AKABAKO   作:万年レート1000

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間に合ったー!
書きたいとこ全部書いてたら文字数が多くなってしまった。


全年齢対象ですから大したことないですけど、
ちょっとだけえっちぃの注意。


【番外編】バレンタインデー

 バレンタインデー。

 それは甘くほろ苦い恋のイベント。

 

 恋する気持ちをチョコレートに乗せて、想い人へと届けるのだ。

 

「――最近」

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 そこに降り立ったリィンは、一人ごちる。

 

「ショップエリアの内装が変わってるわね」

 

 ショップエリアの中央にはモニュメントがあるのだが、いつもは緑色のキューブが浮いているだけのそこには、数日前からピンクの巨大なハートが浮かんでいるのだ。

 

 何でかしら、と五分ほど考えた末、分からなかったので諦めて当初の目的であったマイルームショップに向かう。

 

 買うか買うまいか迷っていたソファを、買うことに決めたのだ。

 

 理由としては、チームの加入が一番大きいだろう。

 知り合いが増えた以上は来客も増える、そうなったとき、ソファもあった方が便利なのは明白だった。

 

「お、リィンじゃん」

「あ、メイさん」

 

 と、そこでバッタリと【コートハイム】のリーダー、メイ・コートと遭遇した。

 

 橙色のロングポニテが特徴的な、『オーヴァルロード陽』と呼ばれる服を纏った快活な女性だ。

 

「買い物か?」

「はい、ソファを買おうかと」

「おーいいねぇー、でもそんなの買っちゃったら入り浸っちゃうぜ?」

「あはは」

 

 話しながら、一緒にショップエリアを歩く。

 メイはリィンが話さなくても割りと勝手に色々と話を振ってくれるので、リィン的には話しやすい相手である。

 

「あ、そういえばさ」

「はい?」

「後でチョコ渡したいからウチのマイルーム来いよ」

 

 ごめん、今渡せればよかったんだけど手持ちに無い、と軽くメイは頭を下げた。

 

「…………チョコ?」

「ああ、今日バレンタインデーだからな。……あ、もしかしてリィン、まだ用意してないとかか?」

「え、あ、ええっと、まあ、はい」

 

 存在自体を忘れていた、なんてとてもじゃないけど言えないリィンであった。

 

「まーウチは料理できないから市販のちょっと高いだけのチョコだけどな。リィンもそうするつもりだったのか?」

「えっと……まだ未定です」

「えー? もう当日だよ? いい加減決めなきゃ駄目だぜ」

「あ、あはは……」

 

 と、そこまで会話したところでマイルームショップに到着。

 メイは他に用事があったのか、何処かに行ってしまった。

 

「ああ……」

 

 一人になり、落ち着いたところでリィンは呟く。

 

「ほんとどうしよう……」

 

 とりあえず、リィンは通信機を取り出した。

 数少ないアドレスリストから、一人を選択する。

 

『今? チョコ作ってるよー』

「そ、そう」

『ふっふっふ、チョコは毎年お父さんに作ってたからね、自信あるから楽しみにしてて!』

 

 念のため、シズクもバレンタインデーを忘れているんじゃないかという一縷の望みにかけてシズクに電話をかけてみるリィンであったが、当然そんなことはなかった。

 

 通話を切り、再び溜め息を吐く。

 

 こうなっては仕方が無い。

 今からでもショッピングモールに向かい、市販で良いからチョコレートを買うべきだろう。

 

(と、いうわけでお菓子売り場にやってきたわけですが……)

 

 アークスシップ・市街地。

 そのショッピングモールの一角にあるお菓子売り場。

 

 普段は子供連れの家族で賑わっているスペースだが、今日は打って変わって女の子だらけだ。

 

(装飾もハートとかリボンとかになってるし……何か落ち着かないわね)

 

 女子力というものを何処かにぶん投げた思考をしながら、リィンは店内に入った。

 

「うわぁ……」

 

