あれは嘘だ。
ライトフロウ・アークライトのマイルーム。
そこはチームメンバーですら入ったことが無い、一つの聖域と化していた。
チームメンバーでもあり、同期でずっと一緒に行動してきたアズサですらその部屋に上がらせてもらえないという。
当然、ライトフロウ・アークライト程の有名人がマイルームをひた隠しにし続けているともなれば、色々な噂が流れた。
私生活は、意外とずぼらで散らかり放題だとか。
本当に限られた人しか入れない極楽浄土が広がっているだとか。
有象無象の仮説が沢山流れた。
しかしその中のどれもこれも、的外れ。
真実は――。
「リィン」
まず目につくのが、壁一杯に貼られた妹の写真。
正面から撮ったもの、不意打ちで撮ったもの、どうみても盗撮なもの。
様々な角度と種類と年代の妹写真が、気持ち悪い程に広がっていた。
さらに、家具にはデフォルメされた妹を描いたイラスト(お手製)が所狭しと貼られており、
図書館に置いてあるようなサイズの本棚は、妹のアルバムだけでギチギチに埋まっていた。
そう。
ライトフロウ・アークライトが部屋に他人を招けない理由。
それはもう見て貰って分かる通り、装飾が妹一色だからなのである。
こんな部屋を見た人間の反応は、百人中百人がドン引きだろう。
「ま、マスター……い、いえお姉ちゃん」
「んー? 何? リィン」
青髪ツインテールの、リィンそっくりに造られたサポートパートナーを抱いて、ライトフロウはベッドに横たわっていた。
3種類のリィン抱き枕に囲まれて、リィンそっくりのサポパを抱き、小さい頃から貯めに貯めたリィンの声を録音したものをイヤホンで聞きながら寝る。
それがライトフロウ・アークライトの就寝スタイルであった。
「あの、そんな辛そうに抱かないでください」
「…………」
「マス……お姉ちゃんが私を妹様の代替品にしていることはもう諦めました。でも、その…………」
サポートパートナーは、上手く言葉が紡げない。
主人のメディカルをチェックすれば、彼女のメンタルが今かなり危険な状態であることは一目瞭然だ。
けれど普段なら、この部屋に立ち並ぶ妹グッズと触れあえば大体のメンタルリカバリーはできていた。
でも今日は違う。むしろ、妹グッズに触れれば触れるほど精神がぶれていく。
「今日は、一緒に寝るのはやめておいた方がいいと思います」
「………………そう、ね」
腕の力が緩んだのを確認して、リィンそっくりのサポートパートナーはゆっくりと腕の中から抜けだした。
そして、寝室から一礼して退出していった。
「はぁ……」
溜め息を一つ吐き、ライトフロウはボイスレコーダーを手に取った。
咳払いを何度かして喉を調整し、声を捻りだすように放つ。
「お姉ちゃん!」
リィンそっくりの声。
声帯が似通った、姉妹ならではの荒技である。
「ごめんねお姉ちゃん……私、お姉ちゃんに酷いこと言っちゃった……これからも仲良しでいてくれる?」
ピ、とそこでボイスレコーダーを止め、リィンの姿が印刷された抱き枕にボイスレコーダーを差し込む。
そして、再生。
『お姉ちゃん! ……ごめんねお姉ちゃん……私、お姉ちゃんに酷いこと言っちゃった……これからも仲良しでいてくれる?』
「いーのよ! リィン! 全っ然気にして無いから! お姉ちゃんこそごめんねぇ!」
ぎゅうっと抱き枕を抱きしめる。
そのまま印刷されたリィンの唇付近に唇を重ね、じゅるじゅると音を立てて吸いだした。
「んちゅ……はっ、リィンはぁはぁ……はぁはぁ……………………はぁー……」
唾液塗れになった抱き枕を離し、大きく溜め息を吐く。
いつもならこの調子で一時間は続けていたであろう行為も、続かない。
続ければ続けるほど、心が蝕まれていくようだ。
「リィン…………」
仰向けになって、天井を見上げる。
天井には、一番お気に入りである、笑顔の写真が貼ってある。
もうあの笑顔は、自分に向くことは無いのだろう。
「うっ……ぐ……」
ボロボロと、涙が溢れてきた。
堤防が崩れたかのように、次から次へと大粒の涙が滴り落ちる。
妹との思い出が、走馬灯のように姉の頭を駆け廻る。
100点のテストを褒められて喜ぶリィン。
自分の背中で、嬉しそうにはしゃぐリィン。
怖い夢を見て、一緒に寝ようと枕を抱くリィン。
リボンをプレゼントされて笑顔を見せるリィン。
ツインテールが似合うね、と褒められて顔を赤くするリィン。
「ぅぅ……ずるっ……りぃ……ん」
と、その時彼女の端末が通信を受信した。
緊急連絡の際の、着信音だ。
しかしライトフロウは、煩く鳴る端末の電源を落とし、そのまま眠りに着くのであった。
*****
少し時間は遡る。
【大日霊貴】のチームルームから出て、先輩らは、それぞれのマイルームへ。
