「お、こんなところに居たか、『リン』」
「探したわよー、こんなところで何してたの?」
アークスシップ・ショップエリアのイベントステージ付近。
居住区が一望できる壁際のベンチに腰掛けて黄昏ていた黒髪ツインテールの美女――『リン』に話しかけるアークスが二人。
ゼノとエコーである。
朗らかな笑みで『リン』に近づき、その背後に立った。
「ああ……ゼノさん、エコーさん……」
振り返り、力なく微笑む『リン』。
誰の目から見ても、明らかに元気が無い。
「『リン』、シズクが目を覚ましたらしいぜ。快復祝いと戦勝祝いに皆で飯でも食いに行かないか?」
「シズクが……そっか、それは、よかった……」
一瞬ほっとした表情を浮かべてから、『リン』は視線をゼノたちから切ってガラス越しに見える居住区の方に移した。
「私は、いいです。……シズクに合わせる顔が無い……」
「……『リン』」
『リン』は、シオンを救いたかった。
あんな、シオンが犠牲になるような結末じゃなくて、親子二人が笑顔になれるようなエンディングを目指していたのだ。
「私に……力が無かったから……私がもっと強ければ、今頃きっと……」
「バーカ」
『リン』の言葉を遮るように、ゼノは彼女の後頭部を軽くひっぱたいた。
そしてそのまま、頭を撫でる。
恋人や家族にやるような撫で方ではなく、部活の後輩を叱咤するような感じで、ぐしゃぐしゃと。
「お前さんが居なけりゃ、もっと酷いことになってただろうが」
「……それでも、私は……」
「……一人の力なんて、たかが知れている。お前さんが最強無敵の超人になっても、守れないものなんてきっと一杯あるぜ」
「…………子供染みたことを言ってるという、自覚はあります」
髪の毛をぐしゃぐしゃにされているというのに、『リン』はそれを止める事もせず。
ただ俯いて、震え声で言葉を紡ぐ。
「――それでも私は、大切な友人くらいは全員守りたいんです」
シオンは、友達だった。仲間だった。
守るべき、ヒトだった。
「…………」
「私は、守れなかった。彼女を助けることが、出来なかった……あまつさえ、この手でとどめを刺したんです」
「…………」
「こんなの……こんなの、シズクにどんな顔して会えばいいんですか」
「……少なくとも、今の顔じゃあないわね」
言って、エコーは『リン』の腕を思いっきり引っ張った。
ベンチから無理やり立ち上がらされて、そのまま。
エコーは『リン』のことを抱きしめた。
「え、エコー……さん……?」
「泣き顔は、友達と会うときの表情じゃ無いでしょうよ」
『リン』は、泣いていた。
鼻っ面を赤くして、ぽろぽろと涙が零れていた。
当たり前だ。
『リン』は大人びているが十六歳。
友達が死んで、泣くのなんて当たり前だろう。
「私は……行きませんって、離してください」
「嫌よ。泣いてる後輩を放っておくなんて出来ないものねぇ、ゼノ?」
「そうだな、先輩として泣いてる後輩を慰めるのは義務みたいなもんだ」
「どんな、義務ですか……」
言いながらも、『リン』はろくに抵抗しない。
エコーに抱きしめられている現状を、受け入れているようだ。
「なあ『リン』、お前の気持ちはよく分かった。でもな……シズクの気持ちはどうなる?」
「シズクの……?」
「あいつはきっと、お前にお礼を言いたいと思うんだが」
「……お礼を言われる、筋合いなんて……」
「ある」
ゼノは、断言した。
「オレやエコーは、シズクとそんなに深い親交があったわけじゃあない。
弟弟子だけど、マトモに話した回数は多分お前よりずっと少ないだろうよ。
だからシズクが何を考えていて、何を思っているかなんてまだ分からないけどさ……」
「アタシたちは、君が頑張ってきたことを知っている」
一杯頑張っていたことを、知っている。
先輩としてずっと見ていたから、それだけは分かる。
「少なくとも、シズクは」
「…………」
「自分のために頑張ってくれたヒトに暴言を吐くようなやつじゃあないと、オレは思うぜ」
「……です、が」
