AKABAKO   作:万年レート1000

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三つ目のチート能力

「――――っ!」

 

 エンドアトラクト。

 アサルトライフルの誇る、サテライトカノンと双璧を成す高火力PAである。

 

 降り注ぐ光線ではなく、巨大なフォトンの塊を撃ち放つ単純明快な攻撃。

 

 されどその威力は必殺の名に相応しい貫通性と威力を秘めた一撃だ。

 

 そう。

 異常な程の頑強さを持つダークファルス【百合(リリィ)】の体を貫き、大きな穴を穿つことすら可能なほどの。

 

「……………………う、……ば……」

 

 エンドアトラクトの一撃を受けて、首元から下腹部までの大きな『穴』が開いた【百合】は――膝から崩れ落ち、倒れた。

 

 その衝撃で、わずかに砂塵が舞う。

 彼女の血は荒野を赤く染め、枯れた大地に赤い水溜りを作られた。

 

 そして、次の瞬間。

 傷が完治した(・・・・・・)ダークファルス【百合】は、ゆっくりと立ち上がる。

 

 白いドレスを、金色の意匠が輝く漆黒に染めて。

 

 ”【黒百合】モード”。

 周辺のダーカー因子濃度が、急激に上がっていく……!

 

「…………まさか貴方たち相手にこれ(・・)を使うと思っていなかったよ」

「その姿は……?」

 

 流石にリィンも【百合】の力が急激に増加したことを感じ取ったのか、頬に汗をを浮かべながら一歩下がった。

 

 さっきまでも手に負えるレベルじゃなかったが――さらにどうしようもなくなったということが、はっきり分かる。

 

 しかも……。

 

「……っと」

「う、ばぁ……」

 

 すぅ、っと。

 リィンの瞳から、海色の光が消えた。

 

 頭痛を堪えるように俯くシズクの様子を見るに、『同調(シンクロ)』の活動限界――ではなく、未来予測の演算による頭脳疲労が限界に達したのである。

 

 当然だ。

 シズクの脳みそは、全宇宙の知識という知識を全て記録しておける『全知の海』とかではなく、普通の人間サイズの脳みそでしかない。

 

 大量の演算を必要とする未来予測を長時間行えば、知恵熱の一つも発生しようものだ。

 

(うっばー……防衛戦始まってから、ずっと演算してるもんなぁ。……しかも『同調』と『未来式』併用したりして……)

(…………まあ、いいや)

 

 五分経った(・・・・・)

 頭を押さえ、脂汗を滲ませながらシズクは呟いた。

 

 もう、六芒均衡が到着する頃だ。

 

 耐え切ってやった。

 

 あとはもう強い人たちに任せよう。

 

『あ、あのー……大変お伝え辛いのですが……』

「……うば?」

 

 すっかりやりきった表情のシズクの耳に、オペレーターの声が入ってきた。

 

 やめて欲しい。

 そういう前置きは、やめて欲しい。

 

 まさか、とか考えちゃうじゃないか。

 まさか六芒均衡の到着が遅れているという報告かな? とか思っちゃうじゃないか。

 

『こ、こちらに向かっている六芒均衡の行く手を阻むように、玩具型(・・・)ダーカーが複数出現しました……せ、殲滅まで十分……いや、もっと掛かるかもです……』

「……………………」

 

 そのまさかだった。

 

 絶望的過ぎて、笑えてくる。

 あと十分? 五分稼ぐのに全力を使い切ってしまったのに?

 

 ダークファルス【百合】が、何だか本気モードになってしまったというのに?

 

「………………」

「……どうしたのシズクちゃん、顔色真っ青だよ?」

 

 敵に心配されるほど、顔色が悪くなってしまっていたらしい。

 

 …………。

 ……そうか、【百合】は六芒均衡がこちらに向かってきていることを知らない。

 

 ならば、それを利用して……。

 

「シズク」

「!」

 

 リィンが心配そうな顔つきで、こちらを見ていた。

 

 大丈夫。

 大丈夫だから、そんな顔をしないで欲しい。

 

「リィン、大丈夫だよ」

 

 ニッと、シズクは笑う。

 視界は朦朧としているし、脂汗は止まらないけれど、不遜に。

 

 その表情を見て、安心したのかリィンもまた笑った。

 

(我に秘策アリ)

(……って表情ね)

「ダークファルス【百合】!」

 

 シズクが、【百合】の名を叫ぶ。

 

