AKABAKO   作:万年レート1000

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EP2ラストシリーズ開始。


再誕の日①

「何であんな役に立たない案を『リン』に渡したの?」

「それはねサラ、どうせ歴史を改変した時点でシズクは時間遡行をしてライトフロウ・アークライトを助けたことには気付くからだよ」

 

 ルーサーとの決戦を明日に控え、

 最終準備を進めながら、この宇宙の何処かでシャオとサラはいつも通りの口調で言葉を交し合う。

 

「……は?」

「分かるんだよ、僕らは『観測者』だからね……観測される側とはそもそも視点が違うのさ」

「……ということは、誤魔化す必要なんて無い?」

「想像してごらん? あのシズク相手にどうにか誤魔化せと無茶振りされた彼女たちが、当てにしていた僕からのアドバイスが何の役にも立たなかったときの顔を……笑えるだろう?」

「嘘ね。あんたは性格悪いけど、そういうことで笑っちゃうようなやつじゃないでしょう」

「…………一心同体だし、分かっちゃうかー」

「長い付き合いと言って」

 

 作業の手を止めて、シャオはいつもの軽薄なものではない笑みを浮かべた。

 心の底から嬉しそうな笑顔だ。滅多に見せないそんな表情にサラは思わずシャオから目を逸らす。

 

「シオンは、シズクはこの件に関して関わらない方がいいと言った。そして僕も観測者の視点から言えばその通りだとも思った」

「…………」

「でもね、僕個人としては――シズクはシオンが消えてしまう前に会って話をするべきだと思っているんだ」

「……消えてしまう前に、って……あんたはルーサーからシオンを守るために今まで色々暗躍してきたんじゃないの?」

「……今から言うことを、『リン』には決して言わないで欲しいんだけど」

 

 シャオは一拍置いて、目を伏せながら言う。

 

「シオンを助けることは、もう無理だ」

「――!」

「僕だってこんなことを言いたくは無い……でも何度演算してもシオンを救えるルートが見えてこない」

「諦めるつもり!?」

「諦める気なんて毛頭無い。最後まで手は尽くすさ……だけど、もう殆ど『リン』やマトイが演算を超えた未来――ヒトならではの、演算外の行動によって奇跡を起こしてくれるのを期待するしかないのが現状だ」

 

 だから、一手きっかけを作った。

 奇跡というのは偶然ではなく人為的に起こすものだ――シャオはか細い一本の糸を張ったのだ。

 

「僕やシオンの隠蔽に、わざと隙を作った。シズクがそれを辿ることが出来たなら――展開は大きく変わるかもしれない」

「……そんなことするくらいなら最初からシズクを巻き込んだほうがよかったんじゃないの?」

「大変なんだよ、シオンにバレずに暗躍するのって。シオンはもう絶対的にシズクを巻き込みたくない派だからね」

「過保護ねー……」

「はは、その通りだね。さて準備は終わった、サラは帰って明日のために身体を休めておくといいよ」

 

 喋りながらも続けていた作業が、終わりを迎えたようだ。

 サラはふーっと疲れた風な息を吐くと、「そうさせてもらうわ」と言ってテレパイプを使いこの場から姿を消した。

 

「…………」

 

 一人残ったシャオは、空を見上げる。

 暗闇に爛々と輝く星々が浮かぶ、無限の宇宙を。

 

「シオン……暗号解けたかな? ……なんて心配はするだけ無駄か」

 

 思い浮かべるのは、彼女の中に入った時に渡したメッセージ。

 結構な長文を送ったが、要訳すればたった一行で済む弟からの言葉(しんせつしん)

 

「『最後くらい、少しだけ素直になってみたらどうだい?』」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝。

 

 シズクは一人、惑星ナベリウスの森林エリアに来ていた。

 

 サラから相談があるから会いたいという連絡があったのだ。

 

(うばー……、対ルーサー戦に関する、相談……だっけか)

 

 待ち合わせ場所に指定された巨木の幹に腰掛けて、シズクは両手で頬杖をかきながら思案する。

 

 考えることは、昨日のこと。

 『リン』が時間遡行を行い、ライトフロウ・アークライトが助かる歴史へと改変したことについてだ。

 

