AKABAKO   作:万年レート1000

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この話でEpisode1 第2章:大日霊貴は終了。
ですがもう少しep1は続きます。


長い夜の終わり

 他人への感情を好きと嫌いの単純な二元性で語れたらどんなに楽だろうか。

 

 最近、リィンはそんなことを良く考える。

 

『大丈夫よ、リィンにはお姉ちゃんが付いてるから』

 

 優しい言葉をくれる、姉が好きだった。

 

『リィン、今日は何して遊ぶ? おままごと? いいわよ』

 

 年の離れているにも関わらず、子供の遊びに付き合ってくれる姉が好きだった。

 

 姉への感情は好きしかなかった。

 

 でも。

 姉の本性を知った時、姉が嫌いになった。

 

 気持ち悪いと心底思った。

 

 何かの間違いだと信じていたかった。

 

 それでも――姉が好きという気持ちは変わらなかった。

 

 ただ、好きだという気持ちよりも、嫌いだという気持ちが上回っただけで。

 

(ただひたすらに嫌いになれたら……どんなにこの気持ちは楽になるのか)

 

 ベッドの上で、昔姉に貰ったリボンを眺めながら、そんなことを考える。

 

 しかし数分もしない内に眠気が襲ってきた。

 当たり前だ。もう身体は疲れ切っている。

 

 リボンを脇に置いて、横になる。

 

 こうして、リィンの長い夜は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 しかし、シズクの夜はまだ終わらない。

 

 最早時刻は早朝に近いことになっているが、シズクは『リン』の呼び出しを受けて【新しいチーム】というふざけた名前のチームが所持しているチームルームにやってきた。

 

 まるで名前を変えるのが面倒くさかったから、初めから入力されている文字列でOKしたような適当チーム名であるが、実際その通りの経緯を持って生まれたチーム名なのだ。

 

 メンバーは、キリン・アークダーティただ一人。

 

「まあ、ようするにチームに誘われても『もうチーム入ってるから』って首尾よく断るために作ったチームなんだが……まさかこういう形で使うことになるとは思ってなかったよ」

「…………なんで、チームに入らないんですか?」

「私の得意な属性は火。広範囲を高火力で焼き払うのが得意な属性だ。周りに味方が居ると、逆に戦いづらい」

 

 それだけだよ、と言いながら『リン』は部屋の隅から椅子を二つ取り出し、立て掛けた。

 

 その理論で言うと、【巨躯】戦でも戦いづらかったということになるのだが。

 

 実際、そうだったのだろう。

 そもそも、火属性テクニックは一匹の大型を倒すより、数千の雑魚を薙ぎ払うことに特化した属性なのだ。

 

 ――それでも、本体戦に参加したアークスの中で最も貢献したのは『リン』だというのだから、恐ろしい。

 

「座って」

「失礼します」

 

 流石に疲れているのか、シズクのテンションがいつもより低い。

 子供はとっくに寝る時間なのだから仕方無い。

 

「こんな遅くにごめんね、どうしても今日中に聞いておきたくて」

「なんで今日中なんですか?」

「明日には公表されるからさ」

 

 じゃあ、尚更明日でいいじゃん? と思ったものの、口にしない。

 何か理由があるのだろうし。

 

「……疲れてるようだから、いきなり本題に入るわね」

「助かります」

「さっき戦闘前に【巨躯】の映像を見せた時、ゲッテムハルトの名前を呟いたのは何故?」

「えっ声出てました?」

 

 シズクは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「ええ、多分私にしか聞こえてなかったけどね」

「そうですか……いえ、違うんですよ。あたしにだって不思議なんですよ」

「不思議?」

「ええ、何だか【巨躯】がゲッテムハルトさんに似てるなって軽く思っただけでして……」

 

 見た目似てないのに不思議ですよねぇ、と笑うシズク。

 

「直感で、あれがゲッテムハルトだと理解したってこと?」

「? 妙な言い方しますね、それじゃまるで本当に【巨躯】がゲッテムハルトさんみたいじゃないですか」

「その通りよ」

 

 瞬間、シズクの顔から笑顔が消えた。

 目を見開き、『リン』の顔を見つめる。

 

「ダークファルスは、実態を持たない闇の塊みたいな存在だ。故に顕現するには『器』が要る」

「その『器』が、ゲッテムハルトさん?」

「ああ、そうだ」

 

 確かな口調で、『リン』は頷いた。

 

 その瞬間、シズクは口を開けて、閉じて、脱力するように椅子にもたれかかった。

 

 そして、静かに呟く。

 

「…………やっぱし、そうだったのか」

「やっぱし……てことは、分かっていたの?」

「『そうかもしれない』程度の予測でしたけどね……うばー……そっかぁ、ゲッテムハルトさん……」

 

 残念そうに、シズクは溜め息を吐く。

 泣いてしまいそうな顔ですらある。

 

「ゲッテムハルトと、顔見知りだったのか?」

「いえ、まあ色々あって一言二言話したことがあるだけですけど……」

 

 シズクは思い出しながら語る。

 今日の――既に昨日だが朝にあった出来事を。

 

「なんだかあの人、凄く悲しそうで」

「…………?」

「悲しすぎて辛すぎて、最早狂うしかないくらい追い込まれてて」

「…………」

「どうしようもないくらい手遅れだったかもしれないけど、ちゃんと、傍に居てくれる子もいたから……」

 

 いつか。

 いつかでいいから、救われて欲しいと、思ったのに。

 

「……一言二言話しただけで、どうしてそこまで思えるの?」

「分かんないですよ……昔からこうなんです」

 

 勘が鋭いんですかね? と首を傾げるシズク。

 本当に、何故なのか分かってないようだ。

 

(勘……いやいや、明らかに勘で済ましていいレベルではない)

(でも、本人には自覚なし……か?)

 

 目を細めて、『リン』はシズクの顔を見る。

 嘘を吐いていたり、何かを隠しているようには見えない。

 

「……つまり、結局は【巨躯】がゲッテムハルトだと分かったことも勘ってこと?」

「そうなりますね」

「……そうか。分かった、ありがとう」

 

 こうして、『リン』とシズクの夜の密会は終わった。

 

 一見、大きな意味合いを持たなかった会合に思えるが、ただ一つ、これからの未来に影響する重要なことが一つだけあった。

 

 これから先、数多の困難と事件が立ちはだかる宿命にある『リン』が、シズクの『能力』に感づいた。

 

 それだけ。

 

 それだけで、ここまで順調だった運命(エピソード)は、

 この先ゆっくりと、少しずつ、しかし確実に捻じ曲がっていくことになる。

 

「それじゃあ、あたしは帰って寝ます」

「ああ、気を付けて帰れよ」

 

 この夜におきた小さな出来事が、一匹の少年の運命を大きく変えることになることは。

 

 まだ、誰も知らない。

 

 

 




あ、原作ストーリーへの介入についてですが、
大筋が変わらない程度にはします。

介入しないと原作キャラが出しにくいのです。

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