AKABAKO   作:万年レート1000

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書きたいこと詰めたら長くなっちゃった。


自覚

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 どうして、どうして今なのか。

 

 流石に、生涯会わないことは無理だとは思っていた。

 何かしらの偶然が重なり、会合してしまうこともあるだろうとは思っていた。

 

 だけど何故、よりにもよって今。

 

 シズクが傍にいない、今。

 

「シズク……」

 

 思わず呟く。

 恐らく世界で唯一、自分の精神を、心を、癒せるその人の名前を。

 

「シズク……シズク……」

 

 顔が見たい、声が聞きたい、あの慎ましい胸に抱きつきたい。

 

 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。

 

「……そうだ、連絡を……!」

 

 せめて声を聞きたい、……というか、投げ飛ばされてからの安否の確認すらまだしてない。

 

 どれだけ動揺してたのだと、自分で自分が滑稽に思えてくる。

 

 端末から通信機を開き、耳に手を当てる。

 

 昔ながらのコール音が響く。

 一回、二回、三回……十回目に達したところで、留守番電話に切り替わった。

 

『お相手が電波の届かないところにいるか――』

 

 無機質な電子音声が流れ、リィンの肩が目に見えて落胆した。

 

 留守番電話を切断する気にもなれず、フラフラと歩き出す。

 

 マイルームへと続く廊下を、壁に当たりながら歩く。

 呼吸が、辛い。目の前が涙で滲む。思考がぐるぐるして、上手く纏まらない。

 

 シズク。シズク。シズク。

 

 会いたい。

 

 会いたくて、仕方が無い。

 

「……UJIMUSHI(マスター)?」

 

 気が付けば、自室に辿りついていた。

 

 リィンのサポートパートナーである、ルインがその小さな体躯の小さな首を傾げる。

 紫色の髪と口紅が特徴的で、癒しとは正反対に位置しているであろう彼女を見て、

 リィンはなんだか無性に安心した。

 

 平時ならあり得ぬ現象だ。

 

「どうしたんですか? そんなゴ○○○とムカデを磨り潰して混ぜたところに腐った牛乳をかけて、そこを拭いた年季の入った雑巾を嗅いだ……みたいな顔して、今緊急クエスト中ですよね?」

「ルイン……」

 

 嗚呼。

 なんだかいつもは確実にツッコミを入れているであろう汚い毒舌も、今のリィンには心地よく響いた。

 

 罵声している筈なのに、うっすらと笑みを浮かべるリィンのことを心底気持ち悪いと内心罵倒しながら、ルインは主を部屋に迎え入れた。

 

 落ち込んでいるようだし、暖かいお茶でも入れてやるかと台所に向かおうとして――。

 

「ぐえ」

 

 ――突如、抱きしめられた。

 誰、と思考するまでもなく、リィンにである。

 

「ちょ、何ですか変態(マスター)

「…………」

 

 無言。

 無言で、ゆっくりと、

 

 リィンはルインの豊満な胸に顔を埋めた。

 

「きゃんっ!?」

「………………固い」

「そりゃーそーですよ! ワタクシ機械100%ですもの!」

「はぁ……」

 

 溜め息を吐きながらも、胸に顔を埋めた状態のままリィンは移動する。

 歩いた先にあるのは、ベッドだ。

 

「ぎゃーっ!」

 

 倒れ込むように、ベッドへルインを押し倒す。

 リィンの腕から逃れようとルインは抵抗を試みるが、サポパとアークスでは力の差が激しく、その抵抗は無意味に終わった。

 

「変態! 変態マスター! サポパへの性的行為は法律で禁止されているんですよ!?」

「ちょっと黙ってルイン。今アナタを脳内でシズクに変換してる最中だから」

「最低ですね!?」

 

 ルインのツッコミを無視し、シズクーシズクーとうめき声をあげるリィン。

 明らかに尋常じゃない様子に、ルインは仕方ないなと一つ溜め息を吐いた。

 

「どーしたんですか? 話を聞くくらいならワタクシにも出来ますよ」

「いやだからシズクに脳内変換中だから黙ってて?」

「慰めようと思ったらこれですよ!」

「……………………冗談よ」

「大分間が空きましたねぇ……。ま、いいです、主人のメンタルケアもサポートパートナーの仕事ですし?」

 

 好きに脳内変換してください、と諦めたように脱力するルイン。

 ならば遠慮なく、とリィンは抱きしめる力を強くした。

 

「なんというか……ホント、色欲魔(マスター)はシズク様が好きですね」

「ん、む……ま、まあ……うん」

「いいですねぇ、恋。ワタクシも機械の身体じゃなければしてみたかったですよ」

「ふぅん………………ん? 恋?」

 

 はてなを頭上に浮かべるリィン。

 その様子を見て、ルインは呆れた顔で溜め息を吐いた。

 