 歴史が改変された瞬間、「あ、変わったな」という感覚はあったのだが(我ながら反応が軽い)、それがどうしてかは分からなかった。

 

 『リン』さんがリィンの姉を助ける理由が不明だ。

 

 時間遡行を実行できる条件とか制限とかも分からない以上確かなことは言えないが、確かに『リン』さんの性質上助けられるなら誰でも助けるだろうけど……時間遡行なんていうチート臭い能力を使えるならもっと沢山のヒトを救えているはずだ。

 

 それこそ、『リン』さんの友達である両腕を失ったメイ先輩だって助けてくれてもよかったのに。

 

 ていうか助けられたのなら助けていた筈だ。

 それが出来なかったということは、出来なかった理由がある。

 

 絶対に。

 

 つまり逆説的に助けられる理由があるから助けたに違いない。

 

 それは何故だ。

 リィンの姉だということに理由があるのか?

 

(いや――)

(あたし、か?)

 

 そういえば昨日リィンのマイルームに電撃訪問したとき、明らかに二人は動揺していた。

 

(あたしに、隠し事があるってことか)

 

 さて、ライトフロウ・アークライトを時間遡行で救出することを隠す理由はなんだろう?

 別にシズクに隠す必要は、無いはずだ。いや寧ろリィンが力を貸している以上シズクは居たほうがいいに違いない。

 

(でも隠された)

(つまり……あたしには隠しておきたいことが絡んでいる……あたしの正体についてかな?)

 

 そういえばリィンが放った無茶すぎる言い訳……『葬式? え? 何それ夢でも見てたのかい?』だけど、これリィンが考えた台詞じゃないことは確かだ。

 

 口調がリィンのものじゃない。

 かといって『リン』さんでもない……もっと少年というか、

 

「……生意気な男の子って感じだよなぁ。うーばーばー……」

 

 でもそんな男の子、知り合いにはいない。

 

 じゃあ知り合いじゃないパターン。

 知り合いの知り合いに、そういう男の子が居て……リィンの交友関係じゃないだろうから『リン』さんの知り合い……数が多すぎて絞りきれないな。

 

 ……いや、絞りきらなくていいのか。

 

(私の全知に引っかからないヒトを、探せばいい)

(私に隠し事をしている……というか出来る奴はつまり私と似たようなことが出来る奴ってことだ)

 

 そしてそいつが全ての黒幕だろう。

 リィンに入れ知恵して、『リン』さんの時間遡行を手伝い、ライトフロウ・アークライトを助けることでリィンがアークライトを継ぐのを阻止し、間接的にリィンとシズクの仲を取り持ってくれた、つまり。

 

(あたしを助けようとした)

 

 私の知らないことを知っている……おそらくは、

 

「サラさんに知恵を提供しているやつ……ああそういえばサラさんってルーサーの元で実験台にされた過去があって、そこからどうにか逃げ延びたんだっけ?」

 

 その時どうやって逃げることができたんだろう?

 そしてどうやって生き残ることが出来たのか?

 

 んー……んー……。

 全知けんさくちゅーけんさくちゅー……。

 

「分からない」

 

 ってことはビンゴか。

 繋がってきた繋がってきた。

 

 そこでサラは『誰か』に助けられた。

 その『誰か』が、黒幕。

 

(『生意気な少年』で、『あたしに近い能力』を持っている誰か)

(その子があたしのことを知っている……?)

「……?」

 

 とまあそんな限りなく真実に近いところまで考察を掘り進めたシズクは、ふと気付いた。

 

 考えることに夢中になりすぎて気付くのが遅れたが、約束の時間を大幅に超えている。

 あれ? 待ち合わせ場所間違えた? と一瞬思ったがそれは無いようだ。

 

「サラさん、遅いなぁ……」

 

 端末を開き、連絡でも取ってみようとウィンドウを弄る。

 だがしかし、通話は届かなかった……いや、それどころじゃない。

 

 あらゆる通信が遮断されている。

 キャンプシップに戻ることも、助けを呼ぶことも出来ない……。

 

