A.P.238/4/14。
つまり、ハドレッドとシズクが邂逅した日から四日後。
ハドレッドの運命が、決定付けられる日。
『……こちらの準備は整いました。そっちは問題ないですか? クーナさん』
惑星アムドゥスキア・浮遊大陸。
その奥地。
龍祭壇に限りなく近いエリアで、クーナは通信機から聞こえてきたカスラの声に顔をしかめながらも口を開いた。
「問題ありません。……それよりも、ハドレッドを救う許可が出たというのは本当なんですよね?」
『何回確認するんですか。……本当ですよ、少しは信じていただきたいものですね』
「……そうですね。貴方は兎も角、シズクは信じていますし」
『それは重畳。ではシズクさんに変わりますね』
『うば!?』
通話機の向こうで、シズクが驚いたように声をあげた。
『えっ何でですか!? 今レラちゃんと戯れてるのに!』
『貴方の立案した作戦でしょう。貴方が説明してくださいよ』
『うばば……ごめんねレラちゃん。また後でね』
『[何][気にしないでよい][かの哀しき龍を救うためだ]』
『レラちゃん声が哀しげ! 大丈夫! すぐハドレッド助けてお話の続きしよう!』
「…………」
『……と、いうわけでお待たせクーナちゃん! 『リン』さん!』
「……そっちは随分と賑やかですね」
口元に笑みを浮かべながら、クーナは言う。
なんというか、シズクはシリアスさせてくれない子だなぁ。
『あ、ごめんね五月蝿かった?』
「いえ、大丈夫ですよ」
『ん、じゃあまずは今の状況整理から始めるね』
言って、シズクは「ごほん」と一つ咳払いをして語りだす。
『作戦目標はハドレッドをコールドスリープ機にぶち込むこと。そのためにハドレッドを捕獲する必要があります』
「ぶち込むて」
『捕獲はあのエマージェンシートライアルでたまに出てくるアレを使います』
「あー、あのサークル状の奴ね」
「倒した後にトライアルが発生したりチェンジオーバーして失敗扱いにされるやつですね」
『そうそうそれです』
エマージェンシートライアルとは。
インタラプトイベントの一種で、クエスト進行中に突発的に発生するトライアルのことである。
達成するとクエスト完了後にアイテムが貰えたりするのだ。
尤も、大した物などほとんど貰えないので大抵の人がおまけ程度にしか考えていないが。
『捕獲後の転送先は、
「そっちに転送されたハドレッドがそっちで暴走する可能性は?」
『リン』が心配そうに訊ねた。
龍祭壇で待機している三人――シズク、カスラ、コ・レラの身を案じてのことだろう。
心配性、というよりこれは……。
『……まあ、無くは無いですが……大丈夫ですよ。装置に入ったら即刻眠らせますし、万が一のためにこっちにはカスラさんもレラちゃんもいますし』
『戦闘に関してはあまり期待しないで頂きたいのですが……まあ最善は尽くしますよ』
『[いざとなれば私も戦おう][だからあまり心配するな][『リン』よ]』
通信機の向こうで、クォーツ・ドラゴンの咆哮が響く音が聞こえる。
頼もしいことだな、と『リン』は安心したようにため息を一つ吐いた。
「それで、ハドレッドと相対するにはどうするのですか?」
『うば。今クーナちゃん達がいる場所から道なりに北西へ真っ直ぐ行った先に、龍族が作ってくれた
「……ああ、さっきから何でしょうあれ、と思っていましたよ」
シズクに言われて改めて、クーナと『リン』は北西の彼方に見える巨大な球形の建造物を見据える。
数多の
幻想的な青色が、浮遊大陸の空に上手くマッチしている。
「あの中に、ハドレッドを閉じ込めるとでも言うのですか?」
『うん。あの
「成る程……それで、どうやってハドレッドをあの中に?」
『まあ色々考えたんだけど……やっぱしクーナちゃんの唄が一番かなって』
そこまで聞いた瞬間、クーナはゆっくりと歩き始めた。
「そう……ですか。ううん……それしか、ないですよね」
『どれくらい歌っていればハドレッドが寄ってくるとかなんて分かんないから、来るまでずっと歌ってて貰うことになるけど大丈夫?』
「アイドルを嘗めないでください」
アイドルは体力が資本。
歌って踊るという行為は、実のところ戦闘行為よりも体力を消耗することもあるほど過酷なものだ。
アークスであるが故にフォトンの補助すら受けられるトップアイドルクーナならば、
やろうと思えば三日三晩歌い続けることだって可能だろう。
「それに多分――そんなに歌い続ける必要は無いですよ」
『……?』
「あの子は、意思を失い、空間を隔てて尚まだわたしの歌を聴きに来てくれる、わたしのファンですから」
クーナは、どこか誇らしげに言う。
その表情は始末屋モードのそれではなく、アイドルの時の
