AKABAKO   作:万年レート1000

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お待たせしました。
交通事故に遭って入院してましたが、退院したので再開します。

全治三ヶ月とのことなので、安静にしなきゃですが小説書く時間はむしろ増えたので、更新速度は上がると思います。


ダークファルス【百合】vs 六芒均衡

「死にたい虫が居るみたいねぇ……」

 

 ゆらり……とダークファルス【百合(リリィ)】はその赤い瞳をヒキトゥーテに向けた。

 

 表情は、憎悪。

 さっきまでの余裕のある雰囲気なんて皆無にして絶無。

 悪鬼羅刹の如きオーラを放ちつつ、【百合】は自身に牙を向けた男を殺戮するべく動作を開始した。

 

「"変形(ヴァリアシオン)"」

 

 【百合】の手に収まっていた茜色の剣が、赤黒いダーカー因子の鳴動と共に形を変えていく。

 

「『モデル』・【(スターク)】」

 

 剣は、細長いシャープな形へと変貌していた。

 杭のような――いや、茎のようなと表すべきだろう。

 

 植物の茎。

 勿論、硬度も鋭利さも通常の植物とは比べ物にならないが……。

 

「フォイエ!」

 

 ヒキトゥーテのウォンドから、炎弾が放たれる。

 『リン』やクラリスクレイスと比較すると可哀想に思えてくるほどの大きさしか持たないテクニックだ。

 

 当然こんなもの、【百合】の脅威にはなり得ない。

 

「お前は――」

 

 【百合】が、【茎】を槍投げのように投げた。

 

 茎と炎弾の正面衝突。

 勝ったのは、当然のように茎だった。

 

 火炎が飛散して、空に溶けていく。

 それを確認する間も無く、【百合】の放った茎はヒキトゥーテの太ももに(・・・・)突き刺さった!

 

「ぐぅ!?」

「――粉微塵にして殺してあげるわ」

 

 だから動かないでね、と【百合】はぴくりとも笑わずに言い放つ。

 

 茎は、ヒキトゥーテの太ももを貫いて地面に深く突き刺さっていて――抜くには一苦労が必要そうである。

 

 つまり、ヒキトゥーテはこれで移動を封じられたことになる。

 

「この……!」

「うばー、いい技名思いついちゃった」

 

 抵抗しようとウォンド振り上げた、右腕が新たに生成された茎によって撃ち抜かれた。

 その衝撃でウォンドが、ヒキトゥーテの手から零れ落ちる。

 

「『生け花』」

 

 まるで剣山に花を活けていくように。

 茎は致命傷になりうる箇所を避けながら次々とヒキトゥーテへ刺さっていく。

 

 肩、足、わき腹。

 フォトンによる防護なんて気にも留めず彼の肉体を貫いた茎は、ヒキトゥーテを地面に縫い付けた。

 

「がぁああああ……!」

「あーやだやだ、男って悲鳴も汚いのよね」

 

 そして。

 とどめを刺すべく【百合】はその手をヒキトゥーテに向けて翳した。

 

「ええっと、『六芒大輪』」

 

 これもまた、今思い付いた技名なのだろう。

 

 六本の剣が、六芒星を描くように軌跡を空に刻みながら大きくなっていく。

 一つ一つのサイズがヴォル・ドラゴンにすら匹敵するからい巨大化を果たした瞬間。

 

 六芒を描いた剣は、その切っ先を忌むべき男に向けた。

 

「"変形"」

 

 おそらく、格好つけようとしたのだろう。

 指パッチンを試みながら、百合は呟く。

 

 しかし指パッチンは鳴らなかった。

 有り体に言ってしまえば、失敗だ。

 

「…………」

 

 なんとも締まらないのが彼女らしいが、そんなところに反応していられる状況ではない。

 

「『モデル』・【(バッド)】」

 

 開花前の、蕾のように。

 剣の切っ先が捻れてドリルの形へと変貌した……!

 

「これで……」

 

 再び、指パッチンにチャレンジする百合。

 

 失敗。

 諦めず二度三度と繰り返し親指と中指でパッチンしようとする百合だったが、

 

 五度目の挑戦に失敗した瞬間、諦めたのか百合はとうとう口で「パッチン!」と言い放った。

 

「……終わり! 粉微塵に吹き飛ぶがいいわ!」

「お前マジふざけんなよ!」

 

 殺すならもうちょいシリアスに殺してくれ!

