にじファンより移転してきました、シャナの短編です。

微妙に他作品の要素が出てきていますが、基本はシャナですのでご安心ください。


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この作品は、にじファンより移転してきたものです。

シャナの世界にオリ主を突っ込んでみたらどうなるか、やってみました。

では、どうぞ。


IF 灼眼のシャナ 短編 竜鱗の遊び手

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 私が今まで育った村が、炎に包まれていた。

 

 

   ●

 

 

 私のいる村は、かなりの田舎にあった。

 人口はせいぜい250程。 村の全員が顔見知りだった。

 困ったときは助け合い、個人の祝い事でも村中で祝う、そんな場所だった。

 そんな温かい所だったから、18年前に森の中に捨てられていた赤ん坊である私の事も、きちんと育ててくれた。

 その特殊な生い立ち故か、村人全員から家族のように接されている。

 かく言う私も、村の皆の事を父や母、兄弟姉妹のように思っていた。

 思い思われることをうれしく思い、私自身も彼らの為に動いた。

 田舎町で、大きな町の人からは不便だと言われもするが、そんなものは気にせず、みんなの笑顔を見ながら暮らしていった。

 そして、そんな暮らしが永遠に続くと、信じていた。

 

 

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 どうして、こうなった……?

 

 

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 私たちの村では適材適所で仕事をこなす。

 若く力自慢の男たちが力仕事を担当し、女たちは家事をこなす。

 子どもたちは良く学び、よく食べ、よく眠り、よく育つのが仕事で、体力の衰え始めた老人たちは親が忙しい間子どもたちの面倒を見ている。

 何せ村中が一つの家族のような村だから、人の家の子だからと言っても自分の孫のように感じているのか、とても楽しそうに遊んでいる。

 かつては私もその中で遊び、老人たちの豊富な知識を分け与えられ、様々なことを学んできた。

 森にある食べられる食材の事、狩りの事、人との接し方の事……。

 様々なことを教えられ、そして私もいつかは教える側になるのだと思っていた。

 

 

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 そう、思っていた。

 

 

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 私は男で、体もしっかりしていたから当然力仕事組だった。

 その日はそういう若者十数人で森に木を切りに来た。

 私たちは村中の薪を確保するため、毎年決まった時期に一週間かけて何本もの木を切り、それをさらに細かく割って各家に配る。

 そうして皆で一丸となり、厳しい冬を乗り越えるのだ。

 それぞれができることをやり、できない者の事を支え、皆が互いを支え合って生きていく。

 そうやってこの村の人々は生きてきた。

 その時も一抱えほどの太さがある木を切り倒し、その前に切った二本の木と合わせて村に持ち帰るところだった。

 持って帰って村の広場で細かく割って薪置き場に置けばその日の仕事はおしまいだった。

 同じことをあと6回繰り返せば、その年の冬は村中の人が温かい家で過ごせるようになる。

 毎年の事を思い出し、そういう計算をして、必要最低限の量の木を切り、その木の枝をもともと木が生えていた場所の近くに刺し、自然に感謝をささげながら村に帰った。

 

 

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 結果的に、その計算も、その仕事も、全部無駄になった。

 

 

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 村に帰る道で、ふと妙な気持ちに襲われた。

 どうも、薪の使用量の計算が合わないような気がしてきたのだ。

 何度も計算して、いろいろな者に確かめてもらい、全員同じ結果が出たはずなのに。

 村で使う薪は、これの5倍くらいではないか?

 

 ……いや、4倍でも多すぎる。

 

 ……いや、もっと少なくても――。

 

 

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 村の惨状を見たのは、薪の量を昨年の半分にしても良いと思い始めた時だった。

 

 

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 村が見えてきて一番最初に気が付いた異変は、炎だった。

 村の周りを取り囲むように炎の壁がそびえたっていた。

 しかも、その炎は普通ではありえない色をしていた。

 そのことに驚きつつも、誰かが放った火なのだろうと考え、砂や水をかけたが全く消える様子がない。

 それでも中に入らないわけにはいかなかったので、全員で頭から水をかぶり、火の壁に飛び込んだ。

 

 

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 その光景は、今でもよく覚えている。

 

 

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 壁の中は、地獄だった。

 

