AKABAKO   作:万年レート1000

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再誕の日⑪

「ここが……マザーシップ最深部……シオンの中枢……?

 前来たときと、大分様子が違うようだけど……」

 

 マザーシップ・最深部。

 ルーサーの手駒の中で最後の砦だったテオドールとの白熱したバトルに勝利をし、ようやくここまでたどり着いた『リン』がぽつりと呟いた。

 

 その身体には、あちこち消耗した様子が見られる。

 当然だろう。テオドールと繰り広げた戦いは、それほどまでに苛烈で壮大だった。

 

 今まで戦ってきた相手の中で、一番強かったかもしれない。

 

 何度も死を覚悟したし、何度も勝利を確信した。

 逆転に次ぐ逆転を経て、最後に放ったマトイとのコンビネーションアタックが無ければ間違いなく負けていただろう。

 

 だがしかし、戦いはまだ続く。

 今から目の前にいるこの男――ルーサーを倒さなければいけないのだ。

 

 最深部の中心にて。

 謎の装置に囚われている全裸のシオンを嘗め回すような目で眺めるこの男に。

 

「……ここは不可侵の場だよ。どうやって入ってきたんだい?」

 

 ルーサーが『リン』とマトイに気付くと、尚余裕そうな表情で語りかけてきた。

 

 自身の目的を邪魔する存在がここまで迫ってきたのに、何故この男は全く余裕を崩さないのか。

 その理由はまだ、『リン』は知らない。

 

 そしてこれから知ることになる。

 

「それは……クラリッサか? 僕の作った紛い物じゃない。……本物、まだ残ってたんだね。

 それを手にする君は……なるほど、なるほどそういうことか」

 

 マトイの持つ白いロッド――『クラリッサ』を見て、ルーサーは何かに納得するように何度も頷いた。

 

 囚われのシオンの方へ向き直り、感心するように言葉を紡ぐ。

 

「シオン、君は君なりに動いていたんだね。全て無駄なのに、よくやるよ」

「し、シオンさんを離して!」

「……離す? ふふふっ、おいおい何を言ってるんだい?」

 

 マトイの嘆願に、ルーサーは微笑を崩さずに返す。

 狂気に満ちた瞳で、(わら)う。

 

「僕と彼女はもう二度と離れない。離れることなんて、ない。

 僕はね、ついに彼女を理解した。彼女と完全にひとつとなり……今こそ、全てを識る!」

 

 そう。

 

 ルーサーの目的は、全知の取得。

 シオンを自身に取り込み、この世の全てを知ることのみが、ルーサーの目的なのだ。

 

 サラもテオドールもゲッテムハルトもメルフォンシーナもカスラもクーナもクラリスクレイスもレギアスも――その他大勢の人々も、全て。

 

 彼にとっては、全知に至るまでの礎でしかない――いや、犠牲でしかない。

 

 ただの、駒だ。

 

 全知なんて要らないと叫ぶ少女がそのことを聞けば、怒るだろう。

 

 ルーサーは全知を得るためにヒトであることをやめて、

 シズクはヒトであるために全知を使わないように生きてきた。

 

 絶対に、二人は相容れることはないだろう。

 

「……あなたは、何を言ってるの」

「君達こそわかっているのか? 自分たちの目の前にいた彼女が、なんなのかを」

 

 理解できない、とばかりに困惑した表情を浮かべるマトイに、ルーサーは両手を広げながら言う。

 

「演算する海が生まれた意味。それは、宇宙の記憶保持、全演算……。

 ……そう、彼女こそ全てを識る存在! フォトナーが……いや、僕が追い求めた宇宙の理そのものだ!」

「…………」

「アークスも、ダーカーもありとあらゆる研究や実験はこの時この瞬間を迎えるためのもの!

 すべてはこの時のため。彼女を理解し、一緒になるため……そして、ようやくだ!」

 

 ギリ……ッと『リン』が歯を食いしばる。

 怒りの形相で、ルーサーを睨みつける。

 

 お前が――お前さえいなければ。

 お前のそのくだらない目的が無ければ、シオンとシズクは今頃……。

 

「僕は、彼女とひとつになる! 森羅万象を識る存在に!」

「そんなこと、させない……!」

 

 『リン』とマトイが、戦闘態勢に入る。

 もう語りは要らない。さあ、最後の戦闘だ――。

 

「――アークス風情が、頭が高いよ。まずは、跪きたまえ」

 

 しかし――戦いにすら、ならなかった。

 

 ルーサーが手を前にかざしただけで、二人の立っている場所に強大な重力が降りかかる――!