 という何処か切実なヒキトゥーテの叫びは届かず、何処か緩んだ空気のまま蕾形の剣は回転しながら射出された。

 

「……っ!」

 

 シリアス云々は兎も角、高速で回転しながら飛来してくる剣を、ヒキトゥーテは止める術を持たない。

 

 勿論避ける術もあるわけなく、このまま百合の言葉通り粉微塵になるのを待つだけだ。

 

「ヤッくん!」

 

 シズクの叫び。

 それすら剣が高速回転していることで発生している風切り音で届かない。

 

「…………」

 

 リィンは気絶中。

 少なくとも、今このとき彼女の防御は期待できない。

 

(終わった)

(結局本当に少ししか時間稼ぎなんか出来なかった……何やってんだ俺は、これじゃ逃げてた方がマシだった――)

 

 無駄死に。

 その四文字が、ヒキトゥーテの脳裏を掠めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、よくやったよ坊主。お前のおかげで間に合った」

 

 声がした。

 聞いたことのある……アークスならば、誰もが聞いたことのある声が、目の前から。

 

「――っ」

 

 六芒均衡マリアの姿が、そこにはあった。

 迫り来る剣と、ヒキトゥーテの間に立ち塞がるように、パルチザンを構え立っていた……!

 

 救援が間に合ったのか。

 そう喜びを感じたのも束の間、不安も過る。

 

 六芒大輪と名付けられた、この大技。

 ヴォル・ドラゴン級の大剣六本がドリルと化して相手を穿つこの技は、如何に六芒均衡といえど一人で受けきれるものなのか?

 

 答えはノーだ。

 

 精々、レギアスやマリアなら二本、他の六芒均衡なら一本止めるので限界だろう。

 

 だから――。

 

「やれやれ……」

 

 六本の大剣が、一斉に弾き飛んだ。

 

 剣に、槍に、風に、炎に、拳に。

 それぞれ行く手を阻まれて、宙へと舞い遠くの大地へと落ちていった。

 

全員(・・)、間に合いましたか」

「おいレギアスゥ! アタシが二本弾く流れだっただろうが横取りしてんじゃないよ全く!」

「それはすまなかった。以後気をつけよう」

「おいヒューイ! あれか!? あの黒いのがダークファルスか!? 白くて珍しいダークファルスだと私は聞いていたのだが……」

「なぬ!? 本当だ! 黒いぞ!? おいおいカスラ、どうなってるんだ? 情報の伝達ミスか?」

「…………あれはダークファルス【百合】の本気モードですよ。過去の戦闘ログにも書いてあったでしょうに……」

「長い戦闘ログを見てると……眠くなってきてしまってな」

「せんとうろぐって何だ? 美味しいのか?」

「……いいから構えなさい馬鹿共。あれがダークファルス【百合】で間違いないですから」

「はっはっは、相変わらず若いやつらは元気がいいねぇ。ヒューイは後で説教な」

「姐さん!?」

「……気が昂ぶるのも無理はない。何せ――」

 

 純白の装甲を誇るキャスト――レギアスが、手に持った黒と橙色に染まった箱のようなソードをブンと一振りした。

 

 それだけで、ピタリと雑談が止む。

 空気が緩んだものから、戦闘特有のピリピリしたものに変わっていく。

 

「――六芒均衡が全員揃って戦うなど、実に久しぶりのことだからな」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 六芒均衡。

 今更説明するまでもなく、アークス最大戦力の六人が持つ称号である(現在は五人だが)。

 

 六芒の一、レギアス。

 六芒の二、マリア。

 六芒の三、カスラ。

 六芒の四、欠番。

 六芒の五、クラリスクレイス。

 六芒の六、ヒューイ。

 

 彼らは基本的に集団行動を取ることは無い。

 

 何せ一人ひとりが文字通りの一騎当千。

 大型ダーカーが束になろうと一人で充分戦えてしまうため、共闘すること自体が無意味とされる化け物集団。

 

 ただし何事にも、例外は存在する。

 

「なぁによ、もう……」

 

 そう、例えば。

 例えばエリートアークスが束になっても敵わないような強敵……すなわちダークファルスが攻勢を仕掛けてきた時等には六芒均衡の共闘を見ることができるのである。

 

 それでも――全員が揃うことは、非常に珍しいといえるが。

 

「折角その虫けらを粉々にしようとしてたのに……しかも、五人中三人が男とかなんなの? ふざけてるの?」

「…………」

 