 見渡す限りのチョコ、チョコ、チョコ。

 そしてそれを求める女子、女子、女子。

 

 バレンタイン効果って凄いなと思いながら、店内を歩き回って物色を始める。

 

 ホワイトチョコ、イチゴチョコ、アーモンドチョコ。

 色々ありすぎて、どれがいいのか良く分からない。シズクに何チョコが良いか訊けばよかったと少し後悔した。

 

 まあ普通のが一番だろう、ということで一番シンプルなデザインのチョコレートを選択。

 シズクと、アヤとメイと、後一応ルインの分だけカゴに入れた。

 

(バレンタインを家族以外にあげるなんて初めてだけど……)

(喜んでくれると、いいな)

 

「あ、リィンちゃん?」

「え?」

 

 レジを済まし、帰ろうとしたところでリィンに声をかける女性が一人。

 

 前髪が片目隠れた赤色のポニーテールが特徴的なお姉さん。

 ブレイバークラス創設者の、アザナミだ。

 

「アザナミさん……でしたっけ?」

「わお! 覚えててくれて嬉しいよ。その買い物袋を見るにバレンタインのチョコを買いに来たのかな?」

「ええまあ、アザナミさんも?」

 

 アザナミの持っている買い物袋は、リィンの持っているものと同じようだ。

 当然、アザナミは「そうだよ」と頷いた。

 

「ああ、そういえばこの前はごめんね? あの、お姉さんのこと」

「何言っているんですかアザナミさん、私に姉なんていませんよ?」

「え?」

「イマセンヨ?」

「う、うん……そうだったね」

 

 思っていたよりも闇は深いみたいだねぇ、とアザナミは冷や汗をかいた。

 

 この話題は、全力で転換するべきだろう。

 

「そ、それはそうとリィンちゃんは誰にチョコあげるの? もしかして彼氏とか?」

「へ? いやいや友チョコですよ、彼氏なんていません」

「えー? 本当かい? だって手作りするつもりでしょ?」

「え?」

 

 リィンは首を傾げた。

 

 手作りなんてする気はない。というかやったことない。

 普通に今買ったチョコをそのまま渡すつもりだ。

 

「またまたーとぼけちゃってー、だってそのチョコって『手作り用チョコレート』でしょ?」

「……え?」

 

 買い物袋の中身を、再び確認する。

 

 シンプルすぎる、ただビニール袋に包まれただけかと思っていた板チョコの袋には、

 小さい文字で『手作り用』と書かれていた。

 

「……え? え?」

「いやー若いっていいねぇ。おっと、この後用事があるんだった」

 

 それじゃ、と言ってアザナミは去っていった。

 

 嵐の様な人だ。

 だが何処か憎めないのは本人の性質ゆえだろう。

 

「……どうしよう」

 

 レシートは、邪魔だから貰わなかった。

 返品は不可だろう。でもこれをこのまま渡すのは論外。

 

 新しいのを買うのも手だが、この量のチョコを一人で消費できるかと言ったら厳しい。

 

(チョコって……)

(溶かして好きな形に固めるだけだよね?)

 

 ふと、リィンの頭をとある考えが過った。

 

 そう。

 

 手作り用チョコレートを買ってしまったのなら、手作りしちゃえばいいじゃないかという考えが。

 

 当然リィンは料理などしたことはない。

 だがしかし、チョコレートを溶かして固めるだけならば、私にもできるのではないか?

 

「やってやる……」

 

 ぽつりと、呟く。

 

 もう、女子力無いなんて言わせない。

 やればできるということを証明してやろう。

 

 その決意が吉と出るか凶と出るか。

 それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ぞくり、とリィンのサポートパートナーであるルインの背筋が震えた。

 

 サポートパートナーは風邪を引かない。

 というか背筋が震えるわけもないのだが。

 

「……?」

 

 疑問符を浮かべながら、布団のシーツを翻してベランダに干す。

 乾燥機は持っていないので、こうして疑似太陽に晒して乾かすしかないのだ。

 