 

 マトイが膝を付き、倒れる。

 『リン』は膝こそ付かないものの、しかし倒れないようにするだけで精一杯だ。

 

「か、身体が……地面に引っ張られてるみたいに……!」

「おや、レギアスから聞いてないのかい? 僕は全ての管制を掌握している。重力をいじくるのだって簡単さ」

 

 ルーサーは、オラクル全ての管制を掌握している。

 それはつまり、オラクル内部の気温や重力値から、炉心・生命維持装置等全てにおいて彼の掌の上にあるということだ。

 

 今こうして、『リン』とマトイが立っている場所にのみ高重力をかけることだって、指先一つで実行できる。

 

 いや……それどころか、全アークスの命を奪うことすら、指先一つで――。

 

「わかるかな、アークスくん。もとより君たちの命運はずっと僕が握っていたんだよ。

 君たちがいままで生きながらえていたのは僕の気まぐれにすぎない

 

 僕がシオンと一つになった今。

 アークスは、用済みだ」

 

 そう言って、ルーサーは手を軽く振った。

 

 たった、それだけ。

 たったそれだけの動作で――。

 

 

『……アークスシップ管制、全喪失! 生命維持システムにも異常を感知! 各艦の環境設定が書き換えられて……!』

『そそっ、そんなそんなっ! 動力炉の異常加熱も感知っ! 言うことをききません! 制御不能!』

 

 オペレーターの悲鳴が、端末から響いてきた。

 

 ルーサーが、管制を弄ったのだ。

 アークスを全滅させるために。

 

『わめくな! どうにかするしかない! 諦めたら……全員死ぬぞ』

 

 オペレーター長・ヒルダの叱責が飛ぶが、もう彼女たちにはどうにも出来ないだろう。

 

 本当の本当に、アークスの命はルーサーの舌先三寸だったのだ。

 彼の気まぐれで、アークス全員を殺戮できるというのは、嘘偽りでも何でもない。

 

「レギアスたちが身を捧げてまで守ろうとしたアークスがこの様だよ。ふふっ、はははははっ!」

 

 ルーサーの哄笑が響く。

 余裕なのも当たり前だ、ルーサーは、こいつは、最初から勝っていたのだから。

 

 遥か昔から、大勢は決まっていた――!

 

「君たちが刃向かおうとしなければあるいはもう少し長生きできたかもしれないのに、残念だったね?」

「……どうして、こんなことを。わたしたちを、何だと思ってるの!」

「何だと言われても、君達アークスはもともと、僕たちフォトナーの玩具じゃないか?」

 

 アークスは、フォトナーが作り出したモノ。

 

 適当な惑星から自分たちと似た形態を持っていた種族を拉致して、フォトン能力を使えるように改造して生み出したモノなのだ。

 

「君達だけじゃない。この宇宙に広がる全てのものは僕にとっての実験場で、遊び場だ」

 

 かつて世界は、フォトナーの遊び場だったという。

 ならばこの宇宙で唯一最後のフォトナーであるルーサーが、そう主張するのは自然なことだった。

 

 勿論。

 納得なんてできないけど……!

 

「そして、玩具は遊び終わったら片付ける。……それは当たり前のことだろう?」

 

 もう語るべきことは語ったといわんばかりに、ルーサーは二人に背を向けてシオンに向き直った。

 

 遊び終わった玩具に、興味を示せなくなるのは当たり前。

 などと言っているようなその背中にテクニックの一つでもぶち込んでやろうと、『リン』は杖を握る手に力を入れるが照準が定まらない。

 

 重力が、強すぎる。

 油断すれば、潰れてしまいかねないくらい。

 

 耐えるだけで、精一杯だ……!

 

「……さあ」

 

 動け動け動け動け。

 今止めないとダメだ。シオンが、消えてしまう。

 

 取り込まれてしまう。

 それだけは、防がないと――。

 

 

「――お母さん!」

 

 

 聞き覚えのある、声がした。

 振り返ることも困難な身体で、どうにか背後を見る。

 

 そこには、シズクが立っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「シズク、なんで、ここに……」

「お母さん! お母さん! お母さん!」

 

 ようやく追いついた。

 ようやく、たどり着いた!