 多くの村人たちが逃げまどい、炎の壁に行く手を阻まれ、別の場所に逃げて、と言うのを繰り返していて、皆パニックになっていた。

 そしてその中心には化物がいた。

 輪郭だけは人間のようだが、人間は3メートル近い身長をしていないし、手も左右二本ずつ持ってはいない。

 それに何より、その化物には頭が二つ、しかも牛と馬の頭がついていた。

 その化物は二つの頭の視線をそれぞれ別の方向に向けると、『すうぅぅぅぅぅ……』と空気を吸い込んだ。

 するとその視線の先にいた村人数人の体がいきなり燃え始めた。

 村を囲む壁の炎と同じ色の炎で燃え上がった村人たちに向かって、化物はさらに空気を吸い込み続ける。

 すると、村人たちを燃やす炎が化物の口にすうっと吸い込まれていき、完全に炎を吸い込まれた村人の姿はフッと消えてしまった。

 化物の目的はその炎を吸い込むことなのか、吸っていた数人が完全に消えると、また他の村人たちを燃やし、炎を吸い取り始めた。

 不思議なのは、その光景を私と一緒に見ていたはずの男が、

 

 「てめえ、何者だ!! ここで何してやがる!!」

 

 と叫びながら化物の方に斧を片手に突っ込んでいき、また炎となって吸い込まれていったことだ。

 また駆け出して行こうとする男に向かって、先ほどの二の舞になるぞ、と忠告したが『???』とよくわかっていないという顔をされた。

 どうも、炎となってすわれた者の事を忘れているようだ。

 そして、そのことに思い至ったとき、これまでの違和感も消えた。

 ここに来たとき、すでに半数の村人が消えていたとしたら、薪の量を間違えたのも納得がいく。

 消されて、忘れてしまったのだからその人の分の薪はいらなくなり、結果的に薪の量は少なくなる。

 他の者は違うようだが、私は目の前で消された人たちの事を覚えている。

 ならば私が見ていないところで消された他の者たちの事も思い出せるかと思ってやってみたが、名前とうっすらとした印象しか思い出せない。

 そして、この現象を今もなお起こし続けている化物に怒りがわいてきて、私は斧を持って化物に突っ込んで行った。

 

 

   ●

 

 

 今となっては、もう少し冷静になれ、と言ってやりたくなるね。

 

 

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 体格はおろか、手数まで倍ほど違う化物と私とでは最初から勝負になるはずもなく、今まで見ていた情報から吸われないようにちょこまかと動いて化物の苛立ちを買い、殴り飛ばされて近くにあった空家(今まで気のいい夫婦が住んでいたはずの家)の壁を突き破って動けなくなっただけだった。

 ものすごい力で吹き飛ばされ、家の壁を突き破るほどの衝撃を受けてもなお、私は気を失うことはなかった。

 だが、体の方はさすがに指一本動かせず、ただただ化物に村人が、家族が吸われていくのを黙ってみていることしかできなかった。

 

 私の事を子どものころから特にかわいがってくれた、セリオンばあさん。

 

 悪さをすると厳しくしかってくれ、それでも時々は優しかった、シュラおじさん。

 

 同い年で特に仲が良く、『貰い手がいなかったらお嫁さんになってあげる!』なんて言っていた、ロザリンド。

 

 生まれたばかりで、私が抱っこしてやるとどんなにむずがっていても泣きやみ笑ってくれた、アデル坊や。

 

 みんな、みんな、化物に吸われて、消えていってしまった。

 

 そして、全員吸い終わったのだろう化物が、食べ残しである私の方に歩いてきた。

 どうしようもない喪失感に、叫んだ。

 体に力は入らず、声も出ない。

 その状況でも、ただ、声なき叫びを、放ち続けた。

 

 

   ●

 

 

 憎かった、あの化物が。

 悔しかった、何もできない自分が。

 

 ――だから、求めた。

 

 

   ●

 

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 声が、聞こえた。

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 力を欲するかと言う、抑揚の全くない女の声が。

 幻聴かと思った。

 危機的状況が故に自身で生み出した幻だ、と。

 だが、たとえ何も意味がなくとも、すがってみたいと思った。

 

 だから。

 

