AKABAKO   作:万年レート1000

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シズクの能力について少し触れる回。
地味にシズク単独の場面は珍しいっていうか初めてな気がする。

短め。


嘘吐き

 唐突にも程があるが、ここで『マザーシップ』について説明しよう。

 

 マザーシップ。

 名前から察せられる通り、無数に存在するアークスシップの中心……すなわち『母船』だ。

 

 その役割は、全アークスシップの管理・統制。

 さらにオラクルに関するあらゆる情報の収集・演算。

 

 簡単に言うと、アークスシップ存続のためには無くてはならない――オラクル船団の心臓部である。

 

 当然、一般人や普通のアークスは、立ち入ることすらできない。

 まさに聖域とも呼ぶべき神秘的な場所なのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 気付けば、海の上に立っていた。

 

 前後左右。

 陸など見えない、海のど真ん中。

 

(ああ、夢か)

 

 明晰夢というやつだろう。

 しかし、何もない海の上に立っているだけなんて、寂しい夢だ。

 

 もっとこう、色々出ないかな。

 リィンとか、リィンとか、裸のリィンとか。

 

 なんて願望丸出しなことを考えながら、シズクは一歩足を踏み出そうとして、踏み出せなかった。

 

 身体が自由に動かない。

 たまの明晰夢くらい自由な夢見させてほしいのだが、そうはいかないらしい。

 

(……うば?)

 

 ふと、空を見上げると、そこに見慣れた橙色のポニーテールが揺れていた。

 

 メイだ。

 よく見ると隣にアヤも居る。

 

(あ、先輩達……)

 

 でも。

 一度も振り向くことの無いまま、二人は遥か遠い空へ歩いて行ってしまった。

 

(……?)

(何だ? 今の)

 

 いや、まあ夢に意味を求めるのも変な話か。

 空から目を離し、正面を見る。

 

 そしたら、次は【アナザースリー】の三人が遠くに見えた。

 海の上ではなく、空の上に立って、三人で談笑している。

 

 何を話しているかまでは、分からない。

 

「……ねえ」

 

 ふと。

 後ろから声がした。

 

 聞き覚えのあるが、聞き馴染みの無い声。

 

 これは、自分の声だ。

 

「分かる? この夢の意味が」

「…………」

 

 夢に意味なんてないだろう。

 そう答えたつもりで口を動かした。

 

 でも声は出なかった。

 

「嘘吐き」

「…………」

「そうやって自分にも他人にも――先輩にも友達にも、リィンにも嘘を吐いてるんだ」

「…………」

 

 振り返る。

 と、いうよりも身体が勝手に振り返った。

 

 背後に立っていたのは、シズク(じぶん)

 

 黒い(・・)髪に、海色の瞳を持った自分。

 

「本当は気付いたでしょ? 自分の能力に」

「…………」

「直感だなんて誤魔化して、目を逸らしてたでしょう?」

「…………」

「だって、自分の知らないことが分かるだなんておかしいもんね――人間っぽく、無いもんね」

 

 おかしいよね、笑っちゃうよね。

 等と言いながら、欠片も笑わずに黒いシズクは言う。

 

「何よりも――この『直感(ちから)』なんて、あたしの能力の一端でしかないなんて、ホント、笑える」

「…………」

「ねえ、答えてよ。あたしは……『何』?」

「知らないよ」

 

 ようやく、声が出た。

 恐ろしく、冷たい声が。

 

「さっきから、何なの? 全部分かってる。全部知ってる。あたしの普段考えてることを反芻して何が楽しいの? …………って、ああ、そうか」

 

 気付けば。

 黒い髪の自分は居なくて。

 

 それどころか自分は海の上に立ってすらいなくて。

 

 ナベリウス森林らしき森の中に、立ち尽くしていた。

 

 そういえば、これは夢だった。

 夢なら、自分の知っていることしか出てこないのは当然だ。

 

「……あっ」

 

 正面に、リィンの後ろ姿が見えた。

 ようやく自由に動かせる手足を動かして、リィンに近づく。

 

 後ろから腕を正面に回し、抱きつくように、

 