「にゃー」

「っと、黒猫ですか」

 

 ふと気付くと、ベランダの欄干に黒い猫が居た。

 黒猫は当然のようにルインの前を横切り、隣の部屋のベランダに行ってしまった。

 

「……隣の部屋で飼っているのでしょうか? 可愛いですね、今度糞虫(マスター)に進言してみましょう」

 

 洗濯が終わり、今度は台所へ向かう。

 次は夕飯の準備だ。サポパに休みなどない。

 

「む……?」

 

 ふと目に入った、一つのマグカップ。

 シズクが自分用にと置いていった物だ。

 

 そのマグカップの持ち手が、少しだけひび割れていた。

 

「割れている……何故?」

 

 確か新品をわざわざ買った、と言っていた筈だ。

 こうも早く割れるのはおかしい。

 

「もしかしてこの前洗った時に……? そうだとしたら弁償しなくてはいけませんけど……」

 

 でも洗った時割れたら気付くわよねぇ、と不思議に思いながら買っておいた食材に手を伸ばす。

 

 野菜各種に、鳥肉、そしてお米とカレールー。そしてチョコレート。

 バレンタインということで、チョコを隠し味にしたカレーライスにする予定だ。

 

「ただいまー」

「おっと」

 

 主人が帰ってきたので、サポパとしてはお出迎えせざるをえない。

 台所を出て、礼儀正しく腰を折る。

 

「おかえりなさいマスター(糞虫)

「今逆じゃ無かった?」

「は? 何がですか?」

 

 気のせいならいいんだけど、とリィンは買い物袋を持ったまま台所に入った。

 

 その行動に、ルインは疑問符を浮かべる。

 

「どうしたんですか、その買い物袋は……チョコレート?」

「ご名答よルイン、バレンタインだもの、女子として当然よ」

 

 当日まで忘れていた女子のセリフである。

 

「はぁ、ところでワタクシの分はありますか?」

「当然よ……って、ああ、サポパって食べられないんだっけ?」

「いえ、食事は必要無いだけで一応消化機能もあります。他のエネルギーで賄えるというだけですね」

 

 というわけで、貰えるものは貰います。

 そう言ってルインは両手を差し出した。

 

「ふふ、焦らないのルイン」

「? 何ですか? どうせ既製品なのでしょう?」

「……これを見なさい」

 

 買い物袋から、一枚チョコレートを取り出す。

 その袋には、『手作り用』の言葉が書いてあった。

 

「ああ……間違えて手作り用のやつ買ってしまったんですね? 大丈夫ですよ、少々硬いですが量はありますし鈍間(マスター)らしさも出てると思いますよ」

「ち、違うわよ! 手作りしようと思ったの!」

「な……!?」

 

 ルインは目を見開いて驚いた。

 完全に想定外の言葉だったのだろう、どうせバレンタインなんて忘れているだろうと思っていたのに、憶えていてチョコを買ってきただけでも驚きなのに、チョコを手作りしようと言うのだ。

 

「人間って……成長するんですね……」

「そ、そんなわけだから台所使うわね?」

「手伝いますか?」

 

 ルインの提案に、リィンは首を横に振った。

 チョコを溶かして、固めるだけなのだ。流石に一人で出来るだろう。

 

「そうですか……なら多分収納場所が分からないでしょうから道具の準備だけしますね」

「ありがとう」

 

 なんか優しいルインって気持ち悪いな、と思いながらリィンはお礼を言った。

 毒舌も鳴りを潜めているし、本当に家事をやる人には優しくするのだろう。

 

 数分後、リィンはエプロン姿で台所に立っていた。

 

 目の前には、ボウルや金型等のチョコ作りに必要な器具がより取り見取り。

 何時の間にこんなの買ったんだという料理器具も盛りだくさんだ。

 

(どうしよう……)

(一体何から手を出せばいいか分からない……)

 

 素直にルインにやり方を訊けばよかったかもしれない、と後悔しながら、とりあえずチョコを溶かすことを目標にしようとリィンは動き出す。

 