「……欲しい。 欲しいとも」

 

 言葉を返した。求めるという言葉を。

 

 (そのためには、あなたのすべてが失われます。よろしいですか? ――以上)

 

 だから、返事が返ってきたことに少々驚いた。

 

 (あなたの全てを代償に、あなたは万能の可能性を手に入れます。欲しますか? ――以上)

 

 さらに訪ねてきた。少々しつこい幻聴だと思ったが、返した。

 

「……もとより、私のすべてはあの化物に奪われた。私はもう空っぽだ。だから、この理不尽を止める力を、私にくれ……! そのためならば、私のすべてを差し出そう!」

 

 私の力を求める叫びにまた、幻聴が返ってきた。

 

 (契約、成立しました。 ――以上)

 

 

   ●

 

 

 いい加減に現実の声だと認めればいいものを。バカだねこの男。

 

 

   ●

 

 

 契約成立の声の直後、私の中の何かが、私を構成する大切な何かがすべて洗い流され、空っぽになった私の中に、何か大きなものが入り込んできた。

 その間、私はゆらゆら揺らめく天色(あまいろ)の炎に包まれていた。

 そして私の中に何かが完全に入ったとき、私を包んでいた炎も消えていて。

 目を開けると、体の痛みは気にならなくなり、力が湧いてくるのを感じた。

 同時に驚きを隠せない様子の化物が、それでも私に向かって右肩から生える二本の腕をたたきつけようとしているのが見えて、急いでその場を飛び退いた。

 すると、この家に飛び込んだ時と同じように飛び退いた方の壁を突き抜けて外に飛び出してしまった。

 しかも、大した痛みも感じない。

 私としては壁際まで飛び退くぐらいのつもりだったが、思いのほか力が強くなっていたようだ。

 そのことに驚いていると、先ほどの幻聴がまた聞こえてきた。

 

「自分の中にある力を自覚してください。さもなくばまた周囲を無駄に壊すことになります。 ――以上」

 

 さすがに幻聴だとは思えないほどはっきりと聞こえた声の出所を探るために周囲を見渡すと、視界の端に見慣れないモノがあった。

 それは、木を削り取って形を整えただけと言うような、木目のはっきり浮かんだ正立方体を三つ紐でつなげただけの簡素な首飾りだった。

 それを首にかけたまま掌に載せいろいろな角度から眺めていると、

 

「……私に興味を持つのも結構ですが、今は目の前の敵に集中すべきかと。 ――以上」

 

 と言う声が掌から聞こえた。

 正確には掌の上の立方体から聞こえたのだが、そんなことを気にするまもなく先ほどの家から化物が出てきて、こちらに向かって飛び掛かってきた。

 さすがに私を吹き飛ばしたあの一撃をまた喰らうのは嫌なので、真っ直ぐ突っ込んでくる化物にタイミングを合わせ、二本の右腕を振りかぶってこちらに突き刺そうとする化物の右側へ飛んだ。

 すると、体格差からちょうど殴りやすそうなところに化物の脇腹があったので、思い切り殴ってやると化物はいい勢いで吹き飛ばされていった。

 離れたところにある空家が破壊されるのを見ながら、私は今の一撃の威力を測った。

 見た目は全く変わっていないのにもかかわらず、ずいぶんと強くなっているようだ。

 そんなことを考えていると、また首飾りから声が聞こえてきた。

 

「自分の中に渦巻く力をイメージして、それを自由に操れるようになってください。

 そうしないと無駄に力を消費して、倒れてしまいます。 ――以上」

 

 そう言われてもよくわからないが、とりあえず言われた通りに体の中にある力を頭の中でイメージし、それを右手に向かって流れを変えるイメージを形作った。

 すると本当にゆっくりとだが、右腕に力がたまる感じがして、ある程度たまると腕全体に天色(あまいろ)の炎が纏わり付き始めた。

 その光景に驚いていると、また首飾りから声が聞こえた。

 

「前方にご注意ください。 ――以上」

 