 興が削がれたかのように、気だるげな顔をしてそんなことをぬかす【百合】とは対象に、その傍でシズクは嬉しそうに顔を崩していた。

 

(よかった)

(全員来てくれた)

 

 最悪世果を持つレギアスだけでも……と考えていたが、心配は杞憂に終わったようだ。

 

 六芒均衡が全員一箇所に集まっているというのは採掘基地防衛戦の真っ只中という現状を考えると、あまりよろしくないものだったが、それでも。

 

 この変態ダークファルスを放置してしまうよりはずっとマシである。

 故に今この状況は、むしろ最善のパターンと言えるだろう。

 

(あと……あたしの仕事は、一つ)

 

 時間停止の反動で動かせなくなっていた身体も、少しずつ回復してきた。

 ずりずりと、這う様に動き出す。急げ、間に合わなかったら全てが水の泡になってしまう。

 

 何故ならば……。

 

「うばば、悪いけど、強そうなヒトたちを相手している暇なんて無いからね。逃げさせてもらうわ」

 

 言って、【百合】は踵を返した。

 返してしまった。

 

 そう。

 六芒均衡が到着したからと言って、そのまま【百合】と戦闘! とはならないのだ。

 

 何故なら【百合】の目的は、塔の破壊。

 採掘基地場を破壊して、ダークファルス【若人(アプレンティス)】を復活させることこそが望みなのだ。

 

 【巨躯(エルダー)】みたいな戦闘狂とは違う。

 故に、六芒均衡が到着した瞬間【百合】が逃亡することなんて最初から予想できていた。

 

 では何故シズクが諦めずに六芒均衡の到着を待って時間稼ぎをしていたのか?

 

 答えは簡単。

 シズクは、ダークファルス【百合】をこの場に留める手段を知っているからだ。

 

 ――全知。

 

「ダークファルス、【百合】!」

 

 自身に突き刺さった茎型の剣を一本一本抜いているヒキトゥーテの傍へ、シズクは辿りついた。

 

 その瞬間、叫ぶ。

 【百合】を呼び止め、最後の力を振り絞って。

 

「これを、見ろぉー!」

 

 疑問符を浮かべる、【百合】。

 困惑した表情を浮かべる、六芒均衡の面々。

 嫌な予感がする、と呟いたヒキトゥーテ。

 

 その予感は正解である。

 

 シズクは、みんなの注目が集まる中。

 

 

 ヒキトゥーテに抱きつき、彼の胸元に顔を埋めた。

 

 

 抱擁。

 痛がるヒキトゥーテを無視して、全力の抱擁。

 

 男女の接触。

 

(これの筈……!)

(ダークファルス【百合】が最も怒るのは、こういうのの筈……!)

 

 シズクの狙いは、【百合】を怒らせること。

 

 怒りに身を任させることで――逃亡という選択肢を脳内から消してしまうという荒業。

 

 そう、このときこの瞬間のためだけに――シズクはヒキトゥーテを逃さず殺させず、傍に置いておいたのだ――!

 

(さあ……どうだ――!?)

「――――」

 

 果たして。

 

 その、効果の程は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■゛■゛■゛■■■■■――ッ!」

 

 絶大だった。

 

 【百合】は言葉にならない咆哮を周囲にぶちまけながら、

 

 修羅のような――否。

 般若のような――否。

 鬼神のような――否!

 

 それらに形容してもまだ足りない、狂気と凶気に満ちた表情で地を蹴り出した。

 

 狙いは、ヒキトゥーテとシズク。

 あまりにも愚直で真正面からの攻撃に、ボロボロの二人は反応できる筈も無く――。

 

「イル・ザン!」

 

 その瞬間、直進する【百合】の横っ腹を抉るように風の弾丸が彼女に直撃した。

 

 直進している物質は、その速度が速ければ速いほど横からの衝撃に弱い。

 故に流石の【百合】も堪えきれず、真横へと吹き飛んでいった。

 

「全く……! 無茶をしないでください!」

 

 風を放ったのは、カスラだった。

 

 シズクの予測通りだ。

 この状況でシズクの意図を汲み取り、的確な行動を取れる人物なんてカスラ以外に存在しない。

 

「が、あ、ぁ! 許さない! ユルサナイ! 殺す殺す殺す殺す殺す!」

「何で突然怒り出したのかはわかんねーが……」

 