 さあ、仕切りなおしだ。

 第二ラウンドを始めようかじゃないか。

 

 でもその前に、と。

 とてもスムーズな動作で、シズクは両手を使いアルファベットの『T』の形を作り出した。

 

「――作戦タイムください!」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 いや何言ってんだこいつ、と。

 リィン、ヒキトゥーテ、メリッタたち三人の心はひとつになった。

 

 そんなの、認められるわけ……。

 

「認めよう!」

 

 認めちゃった。

 物凄く良い笑顔で、認めてしまった。

 

「よし! リィン! 聞いての通り作戦タイムするからこっち来て!」

「え? え? いいの? え?」

「いいわよ、存分に相談しなさい」

 

 怪訝そうにしながらも、リィンは【百合】を視界から外さないように気をつけつつバックステップ。

 

 あっさりとシズクの元へと合流を果たした。

 【百合】はしたり顔で腕を組んでいるだけで、動く気配は無い……。

 

「ちょっとシズク、どういうことよ。作戦タイムって……!」

「そ、そうだぞ! 真剣勝負の最中になんてことを……!」

「うばー、待って待って」

 

 リィンとヒキトゥーテから同時に詰め寄られても大して動揺する様子もなく、極々冷静にシズクはまずヒキトゥーテを押し退けるように手で押した。

 

「ヤっくん、あんたは作戦会議に入ってきちゃ駄目。蚊帳の外でいないと男は殺されちゃうよ」

「し、しかし……」

「リィン、耳を貸して」

 

 釈然としない様子のヒキトゥーテを無視して、シズクとリィンは二人顔を近づける。

 

 その瞬間、【百合】が淑女らしからぬ気味悪い笑みを浮かべたがとりあえず無視。

 ヒキトゥーテと同じく何処か釈然としない様子のリィンに向けて、シズクは口を開いた。

 

「とりあえず作戦はもう決まってるから、何か喋ってる的な雰囲気を醸し出して時間稼ぎするよ」

「…………」

「時間稼ぎが最善策なの! そんなジト目で見ないで!」

 

 ぶっちゃけもう、シズクとリィンにダークファルス【百合】を倒す手段は残されていないと言っていいだろう。

 ならばもう、六芒均衡に後は任せるしかない。時間稼ぎが最善なのは誰の目を持ってしても明らかだ。

 

「…………ならこれ訊きたかったんだけど、何で【百合】は作戦タイムなんて受け入れたの? 勝負の真っ最中なのに……」

「ああそれは……ひっじょーに屈辱的だけど【百合】にとってこんなの勝負に入らないんだろうね……それこそ遊んでいるだけ」

 

 シズクとリィンが何をしてくるのか、楽しんでいるだけだ。

 

 だから作戦タイムといえば認めるだろうという算段は付いていた。

 時間を稼げば六芒均衡が来るということを【百合】が知らないからこそだが――いや、知っていたとしてもあの子は認めそうだが、兎も角。

 

 勝負ではなく、遊び。

 【百合】にとって今のこの状況はほんの戯れだという事実にリィンは憤りを感じたようで、眉間に深く皺を寄せた。

 

「……でも、作戦はもう既にあるんでしょう? それはやらないの? こういう露骨な時間稼ぎは万策尽きてから行えばいいでしょ」

「いやだってほら、作戦って『アレ』を使うってことだもん」

「『アレ』、ねぇ……アレ使えば勝てるの?」

「いや無理。時間稼ぎに決まってるじゃない」

 

 多分今【百合】を倒せるものがあるとしたらレギアスの世果(ヨノハテ)くらいじゃないかな、とシズクは語る。

 

(ああいや、『ダーカーの力を喰らう』とかいう特異な能力を持つ『リン』さんとマトイなら勝機があるかもしれないかな……)

(……マトイは兎も角、『リン』さんにも救援要請した方が――)

 

 でもこれ以上戦力を【百合】に集めるのも、まずいか。

 そう結論付けて、シズクは取り出しかけたデバイスを仕舞った。

 

「ねえ、まだー?」

「っ」

 

 【百合】の催促の声が届く。

 痺れを切らされて突然襲い掛かられても堪らないし、時間稼ぎが目的だとばれたらまずい。

 

 作戦タイムはそろそろ終了か。

 

(でも大丈夫、充分時間は稼げた……あとは『アレ』を使った作戦さえ成功すれば……)

