AKABAKO   作:万年レート1000

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宴中は無いよ。




無いよ。


宴後

「ぷはー! 食った食った」

 

 粗方の料理が無くなったところで、メイ・コートは女子にあるまじきセリフを吐きながら倒れ込んだ。

 

 アヤの膝を枕にして、寝転がる。

 所謂膝枕である。

 

「こら、行儀悪いでしょうが」

「いてっ。いーじゃん別にー」

「はぁ……」

 

 ずびし、と額にチョップを入れられても退く気配の無い幼馴染にアヤは溜め息を吐くと、特にメイを退かすことをせずに食後の茶を口に含んだ。

 

 仲良いわねぇ、なんて思いつつリィンも食後の茶を啜る。

 こんな大人数でご飯を食べるなんて初めてだったが、楽しかった。

 

害虫(マスター)

「ん? 何?」

 

 そんな風にホッと息を吐いていると、てけてけとルインが小声で話しかけながら近づいてきた。

 

 相変わらずマスターの発音が不穏だが、もう慣れた。

 

「今がチャンスですよ、あの二人が先行したことで大分ハードルが下がっています」

「……? 何がよ?」

「分からないんですか? 本当に愚鈍ですね、膝枕ですよ、膝枕」

 

 シズク様の膝、空いてますよ?

 と、ルインは事もなさげに囁いた。

 

「ぶっ」

 

 思わず、茶を噴きだす。

 

「ななな、そんなことできるわけないでしょ……!」

「はぁ……羞恥心でチャンスを無碍にするなんて愚か愚か……まあこれを見ても同じことが言えますかね?」

「……これって?」

 

 ブゥン、とリィンの眼の前にモニターが表示される。

 画像データのようだ。その内容は、なんとシズクの胸に顔を埋めて寝息を立てるリィンの画像。

 

「な――!? これはいつぞやの……」

「ふっふっふ、ご安心ください。これはまだワタクシが個人的に『使用』しているだけ……ですが、ワタクシに逆らえばどうなるかはおわかりですよね?」

「マスターを脅すつもり!?」

 

 ちなみにこのやりとり、全て小声で行われているので他の三人には届いていません。

 

(そもそも『使用』って何なの……? 何に使ってるの……!?)

「さて、どうしますかマァスター……」

「くっ……後でその画像消させなさいよ……!」

 

 本当に正規のサポートパートナーなのかアイツは、なんて愚痴りながらリィンは態勢を動かしてシズクの方ににじり寄った。

 丁度席は隣である。後は寝転べば、ジャスト膝枕。

 

 シズクの眩しい肌色の太ももはすぐそこである。

 

「し、シズク……失礼します!」

「うわっ、と」

 

 意を決して、リィンはシズクの太ももに飛び込んだ。

 瞬間、側頭部に柔らかい感触が広がる。

 

 マシュマロように柔らかいのに弾力があり、

 肌は絹豆腐のようにすべすべな不思議な感触。

 

 言葉で言い表すのなら――至高、だろう。

 

「ちょ、ちょっとリィン……?」

「う、うわわ、あ、でもすごい……柔らかくてすべすべで……」

 

 流石に恥ずかしそうにするシズク。

 リィンは顔を赤くしながらも、膝枕を堪能している。

 

「あらあら」

「まあまあ」

 

 そんな光景を見て、先輩二人は微笑ましいものを見るようなまなざしで二人を眺めるのだった。

 

「ほ、ほら先輩たちも見てるから!」

「ん、うん、ごめん……」

 

 名残惜しそうに、リィンは頭をあげて態勢を戻した。

 その表情はどことなく悲しそうだ。

 

「も、もーどうしたのさ、いきなり」

「いや、えっと……嫌だった?」

「別に嫌じゃ無かったけど……」

 

 あの先輩二人が「青春だねぇ」とか言って見てくるのが、やだ。

 と呟くシズク。

 

