この守銭奴に祝福を!   作:駄文帝

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この薄幸店主に幸せを

カズマとダンジョンに潜ってから数日後、私はアクアと一緒にカズマに付き添っていました。

ちなみにダクネスとルリには、美味しい依頼が出た際に確保してもらうためにギルドで待機、めぐみんは用事があると何処かに行ってしまいました。

彼女はたまに居なくなることがありますが一体何処で何をやっているのでしょう……

 

まあ、それはそれと置いておく事にして、カズマは何処に向かっているのでしょうか?

付いて来てくれと彼に頼まれたから一緒に行動していますが、目的は未だに聞いてないのですよね。危険な事なら壁役のダクネスは必ず連れて行くと思うので、危険はないのだと思いますが……

 

そんな事を考えながら歩いていると、目的地に着いたのかカズマは急に立ち止まって、ある建物を眺めています。その建物は看板から推測するに魔法具店だと思うのですが……カズマが何時も行っている店ではありませんね。

あの店は品揃えも良くて手頃の価格で手に入るため、この街一番の人気店だったと思いましたが、目の前の店にはそれを凌ぐ何かがあるのでしょうか?

 

「よし、目的地に着いたぞ。いいかアクア。此処から先は人の迷惑になるから、暴れるなよ、騒ぐなよ、喧嘩するなよ、魔法を使うなよ、怒る……」

 

「カズマ、アクアは馬鹿ですが犬とかではないんですよ。赤ん坊に近いとは言え、人並みの知能は持っているんです。そんなにしつこく言わなくても分かると思います。相手が馬鹿だとは言えやっていい事と駄目な事がありますよ」

 

「マナ、貴方が一番私を貶しているような気がするんですけど……」

 

だって、事実じゃないですか。

嘘を付くのにだって限度と言うものがあるのですよ。

 

「二人とも、あまり私に失礼な事を言っていると水の女神の名の下に天罰を食らわせるわよ。少しは私を信じなさいよ。チンピラやヤクザじゃないのよ」

 

そうですね。確かにアクアはチンピラやヤクザではないと思います。

あのアクアとチンピラを同一視するなど、チンピラが可哀想過ぎて出来ません。だぶん同一視されたらチンピラの人は泣くんじゃないですか?

一応は大人の知能を持っている人と赤ちゃんの知能を比べるのは失礼です。

 

カズマも同じ事を思っていたのかウンウンと頷いていると、アクアは都合のいいほうに解釈したのか、満足げな笑みを浮かべています。

 

「ともかく、マナも迷惑は掛けるなよ」

 

そんな事は言われなくても分かっています。

お金が絡まなければ人様に迷惑を掛ける事なんてしませんよ。お金が絡めばするかも知れませんが……いや、だってお金はこの世で何よりも大事な物じゃないですか。うちの親も、お金のためなら親しい人をも切り捨てろって言ってましたし。

 

ともかく、カズマがその店の扉を開けると、そこには見覚えのある姿が……

 

「いらっしゃ……、ああっ!?」

 

「あああっ!?あの時のクソアンデット!あんた、なんでこんな所で店を出してんのよ!!……まあいいわ。ここで会ったが百年目、あんたを浄化してこの店は私が使ってあげるわ!さあ!!覚悟しなさい!!」

 

アクアはそう叫んだ後、浄化の魔法を使おうとして、自らの知能が犬以下である事を証明した後、カズマから剣の柄で頭を強打されました。

一切の手加減がなかったのか、相当痛かったらしくアクアは自らの頭を両腕で押えてしゃがみ込んでいます。良く見ると涙目になっていますね。

 

「久しぶりだなウィズ。ちょっと頼みたい事があって来たんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「色んなポーションが置いてありますね……」

 

「あっ、そのポーションは強い衝撃を与えると爆発しますので気をつけてくださいね」

 

ひぃ!?

あ、危ない、危ない……もう少しで瓶に触れるところでしたよ。

そんな危険なポーションなら店先に並べないで、奥の安全な場所に置いてくださいよ。不用意に触って爆発したら危険じゃないですか。

他にも、この店を爆破しようとする危険人物、例えばそれを聞いて目を輝かせてるアクアのような者がわざと……あっ、実行する前にカズマの鉄拳制裁を食らいました。物凄く痛そうです。

 

「それでカズマは何をしにウィズの店に来たのですか?ポーションを買いに来たのですか?」

 

でも、この前ダンジョンに潜る際に使ったポーションは別な店で買っていたんですよね……でも他の理由なんて思いつきませんし……なにがあったでしょうか?

 

「この前にあった時にリッチーのスキルを教えてくれるって言ってただろ?スキルポイントに余裕が出来たから何か教えてもらおうと思ってさ。ウィズは構わないか?」

 

ああっ、そういえばそんな事も言っていたような気がしますね。

お金ならないと言うか、冒険者ではない私には一切関係のない事なので忘れてましたよ。

でもリッチーのスキルですか……ダクネスは触れられただけで状態異常になったり命を奪い取られるなどと言っていた気がしましたが、そんな強力なスキルを使えるようになるなら心強いですね。

 

しかし、そんな私の考えとは裏腹に納得していない人物が一人いました。

 

「ちょっと、カズマ!一体なにを考えてるのよあんた!リッチーのスキルですって!?いい、リッチーの持つスキルなんてロクでもないスキルばかりよ!リッチーなんてのは、薄暗い場所が好きなナメクジの仲間みたいな生き物よ!そんな生き物からスキルを教わるなんて、それでもあんた人間なの!?」

 

「ひ、酷いっ!」

 

アクアの暴言に涙ぐむウィズ……

いくら何でも薄暗いのが好きなだけで……薄暗い?

そういえば、引きこもりになったカズマも薄暗い部屋で一日のほとんどを過ごしてしたような……これってカズマもナメクジの仲間って事になりませんか?