「だからお前も来いよ、店と時間が決まったらまた連絡するから」
そう言って、ゼノとエコーは去っていった。
残された『リン』は、無言でベンチに座りなおす。
そしてぐしぐしと袖で涙を拭うと、今度は居住区ではなく、空を見上げながら。
「……例えば、シズクが私を許してくれても」
私は自分が許せないんだろうなぁ、と静かに呟くのであった。
*****
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
シズクの病室に、奇声が響いた。
声の主は、シズク。
ベッドの上で顔を真っ赤にしながら、悶え、転がり、叫んでいた。
「む、ムードと勢いに任せて言っちゃったぁあああああああああ! しかもその後返事も聞かずに泣き疲れて寝ちゃうし! もう最悪! 最っ悪! うばぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
もう頭痛は完治したようで、元気に悶えながらシズクは枕に向けて何度も何度も拳を振るう。
リィンはもう居ない。
シズクが寝ている間に帰ったようだ。
「落ち着け、落ち着けあたし。クールだCOOLになるんだシズク……そう、リィンのことだし『え? 何だって?』と難聴系主人公のようなことを言ってたかもしれないし、そもそも大好きって言っただけで友情の意味合いに取られたかもしれないし……」
いやまあ、それはそれで嫌だけど。
兎に角恥ずかしくて死んでしまいそうな現状から脱出したくてそんな仮説を立ててみた。
「シズクさん?」
「うびゃあああああああ!? な、なんですかナースしゃん!?」
突然ナースが扉を開けて入ってきて、シズクはベッドから転がり落ちながら呂律の回っていない言葉で返答を返す。
「い、いえ……あまり大声で騒がれると周りの患者さんにご迷惑なので……」
「あ、あ、すいません……」
困惑しながらも、至極当然の指摘をされて平謝り。
忘れていたが、ここはメディカルセンターなのだ。
「シズクさんもう元気そうですね。退院できそうですか?」
「え? あ、はい」
「じゃあ次の診察で異常が無さそうなら退院ってことで話は付けておきます」
そう言って、ナースは何かをメモしながら病室を出て行った。
何だかとんとん拍子に話が進んでいったが、もう頭痛は大丈夫そうだし怪我も治っている。
遅くとも明日には、早ければ今日の夕方には退院できるだろう。
ちなみに今は昼だ。
「ふぅー……」
大きく息を吐く。
今のナースとのやり取りで少し冷静になれた。
そうだ、一人で悩んでいるだけじゃ何も解決しない。
「メイ先輩に相談しに行こう」
丁度メディカルセンターだしね。
と、いうわけでシズクはメイの病室前までやってきた。
手土産に買ったジュースを手に、扉を開ける。
その部屋は空き部屋になっていた。
「………………え?」
何で? どうして? と部屋番号を確認してみるも、間違いなくメイが入院していた部屋だ。
部屋を移動したという話は聞かないし、退院したとも聞いていない。
こういうときに限って全知は無いし……と。
部屋に入って痕跡が無いか探っていたその時。
「あら? シズク?」
「うばーっん!?」
今日は突然の来訪に驚くことが多い日だ。
扉の方を振り返ると、ある意味今最も会いたくない相手。
つまりはリィン・アークライトがジュースを二本持ってそこに立っていた。
「り、リィン……ど、どど、どうしたの? ここメイ先輩の部屋だけど……」
「いや、そりゃメイさんに会いに来たから……あれ? メイさんいないの?」
「う、うん。ていうか、空き部屋になってるみたい」
やばい。
ついしどろもどろになってしまう。
いつも通り、いつも通り振舞わないと……。
「ふぅん……? 昨日シズクに言われたことを相談しようと思ってたのに……」
「!?」
リィンがほんのり頬を赤くしながら、言う。
どうやらばっちり覚えていたようだ。
嬉しいような、恥ずかしいような。
ていうか相談しようと思ってたのに、って本人の前で言うか普通!?
