この人が本気で戦うシーンは何時になるだろうか。
「六芒……均衡……?」
龍祭壇奥地。
モニターの前でクーナの歌の余韻に浸っていたシズクが、驚きながら呟いた。
「え? ちょ、ま、クーナちゃんって六芒均衡なの!?」
「……全くクーナさんは……こちらがモニターしていること頭から抜けているんですかね……」
「……てことは」
「……ええ、貴方に嘘を吐いても仕方が無いですから話しますが……クーナさんは紛れも無く六芒均衡です」
シズクの質問に、カスラは意外にも素直に答えた。
「で、でも六芒均衡って『レギアス』と『クラリスクレイス』と『カスラ』、それに『マリア』と……えーっと『ヒューイ』の五人で、六芒の四は空席だって……まさかクーナちゃんが六芒の四!?」
「よく勉強しているようですね。しかし違います。彼女は六芒の零です」
「……零?」
そんな番号、聞いたことが無い。
六芒均衡は一から六の筈だ。ていうか零があったら『六』芒均衡とは呼べないのではないのか。
「だから当然、彼女が六芒均衡だということは機密事項です。情報を漏らしたらどうなるかは……分かりますね?」
「ぜ、絶対誰にも言わないです」
にこり、と笑うカスラにわざわざ忠告してくれるなんて優しい人だなぁ、と思いながらシズクは再びモニターに眼を戻す。
そこには今まさに、『リン』に向かって爪を振り下ろそうとしているハドレッドの姿が映った。
*****
「がぁああああああああ!」
赤黒い爪が、咆哮と共に振り下ろされる。
『リン』はそれをミラージュエスケープで後ろにかわすと、サイコウォンドをハドレッドに向けた。
「――フォイエ」
初級の火属性テクニック。
火の玉を前方に射出するだけのシンプルなものだ。
されど『リン』の放つそれは特別性だ。
威力も、
ハドレッドと同サイズの火炎弾が、彼の胸部を直撃した。
……が。
「がぁああああ!」
「っと」
咆哮による衝撃で、『リン』は数歩下がった。
捕獲装置のサークルの中にフォイエで押し込もうと思ったのだが、失敗だ。
ハドレッドの身体は、フォイエを直撃させたというのに一歩も動いていなかった。
「流石に強いな」
並のエネミーならば『リン』のフォイエには耐えられない。
例えばシズクとリィンが二人で挑んだあのヴォル・ドラゴン程度ならば、十メートルくらいは後方に吹き飛ばした末にその命を奪えただろう。
「もっと強いテクニックを……と言いたいが、殺してしまっては駄目だからな……」
調整が難しい、と呟きながら、『リン』はハドレッドの突進攻撃をミラージュエスケープで前進することで避け、見事背後に回った。
いくらミラージュエスケープ中で無敵だろうと、龍族の突進に正面から突っ込むことができるアークスは中々いないだろう。
「ゾン……ディール!」
次に『リン』が放ったテクニックは、雷属性テクニックの『ゾンディール』。
強烈な磁場のフィールドを発生させて、敵を一箇所に纏める補助系テクニックである。
これでハドレッドを引き寄せ、少しずつ捕獲罠に導くつもりなのだろう。
しかし。
「ちっ、やっぱ駄目か」
ハドレッドは一歩も動いていなかった。
元々小~中サイズのエネミーにしか効果の無いテクニックだ。
『リン』の放つテクニックは基本的に全て効果が増幅しているとはいえ、ハドレッドを動かすには至らなかったようである。
「ぐるる……!」
突如、ハドレッドが浮いた。
比喩でも何でもなく、宙に浮いたのだ。
いやどういうことだよ、どういう理屈で浮いてんだよ、とツッコむ間も無くハドレッドの周囲の空間が歪んでいく。
空間の裂け目から、巨大な赤黒い水晶弾が八つ。
『リン』に照準を合わせるように一斉に水晶弾は角度を変え……。
「ちっ……!」
まず一発、射出された。
弾は高速で『リン』に向かって飛来したが、流石にそんなものに当たる『リン』ではない。
問題は次からだ。
一発目を避けた不安定な態勢の『リン』に向かって、二発目、三発目と次々に弾が襲い掛かってくる。
「うっぐ……! ナ・フォイエ!」
七発目。