 お前の相手はアタシたちだ、と。

 体勢を立て直し中の【百合】の眼前で、マリアはパルチザンを振り被っていた。

 

「邪魔邪魔邪魔じゃまじゃまじゃまじゃまぁああアアア!」

「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないよ小娘がぁ!」

 

 茜色の剣と、フォトン刃がぶつかり合う。

 暴風雨のような荒々しさと力強さを持つ【百合】の剣と、力強くも老獪な技量が垣間見える槍捌き。

 

 二人が散らす火花と衝撃波は、最早芸術の域に達していた。

 この攻防に割って入れる者なんて、早々存在しない――。

 

「ギルティブレイク」

 

 剣戟と剣戟の、隙間。

 それこそコンマ数秒単位で空いた、マリアと【百合】両名の攻撃が止んだ瞬間。

 

 レギアスが、【百合】の首を跳ね飛ばした。

 

「――っ!?」

「おお!?」

 

 何が起こったのか、分からなかったのだろう。

 驚愕の表情を浮かべながら、【百合】の頭は宙を舞っていた。

 

 そしてレギアスと同じく隙を窺っていたらしいヒューイもまた、驚いたように声を挙げる。

 

「さ、流石だなレギアス! たったの一撃で……」

「ヒューイ、油断するな。これしきで終わる相手では……」

 

 レギアスの注意が終わる前に。

 【百合】の頭蓋は元に戻っていた。

 

 超再生能力――。

 

「首を刎ねても死なないのか!?」

「ダークファルスなら当然のことですよ……尤も、あれの再生速度は常識外ですがね」

「……なら、私が木っ端微塵にしてやろう!」

 

 言って、クラリスクレイスが創世器であるロッド――『灰錫クラリッサⅡ』を【百合】向けて構えた。

 

 瞬間、レギアスとマリアは【百合】から大きく距離を取る。

 爆破に巻き込まれては、適わない。

 

「ラ・フォイエ!」

 

 フォトンが収束し、爆発する。

 

 ラ・フォイエ。

 使用者の定めた座標から爆発を起こす、炎属性のテクニックだ。

 

 その性質から非常に命中率、利便性が高く、炎属性テクニックを愛用しているフォースのメインウェポンと言っても過言ではない基本テクニックだが……クラリスクレイスが使えばその威力は推して知るべし。

 

 如何に【百合】が常識外の防御力を持っていると言っても、無事では済まない火力だ。

 

 シズクの放ったサテライトカノンよりも膨大な熱量にその身を焼かれながら、【百合】はその赤い瞳を動かす。

 

 視線の先には――シズクとヒキトゥーテ。

 

「がぁあ゛あ゛ぁああああああああ!」

 

 爆炎が揺らめき、中から【百合】が飛び出した。

 

 そして再びシズクたちの元へと、突貫。

 

 依然としてその目は、狂気に満ちている。

 

「おいおい、俺たちは眼中に無いってか?」

「!」

 

 そんな【百合】の行く手を阻むように、暑苦しさが具現化したかのような男――ヒューイが立ち塞がった。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔! どいてよどいて! どきなさいったらぁ!」

「いいやどかん! お前の相手は、俺たち六芒均衡だ!」

「意味分かんないこと言わないでよぉおおおおお! あたしは、あたしはあたしはあたしはあたしは……!」

 

 叫びながら、ヒューイを避けるように跳躍する【百合】。

 

「信じてたのに! 信じてたのにぃいいいいいいいい!」

「意味分からないことを言っているのは、貴方でしょうに!」

 

 跳躍した【百合】の、そのまたさらに上。

 

 上空に投擲された渦巻くタリス(・・・・・・)から、真下の【百合】を地面に叩きつけるような風の弾丸が射出された。

 

 カスラによる、イル・ザンだ。

 

「がっ……!?」

 

 真上という死角からの攻撃を避けられるわけもなく、直撃。

 あえなく【百合】はカスラの目論見通り地面に叩きつけられた。

 

「この……!」

「おぉおおおおおお! 行くぞ! 『破拳ワルフラーン』!」

 

 そして。

 落ちてきたところには、当然ヒューイが待ち構えている。

 

 創世器・破拳ワルフラーン。

 燃え滾る炎を纏うナックルを裏手に構え、足を一歩、踏み出す。

 

「バックハンド……スマッシュ!」

 

 全フォトンを一点に集中した、ナックル最強の威力を誇るフォトンアーツ。

 