まあ、実態は親の金を食い潰す、ナメクジよりも厄介な生き物だとは思いますが。

 

私がそんな事を考えながらカズマの顔を見て、私はその考えの一切を放棄しました……いや、だって、カズマがとても良い笑顔を浮かべているんですよ。

こんな時に、今の私の考えが知られでもしたら私まで被害を受けてしまいます。犠牲はアクア一人で十分です。

 

私がこれから起こる事を思い、アクアに冥福を祈っているとカズマが口を開きました。

 

「そうか……わかったよ。それじゃあ、ウィズの代わりにお前が俺にスキルを教えてくれよ。ナメクジなんかとは違って、この世で最も尊い存在である女神様は一体俺に何を教えてくれるんだろうな?回復魔法かな?回復魔法だよな……お前にはそれしか存在意義はないもんな」

 

「あ、あの、カズマさん…………冗談よね?目が笑ってないんですけど……」

 

「ほら、さっさと回復魔法を教えろよ!お前の唯一の存在意義である回復魔法を教えろよ!!教えてもらったら存在意義のない穀潰しなんて直ぐに捨ててやるからよ!この駄女神が!!」

 

「うわぁぁぁぁあああっ!!ごめんなさい!許して!私の存在意義を奪わないで!!反省するから!これからはカズマさんのやる事にケチつけないから!だから私を見捨てないで!!」

 

私の予想通り、カズマの言葉を受けたアクアは泣いてカズマに縋りつきます。

このパーティに見捨てられたら後がないと言う事は一応理解しているみたいですね。まあ、こんな事を考えている私もアクアと同類なんですけどね。

なぜか、デュラハンやミツ…………えっと、もう魔剣の人でいいですね。その二人の時に私がやった行動に尾ひれが付いているらしく、冒険者ギルドでは命を金に変える錬金術師などと噂されてしまっています。

そのためか、初対面の人が私に気づくと顔の向きを露骨に変えたり、逃げ出したり、酷いときは泣き出す者もいるんですよね…………本当に失礼な話です。私がそんな力を持っている訳ないじゃないですか。

仮に持っていても敵にしか使いませんよ…………敵なら人間が相手でも使うと思いますが……

 

ともかく、この件は後で冒険者ギルドの皆さんと話し合うとして、今はウィズのことです。アクアにナメクジ呼ばわりされて涙ぐんで……今は不安そうな顔をしてますね……

 

「あ、あの、『女神』って……もしかしてアクアさんは本当の女神なのですか?そういえば、以前に私を簡単に消しかけた事がありましたよね……」

 

そういえばそんな事もありましたよね……あの時はアクアが女神だなんて露にも思いませんでしたよ。

なにせ、アクアは私の考える女神のイメージとかけ離れすぎているんですよね。未だに、信じ切れないと言うか、目の前にいるアンデットが女神だと言われたほうが信用性があります。

まあ、力は本物なので認めざるを得ないのですが……

 

それにしても、何気ない一言でそれを見抜くとは……身をもってアクアの力を受けたのが、気づく切欠になったんですかね?

私はそんな事を思っていると、いつの間に泣き止んだアクアが何時もの自信に満ち溢れた顔で言い放ちました。

 

「そうよ。あなたは無闇に言い触らしたりしないでしょうから言っておくけど、私の名前はアクア。あのアクシズ教団の……」

 

「ヒィッ!?」

 

アクアの話の途中で、情けない声を上げながらウィズはカズマの後ろに回り込みました。その彼女の顔に青ざめていて、アクアに怯えている事を示してました。

アクアが女神だと知って恐れたのでしょうね。アンデットなら仕方がないことでしょう。ここは彼女の不安を取り除いてあげる事にしましょう。

 

「ウィズ、大丈夫ですよ。アクアは単体ならアンデットに見境なしに襲い掛かる狂犬のような存在ですが、カズマと言う保護者がいれば問題にはなりません。カズマがちゃんと首輪を付けているので安全ですよ」

 

「ちょっと待ちなさい!マナ、貴方は一体私をどんな目で見てるのよ!?」

 

どんなって、犬以下の獣ですが、なにか間違っているでしょうか?

数分前に自らが、自分は犬以下である事を示したじゃないですか。その前までは一応は人間だとは思っていたのですが、それが間違いである事を自分で証明したじゃないですか。

当然の結論です。

 

それにしてもウィズは私の話を聞いても怯えているようなのですが……一体どうしたのでしょう?私の言ったことが効果がないのなら、アクアに消される恐怖ではないとは思いますが……

 

「そ、その……アクシズ教団は頭のおかしい人が多くて、関わらない方が良いと言うのが世間一般の常識で……その元締めと聞いて……」

 

「「間違ってないな」ですね」

 

ウィズがアクアを恐れるのは当たり前の話でした。

どれくらいかと言うと、人が死ぬのが怖いと思うのと同じくらい当たり前の話でした。その考えを変えさせようとするとは……私はとんでもない失言をしてしまったかもしれません。

 

「ちょっと、そこはフォローしなさいよ!なんで二人とも頷いてるのよ!!」

 

「そう言うのはトラブルを起こすのを止めたり、借金を無くしてから言え、この疫病神!!」

 

「そうですよ。貴方が居るとお金が吹き飛びそうで怖いので、早く貧乏神から普通の女神にジョブチェンジしてください」

 

「うわぁぁぁあああっ!言った!二人が言ってはいけないことを言ったぁぁぁあああっ!しょうがないじゃない!私だって好きで借金作ったり、トラブルを起こしてるんじゃないわよ!私なりに頑張った結果なのよ!!」

 

「だから厄病神なんだろうが!!」

 

カズマにとどめを刺されたアクアは、店の端にしゃがみ込んで泣いてしまいました。

時々、こちらをチラチラと見ているのを踏まえると、たぶん嘘泣きですね……無視して本題に進む事にしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

その後、怯えているウィズを何とか説得して本題に移ろうとした時でした。

 

「そう言えば、私、最近知ったのですが。カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうですね」

 

「「ベルディア?」

 

そんな人を倒した?会ったことすらないと思いますが……

 

「えっと、魔王軍の幹部のデュラハンですよ。あの方は幹部の中でも剣の腕は相当なのですが……それを倒されるなんて凄いですね」

 

ああ、あのデュラハンの事でしたか、アクアが彼が名乗る前に浄化魔法を打ち放っていたから、名前までは分かりませんでしたよ。

それにしても、あの幹部は相当の腕を持っていたのですね……ダクネスは彼に剣を習えばよかったのではないのでしょうか?

まあ、拒絶するのは目に見えてますし、本人はもうこの世には居ませんが……

 

「今『ベルディアさん』って、なんか知り合いみたいな言い方だな。同じアンデットだから、何かしらの繋がりでもあったのか?」

 

「ああ、言ってませんでしたね。私、こう見えて魔王軍の幹部の一人なんですよ」

 

へぇ~~~~、そうなんですか、こんな身近な所に魔王軍……幹部?

 

……ええっ!?なんでそんな大物が此処にいるんですか!?