避けきれないと判断した『リン』は即座にテクニックを行使した。
ナ・フォイエ。
フォイエよりも凝縮した炎の弾を放ち、直接着弾すれば大ダメージを、地面に着弾すれば周囲を炎上させる上級テクニックだ。
炎弾と水晶弾が衝突し、どちらも破裂した。
相殺――というより、ナ・フォイエは着弾したら破裂する性質だからだろう。
威力自体は『リン』の方が上だ。
「あと、一発……!」
宙に浮くハドレッドの傍らには、水晶弾があと一発。
あれが放たれたら反撃開始だ、と身構える『リン』だったが……。
射出されない。
一発残ったまま、ハドレッドが空中で静止している。
「……?」
何なのだろう。
今までクローム・ドラゴンと戦ったことはあるが、こんな挙動はしなかった。
全弾打ち切った後はゆっくりと地面に降りるので、少し隙ができる筈だったのだが……。
「いや、これはチャンス……か?」
ハドレッドの少し後ろに、捕獲罠は設置してある。
今打ち落として、少し移動させれば捕獲可能位置まで持っていくことができるだろう。
「よし……ラ・フォイ……っ!?」
瞬間。
『リン』の足元の空間が歪んだ。
裂け目から、赤黒い水晶が顔を出す。
「っあっあぁ!?」
大きくバックステップして、辛うじてかわす。
驚異的な反射神経に身体能力が無ければ今ので終わっていただろう。
だが。
「あっぶな……変な声でちゃ……っ」
流石の『リン』も、自身を囲う無数の歪みには言葉を失った。
無数の裂け目から、無数の水晶が顔を出す。
「――ギ・フォイエ!」
ギ・フォイエ。
自身を中心に渦巻く火炎を放出するテクニック。
これで半分は落とせるだろう。
もう半分は――。
「
ちなみに。
この水晶弾、シズクなら掠っただけで即死しかねない威力を誇る代物である。
それを杖で悉く打ち落とす。
剣でも槍でも無い、法撃武器のロッドで、である。
尋常じゃあない、と通信機の向こうで誰かが呟いた。
「がるるっぅあああああああああ!」
「あ、やば」
それでも限界は訪れる。
ギ・フォイエの効果時間が切れ、それを掛け直そうとした瞬間だった。
ハドレッドの傍らで射出待機していた水晶弾が、今まで以上の速度で放たれた。
避けきれない。
受け止められない。
テクニックも間に合わない。
水晶弾が、『リン』の腹部に突き刺さった。
「――けふっ」
貫通はしなかった。
流石の硬さといえるが、どれだけ堅牢な防御力を持っていても『リン』の体重は年頃相応。
木っ端のように吹き飛んで、壁に激突した。
「あ……ぐっ……」
死んではいない。
この程度で死ぬような人じゃない。
だからこそ、なのか。
ハドレッドはとどめを刺すべく、地面に降り立ってその大きな口を開いた。
「…………」
ハドレッドの口周辺に、巨大なエネルギーが溜まっていく。
ブレスを吐くつもりなのだろう。
赤黒いエネルギーの塊が、放たれ――――。
「――シンフォニック……」
放たれる直前、ハドレッドの真下の空間が揺らいだ。
そして。
「……ドライブ!」
戦闘開始直後から今の今まで透明化していたクーナが、ハドレッドの顎を蹴り上げた!
「がっ……!?」
瞬間。
ハドレッドが溜め込んでいたエネルギーは暴発し、口元で爆発した。
ブレスを放とうとした瞬間に口を強制的に閉じられればそうなるだろう。
流石のハドレッドもこれには堪らず大きく後ずさりした。
そう。
これで、捕獲罠の範囲内にハドレッドが入ったことになる。
「ナイスタイミングっ」
既に
「ここまでは……作戦通り……!」
実のところ、クーナの戦闘能力というのは然程高くない。
創世器である透刃マイは、『存在の希薄化』という規格外の特殊能力を持っている代わりに直接的な攻撃能力は大したこと無いのだ。
隠密&暗殺ならば兎も角。
真正面から戦ったらハドレッドにクーナが敵うわけが無い。
だからこそ、戦闘開始時にクーナは即座にマイの能力を発動させた。
『リン』が真正面からハドレッドと大立ち回りしている間、ずっと最高の一打を放てるチャンスを待っていたのだ!