 その声に前を向くと、壊れた家のがれきを押しのけた化物がこちらに向かって炎の塊を投げつけてきたところだった。

 あわててよけようとするも、力をすべて右腕に集めてしまっているおかげで大して飛び退けず、避けられはしたものの転んでしまった。

 転んだ姿勢のまま化物の方を見ると、体勢を崩したのをチャンスと見たのか十発ほどの炎の塊を投げつけてきていた。

 さすがにこの状態からよけることはできず、先ほどまで考えもしなかった防御を行った。

 何かしらの防具があればいいのにと思いながら、おそらく今一番強度が高いであろう右腕を前に出して身を守ろうとする。

 

 直後に炎の塊が着弾し、爆音が連続して響くが音以外の衝撃はなく、衝撃に備えて閉じていた目を開けると、そこには鉄色の壁があった。

 

「……?」

 

 何事かと思ってよく見ると、その壁は小さな鱗状のモノの集まりであり、板の向こう側から煙が上がっていることから、どうやらこの板が私を炎の塊から守ってくれたらしい。

 誰が出したのかわからないが、このままでは化物の姿が見えないので横にどかそうと思って壁のふちに手を伸ばすと、壁は手が触れる前に横にスライドしていった。

 壁の向こうでは化物がこちらをじっと見ていた。どうやら警戒しているようだ。

 

「その鱗の名は、罪片(ざいへん)。私の体の一部が具現化したものです。 ――以上」

 

 と、いきなり首飾りから聞こえた声に、私は質問を返した。

 

「……と言うことは、これは君のちからかね?」

 

「いいえ、確かにこれは私の一部ではありますが、あなたの意志なしでは現れることは有りません。

  これは私と、あなたのちからです。 ――以上」

 

「……なるほど。つまりこれは、私の思うがままに出せて、私の思うとおりに動く盾なのだね?」

 

 確認のために尋ねた問いに、しかし感情のこもっていない平坦な声は否定を返してきた。

 

「いいえ、これは盾ではありません。これは私の鱗であり、役割はあなたが決めることです。 ――以上」

 

 その答えに、私は少々戸惑った。

 

「役割は私が決めること……? ――つまりこの鱗は、役割が決まっていない……?」

 

 その思考時間を隙と見たのか、化物が私に向かって突っ込んできた。

 私はそれを見ながら考える。

 

「……いや、決まっていないわけではない……。つまりは……」

 そうしているうちに化物はあと三歩の位置まで来ている。

 それを確認した私は、

 

 

 

 鱗の板を化物の胴体に叩き込んだ。

 

 

 

 胴体に固い板による掌底を喰らった化物はまた少し吹き飛ばされ、広場の真ん中にあおむけになって倒れ込んだ。

 

「……つまりは、私が願った役割を果たす万能の鱗、と言う訳だね?」

 

「はい。罪片(ざいへん)はあなたの求めに応じ、あらゆる形状をとり、あらゆる役割を持ちます。 ――以上」

 

「あらゆる形状……。と言うことは……」

 

 ある可能性を思い付き、手元に戻した鱗の板に意識を集中すると、

 

「……やはり、か」

 

 板から鱗が一枚一枚離れ、板は浮遊する鱗の集まりに早変わりした。

 これを任意の形に組み替えることで、様々な場面に対応させる気なのだろう。

 そのうちの一枚を手に取ってみると、大きさは掌に乗る程度、先ほどの攻撃を防げたとは思えないほど薄く、しかしそのふちは刃のように鋭かった。

 

「ふむ、これだけ鋭ければ……」

 

 そう考え、何とか起き上がろうとしている化物の方に全ての鱗の鋭い側を向けて、

 

「こういうこともできるのかね?」

 

 一斉に突撃させた。

 

 

   ●

 

 

 全身を鱗に貫かれた化物は、今まで自身が放っていたのと同じ色の炎となり消えた。

 それを確認した後、私が出したという鱗も消し、炎の消えた村の中を見て回ることにした。

 だが、村の中には誰もおらず、それぞれの家にも何もなく、空家が並ぶだけの廃村になっていた。

 そのことを確かめると、私は今まで私が住んでいた家に入って休むことにした。

 その家も空家になっていたが、とりあえず外観は無事だったためよしとする。

 なにも無くなった我が家の中で、私は座り込み、壁に寄りかかりながら胸元の首飾りに話しかけた。

 