「え? なんて?」

「別に何でもー? あたしお皿洗ってくるね」

 

 言って、シズクは足早に台所へ行ってしまった。

 

 そんな彼女の姿を見て、リィンはじろりとルインを睨む。

 しかしルインは良い画が撮れたと満足そうに鼻息を鳴らすのであった。

 

「ルイン……あんたのせいで……」

「ん? ああもしかしてシズク様が怒ってしまったとか考えているのですか? ふふ、あれは照れ隠しですよどう考えても」

「はぁ? いやいやあれはどう考えても怒ってたでしょうが! ねえ先輩方!」

「いや、今のはどう考えても照れ隠しだろ」

「照れ隠しでしょうね」

「あ、あれ?」

 

 サポートパートナー以上に人間の感情が分からないリィンであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「もぉー……なんでたまに積極的になるかなぁ……」

 

 皿を洗いながら、シズクは一人呟いた。

 

 普段あんなに恥ずかしがり屋なのに、性的な常識がないから時々こっちを驚かしてくる。

 厄介極まりない。

 

「……二人きりなら別にいいのに」

 

 口を尖らせながら出た言葉は、無意識に出た言葉だった。

 

 ハッとして辺りを見渡し、誰も聞いていないことを確認。

 幸いにも、台所には誰もいなかった。

 

「シズク様」

「うば!?」

 

 びくぅ! っとシズクの身体が跳ねた。

 思わず皿を落としそうになったが、寸でのところでそれを回避する。

 

「せ、セーフ。えっと、何かなルインちゃん」

「いえ、皿洗いを引きつぎに来ました。今日は親睦を深める会なのですから、こういった雑務はワタクシに任せてください」

「う、うばー……でも」

「でもじゃありません、そもそも雑務はワタクシの仕事なのですから」

 

 ルインの言葉に、渋々といった感じに従うシズク。

 

 正直、まださっきの膝枕についての照れが残っていたから戻りたくないのだが、仕方がない。

 

 なるべく普通に振舞おう。

 そう決意して、シズクは扉を開いた。

 

 瞬間、彼女は慟哭する。

 叫び声をあげることすらできず、ただただ目を見開く。

 

 何故なら居間に入った彼女が見たモノは――

 

 ――唇を重ね合う、先輩たちの姿だった。

 

「……え?」

「むぐっ!?」

 

 先にシズクの来訪に気付いたのは、メイだった。

 上に乗っていたアヤをどかすために叩く。

 

「ちょ、ちょっとアーヤ! 見てる! シズクが見てるから!」

「んー? あ、ホントね」

「ホントね、じゃないよ! だからやめとこうって言ったのに!」

 

 涙目であるメイと違い、アヤは大分余裕そうだ。

 アヤは渋々メイの上から退くと、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

「落ち着きなさい、メーコ。最初からこのつもりだったもの」

「はぁ?」

「カミングアウトはするつもりだったわ、チームとして活動する以上いずれバレることだしね……シズク」

「は、はい」

 

 唐突に名前を呼ばれ、戸惑うシズク。

 いつもの察しっぷりが嘘のように動揺している。

 

「見ての通り私たちは付き合ってるわ」

「あ、いえ、それは何となく最初から分かってたんですけど……」

「えっ」

 

 前言撤回、察しっぷりは健在だった。

 

「あたしが驚いているのはどっちかというとメイ先輩がネコだってことですね」

「ねねねネコちゃうし!」

 

 勿論、唐突なキスシーンにもびっくりしましたけど、と付け加える。

 どうやらもうすでに平静を取り戻したようだ。

 

「……見抜かれてたか、凄いわね」

「えー? そうですか? お二人ともかなり分かりやすかったですよ?」

 

 ちなみにリィンは欠片も気付いていません。

 

「ところでリィンは何処ですか?」

「ああ、あの子ならお手洗いに行ったわよ」

「ちょっと待ってちょっと待って、何事も無かったかのように今の会話を終わらせないで!?」

 