 モーション自体は、ただのリーチが短い裏拳。

 さりとてその威力は、言うに及ばず。

 

 【百合】の体に、大穴が空いた。

 というか、四肢と頭以外の全ての部位が消失したといってもいいだろう。

 

 だけど、駄目だ。

 この程度のダメージでは、このダークファルスは倒せない。

 

「これで、終わりだ」

「いい加減……沈みな!」

 

 瞬間。百を越える剣閃が残った【百合】の部位を粉微塵に切り裂いた。

 

 レギアスとマリア。

 二人がかりの、とどめの一撃。

 

 最早【百合】の肉片は、ひき肉と呼べるくらいぐちゃぐちゃのドロドロで、

 

 ダークファルス【百合】だったもの(・・・・・)と成り果てた。

 

「……なんだ、案外楽勝だったな」

 

 クラリスクレイスが、ぽつりとそんな言葉を漏らした。

 しかし、緊張を解いてしまったのはクラリスクレイスのみだ。

 

 残心――他の皆はまだ、この肉片がまた動き出さないか警戒している。

 

「……クラリスクレイス、念のため貴方のテクニックで残った肉片を焼き払ってください」

「えー? もうさすがにこんな状態からは動き出さないだろ?」

「いいから、念のためです」

「面倒くさいなぁ……カスラがやればいいだろ?」

「炎テクニックは貴方の得意分野でしょうが。いいからはや――」

 

 カスラがイラつきながらクラリスクレイスを急かした、その時だった。

 

 【百合】だったもの。

 つまりは肉片が、うぞり(・・・)と動き出したのだ。

 

 そして、逆再生のビデオテープのようにその形を為していく――!

 

「――早くっ! 急げクラリスクレイス!」

「っ……! うっそだろ貴様! この……イル・フォイエ!」

 

 間一髪。と言っても差し支えないだろう。

 赤色の魔方陣が展開され、巨大な隕石が【百合】目掛けて降り注いだ。

 

 爆炎と粉塵。そして衝撃波が、辺り一面に伝播する。

 炎属性テクニック最強の火力を持つ、イル・フォイエ。

 

 馬鹿げたフォトン量を持つクラリスクレイスがそんなものを使えば、それは最早マップ兵器みたいなものである。

 

 急な発動だったため、チャージが不十分だったが、それでも……。

 

 巨大なクレーターが出来て、【百合】の肉片を消し去る程度の威力はあったようだ。

 

「…………すげぇ」

 

 シズクの横でヒキトゥーテがぽつりと呟いた。

 

 さもありなん。

 あんな戦闘を見せられてしまえば、一介のアークスにはそんな小学生並みの感想しか出てこないだろう。

 

 というかシズクだって、大体同じ感想だ。

 

 六芒均衡。

 アークス最高戦力の名は、伊達ではない。

 

「さて、と。流石に倒せたかな?」

 

 未だ警戒を解かぬまま、六芒均衡全員でクレーターを覗き込む。

 

 ……しかし、粉塵が邪魔でよく見えなかった。

 仕方なく、カスラは端末を開いて中の様子をスキャンし始める。

 

「……………………」

「どうだ? カスラ」

「……ええ、非常に残念ながら……

 

 

 ――戦闘続行のようです」

 

 流石に苦い顔をしながら、カスラは言った。

 

 胴体を真っ二つに引き裂いても、

 頭蓋を矢で射抜いても、

 身体中に大きな風穴を無数に空けても、

 首と胴体を切り裂いても、

 

 全身を木っ端微塵に焼き砕いても。

 

 彼女を倒すことは――叶わない。

 

(………………)

 

 この時。

 曲者揃いの六芒均衡も、生まれながらの全知であるシズクも、一般アークスであるヒキトゥーテもモニターの向こうで観察しているオペレーターたちも。

 

 全員の心が、一つになった。

 

 というよりも、考えていることが、一致した。

 

【百合(こいつ)】)

(どうやったら倒せるんだ……っ!?)

 

 粉塵が晴れて、傷一つ無いダークファルス【百合】が姿を表した。

 

 相変わらず、瞳に狂気を宿して。

 

 信じてたのに、信じてたのにと呟きながら。




作者(【百合】ってどうやったら倒せるんだろう……?)

というのは冗談で、ちゃんと考えてあります。

次回で採掘基地防衛戦・侵入編最終回です。

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