜るカエルはいましたが、おそらくこの巨大カエルもその種類の仲間のようなものなのでしょう。
ともかく、カエルが出てこようとしている場所はめぐみんの近くなのですが、その動きはとても遅く、地上に完全に出る前に遠くに逃げ出すことは十分に出来るでしょう。
「めぐみん!一旦距離を取ってまた魔法を使って……」
私とカズマ、そしてルリがめぐみんの方を振り向くと、そこには地面に顔面から倒れ込んでいるめぐみんの姿が目に入りました。
「我が爆裂魔法は威力は強大だが、その消費魔力も莫大……この魔法を使うと私は身動き取れなくなってしまいます。すいませんが誰か……ああ!食べられてます。ちょ、誰か、誰か助けてください」
身動きが取れない、めぐみんの姿がカエルの腹の中に消えていきます。
あの魔法、そんな弱点があったのですね。次に彼女に魔法を使って貰う際には違う魔法をお願いしましょう。
それにしてもどうやって助けるとしましょうか。
「ルリ、あのカエルを倒せるか?」
そう言ってカズマはめぐみんを食べている方のカエルを指します。今カエルは食事に夢中になっているようで暗殺も容易でしょう。
すると彼女はプルプルと首を横に振りました。なぜ出来ないのでしょうか?カエルはこちらは眼中にもないようなのですが。
「…………可哀想……」
可哀想ですか…………それは仕方がありませんね。
私もカズマも二人してそれならしょうがないなと頷いています。
決して彼女の涙目&上目遣いが可愛かったと言うのは許した理由には含まれていませんよ。
ですが彼女がダメだとすれば私とカズマであのカエルを倒すしかないでしょうね。
まあ、カエルは食事中はあまり身動きを取らないみたいなので、たぶん大丈夫でしょう。
私とカズマは剣を構えそれぞれが別のカエルに行こうとした時でした。
ルリが慌てたように私達の袖を掴んだのです。
「ルリ?どうしたのですか?」
「敵……いっぱい……」
?
いっぱいとは何処に居るのでしょうか?私の視界にはアクアとめぐみんを捕食している二体しか目に入りません。
するとずぼっと言う音と共に私達の周りを取り囲むかの様に何十匹にもなるカエルが姿を表しました。うむ、確かにたくさんいますね。
たぶんですが、めぐみんの爆裂魔法の衝撃が地中で眠っていたカエルを一斉に起こしてしまったのでしょう。
私はその光景を眺めながら身体中から嫌な汗が流れ始めたのを感じました。
どうしましょうこれ?
「さ、作戦会議だ!!」
幸いなことにカエルが完全に地上に出て動き始めるには多少の時間があります。
私とルリはカズマの掛け声にしたがって作戦会議を始めました。
「いいい、一体ど、どうするのですか!?あんな数無理ですよ!!」
「……皆……腹の中……」
い、いやです!!なんでそんな最悪の未来を告げるのですか!?
「二人とも落ち着け、ここにはもう一人の上級職がいるだろ?最弱職の俺と殺せないルリは彼女の邪魔にならないように、この場から立ち去ろうぜ」
「な、何を言ってるのですか!?無理ですよ!!」
なに体良く私を囮にしようとしているのですか!?
初心者の私にあの数のカエルを倒せる訳がないじゃないですか。ルリも私に期待を込めた視線を向けないでください。無理なものは無理なのです。
私が慌てふためいて拒否したのを見たカズマは舌打ちした後「使えねぇな」と言い、ルリに視線を向けました。
この男……いつか絶対痛い目にあわせてやるのです。
「ルリ、あのカエルをとめる事が出来るスキルはないか?」
「……『バインド』……ロープで敵を縛るスキルがある……でもロープが……」
そう言って懐から束になったロープを二本取り出すルリ。そのロープはあまり長いものではなく、一本につきカエルの身動きを三体ほど止められればいい方でしょう。
それに対して目の前に広がるのは無数のカエル達……どう考えても無理ですね。
しかしカズマは気にしたそぶりもなく質問を続けます。
「隠密スキルって名前の姿を隠すスキルがアサシンにはあるんだよな。それって他の人にも使えるのか?」
「……できなくもない……でも自分以外の二人が限界……」
これで隠れて逃げる事も出来なくなってしまいましたね。アクアとめぐみんを捨て置けば可能なのでしょうが、私としてはそんな非道な事はしたくはありません。
しかしどうしましょう?カエルもそろそろ完全に地上に出ようとしています。やはり皆仲良く腹の中しかないのでしょうか。それともアクア達を見捨てるしかないのでしょうか。
私が悩みこんでいると、カズマが私達に語りかけました。
「皆聞いてくれ、俺に一つだけ作戦がある」
なんですと……
この絶対絶命の中にそれを抜け出す作戦があるのですか!?
するとカズマはいやらしい笑みを浮かべながら私達にその作戦を告げてきました。
「作戦はこうだ。まず俺とマナの二人でアクア達を食べているカエルをすばやく倒す。そしてその後にルリが二人にバインドをかけて身動きできないようにする。そしたら、俺とマナはルリの隠密スキルで姿を隠し二人に獲物が食いつくのを待つ。そして獲物が食いついたらすばやくその獲物を始末して隠れ再び二人に獲物が食いつくのを待つ……その繰り返しだ」
カズマの語るとても人が考えついたとは思えない作戦に私とルリは思わず後ずさりをしてしまいました。
この男は仲間を何だと思っているのでしょうか。とても人間の感性では思いつかないような作戦です。昔から思っていたのですが、この男は悪魔の生まれ変わりなのではないのでしょうか。
しかしカズマの言った作戦が有効でそれしかないのも事実です。ここは悪魔に魂を売り渡すしかないのでしょう。
私もルリも頷いてカズマの作戦に同意をします。
そして私とカズマは剣を、そしてルリはロープを構え捕食に夢中になっているカエルに近づいていきます。
「ねぇ、ちょっと!!今なんか不穏な言葉が聞こえたんですけど!私をエサにする的なことが聞こえたんですけど!ねぇやらないわよね!!冗談に決まってるわよね!!」
「カズマ!ちょっと落ち着こうじゃありませんか!!まずは私達を助けだした後に話し合いを……ねぇ聞いてますか!お願いですから止めてください!!」
どうやら腹の中にいた二人に作戦が聞こえてしまったようですね。
すいませんが二人には私達が生き残るための生贄になってもらいます。
「いいか。これから二人の事は人じゃないと思え。情けをかければ俺達がカエルに食われるぞ」
カズマのその言葉に私達は迷いなく頷きました。
私やカズマがカエルに飲み込まれれば攻撃できる人数が一気に半減します。そうなれば全滅は免れません。
これは決してあのカエルの中に入りたくないからカズマに従うわけではありません。仲間を全て救うにはこれしかないのです。
私は悲痛な思いと共にカエルに剣を振り下ろし始めました。
この後、アクアとめぐみんと言う尊い犠牲を出しながら何とか周りに居たカエル、六十匹の討伐に成功しました。
その後、カズマのやった作戦は人餌のカエル釣りとして、初心者のパーティや一般人などに真似をする者が続出したらしいのですが、私達は何も知ったことではありません。
冒険者のギルドで初心者パーティの中でカエルの粘液だらけになって泣いている人が居ても私には関係ない事と心に言い聞かせました。
ちなみに、駄女神様は自分が『バインド』を解除できるスキルを持っていることをテンパって忘れていたようです。