 マイルームのキッチンはフォトン式システムキッチンと言って、フォトンを流しながらボタンを押すことによってフォトンの力で無限に水もお湯も火も使用可能な超便利万能キッチンである。

 

 だがまあ、そんなことすら知らないリィンはチョコを持って右左を見渡し、呟く。

 

「火は何処かしら……」

 

 数分程考えて、やはりそれしかない、とリィンは一度チョコを置いた。

 

「ルイーン、ちょっと出かけてくるねー」

「え? は、はぁ何処に?」

「クラスカウンター。フォースになれば火を使えるでしょう?」

「フォイエ!?」

 

 思わずツッコミをしながら、ルインはリィンを止めた。

 まさか火の起こし方も知らないとは……と戦慄しながら、ルインはキッチンの説明を一通り始める。

 

「成程……こんな風に火を起こせるのね」

「はぁ……しかし、何で火なんですか? お湯ならさっと出るの……に……」

 

「よーし、溶かすぞー」

 

 リィンは刻んでもいないチョコを入れたボウルに、下から火を当て始めた。

 一応説明しておくとチョコの溶かし方としては間違い中の間違いである。

 

「ルイン・ストライク!」

「ごふぅ!」

 

 ルインの飛び蹴りがリィンの脇腹に炸裂した。

 サポートパートナーがマスターに攻撃するというのは前代未聞である。

 

「いったぁ……! 何するのよ!」

「何しているんですか! チョコを溶かす時は湯せんと言ってお湯を使って溶かすんですよ!」

「そうなの!?」

 

 火を止めながら、ルインは怒る。

 マスターを叱るサポパなど訊いたことも無い。

 

「手順が分からないなら素直に訊けばいいんですよ」

「う、うんそうだね……でも本当にルインが正規のサポパなのか怪しくなってきたわね」

「ワタクシは正真正銘正規のサポートパートナーですわよ」

 

 そう言い切るルインを横目で見ながら、リィンはボウルにお湯を張っていく。

 その中にチョコを突っ込もうとした瞬間、再びルインの蹴りがリィンのスネを襲った。

 

「いったぁあああい!?」

「だから分からなかったら訊けって言っているでしょう! もういいです! ここからはワタクシの指示通りに作ってください!」

 

 ちなみに湯せんというのはお湯を張った大きめのボウルに刻んだチョコの入った小さめのボウルを浮かべ、お湯の温度でチョコを溶かしていく作業のことである。

 

 決してチョコを直接火に当てようとしたり、お湯にチョコをぶちこんだりしてはいけないぞ。

 

「ぐぅ……い、いや今日こそ私の女子力が低くないことを証明するために……」

「もうそんなの随分前から最底辺なことが証明されてますよ! ほら、包丁でチョコを刻んで! ……あ、違います! 左手は猫の手です! そんなんじゃ指斬りますよ!」

「あいたぁー!」

「手遅れでした!」

 

 女二人、騒がしく喧しくチョコを作っていく。

 

 そうして、あっという間に空も黒くなっていくのであった……。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「リィンー、お邪魔するよー」

 

 ウィン、と扉が開き、シズクはリィンのマイルームに入室した。

 

 両手で抱えているのは、チョコレートの入った箱だ。

 落とさないように、慎重に歩みを進める。

 

「い、いらっしゃい」

 

 ひょこっと台所からリィンが顔だけ出して返事をした。

 チョコは出来た。でも……。

 

「あ、えっと、チョコわざわざ持ってきてくれたの?」

「うん! 自信作だよー、なんと……」

 

 と、そこまで言ったところでシズクは気付く。

 部屋に漂うチョコの香りと、リィンの手に刻まれた切り傷や火傷の跡に。

 

 大体のことを察したシズクは、チョコを後ろ手に隠した。

 

「……や! でも先にリィンのチョコを頂戴!」

「え? どうして……?」

「いいからいいから! さー楽しみだなぁ、リィンのチョコ!」

 

