「……管制、全掌握。全回線、全演算機構、正常に移行……システム、シャオへ書き換え……了」
ルーサーに侵食された、マザーシップの近く。
そこに、新たなマザーシップが時空を割って出現した。
シャオを核に添えた、新たな演算機構。
その上に立って、シャオは静かに呟く。
「これで、終わり。……ぼくたちはやりとげた。やりとげたんだよ」
そう。
これが、シャオが――シオンが目指した結末。
アークスシップの管制を、ルーサーから手放させ、その隙にシャオが全てを掻っ攫う。
この展開にもって行くための、これまでだった。
これで『アークス』は、表立ってルーサーに敵対することができる。
「シオン」
宇宙の星々を見上げながら、シャオはシオンに向けてそっと呟いた。
「……あとは任せて。ゆっくり、休んでください」
シオンが守ったもの。
シオンが残したもの。
その全てを、今度はぼくたちが守っていくから。
勿論、シズクも――。
*****
『……管制、全回復! 艦内機構、全て正常値! 各員、全機能のチェックを急げ!』
オペレーターのそんなアナウンスが、アークスシップ全体に響き渡った。
それは当然、シオンの最深部であるこの場所にも、だ。
「な!? ……どういう、ことだ!」
ルーサーが、訳が分からないとばかりに目を見開く。
オラクルの演算を担っていたシオンが居なくなった今――そして管制の権限もルーサーが手放した今。
「シオンが失われた今。何が、演算の代わりを……」
ルーサーが焦りながら端末を弄り、原因を探し出した。
原因はすぐに見つかることになる。
何故なら、今立っているこの星――旧マザーシップが、完全にアークスシップから切り離されていたからだ。
そして各アークスシップは、新しいマザーシップへと繋がり全ての機能を回復させている。
全知とは到底呼べないような、シオンのバックアップが。
新しいマザーシップとなりルーサーの支配を掻き消していた。
もう今更管制を掌握しても意味がない。
完全に出し抜かれた。
シオンの最後の切り札は――これだったのだ。
あの全知には、この結末が演算できていたのだろう。
……。
…………。
………………。
「――――……まだだ」
でも。
ルーサーにとって、最早アークスはどうでもよかった。
出し抜かれたことに憤りを覚えるも、まだ。
まだ全知へ至る道を、諦めてはいなかった――!
「まだだ……! まだ、全知へ至る道は消えてはいない……!」
ゆらり、とルーサーが動き出す。
シオンの残滓を抱え、座り込んでいるシズクに向けて動き出す。
「まだ、シオンの娘がいる……! シオンの血肉から生まれ、全知へのアクセス権を持つ娘が!」
「ひっ……!」
「解剖すれば、解析すれば、分析すれば……何かが分かるかもしれない! いや、その力を増幅して量産させれば第二のシオンが……いや、シオンそのものが作れるかもしれない……!」
血走った眼で、明らかに正気じゃない瞳で、ルーサーはシズクへ手を伸ばした。
「僕と来いシオンの娘! 僕と来れば、母親にもう一度会わせてやろう――」
「シズク、逃げろーっ!」
炎弾を、『リン』が放つ。
ルーサーはそれを鬱陶しそうに睨むと、掌に黒い弾を作り出した。
「邪魔をするなァッ!」
黒い弾を、ルーサーが炎弾に向けて投げつける。
さっきの風の弾とは、段違いの威力が込められた攻撃だ。
『リン』の炎を全て掻き消し、尚勢いが衰えず――弾は『リン』に直撃した。
「『リン』!」
吹き飛ぶ『リン』を、マトイが追いかける。
これでもう邪魔者は居ない、とルーサーはシズクの方に向き直った。
「い、いや……」
「さあ、来いシオンの娘……母親に会いたくないのか?」
「こ、来ないで……やめて……あ、あ……」
