原作ゲームではEP2とEP3の間には半年空いてましたが、AKABAKOでは一ヶ月しか経ってません。
一ヵ月後
ルーサーを倒し、アークスを再誕して一ヵ月。
一月が、経過した。
それはすなわちシズクとリィンの二人が付き合い始めてから一ヶ月が経過したということである。
付き合い始めの一ヶ月間というのは、恋人たちにとって最も熱い期間だと言っても全くの過言では無い。
ひたすらにイチャイチャし、ちゅっちゅする期間。
馬鹿ップルと揶揄されようが、周りの目など気にせずに互いに互いを貪りあう。
それが普通で当たり前。
一線すら越えても不思議じゃないほど、熱烈なその時期を経て、シズクとリィンは――
――何一つ、成しえていなかった。
ハグや手繋ぎデート、キス、チュー、『×××』。
ありとあらゆる恋人らしき行動を、何一つ成しえないまま一ヶ月が経過した!
「うばー! 忙しすぎる!」
肩まで伸びた赤と黒のツートーンヘアーに、片目だけ海色の瞳をしたオッドアイの女の子。
艦橋の巨大なモニターを前で、キーボードを叩いたり宙に浮かぶウィンドウを出したり消したりスライドしたりしながら、シズクは叫ぶ。
艦橋。
一般アークスは入場できないアークスシップの中心部である。
マザーシップの『海』を利用した超高性能の端末が置いてあったりオペレータールームが併設されていたりする、『アークスの脳』ともいえる場所だ。
今まではシオンが演算を、ルーサーが管制を司っていたということでこんな機関は必要無かったのだが……シオンが居なくなり、ルーサーが消えたことでどちらもシャオが担当することになった……のだが、
シャオは、しばらくしたらオラクルの管理はアークスに任せるという意向を示した。
演算だけをシャオが担当して、その他の管理管制はアークス自身で担当する。
いずれはそんな形態にしていくための、第一段階が此処、艦橋ということである。
マザーシップに頼らずアークスシップの管理管制が行える場所。
だが今は、専らのところシズクが高性能な端末スペックを利用して、アークスの立て直しに必要な作業に使用しているのであった。
「うびゃぁあああああ! ルーサーめルーサーめルーサーめ! あとついでに
叩けば叩くほど埃が出てくるってレベルじゃないんだけど!? うわぁああああん! これじゃ今週もリィンとデートなんて夢のまた夢だよ畜生ぉおおおおお!」
『シズクさん、お仕事の追加に参りました』
泣きながら作業をしていると、カスラがそんなセリフを通信機越しに言い放ったと思ったらシズクの残りタスクが倍以上に増えた。
「うばぁあああああああああん!」
涙目で叫びながらも、手は決して止まらない。
何をすればいいかなんて手を動かしながら演算しているので、疲労による休憩以外でシズクの手が止まることは無いのだ。
「過労死しちゃうぅううう……」
『過労死したらムーンアトマイザーを投げに向かわせます』
「鬼! 悪魔! カスラ! ていうかあたしのタスク量異常に多くない!? 他のアークスの十倍は働いてると思うんだけど!」
『デスクワークに限って言えば他のアークスの五倍早く仕上げてくださるので、そりゃシズクさんにタスクが集まりますよ』
「ならタスク量を五倍までにしといてくれませんかねえ!」
シオンの娘であり、全知の海をその身に宿すシズクは演算能力が非常に高い。
というか、人智を超えているのだ。
シャオレベルとは言わないが、高すぎるその演算能力は当然ながらデスクワークにとても有用である。
『それにこう言っては何ですが、アークスは基本的に脳筋が多いので……こういう事務処理がまともに出来る人材が私とシズクさんと……あとはレギアスやサラ辺りがまだマシですかね、兎も角非常に少ないのでその分のしわ寄せが私とシズクさんに来てるのですよ』
ちなみに今渡したタスクの中には、ヒューイやクラリスクレイスがデスクワークをした結果生まれた不備だらけのデータの打ち直しも含まれて居ます、とカスラは非常に申し訳なさそうな顔をして言った。
「データの打ち直しくらい本人にやらせてくださいよぉおおおおおお……!」
『我慢してください。私だってマリアさんとゼノさんが出した書類の不備を今修正しているところなんです』
「お互い大変ですね!」
いや本当に。
実のところデートだけではなく、
最近マトモにマイルームへ帰れていないしレア掘りにも行けていない。
いや勿論年中無休で働いているわけではなく、休みはちゃんと貰っているが休日以外は専ら艦橋で作業。
そしてたまの休みにリィンとイチャつこうにもリィンはリィンで今忙しいのだ。
リィンは今、シズクの指示であちこちに動いてもらっている。
シズクがデスクワークなら、リィンはフィールドワーク。
今回はそういう連携というだけだ。
これが終わればリィンの仕事だって減り、いくらでもイチャイチャできる。
そう信じて、早一ヶ月。
気軽に引き受けたデスクワークは投げ出したらとんでもないことになる量になっていましたとさ。
「笑えなさ過ぎる……」
あー、リィンとイチャイチャしたいなぁ、とため息を吐く。
……ああ、そういえばイズミとハルがハード帯に突入し、クォーツドラゴンも倒したって言ってたなぁ、何かお祝いしなくちゃなぁ、とか現実逃避をしながらも、手は止まらない。
普通より五倍作業が終わるのが早いというのは、ただの事実である。
『シズクさんはアークスを引退して事務処理員やオペレーターになれば今の数倍は裕福な暮らしができると思いますよ』
「知ってる」
『いやまあ転職するとか言い出したら全力で止めますけどね……これ以上デスクワークのできる人員を減らしたくないので……』
そんなことを言われなくとも転職をする気はさらさら無い。