ウィズが何気なく言うから反応に時間が掛かりました、そういえばルリがウィズの実力を魔王軍の幹部なみと言っていましたが、まさか本人だったとは……場違いにも程がありすぎます。

 

でも、目の前に居るウィズはアクアの浄化魔法で消えかけたので危険は……そういえばあのデュラハンには相当の賞金が掛けられていましたよね。だったら、目の前の幹部も同じ可能性がありますよね。

……相手は魔王軍の幹部、つまりは人類の敵。今目の前で無防備に晒している背中から襲い掛かっても文句を言われる筋合いはありませんよね。

だったら後は実行するのみです。

 

「アクア!!此処に魔王軍の幹部が!」

 

私は未だに泣いた振りをしているアクアに聞こえるように叫び声を上げながらウィズに襲い掛かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

カズマside

 

「待って!マナさん、お願いします、私の話を聞いてください!」

 

ウィズが魔王軍の幹部だと知った後、彼女に襲い掛かっているマナだが……とても酷い惨状になっていた。

例えるなら、一週間くらい絶食した野獣の前に生肉を晒した状態と言えば言いのだろうか、もはやその顔は人間に思えないような顔になっていた……

正直、俺は見慣れてるからなんとも思わないが、襲い掛かられているウィズは勿論の事だが少し離れた場所で見ているアクアですらも今のマナに怯えてる。

 

さすが、中学で彼女にしたい人ランキングでワーストワンを取った事だけはある。その理由は一生お金をむしり取られそうや、お金の縁が尽きたら捨てられそうなどと言った事がほとんどだった。凄く全うな意見だと言えるだろう。

ちなみ、余談だが同時期に行なわれた彼氏にしたい人ランキングで俺は十三位だった。理由として、どんな状況になっても口では文句を言いながらもなんだかんだで最後まで面倒を見てくれそう、と言った意見が大半だった。たぶんマナの尻拭いを何度もやらされた所為だろうな……

 

俺がそんな事を考えていると、マナの声が聞こえてきた。

 

「アクア!!早くこのアンデットを浄化するのです!これで借金なんて直ぐに帰せるようになりますよ!さぁ早く、この魔王軍の幹部を退治するのです!!」

 

「そ、そうね。魔王軍の幹部だものね。め、女神として見逃す訳にはいかないわね」

 

女神って……アクア、お前は今のマナに逆らうのが怖いだけだろ。その証拠に足がガクガク震えているじゃねぇか、顔が真っ青になっているじゃねぇか。しかもウィズに同情の視線まで送ってるし……そういえば先日、正気を失ったマナに売り飛ばされそうになってたな。きっとあれがトラウマになったのだろう。

 

このまま放って置けばウィズはアクアに浄化させるのだろうが……なんかそれだと後味が悪いな。一応話しくらいは聞いておくことにしよう。

 

「アクア、少し待て。それでウィズ、話ってなんなんだ?流石に魔王軍のスパイとかだったら見逃す事は出来ない……と言うかマナを説得できないぞ?」

 

「ち、違うんです!魔王城を守る結界の維持を頼まれていただけなんです!今まで人を殺した事なんてありませんし……だからギルドでも私が魔王軍の幹部だなんて認知されていません!賞金も掛かっていませんから!」

 

賞金が掛かっていない、その言葉を聞いたマナは肩をガクッと落とし、ウィズに襲い掛かるのを止めてしまった。さすがは守銭奴、金にならないことは一切やろうとはしないその姿勢は別な意味で尊敬する。

 

これでマナの暴走は収まったわけだが……ウィズはどうすればいいのだろう?

結界の維持しかしてないと言ったが、結界がどういったものなのか俺は知らないが、人一人すら入れないとなると、ウィズを見逃す訳に行かなくなってしまう。

 

すると、俺の顔を見て察したのか、俺が質問する前にウィズが答えてくれた。

 

「結界がある限りは人間側は魔王城に手出しは出来ないのですが……その、アクア様の力なら、幹部の二~三人で維持する結界なら破れるはずです。今私を倒しても幹部は八人いますから、残りは六人……それではアクア様の力でも結界を破る事は出来ません。私は逃げないので、せめて結界を破れる人数に幹部が減るまで生かしてください……私には、まだやるべき事があるんです……」

 

そう言って、力なくうなだれるウィズ……たぶん今ここで浄化しようとしても一切抵抗する気はないのだろう。

アンデットを見たら一目散に浄化しようとするアクアも、その姿を見て俺の方をチラチラの見てるし、自分では決められないから俺に決めて欲しいのだろう。

 

「いいんじゃないのか?今、ウィズを浄化しても結界がどうにかなる訳じゃないんだろ?だったら他の誰かが魔王軍の幹部を減らしてくれるまで気長に待つことにしようぜ」

 

「そこで、俺が倒すとは言わないのがカズマらしくて良いと思います」

 

「うるせえ!!」

 

前回のデュラハンはどうにかなったが次も同じだとは限らない。

第一、あれが倒せた一番の要因としては、うちの駄女神が活躍できるアンデットだったというのが大きいしな。もしアンデットじゃない幹部が来ていたらどうなった分かったもんじゃない。

そう言う危険なことは、マツ……もう魔剣の人でいいや。ともかく、魔剣の人のようなチート持ちがやれば良いんだ。そしてその成果を可能な限り俺達で掻っ払えばいいだろう。

 

でも、ウィズが魔王軍の幹部って事は他の幹部とも知り合いなわけだよな……

 

「俺達の恨みとかはないのか?デュラハンの倒したのは一応は俺達なんだが……」

 

「ベルティアさんとは、特に仲がよかった訳ではありませんし……私と仲の良かった幹部の人は一人しか居ませんし、その人は簡単に死ぬような人ではありませんからね。……それに私は今でも。心は人間のつもりですしね」

 

そう言って、ちょっとだけ寂しげに笑うウィズの姿は、この中で誰よりも女神らしかった……アクアとジョブチェンジしてくれないかと思ってしまったのは内緒の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

マナside

 

「え、えっと、それでは、一通り私のスキルをお見せしますので、好きなものを覚えて下さい。以前私を見逃してくれた事への、せめてもの恩返しですので……」

 

ウィズはそういった後、何かに気がついたように、私とアクアの事を見ていますがどうしたのでしょう?

なにか言いたい事があるのでしょうか?