 

 『リン』やマトイの横を通り抜けて、シズクはお母さんを解放しようと一直線に走り出して――。

 

「待て、君は誰だ?」

 

 突如、強くなった重力に引っ張られて地面へと倒れこんだ。

 

 ルーサーが、管制を操作してシズクがいる場所の重力も強くしたのだ。

 

「見覚えの無いアークス……一般アークスか? お母さん? 今、シオンのことを指してお母さんと言ったのか?」

「…………お前か?」

 

 うつ伏せの状態から、どうにか顔だけ上げてシズクはルーサーを睨む。

 

 海色の瞳が、淡く輝きだした。

 

「その、瞳の色は――」

「お前が、お母さんをこんな目に合わせたのか……!?」

 

 管制(・・)掌握(・・)

 

 右手をグッと握る仕草と共に、シズクはルーサーが持っていたオラクルの管制を無理やり奪った(・・・・・・・)

 

「なっ……!?」

「あぁああああああああああああ!」

 

 瞬間、仕返しとばかりにルーサーの周囲を超重力にして、自分に降りかかる重力は通常に戻す。

 

 初めて、ルーサーの表情から余裕が消えた。

 瞬時にシズクはアサルトライフルを構え、銃身にフォトンを溜めていく……!

 

「エンド……アトラク――!」

「――舐めるなぁ!」

 

 重力に逆らい、ルーサーは右手を突き出してそこから風のテクニックを放った。

 

 凝縮された風の塊が、チャージをしていたシズクのアサルトライフルに直撃。

 銃は壊れ、その衝撃でシズクは背後に転がった。

 

「やれやれ……驚いたよ、まさかまだ君みたいな駒がシオンに残っていたなんて」

「あっ、くっ……!」

 

 その隙に、ルーサーはシズクから管制を奪い返したようだ。

 再びシズクの周囲に、超重力が襲い掛かりシズクは倒れこむ。

 

 千載一遇のチャンスを、逃してしまった……!

 

「このっ、このっ!」

「もう一度管制を奪おうとしても、無駄だよ。今度はさっきみたいに油断していない……さっき君がどうやってこれを奪ったのかも解析できた」

「くっ……うぅ……! お母さんを……お母さんを離せ……!」

「さっきも言っていたね、それ。全知存在であり、惑星であるシオンに娘など存在する筈も無いんだが……まあいい」

 

 全知を得ればそれも分かることだ、と。

 ルーサーはまたも、シオンに向き直った。

 

「や、やめて……!」

「さあ、シオン……惑星シオンよ、僕とひとつに……!」

 

 黒い稲妻を纏ったルーサーの手が、シオンを捕らえていた装置に触れる。

 

 その瞬間、装置のガラスのような結晶が割れ、中のシオンがルーサーに吸収されていく――!

 

「やめ、やめて……! やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 シズクの悲痛な叫びは、虚しく。

 

 シオンの全ては、ルーサーの中に溶けて混ざった。

 

 

 

 

「……素晴らしい。素晴らしい、素晴らしいぞこれは!」

「そん、な……折角、折角やっと、会えたのに……」

 

 ルーサーの、歓喜に満ちた声。

 そしてそれと対比するような、シズクの絶望に満ちた声。

 

 ぽたり、とシズクの目から涙が一つ零れた。

 それを境に、堤防が決壊したかのようにシズクの瞳からは涙が留まることなく流れ出し、口からは嗚咽が漏れる。

 

 そしてそれを掻き消すようなルーサーの歓喜の声が、響いた。

 

「頭の中を、知識が駆け巡る! ああ、ああ! 破裂してしまいそうだ! この知識の奔流に!」

 

 海色の光が、ルーサーの周囲を包んでいる。

 ルーサーは、全知に至ったのだろう。掛け値の無い、全知に。

 

 

 ――全知なんてくだらないもののために、お母さんを取り込んだのか。

 

 

 そう、シズクは呟いた。

 誰にも届かなかった声量だったけど、確かに呟いた。

 

「ああ、そして――」

 

 ルーサーが、シズクの方に振り返る。

 全てを知った男が、嬉しそうに口を開く。

 

「君の正体も理解したよ、シオンの娘」

 

 『シオンの娘』と、ルーサーは言った。

 全てを理解した上で、そう呼称したという、ことは――。

 

「その様子だと、自分がシオンの娘であることは感覚的に理解できていても、自身の出生に関わる秘密は知らないようだね……何、無理は無い。シオンはどうやら君が君の正体に勘付く情報は意図的に隠蔽していたようだからね」

 

 なら教えてあげよう、とルーサーは嗤う。

 

 嗤いながら、言った。

 おそらくそれは善意などではなく、全知を使いこなすための練習の一環なのだろうけど。

 

 シズクが何よりも知りたかった答えを、口に出した。

 

 

 

 

 

 

「君の正体は、『シオン』だ。

 より正確に言うのなら――『シオンから零れた一滴の(シズク)』と表すべきだろうか」

 

 そして。

 語りは、始まった。


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