ちなみにこの作戦、発案者はシズクである。
「大人しくしてなさいよ、ハドレッド!」
またも、クーナは即座にマイを発動し、捕獲罠の起動装置へ走る。
捕獲装置の起動には、十秒ほど時間が必要だ。
その間起動者は付きっ切りで装置の前にいなくてはならず、その隙をエネミーに狙われることはままあるのだが……。
透刃マイを発動させ、完全に姿を消したクーナにそんなもの関係ない。
あとはハドレッドが捕獲罠のサークル外に出てしまわぬように気をつけるだけだ。
そのために――。
「ありったけのフォトンを持ってけ……『フォトンブラスト』、『ユリウス・ニフタ』!」
『リン』のマグが、光り輝きその形を変化させていく。
『フォトンブラスト』。
一定以上の実力者のみが使えるマグの最上級支援アクション。
マグごとに異なる『幻獣』の姿となり、様々な効果を発揮させるアークスの切り札の一つだ。
『リン』が今回発現させたのは『ユリウス・ニフタ』。
六本の腕を持つ女神型の幻獣であり、その力は超重力を持ったフォトンの球体を発生させるというものである。
「がっ……!?」
捕獲罠の中心に、超重力の球が発現した。
ゾンディールより遥かに強い吸引力を持つ必殺技である。
それでも普通ならボスエネミーを吸引する程の力は無い筈だが……。
『リン』は、普通ではない。
五秒のみだが、ハドレッドの動きを止めることに成功した。
捕獲完了まで、あと五秒。
「シフタ!」
ユリウス・ニフタの効果が解ける直前。
『リン』は赤い光に包まれた。
シフタは特殊な火属性テクニックで、攻撃力を増強させる補助テクニックである。
効果時間はノンチャージなので三十秒。
普段なら短すぎるくらいだが、今この瞬間なら充分すぎるほどだ。
「ハド、レッドぉおおおおおおおおおお!」
「ぐぉおおおおおおおおおおお!」
ユリウス・ニフタの効果が切れた瞬間、ハドレッドが咆哮をあげ両腕両足を大きく曲げた。
跳ぶ気だ。
勿論そんなことされては、今までの苦労が元の木阿弥になってしまう。
「い、か、せ、る……かぁーっ!」
『リン』の細腕が、ハドレッドの胸倉を掴んだ。
そんなものおかまいなしにハドレッドは手足を伸ばして跳び――――。
そして地面に叩きつけられた。
「ごっぎゃっ……!?」
何が起こったかなど、聞くまでも無い。
『リン』が掴んだ胸倉を引っ張って天井へ跳ぼうとしたハドレッドを無理やり地面に叩きつけたのだ。
「フォースの筋力、なめないで貰いたいわね」
『うば……私の知っているフォースと違う』
「まあシフタのおかげなんだけどね」
『私の知っているシフタと違う。……ていうかなんというテクニック(物理)……』
「準備完了……ハドレッド、転送します!」
『リン』がシズクと軽口を叩いている間に、クーナの準備が完了したようである。
姿を現したクーナがそう叫び、起動装置のボタンを押した。
瞬間。ハドレッドの姿が光となって消える。
龍祭壇に、送られたのだろう。
『うばー、ハドレッドの転送を確認。コールドスリープ装置への格納を確認。コールドスリープ、起動』
通信機の向こうから、何か機械を起動するような音が漏れた。
シズクの言葉通り、コールドスリープを起動したのだろう。
「シズク、ハドレッドはどうなった? 何か問題は起きてないか?」
『うばー。問題なしです。無事コールドスリープが作用したようで、機械の中で眠っている姿が確認できます』
作戦、完了です。
と、通信機からシズクが嬉しそうに声をあげた。
「了解、じゃあ私らもそっちに今から向かうわ。クーナ行くよー……クーナ?」
「え、あ……」
ぼけっとした表情で捕獲罠をいつまでも見つめているクーナの肩に手を置く。
「どうしたの? 作戦完了だよ?」
「はい……その、頭では、理解しているのですが……」
よく見ると、クーナの身体は若干震えていた。
今更になって、ハドレッドと相対していた緊張がやってきたとでもいうのかと思ったら、違うようで。
「やけにあっさりと成功してしまったので……なんというか、本当にこれで終わりなのかという猜疑心が……」
「……あー」
幸せや、成功とは縁の薄い人にありがちな症状だ。
自身の幸福が信じられず、自身の成功を疑う。
クーナがどんな半生を送ってきたかは知らないが、それが幸せに満ちたものではないことは想像に容易い。
「…………」
『リン』は、そんな震えるクーナを見て、
彼女の頭に、そっと手を置いた。
「っ……!?」
「はっはっは。そんなの、当たり前だろう」
頭を撫でながら、笑う。
安心させるように、落ち着かせるように。
「『これで終わり』じゃあ、無いんだから」
「あ……」
「あっさりしてて当然さ、ハドレッドは助かった。今生の別れとは、ならなかった」
「…………」
「また会えるんだ。それなら別れが劇的であるわけがないだろう?」
クーナの両頬を、挟み込むように手で包んで、親指で彼女の口角を無理やり上げる。
少ししゃがんで、『リン』は笑顔のままクーナと目を合わせた。
「ハドレッドが助かって、嬉しいか?」
「…………はい」
「ハドレッドが死ななくて済んで、嬉しいか?」
「はい……っ」
「なら、笑うべきだ。嬉しいときはな、笑うんだ」
それはアイドルであるクーナが、一番良く分かってる筈だ、と。
『リン』はシニカルに微笑んだ。
「……そう、ですね。いや、そうでした」
それに釣られるように、クーナは笑った。
まだちょっとぎこちなかったが、それでも、笑った。
「……ファンに笑顔を教えられるなんて、アイドルとして失格ですね」
「いや、私クーナのファンじゃないし」
「そういえばそうでしたね……」
笑顔から一転、むっとした表情になるクーナ。
けどすぐに良いこと思いついたと言わんばかりに、笑顔に戻った。
「……じゃあ、今度ライヴに来てください。絶対ファンにしてみせます」
「ん。楽しみにしてるよ」
その言葉を最後に、二人はテレパイプで浮遊大陸から退散した。
後に残ったのは、使われなかった捕獲罠と戦闘の跡。
こうして、ハドレッド救出作戦は成功という形で完了したのであった。
ハドレッド強くしすぎた説。
ストーリーで『ひときわ強いクロームドラゴン』と称されていたので盛りました。
次回でエピソード1本編は終わりかなー。終わるかなー?