 思いっきり胸を揉みしだいた。

 

「はっ……!」

 

 瞬間、現実世界のシズクは目を覚ました。

 

 ベッドから半身を起こし、右左と自分の部屋を見渡す。

 当然森林など無いし、リィンも居ない。

 

「……最悪のタイミングで目が覚めやがった……」

 

 頭を抱えながら、呟く。

 

 前半の妙な内容の夢など最早どうでもよく、ただただ後悔の念が押し寄せてくる。

 

 せめてあと一分目覚めなければ、好きなだけ揉みしだけたのに……。

 

「はぁ……起きよ」

 

 溜め息を吐きながら呟いて、シズクはベッドから起き上がった。

 

(今日の予定は……ああ、『リン』さんから頼まれごとがあったっけ)

 

 昨日の夜かかってきた『リン』からの通話を思い出しながら、洗顔、排便等の朝のルーチンをこなす。

 

 今日の朝ごはんはバターを塗ったトーストとハムエッグとサラダだ。

 

(確か……暴走龍について訊きたいことがあるとかなんとか……ハドレッドとクーナちゃん関連かな?)

(でもあたし暴走龍にまだ会っても居ないんだけどなぁ……)

 

 頼りにされるのは嬉しいが、根拠の無い直感を頼りにされすぎても困る。

 なんて、心にもないことを思いながらシズクは手に持ったトーストを視界に入れた。

 

「…………」

 

 すると、そのトーストに関する情報が頭に流れ込んできた。

 焼き加減、味、産地、原料、その他諸々。

 

「うん」

 

 今日も良い焼き加減だ、と満足げに呟いて、シズクはトーストを口に運んだ。

 

 外はバリバリ中はふわふわ。

 我ながら良い出来だ。

 

『嘘吐き』

「……っ」

 

 夢で聞いた自分の言葉が、ふいに頭をよぎった。

 

「……いやいやいや」

 

 何夢如きを気にかけているんだ、あたしは。

 大体、乙女には秘密の一つや二つあってしかるべきなのだ。

 

「さて、それより今日はチーム活動できないことを連絡しなきゃ」

 

 端末を操ってメイにメールを送りながら、シズクは次はフォークを使ってサラダを口に運ぶ。

 そうして、視界に入ったフォークの情報が当然のように頭に流れ込んできた。

 

 否、フォークだけじゃない。

 サラダ、ハムエッグ、机、テレビ、照明、壁……あらゆるものの情報が見ただけで自然と頭に入ってくる。

 

 流石に生まれた時からこんな感じだから、今更特に何も感じはしない。

 

 そして、ただ一つ。

 この部屋にあって何も分からない――情報が入ってこない物があるのも、生まれた時からだ。

 

「あたしは『何』、ねぇ……」

 

 思わず呟いた言葉は、無意識に出た言葉だった。

 

 フォークの情報は見えても、それを持つ手の――ひいては自分の情報は、

 

 一切、何も見えることは無かった。

 

「………………さて、と、食べ終わったし浮遊大陸行く準備しなきゃ」

 

 食器を自動洗浄機の中に入れ、呟く。

 『リン』が待ち合わせに指定した場所は浮遊大陸なのだ。

 

 当然道中に少し戦闘がある可能性がある。

 『リン』と合流した後は安全だろうが、念のため準備は万全にしておこう。

 

「アイテムパックのメイト系を……買い足して、あとは……んふふ」

 

 アイテムパックの片隅にあった新コスチュームを見て、思わず口元が緩む。

 新衣装って何でこんな心躍るんだろう、とか考えながら、シズクは新コスチューム――『ジーナス・レプカF影』に袖を通した。

 

「――――よし」

 

 準備完了。

 約束の時間までも丁度いい感じだし、出発だ。

 

「……いってきます」

 

 なんとなく、誰も居ない部屋にそう言って、シズクは浮遊大陸に向かうのであった。

 




シズクの察する力は能力の一端でしかないようです。

ちなみに読み返してみるとシズクの察する力は視界に入っているやつにしか働いていないのが分かる筈。
でも視界に入らなくても少しは察せる模様。

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