「……さて、いろいろ聞きたいことは山のようにあるが、とりあえず片っ端から片付けていこうと思う。まずは、君は何者だ? 首飾りの妖精かね?」

 

 少々ふざけた言葉に、しかし首飾りは全く感情がこもらない声で答える。

 

「いいえ、私は首飾りの妖精ではありません。私は“紅世の王”、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンと申します。そしてこの首飾りは、私が意思を表出させる神器『ノア』と言います。 ――以上」

 

「ふむ、なるほど。――さっぱりわからんね」

 

 あまりにも多くの情報が一度に出てきたため理解ができなくなってしまった。

 そのことも予測していたのか、レヴィアタンは淡々と続ける。

 

「簡単に理解できることではありません。これからじっくりと説明させていただきます。

 ……ですが、それに先駆けて、私の方から質問がございます。 ――以上」

 

「……? 何かね?」

 

「あなたの名前をお聞かせください。 ――以上」

 

「……ああ、そうか。そういえばまだ名乗っていなかったね。

 私の名前は、ミコトだよ」

 

「……? それだけ、ですか? 普通は姓があると思うのですが。 ――以上」

 

「ああ、私の育ちは少々特別でね。この村の全ての人たちが家族だったんだ。だから私の姓はこの村のすべての姓を並べたモノになるのだが、さすがにそれでは多すぎる。全部で50程あるからね。だから、私には特別に名乗る姓はない。私はただのミコトだ」

 

「そうですか。……ではミコト様、これから長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。 ――以上」

 

「ああ、よろしく頼むよ、レヴィ君」

 

「では、まず最初に一つ。……ミコト様、起きてください。 ――以上」

 

「……? どういうことかね?」

 

「起きてくださいミコト様。 ――以上」

 

「いや、だからどう起きればいいのかね?」

 

「起きてください、ミコト様! ――以上」

 

 

 

『ミコト様! 起きてください! ――以上』

 

 

 

   ●

 

 

「ミコト様、いい加減に起きてください。もう朝ですよ。 ――以上」

 

「……ああ、そうか。すまない、もう起きたよ、レヴィ君」

 

 そういうと私はベッドから起き上がった。

 

 ……随分と懐かしい夢を見ていたものだね……。

 

 そう思いながら、枕元で目覚まし時計の代わりをしてくれていた『ノア』を手に取り、目の前に掲げる。

 

「おはよう、レヴィ君。今日も感情豊かな素敵な声だね」

 

「ありがとうございます。ミコト様こそ、今日も感情豊かな表情が素敵ですよ。 ――以上」

 

 そういう皮肉を言い合うのがいつもの朝の挨拶だ。

 先ほどの夢が現実だった頃、つまり私がフレイムヘイズになってからもう500年は経った。

 あれから、レヴィ君に〝紅世”についてのいろいろな事や、『この世の本当の事』をすべて聞かされ、しかし自身の仇を討滅してしまったために〝(ともがら)”討滅に積極的にもなれず、ちからの使い方を学びながら様々な場所を旅し、出会って襲い掛かってきた〝(ともがら)”のみを討滅しながら生きてきた。

 数百年前には大きな戦もあって参加はしたが、それ以外は基本的に降りかかる火の粉を払うことしかしていない。

 そんな性格から妙な称号をつけられたが、なんとなくしっくりくるので特に否定もしないでいたらそれが定着していた。

 そして今、西暦で言うと1950年代後半。 私はとある大きな町のホテルに泊まっている。

 いつも通り当てもなく、面白そうなことを探し、その合間に自在法の研究をする毎日だ。

 今日も今日とて何か予定があるわけでもなく、ただ寝ているだけではもったいないのでレヴィ君に起こしてもらったはいいが、さて今日は何をしようか……。

 

「……とりあえず、着替えて顔を洗ってから食事かね……」

 

 方針を決めたら後は動くだけだ。

 『ノア』を首にかけ、行動を開始する。

 

 

   ●

 

 

 朝食を済まし、昼食を食べる店を探しながら町を散策することにした。

 スーツ姿で首に簡素な首飾りと言うのも少々妙だが、そんなものは慣れだ。

 

 ……昨日の店は外装のわりに味が良いとは言えなかったね……。今日は質素な見かけの店に行ってみようか……?

