書きかけのデータが吹き飛んだんや……ホンマすいまへん……。
命の危機を感じた時、強き敵と戦う時。
生物には自信の形状を変化させ、命を守ることがあるという。
例えばカメレオンは体色を変化させ、敵の眼を欺く。
例えばハリセンボンは身体を針だらけにして敵から逃げる。
そう、多くの形状変化する生物に言えることだが、形状を変化させる理由は『生き延びるため』や『逃げるため』が多い。
だが違う。
地獄の王、ヴォル・ドラゴンは違う。
『敵を薙ぎ払うため』、彼はその形状を変化させる。
溶岩やマグマを身に纏い、鎧とするヴォル・ドラゴンの最終形態。
黄金状態とも呼ばれるほど輝く身体は、シズクの銃撃も、リィンの斬撃も通すことは無いであろう。
ただ唯一、攻撃の通りそうな箇所は――
「尻尾の結晶、だね」
シズクが呟く。
その言葉に、オペレーター中のアヤは感心するように口笛を吹いた。
ヴォル・ドラゴンの尻尾の先端部分には、淡い桃色の結晶が付いているのだ。
そこだけは、この状態になっても鎧を纏わずに剥き出しのままである。
さらに言えば、原理はアヤも知らないが結晶を壊すとヴォル・ドラゴンの黄金状態は解除されるのだ。
加えて結晶破壊後は大きな隙が出来る。
オペレーター用のモニターに映し出されたヴォル・ドラゴンの大まかな残り体力を見る限り、結晶破壊後の隙を上手く付けば倒しきることも可能だろう。
『正解よシズクちゃん、ヴォル・ドラゴンは尻尾の結晶を破壊されるとあの形態は解除されて、大きな隙を晒してくれるわ。リィンちゃんは今まで通り前方でタゲ取り、シズクちゃんはヴォル・ドラゴンの後方に回って尻尾の結晶破壊を試みて頂戴』
「了解です」
「ヤー!」
指示を受けて、シズクは武器をブラオレットからアサルトライフルに変えた。
「ウォークライ!」
リィンも再びウォークライのスキルを発動。
赤い光を放ち、ヴォル・ドラゴンの注意を自らに向ける。
『リィンちゃん気を付けてね、この状態のヴォル・ドラゴンはさっきまでの比じゃないわよ』
「はい!」
「ォオオオオオオオオ!」
ヴォル・ドラゴンが咆哮をあげながら、尻尾を鞭のようにしならせる。
先端の結晶をハンマーのようにしてリィンに叩きつけた!
「この程度……!」
最早この程度の攻撃ではリィンの
落ち着いてフォトンの盾で受け止めて、反撃してやろうと剣を振り上げた瞬間。
――振り子の要領で、ヴォル・ドラゴンの尻尾が再びリィンを襲った。
「んなっ!?」
流石の反射神経でぎりぎりソードで受け止めることに成功したが、ジャストガードには失敗してしまった。
衝撃を受け止めきられず、二、三歩後ずさる。
(威力が……さっきより上がってる)
手の痺れをフォトンで誤魔化しながら、リィンは息を整える……。
……暇なく、ヴォル・ドラゴンが追撃を仕掛けてきた。
「ぐるるぅあああああああ!」
「ああもう!」
牙が、爪が、火炎が、さっきまでとは比較にならない速度と威力でリィンに襲いかかる。
避けて受けて受けて受けて避けて受けて掠って受ける。
一進一退なんてとてもじゃないけど言えない防戦一方だ。
まだ? と一瞬シズクに視線を向けるも、シズクはシズクで苦労しているようだ。
尻尾の先端という、事あるごとにひょこひょこ動く部位を正確に狙うのは難しいのだろう。
慣れないアサルトライフルを使っているのもあって、結晶破壊はまだまだ時間がかかりそうだ。
「きっついなぁ……」
モノメイトをぐびりと飲む。
モノメイトの所持数は残り五個。
より回復量の多いアイテムは使っている暇が無いことを考えると、心もとない数字だろう。
「っと……!」
「[コレデ……オワリダ!]」
右腕を振り上げ、地面に叩きつける。
左腕を振り上げ、地面に叩きつける。
ヴォル・ドラゴンは交互にそれを繰り返し始めた。
『さっきのマグマ噴出だわ、足元に気を付けなさい』
「了解です……っと」
足元が赤く光ったのを見て、リィンはその場を離れる。
次の瞬間、マグマが地面から噴出した。
マグマすら操るとは、流石地獄の王。
なんて感心しながら、リィンとシズクは走り回る。
明らかに先ほどの二倍くらい多くマグマが噴出していて、一か所にとどまっていると次の瞬間にはお陀仏だ。
「ぐるぁああああああ!」
「ええ?!」
マグマを噴出させながら、ヴォル・ドラゴンは動きだした。
角を使った突進攻撃を、辛うじて受けとめるが同時に足元が光り出す。
全力で身体を駆動させて後方にバネのように跳んだが、右足が微かにマグマに掠ってしまった。
「ちょ……マグマ出しながら攻撃とか反則でしょう!?」
『喋ってる暇なんて無いわよ! 下!』
「うわっと!」
着地した地面が赤く光りだした。