「まさか自覚が無いんですか?」

「いや、だって、恋も何も女同士……」

「フォトンの力で同性でも子供が産める以上そんなの関係ないですよ! ……フォトンの力で同性でも子供が産めるんですよ!」

「何で二回言ったの?」

「大事なことだからです」

 

 大事なことらしかった。

 力説するルインに、若干引きながらもリィンは考える。

 

 恋、か。

 

「や、でも少女漫画曰く恋っていうのはもっとこう……神秘的というか……運命的というか……」

「本気でシズク様への気持ちが恋じゃないって言っているなら今後飯抜きですよ?」

「強制的!?」

「大体……」

 

 ぐいっと、ルインはリィンの頭を掴んで胸から引き離した。

 紫色の鋭い瞳で、青色の潤んだ瞳を見つめながら、言葉を紡ぐ。

 

「落ち込んでいる時に、傍に居てほしいと、抱きしめてほしいと思える相手なんですよね?」

「う……うん」

「それが恋じゃなかったら、一体何だって言うんですか」

 

 ごもっともである。

 

 友人では、抱きしめてほしいとまでは思わないだろう。

 家族では、傍に居るのは当たり前であり、居てほしいとは思わないだろう。

 

「こ、い……? これが……?」

 

 カァッとリィンの顔が赤く染まっていく。

 ようやく、自覚したかぁ、とルインは今日何度目かの溜め息を吐いた。 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「スリラープロード!」

 

 フォトンの弾丸が詰まった弾倉を放り投げ、それを撃つ。

 瞬間、弾倉は爆発し、連鎖的にフォトンの弾丸も衝撃を撒き散らす。

 

 ダーカーが一匹、霧散して消えた。

 だが、まだ終わらない。沸いたダーカーは一匹ではないのだ。

 

 ダーカーの攻撃が、迫る。

 (リィン)がいない、それだけで、その攻撃は容赦なくシズクを襲う。

 

 それを避ける、その手間でシズクの攻撃頻度は下がっていく。

 当然、全ての攻撃を避けることは不可能で、そのたびに回復してさらに攻撃頻度は下がる。

 

「うばー……リィンがいないだけで……こうも違うのか、ていうかアタシがリィンの居る戦いに慣れ過ぎただけなのか……」

 

 返す刃で魚型ダーカーを断ちきり、一歩下がる。

 瞬間、元居た場所に鉄球のようなダーカーの腕が通り過ぎた。

 

 余裕そうな行動に見えて、結構ぎりぎりである。

 

「ああもう……リィン、リィン、リィンがいればぁ……」

 

 奇しくもほぼ同じ時間帯に互いを欲しがるリィンとシズクであった。

 もっとも、その理由は大分違うが。

 

 ブラオレットから、銃弾が放たれる。

 弾丸は巨人型ダーカーの目玉中央を正確に射抜き、貫通。

 

 ダーカーは、霧となって消滅した。

 

「はーっ……はーっ……此処ら一帯は、全滅したかな?」

 

 肩で息をしながら、武器を仕舞う。

 大分、消耗してしまった。一帯のダーカーを殲滅しただけなのに、もう回復アイテムが心許ない。

 

「こんなんじゃ、大型エネミーが出てきたらやばいなぁ……うばば……もう此処を動かずに連絡を……うば!?」

 

 アヤ辺りに連絡を入れようとして端末を手にかけたシズクが、突如素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

「うばー!? 端末が壊れてる! 通信できねーっ! やばい! やばいよ危険度が急激にマックス! おのれダーカーめ通信手段から断つとは卑劣な!」

 

 戦闘中、ダメージを受けた際に壊れたであろう通信端末を見て、珍しくガチ焦りなシズクである。

 しかしそれも当然かもしれない。通信ができないということは、最早シズクに生き残る道は現地のアークスに保護してもらうのみである。

 

 そう。

 緊急クエスト中で、人が少ないこの時間帯に、である。

 

「………………本格的に、大ピンチだねこれは」

 

 とりあえず、疲れたので適当な建造物に座り込む。

 一人で戦うのって、こんなに疲れたっけ? とか考えながら。

 

「…………向こうは大丈夫、かなぁ……レアエネミー四体て……」

 

 空を見上げながら、考えるのは仲間の生死。

 無事だとは思うが、それでも心配は拭えない。

 

「……でも、確かレア種ってベリーハード帯から現れるエネミーの筈。そんな存在がアークスの観測部を見逃していた……?」

 

 クエストの難易度というものは、その『地帯』に存在するエネミーの強さによって変わる。

 

 ノーマル、ハード、ベリーハード、スーパーハード。

 四段階に別れていて、【コートハイム】が担当したのはハードの地帯。

 

 レアエネミーは、ベリーハード地帯以上でないと出てこない。

 と、いうよりも、レアエネミーが出るか否かで区分分けされていると言っても過言ではない。

 

 つまり、前提なのである。

 ハード以下のクエストに、レアエネミーが出ないことは『前提』。

 

 それを見逃すことなど、有り得ない。

 

「なら可能性としては――ベリーハード地帯にある縄張りから、走ってきた?」

 

