大分、登校してくる生徒も多くなってきた時間帯。
まだ時間に余裕がある為、ゆっくりと登校する生徒が殆どだ。そんな中、駅から校舎に向かう生徒達の流れに逆らう様にヴァルゼルドは麻帆良駅に向かって歩いていた。
勿論、本日赴任してくるネギ・スプリングフィールドの出迎えだ。エヴァ邸を出る際に高畑から電話を貰いネギの容姿を聞いたヴァルゼルド。
そして高畑からネギを頼むと再度、念を押されたのだ。
『天才少年……どんな子なのか楽しみでありますな』
表情は無いがどこか楽しそうなヴァルゼルド。そんなヴァルゼルドに声を掛ける少女が居た。
「何が楽しみなんだよポンコツ」
『千雨殿、おはようであります』
不機嫌そうにヴァルゼルドに話し掛けたのは千雨だった。
千雨は麻帆良の住民の多くが現実離れした出来事でも深く考えずに受け入れてしまいがちなのに対して、自分の周囲と学園外の一般的な世界との比較ができるほぼ唯一の人物であるが以前、ヴァルゼルドに助けられた事があって以降ヴァルゼルドとよく話すようになっていた。
話をしながらも千雨はヴァルゼルドの事を『本来ならあり得ないロボ』と認識しているが口に出さないのは周囲がツッコミを入れないのと助けられた恩義があるからである。
因みにポンコツとは千雨がヴァルゼルドを呼ぶ際のニックネームである。
『それは……ふむ、今言ってしまってはならないのであります。後ほどをお楽しみにであります』
「ちっ、ポンコツのクセに私に隠し事かよ。わかったよ後でなんかあるんだな。楽しみにしとくよ」
ヴァルゼルドは危うく話しそうになり、口を紡ぐ。千雨はそんなヴァルゼルドの態度から後々、面倒な事が起きるのか?と思考を走らせたが麻帆良であり得ない事は日常茶飯事だ。最早、あきらめが入っていた。
そして千雨が再度、口を開こうとしたその時だった。
「何だと、こんガキャー!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
聞き覚えのある声と子供の泣き声が聞こえてきた。
『今の声は……明日菜殿?』
「なんかのトラブルだろ。ほら、行ってこいポンコツ」
突然の事態に驚くヴァルゼルドだが千雨に背中を叩かれ、現場による向かう事にした。
『…………どういった状況でありますか?』
「あー、ヴァル君。おはようさん」
現場に到着したヴァルゼルドだが予想外の光景に唖然とする。
なんと明日菜が子供の襟首を締め上げ泣かしているのだ。
そんな光景をのほほんと見ていた木乃香はのんびりとヴァルゼルドに挨拶をする。
『悲鳴が聞こえたので来たのでありますが……』
「アスナはこの子に失恋の相が出てる~って言われてん。恋するアスナには一大事なんよ~」
木乃香の説明にヴァルゼルドは汗が出る訳でないが大きな汗マークを頭に浮かべる。
どうやら目の前の少年は明日菜に失恋の相が出ていると言ったらしい。恋する乙女には禁句の一言である。
そうこうしている間に明日菜は少年にアイアンクローをしている。そしてヴァルゼルドは失言からアイアンクローを決められていた少年に目をやる。
赤毛で眼鏡、大人しそうな顔立ちの少年。
やたらと大きな荷物を背負っており、鞄のあちこちから魔法関連の品と思われるものが飛び出していた。それらを見てヴァルゼルドにはある答えが出た。
『キミがネギ・スプリングフィールド殿でありますか?」
「えっ!?あ、ハイ!そうです!ってロボット!?」
ヴァルゼルドはこの少年がネギ・スプリングフィールドではないかと思った。本人も元気よく返事をしたから間違いあるまい。ヴァルゼルドの姿にも驚いた様だが。
「学園長殿と高畑殿に頼まれて、ネギ殿を迎えに来た【麻帆良警備兼お手伝いロボット・ヴァルゼルド】であります」