間髪いれずにすかさず跳躍。
一拍遅れて吹き出したマグマを尻目に見ながら、リィンは大きく息を吸い込んだ。
「シズク! 尻尾破壊まだ!?」
「まだっていうか無理! マグマ避けながら精密射撃なんて無理!」
見ればシズクは、立ち上がるマグマを避けることで精一杯のようだ。
武器を腰に仕舞って、全速力で走り回っている姿が見える。
もういっそガンスラに持ち変えた方がいいのでは? とリィンは思ったが、その場合折角装填したウィークバレットが消えてしまうのだ。
それは勿体ない。
ウィークバレットが着弾した箇所を攻撃したときのダメージは、通常火力の二倍以上なのである。
(兎に角耐えるしかない、か)
今は我慢の時だろう。
リィンも武器を仕舞い、走りだす。
勿論柄に手を掛けいつでも防御態勢に移れるようにして――だが、武器を仕舞うだけでも移動速度は大分変ってくるのだ。
「がぁあああああ!」
放たれる火炎。
しかし標的には当たらない。
龍族は元より頭の良い種族だ。
平時なら走り回る敵に直線的な火炎ブレスを放っても楽にかわされることをすぐに理解し別の攻撃パターンに変化させただろう。
しかし今のヴォル・ドラゴンは暴走状態。
ダーカーに侵食された生物はただひたすらに破壊衝動の赴くままに暴れ回るだけなのだ。
それ故に、攻撃パターンが単調になりやすい。
またも放たれた無造作な火炎ブレスをリィンは悠々とかわし、これならばと尻尾に向かう。
ゆらゆらと揺れて射撃しづらい尻尾の先端も、近づいて斬りかかるならば話は別だ。
抜刀からの、縦斬り。
斬るというより叩き壊すように振るわれた剣は、目論見通り結晶の一部を砕くことに成功した。
だが追撃はしない、寧ろそこからすぐに離れるように、リィンはソードを振るった勢いを利用してそのまま駆け抜けた。
一拍置いて、地面からマグマが吹き上がる。
追撃の一つでもしていたら、まず避けられなかっただろう。
「おお……」
そんなリィンの一連の動作を見て、シズクは感嘆の声をあげた。
負けてられない。
呟いて、シズクは武器に手を掛け走り出す。
遠距離で狙えないのなら、近距離射撃をしようという魂胆だ。
ヘイトがリィンに向かっている今、下手したら零距離射撃すら可能だろう。
「む?」
だがそう上手くいかないのが世の常である。
ヴォル・ドラゴンは羽根を羽ばたかせ、空へと飛び立った。
洞窟の天井ギリギリの位置まで辿り着くと、そこでホバリングをして眼下のアークスを見下すように顔を地面に向ける。
『これは……超火炎弾!? マズイ……!』
超火炎弾とは。
天井ギリギリまで飛ばなければ自身すら傷ついてしまう攻撃範囲と、熟練のアークスすら即死に至らしめる超火力を併せ持つ巨大な火炎弾を吐きだすヴォル・ドラゴンの文字通り必殺技である。
この技を出させる前に倒すのが対ヴォル・ドラゴン戦の必須事項とされるほど、脅威の技だ。
しかし欠点はある。
発射までの溜めが長いというところだ。
『今のうちに撤退を……! 強制送還はクエスト失敗になっちゃうからテレパイプを……いや、その前に二人に説明を――』
「これは……」
「これって……」
オペレーター室であたふたと焦るアヤとは対照的に、現場のアークス二人、シズクとリィンは落ち着いた様子で口を開く。
お互いに示しあわせたわけでもなく、全く同じ言葉を同時に呟いた。
「「攻撃チャンス、だね」よね」
『っ!?』
瞬間、二人の視線が交差する。
それだけで、互いにするべきことは決まった。
アイコンタクトなんて上等なものじゃない。
ましてや、言葉を交わす暇なんてあったわけがない。
シズクは、察した。
リィンが何をしたいのかを目線だけで察し、そのための最善の行動を始めだけだ。
リィンは、信じた。
シズクならばきっと察してくれるという信頼。根拠なき可能性に賭けて迷いなく動いた。
「ウィークバレット!」
ヴォル・ドラゴンの口先に、一目で即死級だと分かる膨大な火炎エネルギーが溜められていく。
だがそんなものには目もくれず、シズクはアサルトライフルの引き金を引いた。
ウィークバレットはあっさりと尻尾の結晶に着弾した。
それはそうだ、ホバリングで空中に静止しているのなら、尻尾の結晶も静止しているのだから当てるのは簡単なのだ。
着弾を確認後、シズクはアサルトライフルを投げ捨てた。
可能な限り身を軽くして、走る。
ヴォル・ドラゴンの真下まで移動して、バレーボールのトスのような姿勢でリィンに向き直り、笑った。
察した通りだった、とシズクは思いながら、走ってきたリィンの足を両手で支える。
そしてそのまま上空へと放り投げるように打ち上げた!
シズクを踏み台にした跳躍。
これこそがリィンの思い浮かんだ作戦――!