「今、作戦が決まったところだよ……さあ勝負を再開しようか」

「うっばば、まだまだ楽しませてよ?」

 

 楽しませてよ、とかやっぱり完全に遊び気分な【百合】だ。

 

 こうまで舐められていると、一泡吹かせてやりたくなるが……いや、ていうかもう普通だったら一泡も二泡も吹かせられるくらいボコボコにしたはずなのだが(目潰ししたり胴体に風穴開けたり)……。

 

 ……まあそれは兎も角。

 

 シズクとリィンは、改めて【百合】と向き合うと――手を繋いだ。

 

 シズクが左、リィンが右。

 武器は仕舞って、素手である。

 

「あらまーっ!、手なんて繋いじゃってー! んもー! ふたりは何キュアってか?」

 

 それを見た【百合】は、大喜びだった。

 どうやら楽しませることには成功してしまったらしい。

 

 勿論、楽しませること(それ)が目的ではない。

 

 二人は手を繋いだまま【百合】目掛けて正面から突撃を行った!

 

「いっくぞおおおおおおおおおお!」

「――やぁああああああああああ!」

「何をする気かは分からないけど……」

 

 二対の剣が、【百合】の手に握られる。

 

 そしてそれを構えると、切っ先をシズクとリィンへ向けた。

 

「あたしを殺したいなら――萌え殺しを狙うのが一番早いと思うよ!」

 

 距離が詰まっていく。

 【百合】と二人の距離が。

 

 四メートル、三メートル、

 

 二メートル。

 

(ここだ)

(使うなら、このタイミングだ)

 

 『アレ』は、酷く使いどころが難しく、タイミングもシビア。

 

 さらに失敗は許されない、と条件は厳しいものの、決まれば絶大な効果を発揮する切り札。

 

 使うなら、今――。

 

 

 

 

「――時よ(・・)

 

 そして。

 

止まれ(・・・)――!」

 

 世界の時間が、停止した。

 

 比喩や表現ではなく、止まった。

 生物も無生物も、有機物も無機物も、等しく平等に。

 

 そう、シズクと――シズクと手を繋いでいる、リィン以外は。

 

 『時間停止』。

 これが、シズクが持つ最後のチート能力だ。

 

 元は初代クラリスクレイス――アルマが使っていたマジックなのだが、それをルーサーがアルマのことを研究してコピーして……それをさらにシズクが『全知』でパクった、紛い物の紛い物。

 

 それでもその効果は、本物と負けず劣らず。

 時間を止めるという埒外な能力は、たった四秒しか(・・・・・・・)止められないという制約というかシズクの限界があるが、だとしても充分チートの域にあるだろう。

 

(一秒――! 二秒――!)

 

 勿論、代償が無いわけではない。

 四秒フルで時間を止めた場合、急激なフォトンの消費により一時的に戦闘不能になるほど体力の消耗をしてしまうし、限界を振り切って五秒止めれば最悪命に関ってきてしまう。

 

 なので正真正銘、これが最後のチャンス。

 どうにか時間停止中に【百合】を拘束し、少しでも時間を稼ぐ――と。

 

 シズクが手を伸ばした、その時だった。

 

「――――」

 

 【百合】が、口を動かした。

 停止した世界で、何かを喋った……!

 

 同時に、何かが罅割れる音が響き渡る。

 空間を割るような亀裂が空一面に浮かび上がり、世界が軋みを上げていく――!

 

「凄いね、シズク」

 

 バリンッ、と。

 何かが割れる、音がした。

 

 そして世界は動き出す。

 

 停止した時間は進みだす。

 

 解除は、していない。

 シズクが自発的に時間停止を解いたわけではない。

 

 信じがたいことだが、間違いない。

 

 ダークファルス【百合】が、時間停止を打ち破ったのだ。

 

「時間も止められるなんて……今のどうやったの? あたしにもできるかなぁ?」

「う、そ……でしょ……? な、いま、の……げほっ、どうやってあたしの時間停止を……」

「? なんかこう、適当にガチャガチャと……レバガチャ? みたいな? そんな感じで」

 

 あまりにも次元が違いすぎる【百合】の回答に、シズクは膝をついた。

 

 体に力が入らない。

 フォトンを急激に消費したせいで、体が悲鳴をあげているんだ。

 

 四秒フルで時間を止めたときほどではないが……それでも、戦闘続行には幾ばくの休息が必要だろう。

 