シズクとリィンは、リィンのマイルームへそれぞれ向かった。
「今日はもう休み」というリーダーの言葉に従った結果であった。
そして、マイルームに入ったタイミングで、リィンは左右のリボンを解いた。
重力に従って髪は落ち、ツインテールはストレートロングに早変わり。
「ん? リィン、お風呂入るの?」
リィンの部屋にわがもの顔でソファに寝転がるシズクが言う。
色々あった濃厚な一日だったが、もう時刻は夜と言っても良い時刻。
しかして寝るには早い時刻だ。
小学生だって、まだ起きているだろう。
「いや……いい加減、ツインテールやめようと思って。子供っぽいしね」
「…………ふぅん」
「……どうせシズクは、察してるだろうし言うけど……」
一瞬迷った後、リボンをゴミ箱に捨ててリィンはシズクに向き直る。
「昔、お姉ちゃんに言われたの。ツインテールが似合うねって」
「…………」
「それから、ずっとこの髪型で居た……変態行為が発覚した後も、ずっと」
それは多分、最後の砦だったのだろう。
もしかしたら全部全部リィンの勘違いで、姉は何も悪くなくて、リィンの勘違いしてごめんなさいで済む話だったのかもしれないという。
希望。
最後に残った、姉への愛。
「リボンも、お姉ちゃんが誕生日にくれたお気に入り……」
「リィン、もういいよ。分かった、分かったから――」
「……泣かないわよ」
「分かってる」
分かってる、と言いながら、シズクはゴミ箱からリボンを一本掬いだした。
埃を払って、リィンの後ろに回る。
「シズク?」
「『髪を降ろしたままだと、大嫌いな姉にそっくりだから』」
きゅっとリボンで長い髪を、一つに纏める。
アップ気味のポニーテールだ。赤いリボンが、青いリィンの髪によく映える。
「……てことに、しとくといいよ」
「……ん」
相変わらず察しが良い。
リィンがリボンを捨てる時、一瞬躊躇ったところを見逃さなかったのだろう。
「優しい子だねぇ……」
「? 今何か言った?」
「何も」
リィンに聞こえないように呟いて、シズクはリィンの後ろを離れた。
「…………シズ――」
『アークス各員に緊急連絡』
と、何かリィンが言いかけたところで警報が鳴り響いた。
緊急クエストの、警報である。
またか、とシズクは溜め息吐いた。
今日はもう疲れたし、緊急クエストは強制出動ではない。
スルーして今日は休もう、と決めた。
が、次の一言を聞いた瞬間、二人の表情に緊張が走る。
『ダークファルスの反応が接近中です。アークス各員は、出撃の準備を――』
*****
『ダークファルス』。
オラクルに所属する人間で、その名を知らぬものは無いだろう。
全宇宙の敵。
アークスにとって不倶戴天の相手。
『ダーカー』の、
そう。ダーカーというのはダークファルスより生み出された――否。
ダークファルスから、『漏れ出た』ものと言っても過言ではないのである。
ダークファルスが居る限り、ダーカーは無限に出現する。
つまり、ダークファルスを倒さない限り戦いは終わらない。
それなのに、ダークファルスは不死。
死なない。滅する手段が、存在しない。
終わらない戦いを、アークスは強いられている。
ただし――”それだけ”なら、アークスは何とかしてしまう。
ダーカーが無限のように、フォトンも無限なのだから、手段は幾らでもある。
何とかできない理由は、二つ。
一つはダークファルスそのものが、馬鹿みたいに強いこと。
六芒均衡クラスのアークスが三人程集まって、ようやく喰らいつける程の強さ。
言わずもがな六芒均衡クラスのアークスなど、現在のオラクルには六人しかいない。
六人いれば何とかなりそう?
確かにそうだ、ダークファルスが、一体ならば。
そう。
もう一つの理由は――。
『ダークファルス』は、今現在確認されているだけで『五体』いるという、絶望的な戦力差。
「――――さぁ」
オラクルから少し離れた宇宙空間から、ダークファルス【
【
そのサイズは惑星並み、指先だけでヴォル・ドラゴンすら潰せる極大サイズ。
「熱き闘争を――始めよう――!」
星を、まるでドッヂボールのようにして振りかぶる。
全艦退避。
オラクル中にその命令が響き渡った直後、【巨躯】は星をオラクル向かってぶん投げた!
星は流星となりオラクルを襲う。
しかし、そこは流石長年ダーカーと戦い続けてきたオラクル船団。
その流星を、間一髪と言えど完璧に回避した。
「ふはははははははは!」
哄笑が宇宙に響く。
惑星をも投げ飛ばす巨大な絶望の化身。
「我が名は、ダークファルス【
ダークファルス【
八本の腕を振り上げて、赤い瞳を光らせて。
無限とも思える眷族と共に、オラクル船団へと突貫し始めた。
アークスvsダークファルス。
その戦いの火蓋が、切られた。
次回こそはダークファルス戦に入ります。