「作戦ってほど、上等じゃあないけどね」
空中で、リィンは呟く。
剣が尻尾に届く、一歩手前。
届けば楽だったんだけど、と自分の計画性の無さに呆れながら、
リィンはソードを、槍投げのように逆手に持った。
「この距離ならーー外さない!」
剣を、投擲。
フォトンアーツとはとても呼べない粗雑なフォームから放たれたアルバギガッシュは、さりとてフォトンによる力添えで相当な速度と威力で一直線に飛翔し、
弱点と化した尻尾の結晶に、深々と突き刺さった。
「グ……!」
ぴしり、と突き刺さった箇所からひび割れが始まった。
亀裂は止まることなく結晶全体に渡り、そしてついには――
「ォオオオオオオオオ!」
――ガラスが弾けるような音と共に、破裂した。
瞬間、ヴォル・ドラゴンの口先に溜まっていたエネルギーは無惨にも飛散し消え、飛行状態すら保てないのかぐらりとその身を傾ける。
「よし! ……とっ」
当然、リィンも飛べやしない。
跳躍の頂点まで行ったら後は落ちるだけだ。
着地のこと考えてなかった、とまたも計画性の無さを露見させつつ、まあ死にはしないとそのまま自由落下に身を任せるリィン。
「おっと」
しかし地面に衝突する直前、リィンの身体をシズクが受け止めた。
両手で肩と膝裏を支える態勢……まあ要するにお姫様だっこである。
「リィン、ナイスだったよ。大丈夫だった?」
「だ、だだだだだ大丈夫だからお、降ろして」
顔を赤くしてじたばたと暴れるリィン。
直後、大きな地鳴りと共にヴォル・ドラゴンも地面と衝突した。
軽い地震が起きる程の衝撃の中、シズクはゆっくりとリィンを降ろす。
そして投げ捨てたアサルトライフルを拾い、構えた。
「さて、とどめをさそう、リィン」
「わ、わかってるわよ……えーと、私のソードはっと……」
投げたアルバギガッシュはすぐに見つかった。マグマの中に。
手遅れだった。
アルバギガッシュは刀身からずぶずぶとマグマ溜まりに埋もれていき、すぐにその姿は見えなくなってしまった。
そんなコントみたいな光景に、リィンはあんぐりと口を開ける。
「せ、折角強化したのにー!」
「リィン、落ち込んでる場合じゃないよ!」
ヴォル・ドラゴンはまだ動かない。
しかし死んだわけではないのだ、数十秒あれば起き上がり、尻尾の結晶も復活させまた暴れ始めるだろう。
マグマに潜り、何処へ行ったか分からない武器を探すという行為は、普通の人基準で言えば火傷しかねないほど熱くてドロリとした液体から物を探すようなものだ。
そんなことをしていたら、ヴォル・ドラゴンは復活してしまうだろうし、何よりそんなことしたくない。
「で、でも武器が無くちゃ追撃だってできな――」
「ん」
ん、とシズクが差し出したものは、ブラオレット。
ブラオレットの武器種であるガンスラッシュの最大の特徴、それはありとあらゆるクラスで使用可能という万能性。
当然ハンターであるリィンにも、使用可能である。
「あ、ありがと」
「侵食核にウィークバレット撃ち込むから、とどめお願いね!」
「……ええ!」
がしゃり、とシズクがウィークバレットを新たにアサルトライフルへ装填する音を背に、リィンは走り出した。
見ればヴォル・ドラゴンは尻尾を地面に突き刺しているようだ。
おそらく結晶を生成しているのだろう。
「けど、アヤさんの言ってた通り隙だらけね」
リィンはブラオレットを銃モードから剣モードに切り替える。
凸凹の不思議な形をした緑色のフォトン刃が、剥き出しになり微かに光を放つ。
「ウィークバレット!」
一発の銃声と共に、ヴォル・ドラゴンの侵食核にウィークバレットが貼り付けられた。
それを見て、リィンは高らかにブラオレットを振り上げる。
「これで……」
跳ぶ。
自身の背より大きなヴォル・ドラゴンの顔に付いた侵食核目掛けて一直線に。
銃剣を、降り降ろす。
「終わりよ!」
ぐちゃっ! とまるで昆虫の卵を叩き割ったような嫌な音を鳴らし、侵食核はひしゃげて潰れた。
その瞬間、ヴォル・ドラゴンの瞳に一瞬だけ生気が宿り、消えた。
その後ゆっくりと、巨体はなだれ落ちるように地面へと横たわっていく。
やがて、動きは完全に止まった。
もう動くことはない。
完全なる、死である。
「……はぁ……はぁ……」
「か、……勝った?」
リィンがそう呟いた瞬間、ヴォル・ドラゴンの死体が溶けて消えた。
跡に残ったのは、赤い結晶だけ。
それはまさしく、勝利の証と言えるだろう。
火山洞窟に少女二人の歓声が響き渡った。
リベンジ、完了である。
Q.ヴォル・ドラゴンが第一形態から一気に最終形態になったのは何故?
A.wikiにヴォルドラはマグマに潜ると一気に最終形態になるって書いてあったから。