「え? あれ? うばー?」

 

 周囲にダーカーの気配は無いためダーカーによる通信妨害ではないようだ。

 

「おっかしいな……困った、これじゃ連絡を取るどころか帰れないじゃん……」

 

 呟きながら、まあ通信障害なら待ってれば直るだろうとウィンドウを閉じる。

 

 …………。

 ――シズクは知らない。

 

 今日が決戦の日(・・・・・・・)だということを(・・・・・・・)

 ルーサーを打倒すべく、アークス全てを巻き込んだ膨大な規模の戦いが起こることを。

 

 そしてそれ故に、シズクが介入できないよう此処惑星ナベリウスに『隔離』されたことを――ただし。

 

 ――隔離した理由は、それだけではない。

 

「うばー?」

 

 森林から漏れ出す木漏れ日と、涼やかな風が気持ちいい。

 

 シズクは若干うとうととしながらも、下手に動くより出現エネミーレベルが低いこの辺に居たほうが安全だと判断して大人しくサラの到着を待つことにしたようだ。

 

 

 

 

「全く……シャオも妙なことを思いつくものだ」

 

 そんなシズクの前に、小人が現れた。

 小人というか、サポートパートナーだ。

 

 白銀の髪から見える角と、左が青、右が赤な左右で瞳の色が違うオッドアイ。

 どちらもデューマンの特徴だ。そして服装は儀礼服のような黒色の戦闘服、エーデルゼリン。

 

 サポパ作成時にデューマンを選択したとき、プリセットの一つとして候補にあがる姿そのままだった。

 

 これを作成した主人が余程の横着者なのか、プリセットの姿が気に入ったのかまではシズクの知るところではなかったが……デフォルトそのままのサポパ自体はそこまで珍しいものではない。

 

「……すまない、隣に座ってもいいだろうか」

「うば? えっと、勿論いいけど……あなたは?」

「……通信障害で逸れた主人との連絡が付かなくなった。障害回復まで不安なので共に居て欲しい」

「うば、成る程そういうことか」

 

 事情を説明すると、シズクは唐突に現れた謎のサポパに対する警戒心をほんの……ほんの少しだけ下げたようだ。

 リィンほどちょろく警戒レベルを下げたりしない。

 突然の通信障害と、ちょうどよく現れたサポパの関係性を疑わないような神経をシズクは持ち合わせていないのだ。

 

「感謝する……」

「いいってことよ。どうせならお喋りして時間を潰そ。うばーん、あ、そうだまずは自己紹介だね。あたしはシズク、あなたは?」

「わたしは……シオンだ」

「シオン。……何だか……」

 

 懐かしい響きの言葉だと感じた。

 具体的な言語化はできないが、何だか胸が熱くなるような……。

 

 …………。

 ……………………。

 

(あ、思い出した。昔好きだった漫画のヒロインの名前だ)

「? 何か?」

「い、いや……何でもないよ。いい名前だなって」

「……そうか? 自分では考えもしたことなかったな」

「良い主人を持ったみたいだね、シオンの主人ってどういうヒトなの?」

 

 速攻で探りを入れていくシズクであった。

 

 こういうとき直ぐに全知に頼らないのは彼女の悪い癖だ。

 吹っ切れた今でも、初手からそれに頼ることはあまりしない。

 

 ……まあその根本には全知を使うと結構疲れるという微妙な事情もあるのだが。

 

「ふむ、そうだな……欲深く、好奇心旺盛で、適度に怠惰で傲慢なヒト、だろうか」

「うばー、それはまた人間人間してる人間だぁ」

 

 まるで人間の特徴を羅列したような人間である。

 逆に凄いくらい個性の一つも伝わってこない。

 

 その主人のことが羨ましいなぁ、とシズクは心の中で呟いた。

 

「主人とは仲良いの?」

「ああ、良い友人として接してくれているよ……少なくとも、わたしはそう思っている」

「友人かぁ、なんかいいね、そういうの」

「……シズクにも、仲の良い友人はいるのか?」

「…………」

 

 まあ、それくらい答えていいかと判断。

 