(……言うんだろうなぁ)
(それがリィンっていう女なんだよなぁ……)
「まあ、居ないならしょうがないか」
「待って待ってリィン! 結論を急ぐのはよくない! まずはメイ先輩とアヤ先輩に連絡してみよう!」
何か姿勢を正しだしたリィンを静止するように、両手を突き出してから端末でアドレス帳から二人と連絡を取ることを試みる。
しかし、着信拒否にされていた。
そこまでされるようなことをした憶えは無い……つまりこれは……。
「二人とも繋がらない……てことは多分その内何かサプライズを仕掛けてくる可能性が高いね……」
「相変わらずねえ、あの二人も……」
嫌われたとかそういう発想は一切無い。
何をしでかしてくれるのか楽しみではあるが、今はタイミングが悪すぎる。
「シズク……」
「待って! タンマ!」
リィンが一歩、シズクに向かって歩みを進めた瞬間それを止める。
「あたしが昨日言ってたことを相談しようとしてた、って言ってたけど……あたしのどのセリフ?」
「私のことが大好きだってやつ。シズクが言った後すぐ寝ちゃったやつね」
「うばあああああああああ!? おかしいなここはリィンがトンチンカンな答えを返してあたしがツッコみを入れるところでは!?」
ばっちり憶えていたようである。
いや待てまだ決め付けるには早い。
あと一つ、確認しなければいけないことがある。
どうせ、リィンのことだから友情の大好きだと勘違いしているはずなのだ。
「さ、最後に一つ質問! そのあたしの『大好き』をどういう『大好き』だと解釈しましたか!?」
「普通に恋愛的な意味じゃないの?」
「誰だお前は! リィンじゃないな!」
「……失礼ね」
呆れたような苦笑いを浮かべながら、リィンはシズクとの距離を詰めていく。
それに対しシズクは顔を真っ赤にしながら後退していき、ついに――病室の壁際まで、追い詰められた。
「た、タンマ……」
「質問は最後って言ったわよね?」
にっこりとリィンが笑う。
美少女すぎるだろふざけんな、とシズクは心の中で叫んだ。
「私も好きよ」
リィンは、あっさりと言ってのけた。
初期の純情キャラは本当に何処へ行ったのかとツッコミたくなるくらい清々しい告白だった。
「う、ば、ば」
「私もシズクが大好き。それで? どうする?」
「どどど、どうする、とは?」
目をぐるぐると回して混乱しているシズクの頬に、リィンは両手を添えた。
そうやって、頭を固定して、思いっきり顔を近づける。
あとほんの少しリィンの頭が前に進めば、それでキスしてしまうほどに。
「こういうことする関係になっちゃう? って訊いてるの」
「あ、あわわわわ……」
「ねえ、シズク?」
「あの、その……!」
シズクは、ゆっくりと。
近すぎるリィンの顔を、両手で押し退けた。
「き、キスは三回目のデートでするのが相場らしいので、その時お願いします!」
「……………………」
乙女かっ。
と突っ込みたいところだが、乙女である。
十四歳の女の子。
「そう。じゃあ――」
「うば?」
リィンは、頬に添えていた両手を離し、右手でシズクの口を覆った。
「今日のところは、これで勘弁してあげるわ」
そしてキスを一つ。
シズクの口を覆っている、自身の右手の甲に落とした。
手の平一つ挟んでのキス。
顔を真っ赤にしたシズクの顔に満足しながら、リィンは手を離し、いたずらっぽい笑みを浮かべると踵返した。
「あ、そうだ。ゼノさんが快復祝い兼戦勝祝いに皆でご飯食べに行こうって誘ってくれたけど行くわよね?」
「…………え、あ、うん……」
「じゃあ、また後で」
リィンが出て行った病室の床に、ぺたりと座り込む。
本当、なんていうか、その。
「いつの間に……こんな……こんな……こんな知識を……!」
思わず自分の唇を手で押さえながら、シズクは小声で叫ぶ。
いや、それよりも。
それよりも、これってこれって……!
「……リィンと付き合うことに……なった?」
呟いて、ようやく自覚する。
シズクとリィンは、ようやく恋人同士になったのだと。
はい、というわけでEP2は完結です! ワーパチパチ!
ここまで来るのに二年以上もかかるとは思ってもいませんでした。
EP3はイベントクロニクルを見返すところからなので、開始が遅くなるかもですが頑張って来週には投稿できたらいいなといった感じです。
EP1もEP2も、涙で終わったからEP3は皆が笑顔になるようなエンディングにしたい。
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