シズクとリィン。
最早アークス内で、その二人の名前を知らぬものはほぼいない。
シオンが居なくなり、これまで彼女がひた隠しにしていたシズクの活躍が明るみに出たのだ。
ただでさえ連携特化という珍しい戦闘スタイルに、元々謎めいた存在だった『リィン・アークライトの相棒』の正体であったこと。
それに加えて採掘基地防衛戦での指揮官っぷりが知れ渡ったり、オペレーターから転職の打診を受けまくってそれを断り続けたとか、デスクワークでえげつないほど活躍してるとか、新しいマザーシップであるシャオの従姉弟であるとか。
色々と話題になり、一躍シズクも有名人となったのだ。
そしてそれはつまり【ARK×Drops】というチームとしても有名になるということで――シズクとリィンが所属している少数チームの一員。
イズミとハルもまた、二人ほどではないがそこそこ名前が知れてしまったのである。
実力が伴っていない、のに。
クォーツ・ドラゴンを倒せたということから、別段無能というわけではないのだが……。
「如何せん、期待に応えられるような実力は持っていないんですよね……」
「野良パーティに混ざると『弱いわけじゃないけど期待してたほどじゃないなぁ』って目で見られるんですよっ!」
と、いうわけで。
まだ発見されたばかりでハードやらベリーハードやらの難易度分けがされていない――つまり、先輩たちと一緒にクエストに出ることができるチャンスだと考えてイズミとハルはやってきたのだ。
強くなるために。
強くなるきっかけを掴むために。
*****
「まあ、何かあったら私が守るから別にいいんじゃない?
軽く探索した感じ、そんなに危険そうな星でもなかったし」
そんなリィンの一声で、イズミとハルの同行は決定した。
難易度分けがされていないから、二人にも探索許可を出すことができる――とは言っても危険は危険。
普通はベリーハードにも行けない新人が行けるような任務ではないのだ。
シズクは先輩として責任を持って二人の要望を断るべきなのだが……しかしてシズクとて後輩と一緒にクエストに出たかったのも事実。
メイとアヤ。
二人の先輩と一緒に四人でクエストに出ていたあの日々を、つい思い出してしまった。
(まあ……)
(危険なエネミーは確認されていないって話だし……)
ということで、数十分後。
焦って帰還してきた『リン』が取ってきた会話ログから翻訳データを作り出し、ハルコタンの原住民と問題なく会話できるようにしたところで。
【ARK×Drops】一行は惑星ハルコタン・
「わっわっわ、何だかおどろおどろしいところっすね」
ハルが物珍しいものを見るような目で、周囲を見渡す。
しかしそれも仕方の無いことだろう。何せオラクルではとても見れないような光景だ。
まず、建造物の何もかもがでかい。
自然の山道を利用して作られたであろう道には、灯篭や石像が設置されているのだがそのサイズはアークスですらジャンプしても石像の頭にはとてもじゃないけど届かないほどだし、灯篭も火を点けることすら一苦労しそうな大きさである。
さらに。
周囲に生えている茜色の葉を持った木々が、この領域を何処か幻想的な雰囲気で包み込んでいた。
すっごい綺麗なところね、という感想が自然と口から漏れる。
怪しげだが、それがまたイイというか……。
「景色に見蕩れるのもいいですが、まずは何を調査するんですか?」
「うばー、とりあえず黒の王に挨拶かなぁ。侵略にやってきた宇宙人とでも思われたら堪らないし」
きっちりここの責任者に挨拶しないとね、とシズクは至極真っ当なことを言って、歩き出した。
「黒の王?」
「うば。そうそう、この星は白の民と黒の民っていう二つの民族にくっきりと別れていてね、黒の民の王様が黒の王――ああ、ちなみに一個注意点なんだけど、この星の住民は皆巨人だからうっかり踏み潰されないように気をつけてね」
「
シズクがそんな注意点を挙げた矢先。
地鳴りを響かせながら、一人の黒の民が驚いたような表情を(多分)浮かべながら、近づいてきた。
金色の長く湾曲した角に、黒を基調に赤いラインが幾つも入った鎧武者のような身体。
ケンタウロスのように四本足の下半身をしていて、巨大な軍配を持っていることが特徴的な黒の民である。
それにしてもでかい。
ダークファルス【巨躯】の決戦形態程では(当然)無いが、それでもファルス・ヒューナル形態よりはでかい。
後に『バン・オガキバル』とアークスが名付けるその黒の民は、シズクたちの前までたどり着くと礼儀正しく一礼し、その身を屈めてシズクと視線をあわせた。
「お久しぶりでございます。我ら黒の民に何か御用ですか?」
「み、みこ……?」
シズク、どういうこと、とリィンがシズクに視線を送る。
そんな目で見られても、今のシズクは全知ではないのだ。
ハルコタンの情報だって、子供の頃無作為に調べていた星々の中にあった一つでしかなく、流石に詳細は覚えていない。
「……? どうかされましたか?」
「い、いや……」
さて、どうしたものか。
どうやらこのハルコタン人はシズクを何か神子と誤解しているらしい。
(神子)
(確か、灰の神子とかいうこの星の神様みたいな存在、だっけか)
肯定するか、否定するか。
(……いや、どう考えても否定すべきだよね)
嘘を吐いてもろくなことがない。
ましてやこれからできることなら友好的に接していきたい相手だ、騙すということは、何か後ろめたいことがあるのではないかと勘繰られてはいけない。
「あの、あたしたちは――」
「何をしている」
シズクのセリフを遮るように。
大きく、腹の底にずん、と響くような重低音が響いた。
声、だ。
巨人の後ろから、もう一人。
金色の装甲と金色の面に、金色の角。
さっきの巨人よりも一際大きい、黒色の体躯を持った半人半馬の巨人が姿を現した。
「神子への奏上は守人を通すべし、という規律があるのを忘れたか?」
「い、いえ……! 私は神子様が突然いらっしゃったので、用件をお聞きしていただけで……!」
「そうか。では、これより我がその役目を引き継ごう。早々に立ち去れ」
「は、はい! 失礼しました! クロガネ様……!」
赤い巨人は、焦りながらドシンドシンと何処かへ走って行ってしまった。
それを確認した後。
残った金色の巨人――クロガネは、ジロリとシズクたちを見下して口を開いた。
「それで、貴様らは誰だ。何の目的でこの黒の領域にやってきた」
「…………」
どうやら、このクロガネという巨人はシズクたちが神子なるものではないと気付いているようである。
あっぶな、身分を偽っていたらやばかったかもしれない、とシズクは内心冷や汗を掻きながら、両手を挙げて敵意が無いアピールをしつつ……。
さて、どうしよう。
(まさか『あたしたちはアークスです。宇宙を見回る正義の味方みたいなものです。詳しくは言えませんがこの星に危機が迫っています、一番偉い人に会わせてください!』なんて流石に言えないし)
「ボクらはアークスっす! 宇宙をパトロールする正義の味方みたいなものなので安心していいぜ!
ああえっと、詳しくは言えないんすけどこの星に危機が迫っているみたいなんで、一番偉い人に会わせてくださいっす!」
「うばー!?」
ハルが、真剣な表情でシズクが「こんなことを突然見知らぬ人に言われたら病院を呼ぶよなぁ」とか考えていたセリフをぶちまけた。
一片の躊躇いも無く、言い放った。
「……成る程な、気狂いの類であったか」
「ちょっ、違うんです! 違わないけど違うんです!」
ゆらり、とクロガネの身体が動く。
手に持った銃剣のような武器が、今、振り上げられた――!