「うん、いるよ。沢山」

「そうか……それはよかった」

「よかった?」

「っ、ああいや、もしシズクに友達が居なかったら、自慢話になってしまったと思ってな」

「うばー、何それあたしが友達居なそうに見える?」

「い、いや、そういうことではない。謝罪する……不用意な言葉で誤解を招いてしまった。すまない……」

「うば。そ、そんな畏まって謝らなくても……気にしてないからいいよ」

 

 深々と頭を下げられてしまい、シズクは焦りながらもそう言った。

 

 悪いやつじゃないのかもしれないな、という考えが浮かぶ。

 何でかと問われると、それこそ何となくとしか答えられないのだけど。

 

 何となくこのサポパと話していると、嬉しい。

 

 落ち着く。

 

「…………」

「……うば? どうかした?」

「……いや」

 

 ふと気付くと、シオンはシズクの顔を凝視するように見つめてきていた。

 

 怪訝そうに首を傾げるシズク。

 シオンは見つめていることに気付かれたとバツが悪そうな顔をして目線を正面に戻した。

 

「シズクは……何と言うか、何だ。アークス、だよな?」

「うば? そりゃまあ、見て分からない?」

「何故、アークスになった? 危険な職業だ、怖くなかったのか?」

「?」

 

 妙なことを訊いて来るサポパである。

 何だか、暗にアークスになったことを責めているような口調だ。

 

「……母親を」

「っ」

「母親を探すのに、アークスが一番都合良かったから……あれ?」

 

 思わず、本音を口に出していた。

 本当は「レアドロのため」という第二の理由で無難に答えておくはずだったのに。

 

「ご、ごめん今の無し」

「……母親が居ないのは、寂しいか?」

「! …………寂しくは、無いかな」

 

 今度はちゃんと何を喋るかに気をつけながら、シズクは口を開く。

 

「義理だけどお父さんは居るし、友達だって沢山出来た。親友と呼べる仲間も居る」

「…………じゃあ何故母親を探す? 寂しくないなら探す必要も無いだろう」

「……そうだなぁ」

 

 文句を言いたいだとか、自分の正体を知りたいだとか、色々あるしきっとそれらは全部偽り無く本音なのだろう。

 

 こういう時何と言ったらいいのだろう。

 ……うん、そうだ、結局のところ。

 

「多分、会いたいから会いたいんだと思う」

「……!」

 

 それは。

 

 全然論理的ではない回答だった。

 

 会いたいから会いたい。

 理論も論理も関係ない――感情的な意見。

 

 ただの『観測者』では持ち得ない、人間の言葉だ。

 

(あ、しまった)

(またつい本音を吐露してしまった)

「…………」

「……ん? どしたの驚いた顔しちゃって」

 

 つい本音を零してしまったことを反省しながらシズクがシオンの反応を窺うと、彼女は目を丸くしていた。

 

 そんな答え、想像すらしていなかったとでもいいたげな表情である。

 

「――そうか」

「……?」

「……シャオの言うとおりだったな、最後に会えて……話が出来て――よかった」

「? 何を……」

 

 シオンは木の根から腰を上げ、立ち上がった。

 

 まだ通信障害は回復していない。

 それなのに歩いてシズクを距離を取っていくサポパを警戒するように、シズクは若干腰を浮かす。

 

「わたしは謝罪する」

 

 振り向かないまま、シオンは言う。

 

 海色の光を、その小さな身体から滲ませながら。

 

「……そして感謝する。生まれてきてくれて――ありがとう」

「……? …………――っ!」

 

 何のことか分からない、と首を傾げて、

 言葉の意味を考えて、考えて、考えて、

 

 気付く。

 

 演算、完了。

 全ての点と線が、繋がった――。

 

 

 

 

「――もしかしてあたしのお母さんですか?」

 

 

 

 

 だけど。

 

 シズクの声は間に合わなかった。

 後に残ったのは、抜け殻となったサポートパートナーだけ。

 

「…………っ」

 

 残された娘は、目を見開いたまま虚空を見つめることしかできず。

 

 後の世で、『再誕の日』と呼ばれることになる長い長い一日が始まるのであった。


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