 言いながら、丸テーブルの傍にあるクッションにシズクは腰をかけた。

 

「そんなに期待しないで欲しいんだけど……」

 

 苦笑いをしながら、リィンは台所から小さな袋を一つ、持ち出した。

 

 袋の中には、ハート型のチョコレートが数個入っている。

 本当に、溶かして形を整えて固めただけのチョコレートだ。

 

 それなのに、形は崩れているし個によってバラバラだしで、控えめにいって悲惨な出来だった。

 

「お待たせー、見た目悪いけど、一応手作りチョコ」

「わぁ、ありがと」

 

 にっこりと、微笑みながらシズクはチョコを受け取った。

 早速袋を開けて、中身を取り出す。

 

「早速だけど食べていい?」

「ど、どうぞ……溶かして固めただけだから、味は大丈夫だと思う」

 

 パクリと一つ口に入れる。

 なんというか、うん、普通のチョコだ。

 

(ただ……)

(リィンが頑張って作ったというだけで妙においしく感じる……)

 

 チョコを飲みこんで、素直に「美味しいよ」と感想を言った。

 するとリィンの表情がパァッと明るくなったので、思わず自分も笑顔になるシズクであった。

 

「そう、よかったぁ……」

「これ一人で頑張ったの?」

「え? えっと、いえ、ルインにも少し手伝ってもらったわ」

 

 少し、どころじゃなく手伝って貰ってない箇所が無いくらいだ。

 まあこれくらいの見栄は、可愛いものだろう。

 

「じゃ、次はあたしのチョコね。はいハッピーバレンタイン」

「あ、ありがと……」

 

 既製品ではないのか、と疑う程綺麗に包装されたチョコレートだ。

 

 リボンを解き、袋を開けて箱の蓋を開ける。

 箱の中には、それはもう芸術品と呼べる程綺麗な黒いタルトが入っていた。

 

「自信作、シズク特製チョコタルトだよ!」

「う、うわぁ……凄い。食べても良いの?」

「勿論!」

 

 既に切り分けられていたので、一切れ手にとって、口に運ぶ。

 

「ふわ……」

 

 豊満なチョコの甘みと香りが口一杯に広がる。

 甘さだけではなく、絶妙なほろ苦さも持っていてくどさを感じさせなくなっているようだ。

 

「おい、しい……こんなの先に出されてたら私チョコ渡せなかったわ」

「だから先に受け取ったんだよ?」

「…………」

 

 良く分かってらっしゃる、とリィンは微妙な表情をしながらチョコタルトを口に運ぶ。

 本当に美味しい、自分好みの味だ。

 

「……来年は、私も本気出すわ」

「うばー、楽しみにしてるよ」

 

 と、そこでリィンは思い出したように台所へ向かった。

 持ってきたのは、袋に入った星型のチョコを二袋。

 

「それは?」

「アヤさんとメイさん用のチョコよ、あの二人にも渡さなきゃ」

「ああ、そうね……ところであたしのと形が違うんだね」

「? ええ、なんかルインがシズクのチョコはハートにすべきだって」

 

 ハート好きだっけ? シズク。

 なんてのたまうリィンに頭を抱えながら、シズクは立ちあがった。

 

 その頬は、若干赤い。

 

「ま、まあね……じゃ、どうせだし一緒にチョコ届けに行きますか」

「そうね、一回シズクのマイルームに寄った方が良い? 今チョコ持ってないみたいだけど……」

「アイテムパックに入ってるから大丈夫」

 

 チョコも入るんだね、アイテムパック。

 うん、なんか入った。

 

 みたいな会話をしつつ、二人でマイルームを出る。

 

 時刻は夜の九時を回っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 時は少し巻き戻る。

 

 夜の八時。

 場所はメイのマイルーム。

 

「はいアーヤ。チョコ」

「いつも通り既製品ね……まあ突然手作り持ってこられても困るけど」

 

 店頭でラッピングしてもらったであろう少し高価なチョコを、アヤはお礼も言わずに受け取った。

 