 

「その、私のスキルは相手いないと使えない物ばかりで……だから、誰かにスキルを試さないといけなくて……」

 

なるほど、そう言うことなのですか……悪いですが私はそんな危険な役目はやりたくはありませんね。今からギルドに行ってダクネスを連れてくるといいと思いますよ。彼女なら喜んで引き受けてくれると思います。

……なぜか、カズマの視線が私に向いているような……ここはきっちりと断って置かないと……

 

「マナ、悪いがウィズのスキルを受けてくれないか?勿論お礼は……」

 

「ウィズ!今すぐやりましょう!私は何時でも準備OKですよ!!」

 

私はカズマが手に出した一万エリスを素早く奪い取ると、彼の提案を承諾しました。

よくよく、考えるとカズマの強化はこのパーティでは必須ですからね。わざわざギルドの戻る手間なんかを掛けさせず、自らの身を差し出す事が今私の出来るパーティへの貢献ですからね。

決してお金に目が眩んだなんて事はありませんよ。

 

「わ、わかりました。では、ドレインタッチと言うスキルを使ってみますね。少し不快感があるかも知れませんが、吸うのほんの少しだけなので心配しないでください」

 

ダクネスが言っていた命を吸い取られるスキルの事なのでしょうか、やっぱり少し不安はありますね。なにせ、吸い取られるだなんて経験は一切ありませんからね。

人間と言う生き物は、大した事でなくても初めての事なら恐怖などを抱きますからね。そういえば、昔これをカズマに言ったら「お金のためなら、そんなものを放り投げるお前が言うか」と返されてしましました。事実のなので言い返せなかったですよ。

 

私がそんな事を考えているうちに、こちらに近寄ってきたウィズが私の手を両手で優しく包み込みました。

 

「では行きますよ」

 

ウィズがそう言った次の瞬間、悪寒と言えばいいのかウィズが掴んでいる手から寒さのようなものを感じました。これが魔力を吸い取られるという感覚のようですね。

吸っている量が少ないためか、それほど不快感は感じませんでしたが、あまり良い感触とはいえませんね。

 

私がそんな事を思っている内にもドレインタッチは終わったのか、直に寒さは収まりました。

 

「今のが、ドレインタッチです。このスキルは触れた相手から魔力と体力を奪ったり、その逆に分け与えたりする事が出来るスキルです。私は魔力が足りなくなった際にお世話になるのですが、魔力の補充以外の目的でも十分に使えると思いますよ」

 

相手に渡したり出来るのは結構いいかも知れませんが……うちの魔法使いは爆裂狂ことめぐみんですからね。パーティのメンバーの魔力で爆裂魔法を打てるだけの魔力なるか……正直微妙ですね。

まあ、体力を奪って敵を倒したり、カズマが魔力の補充をする分には十分には使えると思いますが。

 

私がそんな事を思っていた時でした……

 

「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

そう言いながら、扉を開けて中年の男性が入ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

リッチーのスキルを覚えるためにウィズの店に行った翌日、私達は街の郊外に佇む一軒の屋敷の中にいました。

なぜこんな所に居るのかと言うと、昨日ウィズからドレインタッチを教えて貰った後に中年の男性が尋ねて来ました。彼は街で不動産を営んでいるらしいのですが、ここ最近、売り物である空き家に悪霊などが住み着き始めているのだそうです。しかも何度除霊してもまた新しい悪霊が住み着いてしまうみたいで困り果てて、ウィズの元に来たのですが……

悪霊が出ると聞いて妙に気合の入った駄女神が自分がやると言い出してしまったために、この屋敷に来る羽目になりました。でも今この屋敷は幽霊屋敷と悪い評判が付いてるらしく、それがなくなるまでは好きに使ってもいいといわれたので、悪い話ではないとは思いますけどね。

 

ともかく、そんな理由で昼にこの屋敷の訪れた私達は、除霊…………ではなく掃除をしていました。

実は幽霊屋敷との評判が付いてからは、空き家の手入れなどを行なう業者に断られたらしく一切手入れをしていないらしいです。そのため私達が掃除を行なっているのですが、屋敷は想像以上に広くかなり時間を取られています。

まあ、悪霊が住み着き始めたのは最近のため、埃を少し被っていたり、所々に蜘蛛の巣がある程度なのが幸いと言えば幸いなのですが。

 

「カズマ、そっちの部屋の掃除は終わりましたか?」

 

「まだ終わってない……ってかお前終わるのが早すぎるだろ!?ちゃんとやってるのか?」

 

む、失礼な。

こちらは、埃一つ残さないようにやっていますよ。他の人の三分の一の時間で終わらせていますが、それでも一番綺麗だと言う自負もあります。実際に私の掃除した部屋を見たアクアなどは驚いていました。

放って置くと、ゴミ部屋を作ってしまうクソニートの部屋に休日行って、毎回のように世話を焼いていた私の掃除スキルを舐めないで下さい。っと言うかカズマには感謝して欲しいほどですよ。

 

ともかく、後はカズマ達が掃除している部屋が終われば、この長く続いた掃除は終わりですね。かなり時間を取られてしまいましたよ。

 

一足先の終えた私が休憩を取ろうと床にしゃがみ込んで……

 

「いやぁああああ!!」

 

い、今のってめぐみんの声ですよね……一体この屋敷で何があったのでしょうか?

悪霊は夜中にならないと活動しないと聞いたのでそれらではないと思いますが……大きな蜘蛛でも出たのでしょうか?

声から察するにかなり切羽詰っているようなので早めに助けに行く事にしましょう。

 

そう思った私がめぐみんの掃除している部屋の前に行こうとすると、同じ事を考えたのかカズマが掃除していた部屋から出てきました。

 

「マナ、さっきの悲鳴って……」

 

「たぶん、めぐみんのだと思いますよ。嫌な予感しかしませんが早めに助ける事にしましょう」

 

そう言いながら、先ほどまで私の掃除していた部屋の右隣、今めぐみんが掃除している部屋に入ろうとした時でした……

めぐみんは悲鳴を上げながら扉を開けて、目の前にいたカズマに飛びつきました。

 

「カズマ!マナ!恐怖の大王が、恐怖の大王が出たのですよ!!何とかしてください!」

 

「恐怖の大王ですか?……目の前にはゴキブリしかいませんが」

 

そう、私の視界にはゴキブリしか生き物の姿は映っていません。

 

私はカズマと一緒に思わず首を傾げてしましました。

いや、ゴキブリが嫌いじゃないと言う訳ではないのですが、今のめぐみんはどう見たって怯えすぎです。『恐怖の大王』と大層な名前を言っていましたがサイズも日本で見たのとそれほど変わりなく、正直体長が二メートルあるジャイアローチの方が怖いと思います。

でもめぐみんはジャイアローチの時よりも怯えていますし……この世界のゴキブリは厄介な存在なのでしょうか?