武器を、何か武器をと探ってみるも、あるのは壊れたブラオレットと壊れたヴィタライフルだけ。
テクニックも使えないし、リィンもいないシズクに、今出来ることは……。
無い。
「往生際が悪いね……それならば、無理やりにでも……!」
「きゃっ……! 痛っ……!」
ルーサーの手が、シズクの腕を掴んだ。
興奮しているからか、強く握られシズクは思わず呻く。
「助けて、リィン……! お父さん……!」
「ふふふ、ははははは! さあここにはもう用など無い! 急いで脱出を――」
「やだ! 嫌だ……!」
「こら、暴れるんじゃない。あまり往生際が悪いなら四肢くらい折っ――」
めりっ、と。
ルーサーの顔が突然ひしゃげた。
まるで
不意を撃たれたルーサーは、シズクの腕から手を離し何度か地面にバウンドしながら数メートル吹き飛んだ。
「――へぶらっ!?」
「はっ、はっ……はぁっ! 間に合い……ましたね……!」
「……!」
ルーサーを蹴ったそのヒトは、額に汗を浮かばせながらふぅっと息を吐き、
透明になっていたその姿を晒した。
「く、クーナちゃん!?」
「シズク、大丈夫ですか!? あの男に変なことされてない!?」
毛先のみ橙色の、蒼いツインテール。
ゼルシウスという暗殺者のような格好に身を包んだ女性――クーナが。
シズクを庇うように前へ、立っていた。
焦っているのか、口調が表と裏どちらも混ざったような変な感じになっている。
「偶像風情が……! 邪魔を、するなぁああああああああ!」
「っ!」
立ち上がったルーサーが、鬼の形相で掌に黒い弾を作り出す。
シズクが背後にいる以上、避けることはできないとクーナは透刃マイを両手で交差させた。
受け止める気なのだろう。
しかしそれは危険だ、何せあの弾は『リン』のフォイエすら掻き消してそのまま貫く威力を持っている!
「クーナちゃん! 避けて!」
「ですが……!」
「死ね、死ね死ね死ね死ねシネェエええ!」
――振りかぶったルーサーの手を、一発の弾丸が撃ちぬいた。
「っ……!?」
「いやおっそろしいくらいドンピシャ……ってぇわけでもなさそうだな」
衝撃で、エネルギーが霧散し消える。
弾丸を放った男――ゼノは、マトイの治療を受けている『リン』と、疲弊した表情をしているシズクを順番に見た後、怒気に満ちた目でルーサーを睨む。
「オレの後輩と、弟弟子をこんな目に遭わせたのはてめぇか、ルーサー」
「……どいつも、こいつも……」
『闇』が。
ダーカー因子が、ルーサーへと集まっていく。
否、ルーサーが、どす黒い闇に呑まれていく――!
「貴様らも、貴様らも貴様らも!」
「な、なんだ……!? ダーカー因子が奴に集まっていく……!?」
「僕に! 逆らうか! 僕に! この、ルーサーに!」
「【
そして、ルーサーは――いや、【敗者】は。
闇を全て取り込み、その正体を表した。
ダークファルス【敗者】。
今までの白い衣装を黒く染め、ダークファルス特有のメッシュのような紫色の髪を持つ、正真正銘のダークファルス。
「【敗者】、ようやく……正体を現したか」
治療を終え、動けるようになった『リン』が、歩きながら口を開く。
マトイと、クーナと、ゼノと共に、シズクの前へ。
庇うように立って、杖を構えた。
「シオンの娘を渡せ、アークス共」
「シズクは、渡さない。渡してたまる――ものか」
「そんな解は必要ない。答えは僕の望むままであるべきだ! それに沿わないものは、死ね!」
そう叫んで、【敗者】は人型戦闘形態――『ファルス・アンゲル』へと変化した。
六本の翼と、金色の身体を持つダークファルス。
ルーサー戦、第二ラウンドの火蓋が、切って落とされた――!
シズクがヒロインしてる。