あれは嘘だ。
というわけでEP2外伝もとい過去編の始まりです。
二話で終わって今度こそEP3に入る予定。
三年前・前編
三年前。
アークスシップの一角にある学業区域。
そこにはアークスを目指す若者が、アークスになるため日夜努力を続ける訓練校があるのだ。
通常、アークスは三年ほどその訓練校で鍛錬を積んでから正式なアークスになる試験を受けることになる。
そしてそれはつまり普通のアークスであるメイとアヤ、そしてキリン・アークダーティこと『リン』も。
三年前は、研修生だったということだ。
「メーコ。起きなさいメーコ」
「んあ?」
メイ・コート十五歳。
アヤ・サイジョウ十五歳。
そして。
「うわぁああああああ! アフィンのズボンが破裂したぁあああああ!」
「誰か! 誰か隠すものを持って来い!」
「いやぁあああああ! 真っ白ブリーフが丸見えよぉおおおおお!」
「――私に任せろ!」
「来た! 『リン』が来た!」
「『リン』が来たぞ! これで勝つる!」
キリン・アークダーティ十三歳。
「むにゃ……なんか騒がしい……」
「アフィンのズボンが破裂したみたいね。まあ『リン』が予備のスカートを貸してあげたみたいだから問題ないわ。
……そんなことより、次の時間戦闘実習だからそろそろ起きなさい」
「うい…………。
……いや、ズボンが破裂ってどういうことよ」
まだ真新しいアークス研修生制服に身を包むメイとアヤと、『リン』。
これは、まだ『リン』とマトモに話したこともない二人が。
彼女と友達になるまでの物語。
*****
「戦闘訓練用のウーダンたちが逃げ出したぞー!」
「教官たちは鎮圧に向かえ! 非戦闘員の教員は生徒たちの安全を確保!」
「私が来たからにはもう安心しろ! ウーダンたちよ覚悟ぉおおおお!」
「『リン』が訓練用のソードを持ってウーダンの群れに突っ込んだぞ!」
「入学してから三ヶ月の子供の癖に何であいつ躊躇いも無くウーダンに突っ込めるの!? 馬鹿なの!?」
「あの馬鹿を止めろー!」
「ウーダンたちを鎮圧しました!」
「鎮圧しちゃったー!?」
「すげー! 流石『リン』だ!」
「流石は俺たちの『リン』ちゃんだ!」
「『リン』ー! よくやったぞー!」
先生からは阿鼻叫喚が。
そして生徒からは賞賛の嵐が巻き起こる。
訓練用の体育館のような建物から逃げ出したウーダンたちを、『リン』がほぼ一人で鎮圧したのだ。
生徒たちからは――特に同い年くらいの生徒から賞賛の嵐が飛び交うのも無理は無いし、
何かあったら責任問題になる教官たちが阿鼻叫喚になるのも無理は無いだろう。
入学して三ヶ月。
その頃にはもう、『リン』の異常さは知れ渡っていた。
揉め事が起これば一も二も無く駆けつけ、困っている人がいれば即座に助ける。
人助けが趣味で、人救いが特技。
それだけ聞けば『とても良い子』で終わる話なのだが、それで終わらないから『リン』は異常なのだ。
「生意気なやつだ」、と「調子に乗っているんじゃない」と。
絡んできた卒業間近の先輩方を、ボコボコにした。
「そんなにやる気があるなら特別メニューを受けてもらおう」、と拷問に近い特訓メニューを片手間でこなし、さらにその教官のことを責任者にチクって解雇させた。
勿論、これは『リン』の方が正しかったのだが――以上のことから分かる、彼女の異常さは二つ。
正しすぎて、強すぎる。
正義の味方。
あるいは英雄になる条件を、満たしすぎる程に満たしていた。
だからこそと、言うべきなのか。
当時、キリン・アークダーティには友達と呼べる人間が居なかったようだ。
(まあ、そりゃそうよね――)
研修所の食堂。
野菜ジュースを啜りながら、アヤは対面に座るメイの後ろ。
一人で昼食を黙々と食べている『リン』の後姿を見ながら、心の中で呟いた。
『リン』にとって、他人とは『守るべき対象』であり、『友達』では無い。
肩を並べられる相手が、この研修所には居ないのだ。
正式なアークスになれば、自分より同等かそれ以上の人たちが居るのだろうけど……。
「……ヤ、アーヤ!?」
「……わっ! め、メーコ、何よ突然……」
「さっきから話しかけてるのに無視するからじゃん……」
と、ボーっと思考を巡らせていたアヤの目と鼻の先に、突然メイの顔が迫ってきた。
思わず、野菜ジュースを取りこぼしかけるが、何とか耐える。
セーフ。
もう少しでまだ綺麗な研修服にジュースの染みがついてしまうところだった。
「ごめんなさい。……で、何?」
「だから、もうすぐ新入生の入ってくる時期だねって」
「あら、そういえばもうすぐそんな時期ね」
この頃のアークスは、十年前――当時からすれば七年前の事件によって、数が激減していたのだ。
それ故に、アークスの人員不足を解消するために昔は一年に一度だった研修生の入学時期を三ヶ月に一回というハイペースで行うことになったとのこと。
「後輩ができるのかぁ……楽しみだね」
「普通の学校じゃあるまいし、先輩後輩での交流なんてほぼ無いわよ」
「マジで!?」
何それ悲しい、とメイは項垂れた。
訓練校には遠足や修学旅行等のイベントというものがまるで無く、一緒に研修する機会も無い。
一応校舎は同じだが……部活動も無い以上交流は無いと言っても過言では無い。
「そっかー……後輩とイチャイチャしたかったなぁ……」
「恋人を前に浮気宣言とは中々やるわね」
「そういう意味じゃねえよ。
そういうんじゃなくて……なんというか……先輩面したいっていうか……年下フェチっていうか……」
「そういう意味じゃないの。だったらさ……」
ちょっと不機嫌になりながら、アヤは指を差す。
一人で麺を啜っている、『リン』を。
「年下なら何でもいいなら、あそこにいる『リン』とかでもいいんじゃない?