 

 そんなことを考えながらいろいろなところを見ていると、いきなり後ろから肩をたたかれた。

 振り返ってみてみると、普通の男が立っている。

 顔も普通ならば背格好も普通、着こなしも普通ならば髪や目の色も一般的で、異常に普通という訳のわからない紹介がぴったり当てはまるような男だった。

 そんな、少し話して別れてしまえば数分も顔を覚えてはいられないような男が、私の肩に手を置いている。

 

 ……ここまで特徴がないと、逆に印象に残るはずだが……。

 

 私はこの男に全く見覚えがない。

 だが、この男は私を知っているらしく、にっこりと笑顔を浮かべてからこちらに掌を見せると、

 

 

 

 一瞬だけ、炎を灯した。

 

 

 

 すぐに消えてしまい、おそらく私とこの男以外は知覚できなかったであろうその男の出した炎の色は、馬鹿のように白けた緑色だった。

 そのことを確認したと同時に、私もこの男の正体に気が付いた。

 だから無表情だと言われ続けた我が顔に鞭打ってできる限りの笑顔を作ると、その男に話しかけた。

 

「やあ、〝探耽求究”ダンタリオン教授。久しぶりだね、元気そうで何よりだ」

 

「ええ、あーなたもお元気そうでーすねぇ、『竜鱗の遊び手』ミコト君」

 

 無個性な男が口にしたのは、外見とは似ても似つかない特徴的なしゃべり方だった。 

 

 

   ●

 

 

 二人は連れ立って会話をしながら町を歩き始めた。

 特徴のない男の特徴的なしゃべり方にすれ違う人が驚いた顔をすることもあるが、二人はそれを一切気にすることなく歩みを進めていく。

 

「しかし、本当に久しぶりだ。以前会ってからもう十年程経ったかね?」

 

「せぇーい確には、9年8ヵ月13日15時間48分と27秒でぇーすねえ」

 

「どうでもいいところで正確だね。まあ、私にその答えが正しいのか確かめるすべはないが……。ところで、その体はどうしたのかね? トーチではないようだし、……〝燐子(りんね)”かね?」

 

「そーの通り! これぞ私が開発した『我学の結晶エクセレント278541―

不覚(ふかく)人影(じんえい)』! 私が作り上げた人型の燐子(りんね)にこれでもかこぉーれでもかと改造に改造に改造を重ねた一品! 見た目はおろか気ぇー配に至るまで普通の人間と一切見分けがつかず、自在法の探知にも引っかからないす・ぐ・れ・も・の! どぉーうですかミコト君! この体、不自然なところを見つけることができますか!!?」

 

 まくしたてるように放たれた言葉の奔流に、ミコトは全く動じることなく、ただ静かに男の体、正確にはとある(ともがら)に操られている〝燐子(りんね)”の構造をじっと見る。……そして、

 

「ふむ、特に違和感はみつからないね。素晴らしい出来だよ教授。……だが」

 

「んんー? どぉーうかしましたか? ミコト君?」

 

 首をかしげる男に、ミコトは真剣な顔で詰めより、

 

「その〝燐子”、よもや例のアレが付いていない、などと言うことはないだろうね?」

 

 その詰問に、男は一瞬呆然としていたがすぐにニヤッと笑い、

 

「ふぅーふっふっふ! なぁーにを言うかと思えばそんなことでぇーすか! 当ぁーたり前のことをきぃーかないでいただきたい! この、こぉーの私! 〝探耽求究”ダンタリオンが、自身の作ったものにアレをつぅーけないとお思いでぇーすか!? 答えは否!! 手にはもっちろん、肘膝目鼻口耳胸腹背中足体中のどこからでも! アレはでってきますよぉー!」

 

 その答えを聞いて、ミコトは安心したように言う。

 

「ふむ、それならばよかった。君が普通の人間を作ったと聞いて、あの言葉を忘れたのかと思ったよ」

 

「そぉーんな訳はナッッシング!! いついかなる時においても! あの言葉を忘れるなぁんてあっりえません!!」

 

「ほぅ、そうかね。……では――」

 

 そういうと二人は向き合って立ち止まり姿勢を正す。

 そして二人とも同じタイミングで右手を左胸にあて、同時に口を開くと、言った。

 