 お礼なんて言わなくても伝わっているし、アヤとて一々そんなもの言うつもりはない。

 幼馴染とはそういうものだ。

 

「じゃあ私も」

 

 言って、アヤは懐から軽くラッピングされた袋を取り出した。

 中身はトリュフチョコ。球形に丸めたガナッシュをクーベルチュールチョコレートで覆ったチョコレートである。

 

 袋からチョコレートを取り出して、ベッドに座っているメイに近づく。

 そしてチョコを持った手を、彼女に差し出した。

 

「はい、あーん」

「う……んー、あーん」

 

 少し躊躇ったが、素直に口を開けるメイ。

 ……が、アヤはメイの口にチョコが入る寸前、その手を引っ込めた。

 

「むぅ、何?」

「んっふっふ」

 

 ぱくり、とアヤはチョコレートを口に含んだ。

 

 まさか、とアヤの頬が赤くなっていく。

 

「ん」

「く、口移し?」

「んん」

 

 頷くアヤ。

 ちょっと心の準備させて、と言おうとした瞬間、両手首を取られてベッドに押し付けられた。

 

「むぐっ」

 

 唇と唇が、重なりあう。

 アヤの唾液で少し溶けたチョコが、絡めた舌を通してメイの中に入っていく。

 

 甘い甘いチョコレートが、溶けて、唾液と混じることで官能的な痺れがメイの脳髄を侵していった。

 

「んっ……く……んぐ」

「っ……ん、ぷはっ」

 

 チョコを全て移したところで、アヤは唇と舌を離した。

 息を荒げながら、首を傾げる。

 

「美味しい?」

「っはー……はー……なんか、味良くわかんなかった……」

「じゃ、もう一回ね」

 

 妖艶な笑みを浮かべて、再びアヤはトリュフチョコを口に含んだ。

 抵抗しても無駄なことを、メイは良く知っている。

 

 この幼馴染は……なんていうか、結構エロエロなのだ。

 

「ふっ……んん……」

「ん……」

 

 静かな部屋に、水音と微かな嬌声だけが響く。

 

 数分の時が流れただろうか。

 もうすでに、口内のチョコレートは溶けて消えているというのに、二人の唇はまだ離れない。

 

「ん……メーコ……」

「ぷはっ……な、長いよアーヤ」

 

 数秒後、ようやく離された唇と唇の間には、二人の唾液が交わった糸が伝っている。

 舌と舌を絡める、大人のキスというやつだ。勿論これだけで子供は出来たりしない。

 

「……ひぁ!?」

 

 アヤの指がメイの胸部に触れた。

 同時に、首筋を舌で撫でられメイは思わず悲鳴をあげる。

 

「……メーコ、知ってる? チョコレートって媚薬効果があるらしいわよ?」

「へ、へぇー……んっ!?」

 

 首筋に、軽く歯を立てられる。

 それだけのことで、メイの身体に甘い痺れが走った。

 

「メーコ、いい?」

「え、ええっと……ま、待って、ちょっと待って」

「はぁ……初めてでもあるまいし……」

「んぅ……待ってって言ってるじゃん!」

 

 服の上から敏感な部分を撫でられる。

 それだけで、メイの身体から力が抜けていく。

 

 耳に、甘い吐息が吹かれる。

 それだけで、メイの身体は痺れて動けなくなる。

 

 どうしようもなく、抵抗の意思が薄れていく。

 

「――服、脱がすわね」

「…………ん、ま、電気消して……」

「嫌」

 

 全部、見せて。

 そう耳元で呟かれればもうメイに抵抗の意思は無くなった。

 

 ポニーテールを解かれ、柔らかい枕に頭を乗せられる。

 

 足の間を割るようにアヤの膝が置かれ、両手はベッドに押し付けられ身体を隠すことができない体勢にされた。

 これで完全に、押し倒された状態だ。最早まな板の上の鯉である。

 