まだまだ冒険したいお年頃だし、レア掘りだってしたいし。
「デスクワークできそうな人員……パティエンティアの妹とかどうでしょう」
『姉がアホすぎるから碌なことにならなさそうですね。却下です』
「ですよねー……あっ」
『? どうかしました?』
「すいません、ちょっと一旦通信切りますね」
カスラとの通信を切って、数多に開いているウィンドウの中から一つをメインウィンドウへと持ってくる。
それと同時に、今度はシャオへと通信を繋ぐべく端末を操作した。
『もしもし? どうかしたかいシズク』
「シャオ、発見したよ。色々な惑星に手を出してたみたいだけど、本命は多分この星だね」
多分、他の星での行動は陽動――いや、遊びか。
目に付いた玩具があったから、遊んでみただけ。
まるで無邪気な子供のように。
「惑星ハルコタン。それがダークファルス【
*****
アークスには先行調査部隊という部隊が存在する。
新しい惑星が発見されたときに、その惑星に誰よりも先に降り立ち大気や環境の情報、原住民の有無や文明の有無。
そういった様々な調査をし、アークスが活動できる星であることを確認するための大事な部隊だ。
「今回、リィンにはその先行調査部隊の真似事をしてもらっていたんですよ」
アークスシップ・ショップエリア。
最早シャオの定位置と化している、中央オブジェクトの傍でシズクは集まった面子に自分の推理を語っていた。
ちょっと探偵気分である。
――集まっているのは、シャオ、『リン』、リィン、そしてシズクの四人。
シャオにはもう事前に情報共有しているが、何故か説明役を任された。
リィンももう事情を知っているので……殆ど『リン』に説明しているだけだが。
「惑星ハルコタン。『リン』さんには今回この惑星の調査に協力して欲しいんです」
「それは構わないが……何故その……ハルコタン? という惑星なんだ?」
「ハルコタンを【
「だぶる……【双子】! ダークファルスか!」
「理由については、順に語りますね。……まず」
惑星ハルコタン。
まだアークスすら発見していない惑星のことを、シズクは知っていた。
全知をもう失ったと言っても、全知だった頃の記憶は存在する。
一度覚えたことは、シズクの体内にある『海』に記録されているのだ。
尤も記憶容量については人並み以上というだけで、常識外のモノではないが。
兎も角。
自身と同じ種族がいないかと宇宙中を全知で探していた頃、印象に残っていた惑星なのだ。
黒の民と白の民と呼ばれる二つの種族が分かれて暮らしている文明を持った星。
灰の神子という神にも近い存在と、マガツというダークファルスに似た存在が有るということで印象に残っていたのだが……。
「ぶっちゃけていうと他にも印象に残っていた惑星はあったので、総当りだったんですけどね」
「えぇ……」
「リィンには本当、色々な惑星に出張して貰ってたんですよ。ありがとねリィン」
「礼には及ばないわ」
そして、辿りついた。
惑星ハルコタンに降り立ったリィンが発見してくれた――【双子】の痕跡。
「ハルコタンには、【双子】の眷属ダーカーによる偵察の痕跡が残っていました。
惑星すら遊び半分で壊せる【双子】が、何度かに渡ってハルコタンの様子を見に来ていたんですよ」
「…………」
「原住民を襲うわけでもなく、星を侵食するわけでもなく何かを探すように――これは、ハルコタンに何かがあると考えても問題ないでしょう」
シズクは端末から映像――ダークファルス【双子】が、遊び半分で惑星を惑星にぶつけて壊す映像を『リン』に見せながら、言う。
こんなことが出来る存在が、ちまちまと偵察していた星。
何かがあるに決まっているだろう。
「と言っても、まだ推測の域を出ない段階から大々的にアークスを送ることはできないから、とりあえず先行して『リン』さんとあたしたちが調査するってことにしたのね」
ただでさえアークスの立て直しで忙しい時期である。
本当はマトイも同行してもらいたかったが、あの子は今アークスになるための特別教習を受けているから無理だろう。
「ん? シズク、今『あたしたち』って言ったかい? そんなの許可するわけないだろう?」
「うばっ。何でよシャオ、調査ならあたしが直接現場に行ったほうが捗るに決まっているじゃん。
心配しなくともリィンも一緒にいるから大丈夫よ?」
「デスクワーク。まだ大量に残っているだろう?」
「……チッ」
「舌打ち!?」
分かりやすく顔を歪めて、嫌がるシズク。
一ヶ月、ずっと机の前に張り付いていたのだ。そりゃ嫌だろう。
デスクワークは実のところ嫌いでは無いが、いくらなんでも仕事が多すぎた。
シャオはため息を吐いて、やれやれといわんばかりに「仕方が無いな」と呟く。
「分かったよシズク。デスクワークの方は担当分をある程度ぼくが受け持っておくから、行っておいで」
「うば! いいの!?」
「うん。……仕事をストライキされても困るしね」
「やったー! リィンとハルコタンデートだー!」
いや勿論遊びでは無いのは分かっているが、シズクはそれでも嬉しくてリィンに飛びついた。
ハグするべく彼女に両腕を伸ばす。
しかし。
ハグを拒否するように、リィンはシズクの両腕を掴んだ。
「……あ、あれ……?」
「シズク、遊びじゃないんだから浮ついては駄目よ」
極々冷静にそう諭して、そっと腕を放すリィン。
そしてふいっとシズクから視線を外すと、『リン』とハルコタン調査における探索範囲等を相談し始めた。
(えっ)
(何、その、態度)
久々に一緒のクエストに行けるんだからもっと喜んでもいいじゃん、という気持ちを込めてリィンと腕を組もうとして、露骨に避けられた。
え、何。
もしかして――この一ヶ月何も無かったから……
愛が、薄れてしまったの?