 

 

 

 

「「ドリルは浪漫!!」」

 

 

 

 

 すべての動きがそろったことを、二人は固い握手で喜び合った。

 

 (あの時の契約、今からでも破棄できないでしょうか……。 ――以上)

 

 誰にも気づかれないように、そう思った“紅世の王”がいたとかいないとか。

 

 

   ●

 

 

「しっかし、あぁーなたも本当に変わったフゥーレイムヘイズですねぇ。“徒”である私と好んで付き合っているフレイムヘイズなぁーんて、そうそういるもんじゃぁあーりませんよ?」

 

「私は遊びが好きなだけだよ。何せ『竜鱗の遊び手』とよばれるくらいだからね。きみは違うのかね、教授?」

 

「ぅわたーしが好きなのは研究でぇーすよ?」

 

「だが楽しいのだろう? ならばそれは趣味と実益を兼ねた素晴らしい遊びだよ」

 

「……あなーたは言葉遊び(・・)もお上手でぇすねえ、ミコト君」

 

「ああ、それが『竜鱗の遊び手』だよ、教授。大体、君と私の初めての出会いの場において、君が興味を持った私流の『封絶』だって、私が遊びのつもりで作り上げたモノだよ?」

 

「そぉーうでしたねぇ、あれが始まりなんでぇーした。あれ以降、さぁーまざまな場所で出会っては、それぞれの作品を見せ合いましたねぇ」

 

「そうだね、君に見せられたモノのおかげで、新しいアイデアが浮かんできたこともあった。……感謝するよ、教授」

 

「なぁーに、私も似ぃーたようなものですかぁーら、構いませんよ」

 

「そうかね……っと、少し待ってくれ、なかなかうまそうなケーキ屋だ。いくつか買って行こう。君との話し合いには頭を使うからね、そういう時には甘いものが良い。……まあ、私たちには気分以上の意味はないがね」

 

「そうでぇーすねえ。しかし、そういう無駄も悪くはあーりませんよぉー?」

 

「ああ、そうだね……。ではいくつか見繕うとしようか。君も好きなものを選びたまえ」

 

「そぉーうですか? ではお言葉に甘えるとしーましょうか。……しかし、いつも言っていますが、これで馴れ合ったと思ってはいぃーけませんよぉ?」

 

「わかっているとも。私も毎回言っているだろう? 『私に討滅されないための努力は君自身でしたまえ』とね」

 

「えーぇ、心がけてますとも。ですから、あなぁーたも、わすれてませんねぇ?」

 

「ああ、君に実験台(めちゃくちゃ)にされない努力は十分にするとも。だからこそ、君とこうやって適度な関係を築けていられるのだからね」

 

「なぁーらば結構! では、おいしそうなものを選ぶとしぃーましょうか」

 

「ああ、そうしよう。……ああそれと、ドミノ君にお茶の用意をお願いしてもらえるかね?」

 

「おぉ、そうでしたそぉーうでした! ――ドォーミノォー! 今すぐお茶の支ぃ度をしなさい! ……なに? 観測? そぉーんな物は後でいいんでぇーすよ!! ……は? 私が急げと言った? あーなたはいつも私のせぇーいにして! そんな態度ではいーけませんといつもいつも――」 

 

 一人で騒ぎ始めた男をしり目に、ミコトは好みのケーキを選んでいた。

 

 

 

   ●

 

 

 これは、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトの、日常のたった一部の物語。

 

 

   ●

 

 

 




はい、そんなわけで、にじファンから移転してきました、短編です。

皆様お気づきの事と思いますが、オリ主のキャラと契約した王のキャラは終わりのクロニクルより出しています。
が、終わクロ原作とこの二人は偶々似ているだけの別人です。
クロスではありません。

オリ主と教授は仲良しです。
ですが、同盟を組んでいるとかではなく、偶々気が合ったから一緒にいるというだけで、普通に敵対もしますし、殺し合いとかも平気でします。
友達だけど敵、そんな矛盾も平気で受け入れてしまう不思議な関係です。

そんなよくわからない物語ですが、楽しんでいただけたでしょうか。
賛否は問いませんので、感想を頂けると幸いです。


それでは、最後になりますが、
ここまで読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。


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