 

「マナは何を言ってるのですか!?あれが恐怖の大王ですよ!あの存在の所為で、外見が似ているジャイアローチが嫌われているんですよ!!あの大王は、仲間を殺した相手を覚え、その相手に夜中に群れをなして身体中を這いずり回り卵を産み付ける、この世で最も恐ろしい存在なのですよ!!」

 

うん、めぐみんがあそこまで怯える理由が理解できましたよ。確かにそれは恐怖の大王ですね。

身体が震えてきました、寒気も感じてきました……この場から一刻も早く逃げ出したいです。

 

私が恐る恐る、恐怖の大王の方を向くと、こちらの方にカサカサと向かってくる姿が……

ひぃぃぃいいいっ!!なんでコッチ向かってくるのですか!?声に反応したのですか!?どうでもいいから此処から逃げないと……って、また腰を抜かしてしまいました!ま、マズイです!!

 

私が絶望を思い浮かべた瞬間、どんっ!!と言う音と共に扉が閉まりました。

上を見上げると、ドアノブに手を掛けたカズマの姿がありました……助かったのですか?

 

「こ、これで一先ずは安心ですね。……これからどうしましょう?あれが相手では下手に手を出せませんよ」

 

私と同じく腰を抜かしていためぐみんがそう言いながら立ち上がると、カズマは下衆な笑みを浮かべながら懐に手を伸ばしています……なんか非常に嫌な予感がするのですが気のせいですよね。

 

「つまり、あれは殺さなきゃ復讐はされないだろ。マナ、一万エリスをやるからあれを手で掴んで外に捨ててこい。たぶん復讐はされないから」

 

「何を言い出すのですか!?私がお金で何でもやると思ったら大間違い「じゃ、二万エリス」やらせて貰い……ってやりませんよ!値段を上げてもやらないものはやりませんよ!せめて絶対復讐はされないと言われるまではやりませんよ!!」

 

私が拒絶の意思を示すと、カズマは懐から三万エリスを取り出すと、それを私の見せびらかすかの様に私の目の前に持って行きます……まさか、この男……

 

「ゴキブリは三万エリス、ゴキブリは三万エリス、ゴキブリは三万エリス、ゴキブリは三万エリス…………」

 

ゴキブリは三万エリス……だったらそれを捕まえて…………ってそんな訳ないじゃないですか!復讐される可能性があるのですよ!!でも目の前の物が貰えるなら、そうとも言えるような気が……っていけません。洗脳され始めています。

 

私はカズマの卑劣な洗脳を逃れるために耳を両手で閉ざそうと……あれ?両手がうまく動きません!?な、なんでですか?まるで何者かに押さえつけられているようです。

私が慌てて後ろを振り向くと、そこには私の両手を押さえつけるめぐみんの姿が……

 

「めぐみん!?どうして私の両手を押さえつけているのですか!?放してください!このままだと私は恐怖の大王を手掴みさせられてしまうのですよ!仲間がそんな目に会っても良いのですか!?」

 

「すいません。これは最小限度の犠牲なのです。たぶんマナなら二日三日でお金を貰えたから良しと考えを改めるはずなので、ここは我慢してください。これは皆のためなのです」

 

めぐみんの言う通りなのかも知れませんが、それでも今の私は嫌なのです!今すぐめぐみんの手を振り放す手を考えなくては……

 

「……何をしてるの?」

 

「うお!?……ルリか、脅かさないでくれ」

 

後ろから急に現れたルリに私達は驚いてしまいました。

本当に後ろから急に現れるのは止めて欲しいです。これ、結構心臓に悪いのですよ。

 

それにしてもルリはなぜ此処に来ているのでしょう。彼女はアクアやダクネスと一緒に此処から離れて場所の掃除をしているはずなのですが……

 

すると、私の顔を見て疑問を察したのか、直に答えてくれました。

 

「……私の部屋の掃除……早く終わった……だから此処に来た……それで何をやってたの?」

 

「えっと、その、恐怖の大王が出まして、それでカズマとめぐみんが私を洗脳しようとしまして……」

 

「洗脳?……ああ……カズマにめぐみん……人の嫌がる事をしない……それと恐怖の大王は私がどうにかする……」

 

ルリはカズマとめぐみんを軽く咎めた後、恐怖の大王をいる扉の前に立ちました。

どうにかするって……一体何をするつもりなのでしょう?バインドは相手が小さすぎるので無理だと思いますし……でもルリは全く怖気づいていないので、何かしらの策はあるのでしょう。

 

ルリはドアノブに手を掛け、その扉を開け…………スタスタスタ、パッシ、スタスタスタ、ポイッ……

 

「……バイバイ……」

 

…………………………………

 

「ちょっと待ってぇぇぇぇえええ!!」

 

「?」

 

い、いや、その、今ルリは恐怖の大王を手掴みしましたよね?それを窓から放り投げましたよね?

えっ?あの、恐怖の大王が怖くないんですか?一切の躊躇が無いというか、その辺に落ちている物を掴む感覚であの恐怖の大王を持ち上げましたよね?

私がおかしいのですか?あれを恐れている私がおかしいのですか?

 

私は自分の感覚が正常であるかを確認するため、後ろに居るめぐみんの様子を見ますが彼女は信じられないと言った顔になっています。

良かったです。私がおかしいのではないみたいですね。

 

「なんで、あんなのに躊躇なく触れる「……傷をつけなければ復讐はしない……」……なるほど。それなら納得だな。なら後で手は洗っておけよ」

 

「……わかった……」

 

「ちょっと待ってください!!それでも普通の人は触れられませんよ!なんで二人共、納得してるのですか!?汚いとか思わないのですか!?」

 

そうです!めぐみんの言うとおりです!

何で二人はあれに平然と触れられるのですか!?日本のあれだって金に眼が眩まないと私は触れる事が出来ませんよ!!何で二人と当然の疑問に首を傾げているのですか!?