 終わった。

 作戦タイムを、もう一回……いや、さすがに二回目は通るか怪しい。

 

 一応言うだけ言ってみようかという考えも頭を過ぎったが、疲れからか声が上手く出ない。

 

 ゲームオーバーか。

 そして【百合】からすれば、ゲームクリアなのだろう。

 

「シズク……」

 

 よっぽど絶望感に溢れた表情をしていたのだろうか。

 リィンが心配そうな顔で、シズクを見つめていた。

 

 でも、視線を返すこともできない。

 全身を襲う疲労感が、自然とシズクの顔を俯かせていたのだ。

 

 そんなシズクの様子を見て、リィンは意を決したように【百合】を睨みつけて剣を握った。

 

「はぁああああああああああ!」

 

 そして、飛び出す。

 【百合】に向けて、一直線に。

 

「……っリィン!?」

「ギルティブレイク!」

 

 フォトンアーツで高速接近し、斬り込む。

 私が時間を稼ぐとでも言わんばかりの特攻だ。

 

 【百合】の剣と、リィンの剣がぶつかり合い、火花が散る。

 

 もう未来は見えないし、【百合】は本気モードになってしまっているけれど。

 さっきまで互角以上に切りあっていたのだ。

 

 例え勝てなくても、時間くらいは稼げる――という、リィンの甘い見通しは。

 

 一瞬で、砕かれた。

 

「……!?」

 

 気付けば、リィンは宙を舞っていた。

 

 原因は単純明快。

 鍔迫り合いに、押し負けたのだ。

 

 剣と剣がぶつかり合った最中、圧倒的な膂力で押し飛ばされた。

 

 【黒百合】モード。一体、どれだけ強化されているというのだ……!

 

「がはっ……!」

 

 リィンの体は、紫の塔へと直撃した。

 

 砲弾のような速度で押し飛ばされたリィンの体は、壊れかけの塔を破壊するだけの威力があったようだ。

 

 紫塔が、崩れる。

 そしてリィン・シズク共に戦闘不能。

 

 つまり、ダークファルス【百合】がこの場に居る理由が無くなってしまった。

 

「終わり、ね」

 

 【百合】が呟く。

 周辺に六芒均衡の気配は無い。

 

 時間稼ぎは、失敗した。

 六芒均衡の力で【百合】を討伐する作戦は、失敗した。

 

「さて、と。まだまだあちこちで戦火は上がっているし、アプちゃんのためにもう一仕事してくるかな」

 

 ふわり、と【百合】の体が浮く。

 

 空を飛んで、別の塔へと向かう気だ。

 

 冗談じゃない。

 人型の単体相手なら無類の強さを誇るシズクとリィンでも止められなかった【黒百合】モードの【百合】を止められるアークスなんて、それこそ六芒均衡か『リン』だけだろう。

 

 つまり此処で逃がせば、今までの時間稼ぎが全て無駄になるだけではなく。

 極論【百合】は六芒均衡と『リン』から逃げつつゲリラ的に塔への襲撃を繰り返すだけで九割以上の塔を単独で破壊可能だということになってしまう。

 

 それはアークスにとって敗北と同義だし、

 下手すればダークファルス【若人】の封印が解けてしまう結果になってしまうだろう。

 

 それは、許されない。

 それだけは、許すわけにはいかないのに――。

 

(体が、動かない……)

(動いたとしても、作戦も何もない……)

 

 こうして。

 採掘基地防衛戦・侵入のクエストは、歴史的な大失敗という結末に終わることになった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ラ・フォイエ」

 

 ――かに、思われた。

 

 爆炎が、突如として【百合】の顔を包み込む。

 

 赤い炎が、完全に油断していた【百合】の顔面を焼き尽くさんとばかりに襲い掛かる――!

 

「「うば!?」」

 

 シズクと【百合】の、声が被った。

 それくらい予想外の出来事だったのだ。

 

 まさか、この局面で――今まで蚊帳の外に追いやっていた男が活躍するなんて、驚くなと言うほうが無茶だろう。

 

「待てよ、ダークファルス……」

「…………」

「お前が殺したい(あいて)が、此処にいるぞ……!」

 

 紫塔の、傍ら。

 瀕死のリィンを庇うように前に出つつ、男ヒキトゥーテ・ヤクが、

 

 【百合】に向かって戦意を示すように、手に持ったウォンドを突きつけていた……!




『リン』かと思ったか!! 俺だよ!!! みたいなね。

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