「あ、タカミチの知り合いですか?よろしくお願いします。うわぁ……カッコイイ……」
ビシッと敬礼の後に自己紹介をするヴァルゼルドとペコリと頭を下げるネギ。ヴァルゼルドの姿は少年の心を掴んだ様だ。
「え?コイツ……高畑先生の知り合い?え?ヤバイ?」
「あはは。アスナ、ちょいヤバイんちゃう?」
ヴァルゼルドとネギの会話からネギが高畑の知り合いだと分かると明日菜は焦り始める。木乃香も同様の意見なのかヤバいと思い始めていた。
そしてそこで上から声が掛かる。
「おーい、ネギ君!」
校舎の二階の窓から高畑が顔を出し、ネギの名を呼んだ。
「高畑先生!?お、おはよーございます!」
「おはよーございまーす」
「久しぶりタカミチーッ!」
『おはようであります高畑殿』
四者四様に高畑に挨拶を交わす。
「麻帆良学園にようこそ。いい所でしょう?『ネギ先生』」
高畑の発言に明日菜と木乃香が疑惑の目をネギに向ける。
再度、ペコリと頭を下げたネギ。
「……コホン。この度、この学校で英語の教師をやることになりました。ネギ・スプリングフィールドです」
「ええーっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!先生ってどー言うこと!?あんたみたいなガキンチョがー!?」
咳払いの後にキチンと挨拶したネギだが明日菜が掴み掛かる。
「まーまー、アスナ」
『乱暴は駄目であります』
暴走気味の明日菜を宥める木乃香とヴァルゼルド。
そんなやり取りをしている間に高畑は校舎から出てきてヴァルゼルド達に合流する。
「ああ、彼は頭がいいんだ。明日菜君、木乃香君。今日から彼が僕に代わって君たちA組の担任になるからね。仲良くしてやっておくれ」
この発言にショックを受けた明日菜。ネギの襟首を掴み上げる力も少しずつ増していく。
「そ、そんなぁ!アタシこんな子イヤです!さっきだっていきなり失恋……いや、 失礼な言葉をアタシに……」
ショックな事は重なっていく、先ほど失恋の相が出ていると言われた上にその占いをした少年が自分の担任になると言われたら、それはショックだろうが。
「いや、でも本当なんですよ」
「本当言うなー!」
更にフォローではなく念を押すネギに遂に明日菜はキレる。
『明日菜殿、少し冷静に……』
「冷静になれるかーっ!」
ギャイギャイ騒ぐ明日菜をヴァルゼルドは落ち着かせようとする。しかし効果は薄そうだ。
号泣しながらネギに詰め寄る明日菜。対するネギはむくれっ面になっている。
「大体あたしはガキがキライなの!あんたみたいに無神経でチビでマメでミジンコで……」
(ううっ、ひどい言われ方だ!何だよこの人!占いだって親切で教えたのに!!)
そんな時だった。ネギは鼻先がムズムズとしてクシャミが出そうになる。
『ん……これは?』
ヴァルゼルドはネギから魔力を関知する。
ヴァルゼルドは知らない事だが未熟なネギはクシャミという些細な切っ掛けで魔力が溢れ出す癖があるのだ。
「ん……ふぁ……ハックションッ!」
クシャミと共に発動した『風の武装解除』と呼ばれる魔法で武器や装備品、衣服を風精の力で無力化する魔法である。
少し離れた位置に居た木乃香や高畑は魔法の範囲外だった。ヴァルゼルドも明日菜の後ろに居た為にギリギリセーフ。しかし至近距離に居た明日菜はそうはいかない。
明日菜の着ていた制服は弾け飛び、明日菜は下着と靴下だけ残して肌を晒してしまう。
「キャァァァァァァァァァァッ!?何よコレ!?」
明日菜の悲鳴が麻帆良に響く。その姿を見て高畑や木乃香は「くまパン」と見てしまった物を心の中で呟く。
『本機は見ていないであります!』
ヴァルゼルドはキャーと顔を手で隠していた。その仕草は妙に人間臭く、本当にロボットなのかを疑う有様である。