 

「なんでって……あれは女性が嫌うからな。準備のために手で触れる事もあったからだろうな」

 

「……差別は良くない……ゴキブリも地上に住む生き物……」

 

「まってください!!これは差別ではないと思いますよ!なんでルリはそんな考えが出来るのですか!?私がおかしな考え方をしているかの様に言わない下さい!おかしいのは貴方達二人ですよ!!」

 

「めぐみんの言う通りですよ!ってと言うか、準備って貴方は何回女性の嫌がらせにあれを使ったんですか!?私、教室での気絶事件以外で使われた記憶がないのですが!」

 

「それは主に、違う学校の奴に使ってからだな。郵便の封筒の中に入れて送りつけたり……数は二十を超えたあたりから数えるの止めたから、覚えてねぇな」

 

こ、この男は…………

もう、慣れてきたので言う事はありませんが、あれを郵便で送りつけるだなんて、どんな神経をしているのでしょう。そんな事をされたら大概の人が気絶すると思いますよ。

そういえば、そんな事件がニュースに流れていたような……本当に卑劣な男ですね。

 

未だに若干納得できない所はありますが、恐怖の大王をどうにかする事が出来たので良ししましょう。

めぐみんも何か諦めたような顔をしていますしね。

 

ともかく、これで無事に掃除が……

 

「カズマ!カズマさん!!聞こえてるでしょ!お願いだからコッチにきて!!蜘蛛!大量の蜘蛛が!!いやぁぁぁぁあああああ!!」

 

……………………

 

「何か心当たりのある蜘蛛はあるか?」

 

「たぶんですが、グンタイグモだと思いますよ。あの蜘蛛は集団行動をする珍しい蜘蛛なので」

 

「それって危険な蜘蛛なのですか?」

 

「いえ、恐怖の大王などを狩ってくれる有益な蜘蛛ですよ。人間が相手なら、あちらから手を出す事はありませし、食料を食い荒らす事もありません。恐怖の大王などを食い尽くした後は自然と家からいなくなるので、かなりありがたい存在です」

 

なるほど……あれを除去してくれるとは確かにありがたい存在ですね。

でもどうしてそんな存在にアクアは追いかけ回されているのでしょう?あの駄女神は一体なにをしたのでしょう?

何となくは予想は出来てますが……

 

「……攻撃される……すると、相手の身体中に這いずり回ろうとする……」

 

つまり、あの駄女神は余計な事をしてグンタイグモを怒らせたのでか……予想通りですね。

それにしても、なぜあれは何時も余計な事しかしないのでしょう。被害を一番受けて居るのは自分自身なのに一向に懲りる気配がないんですよね……忘れてしまっているのでしょうか?

 

ともかく、今はアクアの事です。流石に命に危険があるようならば助けなければいけないでしょう。私が危険があるかを聞く前にカズマがルリに訪ねました。

 

「危険はないのか?」

 

「……這いずり回るだけ……それ以外はなにもしない……」

 

それなら一安心ですね。

でもこれからどうすればいいでしょうか?危険がないのならば、アクアの自業自得なので助けるのは気が進まないのですよね。

一応カズマに意見を求めて見ようと思って、私がカズマの方を振り向くと、そこには凶悪の笑みを浮かべてカズマがいました。この男は何を言うつもりなのでしょう。

 

「それだったらさ……無視しないか?」

 

さすがきち……以外と良い意見じゃないんですか?

だって今回のはアクアの自業自得のようですし、反省を与える意味でも良い意見だと思えます。めぐみんやルリも頷いていますし……鬼畜のカズマもたまには真っ当な意見を出すのですね。

ほんの少しだけ感心しましたよ。

 

 

その後、私達は潜伏スキルや隠密スキルなどを使って身を隠したため、蜘蛛から逃げる事が出来ず身体を這いずり回れ、泣きじゃくるアクアの姿が見れました……これで懲りればいいのですが、たぶん無理でしょうね。

一体何時になったらアクアは学習と言う言葉を知ることになるのでしょうか……早めに来る事を祈りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に掃除が終わり、部屋割りを決めた私達は、夜中までくつろいだ後、除霊をアクアとダクネスに任せ部屋のベッドで眠りにつく事になりました。

正直な話、実態のない霊を攻撃できるのはアクアしかいないため、他の人が協力しようとしても邪魔になるだけなんですよね。ダクネスは攻撃出来ないのですが、聖騎士としての誇りがあるのかアクアに着いて行く事になりました。

そのため、こうして眠っていたのですが……ちょっとトイレに行きたくなって来ましたね。あまり夜中は動きたくないんですが、仕方がありませんか。

 

私は立ち上がろうとして……あれ?身体が動きませんね。なにかに、押さえつけられているのでしょうか?

私は閉じていた目を開けてますが、そのような物は見当たりませんでした。でもそれならどうして身体が動かないのでしょう?……そういえば部屋の端に人形が有りますが、あんなの置きましたっけ?

記憶にはないのですが……考えて仕方ありませんね。動けないのでトイレを我慢して寝るとしましょう。いざとなったら、カズマが教えてくれた手段がありますしね。

 

私が目を閉じ眠ろうとしますが、カタンッっと言う事が何度もしてきて眠る事が出来ません。こんな夜中に一体誰が音を立てているのですか?凄く迷惑です。

しかし、暫く待っていると音も収まり、ようやく寝る事が出来そうな状態になりました。すると今度は私の顔を誰か触ったような感覚しました。先ほどの音の犯人でしょうか?

 

「こんな夜中になんですか?時間を考えて……」

 

私が目を開くとそこには、部屋の端に置いてあったはずの人形の姿が……

 

これって、つまりこの人形が勝手に動いて此処まで来たということですよね。独りでに動く人形……そんなのを売ったら一体いくらになるのでしょう。かなりの大金になるのは間違えないです。

ならば寝ている場合じゃありません。一刻も早くこの金目の物を捕まえなくては……私はいつの間にか自由に動くようになった身体を使って目の前に人形に襲い掛かりました。

 

「こんな所にお金が!!あっ、ちょっと待ってください!逃げようとしないで下さい!私から逃げ切れるなんて思わないで下さいね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…………

結局あの人形には逃げられてしまいましたよ。お金になると思ったのですが、非常に残念な結果です。まさか空を飛ぶとは完全に予想外でした。あれがなければもう一歩のところでしたのに。

 

それにしても空を飛ぶなんて、異世界の人形は凄いですね……まるで幽霊が乗り移ったかのように……あれ?ここって幽霊屋敷でしたよね。って事は先ほどまで私が追いかけ回したのは人形ではなく幽霊なわけで……深く考えるのは止めましょう。少し怖くなってきました。

 

こんな事なら、完全に起きたついでにトイレに行こうだなんて馬鹿な考えは止めるべきでした。あの場で寝ていればよかったですよ。

それにしても寝ぼけていたとはいえ、幽霊を売ろうだなんて馬鹿な考えを……でも売れるなら捕まえてみる価値はありますよね。今度あったら……

 

「ひゃぁぁぁぁああああああ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

今のってカズマとめぐみんの悲鳴ですよね。

まさかあの二人の元にも幽霊が行ったのですか。だったらこれはチャンスです。先ほどは逃げられてしまいましたが今度は幽霊を捕まえてやります。

私は気合を入れなおして二人の悲鳴が聞こえて来た場所……アクアの部屋へと向かいます。幸いな事に距離が近かったため、ほんの数秒で付く事が出来ました。さあ、後は幽霊を捕まえるだけです。

 

「カズマ、めぐみん!幽霊は何処に居るのですか!?いますぐ…………ふたりとも互い見詰め合って怯えてますが、どうしたのですか?」

 

「「へ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、幽霊に追いかけまわされてアクアの部屋に逃げ込んだら、そこでばったり遭遇して互いに互いを幽霊だと思い悲鳴を上げてと言う事ですか?」

 

「恥ずかしい話ですが、その通りです。まさかカズマまで同じ目にあっているとは、思いもしなかったですよ」

 

何というか少し拍子抜けです。それにしても私の部屋であった事が他の部屋でもあったのですね。アクアはちゃんと除霊をしているのでしょうか?

