『彼』と『あの人』は出会った。
『彼』はあり得ざる人格だった。
『あの人』は『彼』を友達だと言った。
『彼』は思った。
『あの人』を守りたいと。
しかし『彼』は『あの人』を守る為に消える事を決める。
『彼』が消える時、最後に見たのは『あの人』の泣きそうな顔。
『彼』はそれが辛かった。
『あの人』の浮かべる優しい笑顔。
それを歪めてしまったのは誰でもない『彼』
作り物であるで出来損ないの心しか持たない『彼』は眠りについた。
後悔は有る、だから後悔が無い。
『あの人』の為に『彼』の意識は消えていく。
『彼』は『ヴァルゼルド』はそんな事を思いながら電子頭脳の中から『バグ』を消していく。
『バグ』と言う名の『自分自身』を。
『泣かないで下さい教官殿』
ヴァルゼルドは『あの人』にそう言いたかったがそれは適わなかった。
ヴァルゼルドの意識は既にこの世界から消えていたのだから。
◇◆◇◆
「少し、遅れてしまいましたね」
空が茜色に差し掛かる中、一人の少女が袋を片手に歩いていた。
彼女の名は絡繰茶々丸。
此処、麻帆良学園に在中する生徒だが実は麻帆良学園で作成されたガイノイド(ロボ)である。
開発者兼同級生である、麻帆良大学工学部ロボット工学研究会の葉加瀬聡美がメンテナンスしており、見たまんまのロボットだが普通に学園に通学している。
デザインコンセプトは球体関節で動くお茶汲み人形。動力部分には魔法の力を使用しているが、他は全て聡美と工学部による科学の産物だった。
彼女は日課である野良猫の餌やりに来ていた。
茶々丸は猫や子供に好かれる性質らしく此処に来るまでにも子供達にちょっかいを出されていた為に何時もの時間とは少し遅れて、この場に来ていた。
「居ないのでしょうか?」
茶々丸は何時もの場所に来てから違和感を感じた。
普段なら自分が来たら寄ってくる猫達が居ないのだ。
辺りをキョロキョロと見回していると近くの草むらからニャーニャーと複数の猫の鳴き声が聞こえる。
猫達が自分の所に来ないのは何か別の物に夢中になっているからなのだと理解した茶々丸は猫の鳴き声が聞こえる草むらを掻き分けた。
そして茶々丸は驚愕する。
「これは……」
自分の知識ではこの様な物が麻帆良に存在する等のデータは無かった。
茶々丸の目の前には一体の機械兵士が佇んでいた。
騎士が纏う甲冑の様な体。
関節から見える機械部分。
所々錆び付いているが色褪せる事の無い蒼と黒の装甲。
『彼』は片膝を付いて座していた。
茶々丸が探していた猫達は『彼』の体に登ったり、頭の上で丸くなったりとまるで『彼』で遊んでいるかの様だった。
「なんなのでしょうか……私のデータベースには麻帆良には存在しない物の様ですが」
茶々丸は見入られた様に『彼』に歩み寄り、ソッと手を触れようとした。
茶々丸は何故だがそうしなければいけない気がしたのだ。そして伸ばした手が『彼』に触れる瞬間。
『彼』はブォン!と言う起動音を鳴り響かせる。
それと共に先程まで何も写らなかった『彼』の機械仕掛けの瞳にライトグリーンの光が灯された。
しかし起動した筈なのに『彼』は動かなかった。
正しく言えば動いているのだが小刻みに震えていた。更によく見れば機械の体に何故か冷や汗が流れていた。
機械の体たから何かトラブルでも起きたのだろうか。茶々丸は『彼』に声を掛けようとしたが一匹の猫がニャーと鳴くとビクッとその体が動いた。
そしてプルプルと震えていた『彼』はユックリと動き始めて、茶々丸は其処で初めて『彼』の言葉を聞いた。
「ねっ、猫は……猫は苦手でありまぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ!!」
機械仕掛けの兵士にあるまじきコミカルな台詞を吐いた『彼』
『ヴァルゼルド』は自身の体に戯れていた猫達を乱暴に落とさぬ様に下ろしながら叫んだ。
動かなかったのは機械のトラブル等では無く、猫が苦手で動けなかったらしい。
しかし叫びながらも猫達が怪我をしない様にしているのはヴァルゼルドの優しさなのだろうか。
そんな事を思いながら茶々丸はヴァルゼルドを見ていた。