 あっさりしすぎなアヤとシズクの態度に、メイは思わずツッコミに入った。

 

 ツッコミを入れたい箇所が、二三個ある。

 

「まずアーヤ! カミングアウトする予定だったからあんなに強引にキスしてきたってこと!?」

「うん、そうよ」

「なら普通にカミングアウトしろやぁああああああああああ!」

 

 ご尤もなツッコミである。

 わざわざキスしている場面を見せつける必要性は皆無だ。

 

「ああ、だってアナタが膝枕要求してくるもんだからムラムラしちゃって……」

「ひ、人の所為にしないでくれないかなぁ!」

 

 息を荒げながら怒るメイと、涼しい顔したアヤ。

 成程、本来こういう関係なんだなぁ、とシズクは納得するように頷いた。

 

「次にシズク!」

「はい?」

「もうちょっと驚いてよ!」

「充分驚きましたよ?」

 

 それこそ、腰を抜かすほど驚いた。

 だがまあ、元から恋人同士なんだろうなぁ察しが付いていたので心にストンと落とせたのだ。

 

「はぁ……はぁ……まあ、もう少し言いたいことがあるけど、リィンもそろそろ戻ってくるだろうし勘弁してやろう」

「流石リーダー、心が広いわね。後でもっかいキスしたげるわ」

「うばー、いちゃいちゃしますねぇ」

 

 呆れるように、シズクは呟いた。

 

 同時にチームメンバーがこの二人だけだったことに得心する。

 

 こんないちゃいちゃされたら、ねぇ?

 

「ただいまです、と……あ、シズク」

「うば、リィン……」

 

 と、そこでお手洗いから帰ってきたリィンと目が合った。

 

 少し気まずい……。

 ルインの仕業だということは何となく察しているシズクだが、それでも、その。

 

 太ももを伝ったリィンのか細い髪の毛の感触が。

 あのむず痒さが。

 

 あの時に、考えてしまったことが。

 

 シズクの頭から離れないのだ。

 

「…………えっと、その」

「…………」

 

 沈黙が流れる。

 リィンもリィンで、シズクの太ももの感触を思い出してしまったらしい。

 

 互いに赤箱のように顔を赤くし、見つめ合う。

 口を先に開いたのは、リィンだった。

 

「あの……ごめんね、嫌だったよね?」

「え?」

「ルインに無理矢理やれって言ってきたからやったことだけど……いえ、これは言い訳ね」

 

 本当に、ごめんなさい。

 と、リィンは頭を下げた。

 

 それを見て、シズクは焦る。

 

「ちょ、ちょ、何で謝るの!?」

「え?」

「えっと、その……あたしは嫌じゃ無かったから、謝らなくてもいいよ」

 

 『何でこんなラブコメちっくなことをしなくちゃいけないんだろう。』

 『あたしはただアークスになってレアドロを掘りたかっただけなのに。』

 

 ちょっと前なら、シズクはそう思っていただろう。

 いや、今も少し、そう思っているかもしれない。

 

 それでも――。

 

(まあ、ドキドキしちゃったものはしょうがないか)

 

 ああそうか、あたしも乙女だったのか。

 なんて思いながら、シズクはリィンの手を取った。

 

「わ、シズク……?」

「えっと、もし、よかったらなんだけど……今度はあたしに膝枕してくれないかな?」

「うぇ!?」

 

 シズクの提案に、リィンは声をあげて驚く。

 しかし少し考えて、リィンは意を決したように頷いた。

 

「初々しいねぇ……アーヤにもあんな時代が……あったっけ?」

「メーコにはあったわよ」

 

 リィンに膝枕されながら、シズクは考える。

 一体何時からなのか、それと何故なのか。

 

 数秒ほど考えて得た結論は、至極単純なものだったせいか、シズクは思わず一人笑ってしまうのであった。




間に合えばバレンタイン特別編を明日中に投稿します。

間に合えば。

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