たぶん、アクアの能力を持ってしても除霊が追いつかない程の悪霊がこの屋敷に居るのだとは思いますが……と言うかそうであって欲しいです。またアクアが馬鹿をしたなど考えたくありません。

 

ちなみに、今私達はトイレに向かって廊下を歩いています。それにしても、皆がトイレに行きたくなって起きるとはなんと言う偶然なのでしょね。

 

「そういえば、マナの部屋には幽霊は来なかったのか?俺達二人が襲われて、マナだけが襲われないなんて考えられないだが」

 

「私の所にも来ましたよ。でも私が売り飛ばそうとして捕まえようとしたんですが、逃げられてしまったんですよね。今度は逃がさずに捕まえる……ってどうして二人は私を見つめているのですか?」

 

「いや……なんて言うか……」

 

「一番怖いのは幽霊ではなくて、生きた人間だと言う事を実感させられたからですね」

 

それって、二人は私が幽霊以上に怖いと言いたいのですか!?それはいくらなんでもあんまりです!

人を殺すかも知らない幽霊よりも怖いとはどう言う事なのですか!

精々私のやる事なんて、生かさず殺さずの要領で人から金をむしり取るのが精一杯ですよ。命を奪わない優しい選択じゃないですか。

本当に二人は私に失礼ですね。

 

「お前の性格の事は置いておく事にして、幽霊なんかどうやって捕まえるんだよ。あの人形だって乗り移ってるだけだろ。それを止めちまえば捕まえる事なんて出来ないじゃないか?」

 

「そこを考えるのがカズマの仕事ですよ。って事で何かアイディアをお願いします」

 

「何度も言うが、お前は俺を未来からきた万能猫型ロボットだと思ってないか?一度そこらへんをしっかりと話し合う必要があると思うんだ」

 

えっ!?

違うかったのですか?私はてっきりカズマをそんな存在だと思ってましたよ。だって、困ったときに一番頼りになって、ほとんどのトラブルを解決してくれますし、どんな事情でも泣きつけば「しょうがねぇな」と言いながら手伝ってくれます、これをドラ○もんといわずになんと言うのか教えて欲しいくらいです。

 

「そんな事よりも策を考えてくださいよ……何かありますよね」

 

「たっく、しょうがねぇな…………そうだな、聖水を塗った檻の中に閉じ込めるってのはどうだ?物理的な物じゃ無理でも、聖水なら動きを阻害する事が出来るんじゃないのか?」

 

「なるほど、流石カズマですね。そうなると、人に危害を加えない程度に教育しておきたいのですが、いい方法はありますか?罰として聖水を掛けるくらいしか方法が思う浮かばないのですが……」

 

「それは、反抗的な奴等数人を見せしめに浄化してやればいいんだよ。そうすればどんな馬鹿でも言う事を聞くようになるだろ。相手は幽霊なんだ。人権なんてもんはないし、動物愛護団体だって騒がないだろ?むしろ浄化するなんて一般的には良い事だ。俺達の行動を咎める奴なんて居やしないさ」

 

「やっぱりカズマは凄いですね。よくもそんな事を……めぐみん、どうしたのですか?」

 

急に私の服の袖を引っ張り始めたのですが、何かあったのでしょうか?私を掴んでいない腕で正面のあたりを指し示していますし……

とりあえず、私はめぐみんが指をさす方向に目を向けます。

するとそこには幽霊が乗り移ったと思われる人形が数体ほど居るのですが……なぜか身体が震えていますね。まるでなにかに怯えているかのような姿なのですが、それほど彼らから恐れられる存在なんて居るのでしょうか?

アクアなら、そんな存在になれるかも知れませんが、今この場には居らず、幽霊が今此処で怯える必要はないと思います。

 

私が首を傾げていると、人形の中の一人がこちらに来て紙を私に手渡しました。文字のような物が書かれているようなのですが……薄暗くてよく見えませんね。私が文字を読めずに困っていると暗視のスキルを持っているカズマが紙を覗き込みました。

 

「えっと、『調子に乗って悪戯してすいません。謝るので許してください。私達を売り物にしないで下さい。人権を認めてください』……これって……」

 

私とカズマが顔を上げると、そこには土下座をする人形達の姿が……

 

「幽霊までも恐れさせるとは、流石鬼畜コンビです。少しですが、貴方達の事が怖くなってきましたよ」

 

「ちょっと待ってください!なんで私がこの真性の鬼畜と一緒にされているのですか!?」

 

いくらなんでも、この鬼畜男と同一視されるのは耐えられません。

たしかに何時も実行してるのは、私ですがその作戦を考えるのは何時もカズマなのですよ。私が考えついたことなんて生易しいと思えるのばかりこの男は言うのですよ。

それから踏まえれば、鬼畜なのはカズマだけです。私は鬼畜ではありません。

 

「おい、俺一人に責任を押し付けるんじゃねえ!確かにやった事のほとんどは俺が考えた事だ!それは認めるさ!でもな、それをためらいもなく実行できるお前も十分に鬼畜だろ!俺が冗談半分で言ったこともこいつは実行するんだぞ!」

 

「そ、それはそう何かも知れませんが…………その……すいません。私も十分に鬼畜な人間でした」

 

カズマに言われた事を何も言い返せません。客観的に見ると同一視……と言うか実行している私の方が鬼畜見えますよね。

それどころか、何度かカズマが相手が可哀想だから出来ないと言っていた事を実行した事もありました。お金の事になると、どうしても抑えが効かなくなってしまうのですよね。理性が弾け飛んで本能に従ってしまうのですよね。

本当に少しは何とかしたほうがいいですよね。

 

「ともかく、これで幽霊の心配はなくなったので、安全にトイレに行けますね」

 