「ねえシズク、アイドルがたった一人のファンのためだけに歌を唄ってくれるっていうのに、来ないファンはいないでしょう?」
『当たり前だよ。それで行かないファンはファンとは呼べない』
即答だった。
でもまあ、こればかりは考えるまでも無いだろう。
「だから、ハドレッドは来ます。必ず」
大分近づいてきた、
「……『リン』さん」
「ん? 何?」
「捕獲が目的とはいえ、おそらく戦闘になります。……貴方の力を、貸してください」
「今更何を言うかと思えば……当たり前だろ、そんなこと」
『リン』はクーナの言葉を鼻で笑い飛ばすようにそう言って、一歩前に出た。
アイテムパックからサイコウォンドを取り出して背負いながら、クーナの方へ振り返る。
「……救うぞ、必ず」
「っはい!」
そうして二人は歩き出す。
ハドレッドの生還という、有り得ない筈の未来に向かって、一歩ずつ。
*****
「意外と、中は広いんだな」
球形というからもしや中も球形で酷く足場が悪いものかと心配したが、足場は普通に平らだ。
中から見ると、球形というよりドームのようである。
「捕獲装置……結構な数用意したんですね」
「ひいふうみい……六つか。まあ失敗できない作戦だしね」
「ていうか普段のEトラで捕獲装置が一個しか用意されないほうがおかしいと思うんですけどね……」
「同感」
フィールドの床には、六つの捕獲装置が点在していた。
カスラが用意したものだろう。
サークル状の捕獲罠と、それを起動するための縦長の装置に別れているタイプの捕獲装置だ。
「さて、じゃあ早速始めましょう」
「ん。お願い」
フィールドの中央付近にクーナは立ち、目を閉じた。
それを見て、『リン』は数歩後ろに下がる。
すぅーっと、クーナは大きく息を吸った。
そして、歌いだす。
「――――♪」
静かなうちに、確かな希望を抱く歌を。
ハドレッドが大好きだった、あの歌を。
まるで永遠に続くアンコールのように、何度も何度も歌い続ける。
「――♪」
そして、四回目のサビに入ったところで。
クーナの目の前にあった空間に、罅が一つ入った。
「……来たか」
「キシャアァアアアアアアアアアアアア!」
罅は瞬く間に広がっていき、やがて大きな穴を開けてそこから一本の赤い腕が飛び出した。
空間を砕き、裂いて、
ハドレッドが、少女の奏でる歌をただ求めて、やってきた。
「……ハドレッド」
歌を止め、クーナはハドレッドと眼を合わせる。
狂気に満ちた、血走った瞳だ。
「…………ぐるる」
「貴方は、本当に……」
クーナは、苦しそうに唸るハドレッドの姿を見て、目を閉じた。
見ていられなかったから、じゃない。
大きく息を吸って、カッと目を見開いて、正面から彼を見据えて叫ぶ。
「――っばか! ばぁーか! ハドレッドの馬鹿! アホ! 朴念仁!」
「…………」
「誰が助けてくれなんて言った!? 誰がそんなこと望んだ!? あたしが一度でも弱音を吐いたか!? あたしが一度でも嫌だと言ったか!?」
その言葉は、多分。
始末屋としてでもなく、アイドルとしてでもなく。
『クーナ』として放たれた、言葉だったのかもしれない。
「あたしだったら、例え死に繋がるような任務だろうと! 例えどれだけ非道な人体実験でも! もっともっと上手く立ち回れるんだよばーっか! あたしはお姉ちゃんなんだぞ!? 弟が何出しゃばっているんだ!」
「…………」
「身体がでかいからって、調子に乗るなぁーっ!」
そんな、クーナの慟哭を、ハドレッドは黙って聞いていた。
暴走している筈なのに、意識なんてとっくに消えかかっている筈なのに。
何故だかクーナの言葉は、届いているように見えた。
「……はぁ、はぁ……――でも」
息を整えて、クーナは笑顔を見せた。
始末屋でもアイドルでもない、普通の笑顔。
「ありがと、助けてくれて」
そう。
まるで家族に向けるような、自然な笑顔で。
クーナはお礼を言った。
「……あたしのためを思って、やってしまったのでしょう? だから、今度はあたしの番」
「…………ぐるぅ」
「お姉ちゃんが、あんたを助けてあげる」
そう言ってクーナは、武器を構えた。
同時に、ハドレッドも吼える。
暴走が――ダーカー因子の活性化が始まったのだろう。
血走った眼でクーナと『リン』を見据え、叫ぶ。
「ぐるぁああああああああああああああ!」
「来なさい! ハドレッド! 始末屋としてでもなく、六芒均衡としてでもなく! お姉ちゃんとして、あんたを救ってあげる!」
さらっと六芒均衡だと明かしていくスタイル。
ようやくep4最新話見ました。
アルくんがもしかしたらシズクと似たような設定なのかと危惧してたけど全然違うっぽくて安心しました。