同期でも年齢がバラバラだから年下だって沢山いるでしょうよ」
「そういうんじゃないんだよなぁ……やっぱ年下っていうか『後輩』……いや、『娘』だな、娘が欲しい。アーヤ産んで」
「あと五年したらね」
「今、私の名を呼んだか?」
気付けば。
『リン』が、メイの後ろに立っていた。
手には食べ終わったであろう食器を乗せたトレイがあり、口元が若干汁で汚れている。
「困っているようなら、相談に乗るが」
「あ、えっと、別にそういうわけじゃなくてね?」
アヤが手をぶんぶんと横に振って、焦りながら否定する。
会話が中途半端に聞こえていたようだ。
別に困りごとというわけではないので、彼女の手を煩わせるわけにはいかない。
「そう? 困ったことがあったら、いつでも手伝うからね。遠慮なく言ってよ」
「え、ええ、そうさせてもらうわ」
「…………」
「メーコ?」
突然。
メイが立ち上がって、『リン』と正面から向かい合った。
いきなり何を、とアヤが言うよりも早く。
メイは懐からハンカチを取り出し『リン』の口元に付いた汚れを拭った。
「口元が汚れてるよ?」
「っ……す、すまない……ありがとう……」
「よし、綺麗になった」
にっこりと笑うと、『リン』は顔を赤くしてそそくさと食堂の食器返却口に向かって行った。
その後ろ姿をジッと見て、メイはポツリと呟く。
「…………こういうのだよ、うん」
「……?」
「ウチは……そう、後輩の世話を焼くってことをしたいんだよ!」
「…………」
迫真の顔でそんなことを言うメイに、アヤは――。
「そう、頑張ってね」
わりとどうでもよくなったのか、にっこり笑って流した。
*****
「ほらほら『リン』。野菜もちゃんと食べないとダメだよ?
あーもー、こっそりティッシュの中に隠さないの、肉ばっかりじゃ大きくなれないよ?」
「うぅ……」
それから三日後。
食堂でメイに世話を焼かれる『リン』の姿が――そこにはあった。
何せ『リン』は実のところ戦闘以外ではだらしない。
野菜は残すし部屋は片付けられないし家事は苦手。
戦闘以外では、歳相応の女の子なのだ。
そのことが判明して以来、メイはことあることに『リン』の世話焼きを始めた。
後輩扱いをしだした――といってもいいだろう。
「ああもう! やめて! 野菜は食べたくないのー! マズイものが身体に良い訳ないじゃん!」
「身体に良いから不味くても皆食べてるんだよ。ほら、人参を食べろ人参を」
「ヤメロォ!」
「…………」
そうやってイチャつく二人を、アヤはニッコニコの笑顔で見守っていた。
嫉妬? するわけがない。
メイが恋心とかから『リン』に接しているわけではないことなんて、理解している。
むしろこうやって『リン』がたじたじになっているのを見ると……なんというか……光悦? 愉悦?
そんな感情が、アヤの中でじんわりと広がっていく。
「メーコ、後輩っていいわね……」
「だろう?」
「私も世話焼いていいかしら」
「やめてー! 私後輩じゃないから! 同期だから!」
今の『リン』なら、こんな風に子供っぽく騒ぐことは無いのだろうが、この頃はまだ十三歳。
まだまだ子供っぽさが残る風貌でツインテールだったが故に、騒いでると子供っぽさが増してむしろ萌えるということに、『リン』はまだ気付いていない。
「ほらほらまた口元を汚しちゃって、拭いてあげるからジッとしてなさい」
「いい! 自分で拭く!」
「ああもう! 袖で拭いちゃダメでしょ!」
完全に、娘の面倒を見る父母のようなやり取りをする三人だった。
全員が全員制服姿というのがシュールに見えるくらいに。
遠巻きに見ている他の生徒の視線が、痛い。
「あ、あのねえ……いい加減に……」
『緊急警報! 緊急警報! 市街地にダーカー襲来!』
『リン』が何か言いかけたその時だった。
警報が鳴り響き――その後避難勧告が流れ出す。
ダーカー襲来。
アークス見習いの手に負える案件では、当然無い。
「っ……!」
それでも。
『リン』は突然立ち上がり、走り出す。
「待て!」
その腕を、メイが掴んだ。
「何処へ行くつもりだ……! 避難勧告は聞いていただろ!?」
「……離して」
「ダメよ『リン』、大人しくシェルターまで一緒に……」
「……逃げ遅れている人がいるかもしれない。……ダーカーに道を阻まれて困っている人がいるかもしれない。
――それは私が走るには充分すぎる理由だ」
突然、メイの身体が地面に叩きつけられた。
『リン』が引き剥がし、ぶん投げたのだ。
背中を打ったメイが、苦しそうに呻いた。
「私はあんたたちよりも強い。……だから、あんたたちに世話を焼かれる道理も無い」
それだけ言って、『リン』は走りだす。
後日。
『リン』が逃げ遅れた生徒を助けるためにダーカーを素手で殴殺したという話題で生徒たちが盛り上がる中。
彼女はまた一人。
食堂でご飯を腹に入れていた。