 せめて優しく食べられますように、とメイは目を瞑った。

 

 次の瞬間。

 

「せんぱーい、いますー?」

 

 シズクの、声が、した。

 部屋の入り口からだ。当然、チョコレートを渡しに来たのだろうと予測できる。

 

「あれ? 返事がないわね、メイさんもアヤさんもいないのかしら?」

「うーん、でもリィンさっきメイさんにチョコレート渡すからマイルーム来いって言われてたんでしょ?」

 

 リィンも、いるのか。

 

 アヤの顔が引きつった。

 シズクだけなら、既にカミングアウトしているから察してくれるだろう。

 

 だが、リィンにはアヤとメイが恋人同士なのをばらしていない。

 理由としては、メイ曰く「まだ刺激が強いから」、らしい。

 

「あ、アーヤ、離れて。リィンがこんなシーン見たら失神しそう」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 酷いお預けだ。

 アヤは滅茶苦茶悔しそうに、メイの上から退いた。

 

 服装を整え、メイのポニーテールを結んでから「こっちよー」と呼びよせる。

 

 少しして、後輩二人は先輩らのいる寝室におずおずと入ってきた。

 

「ああ、寝室に居たんですね」

「ハッピーバレンタインです、先輩」

 

 朗らかな笑みでチョコを渡してくる後輩二人。

 

 可愛い後輩にチョコを貰えて嬉しい気持ちと、情事を邪魔されて煩わしい気持ちが重なり合って、何だか複雑な気持ちだとアヤはくすりと笑った。

 

「……何笑ってるの? アーヤ」

「え? いや、うーん……『後輩可愛いなー』って気持ちと、『イイとこだったのに邪魔しやがって!』って気持ちが混ざり合って、なんか複雑だなって思って」

「ふぅん…………耳、貸して」

 

 ぽそり、とメイはアヤに耳打ちした。

 

 それを聞いた瞬間、アヤは枕に顔を埋める。

 今の表情を見られない為に。

 

「アーヤ?」

「アヤさん?」

「先輩? どうしました?」

 

 自分の作ったチョコを、美味しい美味しいと食べてくれる可愛い後輩と、

 『私も』なんて短い言葉をわざわざ耳打ちで伝えてくるいじらしい恋人に、

 

 囲われて過ごすこの時間が、嬉し過ぎてついにやけてしまったのだ。

 

「あっはっは、アーヤ、耳まで真っ赤」

「……うっさいわね、メーコのくせに」

「何です? メイさんさっきアヤさんになんて耳打ちしたんですか?」

「秘密ー」

 

 リィンの疑問に、メイは唇の前に人差し指を立てて答えた。

 

 話す気はないようだ。

 むぅ、とリィンは頬を膨らめる。

 

「ああホント……こんな楽しいバレンタインは初めてだわ」

「バレンタインだけじゃないぜ? チームなんだから、これからもっと楽しいことをこの四人で過ごせるんだよ」

 

 春夏秋冬。

 色々なイベントがある。

 イベントだけじゃなく、何気ない日常もある。

 

 これからは、この四人で……。

 

「そう、ね。ふふ、何だか楽しみだわ。これから、か」

 

 でも、まだバレンタインは終わっていない。

 明日のことは明日馳せるとして、今日をもっと楽しもう。

 

(チーム、組んでよかったわね)

「まあでもそれはそうと……」

 

 アヤはメイの耳に口を近づける。

 後輩二人に聞こえないように、小声でぽつりと耳打ちした。

 

 瞬間、メイの顔が真っ赤に染まる。

 

 囁かれた言葉は、たった一言。

 

『二人が帰ったら、続きをね』

 

 アークスたちの、甘い甘いバレンタインデーは、まだまだ続く。

 




何と言うか作者の描写力無さ過ぎて欠片もえっちくなかったね、ごめんね。

だが私は謝らない。

あとどうあがいても本文中に入れれなかったからここに書くけど、
ルインは披露困ぱいで寝込みました。精神的にやられてしまったようです。

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