私とカズマはめぐみんの言葉に頷くと、彼女の後ろに付き添ってトイレに向かいました。

 

その後、無事にトイレにたどり着き、私達は用を済ませて部屋に戻ろうとした際にアクア達と出くわしました。もう除霊が終わったのかと聞くと、半分くらいの悪霊が身体を震わせてもの凄く怯えていたので見逃してあげる事にしたので早く終わったそうです。

たぶん幽霊が怯えていた原因は私達だと思いますが……言っても軽蔑させるだけでしょうから、黙っておく事にしました。

私とカズマに向けられた、めぐみんの視線がとても痛かったですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

カズマside

 

幽霊屋敷での除霊を終え、日が昇り始めた早朝。

俺はアクアとルリと一緒に冒険者ギルドへ向かって道を歩いていた。なんでも、これだけの悪霊を浄化したのなら臨時報酬がもらえるかも知れないとの事で、それを貰えるか確認、それとこんなに悪霊が出た原因を知るために冒険者ギルドに向かっていた。

 

「しかし、あの量の幽霊には驚いたよな。ルリのところには来なかったのか?」

 

「……私の所にも来た……でも無視して寝た……」

 

あれを無視できるとは……恐怖の大王の件といい、彼女には恐怖と言う感情はないのかと疑ってしまわざるを得ない。

でも、俺がスティールする前は俺を恐れていたし、あのダンジョンの主に…………止めよう、心の奥底にしまっていたものを思い出しそうだ。

ともかく、彼女には幽霊やゴキブリは恐れる対象に含まれていないようだな。今度嫌いなものがあるか聞いてみよう。

 

俺はそんな事を思いながらギルドの扉に手を掛け、開けると朝早くだと言うのに受付のお姉さんが居た。何か目の下に隈が出来てるんだが大丈夫なのだろうか?

まさか、今の時間まで残業をやっていたわけじゃないよな。もしそうなのだとしたら、ギルドの受付は日本のブラック企業に顔負けしない仕事だといわざるを得ない。

 

俺が心配しながら見つめていると、こちらに気づいたのか、ぎこちない笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「おはようございます。まだ早いと思いますが、なにかありましたか?」

 

「それが、少し報告したいことがありまして、今大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

その後、俺達は不動産屋から受けた依頼や屋敷での出来事を説明すると、モンスターなどの討伐数が記載されているギルドカードを見て確認した後、受付の人は俺達にこう言った。

 

「その案件では、様々な場所から相談を受けており、僅かですが討伐をした人に報酬を出す事になっています。ご苦労さまでした。」

 

そう言って笑顔を浮かべる受付の人……怖い思いをしたが、お金を貰えるんだし良しとしよう。

しっかし、この依頼を受けたのといい、屋敷の幽霊を浄化したのといい、今回は大活躍をしているなこれは評価を少し上げないと……

 

「それと、悪霊が街に急激に増えた原因なのですが、よくやく分かりましたよ。この近くに街の共同墓地……少し前にゾンビメーカー討伐の依頼を受けた場所ですね。そこで誰かが巨大な結界を張った見たいなのですよ。それで行く場所を失った霊が街中に流れ込んできたみたいで……もう少し待てば国から結界の解除を出来る人が来るはずなので、この悪霊騒ぎは収まると思いますよ」

 

…………おい。

これってアクアの所為だよな。そんな結界を張れるプリーストなんて俺はアクア以外に知らないぞ。あの馬鹿、また余計な事をやったのか。

いや……少し待てよ。いくら何でもそれは流石に考えすぎだよな。アクアは仮にも女神なんだ。そんな死者を冒涜するような事は……

 

俺がそう思いながらアクアの方を振り向くと、そこには身体中から冷や汗を流したアクアの姿が……少し前に評価を上げようとした俺の気持ちを返して欲しい。この駄女神……いやもう女神とは呼ばないな。これから駄女と呼ぶことにしよう。

ともかく、この駄女は一度馬鹿をやらかさないと生きていけないのか?丸一日を使って問い詰めてやりたい。

 

とにかく今はアクアの引き起こした出来事をどう解決するかだ。

 

「ちょっと失礼しますね」

 

俺は受付の人のそう断ると、アクアを引きずったルリと共にギルドの端の方まで来た。

 

「……一体何をやったの?」

 

「……はい。以前ウィズに、墓場で迷える霊を定期的に成仏させて欲しいと頼まれたじゃないですか。でも何回の墓場まで行くのも面倒だし、霊の住む場所を奪えばその内に消えてくれるかなっと思いました」

 

「ルリ……アクアの腕を一本くらい折ってくれ。こいつなら自力で治療できるだろうから、なんの心配も要らない。思いっきりやってくれ」

 

「……わかっ……って、それはやりすぎ……」

 

だって、この馬鹿は痛い目にあってもなかなか学習しないんだぞ。

もう、それくらいしないと、こいつは学習と言う言葉を知ろうとしないはずだ。俺は別にアクアが憎くて言っている訳ではない。決して、何時もクエストが失敗する原因への復讐や、二日に一度は頭を下げる事になる要因への復讐や、普段の俺に対する言動の復讐などは含まれていない。これは言わば愛の鞭ってやつだ。

 

「……………本当にすいません。私が全て悪いです。何をされても抵抗しません」

 

珍しく、申し訳なさそうな顔をして、敬語で話すアクア……一応は反省しているみたいだな。

はぁぁぁぁ、しょうがない。今回だけは許してやる事にするか。

 

 

 

 

 

 

 

その後、冒険者ギルドを後にした俺達は不動産屋の男性の事情を話して頭を下げたのだが、なぜかその男性は快く俺達を許してくれた。それどころか屋敷には住んでいいと言い出したのだ。

迷惑を掛けておいて、そんな条件を出してくれる男性に迷惑を掛けたのがとても申し訳なくなった俺は、顔が地面に埋め込むくらいの土下座する事になった。

 

結果を言うとこの屋敷に住む事にはなったのだが、ある二つの条件を頼まれた。一つは冒険が終わった後に、夕食の時にでも、その話題で花を咲かせて欲しい、もう一つは屋敷の敷地内にある墓を定期的に掃除して欲しいというものだが……二つ目は昔この屋敷に住んでいた主人の事を考えると当然の事かも知れないが、一つは一体何の理由なのだろう?あまり意味はないような気がするが……

 

まあ、分からないことを深く考えても仕方ないので、とりあえずその条件にしたがってみる事にしたが……たまに笑い声みたいなのが聞こえて来るんだが気のせいだよな。


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