 いやいや、と頭を横に振る。

 野生の獣にとって、縄張りというのは重要なものだ。

 

 それを態々放棄して、未開の土地に進出するなんて余程の……それこそ、

 

 自身よりも遥かに強い『ナニカ』が表れでもしない限り――。

 

「――っ」

 

 ぞくり、とシズクの背が震えた。

 幼い少女の姿をしていても、アークスである限りはその感覚は常人の数十倍。

 

 特に、直感に関しては全アークスの中でもシズクはピカイチだろう。

 

 それはシズクも、自覚している。

 だから自分の第六感が警報を鳴らした瞬間、跳んだ。

 

 一拍遅れて、黒く巨大な塊が飛来した。

 シズクの座っていた建造物を、がりがりと削って止まる。

 

「ゼッシュ……レイ、ダ……?」

 

 そのダーカーを、シズクは見覚えがあった。

 確か――研修生時代、教官に好奇心で質問した際に教えてくれた。

 

 最強クラスの大型ダーカー。

 その名はゼッシュレイダ。

 

 巨大な、亀のような形をした大型エネミーで、その最大の脅威は『固さ』と『速さ』。 

 

 頭部と、胸部にしか弱点が無い上に、胸部の弱点はダウンさせない限り露出せず、頭部は位置が高い上に亀の様な外見に違わず甲羅の中に引っ込めることが可能。

 それに加えて弱点以外は軒並み固い、それこそヴォル・ドラゴン等とは比較にならないほどに。

 

 さらに、足が遅い代わりに甲羅の隙間からジェット噴射のようにエネルギーを噴出し、高速での移動も可能にしているのだ。

 それで弱い訳が無い。厄介で、面倒で、できれば戦いたくない相手だ。

 

(こいつか……!?)

(こいつが出現したから……レアエネミー共が逃げ出したのか!?)

 

 いいや、違う。

 一瞬で、シズクは自分の頭に生まれた考えを掻き消す。

 

 咄嗟のことで一瞬判らなかったが、ゼッシュレイダは良く見るとボロボロだった。

 堅牢な筈の腕と脚はところどころが欠け、特徴である甲羅ですら要所要所が砕けていた。

 

 態勢も変だ。

 亀という形状を取っている以上、仰向けになったら早々起きられないというのに、ゼッシュレイダの態勢は誰がどう見ても転んで起き上がれない亀のそれだった。

 

 つまり、このゼッシュレイダを『ぶっ飛ばした』何かがいる、というわけで……。

 

「どうしたよダーカー! てめーのでかい図体は飾りかァ?」

 

 居た。

 シズクの居た位置から、50m以上は離れている場所にある窪みから悠々と出てくる男が一人。

 

 成程、あんなところで戦っていたならシズクも気が付かない筈である。

 ていうかあんな遠くからここまでゼッシュレイダを吹っ飛ばすとは、一体何者だよと顔を確認。

 

 した瞬間、シズクの顔が引き攣った。

 

「くふふっ、だがまあ、前哨戦程度にはなったぜ?」

 

 特徴的な、顔面の半分を覆う刺青。

 左上から右下まで両断するように刻まれた傷跡。

 

 青味のかかった白髪を後ろに流している、その、一目で誰だか判別のつく大柄の青年。

 

 『ゲッテムハルト』。

 殆どのアークスが知っている、アークス随一の有名人(もんだいじ)である。

 

「失礼」

「うばぁ!?」

 

 突如、シズクの肩に手が置かれた。

 驚いて振り返ると、そこには少女が一人。

 

 目元まで隠れている深緑の髪が特徴な、童顔の女性である。

 

 低い身長と、キャンディークラウンと呼ばれるポップな衣装を着ているから幼げに見えるが、

 リィンにも負けず劣らずの戦闘力(バスト)は、確かにその女性が少女ではなく大人の女性であることを語っていた。

 

(し、身長は同じくらいなのに……)

(世の中って不公平っ!)

 

 て、今はボケている場合じゃない。

 ゲッテムハルトには、いつも従者の女の子が付いているという話を聞いたことがある。

 

 確か名前は、『メルフォンシーナ』。

 

「もうすぐ終わりそうですが……すぐにここを離れることをおススメします。ゲッテムハルト様は、周りへの配慮など――」

「メルフォンシーナさんですよね!? お願いがあるんですけど聞いてもらっていいですか!?」

「え、あ? は、はい……」

 

 突然の懇願に、困惑しながらも頷くメルフォンシーナ。

 シズクは涙交じりに、頭を下げた。

 

「て、テレパイプ……もしくは通信機器を貸して下さぁい!」

 

 ちなみに、涙の意味はただ一つ。

 メルフォンシーナのおかげでゲッテムハルトに話しかけなくても済んだという安堵、である。

 

 顔面刺青の強面狂戦士とか女子的に怖すぎるのであった。




ゼッシュレイダはソロだと本当にめんどくさくて嫌いです。

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